SSブログ

第2章 難波津へ 2-1 大和川の流れ [アスカケ(空白の世紀)第6部 望郷]

都からの人夫が到着し、普請が始まった。同じころ、難波津からも薬草運搬とともに、人夫たちも続々とやってきた。
もともと、賑わいのある勢の郷はさらに人が増えて賑やかになった。
道普請が始まる前に、川湊の隣の場所の地ならしが始まった。
「あれは何を始めるのだ?」
カケルの質問にミンジュが答えた。
「川湊が大きくなり、勢の郷だけでは、留まる人を泊める場所がなくなってきたとのことで、さらに、この道普請で、大勢の人夫が入るために住まいに苦労する。そこで、かの地に、大きな館を構え、多くの人が住めるようにすると、イリ様は申されておりました。」
ミンジュは、少し平地が広がっている辺りを指さしている。蛇行する川岸、尾根が伸びたあたりにある平地。大和入りの際に、一時留まったことのある場所だった。
「それは良いことですね。九重から戻った折には、ぜひとも、立ち寄りましょう。」とカケルが答えた。

カケルとアスカの一行は、普請に着手したのを見届けてから、大和川を下ることになった。
亀の瀬の川湊を一行の船が離れる時、川岸には多くの人が見送った。
イリの足も随分快方に向かっていて、岸に立ち、見送っていた。
その横には、ケンシとシズの姿があった。
川湊を出てすぐ大きく川が蛇行する。船頭が口を開いた。
「この辺りは難所です。幾度も川が溢れ流れが変わる。その先に見える島山が壁になってしまっているのです。」
行く手に小高い山が見えた。
「だが、素晴らしい眺めですね。」とアスカが答えた。
「あの辺りの地ならしをされていました。」
そう言ったのはミンジュだった。

船が下っていくと、川幅が徐々に広がっていき、流れも穏やかになってきた。周囲には、農地が広がり、皆、農作業に精を出していた。
「そろそろ稲植えの頃合いでしょうか?」
そう訊いたのは、ユキヒコだった。
「ユキヒコ殿は、郷里の田が気になるのですか?」
アヤが訊く。
「いや・・そういうことでも・・ただ、大和と比べ、この辺りは米作りには適したところだと・・水辺に近く、広い農地。羨ましい限りです。」
ユキヒコは、船から身を乗り出して農地の様子に見入っている。
「この辺りは私が難波津に来た頃はただの荒れ地でした。」
そう言ったのはカケルだった。
「まだ、葛城王が存命で、大和は争乱の最中でした。大和から難波津へ多くの兵がきて、戦となりました。」
カケルは、悲しい顔をした。
「私も春日の杜で舎人様から、イコマノミコト様やソラヒコ様、レン様達の軍功とお聞きしております。」
そう言ったのはカナメだった。
「軍功などではありません。押し寄せる敵兵を矢と炎で殺しました。兵には、皆、父や母、妻や子供がいる。命を奪えば、大きな悲しみと恨みが生まれます。だが、そうしなければ自らの命や家族の命も守れない。今、堀江の戦で敵兵が攻め込んでいたら、アスカの命もなかったでしょう。やらねばやられる。生きるために殺す。そんな理不尽なこと許されてよいものではない。戦など決してやってはならぬものなのです。ましてや、多くの人を殺めたことを軍功などという言葉にするのはただのまやかしにすぎません。」
カケルは強い口調で言った。
「しかし、今日のヤマト国は戦を経てできたのでしょう。」
カナメが切り返すように言った。
「そうではない道はなかったか、私は今でも考えることがあります。戦ではなく、互いに理解し手を携えることで生まれる、そういう国づくりはできなかったかと・・。」
カナメはそれ以上言葉を発することができなかった。

nice!(3)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

nice! 3

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント