SSブログ

1-5 亀の瀬にて [アスカケ(空白の世紀)第6部 望郷]

船は、大和川を下り、亀の瀬に入った。
行く先、右手の丘陵には、勢の郷がある。
この辺り一帯は、カケルたちが大和入りをした時、地崩れに苦しんでいた場所だった。今では、川湊が開かれ、大和と難波津の交通の要衝として栄えていた。
川湊に懐かしい顔が見えた。イリとユラだった。
周りには二人によく似た若者たちが並んでいた。村人たちも周囲の岸辺から一目、先皇アスカの姿を見ようと集まっていた。皆、笑顔だった。
「イリ様とユラ様だ。今は、ここの大連として立派に治めていると聞いている。イリは、韓から来た船(せん)一族の男であった。大和入りの際、従者として難波津からこの地へきて、この地の苦難を克服するため、この地へ残った。」
カケルは、従者の4人に話した。
「確か、地崩れを防ぎ、川を治めたと教えられました。」
とユキヒコが言った。
「ああ、そうだ。その時はまだ二十歳になっていなかったと思うが、皆の力を得て、見事に成し遂げた。素晴らしき人物だ。」
それをじっとミンジュは聞いていた。
ミンジュも韓から来た一族の一人だった。
大和から乗ってきた小舟が川湊に着くと、体格の良い若者が小舟を押さえ、岸の渡し役となる。一同は岸へ上がった。
「よくおいでくださいました。」
イリとユラが、深々と頭を下げて出迎えた。周囲の者たちも一斉に頭を下げる。
「すまない、世話になる。」とカケル。
「何をおっしゃいます。先皇アスカ様にお越しいただけることは光栄なことです。ご覧ください、郷のすべての民が喜んでおります。ごゆるりとお休みいただきたい。館へご案内いたします」
イリは、満面の笑みで答えた。
川湊から、少し上がったところに館がある。そこまでの石段をゆっくりと登っていく。
カケルは、ふと、イリの足取りが不自然なことに気づいた。
「足をどうした?」
「いえ、大したことは・・先日、川の仕事で痛めてしまいました。すぐに治ります。ご心配には及びません。」
イリはそう言いながらも、ユラに支えられて何とか石段を登っていく始末だった。
ようやく、館に着く。
館の庭からは、大和川の流れや川湊がよく見えた。
館の広間に入るや否や、アヤが進み出た。
「失礼いたします。」
アヤはそう言うと、広間に座り込んだイリの足に手を当てた。そして、やにわに、服の足首をたくし上げた。
イリの右足は、赤黒く腫れあがっている。
出血こそないが、かなりの重傷に見える。
「イリ様、何かに挟まれたのではありませんか?」
イリがばつの悪そうな顔をしている。
「もはや、痛みを感じないほどになっておられるのではありませんか?このままにしていると、足先が腐り、さらに毒が体に回り命を落とすやもしれません。」
アヤは真剣な眼差しでイリを見る。
イリは困った顔をして答えに窮したままだった。
「川の修復をしている時、積み上げた岩が崩れ、村人が挟まれそうになったのを一人体を張って留めたのです。」
そう答えたのはユラだった。
「ですが、その時、みずから大石に挟まれたのです。皆の手でどうにか抜け出したのですが、見る間に足が腫れ上がってしまいました。本当なら動くこともできないほどなのに、アスカ様とカケル様がおいでになると聞き、無理に動いている次第なのです。」
ユラはそう言いながら涙を浮かべていた。
「アヤ、どうすればよいと考えているのですか?」
そう訊いたのはアスカだった。
「一度、傷口を開き、悪しき血を抜きます。」とアヤが答える。
「あなたにできますか?」とアスカ。
「はい。薬事所で幾度も見てまいりました。」
アヤは躊躇なく答えると、持ってきた大きな包みを開き、巻物のような大きな布を広げた。

nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント