SSブログ

3-25 迫る [アストラルコントロール]

近くに停めたトレーラーの中から、剣崎やレイ、マリアたちが様子を見守っていた。
「罪をすべて、彼に押し付けるということね。」
剣崎が呟く。
剣崎たちは、シンクロで五十嵐から事情を知ることができた。
「石塚麗華はこうなることまで指南されていたんでしょうか?」と、レイが言う。
「どうでしょう。彼が自殺することまで想定はしていなかったんじゃないかしら。一度、戻って、彼に確認しましょう。車を出して。」
剣崎が言うと、トレーラーが動き始めた。山崎と五十嵐はちらりとそれを見た。
『先に戻るわ。この事件の真相はあとでお話ししますね。』
レイが五十嵐と山崎に思念波で伝えた。
五十嵐と山崎は顔を見合わせ、ちょっと複雑な表情をした。
「まずは男の身元だな・・。」
「所持していた免許証から、名前は三上和也。25歳。住所は、横浜ですね。」
武藤が報告する。
「署に戻るか・・。」
山崎たちは署に戻り、刑事課の会議室に集まった。
会議室のホワイトボードには、加茂善三・加茂正・結城徹・石塚麗華・三上和也の写真と関係図、それぞれの事件が時系列に書かれていた。
五十嵐が皆の前で経過を整理しながら確認していく。
「死んでいた三上という男は何者だ?」と山崎。
「署のデータベースですぐにわかりました。以前、一度、交通事故で検挙されていました。その事故で職を失い、夜の仕事・・いわゆるホストの仕事に就いていました。あまり売れている様子はなかったようですが・・。」と林田が答えた。
「石塚麗華との関係はどうだ?」と山崎が言うと、再び、林田が答えた。
「石塚麗華と三上和也は、大学時代からの知り合いで、一時、同棲していたようです。ただ、石塚麗華は、三上以外にも何人か交際相手がいて、加茂正もその一人だったようです。大学時代の知人の何人かから情報を得たところ、彼女は男性に貢がせる能力に長けていたようで、トラブルも多かったとのことでした。ホストだった三上とはおそらく店で再会したんでしょう。ただ、ホストのくせに、石塚麗華に相当貢いでいたという情報もありました。」
「恐ろしい女だな・・。」と武藤が呟く。
「結城氏によれば、石塚麗華は正氏と肉体関係を持ったことをネタに事務所に入り、おそらく、小遣いももらっていた。しかし、それでは満足できず事務所の金に手を付けたことが発覚して解雇された。それが、一連の殺害の動機ということになる・・だが・・・」
山崎がホワイトボードを見ながら言った。
「ええ、横領や脅迫の証拠はありますが、殺害を命じた証拠がないんです。実行犯だったのは三上。死んでしまったため、石塚麗華に命じられたという証言は取れません。このままでは、二人の殺害の容疑者は三上で、死亡のまま送検という決着になります。三上が実行犯だという、確たる証拠もありませんから、起訴できるかも・・。石塚麗華は、横領や脅迫で起訴はできるでしょうが、それも。」
五十嵐が残念そうに言う。
「計画し、命令した首謀者は罪に問われずということか・・。」と山崎。
会議室は沈黙した。
「彼女の自白が頼りというわけか・・・今回は少し厄介だな。」
「したたかな女のようですし、三上に刺された被害者ということを前面に、三上に脅されていたというかもしれませんし・・。」と林田が言う。
山崎がちらりと五十嵐を見た。
前回の事件のように、射場零士が自白を引き出す方法を見つけているのではないかという期待の視線だと五十嵐は受け止めた。
「もう少し捜査を続ける。とにかく、石塚麗華が三上を操っていたという証拠を見つけるんだ。」
武藤も林田も、部屋を出て行った。
「射場さんはどうしている?」と山崎が五十嵐に訊く。やはりそうかと五十嵐は思った。
「様子を見てきます。」
五十嵐も部屋を出て行った。
nice!(4)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

3-26 偽物 [アストラルコントロール]

五十嵐は、零士のアパートに着いた。
零士は起き上がっていて、ぼんやりとコーヒーを飲んでいた。
「大丈夫?」
五十嵐は部屋に入るなり、零士に訊いた。
「ああ、もう大丈夫だ・・それより、事件のほうはどうなった。さっきニュースで、容疑者が自殺したと報じていたけど・・。」
「ええ、容疑者の一人、三上が自殺したわ。」
「そうか・・。」
それから、五十嵐は、これまでの捜査でわかったことを説明した。
「おそらく僕が見たのは、その、三上なんだろう。・・これで事件解決かな?」
「いえ・・今回の一連の事件の首謀者は、三上に刺されたと言っている石塚麗華だと考えているの。でも、彼女が三上に指示してやらせたという証拠がないのよ。このままだと、彼女は、被害者の一人として罪に問われないことになるわ。」
「そうか・・。」
零士はそう答えてからコーヒーを飲んだ。
「剣崎さんたちは?」
不意に零士が五十嵐に訊いた。
「トレーラーハウスに戻って真相を突き止めると言っていたようだけど・・。」
「そうか・・。ところで、石塚麗華はどういう女性なんだ?」
「一度、事務所で会ったけど・・・そうね、可愛い感じの女性、自殺した三上の大学時代の知り合いで、一時同棲もしていたらしいわ。男に近づくのはうまいようね。加茂正氏とも関係をもって、それをネタに事務所に入り込んで、横領までやったようよ。」
五十嵐の説明はシンプルだが、彼女への憎悪のようなものを感じた。
「石塚麗華が三上に殺害を実行させたとすると、二人の関係はかなり深いことになる。三上が入れ込んでいたか、弱みを握られていたか、それとも、金目的だったか・・。」
五十嵐は零士の推理をじっと聞いていた。
「二人も殺害したんだ。相当な覚悟だったはずだし、ばれないという確信があったともいえる。そのあたりはどうなんだ?」
五十嵐は、零士の言葉が、時々、山崎と重なるような妙な感覚を感じていた。
「今、そこを調べているわ。」
「今回、加茂善三氏の殺害では、正氏が出て行って、伊藤順次さんが家に入ってくる、わずかな時間の空白を使って実行していた。結城氏の車のドライブレコーダーに伊藤順次さんが映ることも計算していた。正氏殺害は、結城氏が不在の時間を確実にわかっていて実行している。これだけのことをやるには、石塚麗華と三上は、かなり綿密に連絡を取っていたはずだ。スマホやパソコンは調べたのか?」
アストラルコントロールで現場を見るという特殊な経験がなくても、射場零士には、刑事と同じほどの推理力がある事を五十嵐は認めざるを得なかった。
「山崎さんに連絡してみるわ。」
五十嵐は山崎に連絡して射場零士の話を伝えた。
「だが、本当にこれだけのことを、石塚麗華一人で考えたとも思えないな・・。」
「裏で手引きしていた人物があるってこと?」
「前の二つの事件もそう。一連の事件ではきっとまだ裏があるような気がしてならないんだ。」
「剣崎さんたちが今調べてくれているわ。何か途轍もないことが判るかもしれないわ。」
それを聞いて、零士も納得した様子だった。
「腹が減ったな・・。何か食べに行くか。」
そう言って、零士は立とうとしたがまだ万全ではなかった。
「何か出前でも、取りましょうよ。」
「ああ、そうだな・・そうしよう。」
「何が良いかな・・。」
「体力がつくものが良いわね。これなんかどう?」
そういうやり取りをしている最中に、スマホが鳴って、山崎から連絡が入った。
「はい、わかりました。病院へ向かいます。」

nice!(3)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

3-27 決着 [アストラルコントロール]

石塚麗華が治療を受けている病院には、すでに山崎と林田が到着していた。そこへ、五十嵐が来た。
「怪我をしているから、短時間の面接は許可を取った。」
林田が言った。
石塚麗華はすでに治療を終え、ベッドに横になっていた。医師からは、傷は致命傷ではなく、止血程度で済んだことが伝えられた。
はじめに、林田と山崎が病室に入り、看護師が様子を見守る形で聴取が始まった。
ベッドの上の石塚麗華は、腕と体の2か所に包帯がまかれ点滴をしているという痛々しい姿だった。
「事件のことを教えてください。」と林田が訊くと、
「私は被害者なんです。彼がすべて仕組んだんです。私は彼に二人の行動を連絡しただけです。善三さんが殺された後、彼にもうやめようと言ったんです。でも聞き入れてもらえなくて・・共犯なんだと脅され仕方なく・・。」
と言って、石塚麗華は、ベッドに泣き崩れた。
「では二人を殺害しようと言い出したのは、三上だったと・・。貴女は脅されてやむなく手伝ったのだと・・」
林田が言うと、石塚麗華は小さくうなずいた。
そこへ、五十嵐が入ってきた。山崎は、五十嵐からの連絡のあとに判明したことを五十嵐に伝えていた。五十嵐は、詳細を頭に入れていた。
五十嵐は、病室に入り軽く挨拶をした。
「あなた、加茂氏の事務所で会った時、娘の加茂静香を名乗っていたわね。どういうことかしら?」
五十嵐が訊くと、石塚麗華は表情を強張らせ、そっぽを向いて返事をしなかった。
「私は被害者ですって言っているようだけど、そういうわけにはいかないわ。」
石塚麗華はちらりと五十嵐を見た。
「三上のスマホを復元したら、貴女が頻繁に連絡し指示していた記録が見つかったわ。あなたが今回の事件を仕組んだのよね。」
石塚麗華は返答しない。
「加茂正氏に近づき、肉体関係を持ったうえで、彼を脅迫したうえ、事務所の金を横領したことは結城氏の証言で判ってるのよ。・・そこでやめておけばまだ罪は軽く済んだのにね。」
五十嵐がそう言うと、石塚麗華は少し表情を変えた。
「どうしてこんなことをしたの?誰かにそそのかされたの?」
五十嵐が質問を変えた。
すると、急に石塚麗華が五十嵐を見た。
「判らない。どうしてこんなことになったのか・・判らないの。」
石塚麗華はそう言うと涙をぽろぽろと零した。
「判らないって・・あなたがやったことでしょ?」
「判らないの・・横領が見つかって、加茂善三さんに呼び出されて怒られたのは事実。でも、その後は・・何か・・誰かに言われたような・・いえ・・そうじゃない。記憶ははっきりしているの。でも、自分じゃない誰かがやっているような・・判らない・・どうして・・。」
石塚麗華はそう言うとベッドに突っ伏して泣いた。
石塚麗華は、治療を終え退院すると同時に逮捕された。
ほどなく、石塚麗華が業務上横領と脅迫、そして、殺人教唆の罪で逮捕された報道がされた。
石塚麗華の身辺を再度捜査したが、彼女が供述した「誰かに操られていた」という決定的な証拠は出なかった。精神鑑定もされたが、心神喪失という診断には至らなかった。
「彼女がすべての絵を描いたとは思えません。背後に誰かきっといるはずです。」
刑事課の中で五十嵐は山崎に食い下がっていた。
「しかし・・これだけ調べても、そういう証拠が何も出ないんじゃしょうがないだろ。加茂正氏に近づいて事務所に入るなんてことをやってのけた女なんだぞ。罪を逃れようとしてきょうじゅつしているにちがいない。」
武藤が窘めるように五十嵐に言う。
山崎は、五十嵐の主張に内心賛同しているのだが、武藤の主張も理解できた。
「五十嵐、少し様子を見よう。また、何か新たな証拠が出るかもしれない。」
山崎はそう言って五十嵐を落ち着かせる。
「このままだときっとまた事件が起きます。山崎さん、私だけでも継続捜査させてください。」
「ああ、わかった。気の済むようにしろ。だが、報告は怠るなよ。」
山崎はそう言って席を立った。

