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1-3 梅園にて [アスカケ(空白の世紀)第6部 望郷]

春の日差しが感じられる弥生三月になると、皇タケルは、ミヤ妃とフク姫とともに飛鳥宮へ出向いた。
飛鳥宮の宮殿には、大きな庭園があった。飛鳥山から水を引いた美しい水路と広い池、そして、いくつもの花園が設えてあった。
皇タケルが訪れたとき、カケルとアスカは、梅苑を散策していた。
梅園の木々は、紀国から送られたものであった。満開の梅園は、心地よい香りに包まれていた。
「父上、母上」
梅苑にある東屋で、皇タケルとミヤ妃、フク姫は、カケルとアスカに対面する。
「父上、九重へ向かう支度が整いました。」
皇タケルは深々と頭を下げて言った。
「ありがたい事だ。しかし、大層な支度は不要にしてもらいたい。我らは、故郷へ帰参するだけのこと。もはや、皇でも摂政でもない者である故、行幸ではない。一人の旅人として静かに参りたい。」
カケルが言うと、皇タケルは小さく微笑んでいった。
「父上や母上はきっとそう仰せになるとミヤ妃も申しました。ゆえに、同行は少人数としました。いずれも、春日の杜で学び育ったものばかり、十五になりましたゆえ、彼らの行く末のためにもお連れください。」
「それは素晴らしいことです。今は、安寧な世、大和の都にいるとそれがどれほど素晴らしいことかはなかなか気づけぬものです。他国へ行くことできっとさらに力をつけることができるでしょう。」
「はい。ですが、何かと足らぬところもありましょう。是非、父上、母上のお導きをお願いしとうございます。」
「承知しました。」
とカケルが笑顔で答えた。
「一つだけ、お許しいただきたいことがございます。母上のお体に障らぬよう、船は丈夫なものを設えました。すでに、難波津の港でお二人をお待ち申しております。」
「それはありがたい。アスカが九重へと口にした時、やはり、アスカの体を心配したのだ。もはや、互いに若くはない。長い道中に耐えられるか、思案していたところだったのだ。」
カケルの言葉を聞いて、ミヤ妃が言った。
「出雲平定の折、幾度も、アスカ様にはお力をいただきました。ずいぶんご負担をおかけしたに違いないと思っております。福良の里でお会いした時にも大いにお力をいただきました。私からお返しできるものはありませんが、道中、ご負担が少しでも少なくなればと知恵を絞りました。」
ミヤ妃の言葉に、アスカが答えた。
「いえいえ、ミヤ様にはすでに素晴らしい御力をいただいておりますよ。」
何を言われているのか戸惑っている様子のミヤ妃にアスカが、
「さあ、フク姫、こちらへ。」
そう言って手を伸ばすと、すでに乙女となったフク姫が「ばば様」と言って、アスカの懐にすがった。
「フク姫は、明日のヤマト、未来を生きる者。福良の里で赤子のフク姫を目にした時、生きる力が沸いてきました。それ以来、フク姫の笑顔を見るたびに、明日を生きるということがいかに素晴らしいことか教えられました。ミヤ妃こそ、これからの未来を作れる者なのです。それで充分。」
ミヤ妃は、アスカに縋りついたまま涙をこらえるフク姫を見ながら、涙をこぼした。
「私とカケル様が九重に戻ってみようと決めたのは、西国の国々の子どもたちの笑顔がみたいと思ったからなのです。過去を懐かしむために行くのではありません。ヤマト国の未来を感じてみたい、そう思ったからなのですよ。」
アスカの言葉に、カケルも驚いていた。

翌日から、飛鳥宮は、これまで以上に賑やかになった。
アスカとカケルとともに、大和国をまとめてきた国守や連たちがひっきりなしに挨拶に訪れた。伊勢や三河、美濃辺りからも馬を飛ばしてあいさつに来た。また、春日の杜で学び育った者たちも飛鳥宮にやってきた。
アスカとカケルは、一人一人に会い、ひとしきり思い出話をしながら、九重へ行った後、ヤマトが乱れぬよう皆に頼んだ。

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