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1-13 都にて [アスカケ(空白の世紀)第6部 望郷]

都へ向かったヤスヒコは、カケルに言われた通り、近衛方の男に案内されて、民部の長を務めるモリヒコのもとを訪ねた。
「カケル様からの使いだと?」
民部方の館の奥にいたモリヒコは慌てて接客の間に姿を見せた。
「勢の郷長イリの息子、ヤスヒコでございます。」
接客の間に控えていたヤスヒコは深々と頭を下げ挨拶をした。
「カケル様は息災か?」
モリヒコはヤスヒコに尋ねる。
「はい。父イリが怪我をしており、その治療をお願いいたしました。伴のアヤ様が見事に行われました。まだ、数日は勢の郷に留まられるとのことでした。」
「そうか。それで、用向きはなんだ?」
「はい。我が郷の道普請を行っており、その助けをお願いしたく参上いたしました。」
「勢の郷の道普請か・・。あそこは難波津と都を繋ぐ要衝の地。大きな川湊もあり、人手も多いと聞いているが、それでは足らぬほどの普請なのか?」
モリヒコに問われて、ヤスヒコは少し答えに困った。当初は、自らの郷の者で出来ると考えていたこともあり、改めて問われて、今一度考えを整理した。都の力を借りる事に抵抗もあった。父に負けぬほどの功績を上げたいという思いも巡ってくる。
即座に答えないヤスヒコを見て、モリヒコが言った。
「誰か、絵図を持て!」
すぐに隣室から、文官らしき人物が絵図を持ってきた。
「ヤスヒコ殿、道普請はどのあたりを進めておるか教えてくれぬか。」
モリヒコはヤスヒコの前に絵図を広げて言った。
都を真ん中に配して、西は難波津、東は伊勢辺りまでが記された見事な絵図であった。ヤスヒコはこれほど見事な絵図は見たことがなかった。
「これは、カケル様と私が書き上げたものの一部である。どうだ、何処に道を作ろうとしているのだ?」
ヤスヒコは、川湊を目印に自分たちが開こうとしている道を思い浮かべる。だが、どうにも定まらない。自分の郷でありながら、その場所を頭の中で思い浮かべようとしても詳細に浮かんでこないのだ。ヤスヒコは自分の考えの浅さを思い知る。
「そんなことでは、道普請の助けを出そうにも見当もつかぬではないか。」
モリヒコは少し厳しい声でヤスヒコに言った。
「申し訳ありません。」
「しばらくそこで考えをまとめよ!」
モリヒコはそう言うと接客の間を出て行った。
残されたヤスヒコは、目の前に広げられた絵図を見ながら、郷の様子を思い浮かべていた。
モリヒコは、ヤスヒコを残し、宮殿に向かい、皇タケルに謁見した。
「そうか、その様な者が参ったのか。モリヒコ殿を頼るというのは父の指図であろう。」
「おそらくそうかと・・。」
「それでいかがするつもりだ?」
「かの地の道普請は都にも利があるのは明白。直接、皇様へ申し出ればすぐにもできるものです。カケル様から書簡をいただければ済むこと。しかるに、ヤスヒコ殿を私のところへ来させたのが気になりまして。」
「父は、おそらく、ヤスヒコ殿の力不足を察して、モリヒコ殿に正しく導いてもらうことを望んでおられるに違いない。」
皇タケルは父の考えを察していた。
「私もそうではないかと思い、今、ヤスヒコ殿を一人にしております。民や都のことを考えてのこととは思いますが、そのためにどれ程の苦難があるかをしっかり考え、自ら見出すのを待とうと思います。」
「それがよい。考えがまとまったならば、都からすぐに人夫を送り出し普請に入れるよう支度だけは整えておいてください。」
「判りました。」
モリヒコは皇タケルから許しを得たことですぐに支度にかかった。
半日ほど、ヤスヒコは、接客の間で絵図を睨んでいた。
道普請は何のためにやるのか、そのためにどのような普請がふさわしいか、郷の者たちだけでは到底難しいこと、都からどれ程の人夫が必要なのか、頭の中を様々な考えが巡る。郷にいたとき、これほど考え込んだことはなかった。

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