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1-6 イリとユラ [アスカケ(空白の世紀)第6部 望郷]

「それは・・。」
広げられた布を見て、アスカが驚いて訊ねる。
「薬事所の女官なら、だれもが所持している、姫帯と呼ばれるものです。」
「姫帯?」
「ええ、いつからかそう呼ばれております。アスカ様が念ず者と呼ばれた方々を治療された時、薬草や治療の道具などをひとまとめに持ち歩いておられたと伝わっており、アスカ姫が使われたもの故、姫帯と呼ばれているのだと・・。」
アヤの答えを聞き、アスカは興味深そうに、姫帯を手に取った。広げると身丈ほどの長さがあり、袋状のところに、小さな竹筒が入っていた。竹筒には、薬草の名が書かれたものや、小さな道具も入っていた。さらにその帯の間には、薬草の本も入っていた。
「私が使っていたものはこれほど素晴らしいものではなかった。もっと、簡素で薬草もこれほど揃ってはいませんでしたよ。」
「我が師匠であり母でもある、ナツ様が工夫され、さらに、薬事所の女官たちが、自らの仕事に都合の良いように改良してきました。私も、此度、アスカ様に同行させていただくにあたり、万一のことを考え、拵えたものなのです。」
アヤの答えにアスカは目を細めて喜んでいた。
カケルはアヤの知力と技量を信じることにした。
「では、この差配をアヤ様にお任せします。」
カケルが言うと、即座に、アヤが答えた。
「承知いたしました。ですが、イリ様の悪しき血抜きをした後、しばらく様子を見なければなりません。おそらく数日はここに留まることになります。よろしいでしょうか?」
アヤは、カケルたちの旅の障りになることを心配していた。
「それならば心配ない。先を急ぐ旅ではない。なにより、イリ様のお命を助けねばならない。難波津に使いを出せばよかろう。」
カケルは、ふいに館の扉を開け、庭に出た。
「そこに控えておるのだろう。」
カケルがそう言うと、濃い藍色の衣服を身に着けた男が控えていた。
「そなた、我らを守るための近衛方の者であろう。」
カケルが問うと、男が小さくうなずいた。
「ならば、すぐに、早馬で難波津へ走り、到着が数日遅れると伝えるのだ。それと、薬事所へ行き、傷に詳しい女官を連れてまいれ。痛み止めと血止めの薬草も持参するのだ。」
カケルが言うと、男は「御意」と答えて深々と頭を下げ、風のように消えて行った。
「これで良かろう。さあ、直ぐにも始めるが良かろう。」
アヤは大きく頷き、一度、アスカを見てから、口を開く。
「湯を沸かしてください。それと綺麗な布をたくさん集めてください。それから、チドメグサとオトギリソウを集めてください。」
アヤはそう言いながら、姫帯から一冊の本を取り出し、チドメグサとオトギリソウの絵を見せた。
「薬草集めは私が行きましょう。」
そう言って立ち上がったのは、ユキヒコだった。
「私も農夫の息子。多少は薬草の知識があります。」
ユキヒコはそう言うと数人の郷の者とともに、館を出て行った。
他の者たちも、手分けして支度に入った。
治療をするために、厨の隣の部屋が用意された。
たくさんの甕や皿が並べられて、湯が運ばれてきた。白い布もたくさん集まった。
カケルとアスカには、隣の部屋に移るようにアヤが進言したが、アスカはアヤの技量を見ておきたいと言い、そのまま残った。
カケルは、その間に郷の者を伴って、郷の様子を見て回ることにした。
「さあ、始めましょう。ミンジュは私を手伝って。」
「はい。」
郷の者とともに、ユキヒコが戻ってきた。
「チドメグサは集められたが、オトギリソウは見つからなかった。」
ユキヒコが済まなそうな顔をして言った。
「いえ、この時期はまだ育っておりませんから、見つけるのは難しいでしょう。手持ちの薬草を使います。」
そう答えた後、アヤは、イリに向かって少し厳しい顔をして言った。

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