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4-8 零士 [アストラルコントロール]

零士は、ようやく動けるほど回復していて、久しぶりに外出していた。
何処に行く用事もないのだが、外の空気を吸いたい、そういう思いだった。アパートを出て、大通りを歩いて、海が見える公園までやってきていた。
入れ違うように、五十嵐がアパートに到着した。留守だと判り、五十嵐は慌てた。
「零士さん!何処に行ったの。」
アパートから駆け出してきた五十嵐と剣崎たちは鉢合わせした。
「いないの・・どこにいったのかしら・・。」
五十嵐はもう刑事ではなく、零士を愛する一人の女性になっていた。
「大丈夫。彼の思念波を追っていけば必ず見つかるから。」
レイはそう言うと、精神を集中して、零士の思念波を追う。
あちこちに思念波の残骸のようなものがある。それをたどっていくと、海が見える公園についた。
公園の入り口に着くと、五十嵐は、そこらじゅうを走り回り、零士の姿を探した。
零士は、公園の白い大きなベンチに横になっていた。
「零士さん!」と五十嵐が声をかける。五十嵐の声に気づいて零士が起き上がった時、怪しい光が凄まじいスピードで零士に向かっていく。そして、それは五十嵐の目の前で、零士の体に突き刺さるように入り込んだ。次に、零士の体がぼんやりと光り、零士が苦しみ始めた。伊尾木が話した通り、今、目の前で零士の思念波とスパイダーの思念波が戦っている。だが、わずかな時間で苦しみの表情は収まった。射場の体は、スパイダーに乗っ取られた。
「零士さん?」と、五十嵐が恐る恐る声をかける。
零士は、じっと五十嵐を見つめたあと、「やあ、五十嵐さん」と返事をした。
それは、今までの零士とは明らかに別人だと五十嵐はわかった。
今まで、これほど軽く名前を呼ばれたことはなかった。零士はどちらかというと、顔を見ずもごもごと話をするタイプだった。推理をしている時も、そうでない時も、何か自分の中に向かって話をしているようなところがあった。
「零士さん?」
「どうしたんだい?」
「貴方、零士さんじゃないわね。」
「どうやら判っているようだな。」
今度は少し凄みのある言い方だった。
剣崎たちもようやく二人の場所にやってきた。
『もはや乗っ取られてしまったようだな』と、二人の様子を見て伊尾木が言った。
「五十嵐さん、離れて!」と、剣崎が叫ぶ。だが、五十嵐は一歩も動けなかった。体が思うように動かないのだ。五十嵐もスパイダーに、体の自由を奪われていた。
「五十嵐さん、一緒に行こう。」
零士の体に入り込んだスパイダーは、五十嵐の肩にそっと手をかける。
「動かないでください。五十嵐さんの身に何かあればあなた方のせいですよ。」
スパイダーはそう言うと、五十嵐を連れて公園を出て、タクシーに乗り込み、姿を消した。
剣崎たちは、動けなかった。すでに零士の体を乗っ取ったスパイダーは、これまでとは違う強い力を得ているのが判ったからだった。思念波はその人の生命力そのものである。喫茶店のマスターの年齢では、おのずと力は弱くなる。だが、射場零士はまだ40代であり、生命力がもっとも充実している年代である。その力をスパイダーの思念波は十分に使える。零士に近づいた五十嵐を難なくコントロールしたのがその証拠である。
零士と五十嵐の乗ったタクシーは走り去っていった。
剣崎たちの追跡を逃れ、五十嵐を連れたスパイダー(零士)は、自分のアパートに戻った。
そして、部屋に入るとすぐに、取材に使っていた皮のカバンを探し出し、中身をぶちまけた。それから、いくつか手帳を拾い上げ、中身をパラパラと捲った。連れてきた五十嵐は、まだ、スパイダーにコントロールされていて、茫然とした状態で立っていた。意識ははっきりあるが体がいうことを利かない。ただ、スパイダー(零士)の行動を見ているだけだった。
しばらくすると、スパイダーは、五十嵐に向かって言った。
「これから起こることはすべてお前たち警察の不始末が原因だ。罰するならまず身内からだぞ。」
スパイダーの言葉は五十嵐には聞こえている。だが、反応できない。
そんな様子を見て、スパイダーはにやりと笑って、五十嵐の肩に手を当てた。その瞬間、全身がバラバラになったような痛みが走り、五十嵐は気絶した。

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