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2-5 草香の江 [アスカケ(空白の世紀)第6部 望郷]

ミンジュは、カケルとカナメをいったん、大路に住むミンジュの一族の館へ案内した。そこには、十人ほどが住んでいるという。
館はそれほど広くはないが、暮らすには十分な環境だった。豪華ではないが、綺麗に片づけられ、煮炊きも十分にできる厨もあった。
「ウンファン様の助力にて、この館を賜りました。船の荷役の仕事でなんとか暮らせております。」
ミンジュの父が、カケルの前に傅いて言った。
「そう恐縮されずとも良いのですよ。」
カケルはそう言って、ミンジュの父の手を取り立ち上がらせた。
「苦しい暮らしをされている方が数多くおられるとミンジュ殿から伺いました。何か良い解決方法はないでしょうか?」
カケルがミンジュの父に訊く。
「韓国からここへ辿り着く者たちは、ウンファン様をはじめ、われらも助力してなんとか暮らせるほどになっております。しかし、華国も争乱となったようで、戦火を逃れてからくる者たちが増えました。」
「その者たちも、この辺りには住んでおられるのですか?」
とカケルが訊ねる。
「華国の者は、まだ、この地には根付いておりません。」
「排除しているという事は?」とカケル。
「そのようなことはありません。むしろ、彼らが拒否するのです。ですから、ここへ辿り着いても、病などで命を落とすものがいると聞いております。ウンファン様はこれまでも尽力されてきましたゆえ、お話をされてはどうでしょう。」
ミンジュの父の言葉を受け、カケルはウンファンの館へ向かった。
ウンファンは、難波津周辺の船舶と産物を取り仕切る有力者で、今もまだ、ウンファンの一族が大きな力を持っていた。しかし、ウンファン自身は、かなりの高齢になったため、隠居し、最近ではほとんど館の奥の部屋で過ごしていた。
カケルがウンファンと会うのは久しぶりだった。
「われら一族が難波津へたどり着いた時と同じ。はるか海の向こうから現れ、言葉も通じない者に対しては、皆、警戒するもの。華国は、韓国を属国としていた時代が長く、韓国の者に助けられることは恥ずべき事と考えておるようで、なかなか助力できぬのです。そうした者たちが草香の江に入り込んでいる。」
ウンファンは目を閉じたまま話した。
「どうすればよいとお考えですか?」とカケルが訊ねる。
「どうするかを考えるには、まず、どうなりたいかを考える事が大事なのでは。」とウンファン。
それを聞き、カケルはしばらく沈黙した。
カナメとミンジュもウンファンの問いを考えた。
「それが判らぬ限り、解決はしないでしょう。」
ウンファンの言葉を胸に、カケルたちは館を出た。
館の前には賑わいがある。道行く人は、皆、着飾り笑顔に満ちている。
一行は堀江の庄へ行き、船を手配して、草香の江へ乗り出した。

草香の江は、その名の通り、岸辺に背丈のある草が生い茂っている。その草の向こうに、集落が見えた。
難波津や堀江の庄とは違い、目に入る家は質素なものであった。古い廃材を集めてきて、組み上げたような造りの家で、屋根には葦が覆っている程度。雨露はどうにかしのげるだろうが、冬の寒さには耐えられぬのではと思えるようなものだった。
「ここから北へ向かうと同じような家が並んでおります。」
船頭が言った。
それを聞いてミンジュが口を開く。
「私は一度、父とともに、その一つの集落に行ったことがあります。ぬかるみの中に建っているような家ばかりでした。大雨になれば居場所はなくなるでしょう。」
ミンジュの言葉を聞いている時、子どもらが家から出てきた。
粗末な衣服を身にまとい、籠を持っている。その籠にはわずかな野菜が入っていて、子どもは岸辺でそれを洗った。
草香の江は綺麗な水で満たされていたはずだったが、今は、流れもよどみ、きれいとはいいがたい状態になっていた。
「一度、堀江の庄へ戻りましょう。」
カケルたちは堀江の庄へ戻った。

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