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3-5 怪しげな車 [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

いつものように、朝食を終え、英治と音楽を楽しんでいた時、玄関チャイムが鳴った。
「私が出るわ。」
キッチンから栄子の声が響く。玄関ドアを開けて、栄子が外へ出て行く音が聞こえた。
ここに来て二日ほど、須藤夫妻としか顔を合わせていなかった。この世界に須藤夫妻とマリアだけが生きているのではないかとさえ感じていた。
不意の来客で、マリアは一気に現実に引き戻されたように感じた。自分を探しているアメリカの施設がここを突き止めたのではないか。そう思うと、マリアは急に怖くなった。この幸せな日々が無くなる。マリアは、来客が誰なのかを探ろうとした。
目を閉じ、能力を使おうとした時、英治がマリアの肩に手を置き、声を掛けた。
「真理亜、今日はこの曲にしよう。良いかね?」
ハッと気づいて目を開ける。能力を解放する前だった。
「宅配だったわ・・・英治さん、何を注文したの?」
玄関から、栄子の声が響いた。
「ああ、そうだった。・・いや、アンプの調子が悪くて、真空管を手配したんだよ。なかなか手に入らない代物だからね。探すのに苦労したんだ。今、取りに行くよ。」
英治は、そういうと、オーディオルームを出て行った。
マリアは大きく息を吸った。
もし、あの時、能力を解放していたら、きっと、英治を苦しめていたに違いない。
不用意に能力を使うのは止めよう。ここに居る間はきっと心配ない。マリアは心の中でそう誓った。
窓の外を見ると、庭に栄子と英治の姿があった。
宅配の箱を抱えた英治が、栄子から何かを告げられている。
そして、英治は困った表情を浮かべているのが見えた。貴重な品物だと言っていたのだから、恐らく高価なものなのだろう。それを栄子に咎められているのだろう。そんな風にマリアは想像していた。
ふと、視線を富士山の方向へ向けると、別荘地の道路にトラックが止まっているのを見つけた。運転席の男は、黒いスーツを着ている。とても宅配のドライバーとは言えない格好をしている。そして、その男は、じっとマリアたちのいる屋敷を見ていた。
マリアの姿を確認すると、トラックは急発進して、その場を去った。
ぼんやりと、マリアはトラックを見送った。

暫くすると、英治が宅配の箱を抱えて、オーディオルームに戻って来た。
「見てみるかい?」
英治はそう言って、箱を開く。見た事の無いような形をしたガラスの棒状のものが、大事そうに包まれていた。英治はそっと、その物体をつまみ上げた。
「これが真空管。もう作っているところは減っていてね。ようやく見つけたんだよ。このアンプには欠かせないものさ。」
英治は、そう言って、ラックに収まっているアンプをゆっくり取り出して、テーブルの上に移動すると、カバーを開く。幾つも似たような部品が並んでいる。その一つを慎重に外すと、手に入れたものと交換する。そして、また、先ほどとは逆の手順でアンプをラックに収めて電源を入れた。
「さあ、どうかな?」
ターンテーブルにレコードをセットして、針を落とす。柔らかな音が室内に広がっていく。
「ああ、やっぱり、良いな。この柔らかい音はあの真空管独特のものだなあ。」
マリアにはよく判らなかった。
だが、英治が満足げな表情でそういうのだからきっとそうなのだろうと思う事にした。
「真空管はね、とても繊細なんだ。人が作ったものなのに、一つ一つ個性があって、アンプとの相性もある。大事に扱わないとすぐに壊れてしまうんだよ。」
英治は、音楽を聴きながら、独り言のように優しく話した。
キッチンには、栄子が居た。栄子は、届いたばかりの宅配の箱を開ける。日用品をいくつか注文したようだった。そして、全ての商品を出し終えると、箱の下敷きの段ボールを開く。そこには、書類と小さな錠剤が入っていた。
栄子は少し神経質な表情を浮かべて、その書類を読んでいる。そして、錠剤をしげしげと見つめたあと、冷蔵庫の奥へしまい込んだ。
一通りの動作を終えると、栄子はダイニングの椅子に腰かけ、大きく溜息をついた。
それから、スマホを取り出して電話を掛けた。
「はい、須藤です。届きました。」
電話からは、くぐもった男の声が聞こえた。
「今のところ、予定通りです。」
栄子が告げると、また、ひとしきり、男が何かを話している。
栄子は、何度か頷きながら、男の話を聞いている。
「大丈夫です。気づかれてはいないはずです。」
そして、また、男が何かを話した。急に、栄子の顔が曇る。
「そんな事・・。」
栄子がそう答えると、電話口の御子との声が強く響いたようだった。
「判りました。でも、大切にして。」
栄子の話が終わらぬうちに、電話は切れたようだった。
それから、2階へ上がる階段の方を見つめて、再び、溜息をついた。
オーディオルームにいたマリアは、レコード1枚が終わると、リビングへ降りてきた。栄子の姿はなかった。
マリアは、なにか不穏な空気を感じた。思念波ではなく、直感的になにか良からぬものが近づいてきているような気がした。
「栄子ママ!栄子ママ!」
栄子のみに何か良からぬことが起きたのではないか、そんな感じがして、マリアは大きな声で栄子を呼んだ。しんと静まり返ったリビング。その声に驚いて、2階から英治が降りてきた。
「どうしたんだい、真理亜。」
慌てた様子のマリアを宥めようとして、英治はマリアの頭を撫でた。その瞬間、僅かだが、真理亜の思念波が英治の中に入ってしまった。英治は体を震わせて、その場に座り込んだ。
「英治パパ!」
叫び声を上げてマリアは英治に呼びかける。英治は意識を失っていた。
「どうしたの?」
庭から籠を抱え、慌てて栄子が入ってくる。
「パパが・・」
マリアは大粒の涙を溢して、英治の体に縋っている。栄子には何が起きたのかすぐに判った。マリアがまだ、英治たちの元で育てられていた時、似たようなことが何度かあった。そして、それが、マリアが持つ特殊能力であることも、栄子は知っていた。
「大丈夫よ。すぐに気が付くわ。・・時々、そうなるの。持病なのよ。」
栄子は、平然とした雰囲気で、マリアに言った。
いや、そうじゃない、自分が特別な力を使ってしまったからだと、マリアは告げたかった。だが、それを知れば、きっと、須藤夫妻の許に居られなくなるにちがいない。そう考えたマリアは、ただ泣くだけだった。
「しっかりしてよ。」
栄子はそう言いながら、倒れ込んでいる英治の体を何とか支えて、ソファに運んだ。
「大丈夫、大丈夫。1時間もすれば気が付くわ。ちょっと、彼を見ててね。薬を持ってくるから。」
栄子は、寝室に行き、栄養剤の錠剤を手に戻って来た。
「真理亜、お水をお願い。」
栄子は、マリアからコップの水を受け取り、英治の頭を少し持ち上げ口を開かせて、ビタミン剤を何とか飲ませた。別に効果があるわけではない。ただ、持病の薬だとマリアに思わせるためだった。
栄子の言った通り、1時間ほどで英治は目を覚ました。
「あら、気が付いた?・・疲れているのよ、寝室でお休みなさい。」
栄子は、英治にそう言い、寄り添うようにして、寝室へ向かった。

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