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3-35 別れの日 [アスカケ外伝 第1部]

 翌日には、ウンファンの大船が、皇アスカや摂政カケルなどの一行を乗せて、難波津へ帰って行く。離宮造営のためのヒノキの大木を難波津に届けるために、何隻もの船が、大船に続いた。それらを見送った後、タケルたちも、紀の国を離れる支度を始めた。
 「約束の時が参りました。我らは都へ戻らねばなりません。」
広瀬の館には、タケル、ヤスキ、ヤチヨ、チハヤ、そしてシルベが帰り支度を済ませてから、集まっていた。ニトリやツル、ヤシギ、ユミヒコ、オノヒコたちも集まっていた。
「この一年、我ら紀ノ國の者にとっては何物にも代えがたい一年でありました。この御恩、決して忘れません。」
ニトリが言うと、タケルが答えた。
「それは、我らとて同じです。皆さまの御力があったからこそ、成し得たのです。誠にありがとうございました。」
その後、それぞれ、ひとしきり、感謝の思いを口にしていよいよ旅立つこととなった。
難波津からともに来たジウは、紀の国の民と韓人を継ぐ事が自分の生きる道だと定め、紀の国へ残ることになった。ウンファンも承知し、紀の国と難波津との橋渡し役も務めるように言った。ジウにも想い人ができたようだった。
タケルたちは、陸路で都へ戻る事にした。ニトリが、紀の国と大和の境まで案内すると言って、同行した。大川(紀の川)の北岸を東へ進む。進むにつれ、人家は無くなっていく。徐々に、両側の山が迫るようになり、峠道に着いた。
「ここは真土峠。大川の河原を通る道もありますが、かなり大回りになります。昔、父と兄が、熊野攻めに取り掛かった時、この峠で難儀したと聞いております。」
ニトリはそう言って、木々を払いながら峠を上る。
「いずれ、都に通じる大路を作ります。ここの土はさほど固くない。皆で、切通しを作り、都にも紀の国の産物をお届けできるようにします。」
大粒の汗を流しながら、ニトリは進む。峠道は意外に深く、長い。何度か休みながら進むと、目の前が開けた。
「ここから、さらに東へ向かうと、宇智という郷があります。大川と宇智川が合流するところです。そこを北へ向かい幾つか峠を越えると、都が見えてくるはずです。」
ニトリは、見晴らしの良い場所に立ち、指さしながら説明する。
「宇智の郷をさらに東にいくとどこへ通じているのですか?」
タケルが訊く。
「大川に沿ってさらに進むと、吉野に着きます。それとは別に、川を越え、南の深い山を抜けると、熊野へ入ります。熊野の山は神々が住むと言われ、熊野衆は神々を守る民。余所者を安易には受け入れません。足を踏み入れぬに限ります。」
「吉野の先は?」とタケルが訊く。
「その先は、高見の郷・・そして峠を越えると、伊勢国となります。櫛田川沿いに降りて行くと、伊勢の郷へ着くはずですが・・なにぶん、遠く、山深い。おそらく、伊勢を知る者はほとんどおらぬでしょう。」
伊勢という地名に、チハヤが反応した。
「伊勢は・・私の母の郷と聞いています。・・いつか、行ってみたい・・。」
「いつか、参りましょう。その時は御伴致します。」とシルベが答えた。
タケルやヤチヨ、ヤスキは、チハヤとシルベが互いに思いあっている事を既に察していた。
「この先は、大和国。私はここでお別れです。すでに、宇智の郷には使いを出しておりますゆえ、郷に着いたら、ソマという者をお尋ねください。都までの案内をしてくれる手はずとなっております。・・・ああ、ソマというのは、幼き頃に、オノヒコ様の許でともに育った友です。信用できます。」
タケルたち一行は、峠道を下り、日暮れには、宇智の郷へ到着した。ニトリが言った通り、宇智の郷の入り口には、何人か出迎えの者がいた。
「皇子タケル様でございましょうか?」
松明をかざし、近づいてきた男が言った。
「ソマでございます。ニトリより使いを貰っておりました。さあ、こちらへ。」
ソマは、筋骨隆々、おそらく、宇智の郷の兵を務めているようだった。共に居た者達もいずれも筋骨隆々な大男だった。案内されるまま、郷に入ると、郷の真ん中に大きな館があった。
館では、皆、丁重なもてなしを受けた。
「ソマ様は、ニトリ様の友とお聞きしましたが・・・。」
夕餉の最中、タケルはソマに訊ねてみた。
「はい。まだ幼き頃、巨勢一族が熊野攻めを仕掛けた折、我が郷が巨勢一族に刃向かわぬ事を誓う証に、私は、人質となりました。初めは、巨勢の館に居りましたが、しばらくすると、園部の郷のオノヒコ様の許へ連れて行かれ、そこで、ニトリと共に過ごしたのです。」
「宇智の郷を守るための人質という事ですね。」
「ええ。おかげで、良き友を得て寂しさもなく過ごすことができました。」
「それは、きっとニトリ様も同様でしょう。ソマ様が居られたのは心強かったはず。」
タケルがそう言うと、ソマは笑顔を返した。
「此度、ニトリが紀国造に任じられたのは、途轍もなく大きな喜びです。これで、きっと、我らの郷も安寧に暮らせます。」
ソマの言葉を聞き、タケルは、国の安寧の大事さを胸に刻んだ。
翌朝、ソマは、タケルたち一行を、案内して、宇智川ぞいの道を北上した。
山深く、集落の一つもなく、道も険しかった。
「大和のはずれはまだまだこのような道ばかりなのです。本来、ここは、紀の国と大和の都を繋ぐ大事な道です。時は掛かるでしょうが、ニトリと力を合わせ、取り組みます。」
最後の峠に差し掛かる。開けた先には、葛城の郷へ続く道が見えた。都までもう少し、タケルたちは、足元に見える景色に見惚れ、ふいに、郷愁の感情が湧きあがり、涙を浮かべていた。
宇智川.jpg

  第1部―完―

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