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水槽の女性-13 [デジタルクライシス(シンクロ:同調)]

「その男たちが、誰かというところまでは?」と亜美が訊く。
「そんなことわかるはずはないだろ?噂話の範囲だからな・・まあ、あの店に行けば、真偽のほどははっきりするんじゃないか?」
安西が言うのは至極当然の事だった。一樹と亜美はすぐに「エメロード」という店を探しに向かった。
安西医師に大よその場所は聞いたのだが、実際に、栄の大通りの裏手に入ると、幾つも、その手の店が並んでいて、すぐには見つからなかった。二人は、ビルの壁に、万国旗の様に並んだ店の看板を一つ一つ確認しながら、夕方近くになってようやく、目当ての店に辿り着いた。
「さて、どうするかな。正面突破というのもどうかな・・・」
一樹はそう言うと、亜美を見て、耳元で囁いた。
「そんなこと・・。」
亜美は不満そうな顔を一瞬見せたが、仕方なく受け入れた。
「すみません。あの・・」
亜美が、店の前に出てきたボウイらしい男に声を掛ける。
「はあ?」
咥えタバコで、若い男が顔を上げる。
「あの・・ここで働きたいんですが・・。」
亜美が言うと、その若い男は。亜美の足元から、嘗め回すように視線を上げ、胸元辺りを覗き込んだ。それから、亜美の首元、うなじへと視線を動かしてから、小さな溜息をついてから言った。
「無理だな。」
「えっ?どういうことですか?」
「あんたは無理。色気がない。胸がない。無理、無理。」
若いボウイらしき男が、そう言い放つと店の中に入ろうとした。
「ちょっと!」
亜美が、その男の腕を掴んだ。
「イタタ・・。」
「あっ・・ごめんなさい・・。ちょっと切羽詰まっているんです・・何とかなりませんか?」
異常に強い力で腕を掴まれて、若い男は少し表情を強張らせている。
「お願いします。一日でも良いんです。財布の中が空っぽなんです。」
「チッ。」
その男は舌打ちをして言った。
「裏へ回りな!」
亜美は言われた通り、ビルの間の狭い通路を抜けて、店の裏口へ回った。そこには、中年女性が一人、階段に座って煙草をふかしていた。階段を上がった辺りに、黒服の男が二人ほど立っていた。その女性のボディガードのようだった。亜美が店の裏口へ着いた時、店内を通って、あの若い男が階段に立っていた黒服の男のところに着いたようで、何か耳打ちした。そして、その黒服が階段下でタバコをふかしていた中年女性に耳打ちする。
「働きたいってのはお前か?」
乱暴な口調で、その女性が亜美に声を掛けた。亜美は驚いて、その場に突っ立ってしまった。
「おい、お前かって聞いてるんだ!」
「はい・・そうです。」
「一万」
亜美は、何の事か判らず、ぼんやりしていると
「一日一万円。良いね。ここはキャバクラだからね。せいぜい頑張っておくれ。」
その中年女性はそう言うと階段を昇っていく。亜美が、ぼーっとしていると、黒服の男が階段を駆け降りて来て、亜美の腕を掴む。そして、強引に店の中に連れこんでいった。その様子を、一樹はビルの陰から見ていた。
「かなりやばそうな店だな・・。」

階段を昇り、ドアを開けると、右手に小さな事務所があった。先ほどの中年女性は、エメロードのママのようだった。亜美は、その向かいにある小さな部屋に押し込まれた。
「ここで着替えろ。ドレスはこの中から選べ。着替え終わったら、向かいの事務所へ来い。」
男はそう言うと、ドアを閉めた。壁には幾つもの煌びやかなドレスが吊るされている。どれも、丈の短い、胸元の開いたものばかりだった。亜美はその中から、少しでも丈の長い、胸元が開いていない、紺色のドレスを選んで、着替えた。
「あら、意外に良いじゃない。」
着替えを終えて事務所に行くと、あの中年女性が亜美の姿を見て言った。
「全体にスリムなんだから・・これくらいの方がお殿様たちに受けるかもね。」
突っ立っている亜美をぐるりと回り、
「背中がセクシーね。・・下着は全部取っておきなさい。」
そう言いながら、亜美の背中に触れた。鏡を見ると、ドレスの背中はお尻が見えそうなくらいに開いている。着た時には気づかなかったが、小さなホックを外すと背中が丸出しになるような仕掛けがあった。
「私は、和美。ここのママよ。あなた、名前は?」
亜美はそう聞かれて、咄嗟に本名を言い掛けた。
「きと・・・いえ・・亜美です。」
「そう・・アミちゃん。良いわ。・・頑張ってちょうだい。・・ネックレスとイヤリング、それにお化粧もしてあげるわ・・さあ、いらっしゃい。」
和美ママはそう言うと、事務所の奥にある化粧台に座らせた。開店時間が近づいて、キャバ嬢たちが続々とやってくる。事務所の向かいにある着替え室から、がやがやと声が聞こえた。亜美は、開店前にキャバ嬢のみんなに紹介された。見ると、キャバ嬢たちのほとんどが亜美より年下のようだった。中には、未成年者もいる様だった。並んだキャバ嬢たちも、亜美を「おばさん」という目つきで見ているのがよく解った。
「今日は、結ちゃんのヘルプでお願い。」
ママはそう指示すると、すぐに事務所に戻って行った。ママが指名した結は、居並ぶキャバ嬢の中でも少し年上のようだった。

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