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黄色い髪の男-5 [デジタルクライシス(シンクロ:同調)]

二人は、運送会社の社長に案内されて、電話の主が指定したという場所へ向かった。そこは、郊外の古い倉庫だった。随分使っていなかったのか、倉庫の前には雑草が伸び、倉庫前の駐車場さえ判らないほどだった。
「いやあ、こんなになってるのか・・配送を頼まれた時は綺麗なものでしたが。」
社長は、そう言って、入口を探した。何とか雑草を掻き分けて、倉庫に辿り着く。
倉庫は3つ並んでいて、どれも大きなシャッターがあり、開くと、中に大型トラックも入れるような作りになっている。脇にある、出入口のドアには厳重にくさり鍵がつけてあった。
「段ボールは、このシャッターの前に置かれていました。」
「その時、この倉庫に人はいなかったんですか?」
「ええ、今と同様、シャッターは下りていました。人影はありませんでした。」
「何か気になったことは?」
「いえ、特に。」
運送会社の社長とはここで別れた。
二人は、何か、事件に繋がる手掛かりはないかと、倉庫の周囲を見て回った。倉庫の裏側へ回ると、一カ所、窓が割れていて、中が覗ける場所があった。その隙間から、懐中電灯で中を照らす。埃だらけの机や椅子、何かの工作機械などが置かれているのが判る。
「何か御用ですか?」
不意に後ろから声をかけられた。驚いて振り返ると、初老の男が立っていた。警察手帳を見せると、怪訝な顔をした。この倉庫の大家のようだった。
「殺人事件に関係している可能性がある場所なんです。」
亜美が言うと、初老の男は、面倒そうな顔を見せたが、「中を見るなら鍵を持ってきます」といって、一旦、自宅へ戻って行った。
暫くして、鍵を持って現れた。
「もう、3年近く使われていないんで、近々、取り壊してしまおうとおもっていたんですよ。更地で売却した方が面倒もなくて・・。」
そう言いながら、鍵を開けた。もあっとした空気がドアから吐き出されるように出てきて、何か異様な匂いもしている。
一樹が、部屋の隅に置かれた机を見ると、周囲に比べて少し埃のたまり具合が少ないのが気になった。引き出しを開けてみる。そこには、空になったコンビニ弁当の容器が二つあった。印字が薄くなっていて判別しにくいが、何とか、駒ケ根という文字が読めた。
「水野裕也が、ここに来たのは間違いなさそうだ。弁当二つ。駒ケ根で買ったものに間違いない。」
周囲を調べると、工作機械の隅にあった鉄パイプに、血痕らしき跡を見つけた。
「水野裕也はここに隠れていた。そして、誰かに襲われ、手足を縛られた状態で段ボールに入れられて、廃ビルまで運ばれ、そこで死亡した、というところか。」
筋は通る。水野裕也は誰かに指示されて、武田敏を殺し、松本に来て身を隠していた。そこに殺人を指示した人物が現れ、水野裕也を殺したというところだろう。
「一応、鑑識を呼んで、何か、手掛かりになるものを見つけてもらうか・・。」
一樹はそう言って、亜美を見る。
亜美は、壁をじっと見ている。
「どうした?」と一樹が訊くと、亜美が壁を指さした。
壁には、『EXCUTIONER』の文字が書かれていた。そして、その壁の隙間に、小さな紙片が挟まっていた。一樹が慎重に壁の隙間からその紙片を引き抜く。
その紙片を開くと、『TT・KG/MY・MM/AS・NG/KY・NG/MM・SG』と書かれていた。
「これはなんだ?」
一樹が頭を掻きながら見つめる。亜美も、覗き込む。暫く二人は考え込み、ほぼ、同時に意味が分かった。
「これって・・。」
「ああ、そうだ。TTは武田敏、MYは水野裕也、ASは安藤正二、KYは神戸由紀子、そして、KGはおそらく駒ヶ根、MMは松本、NGは名古屋・・という事だろう。一連の殺人は全て、『EXCUTIONER』がやったという事を暗示しているんだろう。」
「じゃあ、最後のMM・SGは?」
「きっと、まだやっていない・・いや、そうじゃないな。俺たちが気付いていない殺人事件があるという事だろう。」
「でも、なぜこんなメモを残したのかしら?」
「連続殺人だという事を示すだけでなく、『EXCUTIONER』からの何かのメッセージなんだろうが・・どういうことなのか。」
「安藤氏は自殺かもという見立てだったけど、殺害されたというなら、やはり、何か悪事に加担していたという事なのかしら?」
「おそらくそういうことだろう。」
このことはすぐに剣崎にも報告された。見つけたメモも画像に撮って、生方へ送信された。暫くすると、長野県警から鑑識が駆けつけ、倉庫内を調べ始める。見つけたメモも、鑑識に渡された。
二人は現場を離れ、周囲を見て回った。
ここにEXCUTIONERが出入りしたのは間違いない。だが、倉庫のある場所は住宅地からは離れている。もちろん、監視カメラなどはなかった。そういう場所と判って、ここを使ったに違いなかった。
一樹はふと思いついた事があり、亜美とともに、現場に戻った。
「矢澤刑事、駄目ですね。指紋も遺留品も一切見つかりません。あの鉄パイプと紙片だけですね。意図的に残していった感じがしますね。」
県警の鑑識課長が、矢澤刑事を見つけてそう言った。
「一応、鉄パイプと紙片は持ち帰り、もう少し詳細に分析してみます。」
鑑識課長はそう言うと、現場の課員に撤収の指示を出した。
一樹は、現場検証に立ち会っていた家主に声をかける。
「あの倉庫、以前は誰が使っていたんですか?」
「以前か?家に戻れば帳簿があるから判ると思うが。」
一樹たちは、家主とともに、自宅へ向かった。
家主は、書庫の中に籠って古い帳簿を探し始めた。
「ああ、これだ。」
そう言って、家主が見せたのは、15年ほど前の契約書だった。
借主の欄には、『MMコーポレーション』と書かれていた。あの廃ビルの持ち主と同じ名前だった。

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黄色い髪の男-6 [デジタルクライシス(シンクロ:同調)]

「このMMコーポレーションっていうのは、どういう会社かご存知ですか?」
一樹が家主に訊く。
「ふーん・・MMコーポレーションねえ。」
家主は記憶を辿っている。
「確か、契約には、名古屋のなんとかいう、代理人というのが来たはずだ。MMコーポレーションの会社の人とは会ったことはないな。」
家主はそう言うと、契約書の入っていた袋から、古い名刺を取り出した。
「ああ、こいつだ。安藤って言ったかな。」
みせてくれた名刺には、NY物産・企画部長・安藤正二と書かれていた。
「これって!」と、亜美が驚いて言った。
「ああ、あの、安藤氏だな。15年前にはNY物産の部長だったようだな。・・あの、NY物産という会社がどういう会社かご存知ですか?」
一樹は亜美に答えながら、家主に訊いた。
「いや、知らん。代理人といって現れて、向こう5年分の家賃と敷金・礼金を現金で置いていったんだよ。こっちは、即金で大きな収入だったし、5年という長期だったから、詳しくは聞かなかったよ。」
「使っていたんでしょうか?」と亜美。
「時々、倉庫を覗きに行ったが、机と椅子、それに小さな工作機械が置かれていたが、働いている人を見た事はなかったな。5年の契約が終わった後も、5年分、お金が振り込まれていて、その後は1年毎に振り込まれて、3年ほど前に、突然、解約するという通知があった。」
「振込の名義は?」と一樹。
「NY物産だった。解約通知もそこから送られてきた。」
「じゃあ、3年前までは使っていたということですね。」
と、念を押すように一樹が訊く。
「まあ、形の上ではそうだが、実際にはあまり使っていなかったんじゃないかな。そう言えば、一度だけ、名古屋ナンバーの黒塗りの高級車が、倉庫の前に停まっていたのを見た。」
「それはいつ頃ですか?」と亜美。
「そうだなあ。解約する少し前だったような気もするが、はっきりとは覚えていないが、・・そうそう、女の子たちも居たようだったな・・。あれは、まともな商売をしている輩じゃない。反社会なんとかって呼ばれている輩だろう。」
家主は、今になって、貸した事を後悔しているようだった。
「女の子たちははどんな様子でしたか?」
と、亜美が訊く。
「どんなって言われても、皆、二十歳前後くらいかな・・連れて来られたってとこじゃないか?一緒に居た男達は、強面だったし、皆、首筋に入れ墨をしていた。同じ形だった様な気がする。遠目だったから何かは判らなかったが・・。」
「ここで何をしていたかは?」と一樹。
「さあ、倉庫の中から出てきたところを見かけただけだし、どこかへ連れて行かれるという感じだったかな。」
「3年も前の事をよく覚えていましたね。」
と、一樹は、家主の記憶を確認するように訊いた。
「ああ、女の子たちが私の娘と同じ年頃だったからな。良からぬ輩に引っかかってしまって、この先、どんな人生を送るのかと思うと、ちょっとかわいそうに思えたんでね。」
「その日以外で、そういうことはなかったんでしょうか?」と亜美が訊く。
「覚えているのはそれ1回だけだったように思うが・・。」
「あの、倉庫は3つありますが、ほかのところは誰か使っていたんでしょうか?」
亜美が訊くと、家主は一瞬困った表情を見せた。
「いや・・皆、今は空いている。」
「今は?」
「ああ、取り壊す予定だから、出て行ってもらったんだ。もう良いかな。」
家主はそれ以上探られたくない様子だった。おそらく、取り壊しに当たって、借主と揉めたのだろう。
一通り、家主から話を聞き終えたところで、剣崎から連絡が入った。
「すぐに名古屋に戻れってさ。」
一樹はやや不満そうだったが、これ以上ここに居ても、EXCUTIONERの手がかりは掴めそうもなかった。
一樹と亜美がトレーラーに戻ると、アントニオが迎えてくれた。
「名古屋に着くまで、ゆっくり体を休めてください。」
アントニオに言われるまでもなく、一樹と亜美は随分疲れていて、トレーラーハウスのソファーに横たわって体を休めた。
車は中央自動車道を名古屋へ向けて走り始めた。亜美はソファーに座りぼんやりと外の景色を眺めていた。だが、頭の中は、一連の事件の事でいっぱいだった。
「ねえ、一樹。ちょっと不思議なんだけど・・事件を調べれば調べるほど、被害者の闇というか・・怪しい事が増えていくのは何故かしら?」
「ああ、そうだな。殺人事件を調べているはずなんだが・・。」
一樹も同感だった。一樹は、これが、EXCUTIONERの狙いではないかと感じ始めていた。一樹はスマホを取り出し、これまでに撮った写真を眺めていた。
名古屋の廃工場、駒ヶ根の武田敏の自宅跡、駒ヶ根駅前の廃ビル、松本駅裏の廃ビル、郊外の倉庫、いずれも、EXCUTIONERが関与した事件現場だったが、それは、同時に、一連の被害者が結託して何かをやっていた場所でもあった。人目に付きにくい場所で、一体何が行われていたというのか。風俗店、覚醒剤、秘密クラブ、いずれにしても、組織立って何かがされていたことには間違いなかった。
ふと、倉庫に残されたメモの写真に行き当たった。
「なあ、このメモ、最後のMM・SGってのは一体なんだろう?」
「それって、まだ発覚してない殺人事件の被害者ってことなんでしょう?さっき、そう言ってなかったっけ?」
「ああ、そうなんだが・・MMっていう人物が誰なのか・・SGっていうのはどこなのか、何か手掛かりはないのかな?」
二人はかなり疲れていて、深く考える事が出来なかった。
窓の外には暗闇が広がっていた。二人は少し眠ることにした。

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火葬の女性-1 [デジタルクライシス(シンクロ:同調)]

名古屋に着いたのは深夜遅くだったので、翌朝になって剣崎たちと会議をする事になった。
「戻ってきてもらったのは、新たな殺人が、言え、正確に言うと、殺人動画がアップされたからなのです。」
剣崎は、黒のスーツ姿で、いつもにもまして厳しい表情を浮かべていた。
「新たな殺人動画?」
と、一樹が訊き返した。
「これを見て。少し覚悟して見た方が良いかも。」
剣崎が言うと、モニターに映像が流れた。 
狭い空間に、全裸の女性が縛られて横たわっている。
手足には結束バンド、口にはテープが貼られている。身動きできない状態なのがはっきりわかった。暫くすると、蓋のようなものが閉められた。内部にカメラが仕込まれているのか、蓋が閉まった状態でも内部の様子がぼんやりと見える。周囲の壁が徐々に赤みを増して来ると、内部の様子がはっきり見えた。
急に女性が苦しみだし、口から泡を吹きだし、それと同時に、髪の毛が縮れ、火が着いた。女性の体には大量の水疱が広がり、炎に包まれていく。
「もう良いわ。」
剣崎が映像を止めた。
「見ての通り。女性は高温で焼かれて死んだわ。最後には、炭化していくところまで映っていたわ。」
剣崎は映像を最後まで見たようだった。
「まさか・・。」
と、亜美が呟くと、剣崎は亜美を見て頷いた。
「例の闇サイトにアップされていたのが発見されたのです。昨日、サイバーテロ対策本部から報告されたばかりでしたが、やはり、あのEXCUTIONERのサイトでした。女性の身元は、今、捜査中。映像からわかったことは、人を燃やす事の出来る高温の装置・・おそらく、大型の電気炉じゃないかということです。」
剣崎が答えた。
「この女性も、一連の殺人事件の延長なのでしょうか?」
と、亜美が訊くと、
「この女性は、例の安藤氏の奥さんになりすましていた女性でした。聞き取りをした県警の刑事に確認しました。」
剣崎が答えると、一樹が、スマホの写真画像を開いて見せる。
「これが、残されていたんです。おそらく、この女性は、MMというイニシャルなのでしょう。陶器の電気炉、そしてSGの場所・・・佐賀、滋賀、・・信楽・・信楽じゃないでしょうか?」
一樹は、少しずつ整理しながら、話した。
「信楽・・その可能性は高いわね。調べてみましょう。」
剣崎が、同意する。
「信楽には数多くの陶器メーカーがあるんでしょ?一つ一つ調べるつもり?」
亜美は少しげんなりしている。
「いや、今、稼働している工場という可能性は低い。今は使っていない、あるいは、倒産した製陶メーカーの電気炉を使ったという可能性が考えられます。そして、きっと、そこに何か一連の事件の鍵があるはずです。」
「レイさんの力を借りましょう。」
剣崎が言うと、亜美は驚き、反対する。
「あの映像をレイさんに見せるんですか?」
レイはシンクロする事で、本人と同じ感覚を感じることになる。火で焼かれるなどという感覚は地獄の苦しみに違いない。到底容認できるものではない。
「亜美の言う通りです。映像は余りに酷い。俺も途中で気分を悪くしていたくらいだったんです。レイさんには耐えられない・・シンクロすれば、レイさんもあの灼熱の苦しみを感じることになる。」
剣崎は二人の言葉をじっと聞いていた。
「レイさんは了承済みよ。昨夜、連絡したの。もうすぐ、ここへ着くはずよ。」
その言葉と同時に、トレーラーの外に乗用車が停まった。カルロスが豊橋にいたレイを迎えに行ったのだった。
「レイさん!」
亜美はレイの姿を見るとすぐさま駆け寄った。
「大丈夫です。自分が命を奪われるわけじゃないんです。」
レイはそう言って、亜美を宥める。
レイを乗せて、トレーラーが走り出す。名古屋から、伊勢湾岸自動車道を使い、四日市ジャンクションで新名神高速道路に乗って、ほんの2時間程度で、信楽へ着く。
走行中に、生方は、現在、休止か廃止されている工場のリストを入手し、地図と照合する。
走りながら、一樹は剣崎と今回の事件について話し合った。
「彼女が殺されたところから、単なるなりすましではなく、何かを隠すために替え玉が用意されたという事でしょうか?」
「殺され方が尋常ではないところから、EXCUTIONERにとって、神戸由紀子並に恨みが強い、あるいは、悪事の中心にいる人物と考えても良いのかも。」
「一連の殺人事件の根幹にある悪事の中心人物かもしれないという事ですか?」
「少なくともカギになる人物と言えるでしょう。」
「被害者たちが関与している悪事というのがまだ、見えませんね。」
一樹は、会議スペースのモニターに映し出されたこれまでの事件の情報をぼんやりと眺めている。
「東京、松本、駒ケ根、名古屋、信楽・・。風俗店、若い女性、整形、高級クラブ、覚醒剤。ペーパーカンパニー。神戸由紀子、武田敏、水野裕也、黄色い髪の男、安藤氏・・」
繋がっているようでありながら、共通しているのはEXCUTIONERだけ。これだけの情報があるにもかかわらず、何もわかっていないに等しかった。
「今回の被害者の情報で、全てつながるんでしょうか?」
一樹のつぶやきに、神崎も同じようにモニター画面を眺めながら、これほど不可解な事件を見た事がないと感じていた。

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火葬の女性-2 [デジタルクライシス(シンクロ:同調)]

信楽に着くと、連絡を受けていた滋賀県警の警官が二人、駅前で待っていて、剣崎たちのトレーラー2台を駅の近くの空き地へ誘導する。仰々しい登場に、警官たちは少し呆れている。
一樹と亜美、剣崎、そしてレイは、すぐに、車両を1台借り、生方がセレクトした場所へ向かう事にした。
閉鎖された陶器工場を一つ一つ回り、映像から感じた思念波の残存を探す。街中にはこれといった場所は無いようだった。
「少し、郊外に行ってみましょう。」
剣崎が言うと、生方から、数カ所の地図が送られてきた。
その一つは、随分山あいにあった。
「ここが怪しいわね。」と剣崎が言うと、すぐにそこへ向かった。
入口には、錆びてしまったままの鎖が張られていて、工場の前には雑草が生い茂っている。だが、工場の入口のドアがはっきりと確認できた。
「ここのようです。かすかですが、あの思念波を感じました。」
レイは、車の後部座席で、背を丸めた格好で小さく呟く。
余りに残酷な死に際だったためか、思念波にシンクロする事で、レイは精神的にすっかり参ってしまっていた。
「行きましょう。レイさんはここに居て。」
剣崎はそう言うと、一樹と亜美とともに工場の中へ入った。ドアを開けると、あちこちに作り掛けの陶器が散乱していて、埃も積もっている。かなり長期間使われていなかったようだった。
奥へ向かうと、大型の電気炉が2基並んでいる。一樹が配線の具合を調べてみる。
「電気は通じているようですね。」
一樹はそう言うと、電気炉に繋がるヒューズスイッチを押す。電気炉のモニターのランプが点灯した。
剣崎がゆっくりと電気炉のドアを開く。一つは空っぽの状態だった。もう一つの電気炉のドアに手をかけた時、剣崎は強い思念波を感じて、手を離した。サイコメトリーするまでもなく、この電気炉で殺人が行われたのは確実だった。
剣崎は、サイコメトリーしながら、慎重に電気炉のドアの取っ手を握る。
黒い皮手袋、手足を縛られた全裸の女性、その時の映像が浮かんでくる。
ドアを開くと、そこには、小さな黒い塊が残っていた。おそらく燃え尽きずに残った何かだろう。手袋をして一樹が慎重にそれを拾い上げる。
「これは何だろう?」
全裸の女性が高温にさらされて燃え尽きたはず。炉の温度が1300℃までの高温になっていれば、骨すら粉上になるに違いない。
小さな黒い塊を、机の上に慎重に置く。周囲にまとわりついているのは、炭状のものだった。それをゆっくりとはがすと、バッジが現れた。高温に置かれたため、黒く焦げ付き、表面の色はすっかりなくなっているが、形状ははっきりと判る。
剣崎は、そっと手を伸ばし、バッジに触れる。黒服の男達、広い庭、遠目で老齢の男性が見える。何かの集まりのようだった。
一樹と亜美は、廃工場の中になにかヒントになるものが残っていないかを調べた。事務所には、机と椅子が、稼働していた時のまま残っていた。書類なども書庫に残されていた。おそらく、ここの社長が使っていたと思われる大きな机の上には、裁判所や金融機関からの督促状などが散乱していた。明らかに倒産したのだと判る。
「生方さん、この工場の持ち主は判りますか?」
一樹が、無線で生方に問いかける。
『前之園陶業という会社だったようですね。3年前に倒産しています。倒産した直後に、社長は、行方不明となっています。』
と、生方から返答があった。
「前之園・・下の名は?」
『ええと・・前之園美佳・・女性だったようですね。』
生方の答えに、一樹はすぐにスマホの画像を確認した。
「MM・SG・・そうか、前之園美佳・信楽ということか・・。間違いありません。ここが、あの映像の現場です。殺されたのは、前之園美佳、ここの社長。」
「そのようね。」
剣崎は一樹の言葉に頷きながら、机の上に置いたバッジからさらに何か手掛かりはないかとサイコメトリーを続けていた。
「この高齢の男性・・どこかで見た事があるのだけど・・。」
見える映像は断片的で、人物を特定するようなものが見つからない。
亜美は、机の引き出しを探っていた。事務職が使っていた机には、殆んど物がなかった。倒産の際に、私物は皆持ち帰ってしまったのだろう。次に、書庫の中を探る。ふと、立派な装丁の本が数冊並んでいるのが目に入る。陶業関係の本ではないようだった。取り出してみると、政治に関する本のようだった。
「国を守るために為すべきこと・・国政に打って出る・・国民の命を守る政治・・みんなご立派な題名ね。ええっと、著者は、覚王寺善明・・ふーん、こんな趣味があったのかしら?まあ、サインまで入っている・・。」
亜美が、ひとしきり独り言のように呟いた時、剣崎が叫んだ。
「今、なんて言った?」
亜美は驚いて、「いえ・・独り言です。」と答えると、剣崎は亜美のところに駆け寄ってきた。そして、亜美が手にしていた本を取り上げる。
「覚王寺善明・・あの男は、前の国家公安委員長だった代議士、覚王寺善明。間違いないわ。」
剣崎がサイコメトリーしていた映像で見えた老齢の男性の正体が判った。
「じゃあ、この一連の事件に、覚王寺善明が関わっているということですか?」
一樹が訊く。
「どういう繋がりか判らないけれど、少なくとも、殺された前之園美佳と関係があったのは明らかだわ。生方、覚王寺善明について調べて!」
生方は、突然、「覚王寺善明」の名が出た事に驚いた。
『あの・・どういうことですか?』
「いいから、すぐに調べてみて』 
剣崎は、少し苛立っていた。一連の殺人事件とそこに感じる悪事の組織、そして、元国家公安委員長の関係、剣崎だけでなく、一樹も大よそのシナリオが見えてきたようだった。

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火葬の女性-3 [デジタルクライシス(シンクロ:同調)]

三人は、その場ですぐに滋賀県警に連絡し、殺人事件の現場と被害者について報告し、詳細の鑑識を依頼して、トレーラーに戻った。
「近くに覚王寺善明が所有している別荘があります。」
戻ってきた剣崎たちに、生方が報告した。
「俺と亜美で行ってきます。」
一樹がそう言うと、剣崎が「カルロスも連れて行きなさい」と言い、三人で覚王寺善明の別荘に向かう事にした。
先ほどの廃工場とは反対側の山間に別荘はあった。地図を見ると、山一つ全てが、覚王寺善明の持ち物だという事が判る。
山道を進むと、入口には大きな門が設けてあり、高い金網で周囲を拒絶しているようだった。更に、金網の上には幾つもの監視カメラがあった。
門の前に立ち、隙間から中の様子を探る。一本道が山の方へ向かって伸びている。その先に、屋敷があるのが見えた。
一樹がインターホンを押す。返答はない。
「どうするかな?」
捜査令状がなければ、中に入ることはできない。カルロスが車に戻り、トランクを開く。いつの間に用意したのか、ドローンを取り出してきた。
「これで中の様子を見ましょう。」
カルロスは、すぐにドローンを飛ばす。手元のモニターには、映像が映る。門を越え、一本道に沿って進む。しばらく行くと、白い屋敷が映った。カルロスはドローンを器用に操り、屋敷の上空から周囲を映す。人影はない。屋敷の隣にガレージがあった。近づいていくと、そこには黒塗りの高級車が何台も停めてある。そこから離れ、少し上空にドローンが上がっていくと、山林の中に、もう一つ建物が見えた。
「あの建物を見てみよう。」
一樹が言うと、カルロスが素早く操作してドローンを向ける。横に長い学校のような建物だった。近づいていくと、部屋の中に数人の人影が見えた。若い女性のようだったが、そのうちの一人がドローンを指さしているのが見え、一斉に部屋のカーテンが閉められた。そして、入口辺りから黒服の男が姿を見せる。上空を見上げ、ドローンに気付くと、ピストルを取り出して発砲し始めた。
「まともな奴らじゃなさそうだ。もう良いぞ。」
一樹が言うと、カルロスはドローンを空高く上昇させ、離れた。
「俺たちも退散しよう。」
一樹たちは車に乗り込み、その場を離れた。カルロスは、ドローンを自分たちの進行方向とは逆へ向け飛ばしている。黒服の男達は、ドローンを追っていったようだった。
「もういいでしょう。」
カルロスはそう言うと、コントローラーの自爆スイッチを押した。と、同時に、遥か後方で爆発音が響いた。
「映像は、生方にも届いています。きっと、今、解析しているはず。戻れば何か判るでしょう。」
カルロスは少し自慢げに言った。
剣崎たちのいるトレーラーに戻ると、カルロスが言った通り、生方が映像の解析を進めていた。
「熱検知システムで解析したところ、屋敷は無人でしたが、例の建物には、2階に10人、1階に10人の人がいることが判りました。出てきた男達から推察すると、2階にいるのは女性、1階は男性と考えられます。それと、ガレージにあった車両ですが、ナンバーからMMコーポレーション所有と判明しました。」
「やはり、そうか・・。」と一樹。
「ナンバーをもとに、駒ヶ根や松本、名古屋の監視カメラでその車両がヒットしないか検索中です。少し時間がかかるかもしれませんが、同じ車両がいれば、一連の殺人事件とMMコーポレーションの関係がより確実になると思います。」
生方からの説明を聞き、剣崎も納得した様子だった。
「奴ら、拳銃を所持していました。銃刀法違反で検挙できます。あいつらを捕まえて全貌を聞きだしましょう。」
一樹が提案する。
「いえ、まだ時期尚早です。おそらく、一連の殺人事件は、覚王寺善明が取り仕切っている悪事を明白にするために行われたもの。EXCUTIONERは、それを明らかにするために私たちに映像を送りつけてきたに違いない。だが、覚王寺善明は、元、国家公安委員長を務めた人物なのよ。如何に確実な証拠を突きつけたところで、もみ消すことができるほどの力を持っている。EXCUTIONERも、その事が判っているはず。」
「しかし・・」と一樹。
「それに、まだ、その悪事の正体が判っていない。何をしているのか・・そこが鍵になるはず。」
剣崎は、厳しい表情を浮かべて答えた。
「EXCUTIONERはその証拠を持っているんでしょうか?」
と、亜美が訊く。
「もし、証拠を持っているなら、こんなふうに殺人を犯して、映像を公開するなんて、回りくどいやり方をしなくても良かったんじゃないでしょうか。」
亜美が続けて言うと、一樹が答える。
「確証がない、あるいは、状況証拠だけを持っているという事なんだろう?調べようにも調べられないってとこだろう。」
「ということは、EXCUITONERは、警察内部にいる人間ってことかしら?」
と、剣崎が一樹に訊く。
「警察内部?・・そうか、ある程度捜査は進んだが圧力がかかったという事か。じゃあ、今回もどこかで圧力がかかって終了という事になるんでしょうか?」
一樹が剣崎に訊き返す。
「圧力・・ね。どうでしょう。今のところは大丈夫。」
「大丈夫って・・。」と一樹。
「私、上層部に、正直に報告していませんから。殺人事件の捜査中で、ほとんど進展はありませんと報告しただけ。だけど、駒ヶ根や松本、そして、信楽の殺人事件現場は特定したわけだから、そろそろ、敵も気づくかもしれないわね。」
剣崎は、少し楽しそうに話した。

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火葬の女性-4 [デジタルクライシス(シンクロ:同調)]

次の日から、覚王寺善明の捜査を始めた。ただ、相手に気付かれないように慎重を期す必要があり、特に、警察内部の情報を収集するのは刺激するだけだと判断し、それ以外の情報源を探した。一番活躍したのは生方だった。
「ネットの裏情報にこそ真実が隠れているんですよ。」
生方は、何か仇を取ったような表情で、熱心にパソコンに向かっている。
一樹と亜美は、信楽の町で、覚王寺善明の別荘の様子を知る人物を探した。レイと剣崎は、カルロスを護衛にして、前之園美佳が殺された現場に行き、残っている思念波から何か掴めないかと動いた。
三日ほど経過した時、一樹と亜美のチームがようやく手掛かりになりそうな情報を得た。
「あの別荘へ、食材を配達している店を見つけました。」
それは地元の小さなスーパーだった。
老齢の店主は、顧客の情報を漏らすことに抵抗があったようだが、亜美が説得して話を聞けた。
「店主の話では、今まで定期的に、飲料や野菜、果物、肉などを届けたそうです。毎回、電話で注文してくるようですが、いつも尋常な量ではなく、そのためだけに市場へ買い出しに行っているそうです。」
一樹がメモを見ながら剣崎に報告した。
「受け取った人間は?」と、剣崎。
「例の黒服の男だったそうで、別荘ではなく、あの館へ運んだそうです。・実は、明日配達を頼まれているようで、同行できるように頼みました。入り込めれば、中で何がされているか、判るかもしれません。」
一樹の報告に剣崎は頷いてみたものの、一樹に行かせるのには、一抹の不安を感じていた。深入りしすぎて、捜査をしていることが発覚するかもしれない。
「判ったわ。じゃあ、カルロス。店主と同行して様子を見て来て。」
剣崎は、カルロスに同行を指示する。
「え?カルロスですか?」
「貴方が行くより、カルロスの方が安全だと判断したの。」
剣崎は少しめんどくさそうに答えた。
「あなたたちは、もう少し周辺情報を集めてちょうだい。特に、前之園陶業が覚王寺善明とどこで繋がったのかを調べて!」
一樹は渋々承知した。
生方から情報が報告された。
「ネットの裏情報では、覚王寺善明の資金源について以前にかなり取り沙汰されていましたよ。覚王寺自身、建設会社の会長ではあるんですが、その会社はさほど大きくない。地方の中堅程度です。それなのに、都心近くに広大な邸宅、あの別荘、他にも数か所の別荘があるようです。それに、裏社会との深いつながりがあるという記事を書いた記者が突然行方不明になったというのもありました。」
「資金作りのからくりについての記事は?」と剣崎が訊く。
「ええ、ペーパーカンパニーを多数持っていて資金源ではないかという記事が見つかりました。面白い事に、その会社名には共通点がある、頭文字がアルファベット二つだというんです。」
「MMコーポレーション、KN企画、NY物産・・そういうことか。」
一樹はそう呟くと、亜美とともに、前之園陶業の関係者を探し出すことにした。
信楽には、小さな工房から大量生産しているような大きな陶業メーカーが多数ある。そして、そうしたところに様々な材料を卸している問屋もある。さらに、製品を輸送するための運送業社や、工場の社員の生活に関連したところも多数ある。前之園陶業とつながりのある会社や個人商店も多数あったはずだった。
一樹と亜美は、一旦、駅前まで出て、陶業会館に向かい、陶業メーカーが加盟している協会事務局を訪ねた。だが、事務局の反応は冷たかった。
「前之園陶業さんは、先代までは協会に協力的でしたが、跡継ぎの息子の代になって、協会から脱会されたんです。」
「えっ?息子・・じゃあ、前之園美佳さんという方は?」
「ああ、息子の嫁ですね。跡取り息子は、社長を継いだ後、暫くして病気で亡くなったんです。それで、嫁さんが社長に。陶業はずぶの素人ですから、うまくいきっこない。倒産するのは判っていましたよ。」
「倒産の頃の様子は?」と一樹。
「さあ?・・協会とは疎遠でした。実際、ここらの問屋筋は、あそこと付き合わない事にしていましたからね。だが、意外にしぶとかったんですよね。」
「意外にって、どういうことですか?」と亜美が訊く。
「そりゃそうでしょ。問屋筋が付き合わないとなれば販路がなくなるわけですし、材料だって手に入らない。資金繰りが厳しいと判れば銀行だって相手にはしません。会社としては、成り立たないはずなんです。もって1年だろうって思ってましたから・・それが・・10年近くも倒産せずにいたんですから・・。ただ、不思議だったのは、陶器を作っていたのかどうか・・・あそこの社名の製品を見た事がなかったんでねえ。信楽のブランドを守るため、協会では粗悪なものだで回らないよう、日本中の売り場に並んでいる信楽焼について、調査しているんですが、前之園陶業の製品はキャッチできなかったんです。」
協会事務局の担当者はおしゃべりだった。
「でも、あそこの工場で働いていた人はいたはずでしょう?」と一樹。
「それも不思議なんですが・・信楽の住民で、あそこで働いていた人間はいないんですよ。女社長になってすぐに大量解雇があって、殆んどの職人も作業員も辞めさせられたんですよ。」
「その頃の職人とか作業員で、話が聞けそうな人はいませんか?」と一樹が訊く。
「どうでしょう・・。少し当たってみますが・・。」
事務局の担当者の答え方は期待できそうになかった。
協会事務所を出て、駅前にある土産物店に入ってみた。昔は看板娘と呼ばれたであろう、高齢な店員さんたちが二人を出迎えた。二人は、観光客のふりをして店内をゆっくり回った。話しが聞けそうな人物はいないか、探している。
「ねえ、あんたたち、警察の人だろ?」
レジの奥に座っていた一番高齢に見える店員が、一樹に声をかけた。一樹は、一瞬驚いたが、特に反応せずにいた。
「山の中の、前之園陶業で人殺しがあったんだって?自業自得ってやつだね。あんな女、殺されて当然さ。」
その高齢の店員は、吐き捨てるように言った。

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火葬の女性-5 [デジタルクライシス(シンクロ:同調)]

「前之園美佳の事をご存じなんですか?」
店員の言葉に、亜美が反応してしまった。店内にはほかに客がいなかったために、店員が皆、レジの周りに集まってきた。もはや、秘密裏に話を聞くことなどできそうになかった。
亜美が反応したのをきっかけに、店員が話し始めた。店員の名は、吉田栄子。
「ああ、よく知ってる。私は、あそこの事務員だったんだ。先代、いや先々代の社長には可愛がってもらったんだが、息子があの美佳って女と結婚してから、おかしくなった。容姿は良いが、心が無い。人を人と思わないところがあったよ。」
「じゃあ、倒産の時にはあそこにいらしたんですか?」と、亜美。
「まさか、息子が社長になってすぐ首になったのさ。ほとんどの社員は解雇されたよ。会社はどうなるのかって心配したんだが、すぐに何処からか職人や事務員が来たようだよ。そしたら、息子が亡くなって・・。疫病神だったんだよ、あの女。」
好田栄子の話に続いて、少し若く見える店員が口を挟む。
「この街では皆知ってる話さ。だが、下手に口を開くと、仕事が無くなるって言われててね。実際、あそこの工場に居た職人や事務印は、殆んどこの街には残っていないさ。・・ああ、この人は別格なんだよ。」
「別格って?」と亜美。すっかり、店員たちの中に入ってしまっている。
「こら、それは言っちゃダメだ。」
別の店員が急に声を荒げて制止した。
「どういうことです?」
今度は一樹が強い口調で訊いた。
「あんたらには関係ない事さ!」
吉田栄子は、急にそっぽを向いた。
「殺人事件なんですよ。さっき、あなたは殺されて当然、自業自得だって言ってましたね。ひょっとして、あなたが殺したってことも・・。」
一樹は、突拍子もない事を口にして、吉田栄子に迫る。
「馬鹿言うんじゃないよ。なんで、私が美佳を殺すんだよ。」
突然、その店員が『美佳』と呼んだのを亜美は聞き逃さなかった。
「美佳って・・もしかして、美佳さんの身内ってことですか?」
亜美に問われて、吉田栄子は、観念したような口調で話し始めた。
「いや・・そうじゃない。美佳は、私の古い友人の娘だ。仕事を世話してほしいって頼まれて、前之園陶業の先代の社長に頼んで雇ってもらった。素直な良い娘だったから、先代の社長は気に入って、息子の嫁にっていう話になったんだが・・。ちょうどそのころ、体調を崩してしまって、一度実家へ戻った。三か月ほどで戻ってきたんだけどね・・何だか急に人が変わったみたいになっていて。まあ、それでも、息子がひとめぼれだったようで、結婚した。それからすぐに、先代の社長が亡くなって・・後は、あんたらの知ってるとおりさ。」
「あの、もう一つ、お聞きしたいことが・・その、前之園美佳さんは、ある政治家の後援者だったようなんですが、何かご存じありませんか?」
一樹が慎重に尋ねた。
「政治家の後援者?そんな余裕はなかったはずだがねえ・・・。」
覚王寺善明との繋がりについては、吉田栄子は知らない様子だった。
「先ほど、陶業協会事務所で、前之園陶業は相当資金繰りが厳しくて1年くらいで倒産すると思われていたのに、随分、頑張ったと、伺ったんですが・・資金の出所なんてご存じありませんよね?」
今後は亜美が訊いてみた。
「ああ、お金の事かい?おそらく、それなら、MMコーポレーションって会社が出したんじゃないかねえ?私らが辞めた後、MMコーポレーションから職人や事務員が送り込まれてきていたからさ。前之園陶業は、事実上、MMコーポレーションの子会社みたいなもんだったはずだよ。」
MMコーポレーションという名が突然飛び出してきた。一樹と亜美は顔を見合わせて驚いた。
「あの・・MMコーポレーションという会社については何か・・。」
と、遠慮がちに、亜美が訊く。
「あいつらは、まっとうな会社じゃないだろうね。美佳が社長になってすぐだったか、黒塗りの高級車が何台か、前之園陶業に入るのを見た人がいたんだ。黒服の男達が何人か、会社に入って行ったって・・。」
MMコーポレーションの正確な情報を持っているわけではなさそうだった。
そこまで話していた時、奥から、土産物店の店主が顔を見せた。
「おいおい、店先で何の話だ。仕事はどうなっている!」
店主は、一樹と亜美を睨み付けている。奥の部屋で、これまでの会話を聞いていた様子だった。追い返されるのかと構えていると、その主人が小さく手招きし、一樹と亜美を奥の部屋へ通した。
奥の部屋は店主の事務室だった。机の上には書類の束が乱雑に積み上げられている。一樹と亜美は、机の前の古いソファを勧められ座った。
「警察の方に、是非、お話したいことがあったんです。」
店主は、店員への態度とは裏腹に、一樹たちに丁寧な口調で話し始めた。何か重要な秘密を長く抱えていたようだった。
「私から聞いたとは、絶対秘密で、お願いします。」
店主は念を押してから、話し始めた。
「私は、町の猟友会のメンバーで、猪の捕獲活動をしています。覚王寺さんの御屋敷の裏山辺りも何度か猟に行きました。大きな館の裏手の庭で、人が埋められているのを見たんです。いや、正確に言うと、ちょうど人ひとり埋められるような穴が幾つか掘られていて、白い布袋をその穴に埋めているところを見たんです。ただ、あの布袋・・大きさや形から遺体が入っていたんじゃないかって思うんです。君が悪くて・・でも、覚王寺さんは地元にも貢献してくださっている代議士さんですから、おかしな噂にならないよう、ずっと黙っていたんです。」
一樹が亜美の顔をちらりと見た。
「それはいつ頃の事ですか?」と、亜美が訊いた。
「前之園陶業の社長も、猟友会のメンバーで一緒にいたから、亡くなる前・・ああ、そうだ、息子が嫁を貰う事になったと喜んで話していたから、もう15年近く前の事です。」
15年前ともなれば、今回の事件との関連は低いのではと思えた。一樹は、その店主から、死体が埋まっていると思われる場所の地図を書いてもらい、一旦、トレーラーに戻ることにした。

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火葬の女性-6 [デジタルクライシス(シンクロ:同調)]

一樹たちが店主や店員の話を聞いていた頃、カルロスが屋敷に潜入する支度が整い、いよいよ屋敷内へ入る段階となった。
「ご注文の品をお届けに参りました。」
店主は、正門のインターホン越しに挨拶し、たくさんの荷物を乗せたトラックが屋敷の中へ入っていく。カルロスは大きな体を狭い助手席に何とか収めて座っていた。トラックが屋敷の前に着くと、すぐに黒服の男達が出てきた。
「荷物は隣の館へ運んでくれ。」
そう指示されてトラックは、隣の館の勝手口へ着いた。
カルロスは、店主に言われるまま、荷物を抱え、館へ運び込む。勝手口を開くと、大きな厨房のようだった。冷蔵庫の脇に荷物を運ぶ。カルロスは、ちらちらと天井や照明などを観察していた。
「酒類は、さっきの屋敷の前だ。」
大半を運び終えた時、黒服の男が指示する。
一旦降ろした荷物を、トラックの荷台に戻し、再び、屋敷へ向かう。今度は、正面の玄関から荷物を運ぶように指示された。大きな体のカルロスは、洋酒類が入ったコンテナを二つほど持ち上げ、階段を登る。大きな開き戸が開くと、そこから中に入り、屋敷のはずれにある厨房まで運んだ。
「おっと、危ない!」
洋酒の箱を抱えたカルロスが、黒服の男の一人とぶつかり、男が倒れた。
「ダイジョウブデスカ」
カルロスは、洋酒の箱を置き、わざと片言の日本語を使って、黒服の男を起こしてやった。
「ダイジョウブ?イタイトコロナイ?」
片言の日本語でわざとらしく労わる姿に、黒服の男は苛立って「気をつけろ!」と言って、去って行った。
荷物を運び終えると、カルロスたちはすぐに屋敷を出てきた。
「ご苦労様。上手くいったようね。」
「軽い仕事です!」
トレーラーハウスのモニター画面には幾つもの映像が映されていた。
カルロスが荷物を運び込んだ時、高性能のカメラや盗聴器を屋敷内のあちこちに仕掛けたのだった。
離れの館内の映像もある。ドローン映像で分析した通り、10人程の女性が映っていた。皆、無表情で静かに食堂で食事をしている。十代から四十代くらいまで、年も背格好もバラバラのようだった。一様に、白い服を纏っている。
屋敷の方の映像もある。黒服の男達が、広間のあちこちに座っている。
「よく映ってるわね。合格よ!」
剣持は、カルロスを褒めたあと、モニターを睨み付けた。
そこへ、一樹たちが戻ってきた。
「これは?」と一樹が尋ねる。
「館の内部映像です。監視カメラを取り付けてきました。」
カルロスが得意げに言った。
「監視カメラ?おいおい、違法捜査じゃないのか!」
一樹は驚いて、剣崎に言う。
「あら、県警ではこういう捜査はしないの?・・公安辺りでは当たり前の捜査手法だって聞いたけど。」
剣持は、モニター画面から目を離すことなく、軽く受け流した。
映像の一つは、世話しなく室内を動いて映し出している。
カルロスがぶつかった男に取り付けたカメラの映像だった。その映像は、ドアを開け、机に向かっていく映像だった。男は、机に座りパソコンの操作を始めたようだった。
「お、これは面白い映像だ。さあ・・どうする?」
同じ画面を見ていた生方が反応する。
男は、パソコンのメールアプリを開いた。幾つかの未読メールをスクロールし、一つのメールを開いた。
『F/19/165/45/LH』
メールの件名にこれだけの記述が入っていて本文はなかった。
男はそれだけを見て、手早く別のフォルダーを開いた。そこには、何人もの女性の写真があった。
男はそこから、3人をチョイスして、さっきのメールに、データをアップロードして返信した。
しばらくすると、件名に『C』とだけ入ったメールが返ってくる。男はそれを確認すると、席を立ち、屋敷を出て行った。
映像はまだ、続いている。
男は隣の館へ入ると、そこに居た男に何やら囁くと、すぐに屋敷に戻ってきた。
そこからは、男も動きを止めたようで、静止映像の様になってしまった。
剣崎たちは、館の映像へ目を移す。
先ほどの男に何か指示された男が、2階へ上がっていく。階段を登りきると、幾つかの部屋の前を通り、一つの部屋の前に立つ。ノックをすると、白い服を着た若い女性が出てきた。何か言われて少し驚いた表情を見せ、すぐにドアを閉めた。
「これって、音声は無いんですか?」と一樹が訊く。
「幾つか、盗聴器を置いてきましたから、ちょっと待ってください。」
カルロスはそう言うと、目の前の機器を操作した。突然、ガリガリという雑音が聞こえ、続いて、こつこつと靴音が聞こえてきた。映像と音を比べてみると、盗聴器が拾っている音は、館の厨房当たりの音声だと判った。
「他の音に切り替えてみます。」
とカルロスが言うと、今度は、男たちの話声に変わった。館の広間の音声のようだった。
『注文が入った。』と、先ほどの黒服の男の声のようだった。
『どこだ?』と、別の男の声が聞こえる。
『名古屋だ・・いつものところだ。』
『もう3人目だぞ。もう少し大事にしろって、おもちゃのつもりか。』
『そう言うな。上得意様だ。これでしばらく静かになるだろう。』
『ちぇっ、また、穴掘りか。』
少し離れた場所から別の男の声が聞こえた。

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火葬の女性-7 [デジタルクライシス(シンクロ:同調)]

生方は先程の映像を全て録画していて、パソコン画面部分を切り出して詳細に調べ始めた。
「どういう事かしら?」
映像を見ていた剣崎が呟く。
「どこからか指示が来て、女の子を選んだってところでしょうね。」
と、一樹が答えると、剣崎はちらりと一樹を見て、『そんなことは判っている』と言いたげな表情を浮かべた。
「短いメール、それも記号と数字の件名だけ。まるで暗号。余計な文章もなかった。仮に洩れたとしても何のことだか判らない。・・という事は、秘密にしなければならないような事を組織だって行っているということね。・・さっきの写真の女の子のうち、Cに該当する女の子を館に呼びに行ったということでしょう。」
剣崎は、独り言のように呟く。
「秘密クラブと関わりがあるんじゃないでしょうか?」と亜美が言う。
「秘密クラブ?・・いや、そんなものじゃないだろう。」と一樹。
「そうね。人体実験とか変質者が客と考えた方が自然でしょう。穴を掘るって言っていたところから、おそらく、死体を引き取りに行き、替え玉を置いてくる。そんなところじゃないかしら?」
と、剣崎が続けた。
「そんな・・恐ろしい事を?」
と、亜美は信じられないという表情で剣崎を見る。
三人の会話に、生方が割って入った。
「先ほどの映像からいくつか判りました。」
「報告して!」と剣崎。
「まず、メールの送信者ですが・・名古屋のNY物産という会社の藤原という人物でした。アカウントだけですから、本名かどうかは判りませんが・・それから、3人のファイルですが、写真と体のサイズ、年齢などが入っていました。皆、身長160センチから170センチ、体重45㎏前後で、ロングヘアでした。あの、暗号のようなものは女性の特徴でした。おそらくその特徴に近い女性をピックアップして返信し、Cの女性が気に入ったという事ではないでしょうか?」
「女性の身元は?」と剣崎。
「行方不明者リストと照合したところ、Cの女性は、片淵亜里沙と判明しました。4年前に行方不明で家族から捜索願が出されていました。あとの二人は今照合中ですが、いずれも、行方不明者や失踪者でしょう。」
生方が得意げに返答した。
「失踪者や家出人を集めているってことか?」
一樹が呟く。
生方が報告を終えた時、映像を見ていた亜美が「あ、出てきました。」と言った。
モニターには、片淵亜里沙と思われる女性が、ブラウス姿で部屋から出てきたのが映っている。
「支度は整ったみたいね。私たちも後を追いましょう。」
剣崎はそう言うとトレーラーから出た。いつ用意したのか、外には大型のバンが停まっていた。すでに、運転席にはカルロスが待っていた。
剣崎、一樹、亜美、そしてレイもバンに乗り込んだ。
バンの運転席の横には幾つかのモニターが置かれていて、その中央には大型のナビシステムが据え付けられている。
「上手く拾ってくれると良いんだが・・。」
カルロスは画面を注視している。赤い光が点滅した。ちょうど、屋敷の門辺りを動いている。
「剣崎さん、上手く行きました。追跡します。」
カルロスはバンを動かす。
「1KM以内に居れば大丈夫。」
カルロスはそう言って、車を進める。
赤い点滅は、土山インターチェンジから新名神高速道路に入った。カルロスは少し離れて追っていく。四日市ジャンクションで湾岸道路へ入り、豊田ジャンクションから、名古屋方面へ向かう。
そして、名古屋ジャンクションを降りると、東へ向かって進む。名古屋市の郊外にある高層マンション群に入っていく。
剣崎のバンに生方から連絡が入った。
『この近くに、グランドレジデンス宝山というマンションがあります。そこに、NY物産所有の部屋が見つかりました。1501号室です。』
それを聞いて、剣崎はカルロスに向かうように行った。
赤い点滅は、手前のファミレスで停まっている。目的地に行く前に腹ごしらえでもするつもりなのだろう。
剣崎は先回りして、グランドレジデンス宝山に到着すると、車を降りた。
地上20階建ての高級マンションだった。玄関を覗くと、コンシェルジュの姿が確認できる。当然、セキュリティは強固だと推察できた。
「入り込むのは難しそうですね。」
と、一樹が、少し諦め気味に言った。
「すでに、殺人は起きてしまっている。それより、黒服の男達が何をしているかが重要よ。暫く、待ちましょう。」
剣崎は、玄関の見える場所を探し、身を隠した。
暫くすると、黒服の男達の車が見えた。車は、地下駐車場に入っていく。
「行くわよ。」
剣崎たちは、連絡通路からマンション地下駐車場に入り、エレベーターが見える場所を探して、身を潜める。
黒服の男二人が、片淵亜里沙を連れて、エレベーターの前に立つ。
エレベーターにはセキュリティシステムがついていて、部屋番号で呼び出しているようだった。
一樹が単眼望遠鏡を使って、画面の数字を読む。
「1501・・間違いない。」
エレベーターのドアが開き、男達と片淵亜里沙が乗り込んでいった。

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火葬の女性-8 [デジタルクライシス(シンクロ:同調)]

「あの子も・・殺されるのかしら・・」
亜美は、何とかして止めることはできないかと考えていた。
「すぐに、殺されはしないでしょう。まずは、黒服の男に注視よ。」
剣崎はそう言って、亜美を納得させた。
しばらくすると、黒服の男達が大きなスーツケースを押しながら、エレベーターを降りて来た。
「レイさん、お願い!」
剣崎が言うと、レイは、男たちの方に意識を向け、目を閉じた。
「駄目です・・もう・・。」
レイが申し訳なさそうに言う。
「仕方ないわ・・じゃあ、私が・・。」
剣崎はそう言うと、車へ向かっている男達へ近づき、車の陰から飛び出した。当然、男達とぶつかってしまう。
「あら、ごめんなさい!」
ぶつかった拍子に、男たちが押していたスーツケースが倒れる。剣崎は、それを起こそうと手を掛けた。ビリビリという感覚で映像が脳裏に浮かぶ。
床に倒れている全裸の女性、首筋には絞められた跡がはっきりと残っている。部屋の隅に男が蹲っている。スーツケースを開き、大きなビニール袋に女性の遺体を包んで、詰め込んでいる。つい先ほどの光景に違いなかった。
「気をつけろ!」
黒服の男が、剣崎に怒鳴る。そして、スーツケースを引き寄せ、慌てた様子で車に運んでいく。
剣崎は何事も無かったかのように、エレベーターの方へ戻ってくる。
「間違いない。あの中には女性の遺体が入っているわ。」
剣崎は、エレベーターの陰に身を潜めていた一樹たちに小声で伝えた。
「生方!マンションのセキュリティを解除しなさい!」
剣崎が、無線マイクで生方に命令する。
『無茶ですよ!』
「あら、できないの?」
『いえ・・できますが・・これは犯罪ですよ?』
「人命救助よ。これ以上、死体を作りたくないわ。さあ、急いで。」
1分ほどで、生方から「解除できました。ただし、30秒ほどですから、急いで下さい。」と連絡が来た。
「私たちは、黒服の男を追うわ。おそらく、館へ戻るはず。あなたたちは、すぐにマンションの部屋へ向かいなさい。」
一樹と亜美がエレベーターに乗り15階に向かう。
静かに廊下を進む。高級マンションは、まるで住人がいないかのように静寂に包まれている。1501号室は、角部屋で一番奥だった。
ドアの脇にあるインターホンを押す。カメラの前には亜美が立っている。
「誰ですか?」
応答したのは女性の声だった。おそらく、片淵亜里沙だと思われた。
「片淵さんね。警察です!助けに来ました!開けてください。」
亜美は反射的に返答する。インターホンの向こう側でガタガタと音がする。
「1501号室のドアロックは解除出来ますか?」
一樹は、ドアを見て、電子ロックだと判断し、咄嗟に、生方に無線で連絡した。
「了解!」
直ぐに、電子ロックが回転する音がした。
「亜美、離れてろ!」
一樹はそう言って、ドアを引く。ロックが解除されていてドアが開いた。一樹はそのまま、玄関から中へ突入した。続いて、亜美も入っていく。
部屋の中は薄暗い。リビングの中央に、人が倒れている。嫌な予感がした。部屋の持ち主が先ほどのやり取りを聞いて、片淵亜里沙を刺殺したのではないか。
亜美が駆け寄る。一樹は、室内灯のスイッチを探し、照明をつける。
倒れていたのは、確かに、片淵亜里沙だった。出血はしていない様子だった。何かで殴られたのか、気を失っているようだった。
一樹が部屋の中を見回す。部屋の持ち主であるNY物産の関係者、もしくはメールの発信者、藤原が潜んでいるはずだった。リビングに姿はない。キッチン、寝室、ゆっくりと一樹が探っていく。バスルームの前に立つ。シャワーが流れる音がしている。一樹がゆっくりとバスルームのドアを開く。そこには、首筋から血を流して倒れている男性の姿があった。そして、その男の手元には、大型のナイフが握られていた。すでに絶命しているようだった。
救急隊が到着する頃には、一樹が、マンションのコンシェルジュに一連の事情を説明していた。コンシェルジュは戸惑いを隠せない様子で、管理会社へ連絡をする。
地元警察の刑事や鑑識が到着した時には、辺りには、やじ馬が集まり始めていた。
亜美は救急車に乗り、片淵亜里沙とともに病院へ向かった。
一樹は、マンションに残り、地元の刑事や鑑識の捜査を見守っていた。
「この部屋は、NY物産所有となっていますが、当のNY物産はペーパーカンパニーでした。連絡を取っていますが、おそらく無理でしょう。室内を捜索していますが、死んでいた人物を特定できるものは、見つかりません。ここで生活していたわけではなさそうです。借りていたか、あるいは、密会の場所だったか・・。」
「出来るだけ多くの指紋や髪の毛などを採取してください。何人もの人間が使っていた可能性があります。血液反応も調べておいてください。」
「承知しました。」
地元の刑事は、少し迷惑そうに返答して、捜査に戻って行った。
一樹は、マンションの玄関を出た。パトカーや救急車が来た事で、近所の住人たちが集まり人垣を作っていた。新聞社の記者らしい姿も見えた。
一樹は、暫く、集まった人たちをスマホのカメラに収めていた。EXCUTIONERが様子を見に来ているかもしれないと考えたからだった。注意深く、周囲を見ていた時、ふと、パトカーの向こうに視線が止まった。宵闇の中、ぼんやりではあるが見覚えのある姿があった。
「まさか・・奴が?」
視線の先には、黄色い髪の男がいる。マスクにサングラスで顔は判別できない。だが、黄色い頭髪の形は紛れもなく、水野裕也だった。こちらに気付いたのか、すぐに姿を消した。
一樹は、手元のスマホの画面に写した写真を開く。残念ながら、写真には、後ろの街路灯の光が強く、逆光状態でぼんやりとした写真しかなかった。

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火葬の女性-9 [デジタルクライシス(シンクロ:同調)]

片淵亜里沙に同行して、病院へ向かった亜美は、彼女が治療を受けている間、剣崎に連絡を取った。剣崎はまだ、黒服の男達の車両を追跡している最中だった。亜美は、状況を剣崎に報告する。
「そう・・判ったわ。とにかく、死んだ男の身元を特定する事と、片淵亜里沙から経緯を聞き出しなさい。覚王寺善明とのつながりが判れば、一気に事件は動くはず。良いわね。」
剣崎は、厳しい口調で亜美に言った。
治療室の前の廊下で、亜美は片淵亜里沙を待った。何かで殴打されたのだろうが、出血はなく、意識を失っているだけに見えた。それにしても治療に時間がかかっている。何かあったのだろうか。
「亜美、どうだ?彼女の意識は戻ったか?」
現場から、一樹が駆けつけてきた。亜美は首を横に振った。1時間ほどが経過した時、ようやく治療室のドアが開いた。酸素マスクに点滴をされてストレッチャーに乗せられている片淵亜里沙が出てきた。
「けがは大したことはないのですが・・意識が戻らない。何かの薬物を服用しているようで、特定できません。もう少し検査に時間が掛かります。応急処置はしましたが、意識が戻るかどうか・・」
医師はそう言って、その場を立ち去った。看護士がストレッチャーを押して、病室へ彼女を運んだ。
一樹と亜美は病室の前で、彼女の意識が戻るのを待つほかなかった。
「変だな・・。」と、一樹が呟く。
「何が?」と、亜美が訊く。
「インターホンを押したとき、彼女が出ただろ?その時はまだ異常はなかった。だが、鍵を開けて室内に入った時、彼女は倒れていて、男は浴室で死んでいた。ほんのわずかの時間だったはずだ。その間に、男が彼女に薬を飲ませて、自らの首をナイフで切って死んだということになる。そんな時間があっただろうか?」
一樹に言われ、亜美も記憶を辿る。
「既に男は死んでいたってことかしら?」
「それなら、彼女に薬を飲ませたのは誰だ?」
「あの黒服の男達がやったという事かしら?」
「何のために、そんなことをしたんだ?騒ぎになれば、自分たちの悪事が露見するだけだろ?」
「まさか・・あの場にEXCUTIONER が居たってこと?私たちより前にあの部屋に入って・・そんな事、無理でしょ?」
「彼女が目を覚ましてくれれば、真相が判るんだが・・。」
亜美がそっと病室のドアを開いてみる。依然として、酸素マスクに点滴した状態で、意識は戻っていない様子だった。
時間が過ぎていく。
一樹は、病室の近くにある休憩スペースの長椅子に座り、先ほど現場で撮った写真を一つ一つ丁寧に点検した。何か、鍵になるものはないか、室内の様子や外の住民たちの様子などをじっくりと見てみた。黄色い髪の男が確かに居た。どこかに写っていないか探した。もし、見間違いでなければ、黄色い髪の男は水野裕也ではなく、EXCUTIONER自身ではないか。あいつが自分たちより先にマンションの部屋に入り、男を殺害し、片淵亜里沙にも薬物を飲ませたのではないか。処刑の一環だったのではないか。頭の中をぐるぐるといろんな考えが巡る。
医師がやってきて、何か薬を投与した。
「薬物が特定できたので、治療薬の投与を始めました。おそらく、朝には意識が戻るはずです。」
再び医師は、短く言って、去って行った。
「亜美、少し休め。」
一樹がそう言って、休憩スペースの長椅子に横になるように勧めた。亜美は小さく頷いて、横になる。すぐに眠りに着くことはできなかったが、体を休めることはできる。一樹も、横の長椅子に座り、目を閉じた。
パタパタという足音で、二人は目が覚めた。知らぬ間に眠ってしまっていた。
廊下を、看護士が走り回っている。
「どうしたんですか?」
亜美が訊くと、看護師の一人が「昨日運ばれてきた患者さんの姿がないんです。」と答えた。二人が眠っているうちに、誰かが連れ去ったのか、それとも逃げたのだろうか。
病室に一樹と亜美が入ると、ベッドの上に、病室着が綺麗に畳まれて置いてあり、逃げ出したのは明らかだった。
「しまった!」
一樹は呟く。しかし、病院の周囲には、見張りの警官が居たはずだった。おそらく、どこかで目撃されているに違いなかった。だが、誰も彼女が病院を出る姿を目撃していなかった。病院内を隈なく探したが、片淵亜里沙の姿はなかった。
「すみません。昨日の医師に話を聞きたいのですが・・。」
何らかの手掛かりを得ようと、一樹は、彼女が服用した薬物について、担当の医師に確認した。
「いえ・・まだ、判明していません。しかし、意識が戻ったとは・・不思議な事があるものですね。」
医師は、無表情に答える。
「いえ、昨夜、薬物が判明したからと、何か薬を投与されていましたよね?」
と、一樹が訊く。
「いいえ、何の処置もしていませんが・・。」
医師の答えは変わらない。一樹が医師の顔をじっくりと見る。容貌は似ているが、昨夜病室に現れた人物とは別人だった。
「あの医師は偽者?彼女を逃がすために現れたのか!」
一樹も亜美も、あの場に現れた医師に全く疑念を持たなかった事を後悔した。偽者の医師とともに、片淵亜里沙は姿を消した。
その事実から、彼女がマンションの部屋に居た男を殺害したことは明らかだった。黒服の男は、面倒な事を起こした客を始末するために、片淵亜里沙を送り込んだということになる。

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火葬の女性-10 [デジタルクライシス(シンクロ:同調)]

黒服の男を追跡していた剣崎たちは、深夜には、信楽の屋敷近くに戻っていた。黒服の男達のところには、紛れもなく女性の遺体がある。すぐに逮捕して、スーツケースを調べ、殺人の容疑で検挙する事は可能だったが、その間に、悪事の証拠を始末する可能性がある。剣崎は一旦男達を屋敷に戻らせて、一斉に検挙する作戦で臨むことにした。そのためには、片淵亜里沙の証言が必要だった。
だが、一樹たちからの連絡はない。このままでは、マンションの遺体も無かった事にされてしまう。
「カルロス、ドローンは飛ばせる?」
屋敷近くに止めた車の中で、剣崎はカルロスに訊く。カルロスは、ふっと夜空を見上げて答えた。
「月夜。大丈夫。」
そう言うと、すぐに支度を始めた。
「これ、高性能。サイレント、ナイトビジョン、ステルス、最高!」
カルロスは、得意げにドローンを見せると、空高く飛ばした。
音もなく、高く舞い上がり、屋敷内へ入っていく。手元のモニターにはナイトビジョンの映像がくっきりと見える。
「館の裏手へ!」
剣崎が言うと、カルロスは「OK!」と言ってドローンを館の屋根高くに向かわせた。館の裏手には、空き地がある。黒服の男達の会話から、引き取ってきた遺体を埋めるはずだ。予想通り、男二人が布袋を抱えて現れる。大きさから遺体に間違いなかった。既に、埋める穴は掘られていて、男たちはそこへ布袋を放り込み、スコップで土をかけ始めた。周囲を注意深く見ると、同じような土盛が綺麗に並んでいる。
「十人くらい、殺したようね。もう良いわ。」
剣崎は、この館が殺人を請け負う組織のアジトだと確信した。
そこへ、生方から連絡が入った。
「剣崎さん、屋敷で動きがあります。」
そう言うと、モニター画面が、屋敷内に仕掛けられた監視カメラの映像に替わった。
『想定外の事はあったが、ミッションは終了だ。』
黒服の男に、別の男が報告している様子だった。
『あの刑事たちは?』
『ああ、何故、あそこに刑事が現れたのか、捜査は中断したはずだったが・・。』
『大丈夫なのか?』
『ボスには報告した。だが、ここも早々に引き払うよう指示された。』
『Kは?』
『病院だ。まあ、意識は戻らないだろう。』
『そうか。』
黒服の男達の会話から、剣崎は、片淵亜里沙が組織に手で抹殺される運命だったことを知った。
「手配はどうなってる?」
剣崎が、生方に訊く。
「あと2時間ほど完了します。先に、県警が到着するようですが・・。」
「いいわ。誰ひとり取り逃がさないよう、周辺の道路封鎖を。SWATが着いたら教えて。それと、彼らには、片淵亜里沙の監視を強めるよう伝えて。」
剣崎はそう言うと、車を降りた。
「レイさんは、ここに残っていて。ここから先は私の仕事。良いわね。」
「はい。」
レイは車に残り、モニターを見つめた。
剣崎はカルロスとともに、ドローンの映像を見ながら、裏山へ入って行った。ようやく、夜が明け始め、周囲が明るくなり始めていた。
藪を抜けて、屋敷の裏側の山に辿り着く。目の前に、先ほど男たちが遺体を埋めた場所があった。
「準備できました。」
生方から連絡が入った。
「突入させて!」
剣崎の指示とほぼ同時に、覚王寺の別荘で激しい爆発が起きた。その衝撃はすさまじく、辺りの森の木々の枝が大きく撓り、屋敷の中にあった大木が倒れた。土煙が収まると、次は火の手が上がった。屋敷の隣にある館だった。
「どういうこと?」
館の周囲に配備されていた警察の部隊は、爆発の衝撃で混乱している。
それでも何とか体勢を立て直し、突入部隊が門を破壊し、なだれ込んだ。何発か銃声のようなものが聞こえた。
「行くわよ。」
剣崎はそう言うと、カルロスとともに、館の裏庭に入る。
目の前の館が大きな炎に包まれていて、窓には必死に助けを求める女性の姿があった。ここは、山中である。消防の到着にはまだ時間がかかる。
再び、爆発が起きた。今度は、館の厨房当たりのようだった。プロパンガスに引火したに違いない。
剣崎もカルロスも、その爆風で吹き飛ばされた。
気が付くと、先ほどの女性の姿はなかった。そればかりか、目の前の館が焼け崩れ始めている。
ようやく消防が到着し、放水を始めた。だが、火の手はなかなか収まらず、結局、屋敷も館もすべて焼け落ちてしまった。
逮捕するために集まっていた警察隊も、消防とともに、焼け落ちた屋敷や館に生存者はないか捜索を始めた。
「意図的に爆破したんでしょう。生存者はないでしょうね。」
剣崎は、無惨に変わってしまった別荘を見つめながら、落胆した表情で言った。
「カルロス、遺体が埋まっている場所を掘り返して!」
皆が、焼け跡を整理し始めたのを確認すると、カルロスに地面を掘り返させた。
「ありました。」
カルロスが掘りかえした穴から、布袋に入った遺体を引き上げる。全裸の若い女性だった。腕には注射の跡、手足を縛られていた痣があった。それに、あの入れ墨も見つかった。慰みものにされていたか、変質的な性癖の客だったか、いずれにせよ、殺されたのは間違いなかった。この館で囲われていた女性が、あの部屋に派遣され、結局殺されたということだろう。

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囮の女性-1 [デジタルクライシス(シンクロ:同調)]

埋められた遺体が発見されたことを受けて、県警は大がかりな証拠収集を始めた。焼け落ちた館からは十人程の焼死体が見つかり、屋敷には数人の焼死体があった。
カルロスは、その様子を見ながら首をひねって言った。
「カズガアワナイ!」
前日、熱感知センサーで捕らえた人の数と、屋敷内で見つかった焼死体の数が合わないというのだ。
「逃げたのかしら?でも、周囲は我々が取り巻いていたし、道路封鎖もしていたのよ。どうやって逃げたというの?」
剣崎はカルロスに訊ねる。
「ワカラナイ・・デモ・・ヘンデス。」
「まあ、後は、所轄に任せましょう。逃げたとしても、すぐに捕まるわ。それに、いずれ、覚王寺との関連も判るでしょう。」
剣崎はそう言うと、所轄の刑事部長に簡単に挨拶して、現場を後にした。
「片淵亜里沙の方はどうなってる?」
車に戻りながら、剣崎は生方に訊く。
「さきほど、矢澤刑事に連絡しました。病院から抜け出したようで、すぐに追跡するよう伝えました。名古屋から、東へ向かっています。」
「意識が回復したってこと?」
「そのようです。」
生方からの連絡を聞いて、剣崎は不思議に思った。あれだけ周到に準備し、証拠隠滅を図った組織が、片淵亜里沙を殺さず逃がしたというのは腑に落ちなかった。黒服の男達の会話では、意識は戻らないだろうと言っていた。という事は、確実に殺したつもりだったはず。
剣崎は、トレーラーに戻る。
「剣崎さん、大丈夫なんですか?」
トレーラーのモニターで一部始終を見ていたレイが心配して訊いた。
よく見ると、剣崎は腕に怪我をしていた。爆風で飛ばされた時、怪我をしたようだった。
「ありがとう。大丈夫よ、これくらい。それより、レイさん、どうする?途中、橋川で降ろしてもいいけど・。」
剣崎は、着替えながらレイに訊く。
「いいえ、私も行きます。片淵亜里沙さんは、本当に、あの部屋の男を殺したんでしょうか?それに、どうして逃げているんでしょう。なんだか、嫌な予感がするんです。」
レイの言葉を聞きながら、剣崎も同じような事を考えていた。
剣崎の指示で、亜美は、片淵亜里沙の衣服に、小さなGPS発信機を取り付けていた。証人保護のプログラムの一つと聞き、亜美は何の疑問も持っていなかった。生方は、その信号をキャッチして、一樹たちに、行き先を連絡していた。
昨夜のうちに、アントニオがトレーラーを名古屋に回してきていた。
「逃げ出したという事はやはり、彼女が男を殺したということなのかしら?」
追跡の車中で、亜美が一樹に訊く。
「そういう事になるな。だが、信楽じゃなく、浜松というのが判らない。」
「別のアジトがあるんじゃない?」
「そうかも知れないが・・。」
東名高速を東へトレーラーは走る。浜松インターチェンジを降りると、湖岸沿いをさらに東へ向かう。
「船を使って、沖へ向かうようです。」
生方から連絡が入った。片淵亜里沙に取り付けたGPSの信号が、浜名湖上を動いているようだった。一樹たちは、トレーラーの窓越しに、湖を見る。何隻かの漁船、プレジャーボートが動いている。手元のモニターと船の動きを見比べるが、容易には判別できない。
「大丈夫。我々も船を使いましょう。」
運転席から、アントニオが陽気な声で言う。一番近い港にトレーラーを入れると、アントニオがどこかへ連絡している。港近くにあるマリーナの係員が慌てて現れて、アントニオと何か会話をしている。
「さあ、行きましょう。」
アントニオは係員からプレジャーボートのキーを受け取ると、軽くスキップしながら、船へ向かった。
用意されていたのは、マリーナで最も大きなクルージング船だった。一樹と亜美は少し驚き、乗り込むのを躊躇った。
「大丈夫、大丈夫。政府からの指示だという事になっているから。急ぎましょう。今なら、まだ追いつける。」
おそらく、生方が手を回したのだろう。
大型のクルーザーは岸を離れる。アントニオが、タブレットを取り出してGPS信号を探して、その方角に船を向ける。
「やっぱり、大きい船は良いねえ!」
アントニオは速度を上げた。タブレットに映し出されたGPS信号に徐々に近づいているのが判る。視線を向けると、小型のモーターボートが浜名湖大橋をくぐろうとしているところだった。
「あれだね。」
アントニオは獲物を補足したような表情に変わり、さらに速度を上げる。
「追いかけてくる船がある。」
モーターボートの中で、怪しげな会話が始まった。
その声に、片淵亜里沙が振り返る。大型のクルーザーが迫ってきている。
「警察か?」
そう言われて、片淵亜里沙は手元の双眼鏡で様子を探る。
「外人が操縦しているみたい。警察とは思えないけど・・。」
「だが、こっちを追いかけているのは確かだ。」
小型のモーターボートには、片淵亜里沙と、医者になりすました男が乗っていた。
「どこか、小さな港に着けて。追いかけてきているのかどうか試しましょう。」
小型モーターボートは、浜名湖大橋を過ぎたところで、反転し、橋のたもとにある小さな漁港に向かった。
「気付かれたようだね。」
相変わらず、アントニオは陽気に言った。
「仕方ないから、このまま、沖へ出るよ。・・大丈夫、大丈夫。奴らの居場所は判ってるんだから、慌てなくてもいいさ。」
アントニオはそう言うと、小型モーターボートを横目に、そのまま大型クルーザーを沖へ向けて進めた。

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囮の女性-2 [デジタルクライシス(シンクロ:同調)]

「気付かれたって・・どうするの?」と、亜美が言った。
橋をくぐって、沖へ出ると、アントニオは船を停止させた。
小型モーターボートは、クルーザーが通り過ぎたのを確認すると、漁港から出て、浜名湖大橋をくぐって、真っすぐ沖へ向かった。
「沖あいには、これといった島はないはずだが・・。」
一樹は小型モーターボートの動きをGPSで確認しながら呟く。
「あのボートでは遠くには行けない。おそらく、沖合で別の船が待ってる。」
アントニオが応えるように言った。
それを無線で聞いた生方が言う。
「沖合に、ハンマリンという外国籍の船が停泊しています。」
それを聞いた剣崎が厳しい口調で言った。
「見失わないようしっかり追跡しなさい!」
同時に、タブレットに、船の位置が送られてきた。
「了解しました!」
アントニオは楽しそうに返事をした。
「一樹さん、そこに、望遠鏡があります。様子を見張って下さい。」
一樹は言われるまま、望遠鏡を取り出して、船の居る方角を見る。そこには、大型の貨物船が停泊しているのが見えた。
「まさか、あの船で海外に行くつもりじゃないだろうな・・。」
望遠鏡を覗きながら、一樹が呟く。それを聞いて、亜美が一樹から望遠鏡を取り上げ、同じように貨物船の方を見る。
小型モーターボートは、まっすぐに貨物船へ向かっている。間違いなく、あの船に乗り込むつもりだった。
モーターボートが貨物船に横付けし、人影が貨物船に移るのが見えた。すると、すぐに、モーターボートはそこを離れ、港へ戻っていく。
「片淵亜里沙だけを乗せたようだな。やはり、マンションの事件の犯人は彼女か。どこかへ身を隠すつもりだろうな。」
一樹はじっと貨物船を睨み付けて呟く。
アントニオは、モーターボートが湖の中へ戻ったのを確認して、ゆっくりとクルーザーを動かし始めた。そして、貨物船の様子が判る辺りで、クルーザーを停めた。
「どうしたの?」
亜美がアントニオに訊く。
「残念だけど、このまま近づいても、あの船には乗り込めない。」
その頃、信楽に居た剣崎たちは、浜松へ向かうため、新名神を東へトレーラーを走らせていた。
剣崎は、車中で、テレビニュースを確認している。
「今朝早く、信楽の山中にある別荘が爆発炎上し、身元不明の遺体が多数発見されました。この別荘は、前国家公安委員長の覚王寺氏所有で、今回の事故との関係について、覚王寺氏への事情聴取に入るものと思われます。」
番組のキャスターが短く、ニュースを伝えた。映像は、規制線が張られた別荘の入り口辺りを写していた。
チャンネルを切り替えるが、どこの局もほぼ同様の扱いだった。テレビを切ろうとした時、画面の上に、テロップが出た。
『前国家公安委員長、覚王寺氏が行方不明。警視庁は一斉捜査開始。』
「やはり、そうなるわね。」
剣崎は、このことは予想済みだった。
「意図的にそういう情報を流したのでしょうね。行方不明となれば、捜索に時間がかかる。そのうち、今回の事件も忘れ去られ、大した話題にもならない。」
剣崎は大きく溜息をついた。
どれだけの悪事を暴いたところで、大きな権力を持つ者は、捕まらず罰を受ける事はない。EXCUTIONER(死刑執行人)の気持ちがなんとなく判るような気がした。
「生方、覚王寺の行方はどう?」
別荘への突入前から、剣崎は生方に、覚王寺善明の動きを探らせていた。
「それが、東京の自宅には戻っていないようですね。二日ほど前の夜、郊外のレストランを貸し切って、後援者とのパーティを開いていましたが、その後の足取りが不明です。パーティ会場から姿を消したことになっています。」
「意図的に行方不明の情報を流したわけではないということ?」
「ええ、そのようです。」
「二日前となると、私たちが動き始める前という事になるわね。・・変ね。」
「ええ、こちらの動きを察知し、事件が発覚する可能性が高くなったことを知って身を隠したと言う事でしょうか?」と、生方。
「いえ、身を隠したんじゃなくて、拉致されたという事じゃないかしら?」
「拉致?・・じゃあ、この事件、覚王寺が首謀者ではなく、別に黒幕が居るという事ですか?」
生方は驚いて剣崎に訊いた。
「おそらく、表だっては、覚王寺が動かしていたのかもしれないけど、その裏で糸を引いていた人物がいたと考えた方が自然でしょうね。」
「まだ、黒幕が居るんですか?」
生方は、げんなりした様子で呟いた。
剣崎は、覚王寺行方不明の報せから、この悪事の首謀者は、覚王寺ではないのではと考えていた。そして、それは、自分たちの動きを知ることができる人物の可能性が高いとも考えていた。
「黒服の男達も、館の女性たちも、おそらく、覚王寺氏の名は口にはしないはず。無関係で通すに決まってるわ。しかし、それでは済まさない!」
覚王寺が行方不明になっている今、何としても、片淵亜里沙を確保し、殺人容疑で尋問し、覚王寺氏との関係や更にその後ろに居る黒幕の正体を明らかにしなければならない。
「海上保安庁の協力を要請しましょう。」
剣崎は生方に指示する。
剣崎たちが、浜名湖の港に着くと、海上保安庁の高速艇が待っていた。
高速艇はすぐに、貨物船へ向かった。その連絡を受けて、アントニオも、クルーザー船を、貨物船へ向けて動かし始めた。
海上保安庁の高速艇の姿を確認すると、すぐ後ろをクルーザーが続く。
海上保安庁の貨物船に向け、無線とスピーカーで呼びかけると、貨物船のハッチが開き、タラップが降りて来た。
高速艇とクルーザーは貨物船に横付けされ、海上保安庁の保安官とともに、剣崎、一樹、亜美、カルロスが貨物船に乗りこんだ。

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囮の女性-3 [デジタルクライシス(シンクロ:同調)]

「小型船から人が乗り込んだのが確認された。不法出国の疑いで捜索する。」
保安官が厳しい口調で、船長に告げる。
船長や船員たちは、厳しい顔で聞いている。
「さあ、捜索しましょう。」
剣崎はそう言うと、一番先に、船内に向かった。一樹や亜美、カルロスも手分けして船内を探す。保安官も乗り込み、船内の一斉捜索が行われた。
30分が経過した時、貨物船の船倉にあるコンテナに、女性が数人隠れているのが見つかった。すぐに、取り押さえられ、甲板に連れて来られた。
その女性たちは、明らかに外国人だった。東南アジア系の顔立ちをしている女性が多かった。
「片淵亜里沙がいない!」と、一樹が叫ぶ。
「あの女性、片淵亜里沙の服を着ているわ。」
すぐに亜美がその女性に近づいて訊いた。
「ねえ、これ、どうしたの?」
怯えた表情を浮かべている女性に、亜美が訊く。
「モラッタ。コレ、キテイケバ、フネデ、クニへ、カエレル。」
片言の日本語で、彼女は答えた。
「どこで?」
と、一樹が強い口調で訊く。
訊かれた女性は怯えて、口を噤んだ。
「ねえ、教えて?いつ、どこで貰ったの?」
亜美が、優しく尋ねると、その女性は、一樹の顔を睨みつけながら答えた。
「ミナト、サッキ、モラッタ。キテイレバダイジョウブ、イワレタ。」
「しまった!」
一樹が悔しがる。
片淵亜里沙は追跡されている事に気付き、衣服にGPSが着いている事も見抜いていた。この女性は囮だった。
「片淵亜里沙の方が一枚上手だったようね。」
剣崎は、そういうとあっさりと引きさがり、海上保安庁の保安官に礼を言い、クルーザー船へ戻った。
海上保安庁の保安官は、貨物船で見つけた不法出国者を集め、本部へ連れて行った。
「まだ、港近くにいるかもしれません。戻りましょう。」
一樹が、剣崎に言う。
「いえ、もう良いわ。信楽の事件を担当している部署へ任せましょう。我々は、もとの任務、EXCUTIONERの捜査に戻りましょう。」
一樹も亜美も、剣崎が急に態度を変えたように感じた。
「しかし・・。」
「囮まで用意していたという事は、追跡している事を想定し準備していたはず。充分に逃走可能な作戦でいるのなら、追ったところで無駄でしょう。アントニオ、港へ戻して。」
剣崎はそう言って、クルーザーのキャビンにある大型ソファーに座り込んで、目を閉じた。
一樹は、クルーザーのデッキで海を眺めながら、事件の事を考えていた。気になるのは、片淵亜里沙が逃走した事だったが、それに手を貸した男と、あの現場で見かけた黄色い頭髪の男の事だった。
組織的な犯行は間違いない。そもそも、今回の事件発覚のきっかけは、マンションでの殺人事件だった。
組織がマンションの男の殺害を計画したのなら、自身が命取りの策に出た事になる。警察の動きに気付かなかったとしても、それなら、なぜ、片淵亜里沙の逃走計画はあれほど完ぺきだったのか。
何か、今回の事件全体に矛盾が多いような気がしてならなかった。
「俺たちの動きは、確実に知られていた・・だが、誰が?・・黒服の男達なら敢えて危険を冒してまで、マンションの男の殺害はしないはず。それに、片淵亜里沙だけを逃がすというのも変だ。」
一樹は、頭の中に、疑問ばかりが浮かんできて収拾がつかなくなってしまった。こうした時、亜美がブレイクスルーする役割だった。だが、亜美は、疲れ切って眠ってしまっていた。
1時間ほどでクルーザーは港へ戻った。
そこには、生方が乗っているトレーラーも来ていた。
「皆さん、疲れているから、今日はもう休みましょう。」
アントニオが陽気に言う。
剣崎とカルロスも納得して、それぞれのトレーラーに戻った。一樹と亜美もトレーラーに戻り、部屋で横になった。
翌朝、剣崎は、一樹と亜美、そしてレイを集めた。
「昨日、片淵亜里沙の服を回収し、サイコメトリーしました。」
剣崎は、ビニール袋に入った服を取り上げて言う。
「それで・・。」
と、一樹が言い掛けると、剣崎が一樹を睨みつける。
「判った事があります。」
剣崎はそう言うと、マイクスイッチを入れて、生方に指示した。すると、大型のモニターに写真が出た。それは、片淵亜里沙の写真だった。
「彼女は片淵亜里沙。矢澤刑事も紀藤刑事も、顔は見ているわね。マンションの防犯カメラに残っていた映像から、生方が修正したものです。」
二人は頷く。
「彼女には捜索願が出ていました。その頃の写真をいくつか入手しました。」
モニターに映像が出る。家出前に撮られたものだと想像できた。
「本当に、これが彼女なんですか?」と亜美。
「ええ、顔かたちは随分変わっている。おそらく整形されたんでしょう。」
剣崎はそう言うと生方に、二つの写真を合わせて共通点を示した。
「ありがとう。もう良いわ。」
剣崎はそう言うと、マイクスイッチを切った。
「昨日、サイコメトリーで見た映像には、彼女の傍に男が居ました。マスクとサングラスで顔は判別できませんが、黒服の男ではありません。彼女の表情から、彼に対して信頼している感情が感じられました。彼からも、彼女を守ろうという意思が感じられました。二人は組織から逃げたのだという見方が、正しいのではないかと考えます。」
剣崎は驚くべきことを口にした。

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囮の女性-4 [デジタルクライシス(シンクロ:同調)]

「そんな人物がいたなんて・・。」
と、亜美が言う。
「マンションで、男を殺したのは、その男の可能性があるということですか?」
と、一樹。
「おそらく。彼は、我々同様にセキュリティを解除して侵入した。生方がマンションのセキュリティシステムを解析したところ、あなたたちがマンションの部屋の前に着く、少し前に一度、ロックが解除されていました。廊下の監視カメラ映像も改ざんされていた。そうとう、コンピューターシステムに長けた人物によるものでしょう。」
剣崎は説明する。
「待ってください。という事は、その人物・・仮にXと呼びますが・・Xも、黒服の男達の動きを察知していたという事になります。それに、部屋に行くのが片淵亜里沙だという事も全て知っていたという事になります。それほどの情報をどこで入手できたんでしょう?」
一樹が訊く。
「まさか、そのXが、EXCUTIONERなのかしら?」
と、亜美が呟く。
「おそらく、そういう可能性が高いと思います。」
剣崎が言う。
「やはり、あの時、追っていれば・・。」
一樹が悔しそうに言う。
「おそらく、Xは、追ってくることも想定していたはずです。そのためにいくつか策を講じていたはず。今、静岡県警で、港の聞き込みをしています。見慣れぬ人物が居なかったか、何か依頼を受けた者はいなかったか、日ごろとは違う小さな変化や違和感まで拾えるよう、丁寧な捜査をお願いしました。」
「じゃあ、我々も・・。」
と一樹が立ち上がろうとした時、剣崎が制止した。
「昨夜、貨物船で逮捕した外国人女性の話をもう少し聞いてきてください。もし、片淵亜里沙とともに逃亡している男が、EXCUTIONERならば、彼女は唯一、接触した人物という事になります。彼女の口から、彼についてどんな些細な事でも良いから聞きだしてきてください。」
一樹も亜美も、昨夜の囮の女性のことが気になっていた。
港で片淵亜里沙の上着を貰ったというが、余りにもタイミングが良すぎる。偶然、そこに居たとは考えにくかった。
直ぐに、一樹と亜美は、海上保安庁へ向かった。
その女性は、身元照会中のため、海上保安庁の留置施設に留め置かれ、不法出入国の罪で、手錠もかけられていた。
面会室で、彼女と面会する。
「ワタシ、ナニモ、シラナイ。」
囮になった女性は、その言葉を繰り返している。亜美が優しく問いかけても、それ以上の事を口にしそうになかった。
「このままだと、強制送還されるのよ。」
と亜美が働きかけると、
「カエリタイ。ハヤク、カエリタイ。」と返答した。
ただ時間だけが過ぎていく。そのうち、彼女の身元が判った。
「え?これってどういうこと?」
海上保安庁からの報告書には、≪国籍:日本 本名:伊藤ナディア 年齢:16歳≫と記載されていた。
「あなた、日本人なの?」
亜美が驚いて訊くと、その女性は、ようやく観念したように口を開いた。
「わかっちゃった?しょうがないなあ。すぐに判るとは思わなかったんだけどね。」
悪びれる様子もなく、あっさりと答えた。
「名古屋でね、声を掛けられたんだ。ちょっと危険だけどお金になるバイトがあるって。ほら、私、外見では外国人でしょ?それで良いんだって言われたの。それで、昨日、あの港で待つように言われて、そこで、服を貰って、モーターボートに乗ったの。」
彼女は、アルバイトのつもりのようだった。
「そのまま、外国に連れて行かれるって考えなかったの?」
亜美が訊くと、
「それもいいかなって・・日本に居ても良いことないし・・お金もないし・・体売って生きるのもいいかなって・・・。」
「それで、貴方にこんなことを頼んだ男は?」と亜美。
「男?違うわ、女性よ。」
「女性?」
「ええ、そう。ポンと百万円見せられて頼まれたの。」
「いつ?」
「いつだっけ。昨日、あそこに行ったから、一昨日かな?そうそう、ほら、マンションで殺人事件があったでしょ?あの日の夜だった。すぐに、名古屋から電車で浜松へ向かって、言われた通り、港で待ってたのよ。」
自分が囮にされた事など気にしていない様子で話した。
「どんな女性?」
「どんなって言われても・・。中年のおばさん、スタイルは良かったかな。着ているものも上品だったような・・大きなサングラスをしていて・・・。」
彼女の記憶は曖昧なものだった。
「名前は訊いた?」
「うん、え、なんだっけ・・ちょっと難しい名前・・お寺みたいな・・そうだ。覚王寺って言ったかな?」
「覚王寺?」
「うん、そうそう。」
おそらく偽名だろう。覚王寺の名を使ったことからも、この囮からも、覚王寺に繋がるようにしていたとすると、やはり、片淵亜里沙の逃亡を助けているのは、この事件を深く知る人物に間違いない。
「なんで、こんなこと、引き受けたの?」と亜美。
「即金でくれるっていうから・・。」
「それで、お金はどうしたの?」
「ママにあげた。ていうか、ママに送った。きっと、今頃、喜んでいるわ。」
彼女は、夜のうちに、裏世界の送金システムを使って、送ったようだった。

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囮の女性-5 [デジタルクライシス(シンクロ:同調)]

「え?ママって?」
「インドネシアに居るよ。去年、強制送還されたから。不法滞在だって。20年近く日本に居たのに、突然、帰れって・・これって、おかしくない?」
これ以上、彼女の話を聞いていても、EXCUTIONERには近付けないように感じて、面接を終了した。
囮になった彼女は、身元が明らかになったことでおそらく、名古屋へ戻されるだろう。彼女自身の心の中には、母のいるインドネシアに行きたいという思いがあったのかもしれなかった。だが、それは、一樹や亜美がどうにかしてやれるものではなかった。
「ヒントは残しながら、全く近づけない様にしているわね。」
亜美は、海上保安庁の建物を出て、車に乗ると、溜息をつきながら言った。
「だが、一つ収獲だったのは、あの事件で急に囮を準備しようとした事が判ったことだ。おそらく、その女性を見つけてもEXCUTIONERとの面識はないだろう。誰かに頼まれたという範囲で、元をたどることはできないかもしれない。だが、片淵亜里沙がマンションに行くことに決まり、EXCUTIONERも、救出・逃亡の準備を慌てて始めたんだろう。きっと、どこかに隙があるはず。」
一樹は、亜美と囮になった女性のやり取りを注意深く聞きながら考えていたようだった。
「あの貨物船に、不法出国の女性がいることも利用しているんだ。かなり、そうした裏情報にも精通した奴に違いない。・・もしかしたら、片淵亜里沙とその男も、出国しようとしているということか?」
海上保安庁でのやり取りや、車の中での二人の会話は、無線を通じて全て剣崎にも聞こえていた。
「矢澤刑事、その可能性は否定できないわね。周辺に居る船舶を調査するよう、海上保安庁に要請しておくわ。」
と、剣崎から返答があった。
「二人は名古屋へ向かって。・・彼女が依頼を受けた場所周辺で、目撃者がいないか、愛知県警に依頼をしているけど、自分たちでも調べてみて。その女性は確かに居たはずだから。」
剣崎には、何か気になることがあるようだった。
二人が海上保安庁の門を出ると、アントニオが既にトレーラーを運転して迎えに来ていた。
「さあ、乗って下さい。名古屋までドライブです!」
アントニオは陽気な声でトレーラーを走らせる。
一樹と亜美は、名古屋に着くまでの間、トレーラーでしばしの休息を得た。
まるで細い糸を手繰るような捜査だ。このままでEXCUTIONERに近付くことができるのだろうか。一樹はぼんやりと、窓の外を見ている。
2時間程で、伊藤ナディアが、上品な女性から依頼を受けたという、名古屋駅の西側にある駅前広場に着いた。
多くの人が行き交っている。愛知県警の捜査員が二人の許へ来て、聞き込みの状況を報告したが、取り立てて有力な情報はなかった。
「まあ、これだけの人が行き交っている場所だからな・・二人が話している事は目に入っていても、気に架ける人などないだろうな。」
こんな場所で目撃証言を得るなど不可能に近い事は、これまでの経験から充分推測できた。
「だが、これだけ人が居る中で、女性は偶然、ナディアに声をかけたわけじゃないだろう。彼女の身の上を知ったうえで、近づいたはずだよな。」
一樹が呟く。
「彼女がよく行っていた場所、勤めていた店はどうかしら?確か、彼女、ガールズバーに勤めていたって言ってたはず。」
と、亜美が言う。
「ああ、そうだな。そこで彼女の身の上を知っていたということかもしれない。」
彼女の供述をもう一度確認し、栄周辺の歓楽街へ向かった。
そこは、以前にガサ入れした「エメロード」の近くだった。雑居ビルの一つに、彼女が勤めていたガールズバーがあった。まだ、開店前のようだったが、ボーイが掃除をしていた。
「この娘、知ってるな?」
入口の前を、掃き掃除しているボーイに、ナディアの写真を見せながら、一樹が声をかける。
ボーイは、怪訝な顔をして一樹を見る。ちらりと警察バッジを見せた。ボーイは何か慌てた様子で、店の中へ隠れようとする。
「おい、別に、取り締まりに来たんじゃない。彼女のことを知りたいだけだ。」
一樹は、ボーイを追って、店の中へ入った。
数人の女性がカウンターの中に居た。見るからに未成年のようだった。一樹はボーイの首根っこを押さえ、捕まえると、ボックス席に座らせた。
「彼女、ここで働いていたんだろ?」
一樹は少し凄みのある声を出して、ボーイに訊くと、ボーイは小さく頷く。
「彼女をひいきにしていた客は?」と、一樹が尋ねる。
すると、ボーイがカウンターの中にいる女の子の方を見た。
「そうか、お前より彼女たちの方が詳しいってことか。」
一樹は、ボーイを解放すると、カウンターに寄りかかって、今度は、女性たちに同じ質問をした。
「正直に教えてくれれば、未成年だという事は見逃してやるよ。」
一樹は、少し悪ぶって言った。
すると、一番年上に見える女性が口を開いた。
「ナディアはあまり客とは仲良くならなかった。見た目で、皆、同じ質問をするのが嫌だって・・ほら、彼女、見た目、外国人でしょ?必ず、どこの国の人って聞かれるんだ。もう嫌気がさしてたって・・。」
それを聞いて、亜美が訊いた。
「でも、彼女の身の上を知ってる人はいるでしょ?」すると、その女性は答えた。「確か、一人・・少し前に、治療してもらったって言ってた・・歯医者さん。何て言ったっけ?」
その女性が言うと、カウンターの中に居た女の子たちは顔を見合わせた。皆、知らない様子だった。歯医者と聞いて、一樹が、思い出して訊いた。
「もしかして、その歯医者って、安西って言うんじゃないか?」
「ええ・そうそう、安西って言ってた。」
「ありがとう。」
一樹と亜美は、彼女たちに礼を言い、すぐに安西歯科医の許へ行くことにした。

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囮の女性-6 [デジタルクライシス(シンクロ:同調)]

「ここで、安西につながるとは思わなかったな。」
一樹は、事件の核心に一つ近づいたような気がしていた。
「剣崎さんに報告は?」
と亜美が訊く。
「いや、まだ、止めておこう。前から気になっていたんだが、EXCUTIONERは、俺たちの動きを知っているみたいだ。剣崎さんに知らせると、安西も姿を消すかもしれない。」
「外部に情報が漏れてる?・・そんな、みんな、剣崎さんが集めた精鋭だって言ってたんだから、そんなことないでしょう?」
「内部から漏れてるとは限らない。外部から不正アクセスされてることだって考えられる。とにかく、このまま、安西のところへ向かうぞ。」
一樹は、足を速めた。
自分たちの動きもすでに知られているかもしれない。一刻も早く動かなければならない。一樹はそう考えていた。
安西歯科医は、夕刻からが診療時間だった。夜の仕事をする女性たちを相手にしているからだった。雑居ビルの中に入る。以前と同じように、受付の前の長椅子に、女性が一人座っていた。明らかに、夜の仕事をしている女性と判る。
診察室の中から、声がして、その女性が入って行った。ほんの10分ほどで女性が出てきて、薬を受け取り、帰って行った。待合室には誰も居なくなった。
「安西さん、久しぶりです。」
一樹が、受付の小窓から覗き込むようにして声を掛けた。だが、診察室には、人影がない。つい先ほど、薬を処方したはず。逃げられたか?そう思って、一樹が診察室のドアを勢いよく開ける。
「おいおい、乱暴にするなよ。壊したら弁償してもらうぞ!」
安西医師は、奥のトイレから出てきたところだった。
「おや、刑事さん。どうした、また、何か訊きたい事でも?」
安西医師は、そう言うと、受付の前の椅子に座る。
「伊藤ナディアを知っているだろ?」
一樹は、安西の余裕の表情に、少し苛立った様子で訊いた。
「ああ、ナディアは知っているが・・。」
「今、海上保安庁に留置されている。ある事件にかかわった疑いで。」
「そうか・・昔からやんちゃだったからな。どうせ、金目当てに悪事に加担したんだろう。少し、お灸を据えてやった方がいい。」
安西は、あくまで自分は関係ないという素振りだった。
「ナディアは、ある女性に仕事を頼まれたと供述している。心当たりは?」
一樹はやや高圧的に、安西に質問した。
安西は、ポケットから煙草を取り出して火をつけた。
診察室の中に、煙が漂う。
「ここに来るのは、訳アリの女たちばかりだ。怪しい奴ばかりさ。心当たりといわれてもなあ。」
安西は、大きく煙を吐き出して、文字通り、煙に捲くように答えをはぐらかした。
「信楽の事件のことは知っているでしょう?」
一樹が、質問を変える。
「ああ、あれだけの事件だ、ほぼ一日中、ニュースで取り上げられていたんだ。知らない者などいないだろうな。」
「ことの発端は、神戸由紀子の殺害事件でした。あなたが知ってることを話してくれませんか。」
一樹が、やや声を和らげて言う。
「サチ・・か。可哀そうな娘だったな。」
安西は、小さく呟くと、タバコの火を消した。そして、診察室の奥の部屋へ入り、何かを探しているようだった。
「ほら、これ。」
安西は、そう言うと、カルテの束を一樹に渡した。
「これは?」
「ここで歯を治療してやった女達だ。」
一樹は、何枚かに目を通す。普通のカルテに紛れるようにして、幾つかのクリップで留められた厚いカルテがある。
それには、女達の顔立ち、身長、体重、体型、髪の色など細かく記されている。そして、どれも、全て、プリンターで印刷されたものだった。その上に、安西が付け足した文字が並んでいる。
「たくさんの女を治療した。だが、中に不自然な歯型の女がいた。明らかに、整形の跡があった。矯正程度じゃない。まるで、別人に仕立てているような感じだった。だから、気になって、そういう女のものを記録しておいたんだ。」
「別人?」
と、亜美が訊く。
「ああ、歯型は容易には変わらない。だから、身元不明者は歯形で特定するだろ?それを意図的に変えている。それも相当巧妙に。ある程度大きい設備の病院でないと出来ない様な手術さ。」
安西にそう言われて、一樹は、その中に片淵亜里沙の名を探す。いずれもきっと本名などではないだろう。予想通り、それと思えるような人物の名はなかった。
「どこの病院か、までは?」
一樹が訊く。
「それは無理だ。足が着くようなことはしないだろう。病院とは限らない。相当、資産のある奴が組織的にやってるとすれば、どこかの病院を買収することだってあるだろう。・・まあ、それを調べるのは警察だろう。」
安西は、以前に一樹たちがここへ来た時と同じような答え方をした。
「いずれにしても、訳アリな女達を別人に仕立てて、なにをしていたのか、まともな事じゃないだろう?サチが殺されたように、きっと、このカルテの女たちは、皆、可哀そうな生き方をしてるに違いないさ。」
半ばあきらめたような表情を浮かべて、安西は言った。
「どうして警察に・・・。」
と、亜美が口にしかけたところで、安西が小さく微笑んで言った。
「警察が、この町の彼女たちを、守ってくれるっていうのかい?・・お嬢さんは、きっと何不自由なく育ったんだねえ。・・ここは、そんな世界じゃない。・・ここに来る女達を知ってるだろ?」

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囮の女性-7 [デジタルクライシス(シンクロ:同調)]

安西の言葉に、亜美が顔を紅潮させて反論しようとした。
だが、一樹が制止した。
「行こう。ここは、俺たちの生きてる世界とは違うんだ。」
一樹はそう言うと、安西からカルテの束を受け取ると、そこにあった紙袋に詰めて、服の中に隠し持つようにして、外に出た。
亜美は納得できないまま、一樹の後に続いた。
「どうしたの?安西からもっと話を訊いた方がいいんじゃないの?」
繁華街を歩きながら、亜美は一樹に食い下がる。
「彼は、核心に迫る話はしないだろう。この街でこれからも生きていくには、余計なことに首を突っ込まない事なのさ。とにかく、今は、このカルテから事件の真相を探り当てることが俺たちの仕事だ。」
一樹はトレーラーに急ぐ。
もしかすると、すでに組織に見張られているかもしれない。とすれば、トレーラーに戻るまで襲われる可能性もある。一樹はそう思いながら、急いだ。
一樹と亜美は、トレーラーに着くと、紙袋からカルテを取り出した。
おびただしい数のカルテだった。そこには、一人一人の細かい身体的データとともに、歯型を示す図が書かれている。
紙が変色していて、かなり古いものもある。新しいカルテには、顔写真もついていて、氏名もきちんと書かれていた。
「3年位前から、カルテが変わってるな。」
一樹が、カルテを調べながら呟く。
「ねえ、カルテには皆、変な模様が書き込まれてるわ。」
亜美が1枚を取り上げて、一樹に見せる。
それは、水野裕也の首筋にあった入れ墨にどことなく似ていた。
「おそらく、安西が書き込んだマークだろう。安西も、闇の組織の存在に気付いている。だからこそ、口を噤んできたんだろう。」
「剣崎さんに報告しましょう。」
亜美が言うと、一樹は首を横に振った。
「報告すると、安西の身が危うくなる。」
「どういうこと?」
「剣崎さんに報告すれば、先に手を打たれる可能性がある。」
「じゃあ、どうするの?」
「まずは、俺たちだけで調べる。古いものはともかく、新しいものは、写真や名前が書かれている。これを一つ一つ調べて行こう。何か、組織に繋がるヒントがあるはずだ。」
一樹はそう言うと、手元の新しいものをテーブルに並べて、スマホのカメラで写した。それから、紙袋に戻すと、トレーラーの自室の棚の奥にしまった。

一樹は、まず、神戸由紀子のカルテをもとに、彼女の過去を調べることにした。
名前、出生地、家出した経過、そしてどこで行方が判らなくなったのか。そこが、きっと、組織との接点だと考えたからだった。
一方、亜美は、警視庁のデータベースから、カルテに書かれた条件に合う女性が、行方不明者リストにないかを調べることにした。
剣崎には、伊藤ナディアに仕事を依頼した女性を捜査しているが、報告できることがないと嘘の報告をした。
剣崎は、その報告を素直に受け止め、追及はしなかった。剣崎自身、これまでの捜査状況から、ある可能性を考えていたからだった。
一樹は、神戸由紀子のカルテを手掛かりに、彼女の出生地へ向かった。
出生地は、静岡の山間の小さな町だった。身分がばれないよう、不動産屋のふりをして、小さな町へ入った。過疎化が進んでいて、空き家が目立つ。行き交う人もまばらで、大半は高齢者だった。
一樹は、カルテに書かれていた住所に立った。だが、そこは、すでに更地になっていた。山の畑から戻ってきた様子の老婆がいた。
「すみません。ここの土地の持ち主を知りませんか?」
老婆は訝しげな表情を浮かべて、一樹を見る。
「いや、私は不動産屋で、お客さんから、山間に別荘を持ちたいから土地を探してくれと頼まれていまして・・ここらは静かで、お客さんの要望にピッタリなんですよ。これくらいのところを探していまして・・ご存じありませんか?」
「ここの者は、居なくなったよ。今は、町が管理してるはずだ。役場で訊きな!」
老婆は、言い捨てるようにして去って行った。
「彼女の事を知る者は居ないか・・。」
ふと見上げると、学校がある。学校なら、何か手掛かりがあるかもしれない。そう思い、急いだ。
坂を上ったところに学校があった。古い門を入ると、木造の校舎がある。玄関の前で愕然とした。玄関は閉ざされていて、ガラクタが積み上がっている。随分前に廃校になったようだった。
「どなたですか?」
不意に、後ろから声を掛けられた。
振り返ると、警官が立っていた。
「町の中を見慣れぬ男が歩き回っていて怪しいと通報がありまして・・。」
真面目そうな警官だった。
一樹は警官に近付き、そっと、内ポケットにしまっていた警察バッジを見せた。その警官が思わず口を開きそうになったので、手で口をふさいだ。
「ある事件の捜査でこの街にきたんです。この娘を知りませんか?」
一樹は、スマホから整形前の神戸由紀子の写真を見せた。若い警官なので、知るはずもないだろうが、何か手掛かりを得られればという思いで訊いた。
「おや?これって由紀ちゃんじゃないか?」
若い警官は思いもよらぬ反応を見せた。
「詳しく訊かせてくれませんか?」
一樹はそう言うと、人目に付かないように、閉ざされた校舎の裏へ回った。
警官は、高杉といい、この街で育った。当然、神戸由紀子は同じ小学校、中学校に通っていた。

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偽名の男-1 [デジタルクライシス(シンクロ:同調)]

「中学生の頃、随分荒れていました。複雑な家庭事情があったようですが、なにぶん私も子どもでしたから詳しくは聞いていません。父親が暴力をふるうとか、借金があったとか、噂は多いですが、どれも本当かどうか。由紀ちゃんは、中学校卒業後、すぐに、家を出ました。私は、彼女より一つ歳下でしたから、学校で知ったんですが・・。」
「家を出てどこへ行ったとかは?」と一樹。
「まあ、ありきたりですが、東京へ行ったんだと聞きました。」
「その後のことは?」
「彼女がどこにいたのかは知りませんが、彼女が家を出て直ぐに、母親が亡くなり、父親も姿を消しました。」
さっきの老婆が、皆居なくなったと言ったのはそういう事なのかと一樹は考えた。
「誰か親しい人は居ませんでしたか?東京に知り合いがいるとか・・。」
一樹が訊く。
その警官は少し考えてから、自信なさげに答えた。
「親しかったといえば、水野裕也さんでしょうか・・。」
突然、水野裕也の名前が出て、一樹は驚いた。一樹はすぐにスマホを開いて、水野裕也の写真を開いて見せた。
「この人ですか?」
警官はじっと写真を見ながら、少し頭を傾げるようにして答えた。
「似ているような気もしますが・・何だか別人のようにも思えます。彼は随分秀才で、地元の進学校から東京の大学へ進みました。同世代の人間なら、皆、知っていますよ。・・四つほど年上だったので、由紀ちゃんが中学を出た時、水野さんは東京の大学に行ってました。家が近所で、幼い頃、よく遊んでもらったと言ってましたから、家出した時、彼を頼って行ったはずです。」
一樹は、その警官に頼んで、二人がこの街に居た頃の写真を探してもらう事にした。そして、水野裕也の身内が居ないかも併せて調べてもらう事にした。
「何か判ったら、連絡してください。」
一樹はその足で、東京へ向かった。途中、水野裕也が在籍していた大学が判明したと警官から、連絡が入った。
東京駅に着くと、すぐに大学へ向かう。
「水野裕也・・ああ、これですね。」
大学の学生課の職員が、記録を開いて見せる。入学時の学生証作成のために提出した書類だった。小さな写真が貼り付いている。一樹は凝視した。
「これが、水野裕也さんですか?」
一樹が少し不信感を持って訊いたので、職員はもう一度書類を確認して答える。
「間違いありません。ただ、彼は中退しています。」
「なにか、事情があったのでしょうか?」
「ええと・・ああ、学費の滞納のようですね。それ以上のことは判りませんね。」
対応した職員は、記録の上だけで、彼のことは知らない様子で、ここまでかと一樹は諦めかけていた。
そのやり取りを聞いていた別の職員が顔を出した。対応した職員より随分年上のようだった。
「彼のことなら覚えていますよ。学費の件で何度か相談を受けていましたから。両親の商売が失敗したと聞きました。奨学金の話もしたのですが、かなりの借金があったようで難しい状態でしたね。彼も連帯保証人にされているようでした。」
「退学した後のことは?」
「さあ・・ただ、一度だけ、新宿駅で彼によく似た人物を見かけました。髪を黄色く染めて・・そう、ホストって言うんですか?そういう感じで女の子に声をかけていたんです。つい、私も気になって声を掛けたんですが、無視されました。他人だったのかもしれません。」
一樹はすぐに新宿駅に向かった。
もし、彼がここに居たとしても、恐らく手掛かりを得るのは難しいだろうと考えながら、新宿駅西口に立った。大勢の人が行き交う場所。サラリーマンや主婦、学生、皆、忙しそうに目の前を歩いていく。
ふと看板に目がいった。
「新宿バスターミナル」一樹も昔、金がなかった頃、橋川市から東京へ向かう夜行バスを使ったことがあった。家出した神戸由紀子も、東京へ向かう時にはおそらくこのバスを使ったに違いない。
もしかしたら、と一樹は思いつき、亜美に電話をした。
「あのカルテのことで何か判ったことは?」
「あの館から見つかった遺体のうち3人は、このカルテの女性だったわ。」
「やはりそうか・・安西医師の予想通りだな。他に判ったことは?」
「今、3人の身元を照会しているところなんだけど、・・これといった収穫は・・」
「片淵亜里沙も行方不明者だったな?」
「ええ、そうよ。」
「そうか・・なら、片淵亜里沙が何処へ行ったのか、判る範囲で調べてみてくれ。それと、捜索願の出ている女性とカルテを照会してくれ。おそらく、皆、家出して東京に出て行ったはずだ。彼女たちが最後に目撃された場所、あるいは家出した後向かった場所が判れば良いんだが・・。」
「判ったわ。でも、整形していて、どこまで判るか・・そっちはどう?」
「神戸由紀子は、同郷の水野裕也を頼って東京へ出たところまでは判った。」
「水野裕也って・・まさか、あの?」
「ああ、そうだ。故郷では随分秀才だったようで、東京の大学へ進学していた。だが、家庭の事情で退学していた。その後のことはこれから調べる。おそらく、二人は東京で出逢い、暫く一緒に居たはずだ。闇の組織との接点も見つかるはずだ。」一樹は、亜美には、そう言ったものの、水野裕也がどこにいたのか、手掛かりは持っていなかった。止む無く、新宿駅周辺を歩き回り、水野裕也と同じくらいの年齢の男を見つけては片っ端から尋問していった。
駅から少し離れた場所まで来た時、路地のゴミ箱に腰かけて、タバコを吸っている若い男がいた。髪の毛を黄色と緑色に染め分けていて、まともには見えなかった。「あれ?これって裕也じゃん。」
写真を見せたとたん、若い男が、ふざけた口調でそう言った。
「知ってるのか?」
「ああ・・いつもユキと一緒に居たから。あいつ、ユキのヒモでさあ、良い御身分だよなってからかってたから・・。」
応えている男も相当ふざけた生き方をしているようにしか見えないが・・と一樹は内心、思いながら話を訊いた。

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偽名の男-2 [デジタルクライシス(シンクロ:同調)]

「二人はどこに住んでいたか知らないか?」
「そんなの、知るかよ!」
若い男は、そう言うと吸っていたタバコを投げ捨てて立ち上がろうとした。だが、力が入らないのか、その場に尻もちをついて座り込んだ。
「なあ、よく行ってた場所とか、店とか知らないか?」
若い男は、怠そうな表情を浮かべながら、口を開いた。
「この先の・・なんてったっけなあ・・ビル地下の・・ええっと・・」
若い男は思い出そうとするが浮かんでこない様子だった。
「名前は良い。場所だけでも判れば・・。」
一樹が若い男にそう言った所で、
「サリュって店さ。もう潰れちまったがな。」
と、横から別の男が入ってきた。
今まで話していた男と全く違う、少し年配の男性だった。細身で白髪交じり、苦労したような顔つきをしている。
「あいつはいかれてたよ。」
随分詳しいようだった。
「貴方は、水野裕也とは、どういう関係なんですか?」
一樹が少し、大人な口調で訊いてみた。
「サリュの元店長。金に困っているっていうんで、バイトで使ってた。初めは、よく働いてくれたし、根っから真面目で、いずれ、店を任せようかとも考えていたんだが・・。」
その口調には、どこか後悔を感じた。
「裕也は、少し、金ができると、家出した娘を集めて、随分、イカレた事を始めたんだ。それが、やばい奴らに見つかって姿を消した。殺されたんじゃないかって、皆、噂してたんだが・・何年か前にふらっと姿を見せた。高級そうな車に乗って、金をばら撒く様に使って・・随分、良い儲け口を見つけたみたいだったな。」
「何かあったんですか?」
「あんた、裕也に借金があったのは知ってるかい?」
「ええ、親が作った借金の保証人になっていたと・・。」
「ああ、そうさ。それで、身を隠していたらしい。だが、見つかって、しつこく付きまとわれて、困っていた。そんな時、同郷のユキが奴らに連れて行かれそうになった。借金を返さなくちゃ、ユキが売られる。やつは、仕方なく、悪事に手を染めたんだ。・・それが、さっきの奴が言っていたイカレた事さ。」
「いかれた事というのは、売春とか薬物売買とか・・そういう事ですね?」
「ああ、そうさ。だが、今度はここらを仕切る暴力団に見つかって・・まあ、人生ってのはどうなるか判らないもんだな。」
この男も随分苦労したに違いない、一樹はそう感じながら男の話を聞いていた。
「高級そうな車で現れた時の様子をもう少し聞かせてもらえませんか?」
一樹が言うと、男は周囲を見回して小声で言った。
「じゃあ、店に行こう。ここじゃ、ちょっとな。」
男が先導して、大通りから、一本ほど、裏道に入り、雑居ビルにある小さなバーに案内した。
「サリュが潰れて、今、ここの雇われマスターなんだ。」
店に入ると、小さなカウンターがある。
5人程座れば満席になるほどだが、棚には様々な洋酒が並んでいる。
「勤務中は飲めないか?」と店長が訊く。
外はもう夕暮れになっていた。一樹は、この男からもっと話を聞くべきだと思い、グラスでウイスキーをもらうことにした。
「正直にいいますが・・今、途轍もなく大きな事件に関連して、水野裕也と神戸由紀子の過去を調べているんです。何とか、その事件を解明したいんです。」
マスターは、手元にあったグラスにウイスキーを注ぎ、一樹の前に出した。
「この町には有象無象の輩が集まってくる。ちんけな悪人もいれば、巨悪もいる。裕也もユキも、そんな奴らが作った、落とし穴に嵌った可哀そうな奴なんです。」
マスターはそう言うと、自分の前にもグラスを出してウイスキーを注ぐ。
「でもね、刑事さん。本当の悪人はこんな街には近寄らない。自分たちは安全な場所に居て、裕也のような哀れな人間を操って楽しんでいるんですよ。」
「何か知ってるんですか?」
「裕也が久しぶりにこの町に来た時、少しだけ話したんです。」
マスターはそう言うと、少し黙って、記憶の糸を手繰る。
「身なりも人相も、以前とは随分違っていました。」
店長の記憶の世界に入る。

「裕也、お前、生きてたのか?」
地元の暴力団に目をつけられて、暫くは隠れるようにして暮らしていたが、ぷつりと消息を絶って、仲間内では殺されたんじゃないかと噂されていたからだった。
「何だ、潰れちまったのかよ?」
裕也は少し生意気な口調で、入り口のドアの貼り紙をぱちんと弾き、少し恨めしそうに見ながら、店長に答えた。
「お前、どこで何してた?」
「ああ、この通り、生きてるさ。・・まあ、捨てる神あらば拾う神ありってね。ユキも元気にしてるよ。」
随分上等そうなスーツを着ていて、派手な腕時計をしている様子から、まともな仕事ではないことは想像できた。
「今、どこにいるんだ?」
「まあ、いろいろ・・仕事があればどこだって行く。ちょっと、近くに用事があって懐かしくなって寄ってみたんだが・・随分、この町も変わったな。」
裕也はそう言うと、スーツのポケットから、見た事もないような怪しげな煙草を取り出し、高級ライターで火をつけ、吸った。
「まっとうな仕事じゃないんだろ?」
そう店長は訊いたが、水野裕也は薄笑いを浮かべるだけだった。
「ああ、そうだ。マスター、昔の借金、返しとくよ。」
裕也はそう言うと、背広のポケットから、札束を取り出して、マスターへ投げた。
「おい、こんな大金。」
「良いんだよ。随分、世話になったからさ。」
通りの向こうに、高級車が止まっていて、男たちが裕也を待っている様子だった。
「あいつらと一緒か?」
そう言って、車に視線を向けると、後部座席には、少女が座っていた。少し怯えているように見えた。
「まあ、今日、逢ったことは忘れてくれ。じゃあ、行くわ!元気でな。」

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偽名の男-3 [デジタルクライシス(シンクロ:同調)]

マスターは、記憶の中にある水野裕也のことを話し終えた。
「それ以上詳しい事は判りません。だが、あの頃、この界隈で、女の子が連れ去られる事件が頻発していたんです。・・こんな街だから、家出した子も多かったが、中には、普通に暮らしていた子も連れ去られることがあったんです。おそらく、裕也たちが関係しているんでしょう。」
「誘拐?」
「いや、そうとも言い切れません。家出した娘にとっては生きていける場所があれば、それでも良いはず。この町に居たって、風俗に身を沈めるくらいですから。」
信楽の別荘に居た女達や、名古屋の安西のカルテにあった女達も、少なからずそういう娘たちなのだろうと一樹は思った。
「裕也は女たちを集めてどこへ連れて行ったんでしょう?」
「さあ、だが、ここらじゃないでしょう。高級車は名古屋ナンバーでしたから。」
やはり、名古屋か。そうなると、ここで女達を集め、駒ケ根の館にいったん移し、どこかで整形手術を受けさせ、名古屋あたりで仕事をさせていたと考えられる。足がつかないよう、女性たちを転々と移動させたのだろうと想像できた。
EXCUTIONERはそれを辿りながら、駒ヶ根の館の老女や水野裕也を殺害し、名古屋で神戸由紀子や安藤を殺害、その後、信楽へと繋がって行ったと考えると、辻褄が合う。だが、EXCUTIONERは、何故、そんな組織に鉄槌を下そうとしているのか、動機が判らなかった。それに、闇の組織の首領は誰なのか、信楽の館で最後なのか、謎は深まるばかりだった。
「MMって聞いたことはないですか?」
不意に、マスターが切り出した。
「MM?」
MMといえば、あの水野裕也の殺害現場を借りていた「MMコーポレーション」が一樹の脳裏に浮かんでいた。
「ええ・・本当かどうか判りませんが、一時噂になっていた、闇の集団のことです。殺人や誘拐、スパイとか、とにかく、出来ない事はない。請け負った仕事は確実にやってくれるって・・。」
「マスター、その話、どこで?」
「私もこういう商売をしているんで、いわゆる裏稼業というか・・今じゃ、反社とかいうんでしょう?そういう知り合いもいないわけじゃない。そういう輩から何度か聞いたことはあったんです。」
刑事を前に口にするような話ではない事を重々承知したうえでマスターは話した。
「それに、水野裕也が関係しているってことですか?」
「いや、確証はありません。でも、MMって集団は、若い女性が暗躍しているとも聞いたので、ひょっとしたら、そういう人間を裕也が集めていたんじゃないかって考えたんです。まあ、何の証拠もありませんが・・。」
マスターは、一樹のグラスに、2杯目のウイスキーを注ぐ。
「さっき、家出した娘ではなく、普通の娘も・・と言われたようですが、それはどういうことですか?」
一樹はグラスを手にマスターに訊いた。
マスターは自分のグラスにも2杯目のウイスキーを注ぎ、一口飲んでから答えた。
「ああ、一時騒ぎになったんですよ。この先に、有名な進学校があるんですが、そこに通っていた女子高生が行方不明になったんです。ちょうど、裕也がこの町に現れた頃だったんで、もしかしたら、そういう事かもと思っただけです。」
「ちなみに、その子の名前は・・判りませんかね?」
もう数年前の話であり、おそらく、東京あたりでは珍しくもない事なのかもしれず、名前など判るはずもないと思いながら、念のために、一樹が訊いた。
「ちょっと待ってください・・たしか、取っておいたはずだが・・。」
マスターはそう言うと、カウンターの奥の厨房に入って行った。
暫く、何か探している様子で、1枚のチラシを持って戻ってきた。
「この子です。その子の母親がチラシを作って、町中で配っていました。」
手作りのチラシ、高校生の女の子が笑顔を見せた写真が大きく載せられ、「この女の子を探しています。情報をください」と書かれていた。
「いや、以前の店には、怪しげな男達も集まるんで、こういうのを貼っておくと、何か情報を耳にするかもと思って、1枚貰っていたんです。潰れた時にはがしたまま、棄ててなかったみたいです。」
名前を見て、一樹は驚いた。片淵亜里沙・・チラシにはそう書いてあった。
「この子の親は?」
「さあ。暫くは熱心にこのチラシを配って情報を集めているようだったが・・そこに書いてある連絡先も、今、使えるのかどうか・・。」
マスタ―の言葉を聞きながら、一樹はスマホを取り出して、チラシにある番号に電話を掛けた。
だが、『現在使われていません』という返答が返ってきた。
「マスター、ありがとうございました。大きな収穫です。また、何か思い出されたらご連絡を。」
一樹は、ウイスキー4杯分の代金と名刺を置き、店を出て、地元を所轄する警察署へ向かった。
所轄に着き、窓口で事情を説明したが、窓口の警察官は、「酒の臭いがする男が、捜査資料を見せろと騒いでいる」と報告したために、生活安全課の警官が数人、一樹を取り囲んだ。
一樹は、警察バッジを見せたが、信じてもらえず、所属する橋川署に確認の連絡が入ることになった。
「矢澤、どうしたんだ、こんな時間に。そんなところで何をしている?」
電話には、紀藤署長が出ていた。
「いや、ちょっと面倒なことになっただけです。剣崎さんの命令で、ある女性の行方を追っているんですが、その女性、拉致されたようなんです。ここに、当時の捜査資料があるので、見せてもらうために来たんですが・・・」
「事情は分かった。まあ、お前は警官らしく見えないからな。まあいい、担当者とかわってくれ。」
すぐに、電話を代わり、生活安全課の警察官が、紀藤から事情を確認した。その後、剣崎にも身元照会の電話を入れ、ようやく信用された。剣崎が何を話したかは判らないが、警官の態度が一変し、すぐに、2階の会議室に通された。
「片淵亜里沙さんの事件の資料ですね。すぐにお持ちします。」
随分と恐縮した様子で、夜勤の警官総動員で、資料が運ばれてきた。
一樹は、丁寧に目を通していく。

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