nice!(3)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

4-1 マスターの記憶 [アストラルコントロール]

剣崎たちは、トレーラーハウスのディスプレイ画面で、これまでの事件を整理していた。
はじめの本田幸子の事件、次の桧山平一郎の事件、そして、今回の加茂親子殺害事件。
「これまでの犯行を指南した人物はだれなの?」
剣崎が、マスターに訊く。
「客の一人だ。彼が店に来る日の翌日には事件が起きていた。何かのルーティンなのかもしれないが・・奴の思念波に入り込んでみたんですが、正体までは掴めませんでした。おそらく奴も私たちと同じサイキックでしょう。」
「何がやりたいのかしら?」とレイが訊く。
「わからない。ただの愉快犯なのかもしれないが・・。」とマスター。
「パソコンを見ていたのなら、殺したいと思う人間を見つけているということかしら?」とレイ。
「そうなるように操っているのかも・・マリアのような力があるなら、相手の思念波にシンクロして殺害へ向かうようにコントロールすることはできるでしょ?」
剣崎が言うと、マスターが頷きながら答えた。
「ああ、そういうことかもしれない。その気になった人間に、殺害の計画を送り付ける。それを実行していくことを楽しんでいるのかもしれない。だが、ただの楽しみのためとも思えないが・・。」
マスターの話を聞きながら、剣崎は、少し引っ掛かることがあることに気づいた。
「ねえ、マスター。射場さんをアストラルして確実に、事件現場に送っていたでしょ?どうして、事件の現場が判ったの?」
剣崎の質問に、急にマスターの顔色が変わる。
「そうね、殺害の現場なんて予想できるものじゃないわ。ピンポイントでその場に零士さんをアストラルすること自体、かなり難しいはず。どうしてかしら?」
レイも訊いた。
「実は・・」と、マスターが重い口を開く。
「私は、断片的でかなり限定的ですが、次の日のことが予知できるんです。」
剣崎もレイもマリアも驚いていた。
今まで何人かのサイキックと出会ったが、予知能力を持った者にはあったことがなかった。
『片鱗はあったと記憶している』
マリアの中の伊尾木が言う。
『財団の研究所で予知能力の研究もされていたが、自在に使える者はいなかった。だが、スパイダーは、その能力があると見られていた。』
「ええ、そうです。中東での作戦決行の前日、私は失敗すると予知しました。失敗すれば消されるのが宿命。だから、私は行方を眩ませた。そのまま、静かに暮らすつもりだったんです。」
「だが、ハンターに追われ、点々としてここへたどり着いたというわけね。」と剣崎。
自らハンターの一翼を担っていたことを思い返しながら言った。
「今回の事件の背後にいる人物は、財団の研究所にはいなかったのかしら?」とレイが訊く。
「記憶の限りではそれらしき人物は思い当たりません。」とマスターが答える。
「店に何度か来ていたということは、この辺りに住んでいるということかしら。」
レイがマスターに訊く。
「どうでしょう。ただ、随分若かったように思います。」
『スパイダーの記憶を共有してみてはどうか?』と伊尾木が言う。
「そうね・・。レイさん、お願い。」
剣崎に言われて、レイがマスターの手を取る。そして、目を閉じて集中した。レイがマスターの思念波とシンクロする。そして、剣崎とマリアもレイに触れる。
4人の思念波がシンクロしていく。
「マスター、その時の様子を思い出して!」
レイが言う。より鮮明に記憶にシンクロするためだった。
その人物が、喫茶店のドアを開けて入って来て、奥の席へ座る。マスターが席に行き、注文を取る。その人物は顔を上げず、コーヒーを注文し、そのまま、手元にあった黒い皮のカバンからパソコンを取り出して開く。マスターがコーヒーを淹れながらその人物を見る。画面を見ながら、笑みを浮かべている。うつむいているために顔ははっきりしないが、その口元には笑みが感じられた。マスターがコーヒーを運んでくると、その人物は外を見る。マスターが戻ると再びパソコンを覗き込んだ。
マスターの記憶はその先で曖昧になった。
皆、目を開けた。
「この人物を探すということね。」と剣崎は言った。

nice!(3)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

4-2 情報から [アストラルコントロール]

トレーラーハウスに、山崎と五十嵐、そして射場零士が呼ばれた。
「これからお話しすることをすぐには理解できないかもしれませんが、このままでは、同じような犯行が増えるのは確かです。ご協力ください。」
剣崎がいつもと違い丁寧に話をする。
それから、三つの事件の概要を見ながら、その構図を説明した。
「これらの事件には、ある人物が深くかかわっていることが判っています。」
そういうと、ディスプレイに喫茶店の席に座る男の映像が映し出された。
「これは、DREAMのマスターの記憶を映像にしたものです。証拠能力はありませんが、皆さんに理解いただくために作成しました。」
その男は、帽子を目深にかぶり、俯いてパソコン画面を見ている。
「何者なんだ?」と山崎が訊く。
「この人物を探し出してもらいたいのです。この男が、三つの事件の影の首謀者です。殺害の実行犯に事件を起こすためのシナリオを提供し、実行させたのです。おそらくネット経由で情報提供していると考えられます。」
剣崎が説明すると、五十嵐が言う。
「私たちも、事件の背景を調べましたが、石塚麗華のパソコンやスマホには、三上以外の人物との通信履歴はありませんでした。本田幸子、桧山雄一郎も同様でした。」
「あらそうなの・・きっと、通信記録が消える細工をしているんでしょうね。・・じゃあ、喫茶DREAM周辺の防犯カメラの記録から調べるしかないわね。」
剣崎はそう言うと、にやりと笑って、「生方!」と叫んだ。
「聞こえてますよ。剣崎さん、もうあなたの部下じゃないんですよ。そんな簡単に呼び出さないでくださいよ。」
モニターから聞こえたのは、かつて剣崎の部下だった生方だった。
特殊捜査課で情報分析の担当だったが、現在は、特殊犯罪捜査課の特別官になっていた。
「言われた通り、DREAMは、特殊犯罪捜査課の捜査員も立ち寄っていたようです。実は、今回とよく似た事件が都内でも発生していて、捜査の一環だったようですが・・。」
「特殊犯罪対策課はどこまで捜査が進んでいるの?」と剣崎。
「いえ、DREAMには行ったようですが、何も掴めていませんでした。やはり、これは、剣崎さんたちが言う通り、サイキックによる犯行ではないかと思います。」
「生方、そんなことはわかってるのよ。それより、映像の男は?」
と少し剣崎は苛立った言い方をした。
「画像をもとに、男の行動の痕跡を探っています。今、AIが、周辺の監視カメラ映像から、同一人物をピックアップして、行動パターンの解析をしているところです。」
「そう・・早めにお願いね。」
「了解。」
目の前で進んでいることに、山崎や五十嵐、そして射場は少し追い付いていない様子だった。
「この人物が今回の一連の事件を操っているのだけど・・手口や動機が全くわからない。特殊能力を使うのなら、こんなまどろっこしいことをしなくてもいいはずなのに・・。」
剣崎は、呆れた顔をしていった。
「あの・・」と五十嵐が口を開く。
「本当にそんな・・サイキックと呼ばれるような人なんでしょうか?人を操って事件を起こさせるということは、過去にもあります。お金だったり脅迫だったり・・三つの事件もあまり共通性も感じられない。思い過ごしじゃないんでしょうか?」
「そうじゃないんです。」と、DREAMのマスターが口を開く。
「これは、悪意を・・いえ、殺害を望んだ悪人を懲らしめるためなんです。だから、全て、犯人がぼろを出して逮捕された。そうやって、悪を懲らしめている・・そういう構図だと思うんです。」
「悪を懲らしめるため?それは警察の仕事です。それに、悪を懲らしめるのなら、殺人を起こさせない方が良いはずでしょう?未遂に留めて・・」
と五十嵐は少し不満そうに言いながらも、このさきは警察官が口にすべきことではないと気付いて止めた。
「確かにそうなんでしょうが・・。それでは懲らしめにはならないのではないでしょうか?」
とマスターが反論する。
「事件の話に戻りましょう。」
剣崎が二人を止めた。

nice!(3)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

4-3 記憶の中の男 [アストラルコントロール]

「マスターの記憶に残っていた男が何者か、早急に突き止めなければならないでしょうね。」
レイが続けた。
「ただ、強力な能力の持ち主だとすると、正体を突き止めることは難しいかもね。・・生方のほうはどうなっているのかしら?」
剣崎が言うと、スピーカーから生方が返答した。
「AIを見くびらないでいただきたい。正体がつかめましたよ。氏名は、斎藤俊。24歳。浜西大学の工学部の4年生でした。・・今は大学に言っているようですね。」
「こんなに早く特定できるの?」
五十嵐は、生方の説明に驚いた。
「まあ、今回は、マスターの記憶の映像でしたから、どこまで正確なのか、心配していたんですが、周辺の監視カメラ映像から、似た人物を抽出して、そこから、周辺の大学や会社の登録証やパスカードの顔写真と照合して、特定しました。」
生方が得意げに言った。
「いったい、個人情報はどうなってるの?」
と五十嵐は呆れた顔で言った。
「あれ?五十嵐さんも、犯人のモンタージュから、警察のデータベースで人物の特定をするでしょう?それと同じですよ。ちょっと、元になるデータが多いだけですがね。」
「しかし・・大学や会社の登録証からなんて・・違法じゃない!」と五十嵐が反論する。
「別に、会社や大学のデータにアクセスしたわけではありませんよ。AIは、監視カメラ映像から、情報を収集しているにすぎません。会社や大学、コンビニ、駅、いろんなところに設置された監視カメラデータは、我々のセクションで収集することは認められているんですよ。そこから、データを解析しただけのこと。もちろん、外部に流出することはありませんから、ご心配なく。」
生方の得意げな話をひとしきり訊いた後、剣崎が言った。
「まあいいわ。それで、彼の行動パターンから判ったことは?」
「真面目な学生です。きちんと講義にも出ています。ただ、ネットの使用は多いですね。」
「ネットを使って犯罪を起こさせているの?」と五十嵐。
「いえ、そういうわけではなさそうです。アクセスログからは、工学系のWebサイトの閲覧やダウンロードばかりでしたから・・ああ、時々、Youtubeも見ているようですね。」
「そんなことまでわかるの?」五十嵐は驚いて訊いた。
「これはちょっと違法性があるかもしれませんが・・。」
と生方は答えるとさらに続けた。
「しかし、メール記録を覗いてみましたが、今回の事件との関わりは見つかりませんでした。まあ、こういうことをやるからには、あらかじめ証拠が残らないように、消去したかもしれないので、今、ネット情報の収集を進めています。彼の発信ログをたどれば、どこかのサーバーに残っているかもしれませんから。」
すぐに生方から斎藤俊に関するデータが配信された。
「確かに、見る限り、今回の一連の事件とのつながりは皆無ね。」
剣崎が慎重に言った。
「生い立ちも調べましたが、ごく普通の家庭で育ち、大学にも苦労なく入っていました。医療情報も特にありません。」と生方が言う。
「高度な能力を持つサイキックなら、それを隠し通していることもできるでしょう。」
剣崎が言う。
「彼が今回のすべての首謀者なら、迂闊に近づくのは危ないわね。」
剣崎は生方から届いたデータを見ながら呟く。
「彼の思念波にシンクロしようとしたが、できなかった。かなりの能力だと思います。」
マスターが付け加えるように言う。
「いえ、私は彼に会ってみます。私には特別な能力はないですが、刑事です。彼が首謀者かどうか、見極めます。それが、警察のやり方ですから。」
五十嵐はそう言うと、生方から贈られたデータをスマホに移して立ち上がる。
「それなら、私も行きます。万一の時、彼女を守らなければ・・。」とレイが立ち上がる。
「僕も行きましょう。彼が首謀者なら特ダネですから。」
射場零士はそう言いながら、実のところは五十嵐が心配だと感じただけだった。
マスターも店に戻ると言って出て行った。

nice!(4)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

4-4 斎藤俊 [アストラルコントロール]

五十嵐と射場、そしてレイは、生方が示した斎藤俊のアパートへ直行した。
夕刻になっていて、アパートの窓から明かりが見えた。
「零士さんとレイさんはここで待っていてください。ここからは警察の捜査です。民間人を巻き込むことは許されません。」
「だが・・」と零士が言いかけたところで、レイが言った。
「判りました。大丈夫です。私はあなたとシンクロしています。何か起こればすぐにわかります。零士さん、大丈夫ですよ。」
レイと零士は、アパートから少し離れたところで様子を伺うことにした。
五十嵐はインターホンを押す。短いチャイムが響いて、ドアに向かって歩いてくる足音が聞こえた。
ゆっくりとドアが開く。
「警察です。斎藤俊さんですね。ちょっとお話を伺いたいんですが。」
五十嵐がバッジを見せながら言った。
「警察?どういう要件でしょうか?」
そう答えた斎藤俊は、少し神経質そうに見えるが、ごく普通の学生だった。
「最近、この町で殺人事件が連続して起こっているのは知っているかしら?」
「いえ・・。」と、敢えてとぼけている様子でもない。
「知らない?」
「ええ、テレビも新聞も見ないので・・それで、僕に何か関係しているんでしょうか?」
「捜査の過程で、あなたの名前が出てきたんですよ。」と五十嵐。
「僕が?何かの間違いでしょう。」
そんなやり取りの最中に、廊下に隣室の住人が顔を出し、様子を伺っているようだった。
「判りました。とりあえず、ここでは迷惑になりますから、部屋にどうぞ。」
斎藤俊はそう言って、ドアを開いて五十嵐を招き入れた。
ドアの中に五十嵐の姿が消え、零士は穏やかではいられなかった。
「大丈夫、すぐに中の様子を・・。」
レイはそう言うと目を閉じて集中し、五十嵐の思念波にシンクロした。それから、零士の手を握った。零士の頭の中に、五十嵐が見ていている風景が広がってくる。零士は声が出なかった。体験したことのない感覚だった。光景が見えるだけではない。部屋の中の臭いまで感じられた。
部屋の中は、シンプルだった。いや、あまり、家財がない。部屋には大き目の机と周囲に本が積まれている。冷蔵庫はあるが、あまり、生活感が感じられなかった。
「課題の提出が近いんで、手短にお願いします。」
斎藤俊はそう言うと、小さな折り畳みテーブルを部屋の真ん中に出し、小さな座布団を置いた。
五十嵐は、静かに座り、部屋の中を見回した。
彼の言う通り、テレビはない。最低限必要なものがあるというところだろう。だが、敢えて、そういう演出をしているのかもしれないと懐疑心が強まる。
「あなた、本田幸子という人物を知っているわよね。」
「本田?・・幸子・・。いえ、思い当たりませんが・・。」
「じゃあ、桧山雄一郎という名は?」
「いえ、わかりません。」
「石塚麗華は?」
「いえ・・一体何なんですか?名前を並べられても全くわかりませんし、謎解きに付き合っているほど暇じゃないんです。」
五十嵐は彼の反応を見て、直感的に、我は今回の一連の事件とは無関係だと感じた。
「3人とも殺人犯。いえ、殺人計画を考え実際に行った被疑者よ。貴方が3人にシナリオを描いて実施させたんじゃないかと考えたんだけどね。」
五十嵐の言葉はすでに彼を被疑者ではないと判断した言い方だった。
「そんな馬鹿な・・どうしてそんなことをしなくちゃいけないんです。・・そんな暇はないんです。課題を出すだけで精一杯なのに・・どうして僕が疑われなくちゃいけないのか訳が判らない。」
その時、レイが思念波を通じて五十嵐に伝えた。
『彼は無関係ね。彼から特別な能力を一切見つけられないわ。戻りましょう。』
『そうね。』と五十嵐は思念波で返事をして立ち上がる。
「ごめんなさい、人違いだったみたい。」
五十嵐はそう斎藤俊に告げて、アパートを出てきた。

nice!(4)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

4-5 リフレーミング [アストラルコントロール]

