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2-6 病の子 [アスカケ(空白の世紀)第6部 望郷]

一旦、堀江の庄に戻ったカケルは、港近くの館に入った。
そこは、かつて、タケルたちが過ごした宿だった。宿主はヤスという女性だった。もとの宿主のスミレから引き継ぎ、堀江の庄で一番大きな宿になっていた。カケルたちが宿に入ると、ヤスがすぐに対応した。
「本当に、これで良いのですか?」
とヤスが念を押すように訊いた。
一行は、野良着に着替えて、頭には布を巻き、正体が判らないようにしていた。
「これでないと困るのです。それと、米を手配いただけませんか?」とカケルが言う。
「ええ、それはすぐにも。草香の江の者たちに会うのでしたら、この者をお連れ下さい。」
ヤスはそう言うと、若者を引き出した。
「名はトハク。草香の江にいたのですが、ここで仕事をさせています。きっとお役に立つでしょう。」
ひょろりとした若者はぺこりと頭を下げた。
堀江の港から小舟で草香の江の対岸にある集落へ向かう。
船頭が低い声で話した。
「集落のあるところまで向かうのは危うい。彼らは難波津の者を警戒しています。少し離れたところに船を着けます。」
船頭は、岸に近いところに生えている葦の中に船一艘が通れるほどの隙間があり、器用に進んでいく。岸辺に柳の茂みがあり、船を着けた。
「ここでお待ちしております。何かあれば、これを。」
船頭はそう言って、小さな笛をカケルに渡した。
「これは・・。」
「おや、カケル様は覚えておられますか。これは、堀江の開削の際、カケル様が、われらに渡された呼子です。」
そう言って、船頭は頭巾を取り、顔を見せる。
「そなたは、ソラヒコ殿。達者であったか。」
「はい。今は、難波比古様のもとで、草香の江を見回っております。華国の者たちは戦火を逃れここへ辿り着いて、なお、厳しい暮らしをしております。幾度か、難波比古様にも上奏差し上げましたが、とにかく、彼らが聞き入れぬために、どうにもなりません。カケル様がお越しになると聞き、解決の手立てが見つかるやもしれぬと願っておりました。」
「やはり、あなた方もなんとかせねばとは思っておるのですね。」
「はい。彼らの暮らしは明日をも知れぬほど切迫しております。我らが人として生きることができたように、善き道をお示しください。」
「何ができるか、今はわかりませんが、とにかく、あの地に住む者たちが何を欲しているか、この目で見てまいります。ソラヒコ殿も力をお貸しください。」
カケルと、ミンジュ、カナメ、そしてトハクの四人は、船を降り、集落へ向かった。
春先に降った雨のせいか、道は泥濘んでいる。一番外れにある家屋が見えたところで一度草むらに身を潜めて様子を探る。
家の中から声が聞こえる。
トハクがじっと耳を澄ましてから、言った。
「子どもが病に罹っているようです。母親が泣いている。様子を見てまいります。」
トハクは、懐から布を取り出して、顔を覆った。
「顔が知れれば厄介なことになりますから。」
トハクはそう言うと、静かに家に近づき、外から様子を探り、すぐに戻ってきた。
「幼子の命が危うい。母親は気がふれんばかりに泣いております。」
「すぐに行きましょう。」
一行は、急いでその家に向かった。
引き戸を開けると、母親らしき女性が床に伏して泣いている。
トハクが華国の言葉で何かを言うと、その女性がはっと顔を上げ、トハクの足元に手をつき、短い言葉を繰り返した。
「助けてほしいと言っております。」とトハクが言った。
カケルは、先ほど、ソラヒコから渡された呼子を強く吹いた。
すぐに、小舟が家の前の岸に着くと、トハクは、幼子を抱え上げ船に乗せた。
「ミンジュ様、この母子を治療院へ。それから・・。」とカケルが言おうとしたとき、
「小舟はすでに手配しております。」
ソラヒコは急いで、小舟を西へ向けた。堀江の庄に着けるより、治療院の下へ付けたほうが早いからだった

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