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1-7 治療 [アスカケ(空白の世紀)第6部 望郷]

「イリ様、これから、悪しき血を抜きます。腫れあがったところに、刃を立てます。おそらく、激しい痛みに襲われます。本来なら、オトギリソウを使うところですが、ここでは手に入りませんでした。私が携えてきたものは極僅か、どれほどの薬効があるかはわかりません。痛みには耐えられますか?」
アヤが訊く。
「心配ない。これまで幾度も怪我を負い、痛みには慣れておる。気にせずとも良い。」
イリは気丈に答えた。
「判りました。ただ、むやみに動かれると、あらぬところに、傷が広がるかもしれません。どなたか、イリ様の両手と体を押さえておいてください。」
すぐに、カナメが進み出て、イリの脇に座り、押さえた。
「私も。」
そう言って、足を押さえたのは、イリとユラの息子、ケンシだった。
「では、支度が整いましたので、治療を行います。まずはこれを。」
アヤはそう言って、器に入れた鎮痛の薬を入りに飲ませた。
しばらくして、アヤは、イリの腫れ上がった足にそっと手を当てた。
あちこちの場所を丹念に調べていく。
「骨は大丈夫のようですね。これなら、悪しき血を抜けば治りも早くなるでしょう。」
アヤはそう言うと、刃を入れる場所を探し当てた。
「では、まいりますよ。」
アヤの眼差しが厳しくなった。手にした小刀の先を一度、蝋燭の火に当ててから、腫れあがった足にすっと入れた。
「うぐっ。」
イリの両手と両足がグイっと動く。さすがに激しい痛みで体がのけぞる。カナメとケンシは必死の形相で手足を押さえる。
小刀をゆっくりと引くと、どす黒い血が一気に噴き出し、アヤの顔や衣服に飛び散る。
「アヤ様、大丈夫ですか?」
隣にいたミンジュが声をかける。
「大丈夫です。これくらい悪しき血が出てくれば大丈夫。ミンジュ、白い布とお湯を。」
ミンジュは言われたように、湯と白布を運んできた。どす黒い血が床板に広がっていく。
「もう少しです。」
アヤが声をかける。イリは顔を歪めたまま、アヤの言葉にうなずく。徐々に黒い血が出なくなり、鮮血に変わっていく。
「もういいでしょう。少し滲みますが辛抱してください。」
アヤはそう言うと、脇に置かれた湯の入った甕からひしゃくで掬い上げて、傷口に掛ける。どす黒い血が、湯に混ざり流れ落ちていく。
再び、イリが、ううっと声をあげる。
幾度か湯をかけた後、アヤが用意された白布でそっと傷口を覆った。
一部始終を見ていたアスカは、アヤの手際の良さと大胆さに驚いていた。かつて自分も、幾度も怪我人や病人の手当てをしてきたが、内心、不安と恐怖と戦っていた。アヤは表情一つ変えず、見事にやってのけた。幼いころから薬事所で育ったことで、強い心を持ったのだろうとアスカは感じていた。
「ユラ様、これで大丈夫です。ただ、明日朝くらいまでは傷口から出血するでしょうから、こまめに布を取り換えてください。出血が治まれば、あとは良くなる一方です。」
「アヤ様、ありがとうございました。」
ユラがようやく安堵したのか、涙をこぼし、アヤに礼を言った。
アヤは笑顔を見せた。
「それと、ずいぶんと悪しき血を抜きましたから、体の中の血が少なくなっています。この薬草を煎じて飲んでいただき、なにか精のつくものを摂られるようお願いいたします。」
アヤは、手もとにあった姫帯から竹の筒を取り出して渡した。
「これは?」とユラが訊く。
「これは、忍冬(ニンドウ)という薬草です。スイカズラの葉と茎を乾燥し粉にしたものです。傷口の治りが早くなりますし、滋養の効能もあります。もうじき、花が咲くころになりますから、見つけて、秋ごろに刈り入れて作っておくとよいでしょう。」

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