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2-2 堀江の庄 [アスカケ(空白の世紀)第6部 望郷]

ミンジュが口を開く。
「父に訊いた話ですが、わが一族は韓から参りました。韓の国では、小さな国が幾度も戦を繰り返し、多くの民の命が失われていたとのこと。わが一族も、戦乱を避けてヤマトへ逃れてきました。父や母の一族の多くが命を奪われたとも聞きました。戦は民のためではない。ただ、強き力を持つ者が民を支配するための手段。そう言うものを私も許すことはできません。」
ミンジュの言葉は強かった。カナメもユキヒコもアヤも戦を知らない。伝承の話しか知らなかった。
しばらく沈黙した後、アスカが口を開いた。
「あの大戦の後、骸も多数転がっていて、人が近寄れるところではなかったのです。しかし、その後、骸を懇ろに弔い、静まった後に、難波津や草香の江辺りの人たちが少しずつ農地へ作り変えてきたのです。ここで取れる米は、都にも届けられているのですよ。」
アスカの言葉に何か救われたような気持になった。
「これだけの農地を?」
ユキヒコは驚いて訊き返した。
「ええ、皆が力を合わせればできるのです。一人に力など小さいもの。人と人が力を合わせる事こそ大事なのです。諍いではなく助け合うことで生まれるもののほうがはるかに大きく貴重だと思いませんか?」
アスカの言葉を聞き、アヤもミンジュもユキヒコもカナメも、感慨深く農地を見ていた。
船は、いよいよ草香の江に入った。
「最近は、水が少なくなり、船の出入りが難しくなってきました。少し揺れますので気を付けてください。」というと、船頭は巧みに船を操り、浅瀬を進んでいく。
「水かさが減ったのは何か理由が?」とカナメが船頭に訊いた。
「ええ、かつては大水で苦労していましたが、カケル様が堀江を作られてからそれがなくなり、この辺りも見事な農地となっていました。ですが、ここ数年、草香の江に入り込む水が減っているのです。大和川はこれまで通りなのですが、どうも、北の淀川の様子が変わったのが要因ではないかと・・詳しいことは難波比古様にお聞きになってください。」
船頭はやけにこの辺りの様子に詳しかった。
船は、堀江の庄の港に着いた。堀江の庄は、カケルたちが開削した堀にできた港町だった。
「足元にお気をつけて。」
船頭が船を桟橋に着けると、岸から多くの人が集まってきた。
カケルやアスカが到着することはすでに知られていたが、大きな騒ぎにならないようにと事前に難波宮には使いが出してあった。だが、到着が予定より遅れたことで、町の者たちに不安が広がり、抑えようのない状態になっていたのだった。
堀江の庄の民は、カケルやアスカとともに働いた者が多かった。皇や摂政になる前、まだ、この先どのようになるのかさえ分からぬ時、身分など気にせず、ひざを突き合わせて話し合い、ともに汗を流したものも多い。だから、この地に船をつける事にしたのも、カケルとアスカだった。陸に上がる間際に、アスカが船頭の顔を見て驚いた。
「あら、あなたは・確か・。」
その言葉に、船頭は顔を隠していた布を取る。顔にはいくつも傷があった。かつて、アスカがこの地で治療をしていた”念ず者”と呼ばれた一人だった。
「お久しぶりです。今はこうして船頭として働いております。時々、難波比古様に命じられ、あちこちを調べております。我らの仲間の多くは、アスカ様に命を救われ、カケル様から名をいただき、人として生きる道を得ました。わが命に代えて、ヤマトをお守りすると誓っております。」
その船頭は深く首を垂れてそう言った。
カケルもその様子を見ていた。
「命を粗末にしてはなりません。ヤマトのためよりも、自らのために命は使うべきです。一人一人が自らの幸せを願い精進することこそ、ヤマトを守ることになるのです。よいですね。ツチヒコ殿。」
カケルは、やさしい声で船頭に言った。
名を呼ばれて、船頭は驚いた顔でカケルを見た。
「お気づきだったのですか?」
「ええ・・川湊で気づいておりましたが、どうすべきかと、寄る年波に記憶が定かではないこともあるので・・。」
カケルは笑いながら答えた。

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