レイはトレーラーハウスに戻ってきて、斎藤俊と対面した時の様子を伝えた。
「彼は首謀者じゃない。ノーマルな人間だった。」
「そうね。」と剣崎も答えて、データが映し出されたままのモニターを見ている。
マリアは、体の中にいる伊尾木と何か話しているようだった。
「おじさんも同じ考えみたい。」
「しかし、マスターが見誤ることがあるでしょうか?」とレイ。
「初めの事件は、本田幸子が誘導されるように殺人を犯した。そして、それには、事務所の社長が大きく関与していた。かなりまどろっこしいやり方だったわ。本田幸子を罰するためなら、もっと効率よくできるはず。それと、事件を誘導した事務所社長は何の罪にも問われず行方をくらましている。結局、悪を野放しにしていることになる。本田幸子はむしろ被害者かもしれない。」
剣崎が事件経過を読み直す。
「犯罪計画を請け負った人物がいるということですよね。」とレイが言う。
「そうなのよ。2件目の事件は確かに直接誘導したと言えるけれど、桧山雄一郎自身がかなり主体的に動いている。全く関連性がないように見えるのよね。」と剣崎が言う。
「3件目では、自ら手を汚さず人を使って殺害に及んでいます。初めの事件に似ているようですけど、少し稚拙な感じです。」と、レイが続ける。
「マスターの言うように、誰かが計画を立て、特別な能力で人を操って事件を起こさせたというのは何か違うように思えるわね。」と剣崎が言った。
「ねえ、伊尾木さんが伝えたいことがあるって・・。」
とマリアが口を開いた。
『彼の予知能力は本物なのか。』
伊尾木が言っているのは、マスターのことだった。
「マスターのこと?」
『ああ、そうだ。彼に会って話をし、今回の事件にサイキックが関与していると我々は信じ切っていた。だが、冷静に考えると、やはり、斎藤俊が事件の首謀者だという根拠は、奴の証言しかない。本当にそうだろうかと疑ってみると、一連の事件は、偶然に起きたものではないかともいえる。射場零士が殺害現場にアストラルされたということを除けば、共通性は極めて低い。』
伊尾木が思念波で皆に話す。
「じゃあ、マスターはどうやって事件現場を特定できたの?やはり予知能力があるんじゃない?」
剣崎が反論気味に言う。
『レイさんやマリアが持っている能力、シンクロ能力があればどうだ?』
「どういうこと?」とレイが訊いた。
『本田幸子とシンクロ出来れば、彼女がやろうとしていることを知る事は容易い。同じように、桧山雄一郎も、石塚麗華も、シンクロすることで何をしようとしているかが判ればできるはずだ。』
「マスターが偶然、3人とシンクロしたということ?」
剣崎がやや呆れたように言った。
『偶然ではなく、そういうふうに仕向けることだってできるだろう。』
伊尾木が言うと、剣崎とレイは顔を見合わせた。
スパイダーはサイキック工作員だった。ターゲットの思念波にシンクロし、思うようにターゲットを操ること、それこそ、スパイダーの最大の能力だった。
「でも、なぜそんなことを?」
レイが言うと、剣崎が答えた。
「悪への制裁なんでしょう。良からぬことを考える人間を見つけ犯罪を起こさせ逮捕させる。おそらく、殺された人間も彼に言わせれば罪人なのかもしれないわ。」
「単なる自己満足でやっていたということ?」とレイ。
「あの財団で育成されたサイキックには、善悪の正しい価値観などないわ。自らの能力を活かして自らの命を守ること。命令に従えば生きながらえる。幼いころからそういう教育を受けてきたのよ。マリアのように、それを受け入れずにいられることは珍しいのよ。」
剣崎はそう言うと、マリアを見た。
外の世界から隔離された環境に置かれ、過酷な訓練を受け、自らの価値観など意味を持たない世界。マリアはそこから逃れる道を選んだ。剣崎はその世界を受け入れ、任務を果たし生き延びてきた。
スパイダーは、その能力ゆえに、剣崎より厳しい環境で過酷な訓練を受け、命を奪うことに何のためらいももたないサイキックに育てられた。ともに、特別な能力を持っていても、生きざまは様々である。

nice!(4)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

4-6 逃走 [アストラルコントロール]

『全てが推論に過ぎないが、そう考えれば、辻褄があるだろう。』
「マスターに直接確かめるしかなさそうね。」
剣崎はレイやマリアとともに、喫茶DREAMを訪れた。
ドアを開けると、「いらっしゃい」と声が響いた。マスターはカウンターの向こう側で洗い物でもしている様子だった。
「どうぞ、お好きなところへ。」
マスターの応対は妙だった。とりあえず3人は、奥の席へ座った。
マスターは、剣崎たちとは初対面の様子で、トレイに、グラスを乗せ水を入れて運んでくる。マスターはゆっくりとグラスをテーブルに置き、「ご注文は?」と尋ねた。
「マスター?」
レイが訊く。
「はい・・なんでしょう?」
その瞬間、レイはマスターの思念波にシンクロした。
「いえ、ああ、コーヒー二つとオレンジジュースをお願いします。」
「はい判りました。」
マスターはそう言うとカウンターの向こうに入っていった。
『彼はスパイダーではないわ。』
レイが思念波で、剣崎とマリアに伝えた。
「そのようね。」
『スパイダーは、私と同じ、思念波だけの存在だ。もう、誰かの体に入ってしまっているのだろう。』
マリアの中の伊尾木が皆に伝える。
「私たちが彼の正体に気づいたことが判って逃げたのかしら?」
レイが言うと剣崎が
「逃げたのならまだいいのかも。それより、次のターゲットを見つけたのかもしれない。また、殺人事件が起きるかもしれないわ。」
剣崎が言う。
そこに、マスターがコーヒーとオレンジジュースを運んできた。温和な表情だった。
「あのマスター、私たちのこと、覚えていませんか?」
レイはあえて訊いてみた。
「いや、申し訳ないんだが・・実は、ここ数年の記憶が曖昧なんですよ。ただ、この店でコーヒーを淹れていたことは覚えているんですが・・このあと、医者に行こうかと・・認知症かも・・。」
マスターはレイの質問にかなり不安そうな表情を浮かべて答えた。その口調や声は、以前とは全く別人だった。
3人は店を出た。
「一体、どこへ消えたんだろ?」と剣崎が言うと、レイが目を閉じ集中する。
「この近くには彼の思念波は感じられないわ。・・どこか遠くに逃げてしまったのかしら?」
レイが目を開けて言った。
『いや、奴は、レイさんが思念波で探し出すことを予見して、バリアを張っているに違いない。奴を探すのは難しいかもしれないな』と伊尾木が思念波で伝えた。
「五十嵐さんに連絡した方が良いわね。」
剣崎はそう言うと、スマホを取り出し、五十嵐に連絡した。
3人がトレーラーハウスに戻るのと同時に、五十嵐がやってきた。
トレーラーハウスの中に入り、剣崎は、これまで皆で推理した内容を伝え、マスター、いやスパイダーの所在を突き止めなければならないと伝えた。
「まだ、十分に理解したわけではありませんが、そのスパイダーと呼ばれた人物こそ、今回の一連の事件の首謀者なんですね。」
と、五十嵐が再確認するように訊いた。
「ええ、でも、何の証拠もないわ。サイキックである私たちには確信を持てる内容だけど、おそらく、犯罪として立証するのは無理でしょうね。」
剣崎が少しあきらめ気味に言った。
「いえ、犯罪者は犯罪者です。彼自身に証拠がなくても、これまでに逮捕した3人とスパイダーの繋がりが見つかればいいはずです。きっと何かあるはずです。」
五十嵐は強気に言った。

nice!(4)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

4-7 破壊 [アストラルコントロール]

「例えば、最初の事件・・本田幸子が実際に殺人を犯したわけですが・・そこに至るまで、事務所の社長夫妻が大きく関与していたはずなんです。実際、あの後、姿をくらませています。真相を知っている、彼らを見つければ、スパイダーとの繋がりが見つかるかもしれません。」
五十嵐が思い付いたように言った。
「そのことなんですが・・」
突然スピーカーから声が響く。生方が割り込んできた。
「何なの?」と剣崎が少し鬱陶しいと言いたげな返答をする。
「剣崎さん、五十嵐さん、実は、こちらでも独自に、あの社長夫婦を探していたんですよ。」
「それで?」と剣崎。
「二人とも、入院していました。」
「入院?」と剣崎。
「ええ、山梨の精神科の病院です。」
「精神科?」
「ええ、山中湖のコテージで、意識不明の状態で発見され、入院となったようです。調べた限り、精神に異常をきたしていて、回復は無理ということでした。」
『彼の仕業に違いない』
マリアの中にいる伊尾木が思念波で伝える。
「強力な思念波を使って彼らの意識を破壊したのね。」と剣崎が言う。
「やはり、スパイダーが関与しているのは確実ね。・・もう、彼と事件をつなぐ証拠はないわ。」
剣崎の言葉に応えるようにレイが言う。
「もしそうなら、これまで事件に関与した人間も同様に廃人にされるんじゃないでしょうか?」
「3人は拘置所にいるんです。廃人になんてできないでしょう。」
と五十嵐が答えると、生方が思念波で答えた。
『何処に居ようが問題ない。奴は、今、思念波だけの存在。物理的な障壁は無意味だ。すでに、着手しているだろう。奴を止めるのは、普通の人間では無理だ。』
伊尾木の言葉に皆が一気に危機感を高めた。
「一刻も早く、彼を見つけて止めなければ・・。」とレイが言う。
「一体、どこに行ったのかしら?」と剣崎が言う。
『思念波だけでは長くは存在できない。きっと、誰か、シンクロしやすい人物の体に入り込んでいるはずだ。その人物を見つけることだ。』と伊尾木が思念波で話す。
しばらく沈黙したが、みんな、ほぼ同時に同じ人物にたどり着いた。
「射場さん・・じゃないかしら?」
レイが五十嵐を見ながら口を開く。
五十嵐自身も、そうではないかと考えていたが、改めて、レイに言われて強い不安に包まれた。
「何度も、アストラルコントロールを受けたことを考えると、その可能性が最も高いでしょうね。」
剣崎も言う。
五十嵐の不安はさらに強まっていく。
「体に入り込まれたら・・零士さんは・・どうなるんでしょう・・。」
五十嵐が、絞り出すように訊いた。
『射場の思念波が強力であれば、おそらく、思念波のぶつかり合いが起きるだろう。それはかなりの消耗戦であり、おそらく、射場零士の思念波は消えてしまう。そして、最終的に体は完全に乗っ取られてしまうだろう。」
「そんな・・。」と五十嵐が蹲る。
『抵抗せず、奴を受け入れたとしても、同じことだ。射場の思念波は思念波で作られた繭の中に閉じ込められてしまう。結果は同じだ。』
「じゃあ、もう乗っ取られたということじゃ・・。」と剣崎が伊尾木に訊く。
「いえ、大丈夫です。」
今度はレイが口を開いた。
「まだ、はっきりと彼の思念波を感じることができます。今ならまだ・・。」
それを聞くと同時に、五十嵐はトレーラーハウスを飛び出していった。
「私たちも行きましょう。」
剣崎はみなを連れて、五十嵐の後を追った。

nice!(4)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

4-8 零士 [アストラルコントロール]

