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8-10 マニピュレート [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

「ここまでくれば大丈夫だろう。」
何とか逃れてきたチェイサーは、樹海の大きな岩に腰掛け体を休める。思念波の戦いで、精神的に疲弊し、さらにここまで逃げてきて体力的にも限界に近かった。先ほどの高台からはかなり離れたはずだった。
「あれほどの力・・尋常じゃない。」
チェイサーは、F&F財団の研究所の中で育成されたトップクラスのサイキックであると自負していた。思念波を使った戦いで後れを取ったことはなかった。だが、到底かなう相手ではないことを体感し、逃れるのが精いっぱいだった。
「まさか、エヴァ・プロジェクトはすでに怪物を生み出したというのか?」
ふと、自分は、エヴァ・プロジェクトの単なる囮にされたのではないかと疑念がわいた。
急に、周囲の音がピタリと止んだ。
ただ静けさが訪れたのとは違う。周囲を大きな力が包み込んでいるようだった。

そして、それは明らかに、思念波で造られた巨大なボールの様なものだった。完全にチェイサーは思念波の中に捕らえられてしまった。そして、それは徐々に縮まっていく。
チェイサーの中に恐怖が広がる。
抵抗する為に、最後の力を振り絞って、強い思念波の矢を放った。だが、それはただ吸収されてしまうだけだった。
そのうちに、腰かけていた岩が動き始める。
そのまま、少しずつ浮かび始めて、完全に宙に浮いてしまった。

一樹は少し離れた場所から、その先で起きている異変に気付き、足を速めた。
目の前に、巨大なボール状のものが浮かんでいる。
よく見ると、地面ごと切り取られた形になっていて、その中に、先ほど見た男がいる。
周囲の異変に狼狽えた表情を見せている。暫くすると、その巨大なボール状のものが徐々に小さくなっていく。その中にいる男は、切り取られた地面の土や岩に押しつぶされそうになって、もがき苦しんでいる。
そして、ついに、それは手のひらほどの大きさにまで小さくなり、パチンと弾けて消えてしまった。
一樹は、目の前で起きた事が信じられなかった。
どういうふうにすれば、あれだけの物体が消えてしまうのか。マジックを見ているようだった。
だが、それは次に自分の身にも起きることかもしれない。一刻も早くこの場から離れなければならない。慌ててきた道に戻ろうとした。
だが、振り返ると、道が無くなっていた。周囲のどこを見ても深く暗い森が続いている。抗う事が無意味なのは先ほどの出来事を目の当たりにして、理解していた。
一樹は、ジタバタするのはやめた。そして、その場に座り込んだ。
一瞬、体の中に何かが入って来たのを感じた。
『私は敵ではない』
そう、頭の中で声が響く。
『誰だ?』
一樹は、声ではなく頭の中で会話を試みた。
『正体など、意味のないことだろう。既に君は私の一部になっているのだから』
そう言われて、確かに、意識はあるが自分の意思では自分の体を動かす事ができなかった。
『どうするつもりだ?』
『命を奪うつもりはない。ただ、しばらく、その体を借りることにする。』
そこまでの会話を最後に、一樹は自らの意識を失ってしまった。
夕刻になり、一樹はようやく樹海から出てきた。
「心配しましたよ。」
県警の警察官の一人が、樹海から出てきた一樹を見つけて駆け寄ってきた。
「大丈夫だ・・残念ながら、犯人らしき男は逃してしまった。」
一樹は答えた。
「樹海の中に逃げたんですか?」
「いや、確証はない。人影らしきものを見たので追っていったんだが、途中で見失った。」
それを聞いた警官が現場の指揮官に報告した。
「樹海の中に夜間に入るのは危険だ。捜査は明日にするぞ!」
現場の指揮官の声が響き渡る。
キャンプ場と森の高台にあった男たちの遺体は収容され、近くの公民館に運ばれた。一樹は、一通りの事情聴取を終え、夜遅くにようやく解放された。
一樹は、カルロスと合流して、橋川へ向けて車を走らせる。橋川に着いたのは明け方近くだった。
「あら、もう戻ったの?」
早朝、一樹とカルロスが、トレーラーが置いてある駐車場に戻ったのを、偶然、剣崎が窓越しに見つけて、出てきた。
「はい。あそこにいても手掛かりは得られないので。」
一樹が、そう返答したのを聞いて、剣崎は少し違和感を覚えた。
「なにかあった・」と言おうとした時、亜美が顔を見せた。亜美は自宅に戻って、英気を養ったようで、何か活き活きした表情で現れた。
「あら、一樹、もう戻ったんだ・・。その様子だと何の収穫もなかったみたいね・・。」
亜美は少し嫌味を込めて言った。
「はい。何もありませんでした。」
一樹の反応に亜美も違和感を覚えた。
「ちょっと、一樹、変よ?何かあった?」
亜美は遠慮なしに訊いた。
「・・いや、何も・・。」
一樹はそう言うと、トレーラーの中に入る。剣崎と亜美は目を合わせ、首を傾げた。そして、一樹に続いてトレーラーに入った。
トレーラーではアントニオが朝食を作っていた。突然、一樹とカルロスが戻ったので、慌てて朝食を増やして、テーブルに並べた。
食事を終えて、剣崎が口を開いた。
「ちょっと聞いてもらいたいことがあるの。・・例の、暗号絵画のメールの事だけど・・ちょっと気になることがあるの。」
「何か新しい情報でも見つかったんですか?」
と、亜美が訊く。
「いえ、そうじゃないの。あれは生方が送ってきたのは間違いないのだけど、なにか、ちょっと違和感があって・・それでいろいろ考えた結論として、生方ではない人物からではと思ったの。」
「どういうことかよく判りませんが。」
一樹が言うと、剣崎は少し顔をしかめて、答えた。
「生方は、サイキックの存在を前の事件の時に知ったの。彼はあの事件のあとでもまだ半信半疑だった。それなのに、F&F財団のトップシークレットをいとも簡単に見つけた。あまりにも唐突な感じでしょ?勿論、彼のリサーチ力は私が誰よりも判っている。だけど、あの情報は余りに荒唐無稽、エヴァプロジェクトなんて、財団の中でも限られた人間しか知らない。実態があるかどうかも判らない。・・あの情報は、それをよく知る人物が彼に送らせたんじゃないかと思ったのよ。」
「わざとトップシークレットを?何のためにそんなことを?・・まさか、伊尾木?」と亜美。
「ええ、そう。そうすることで、マリア保護で動いている私たちを誘導しているんじゃないかと思うのよ。」
剣崎はそう言いながら、一樹の顔を見た。
「伊尾木だとして、その目的は?」
と、一樹が訊く。
「エヴァプロジェクトを潰すのが彼の目的。マリアさんは、プロジェクトの対象者。彼女が存在しなければ、プロジェクトは無くなる。彼女の抹殺が彼の当面の目標になっているんじゃないかしら?」
剣崎が答えると、一樹は押し黙った。
「じゃあ、やっぱり、マリアさんとレイさんの所在を掴もうとしているということですね。」
亜美が言うと、剣崎は強く頷いた。

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