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1-14 ヤスヒコの決意 [アスカケ(空白の世紀)第6部 望郷]

夕餉の時となり、侍女が声をかけた。
「すみませんが、木板と筆をお借りできませんか。」
ヤスヒコは、夕餉を取る事を後にして、半日かけて考えたことをまとめ書き始めた。書き終えたころには夜遅くになっていた。
「民部の長様にお会いしたい。」
接客の間から館に響くような大きな声を出した。すぐに侍女が、ヤスヒコを広間に案内した。
しばらくすると、モリヒコが広間に姿を見せた。
「モリヒコ様、これをご覧いただきたい。」
考えを書き記した木板を差し出す。
「この川湊から峠を越えて道を作ります。多少険しいところもありますが、ここに道を引けば、荷車を通すことができます。大雨で船が出せぬ時や、人の行き来には十分。道幅は荷車が行き交えるほどにします。」
「ほう、そういうことか。それで、どれほどの人夫が必要か?」
「郷の者で掛かって、二年ほどは掛かります。都から二百人ほど人夫をお出しいただければ、一年ほどで出来上がる算段です。」
「二百人か・・・。」
ヤスヒコの話を聞きながら、モリヒコも自分なりに道普請に必要な人員を考えていた。これから、米作りに手がかかる季節になる。農民の多くは忙しく動けなくなる。それは、郷の者も同じ。都にいる兵たちを当てることが良いだろう。
「判った。明朝には出立しよう。まずは百人ほどで普請に入ろう。郷の者は、仕切り役程度でよい。田植えが終わるころには、さらに二百人を都合する。そうすれば、冬を待たずに道ができよう。難波津にも人夫をだすように手配し、川下に向けた道も作るとしよう。」
「それは心強いことでございます。」
ヤスヒコは、自分が示した計画をすんなり認めてもらい、さらに、モリヒコからより良い案が示されたことに驚くとともに感謝していた。
「だが、その前に夕餉を取りしっかり休め。さぞかし疲れたであろう。さあ。」
モリヒコがそう言うと奥の部屋からすぐに夕餉が運ばれてきた。
モリヒコは、差し出された木板に書かれた絵図をじっくりと見ながら、改めて、支度しておいた人夫たちや資材などと照合している。
ふと見ると、ヤスヒコが夕餉を食べながら、涙を流していた。
「どうしたのだ?」とモリヒコが声をかける。
ヤスヒコは、飯を口に運びながら涙を拭う。そして、口の中の飯を飲み込んでから言った。
「私は、これまで里長の息子として、郷のために父を超えるような働きをせねばならないと考え、様々なことをやってきました。しかし、それは浅はかな思いつきばかりだったのだと思い知りました。」
「そうか・・。」
「おそらく、郷の者たちは、長の息子ということで不安や不満を持ちながらも実現するために汗を流してくれていたにすぎないのだと判りました。功を得ようとするばかりで、周囲のことを考えもせず、情けないと身に染みたのです。」
ヤスヒコの言葉を聞きながら、モリヒコは微笑みを浮かべている。
「それに気づけば上々。カケル様がヤスヒコ殿をここへ来させた目的は、そこに気づいてほしかったからでしょう。私も若いころにはそうしたことを幾度も経験しました。そのたび、カケル様に導いていただいたのです。おそらく、カケル様とて、若き頃には同じようなことを幾度も経験されているはず。そうしてみな、育っていくのです。」
モリヒコはそっとヤスヒコの肩に手をやる。
「すでに支度はできております。明朝には船で下りましょう。皇タケル様にも許しを得ておきました。実のところ、この道普請は、私も気になっていたところなのです。都と難波津を繋ぐ要衝であり、船が出せぬとなるとたちまち都は困っておりました。難波津からも同じ。亀の瀬から都までの道普請は都の者で、そして、亀の瀬から難波津に抜けるための道普請は難波津に手配します。郷の皆様は、地の利をご存知でしょうから、人夫たちを差配してもらいたい。そして、その長をヤスヒコ様にお願いいたします。」
モリヒコの言葉に、ヤスヒコはさらに涙を流し喜んだ。
翌朝には、大和池に多くの船が並んだ。
「さあ、参りましょう。」
モリヒコはヤスヒコとともに、亀の瀬を目指した。

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