零士は、ようやく動けるほど回復していて、久しぶりに外出していた。
何処に行く用事もないのだが、外の空気を吸いたい、そういう思いだった。アパートを出て、大通りを歩いて、海が見える公園までやってきていた。
入れ違うように、五十嵐がアパートに到着した。留守だと判り、五十嵐は慌てた。
「零士さん!何処に行ったの。」
アパートから駆け出してきた五十嵐と剣崎たちは鉢合わせした。
「いないの・・どこにいったのかしら・・。」
五十嵐はもう刑事ではなく、零士を愛する一人の女性になっていた。
「大丈夫。彼の思念波を追っていけば必ず見つかるから。」
レイはそう言うと、精神を集中して、零士の思念波を追う。
あちこちに思念波の残骸のようなものがある。それをたどっていくと、海が見える公園についた。
公園の入り口に着くと、五十嵐は、そこらじゅうを走り回り、零士の姿を探した。
零士は、公園の白い大きなベンチに横になっていた。
「零士さん!」と五十嵐が声をかける。五十嵐の声に気づいて零士が起き上がった時、怪しい光が凄まじいスピードで零士に向かっていく。そして、それは五十嵐の目の前で、零士の体に突き刺さるように入り込んだ。次に、零士の体がぼんやりと光り、零士が苦しみ始めた。伊尾木が話した通り、今、目の前で零士の思念波とスパイダーの思念波が戦っている。だが、わずかな時間で苦しみの表情は収まった。射場の体は、スパイダーに乗っ取られた。
「零士さん?」と、五十嵐が恐る恐る声をかける。
零士は、じっと五十嵐を見つめたあと、「やあ、五十嵐さん」と返事をした。
それは、今までの零士とは明らかに別人だと五十嵐はわかった。
今まで、これほど軽く名前を呼ばれたことはなかった。零士はどちらかというと、顔を見ずもごもごと話をするタイプだった。推理をしている時も、そうでない時も、何か自分の中に向かって話をしているようなところがあった。
「零士さん?」
「どうしたんだい?」
「貴方、零士さんじゃないわね。」
「どうやら判っているようだな。」
今度は少し凄みのある言い方だった。
剣崎たちもようやく二人の場所にやってきた。
『もはや乗っ取られてしまったようだな』と、二人の様子を見て伊尾木が言った。
「五十嵐さん、離れて!」と、剣崎が叫ぶ。だが、五十嵐は一歩も動けなかった。体が思うように動かないのだ。五十嵐もスパイダーに、体の自由を奪われていた。
「五十嵐さん、一緒に行こう。」
零士の体に入り込んだスパイダーは、五十嵐の肩にそっと手をかける。
「動かないでください。五十嵐さんの身に何かあればあなた方のせいですよ。」
スパイダーはそう言うと、五十嵐を連れて公園を出て、タクシーに乗り込み、姿を消した。
剣崎たちは、動けなかった。すでに零士の体を乗っ取ったスパイダーは、これまでとは違う強い力を得ているのが判ったからだった。思念波はその人の生命力そのものである。喫茶店のマスターの年齢では、おのずと力は弱くなる。だが、射場零士はまだ40代であり、生命力がもっとも充実している年代である。その力をスパイダーの思念波は十分に使える。零士に近づいた五十嵐を難なくコントロールしたのがその証拠である。
零士と五十嵐の乗ったタクシーは走り去っていった。
剣崎たちの追跡を逃れ、五十嵐を連れたスパイダー(零士)は、自分のアパートに戻った。
そして、部屋に入るとすぐに、取材に使っていた皮のカバンを探し出し、中身をぶちまけた。それから、いくつか手帳を拾い上げ、中身をパラパラと捲った。連れてきた五十嵐は、まだ、スパイダーにコントロールされていて、茫然とした状態で立っていた。意識ははっきりあるが体がいうことを利かない。ただ、スパイダー(零士)の行動を見ているだけだった。
しばらくすると、スパイダーは、五十嵐に向かって言った。
「これから起こることはすべてお前たち警察の不始末が原因だ。罰するならまず身内からだぞ。」
スパイダーの言葉は五十嵐には聞こえている。だが、反応できない。
そんな様子を見て、スパイダーはにやりと笑って、五十嵐の肩に手を当てた。その瞬間、全身がバラバラになったような痛みが走り、五十嵐は気絶した。

nice!(4)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

4-9 新たな事件 [アストラルコントロール]

剣崎たちはいったんトレーラーハウスに戻っていた。
「彼は何がしたいのかしら?」
剣崎が呟く。
「どうすれば、二人は解放されるのかしら。」
今度は、レイが呟く。
二人の言葉には、特別な能力を持ったがゆえに尋常ではない生き方を強いられた辛さが感じられた。それは、マリアも伊尾木も同じだった。
「また、殺人事件が起こるかしら?」と剣崎。
「それ以上のことが起こるかもしれませんね。」とレイ。
『財団にいたときは、財団の命令に従い達成することだけに生きてきたのだ。自らの行動に目的を持つことはなかったはずだ。だからこそ、今回のような矛盾することを繰り返したんだろう。チェイサーに追いつめられていた時は、身を隠す、逃れることが目的だったはずだ。それがなくなって、きっと迷い道に入り込んでしまったんだろう。自らの能力をどう使えばよいか、判らない日々だったろう。』
伊尾木が言う。
「じゃあ、今、零士さんの体を乗っ取って、五十嵐さんを連れて逃げるということが、彼にとって重要な目的になったということかしら?」
レイが伊尾木に訊く。
『ああ、我々が居場所を探し追いかけることで、彼には満足できる目的を与えることになる。そして、われわれが彼と対峙すれば、彼は自らの能力を解放して挑んでくるだろう。それこそ、彼の存在証明になるだろう。』
伊尾木が答える。
「しかし、このまま放置することはできないわ。」
剣崎が少しいらだった調子で言った。
『ああ、そうだ。気づかれぬように彼に近づき、力を封じ込める必要がある。早くしないと、射場零士の思念波は永遠に失われてしまうだろう。五十嵐さんも無事には居られまい。』
剣崎のスマホが鳴った。相手は、刑事課の山崎だった。スピーカーに切り替える。
「ああ、山崎だ。今朝から、五十嵐と連絡が取れないのだが、何か知っているか?」
山崎の声は少し疲れていた。
「何かあったんですか?」と剣崎が訊く。
「ああ、1時間程前に、男が駅前で自らの喉を切って死亡する事件が起きた。それから30分後には、別の駅前で同じような事件が起きた。こっちも喉を切って死亡した。こんな事件が連続して起きるなど前代未聞だ。例のサイキックとの関連があるんじゃないかと思って、五十嵐に連絡を取ったんだが、電話に出ず、居場所も不明だ。」
山崎は二つの事件の捜査に駆り出されているようだった。
「二人に何か共通点はないの?」と剣崎。
「今、それを捜査している。薬物かもしれないんだが・・」と山崎が答えた。
「きっと、まだ起こるわ。おそらく、死んだ二人は、以前に、何か犯罪を起こして逮捕されずにいるはずよ。そういう人間に制裁を加えようとしているのよ。」
剣崎が直感で答えた。
「なんだって?制裁?よくわからんが、二人の過去を調べてみよう。それで、五十嵐は?」
山崎が訊く。
「端的に言うわ。その事件、制裁を加えたのは、射場零士と五十嵐さん、いえ、正しく言うと、射場零士の体を乗っ取ったスパイダー、そして、五十嵐さんは彼に捕らわれているの。」
「射場が今回の事件を仕掛けているというのか?」
「いえ、射場さんの体をスパイダーに乗っ取られて・・。」
「理解できん。とにかく、二人は一緒にいるということだな。」
「ええ、でも迂闊に・・」
「判った。すぐ二人を探し出す!」
山崎は剣崎の話をさえぎって電話を切った。それほど追い詰められているのがよく判った。
「どう動けばいいの?」と剣崎。
『奴の居場所はすぐわかる。それより、奴をどう倒すか、その方法を見つけなければ。』
伊尾木はそう言ったきり、黙ってしまった。

nice!(3)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

4-10 シンクロ [アストラルコントロール]

山崎とのやり取りの後、すぐに、生方から連絡が入った。
「剣崎さん、五十嵐さんが見つかりました。」
「どこ?スパイダーも一緒なの?」と剣崎。
「射場零士のアパートの前で見つかりました。近所の方が救急に連絡したようです。今、市立病院に搬送されています。」
「無事なの?」
「詳しくはわかりませんが、意識がない状態で部屋の前に倒れていたらしいんですが、詳しくは判りません。」
「そう。判ったわ。すぐに病院へ行くわ。」
剣崎は皆を見た。それから、「カルロス!トレーラーを病院へ!」と叫んだ。
ほんの数分でトレーラーは病院に着き、剣崎とレイは、五十嵐が運ばれた救急病棟へ向かった。
山崎刑事も姿を見せていた。
「命には別条はないようだが、意識が戻らないようだ。」
現れた剣崎とレイに山崎が説明した。
検査を終えベッドに横たわった五十嵐が処置室から出て、病室へ運ばれていく。
「剣崎さん、彼女にシンクロします。」
レイが剣崎に言った。
それを聞いた山崎が、「どういうことだ?」と剣崎に訊く。
「五十嵐さんの意識の中に入るということです。彼女はその能力を持っていますから・・。」
剣崎が説明した。山崎は困惑した顔をしたまま、レイを見ていた。
レイが静かに目を閉じる。剣崎がそっとレイの手を握る。こうすることで、レイと繋がり、五十嵐の思念波を共有することができる。1分、2分、それはかなり長い時間に感じられた。
ふうと息を吐き出し、レイが目を開けた。剣崎も目を開けた。
「射場さんは完全にスパイダーに支配されているようですね。」
レイが口を開く。
「なあ、五十嵐の意識は戻るのか?」
山崎が不安そうに訊く。
「ええ、もうすぐ意識が戻るはずです。かなりダメージは受けているようですが、しっかりとした思念波を感じることができました。ただ、しばらくはそっとしておいた方が良いでしょう。」
レイが答えると、山崎がさらに訊いた。
「自刃した事件のことだが・・やはり、その・・スパイダーとやらが関わっているのか?」
「ええ、間違いないでしょう。」と剣崎が答えた。
「まだ同じようなことが起きるのか?」
「おそらく、スパイダーを止めない限り、もっと悲惨な事件が起きるはずです。」
剣崎が答えると、さらに山崎が訊く。
「俺たちにできることはないのか?」
剣崎が少し考えてから答える。
「スパイダーが操って、自殺させた人物は、いずれも、不起訴になった人物ですよね。それも、山崎さんたちが関わって立件した事件のようです。過去の事件を調べれば、ある程度、対象は絞れるかもしれません。・・ああ、それと、射場さんがフリーの記者として関わってきた事件も大きく関係しているはずです。五十嵐さんの意識にシンクロして、彼のアパートで、なにか調べている様子が残っていました。」
「そこまでわかるのか?」と山崎。
「ただ、決して、気づかれないように動いてください。もしかすると、あなたたちもコントロールされる危険性があります。・・対象者を特定しても近づかないように。接触するようなことがあれば、それこそ、スパイダーの思惑通りになるはずです。山崎さん自身が対象者を殺してしまうように操られることも考えられます。」
「判った。とりあえず、過去の事件を調べてみよう。対象者をある程度特定できなければ、どうにもならない。何かわかったら、すぐに連絡するよ。」
山崎はそう言うと、病室を出て行った。
「大丈夫でしょうか?」
レイが呟く。
「どうかしら・・私たちは私たちの方法でスパイダーの居場所を突き止めましょう。」
剣崎はそう言って窓の外を見た。

nice!(3)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

FINAL1 因縁 [アストラルコントロール]

それから数日は特に事件は起きなかった。スパイダーの行方は依然として掴めないままだった。
『どうにも釈然としない』
伊尾木が苛立ったような思念波をみんなに送った。
「どうしたの?」と、トレーラーハウスのベッドで横になっていたマリアが、起き上がってから、不思議な顔をして訊いた。
会議スペースにいた剣崎とレイも、驚いてベッドルームに顔を見せた。
『スパイダーは、公園から逃げた後、立て続けに二人の命を奪ったにも関わらず、そのあと全く動きを見せないのは何故だ?』
伊尾木の苛立ちは、剣崎やレイも同じだった。
「次のターゲットを探しているが、見つからないってことじゃないかしら?」
剣崎がマリアの横に座って答えた。
『拘置所にいる者はどうだ?』
三つの事件の犯人は、拘置所にいる。彼らへの制裁を行うかもしれないと考えていたが、幸い無事のようだった。
「山崎さんからは特に連絡はないわね。」
『レイさん、何か感じないか?』
ドアの近くの椅子に座っていたレイに伊尾木が訊く。
「射場さんの思念波も、スパイダーの思念波も捉えられないんです。」
『そうか・・・やはり釈然としないな。』
伊尾木はそう言って沈黙した。
「あれから、射場さんの手帳を手に入れて調べてみたんだけど、ターゲットになりそうな人物はかなりいるのよ。絞るのは難しいんだけど、ちょっと気になる人物がいたわ。」
剣崎はそう言うと、会議ルームへ戻ってから、モバイルPCを抱えて戻ってきた。そして、ベッドルームのモニターに、ある人物を映し出した。
「以前、射場さんが誤認逮捕された事件。取り調べたのは山崎刑事。すぐに無実だと判ったんだけど、この事件、まだ犯人が逮捕されていないの。」
剣崎はそう言うと事件の概要をまとめた画面に切り替えた。
「4年前、師走の繁華街で傷害事件が起きた。被害者は、小松原雄一。県会議員の長男で、繁華街に入り浸っているような不埒な所業で、その日は、大通りから一本入った通りで、背後からアイスピックのようなもので刺されて倒れた。通行人も多数いて、すぐに救急搬送され一命はとりとめた。通報を受けて警察が非常線を張ったところ、目撃者の証言した犯人と服装や背格好が似ている射場が容疑者となって、山崎の取り調べを受けることになったということなの。」
剣崎が短くまとめて事件の経緯を説明した。
射場は、小松原雄一を取材対象として一か月近く追っていた。正確には、小松原雄一の父親の収賄疑惑を取材し、その長男がガードが甘いと踏んで、取材を進めていたのだった。だが、これといった情報が掴めず、突撃取材を決行しようと考えていた時に、事件が起きた。
結局、容疑者となったために、小松原に接触することはおろか、週刊誌側からもネタの持ち込みを断られ、業界の中では、射場は信用を失って、事実上干されてしまった状態にまで陥った。
事件自体も、多くの目撃証言があるにもかかわらず、犯人にはたどり着けず、迷宮入りしていた。
「この事件の犯人を探しているのかしら?」
レイが剣崎に確認するように言った。
「犯人を特定するのは無理でしょうね。」と剣崎が答える。
「射場さんはすぐに釈放されたんでしょ?」とレイ。
「ええ、そうみたいね。現場近くにいたのは事実だったようね。目撃者の証言で、服装と背格好が一致したこと以外は何もないわけだし、射場さんも取材していたことを証明したようね。写真とか取材メモとか全て提出させられたみたいだし。やっていないことを証明するのは難しいはずだけどね。」
剣崎はそう言いながら、何か引っかかっているようだった。
「どうしたの?」とレイ。
「何か、この事件、不自然なのよ。ひと気の多い繁華街で、脇の通りに入った場所とはいっても多くの通行人がいる。そこでわざわざ実行している。それに、致命傷でもない。リスクが高すぎるでしょ?しかし、犯人は特定できていない。射場さんが容疑者となったのも、特徴的な服装だったことだけなの。カーキ色のロングコートと皮のリュックサック。でも、彼はもっと目立つ大きなカメラを持っていた。証言にはカメラのことは一切出て来ない。不自然なのよ。」
レイは剣崎の話をじっと聞いていた。

nice!(3)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

FINAL2 最後の事件 [アストラルコントロール]

「誰かが射場さんを排除するために起こした事件ということかしら?」
レイが思い付いたように言った。
「そうか・・。そういうことなのね。・・射場さんが邪魔だった。だから排除するために事件を起こした。」
剣崎が確認するように言った。
「そうなると、小松原雄一の父親、県会議員の収賄は実際にあったということかしら?」
と、レイが言う。
「そのあたりを今、スパイダーが調べているということでしょうね。」と剣崎。
「でも、どうして?射場さんは完全に取り込まれ、意識はないはずです。なのに、射場さんの意思で動いているなんて・・ありえないでしょう?」
レイが疑問をぶつける。
『射場は取り込まれていないかもしれない。』
突然、伊尾木が思念波を送った。
「どうして?」と剣崎。
『射場の命を救うため、私が彼の思念波にシンクロしたのを覚えているだろう。かなり衰弱していたために、私が少し思念波を操作した。わずかだが、私の思念波を彼の中に残してしまった。スパイダーに取り込まれながら、そのことで部分的に射場の思念波がスパイダーに抵抗をしているのかもしれない。』
「スパイダーは、射場さんを取り込んだつもりでいるが、実は、射場さんに操られているかもしれないということ?」
レイが伊尾木に訊いた。
「でも、それなら、五十嵐さんを人質にしたり、身を隠したりしなくてもいいんじゃないの?」
剣崎も訊いた。
『初めはおそらく射場は完全に取り込まれ意識を失っていたんだろう。だが、徐々に立場が変わってきているのかもしれない。いずれにしても、スパイダーの居場所を突き止めるほか方法はない。』
「この小松原県会議員が鍵ね。まずは彼に接触しましょう。」
剣崎はそう言うと、小松原県会議員の自宅へ向かった。
小松原県会議員の自宅は、町の郊外にある高級住宅地のもっとも高台に建っていた。閑静な住宅街にトレーラーで乗り入れるのはさすがに目立つため、タクシーで乗り付けた。
「どう?レイさん、スパイダーの思念波を感じる?」
剣崎がレイに尋ねる。
「いえ、周囲には居ないようです。」
屋敷の入り口は、大きな石造りの門扉で閉ざされていた。あちこちに監視カメラがついている。周囲を歩いてみる。家をぐるりと取り囲むように、塀と生垣があり、中の様子は全くわからない。
剣崎のスマホが鳴った。
「生方です。小松原氏は、県外視察だったようですね。夕方には戻る予定で、今は、新幹線に乗車中です。」
「息子の雄一は?」
「父親の秘書として同行しています。」
「スパイダーの姿は?」
「新幹線の中には居ないようです。現在、駅周辺のカメラで監視しています。動きがあればお知らせします。」
電話を終えると剣崎が、レイに「駅へ行きましょう」と提案した。
二人はすぐに、新横浜駅へ向かうと、改札口が見える小さなカフェに入った。
周囲に、スパイダーの思念波がないかをレイはじっと探っていた。剣崎は、改札を通過していく乗降客を監視した。
「そろそろ到着する時間ね。」
剣崎は目を凝らして改札を見ていた。
「感じる!・・スパイダーの思念波・・かなり強い・・・・うう・・。」
レイが頭を抱えた。
「レイさん!シンクロしないで!危ないわ!」
そう言って剣崎がレイを見たと同時に、構内に悲鳴が響いた。
改札を出たあたりで、通行客が足早に逃げていく。

nice!(3)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

FINAL3 人質 [アストラルコントロール]

「レイさん!ここにいてね。」
剣崎はそう言うと店を飛び出した。
剣崎は、逃げてくる客たちを掻き分けるようにして進む。ふっと人波が切れた。目の前に、背広姿の男が全身に血を浴びて立っている。右手には、ナイフのようなものを持っている。左手で若い女性の首を締める形で周囲を威嚇する。視点が定まらないような目をして、肩で息をしている。時折、手にしたナイフを振り回している。
まもなく、鉄道警察官がやってきた。少し遅れて、駅前の交番から警察官が姿を見せた。男を取り囲
「やめなさい!もう逃げられない!抵抗は止めなさい!」
警官が叫ぶ。警官がじりじりと男に近づこうとすると、男は羽交い絞めにしている女性の首筋にナイフを当てる。さらに近づこうとすると、ナイフが首筋に傷をつけ、女性の悲鳴があがる。
剣崎はじっと成り行きを見ながら、周囲に、スパイダーの姿がないか、確認する。
レイが店から出てきて、剣崎の隣に立った。
「剣崎さん、プラットホームで、県会議員が倒れているようです。わき腹を刺されていますが致命傷ではなさそうです。・・あの男がやったんです。彼が、小松原雄一です。」
剣崎も状況からおおよそ予想はついていた。
しばらく、小松原雄一と警官のにらみ合いが続く。
まもなく、山崎たちが現場に現れた。
山崎は現場に剣崎の姿を確認したことで、この事件はスパイダーというサイキックの仕業だとすぐに分かった。
緊張状態が続いている。人質となった女性は化粧がボロボロになるほど泣き続けている。
山崎が剣崎のところへやってきた。
「時間の問題だ。いずれ、あいつの精神力が切れて隙が生まれる。そこが勝負だ。」
山崎は剣崎たちに小声で話しかけた。
「いえ・・今、彼はスパイダーに操られている。普通の状態じゃない。きっと、彼は、あの女性の首を裂き、自分の首も切って果てるわ。最悪の結果になるはず。」
剣崎の冷静な言葉に、山崎は驚いた。
「止める方法はないのか?」と山崎。
「スパイダーを捕らえる以外ないわ。ただ、気づかれれば、一気に彼を殺してしまう。慎重に動かなければすべてが終わってしまうわ。」
剣崎の言葉に山崎は困惑した。
「近くにいるのか?」
「いえ、周囲には居ないわ。どこか離れたところから・・そうね、思念波が届く距離・・彼の場合どれくらいかは判らないけど、さっき、レイさんが彼の思念波を捉えたから、それほど遠くではないでしょうけど・・。今、スパイダーは射場さんの体を使っている。射場さんを見つけることね。」
少し遅れて、カルロスとともにマリアが来た。
『剣崎さん、私に任せてください。』
マリアは剣崎の手を取って、思念波で伝えた。
剣崎は驚いてマリアを見た。そして、レイの顔を見る。
『私が彼の周りに思念波のバリアを作ります。短い時間でも彼を操っているスパイダーの支援波を切ることはできます。その間に、彼を抑えられれば・・。』とマリア。
『伊尾木さんのアイデアね。』と剣崎。
『マリアがバリアを張れば、スパイダーが次の動きを示すでしょう。その時、彼の居場所を見つけられるかもしれません。』
今後はレイが言った。
「山崎さん、この後、短時間、彼のマニピュレートを遮断します。一時的に彼が動けなくなるはずです。その一瞬のうちに、彼を制圧できますか?」
剣崎が山崎に提案する。
「よく判らんが、彼が動けなくなる隙に抑え込めばいいんだな。良いだろう。やってみよう。」
山崎はそう言うと、にらみ合いを続けている、計画と小松原雄一の間に歩み出た。そして、両手を挙げて小松原に近づく。・
「落ち着け!もう逃げ場などない。おとなしく彼女を解放するんだ!」
山崎はじりじりと小松原に近づく。小松原が手にしたナイフを突き出して叫ぶ。
「近寄るな!」

nice!(3)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

FINAL4 対決 [アストラルコントロール]

そう言った瞬間、マリアが伊尾木とともに強い思念波を発した。それは、小松原が立っている改札口一帯を取り囲むようなバリアを張った。
レイは精神を集中してスパイダーの思念波を捉えようとする。
小松原がナイフをぽとりと落とし、その場にうずくまった。
「今だ確保』
山崎の号令とともに、取り囲んでいた警官が一気に小松原に飛びつく。人質になっていた女性が解放され、すぐに救急車へ搬送された。
捉えられた小松原は、口から泡を吹き気絶していた。数人の警官に抱きかかえられるようにして、小松原も運ばれていった。
「レイさん!」
剣崎が叫ぶ。レイは目を閉じ、精神を集中してスパイダーの居場所を探す。
「あのビル!あのビルにいます!」
そう言ったと同時に、思念波の強い光の矢が、指さしたビルからレイたちを目指して飛んできた。
『いかん』
マリアの体から、伊尾木の思念波の光の塊が飛び出し、向かってくる光の矢と衝突した。二つの光は、大きく弾け、飛んでいく。
そのすきに、剣崎がビルへ向かっていく。
再び、強い光の矢が飛んでくる。伊尾木の光の玉が矢を防ぐ。マリアとレイもバリアを張って、周辺を守ろうとした。現場にいた山崎や警官たちは、目の前の広がる光景が何なのか、全くわからずただ身を低くして見守っている。
伊尾木の光の塊は、矢を防ぐたびに小さくなっていくのが判る。
「ダメ!」
マリアが叫ぶ。
次に光の塊が衝突すると、伊尾木の光がさらに小さくなり、点滅し始めた。
「おじさんが・・危ない・・。」
マリアは、咄嗟に動いて、点滅している光の塊を両手で包み込むと、胸の上に置き、自分の体の中へ入れた。
『ほう、やはり、お前がこいつの守護者か。だが、いつまで守れるかな?』
スパイダーが思念波という形で、皆に話しかける。
『止めなさい!これ以上、犠牲者を出さないで』
ビルに入り、スパイダーの居場所を捜していた剣崎は、ついに、屋上でその姿を見つけ、銃口を向けて叫んだ。
射場の体のスパイダーはゆっくりと振り返る。
「俺を撃てるのか?」
スパイダーは射場の体を乗っ取っている。射場を殺せば、スパイダーは体を失い浮遊することになる。長時間は持たない。だが、射場を殺すことはできない。
「どうする?こいつを殺したところで、俺は、ほかの人間に乗り移れば済むことだ。お前は俺には勝てない。これまで何人ものチェイサーに追われて来たが、俺は生き延びてきた。俺をしとめることができるのか?」
スパイダーは剣崎を挑発する。剣崎はかつてチェイサーだった。ただ、サイキックとしては強い能力を持っていなかったため、スパイダーのようなサイキックを倒すことはできなかった。いや、むしろ、剣崎はチェイサーたちにとっては、対象をおびき寄せるエサのような存在に過ぎなかった。
「うう・・」
剣崎は、銃口を向けたまま、動けなかった。
「射場さん!闘って!」
そう叫んだのは、五十嵐だった。
病院にいたはずの五十嵐は、駅の事件を知り、それが射場の体に乗り移ったスパーダーの仕業だと直ぐに判って、病院を抜けだしたのだった。
五十嵐の言葉で、スパイダー、いや射場に異変が起きた。
『なんだ!こいつ!・・。』
そう言うと、急に射場が床をのたうち回り始めた。明らかに射場とスパイダーが体の中で戦っていると判った。
「射場さん!戻ってきて!」
五十嵐は続けて叫ぶ。

nice!(2)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

FINAL5 二つの光 [アストラルコントロール]

射場の体から大きな光の塊が飛び出してきた。
『ええい!どいつもこいつも、気に障る!罪人を制裁する大儀をまるで理解しない俗人どもめ。お前たちのような人間が、社会を腐らせているんだ。一気に粛清してやろう!』
「レイさんバリアを」
剣崎が叫ぶ。
レイは、とっさに皆を包み込むために思念波のバリアを作った。
『それで身を守れると思うか?』
スパイダーの光の塊はいったん大きくなった後、急激に小さく縮んでいく。いや、縮むというより、圧縮されているようで、光が徐々に強くなっていく。そして、空高く舞い上がると、一直線に、レイのバリアに凄まじいスピードで向かってきた。
レイは、ありったけの力を使って、強固なバリアを作った。
光の塊は、尖った矢のようになりバリアに突っ込んだ。周囲が真っ白になるほどの強い光。大きなフラッシュが大量に光ったような強い光、周囲にいた人たちは、その強い光とぶつかった時の衝撃波でなぎ倒された。
バリアの中にいた、人たちも凄まじい衝撃を体に受け、意識を失った。
レイも意識がもうろうとしてしまい、バリアが消えてしまった。
一気に拡散した光の塊は、徐々に集まり始める。
『思ったより強固なバリアだったな。だが、もう作れないだろう。』
スパイダーの光の塊は、再び大きくなり始める。
「レイさん!しっかりして!」
剣崎がレイに呼びかける。
「ごめんなさい・・もう、無理・・です・・。」
レイはかすかに聞こえるほどの声で答えたあと、目を閉じ、意識を失ってしまった。
『マリア、お前が、皆を守るんだ。』
伊尾木の思念波がマリアに話しかけた。
「はい。」
マリアはすっと立ち上がり、目の前で徐々に大きく力を蓄えようとしている光の塊に対峙した。
『お前のような子どもに何ができる?』
徐々に小さくなり強い光に放ち始めたスパイダーが、マリアに言う。
『マリア、力を解き放て』
伊尾木の言葉が後押しする。
マリアは目を閉じ、大きく両手を広げる。その指先から、細い光の糸が伸び始めた。その糸は、空中に浮かぶ、スパイダーの光の塊を包み込むように広がっていく。
『何をする気だ?』
そう、スパイダーの光の塊が言った時には、マリアの光の糸にすっかりと包まれてしまっていた。
マリアはゆっくりと両手を体の真ん中に持ってくる。それに合わせて、光の糸が繭のような形になり、スパイダーの光の塊をすっかりと包み込んだ。
『こんな小細工など通用しない!』
スパイダーは、マリアの作った思念波の繭の中で、光を強めて大きく広がろうとした。だが、そのエナジーは光の糸に吸収されるばかりだった。
『どういうことだ!』
さらに光を強めようとするが、全く通用しない。それどころか、光を強めようとすればするほど、取り巻いている光の糸がさらに太く強くなるばかりだった。
「抵抗しないで!このまま抵抗すれば、あなたは消滅してしまうわ。」
マリアがスパイダーに言った。
『判った・・許してくれ。・・』
スパイダーが改心したような言葉を発した。
『もう良いだろう。』
伊尾木がマリアに言うと、マリアはゆっくりと両手を広げた。繭状の光の糸は徐々に緩んで消えていく。真ん中には小さくなった光の塊があった。
『さあ、すべて話してもらおう。』
伊尾木が、スパイダーに思念波で語り掛けた。
『ああ、すべて話そう。』と、スパイダーは思念波で返答した。

nice!(2)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

FINAL6 存在価値 [アストラルコントロール]

『組織から逃れるため、思念波だけの存在になった私は、多くの人の体を借りて今日まで生きてきた。そのたびに、その人が抱える悲しみや苦しみを知った。同時に、悲しみや苦しみを生み出す諸悪の根源を知った。すべて理不尽だった。この日本には、警察や司法では裁かれない悪が数多く存在している。そのうち、この特別な力を制裁することに使うべきだと確信したのだ。』
スパイダーは穏やかな思念波で話し始めた。
「小松原雄一の起こした騒ぎも、これまでの3件の事件も、やはりあなたが仕掛けたのね。」
剣崎が訊く。
『もっともっと多くの事件に私は関与しているのだよ。そのすべてを話すには時間が足りない。いや、話してところですべて終わったことだ。』
おそらく、彼が関与した事件は相当な数になるだろう。だが、それを立証することは無理だ。シンクロとマニピュレート、そしてアストラルの能力を駆使すれば、何人もの人を自在に動かすことができる。そして、それは、関わった本人すら気づいていないに違いない。
「私たちが現れたことを予測していたと言っていたのはなぜ?」
剣崎が訊く。
『生方という青年にもシンクロし情報に気づかせた。山崎刑事にも・・すべてこうなることを予測していた。』
「こうなるって、それはあなたが敗北するということなの?どうして?」
剣崎が重ねて訊く。
『私自身、矛盾を感じていたからだ。いや、罪悪感に苛まれていたというべきだろう。悲しみや苦しみを少しでもなくせるのではと思っていたが、そこからまだ悲劇が生まれてくることを知ったからだ。理不尽なことを私自身が起こしている。制裁は、悪を根絶することにならず、さらなる悲劇や悪を生み出すことを知ったからだ。だが、止めることができなかった。シンクロ能力のせいで、目の前に存在する理不尽なことを嫌でも知る事になるからだ。』
レイも、シンクロ能力を持つがゆえに、他人の悲しみや苦しみを知らず知らずのうちにキャッチしてしまう。だから、様々な事件に関わらざるをを得なかった。レイには、スパイダーの気持ちが痛いほどわかった。
『君たちならきっと私を止めてくれるのではないか、そう思っていた。事実そうなった。』
目の前のスパイダーの光の塊がさらに小さくなっていく。
「もう一つ教えて。射場さんの体に留まれなかったのはなぜ?」
剣崎が訊く。
『彼には特別な能力があった。いや、おそらく伊尾木によって細工された能力があったのだろう。抵抗しつつ、私の思念波に浸食してきたのだ。そして、五十嵐の呼びかけがさらに力を強めた。あのままとどまっていれば、彼自身がモンスターになっていただろう。』
マリアの体から、伊尾木の光の塊がすっと出てきた。先ほどの戦いの中で伊尾木もかなり衰弱しているようだった。
『やはり、そうだったか。それで、これからどうするつもりだ?』
伊尾木はスパイダーに訊いた。
『存在こそ悪だ。』
スパイダーが答える。
『そうだな・・思念波だけで存在していること自体が悪だな。』
伊尾木はそう思念波で言うと、ふっと空高く上がっていった。
それにつられるようにして、スパイダーの光の塊も空高く舞い上がっていく。
『人は、体と思念波が調和した存在なのだ。もはや、我々は存在してはならない。』
伊尾木がそう言うと、スパイダーも呼応するように光った。
「おじさん!」
マリアが叫ぶ。
『ありがとう。ようやく、時が来た。さらばだ。』
そして、二つの光の塊はマリアやレイたちの頭上で、ぐるぐると回り始めた。そして、一旦、大きく離れた後、猛スピードでマリアたちの頭上に向かって進んで、ぶつかった。
辺り一面、凄まじい光が広がり、一瞬にして消えて行った。
見上げると、そこには青空が広がっているだけだった。

nice!(4)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

エピローグ [アストラルコントロール]

小松原雄一が起こした事件は、傷害罪・殺人未遂罪などで裁かれることとなった。
同時に、繁華街での傷害事件捏造に関して捜査が進められ、父親の県会議員による収賄事件も明るみに出ることになった。

剣崎たちが、橋川市へ戻る日になった。
射場、五十嵐、山崎の3人が、剣崎のトレーラーハウスへやってきた。
山崎は、一連の事件について何か言うべきだと思いつつも、すでに彼女たちに見透かされているのではと思い、ただ礼を言うにとどまった。
射場零士は、アストラルされたことを発端に経験したすべての記憶を書き綴ってみたものの、読み返してみると、陳腐なSF小説のようにしか思えず、とりあえず封印することにした。
「あの日以来、時折、頭の中で何か強い波動のようなものを感じることがあるんです。」
少し心配げに射場が言った。
「それはきっと、彼らからの置き土産ね。悪用すれば命に関わるかもね。」
剣崎から、脅すような言葉を返され、困惑した。
「そういう時は、真っ先に五十嵐さんに伝えなさい。何かの事件かもしれないわ。それでも困ったら、私に連絡してね。」
剣崎は笑顔で言った。
「五十嵐さん、いろいろとありがとう。射場さんに何か異常があったら連絡してね。」
五十嵐にレイが冗談めいて言った。
「ええ、大丈夫です。四六時中見張っていますから・・。」
「四六時中って?」
「はい。今日から、私たち一緒に暮らすことにしたんです。」
五十嵐が顔を赤らめて嬉しそうに言った。
五十嵐と射場の関係はあの日以来かなり深まっていて、五十嵐のマンションで一緒に暮らすことになっていたのだった。
「山崎さん、今回のことはすべて封印してくださいね。まあ、話したとしても、信じてくれるような人はいないでしょうけど。」
剣崎がくぎを刺すように言った。
「ああ、もちろん、そのつもりだ。後始末は何とかするよ。」
「よろしく!・・さあ、カルロス、帰るわよ!」
剣崎の号令でトレーラーが動き始めた。

帰りの車中、レイは少し憂鬱な表情を浮かべていた。
レイは、サイキックとしてはかなり高いレベルの能力を持っている。伊尾木やスパイダーと比べても遜色ないレベルだった。いずれ、自分たちも、彼らのような思念波だけの存在になりはしないか、そうならない方法はあるのだろうか、ぼんやりとそんなことを考えては気分が塞いでいたのだった。
マリアは、最愛の「おじさん」の存在を失って、少し不安定になっていた。自らを生み出してくれた存在であり、拠り所でもあった。目の前で消えてしまった現実をいまだに信じたくない気分でいた。
『ちょっと、二人とも暗いわよ!』
剣崎が思念波で語りかける。
『大丈夫。私たち3人、一緒にいればきっと大丈夫。それに、橋川には、あの、愉快な人たちが待ってるでしょ?大丈夫。きっと大丈夫よ。』
トレーラーの窓から外を見ると、太平洋が広がっていた。

nice!(4)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

感謝! [苦楽賢人のつぶやき]

ここまで、お読みいただきありがとうございます。
拙い文章は相も変わらず、誤字脱字もあったりして、読み返すと恥ずかしい限りです。
しかし、こうやって書き続けていると、もはや、癖のようになっており、毎日、ふろ上がりの時間には、PCの前に座り、書き始めています。
日ごろの仕事でも、ほぼ、PC相手なのだから、自分の時間くらいはPCから離れればよいものを、もはや、中毒になっている状態です。
次のお話しもすでに書き始めています。
ふたたび、「アスカケ~空白の世紀~第6部」ということになります。
カケルとアスカがヤマト国を成立させ、安寧に導いた後、息子タケルは東国から出雲まで遠征して大仕事を成し遂げました。タケルの話は、外伝としましたが、今回は、カケルとアスカの話に戻ります。還暦を迎えたカケルの胸中に、望郷の念が沸き始め、今回は、九重への旅となります。第4部の舞台、瀬戸の大海(中津海)や、第3部の九重のお話しをさかのぼっていく形です。
カケルがアスカケに出たころと比べ、ヤマト国の統治体制が進みつつある中、新たな問題も生まれ、故郷へ向かうカケルの行く手を阻むことになります。それらをどう克服していくのか、そして、同行するアスカはどうなるのか。
今回は奇想天外なストーリーではなく、カケルが一人に人間として、還暦を越えてどう生きていくか、まさに自分の日ごろの悩みなども織り交ぜて書いていくつもりです。
是非、引き続きお読みいただければ幸いです。

nice!(3)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー