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9-3 内なる敵 [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

橋川署にいた亜美のもとに、安川がやって来た。
「紀藤さん、レイさんの居場所の事ですが・・ここじゃないかと思うんです。」
安川はそう言うと、メモを開いて見せた。
「ここは?」と亜美が訊く。
「以前、院長が最期を看取った患者の方で、特に、懇意にされていた方です。社会貢献に強く関心を示され、亡くなったあとも多額な寄付をいただきました。確か、今、ご夫人がお一人でお住まいになっているはずです。頼られるとしたら、ここが一番かと思います。」
亜美はメモを見ながら考えた。
ここに居るのはほぼ間違いないだろう。だが、自分たちが動くことで伊尾木にも知られてしまうかもしれない。どうしたものかと悩んだ。
「それから・・今日、メールが既読になりました。先日のメールに返信をしておいたんです。おそらく、レイさんに新たな敵についても伝わったはずです。」
「ありがとう。」
亜美はそう言うと、安川と別れ、トレーラーへ向かった。
トレーラーには、剣崎とカルロス、アントニオがいた。一樹はまだ現れていなかった。
「剣崎さん、ご相談があるんですが・・。」
亜美は、先ほど安川が持ってきたメモを剣崎に見せた。
「そう・・ここかも知れないと・・あなたの判断は正解よ。今、動けばきっと伊尾木に知られる。」
剣崎はそのメモを亜美に返した。
「私からも一つ良いかしら。」
「なんでしょう?」
「矢澤刑事の事なんだけど・・ちょっと変じゃなかった?」と剣崎が言うと
「ええ・・何だか、ちょっと変でした。何か、別の人みたいで・・、」
「やっぱりそうなのね。長く一緒にいるあなたの方が判るかと思って・・。」
「ええ、でも、確かに彼は一樹です。変装とかそういうんじゃないと思うんですが、人格が違うというか、何かに操られているような感じです。」
亜美がそこまで言って、ハッと気づいた。
「マニピュレート・・でしょうか?」と亜美が剣崎に訊く。
「そうかも知れないわね。どこかで彼は伊尾木と接触した。そして、マニピュレートされている。」
「そうだとしたら・・。」と亜美が言った時、トレーラーのドアがノックされた。
「どうぞ。」
剣崎が返事をすると、ドアが開き、一樹が入って来た。本来の一樹なら、ノックなどしない。我が家に入るように、勝手にドアを開けて入ってくるはずだった。
剣崎と亜美が視線をかわして頷く。
「何か進展は?」
一樹は入るなり、訊いた。
「いや、今のところ、新しい情報はないわ。」
剣崎が答えた。一樹は不機嫌な表情でソファに座った。そこはいつも剣崎が座る場所だった。
暫く沈黙が続き、「これから・・・」と亜美が口を開いたとき、亜美の携帯が鳴った。
「誰かしら?」
亜美はそう言って電話に出る。相手は滋賀県警察だった。
「磯村氏の死因は餓死。やはり、閉じ込められた事が原因だって。ただ、あの小屋にかけられた鍵を調べて不思議な事が見つかったみたいよ。」
亜美はわざと一樹に向かって挑戦的な口調で伝えた。
「そんな事件、もうどうでも良いだろう。」
一樹は、敢えて無視するような口ぶりで答える。
「不思議なこととは?」剣崎が質問する。
「古い南京錠で指紋の採取は難しいと思われていたのだけど、何とか一人分の指紋が採取されたらしいの。」
亜美は、一樹の表情を読みながらゆっくりと伝える。
「やはり伊尾木の指紋が出たのね。」
剣崎が言うと、一樹の表情が一瞬強張り、すぐににやけた表情に変わった。
「いえ、出た指紋は、隣の女性でした。畑で話を聴いた老婆なんです。かなりのご高齢で、磯村氏と伊尾木が入れ替わった頃としても、その老婆がそんなことできるはずはないんです。」
「単に、鍵を触っただけということも?」
「いえ・・それが、鍵に付着していた指紋は、磯村氏の遺体周辺にもあって、状況からあの老婆が磯村氏を倉庫に運んで鍵を掛けたという見立てなんです。でも、あの老婆にはその時の記憶はなくて、身に覚えがないと供述しているようなんです。」
亜美は、一樹がどう反応するか、表情を確かめながら報告した。だが、一樹の表情は全く変化がない。というより、既に知っているというふうだった。
「おそらく、警察は状況からその老婆を監禁罪で逮捕するでしょうね。矢澤刑事はどう思う?」
剣崎も一樹の表情を確かめながら訊いた。
「誰かに脅されたか、磯村氏に依頼されたか・・餓死したというなら、覚悟のうえで自死したということも考えられる。まあ、そんな事件、どうでもいいんじゃないですか?それより、レイとマリアの行方を捜す事が優先でしょう。何か手掛かりになるものは出ていないんですか?」
一樹はあっさりと答え、話題を代えた。
「今のところは・何も・。」
亜美が少しくぐもった声で答えた。
「病院関係者に当たってみましょう。レイさんが身を寄せる場所はそれほど多くないはずです。きっと、見つかるでしょう。」
一樹はそう言うとすっと立ち上がり、トレーラーから出て行った。
「一樹!」
亜美も慌てて一樹の後を追う。安川に接触すれば、すぐに判ってしまう。そうならないよう注意してきた事が無駄になる。
トレーラーを降りたところに、一樹が待っていた。
「どうしたの?」
亜美が訊くと同時に、一樹が亜美の口をふさぐ。そして、そのまま、乗用車の傍まで連れて行く。
「無駄なことを・・。」
一樹が、亜美の額に手を当てる。亜美の頭の中に、得体のしれない思念波が入り込んでくる。亜美は自分の思念波で無意識に抵抗する。
「ほう・・お前も思念波が使えるのか?・・だが、無駄だ。」
一樹はそう言うと、さらに強い思念波で、亜美の意識を包み込んでいく。
「そうか・・そこにいるのか・・。」
一樹はそう言うと、亜美をその場に残して、乗用車に乗り込んで走り出した。
何か嫌な予感がした剣崎が、トレーラーから降りてくると、亜美が倒れているのを見つけた。
「亜美さん!しっかりして!」
亜美がうっすらと目を開ける。
「一樹は・・伊尾木に操られて・・・います・・・レイさんの居場所を知られました・・。」
とぎれとぎれに何とか事の次第を伝えた。
「カルロス!」
剣崎が強い口調でカルロスを呼ぶ。カルロスがトレーラーから飛び出してきて、亜美を中に運び込んだ。
「アントニオ、すぐに、御前崎に向かって!急いで!」
トレーラーが動き始める。
一樹の乗った乗用車は既にはるか先を走っている。おそらく、追いつくのは難しいだろう。
剣崎は、一樹を追いながら、紀藤署長に連絡を入れた。そして、レイの居場所を伝え、レイにそこから逃げるよう、何とか連絡を取るよう依頼した。紀藤署長は、静岡県警に連絡し、御前崎署から警官を派遣するよう依頼した。
「一刻を争う。事情はまた報告する。まずは、新道レイという女性を見つけてもらいたい。そして、すぐに保護してもらいたい。これには、三人の女性の命が掛かっている。」

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9-4 悪魔の子 [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

レイとマリアは、朝食を済ませた後、海岸に散歩に出かけた。
少し風が強く吹いている。先日見た海とは様相が違っていて、大きな波が海岸に打ち寄せていた。
そんな中、何人かのサーファーが連れだって、ボードに乗って、沖へ出ようとしている。
レイとマリアは、海岸の石段に座ってぼんやりとその光景を見ていた。
サーファーたちは時折やってくるビッグウェーブに盛んにアタックしていた。
だが、皆、敢え無く、途中で波に飲み込まれてしまうか、乗り切れずに落ちてしまう。それを何度も何度も繰り返していた。
暫くすると、疲れてしまった数人が砂浜へ戻って来た。
沖に残っているのは二人だけのようだった。そこに、大きな波がやって来た。
砂浜に引き上げて来たサーファーたちは立ち上がり、盛んに指さして合図を送っている。
「良い波が来る!」
沖にいた二人も気づいた様子だった。
少しガタイのいい男性サーファーが先にアタックする。
今までとはケタ違いに大きな波だった。寄せて来る波の大きさは、その前の引き波の強さで実感する。波に乗ろうと近づくと、予想もしないほど強い力に引き寄せられていく。
余りのスピードに、ボードに立とうとするが、とても対応しきれず、バランスを崩して敢え無く波に飲み込まれた。
次に、女性らしいサーファーが横から波に向かった。スムーズに引き波に寄せられていく。そして、ウェーブのトップで彼女はボードに立った。彼女は、器用に何度か反転し波を下り、チューブの中へ向かう。皆、固唾をのんで見守っていた。
上手く滑り込んだように見えたが、その途端、波が一気に崩れ始めた。彼女を容赦なく飲み込んでいく。その勢いのまま、波は通り過ぎ、砂浜に押し寄せた。ビッグウェーブが鳥居過ぎた後には、ボードだけが漂っていた。
「いけない!」
急に、レイが立ち上がる。
彼女が波に飲み込まれ、海中深く引きずり込まれたと直感したのだ。
近くにいた男性のサーファーも周囲を見回し、彼女の姿を探しているようだった。だが、見つけられない。砂浜に居たサーファーたちもすぐに異変に気付いて、ボードを抱えて海へ出る。
「どうしたの?」
隣に座っていたマリアがレイに訊いた。
「さっきのサーファーが溺れたの。このままだと死んじゃう。」
レイは、マリアに説明しながらも、成り行きに気が気ではない。
マリアはじっと海を見つめている。
波に消えたサーファーの居場所を探している。
「いる。あそこにいる。」
マリアは、そう言って指さした。
皆が探しているところとは見当違いの場所だった。
「私が助けるわ。」
マリアはそう言うと、すっと目を閉じる。
レイには、それがどういうことかすぐに判らなかった。
おそらく、普通の人には見えないがレイには見えた。
マリアの体から、糸のような思念波が先ほど指さした方角に向かって一気に伸びていく。そして、その糸は海中に入る。その後、サーファーが内から吐き出されるような勢いで、海面に浮きあがってきたのだった。そして、そのまま、思念波の糸が彼女の体を包み込み、砂浜まで引き上げて来た。
仲間のサーファーたちは、まだ、先ほど見失ったあたりに居た。
「あそこ!あそこにいるわ!」
レイは、大声でサーファーたちにに呼びかける。だが、波が強くて声が届かない。
「心配ないわ。」
マリアは落ち着いた声でそういうと、思念波の糸を、仲間のサーファーの一人に向けて放つ。
糸の先端がサーファーに届くと、そのサーファーは、急に、ボードに乗って、引き上げられた彼女のもとへ向かっていく。そして、彼女のもとへ着くと、マリアは思念波の糸を解いた。
続いて、仲間たちもやって来た。皆が彼女の周りに立っている。
その中の一人が、何度か体を揺らしていると、彼女がゆっくりと体を起こした。
「無事だったみたいね。」
マリアは、何の衒いもなくそう言った。
「今のが・・マニピュレート・・なの?」
レイが訊く。
「知らない。でも、私が思うと、目の前の人が思いを叶えてくれるの。」
マリアは、無邪気に答えた。
まだ自分の本当の能力を理解していないのだった。
他人との関わりが極端に少ない環境で育ち、様々な実験を受けさせられ、なにが起きているのか理解せずに成長したのだろう。事の善悪さえも認識できていないかもしれない。
レイは何と言ってそのことを教えればよいのか判らなかった。ただ、マリアが、無邪気に能力を使う事は著しく危険だということを教えなくてはいけない。
「マリアちゃん、あなたには特別な力があるの。今は、あの人を助ける事ができたから、すごく良い事をしたことになるけど、無暗に使ってはいけないのよ。」
レイの言葉を、マリアは充分に納得できていない。
「どうして?・・やっぱり、私は悪魔の子なの?」
「悪魔の子?」
「あそこで、皆そう言っていた。私に近づくと殺されるって。だから、私はいつも一人だった。」
マーキュリー学園の隔離棟に収容された時に、研究員たちが言っていた事なのだろう。
レイにも、そういう経験があった。小学生の頃、帰り道で大きな思念波の光を見つけた。それは何とも悲しそうで苦しそうな色をしているように見えた。そこにきっと苦しんでいる人が居る。小学生のレイはそう思うと、脇道に逸れて向かった。そこには、乱暴されている女性がいた。突然、頭の中で何かがはじけたように感じた。すると、目の前で暴力をふるっている男性が血を流して転がった。その一部始終を、一緒に帰宅していた友達に見られた。
『レイちゃんは悪魔みたいだった。』
何気ない友達の一言が、学校中に広がり、レイは悪魔、デビルと言われるようになり、皆から距離を置かれたのだった。その日以来、レイはそういう能力を封印してきた。唯一、シンクロ能力だけは自分ではコントロールできずにいた。だが、その能力のおかげで、一樹や亜美という理解者を得て、母を救い出す事ができた。マリアにも、理解者が必要だった。だが、今はまだその段階にない。
「いいえ、あなたは悪魔の子なんかじゃないわ。玲子さんはあなたが来てくれてとても幸せだって言ってたでしょ?私もマリアちゃんと居て幸せよ。」
「でも・・。悪魔の子だから・・追われているんでしょ?」
マリアは自分が置かれている立場をわかっていた。
「悪魔の子だから、追われているんじゃないわ。」
「なら、どうして、捕まったの?」
「あなたの特別な力を悪いことに使おうと考えている大人がいるの。その人たちがあなたを捕まえようとしているのよ。あなたは悪くないのよ。」
レイは今追ってきている相手が、何者か、はっきりと判っているわけではなかった。
マリアを拉致しようとしたケヴィンは、F&F財団に虐げられたサイキックを解放すると言っていた。だが、それが真意とは到底思えなかった。
それに、樹海を逃げていた時感じたサイキックの思念波は、ケヴィンのものとは違っていた。別のサイキックが追ってきていると考えていた。
いずれにしても、マリアを捕まえたいと願う者達は、彼女を自由にすることはないとはっきりわかっていた。
「あなたが、その力を使わないこと。そうすれば、きっと、誰もあなたを悪魔の子なんて呼ばないし、悪い大人に追われることはないのよ。」
これが、レイがマリアに、唯一伝えられる事だった。

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9-5 追跡 [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

紀藤署長から県警への要請で、ようやく、警官が山下邸に到着した。
「あの、こちらに、新道レイさんがいらっしゃるでしょうか?」
真面目そうな警官は、少し事務的で切迫感を感じさせない質問をした。
応対した山下玲子は、いきなり、レイの名前を出されたことに驚き、すぐに信用できるとは思えなかった。
レイは、身を隠すためにここに来たはず。そう、あっさりと返答できない。
「新道レイさん?」
玲子は、少しとぼけた返答をした。
「橋川署の紀藤署長から伝言を預かっているんですが・・。」
訪ねてきた警官も、戸惑いの表情を浮かべている。
要件の内容詳細までは訊かされていないに違いない。とにかく、新道レイの居場所を明らかにして、危険が迫っていることを伝えるという単純なメッセンジャーの役割に、割り切れない気持ちをのぞかせた。
「少し、お待ちください。」
玲子は、警官を玄関で待たせたまま、奥に入ると、受話器を手にして考えた。誰に何を確認すれば良いのか。正しい答えを知るにはどうすれば良いか。
「そうだわ・・。」
玲子は、橋川に居るはずの、ルイに電話を掛けた。
「ルイさん、私、玲子です。」
山下玲子は、レイと共に母ルイとも懇意にしていて、幾度か、ここにも招待したことがあった。玲子は、ルイに警官が訪ねてきた事を話すと、すぐに紀藤署長が電話を代わった。
「間に合ったか。」
そう言うと、紀藤署長は、一連の出来事をありのままに伝えた。
「どこまで信じてもらえるかは判らないが、今、レイとマリアさんは途轍もなく恐ろしい相手に狙われているんです。そして、そいつが今、そちらに向かっている。一刻も早く、そこを離れるように伝えてください。」
玲子は、レイが突然訪ねて来た理由がようやく分かり、納得した。
荒唐無稽な内容なのだが、玲子はありのままに受け止めたようだった。そして、カーテン越しに外の様子を見た。どんな悪人が近づいているのか全く想像できないが、それでも、不穏な空気を感じる事ができるのではないか、そんな気持ちだった。
電話を切ると、玄関に戻り、警官には、紀藤署長と電話で話して事情は全て聞いたと答えた。
警官は、何か理解できないという表情を浮かべていたが、一応、要件を済ませた事を確認すると、すぐに立ち去った。
「どうしよう・・レイさんに知らせなくちゃ・・。確か、浜に行ったはず・・。」
玲子は家を出ると、海岸が見下ろせる場所に向かった。
長い砂浜が続いている。あちこちにサーファーの姿らしきものが見える。
玲子は目を凝らして、レイとマリアの姿を探したが、間近なところには見つからなかった。
「とにかく、ここから逃げさせなくちゃ・・。」
玲子はそう言うと、自家用車を出して海岸へ向かった。海岸に出るには、急な段差を降りる舗道か、通りを一旦、港まで出て大きく迂回しなければならない。車で向かうなら、う回路になる。
玲子は、周囲を確認しながら、一旦港へ出た。そこから、迂回して、海岸通りを進む。
港の前を通った時、1台の車が少し離れて玲子を追うように走っていく。
海岸通りを少し走ると、砂浜に座るレイとマリアの姿があった。
玲子は車を停めると、二人に手を振った。
マリアが先に気付いて、手を振り返してくる。
「逃げて!」
玲子は、この限りに叫んだが、波の音でかき消されてしまう。
「レイさん、玲子さんが。」
マリアは、手を振った後、レイに言った。
レイも立ち上がり、玲子を見る。
「何かおっしゃってるようだけど、聞き取れないわ。」
そう言うと、レイは思念波で玲子とシンクロする。玲子には気づかれていない。
「マリアちゃん・・逃げなくちゃ・・。見つかったようだわ。悪い奴が追ってきてる。」
レイは、マリアの手を取って、玲子の車へ走り出す。
「良かった・・判ってくれたのね・・・。二人の居場所がばれたって・・矢澤という刑事さんが二人を追ってきている様なの・・うまく言えないけど、その・・矢澤という刑事は伊尾木という人に操られているって・・あなたたちの命が危ないからって、紀藤署長が連絡をくれたわ。」
玲子は、レイたちに端的に説明した。
「ありがとうございます。ご迷惑をおかけしました。」
「そんなこと、言わないでよ。レイさんの母親、マリアちゃんのばあばのつもりでいるんだから。家族が命を狙われているなら、親として、母として命を賭けて守るのが当然でしょ。さあ、この車を使って、遠くへ逃げるのよ。」
玲子は、そういうと、レイとマリアを車に乗せた。
「できるだけ遠くへ・・良いわね。」
レイは玲子に深く頭を下げてから、アクセルを踏んだ。
砂が打ちあがっている路面を少しスリップ気味に発進する。レイは、どこへ向かえばよいか、まるで頭に浮かばない。ただ、あの場所に留まるのは最も危険だと判っていた。
海岸沿いの道路をほんの数分走ったところで、バックミラーに1台の黒い車が映った。
「まさか・・もう?」
レイはバックミラーを凝視する。追ってくる車の運転席の姿が確認できた。
「一樹・・」
レイは、一樹に思念波を送る。
本当に、伊尾木という男に操られているのか自分で確認したかったからだった。一樹からは、異様な思念波が返ってくる。今まで感じた事の無い、途轍もなく強い思念波だった。ケヴィンの思念波とは比べ物にならないほど、それは強く、複雑な色が混ざり合い、「混沌」という言葉が似合うものだと感じていた。
徐々に迫ってくる。もはや逃げ切れるとは思えなかったが、それでもレイはスピードを上げた。
『逃げても無駄だ。』
急に、一樹から強い思念波が発せられた。レイの頭の中に強い衝撃が走る。
その衝撃で、レイはハンドル操作を誤り、路面に転がっていた岩に乗り上げ、弾んだ。そのとたん、車はコントロールを失って、路側帯にぶつかって止まった。
かなりのスピードだったために、ぶつかった時の衝撃は大きく、車は大破して動かなくなった。
「マリアちゃん、大丈夫?」
そう言ったレイは額をどこかにぶつけたのか、出血していた。
マリアは咄嗟に身を固め防御したようで、無傷だった。
ゆっくりと、一樹の車が近づいてきて、止まった。
ドアが開き、一樹が降りて来る。
一歩二歩、二人の車に近づいてくる。
レイは、ずっと、一樹から異様な思念波を感じていた。自分自身、強い思念波を発する事で、その思念波を排除しようとしている。それでも徐々に飲み込まれていくような感覚があった。
レイは、車から降りて、マリアとともに車の陰に身を隠し、傍に居るマリアを強く抱きしめ守ろうとした。
マリアは、レイから強い恐怖と不安の思念波を感じ取った。
「大丈夫よ、きっと私が守るから。」
レイの声は震えている。
一樹から感じる異様な思念波。相手は恐ろしいほど強力な能力を持ったサイキックに間違いない。勝てる相手とは思えなかった。
レイの腕に抱かれたマリアは、そっと目を閉じ、本能的に能力を使った。
自分を抱き締めて守ろうとしているレイと自分自身を守るため、強力な思念波のバリアを作った。レイはふっと今までのみ込まれそうな強い思念波から解放された。マリアの思念波は、あの強烈な思念波を弾き飛ばすほどのエネルギーを持っていた。
近づいてくる一樹は、表情一つ変えず、それを見ていた。

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9-6 対決 [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

「止まりなさい!」
一樹と向かい合う様に、亜美が銃を構えていた。その後方に、カルロスと剣崎も居た。
「その銃でどうしようというのかな?」
「あなたを撃つ!」
それを聞いて、一樹は不敵な笑みを浮かべて言った。
「撃ち殺す?相棒の、矢澤一樹を撃ち殺すと言うのか?本当に、そんな事ができるのか?」
「レイさんやマリアちゃんを守る為なら、できるわ。」
亜美は引き金に指を掛ける。
「私は、彼をマニピュレートしているだけだ。彼が撃たれたところで、自分自身は傷つくことはない。彼は命を落とすかもしれないが・・」
確かに言う通りだった。
撃ったところで一樹の命を奪うだけである。
「さあ、そんな物騒なものは仕舞いなさい。」
そう言われても、引き下がるわけにはいかない。少しずつ距離を詰めて、何とか、レイとマリアのところに辿り着く。
「レイさん、大丈夫?」
すぐに剣崎がレイを支える。カルロスも傍に来て、レイとマリアを体の陰に隠した。
一樹は、一連の動きをただ眺めているだけだった。
「それ以上、近づかないで!」
亜美が叫ぶ。
「私は敵ではない。」
一樹が意味不明な言葉を放つ。そして、ふっと腕を上げて小さく振った。
すると、亜美は、急に、体の自由が利かなくなった。
手も足も何か太いロープに繋がれているようで、動かそうとしてもビクともしない。そして、銃を握る指が勝手に開いていく。銃が足元に落ちる。
「マニピュレート・・ね。」
剣崎が小さな声で呟く。
『剣崎さん、これはマニピュレートではない。思念波で操っているだけですよ。』
一樹は、剣崎へ思念波で話しかける。
『本当のマニピュレートは、こういうことです。』
目の前で話しかけてきていた一樹が急にばたりと倒れた。そして、剣崎が急に立ち上がる。
「今、剣崎さんをマニピュレートしています。」
剣崎の声でそう言った。そしてすぐに、剣崎も倒れ、今度はカルロスが立ち上がる。
「今、カルロスさんをマニピュレートしています。」
亜美の驚く顔を確認すると、再び、一樹の体に戻った。
「もう、判ったでしょう?私が、あなた方の敵なら、皆さんを殺すことは容易いのです。だれにでもマニピュレート出来るわけですから。亜美さん、あなたにもマニピュレートできるのですよ。」
亜美は抵抗する気力を無くしていた。
「マリア、危害は加えない。もうバリアを解きなさい。」
一樹が言うと、マリアは一樹をじっと見つめていたが、ふっと力を抜いた。
レイと自分を守っていたバリアが解かれた。
一樹が、両手を伸ばす。
亜美の眼には見えないが、強い思念波の糸がマリアに伸びている。レイと剣崎にはそれが見える。レイが抵抗しようと思念波を発する。だが、それは、一樹の体から発せられる思念波の糸に絡めとられるだけだった。
「私は、マリアを守りに来たのだ。」
亜美も剣崎も、そんな言葉をまだ信じられる状態ではないが、余りに強大な力を前にして抵抗することは無駄だと悟っていた。
レイとマリアは、彼から延びる思念波から、悪意は感じられず、むしろ、優しさが溢れているように感じていた。
「そんな言葉、信じられないわ!」
亜美がきつい口調で答える。
「どうすれば、信じられる?」と一樹が言う。
「一樹を解放しなさい。」
亜美が訊く。
「判りました。」
一樹はそう言うと、その場にパタリと倒れた。
「どうしたの?一樹?」
亜美が訊く。
『要求通り、彼を解放した。しばらくすれば意識が戻るだろう。』
今度は、頭の中で声が響く。思念波が、皆の頭の中に入ってきているのだ。
「どこにいるの?」と、剣崎が訊く。
『剣崎さん、まだ、わからないのか?君もサイキックの端くれではないのか?』
剣崎は目を閉じ、思念波が発せられる場所を探ろうとした。
だが、自分の周囲からこの思念波は感じられない。
「いったい、どこ?どういうこと?」
剣崎は混乱している。
「剣崎さん、あれを見て。」
レイが、上空を指さして、剣崎に言った。
はるか上空に、星のように光る物体があった。
「まさか!あれが正体?」
剣崎はレイに訊く。
「ええ・・あれがこの思念波の正体。そして、私たちは今、あの物体が作り出した大きな思念波の殻の中にいるの。彼は敵ではないわ。」
そういうレイの表情は何か少し安堵しているように見えた。
「どういうこと?」
亜美がレイに訊く。
「彼の思念波から、悪意や殺意は感じられない。マリアに対して愛情の様なものを感じたの。」
レイはそう言うと、マリアを見た。
マリアはじっと上空の光る物体を見ている。
「マリアちゃん?」
亜美が声をかける。だが、マリアの耳には届いていないように見えた。
マリアは、レイの腕をすり抜けて、一歩二歩と前に出て行く。上空の光る物体をじっと見つめながら、何か、懐かしいものを見るような眼をして近づいていく。
光る物体の真下に来ると、マリアは両手を広げた。
レイや剣崎の眼には、マリアから、絹糸の様な思念波がその光る物体へ徐々に伸びていくのが見える。すると、光る物体からも同じように思念波が伸びてきて、絡まるようにして繋がった。
「何が起きてるの?」
亜美が、レイに訊く。
「マリアとあの物体が繋がろうとしているの・・。」
レイが答え終わらぬうちに、光る物体が徐々に降りて来る。
まるで、絹糸のような思念波に導かれるように、マリアに近付き、終に、マリアの体の中へ入った。マリアの髪が一瞬膨らみ、体が少し宙に浮いた。
亜美たちを取り巻いていた思念波が消えた。
レイの頭の中にあった強烈な思念波も消えた。
マリアは大きく深呼吸をし、両手で、胸を抱く様な仕草を見せた。大切なものを抱き締めるような仕草に見えた。
マリアは、レイたちの居る方向へ振り返り、笑顔を見せた。
「大丈夫?」
レイが訊いた。
「ええ・・大丈夫・・おじさんは私の中にいる。」
そう答えたマリアは、飛び切りの笑顔を見せる。何か途轍もない幸福感に包まれているようだった。

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9-7 病院 [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

「裾野にある総合病院に行ってください。」
マリアが剣崎に言う。
「病院?」と剣崎が訊き返す。
「はい。そこにおじさんの体があるんです。助けなくちゃ・・。」
剣崎たちはトレーラーに乗り込み、すぐに、マリアの言う総合病院へ向かうことにした。
トレーラーの中では、皆、無言だった。
マリアの体の中に入った光る物体、おじさんと呼ぶマリア、様々疑問がわいてくるがそれをマリアに質問すべきかどうか迷った挙句、亜美も剣崎も無言になってしまっていたのだった。
一樹の意識は戻っていない。
「少し長い時間、マニピュレートしていたから、意識が戻るのも時間が掛かるって・・。」
マリアが皆に説明する。
「ちゃんと意識は戻るの?」
亜美がマリアに訊く。
「ええ・・大丈夫よ。」とマリアは笑みを浮かべて答えた。
車内の会話はそれだけだった。
マリアが指定した病院に到着した。
「ここなの?」
剣崎が訊く。マリアが頷く。
「確認してきます。」
亜美がトレーラーを降りて病院に入っていく。
病院内には、警官の姿があった。亜美は警察バッジを見せて、警官に訊ねる。
「何かあったんですか?」
「樹海で大量殺人事件があったんですが、そこで意識不明の男性が見つかって、事件関係者あるいは容疑者かもしれないので保護しています。」
警官はあっさりと答えてくれた。
亜美はすぐにトレーラーに戻り、警官から聞いた話を皆に伝えた。
「意識不明の男性が・・その・・おじさんの体なの?」
マリアは頷き、答えた。
「早く、私をそこに連れて行って。」
亜美は、剣崎とともに、マリアを連れて病院へ入った。
「彼女たちが、意識不明の男性の関係者かも知れないんです。会わせてください。」
亜美は、病室前に立っている警官に言う。
「・・何か、証明できるものはありますか?」
大量殺人事件の容疑者と目されている男である。そう簡単に面会させるわけにはいかない。その警官の判断は正しかった。証明できるものと言われても、何もない。亜美と剣崎が戸惑う様子を見せたのを感じて、マリアが目を閉じる。マリアから思念波が伸びて、その警官に入り込む。警官は直立したまま、動かなくなった。それを確認して、亜美と剣崎、マリアが病室に入った。
ベッドに横たわっていたのは、伊尾木だった。呼吸器が繋がれている。
マリアが近づき、そっと伊尾木の手を握った。
すると、繋いだ手を通じて、あの光る物体が伊尾木の体に入っていく。
伊尾木が目を開けた。そして、起き上がると呼吸器を外して、三人を見た。
「間に合ったようだな。」
そう言うと、ベッドから降りようとした。だが、体がふらつき転倒しそうになる。
「無理をしないで。」
マリアが言うと、伊尾木は優しい笑みを返した。
「早くここから抜け出さなくちゃ。」
マリアが言う。
「ああ、そうだな。」
とはいっても、伊尾木は容疑者とされている。外にも警察車両があった。おそらく、病院各所に警官が居るに違いない。
伊尾木は剣崎に支えられながら立ち上がると、ふっと目を閉じる。普通の人には見えないが、病院内に伊尾木の思念波が広がっていく。
「これで大丈夫だ。さあ、行こう。」
病室を出ると、先ほどの警官だけではなく、看護師も患者も全ての動作が止まった状態になっていた。まるで、時間が止まっているように見えた。
「大丈夫。少しの間、意識が止まっているだけ。すぐにもとに戻る。」
伊尾木を連れて、亜美たちは病院を抜け出し、トレーラに乗り込んだ。
「もう良いだろう。」
伊尾木はそう言うと、再び目を閉じる。
玄関先で立ちすくんでいる人が、何事もなく動き始めた。少しすると、警官たちが慌てた様子で出てきた。容疑者の姿が消えた事で騒ぎになっているようだった。
「さあ、行きましょう。」
外の様子を確認して、剣崎はアントニオに言った。
ゆっくりとトレーラーは動き始めた。
病院を出て暫くすると、ようやく、一樹の意識が戻った。
一樹は自分の身に何が起きたのか、全くわからず、どうして自分がトレーラーのベッドに横たわっていたのかもわからなかった。
そして、目の前には、マリアや伊尾木がいる。
「ここは?」と一樹が口を開いた。
「一樹、大丈夫?」
亜美が労わるように訊く。
「ああ、大丈夫だ。だが、何があったのか、さっぱりだ。確か、青木ヶ原の樹海にいたのは憶えているんだが・・その後は・・全く、一体どういうことだ?」
亜美は、一樹が青木ヶ原から橋川に戻って来たところから説明する。
「確かにあの時、急に体が動かなくなって、意識が途切れた。あの時、彼に体を乗っ取られたということか・・。」
「その間の事は全く?」と亜美が訊く。
「ああ、眠っているのとは違うような・・。」と一樹が言うと、伊尾木が応えるように言った。
「彼の意識を包み込んでいた。おそらく、その間は真っ暗な空間にぽつんと置かれた状態だろう。長時間そういう中に置かれると精神に異常をきたすものだが、彼はかなり強靭な精神力を持っているようだな。回復も早いな。」
「じゃあ、俺は、しばらく、彼に操られていたってことか?」
一樹は、悔しさをにじませて、強い口調で訊いた。
「済まなかった。だが、マリアの居場所を突き止めるには好都合だった。」
伊尾木が答える。
「だいたい、お前は・・・。」と、一樹が食って掛かろうとした時、剣崎が制止するタイミングで口を開いた。
「マリアちゃんを守ろうとしていると言ったけど、どういうことなのか、説明してください。」
剣崎は少し不満げな表情で伊尾木を睨みつけている。
「ああ、順を追って説明しなければならないと思っている。だが、それには、ルイさんが居た方が良いだろう。」
伊尾木が答える。
「ルイさん?」と亜美が訊く。
「ああ、神林ルイさん。彼女に会わなければ、今、私はここに居ないだろう。」
更に謎が深まった。
今回の事件はF&F財団のエヴァプロジェクトが深く関与しているのは皆知っているところだったが、ルイは直接エヴァプロジェクトには関与していない。一体どういうことなのか判らないままだが、伊
尾木の言う通りに、橋川へ戻ることにした。

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9-8 異様 [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

伊尾木は、ソファの横にあるパソコン画面に、絵画の画像が開かれているのに気付いた。
「これは・・解読できたようだな。」と言った。
「やはり、これはあなたの仕業なのね?」と剣崎。
「ああ、そうだ。生方という捜査員は素晴らしく頭が良い。」
「どうやったの?」と剣崎。
「彼の存在は以前から知っていた。そう、あのMM事件の時からな。彼は日本の中でも飛びぬけた才能を持っている。だから、彼の能力を使わせてもらった。」
「マニピュレートは体を乗っ取るだけじゃないの?」と剣崎。
「場合によるだろうな。矢澤君の時は、単純に体を使わせてもらった。取り立てて、優れた能力はないから・・言ってみれば、着ぐるみのようなものだ。」
「着ぐるみって・・」
一樹は腹立たしさを抑えきれずに言った。
「生方君の場合は、彼の意識自体に入り込んで、行動意識に働きかけた。剣崎さんのために、秘匿された情報を見つけようという彼の意識に、ヒントを与えながら、誘導する。F&F財団の存在や隠された情報に辿り着かせるには手間がかかった。」
「生方は今どうしているの?」と剣崎。
「彼は、自分が何をしたのか覚えていないだろう。もちろんF&F財団の事も、特別な能力の事も覚えていないはずだ。彼の意識を離れる前に、記憶も操作しておいたからな。何も知らず、新しい任務に就いているんだろう。」
伊尾木は事も無げに言った。
一番、皆が驚いていたのは、マリアが伊尾木に対して、まるで親子のように接している事だった。おじさんと呼び、車内では常に伊尾木の隣に座り、べったりとくっついているのだ。それを伊尾木は嬉しそうにしているのも妙だった。
マリアと伊尾木は初対面のはずだった。
「一つ伺ってもいいかしら。」
剣崎が、皆の疑問を代表するかのように訊いた。
「あなたとマリアちゃんはどういう関係なの?マリアちゃん?この人とは初めて会ったんでしょ?」
質問は、伊尾木とマリア両方にむけての内容だった。
「それだけは先に話しておこうか・・。」
伊尾木は、マリアの顔を見ながら、何かを確認するようにして答えた。
「マリアは、私の分身。彼女の特別な能力は私が与えたものだ。・・レイさんの能力はおそらくルイさんから引き継いだもの。同じようなものだ。」
「いや、レイさんの能力はルイさんの遺伝子を引き継いだからでしょう?マリアはあなたの肉親ということなの?」と剣崎が訊き返す。
「いや、違う。この能力は遺伝的なものではないのだ。その証拠は、剣崎さん、あなた自身だ。あなたのご両親にそういう能力はあったかな?」
「いえ・・」と剣崎。
家族には同じような能力を持つ者は居ない。だからこそ、剣崎は家族からも拒絶され、マーキュリー研究所へ実験台として送り込まれた。
「君の能力は、自分でうみだしたものだ。ルイさんも同様。レイさんの場合は、胎児の時、母から能力の一部が引き継がれたものだろう。この能力は、遺伝子的なレベルの話ではない。勿論、遺伝的形質が関与していないとも言えないが・・。おそらく、それも、ルイさんが解明している。やはり、全ては橋川に戻ってからにしよう。」
伊尾木はそう言うと、「少し眠りたい」と言って目を閉じた。マリアも、伊尾木に体を預けるようにして目を閉じ眠った。
二人が眠ったのを見て、剣崎は亜美や一樹、レイに目配せをして、隣室へ移った。
「気になることは沢山あると思うけど・・」
剣崎が声を潜めて切り出した。
「マリアと伊尾木の関係か?」と一樹。
「ええ、まるで親子のよう。あれほど親密なのは少し異常に見えるわ。」と亜美。
「彼女、私と居た時も、玲子さんとも、すぐに打ち解けていた。元来、そういう性格なのかもしれないけど、ちょっと変ね。」とレイ。
「伊尾木は彼女の事を分身と言っていたでしょ?能力を持っていることと関係があるのかもしれないわね。ルイさんとレイさんのことも話に出していたから・・。」と剣崎。
「おそらく、母がその秘密を知っているのかもしれません。橋川に戻ったら判るでしょう。」
レイが言うと、一つの疑問の話題が終わった。
「私が気になるのは、マリアはおじさんを助けなくちゃと言った事。どうしてかしら?」と亜美。
「容疑者として捕まっているということじゃないのか?」と一樹。
「それだけなのかしら?」と亜美が一樹に訊き返す。
「どういうことなんだ?」と今度は一樹が亜美に訊き返した。
「私たちの前に現れた時は、一樹の体を使っていた。でも、あの・・光る物体になっても、思念波を使っていたでしょ?体から思念波だけが離れて存在しているということになる。そんなことあり得るのかしら?」
亜美が冷静に分析したように言う。
「そんなことあり得るかどうかというより、実際、目の前で見たんだろ?」と一樹が言う。
「レイさんはどう思う?」
二人のやり取りを聞いていた剣崎が、レイに訊ねた。
「考えられないことでした。頭の中・・いわゆる脳波の様なものだと考えています。あくまで、脳が生み出すものだと。思念波だけが存在することは、到底想像できない。でも、現実に彼の思念波は光る物体になって存在していて、空中に浮かんだり、マリアちゃんの体の中に入り込んだりしていた。何か、私の思う思念波とは別のものではないかと思うんです。」
レイが答える。
「体から遊離して、念だけが存在って・・それが生霊みたいだな。」
一樹が言うと、剣崎とレイは顔を見合わせた。
「そう・・そういうことかも知れないわ。」
剣崎が口を開く。
「おいおい、伊尾木は生霊だっていうのか?そんなの作り話の世界だけだろ。」
と、生霊に例えた、一樹自身が驚いている。
「魂って言葉がある。人の生命の根源。勿論、生物学的に言えば心臓の鼓動が停止すれば死ということになる。でも、そもそも、生きているという概念は、それだけじゃない。人は死ぬと魂が体から離れ、霊となる。西洋も東洋も同じ死生観がある。もし、それが本当に存在しているとしたら、私たちが見た、あの光る物体は、霊、魂そのものだったのかもしれない。」
剣崎が解説するかのように言った。
「それなら、病院に居た伊尾木は、仮死状態だったということか?」と一樹。
「だから、マリアちゃんは助けなくちゃと言った。早くしないと、体が死んでしまうということじゃないかしら。」
亜美が付け加える。
「うーむ・・。」
一樹は納得できない反応だった。そこに、亜美のスマホが鳴った。
「ごめんなさい・・。」と言って、亜美が電話に出た。滋賀県警からの連絡だった。
電話を切って、亜美が悩んだような表情を見せながら言った。
「例の、物置小屋で見つかった遺体のことだったんだけど・・遺伝子検査の結果、磯村氏ではなかったようなの。今、身元を捜査しているようなんだけど・・。それと、死因はやはり餓死。たが、末期の癌だった形跡があるようなの。」
「磯村氏でないのなら、伊尾木・・ということか?」と一樹。
「ちょっと待って。伊尾木が磯村氏を殺害してすり替わったって・・でも、そうじゃなかった。すり替わったわけじゃなく・・。」
と、一樹が途中まで口にしたが留まった。
「伊尾木は、死が迫っている自分の体を捨てて、磯村氏の体に乗り移ったということかしら。」
剣崎が続きを口にした。
「やはり、伊尾木は魂だけで存在するということですね。」とレイが言った。

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9-9 本物 [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

トレーラーは橋川に近付いた。
四人はソファのところへ戻って来た。
「もう密談はおわりかな?」
伊尾木はとっくに目覚めていて、マリアは伊尾木の膝で眠っていた。
「今の話・・どこまで?」と剣崎が訊く。
「皆さんの推察は実に素晴らしい。その結論はかなり的を射ている。だが、まだまだだな。続きは、是非、ルイさんと一緒に考えると良いだろう。そうすれば、きっと、マリアと私の関係も判るはずだ。」
伊尾木は少し挑戦的な言い方をした。
トレーラーはルイが待つ新道邸に到着した。トレーラーには、アントニオとカルロスが残った。
大きなリビングに一同が会した。相変わらず、マリアは伊尾木の傍に居る。
「ルイさん、お久しぶりです。」
伊尾木がルイに挨拶をした。
「伊尾木・・さん?」
ルイは怪訝な表情を浮かべている。
「ルイさん、どうしたんですか?」と、ルイの様子に気付いた亜美が訊いた。
「いえ・・本当に・・彼が伊尾木さんなの。ごめんなさい。火事の現場で見かけた時は、遠めで判らなかったんです。ただ、思念波から彼が伊尾木さんだと思っていたんだけど・・。」
ルイは少し意味不明な答え方をした。
「どういうこと、判るように話して。」
今度はレイが訊いた。
「昔、研究所に居た伊尾木さんには、はっきりとした特徴があったの。・・酷い話だけれど、当時、伊尾木さんは被験者で、人体実験の対象でもあった。特に、脳の機能について詳しく調べられていて、・・そう、コメカミ辺りにセンサーが埋め込まれていた時があって・・外したあとも、その部分はケロイド状に残っていたのよ。でも、彼にはその跡がない。だから、彼は伊尾木さんじゃないではと思ったの。」
イプシロン研究所の酷い実態が、垣間見えるエピソードである。
ルイの話を聞いて、皆が、伊尾木を見た。
そして、車中での密談を思い出していた。
「さすが、ルイさんだ。すぐに判るとは・・。ルイさんの言われた通り、伊尾木の体には、フランケンシュタインの様な電極跡があったんだよ。」
伊尾木は少し笑みを浮かべている。
「じゃあ・・。」
と剣崎が口にしたところで、伊尾木が解説するように話を始めた。
「イプシロン研究所から脱走した後、日本に戻った。だが、そんな異形な人間を見れば、みな、驚き、中には警察へ通報する者もいるかもしれない。そこで、隠れて生きることにした。もちろん、F&F財団の追っても心配だった。そこで思いついたのが、生家だった。伊尾木の家はすでに他人の手に渡っていたのだが、磯村の家は、何とか住める状態だった。わたしはそこで息を殺すように生きることにした。」
「ちょっと待って、確か、磯村勝氏が生家に戻り、そこに、伊尾木が戻って来たんじゃなかったの?磯村氏は伊尾木に殺害され、伊尾木は磯村氏になりすましていたんじゃないの?」
と、亜美が確認するように訊いた。
「蔵の中で遺体が見つかっただろ?あれは、伊尾木の体だよ。」
伊尾木の答えを待つ前に、一樹が言った。
「伊尾木は、磯村氏になりすましたんじゃない、磯村氏の体を乗っ取ったんだ。そうだろ?」
伊尾木は、ニヤリと笑みを浮かべて頷いた。
「私の体は、イプシロン研究所の人体実験でボロボロになっていて、そう長くは持たないと判っていた。そのまま死んでしまうことに未練はなかった。いや、むしろ、早く死にたかった。サイキックでなければ、ごく普通の人生を送っていたはず。・・そんな頃に、ふいに、勝が戻って来た。」
「どうして?」と亜美。
「そんなことは知らない。実家に私がいたのを見つけ、やつはたいそう驚いていた。やつは、自分の弟を実験台にする、異常な人間だ。再び、自分の研究のために、俺を利用しようと考えたようだった。ボロボロになっている俺を、あの蔵の中へ閉じ込めたのさ。」
「じゃあ、やっぱり、あの遺体は・・。」と亜美。
「ああ、そうだ。俺の体だ。このまま、実験台にされるくらいなら、やつを殺そうと考えた。思念波を研ぎ澄ませて、やつが現れるのを待ち、その時は来た。蔵の厚い扉が開いた時、ありったけの力を使って奴に思念波をぶつけた。奴を殺して、自分も死のうと思ったんだ・・だが・・その時、奴の体に俺は入っていた。」
「そんなことがあるの?」
と、亜美が改めて驚いて訊いた。
「きっと、それは、ルイさんも知っているだろう?」
と伊尾木がルイを見て言った。ルイは戸惑った表情を見せている。
「どうなの?」とレイが訊いた。
ルイは小さな溜息をついてから口を開いた。
「父の研究の中に、そのことが記されていたわ。磯村氏が導き出した、特別な能力を生むメカニズムの究極の形・・最終形・・。体が無くなっても、思念波だけは残り続ける。でも、それはあり得ないことだと、父の研究所でも誰からも取りあって貰えないものだった。彼が父の研究所から追放されたのは、情報漏えいではなく、その研究内容からだったの。」
「磯村氏はどうしてそんな・・。」とレイが訊く。
「わからない。彼は、イプシロン研究所にやってきて、その研究を続けたの。伊尾木氏の人体実験を指揮していたのも、磯村氏だった。結局、彼は自分の研究成果を自らの身で証明したということになるわ。」
「体を乗っ取られた、磯村氏はどうなったの?」と剣崎が訊く。
「彼の思念波は破壊した。死んだということになる。」と伊尾木が答えた。
「すり替わったというんじゃなかったんですね。」
と亜美が確認するように言う。
「魂は存在する・・そういうことか・・。」
初めからじっと話を聞く側に居た紀藤署長がようやく口を開いた。
「研究所や富士FF学園を開いたのは何故だ?」と一樹が訊く。
「勝は、アメリカから戻る際に、F&F財団から日本で研究所を開く計画を取り付けていた。日本に居る子どもの中から特別な能力を持つ者を探しだし、研究所に送るための機関だった。私はこれを利用しようと考えた。自分を実験台にしたF&F財団への復讐だ。」
伊尾木が答えた。
「復讐?・・それは、彼らに加担しているということになるんじゃ?」
一樹が疑問を投げる。
「いや、待って。」
と、剣崎が会話を遮り、続けた。
「確か、富士FF学園は、マリアを送り出したあとすぐに閉鎖された。そして、研究所も・・・。もしかして、マリアを使ってF&F財団に何か仕掛けたということなの?」
「剣崎さん、確か、エヴァ・プロジェクトは、マリアの存在がきっかけになって再起動したって。」
と、一樹が言う。
「マリアを送り込んで、エヴァ・プロジェクトを始めるよう仕向けたということ?」
改めて、剣崎が伊尾木に訊く。
皆の会話を聞きながら、亜美が混乱し始めていた。もはや、だれが何のために、マリアを追い、その結果、なにが得られるというのか全くわからなくなっていた。
「ちょっと、整理してくれませんか?」
亜美が少し苛立って少し大きな声を出した。
それを聞いて、伊尾木が、姿勢を正して、言った。
「全てを理解するには、F&F財団をもっと知る必要がある。」

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9-10 マリア [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

「F&F財団は、設立されて既に200年を超えている古い組織だ。時代に合わせて名前や形を変えて来た。そして、世界中に様々な機関をもっている。君らが知っているのはごく一部に過ぎない。おそらく、全貌を知る者はただ一人、総帥だけだろう。」
「総帥?」と亜美が訊く。
「ああ、全てを把握している人物。そして、おそらく、最強のサイキック。」
「サイキック?」
と、一樹が呟き、更に訊く。
「最強のサイキックということは、あなたと同じように、思念波だけで存在する事ができるということですか?」
「ああ、そうだ。総帥はすでに10人近くの人の体を移りながら、存在し続けている。」
「化け物か・・」と一樹。
「それだけではない。彼の能力はこの地球上のサイキックの存在をすぐに突き止める事ができるほどの強力な力にある。隠れ住んでいたとしても、能力を使えば、彼にすぐに見つかってしまうのだ。おそらく、すでに私やマリアの居場所は知られているだろう。」
伊尾木の言葉が少し弱々しく感じられた。
「それだけ強力な力があるなら、エヴァプロジェクトなど不要じゃなかったのか?」
と一樹が伊尾木に訊く。
「強大な力を持っていても、やはり、限界はある。彼も寿命を悟っているはず。だから、F&F財団を維持するために、次の総帥となり得るサイキックを作ろうとしていた。それこそが、エヴァプロジェクトだった。」
「そのために、マリアちゃんを送り込んだということ?」と亜美が訊く。
「ああ、そうだ・・。」
伊尾木は、急に声が小さくなって、表情が険しくなった。
「マリアを送り込まなければ、F&F財団は、その・・総帥の死で全て終わるんじゃないのか?」
一樹が訊き返した。
「もちろん、そうだ。だが、総帥の力は侮れない。私の正体が見破られるのも時間の問題だった。あの頃の私ではとても総帥に立ち向かう事などできなかった。だから、マリアを送り込み、時間を稼いだのだ。」
伊尾木が答える。
「それじゃあ、マリアは囮・・いや、生贄の様なものだ。なんて奴だ!」
一樹が憤慨しながら言った。
「でも、マリアにそれ程の能力があるというのを、どうやって見つけ出したの?」
今度は剣崎が訊いた。
伊尾木は少し答えに戸惑う様子を見せた。
「まさか・・マリアはあなたが作り出したんじゃ?」と、ルイが訊く。
「そうだ。ようやく理解したようだね。」と伊尾木が答えた。
「初めから説明しておいた方が良さそうだ。マリアに辛い生き方を強いたのは弁解の余地はない。だが、彼女を守るために事でもあったのだ。」
伊尾木はそう切り出してから、マリアとの出会いから話し始めた。
「私が研究所を設立した場所の近くに、マリアの家族が住んでいた。小さなアパートだった。私は、マリアの家族の隣の部屋を仮住まいに借りていた。マリアがまだ、生後間もないころだった。わたしは、研究所設立に奔走し、ほとんどアパートに戻るのは深夜だった。ある夜、隣の部屋から赤ん坊の泣き声が聞こえた。ただそれは尋常な泣き方ではなかった。心配になって、外から様子を探ってみると、両親の姿はなかった。私にはどうしようもなかった。ただ、心配するほかない状態だった。翌朝、両親は戻って来た。そこカニ遊びに行っていた様子だった。」
伊尾木の話を聞きながら、亜美が「ネグレクト?」と呟く。
「ああ、そうだ。育児放棄だった。一歳になる頃まで、そんな状態が続いていた。私は時折思念波で、マリアの様子を見ていた。おそらく、その頃の彼女は、成長遅滞に陥っていただろう。それでも、なんとか生きていた。その後、彼女の両親は、マリアに暴力を振るうようになった。虐待だ。おそらく、彼女にはその頃の記憶はないだろうが、私はどうしても彼女を救いたかった。児童相談所にも何度か通報した。その度に、彼女への虐待はエスカレートしていった。・・何か、自分にできることはないか考えるようになっていた。・・ちょうど、研究所設立のめどが立った頃だった。その研究所は、磯村勝の論文をもとにした研究に着手していた。そこで、彼女にある実験をしたのだ。」
伊尾木の話を聞いて、ルイが驚いた表情を浮かべている。
「まさか、彼女に・・。」
ルイはそこまで口にしたものの、それ以上を言葉にしたくなかった。
「ああ、そうだ。サイキックの特別な能力は、遺伝ではない。脳のある部分が活性化することで、特別な能力を得る事ができる。そのきっかけを彼女に与えた。」
伊尾木の説明は少し判りづらかった。
「もう少し判りやすく言ってもらえませんか?」と亜美。
「人間の脳は大半が使われていない。特に、脳の深部は未解明な領域なのだ。そこが活性化する事で、特別な能力を得る事ができる。私は、幼いマリアの、その部分へ私の思念波を送り込んだ。私の思念波の一部を植え付けたのだ。予想通り、彼女は覚醒した。まだ発達途中の彼女の脳内には、予想以上に大きな力を放つ思念波が生まれた。そして、その波長は私と全く同じだった。」
伊尾木はそう言うと、マリアの顔を見る。
マリアはあどけない笑顔を浮かべて伊尾木を見ている。
「だから、マリアは私の分身なのだよ。」
伊尾木の告白に、みな、どう反応してよいか判らず押し黙っていた。
「マリアは、自らの命を守るため、幼いながらも能力を発揮した。両親の死は、彼女自身が行った結果だ。おそらく、彼女は覚えていないだろうが・・。」
「まさか・・そんなことが・・。」
亜美は涙を流していた。無意識とは言えども、両親を殺害するというのは考えられないことだ。
「彼女は、父親に思念波を送り、母親を殺害した後、自ら命を絶つようにマニピュレートした。」
伊尾木は敢えて言葉にした。
「その結果、彼女は僅か2歳で児童保護施設に入ることになった。私は、彼女のために、富士FF学園を作り、引き取った。その後は、皆の知っている通りだ。」
「なんてひどい事を!」
一樹が怒りを抑えきれずに言った。
「では、隣室で命が危うい赤子を見て、何もするなというのか?それこそ、人間として赦される事ではないのでは?」
伊尾木が一樹に反論する。
「しかし、別の方法もあったんじゃないのか?」
「児童相談所には何度も通報した。だが、何の進展もなかった。私は出来ることをやっただけだ。」
「いや、違う。お前は、自分の目的のためにマリアに特別な力を与えただけだ。そのために彼女は、10歳まで収容所に入れられた。ごく普通に生きる道を絶ったのはお前だ。」
一樹は、怒りが収まらず、さらに語気を強めて伊尾木に言った。
「そうかも知れない。だが、私には・・。」
伊尾木はそこまで言うと急に言葉を詰まらせて、身を屈めるようにした。
「伊尾木さん、どうしたんですか?」
真っ先に異変に気付いたのは、レイだった。レイはすぐに駆け寄り、脈を取る。
「いけない。・・すぐに病院へ。」
病院から、すぐに看護士が数人やってきて、ストレッチャーで伊尾木を病院へ運んでいく。
「心筋梗塞かもしれない。すぐに治療します。」
レイはそう言うと、伊尾木を乗せたストレッチャーと一緒にすぐに病院へ向かった。
「体から離れることができるのだから、問題ないんじゃないのか?」
と、一樹が言うと、傍に居たマリアが急に、赤子のように声を上げて泣き始めた。
「どうしたんだ?」
一樹は、マリアの様子に驚いて、傍に居た亜美に訊くが、亜美にも判らなかった。

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9-11 総帥 [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

ルイが、マリアを抱きしめて「大丈夫よ。」と慰める。
その時、ルイは、マリアの中にある思念波に異変を感じた。
ルイは、暫く抱き締めたまま、マリアの思念波とシンクロした。
「うう・・。」
ルイが、マリアを抱きしめたまま、その場にうずくまる。
「どうしたんですか?」
驚いて、剣崎が駆け寄る。
剣崎が、ルイに触れた瞬間、今度は剣崎も苦しみ始めた。
同じころ、病院で、伊尾木の容態を診ていたレイの身にも異変が起きていた。
「レイ先生!大丈夫ですか!」
看護師がレイの異変に気付き、すぐに、ベッドに寝かせる。
ルイや剣崎も、病院へ担ぎ込まれ、一樹たちも病院へ入った。
不思議なことに、院内には、患者の姿がない。外来に居るはずの医師や看護師の姿も、受付に居る職員の姿もない。がらんとした空間だけが広がっている。
「いったい、どういうことなんだ?何が起きてる?」
一樹は、診察室に置かれたストレッチャーに横たわる伊尾木に詰め寄る。
伊尾木がうっすらと目を開いて、囁くほどの声で言った。
「総帥が・・近くに・・来ている・・」
それを聞いて、一樹は外を見た。
外の駐車場には、剣崎のトレーラーが停まっている。
カルロスとアントニオは、剣崎の異変を聞きつけて、車外に出て病院へ向かおうとしていた。
その向こうに、黒塗りの大型バンが停まっているのが見えた。如何にも怪しい。
カルロスたちが玄関へ向かうのを見計らったように、バンから数人の男が姿を見せた。そして、ゆっくりと、カルロスたちの後を追うように、病院へ向かってくる。その後ろに、高齢の男がゆっくりと歩いている。
「あれが・・総帥か?」
一樹は、じっとその男を睨みつける。
「署長、応援を!」
一樹が署長に言う。
紀藤署長が、署に応援を要請しようと電話を掛けるが繋がらない。
病院の玄関に入る直前で、追ってきた男達に気づいたカルロスとアントニオが、身を挺して病院内に入るのを阻止しようとした。だが、体が思うように動かず、呆気なく、その場で倒されてしまった。
数人の男達は、玄関を入るとまっすぐに伊尾木のいる診察室へ向かう。
一樹と署長がそれを食い止めようとするが、カルロスたち同様、体の自由を奪われてその場に倒れてしまった。
「イオキ!」
一番後に診察室に入って来た高齢の男が、伊尾木の傍に立ち、強い口調で呼んだ。
その声には、強い憎しみが感じられた。
伊尾木はうっすらと目を開け、「総帥・・。」と口にする。
伊尾木の体から、光が飛び出す。
思念波の塊が体から遊離したのだ。同時に、総帥の体からも光の塊が飛び出し、恐ろしい速度で部屋の中を飛び回る。
伊尾木の光は、取り巻いていた男たちの体を貫く様に飛び、数人の男達は見る間に倒れた。
そして、伊尾木の光は総帥へ向かう。すると、総帥の体から光が飛び出し、伊尾木の光と衝突する。周囲に光の粒が飛び散る。
ルイ、レイ、剣崎がようやく身を起こせるほどに回復した。
一樹と署長も何とか起き上がり、ルイたちの傍まで移動した。
「大丈夫か?」
紀藤署長が、ルイの肩を抱き抱えるようにして訊く。
「ええ・・もう大丈夫・・でも、凄いエネルギー・・。」
目の前で、衝突を繰り返す二つの光の塊を目で追いながら、ルイが答える。
「伊尾木さんが・・。」
レイは、伊尾木の体に付けられていた心電図モニターの画面を見て叫ぶ。心電図はフラット。伊尾木の体の心拍が停止していた。
もはや、伊尾木の光の塊は戻るべき体を失ってしまった。
それでも、衝突を繰り返す二つの光の塊。その一つが徐々に小さくなっていく。
「伊尾木の光か?」
一樹が誰にともなく訊く。
おそらく、そうだと皆思っていた。
光は徐々に消え入るほどになってきていた。
「レイ!剣崎さん!・・彼にエネルギーを!」
ルイが叫ぶ。
レイと剣崎は目を閉じ、光に向けて自分の思念波を届ける。少しだけ光が大きくなったようだった。
ルイ、レイ、剣崎は伊尾木の思念波と繋がっている。弱り切っている伊尾木を三人の思念波が取り囲み、バリアとなっている。
『伊尾木さん、これ以上は無理。』
と剣崎の思念波が伊尾木に言う。
レイやルイの思念波も同じように伊尾木に言う。
『駄目だ!ここで総帥を倒さなければ、マリアを奪われる。』
伊尾木は強い意志で答える。
『駄目よ!』
レイの思念波が叫ぶ様に言う。
だが、伊尾木は受け入れようとしない。そして、再び、総帥の光へ衝突する。
『ほう、4人の力を集めるとはな・・やはり、お前の力は侮れないな。だが、そこまでだ!私と戦うなど、しょせん無駄なことだ。』
そう言うと、周囲で倒れている男たちの体から光の束が、総帥の光に集まっていき、巨大な光の塊となっていく。もはや、伊尾木の光とは比べ物にならないほど大きくなり、天井いっぱいにまで肥大化している。
巨大な光の塊となった総帥は、次第に渦を巻き、同時に、青白い光へと変わっていく。
そして、一度、天井を突き破り、宙高く登ると、凄まじいスピードで伊尾木の光へ向かっていく。
一度目は、伊尾木の光が何とかかわした。総帥の光は床に大きな穴を開けた。
再び、総帥の光の塊が中高く舞い上がり、伊尾木の光に衝突する。
衝突の力は、大きな爆発を生んだ。
周囲に大きな衝撃波が広がり、机や椅子、ストレッチャー、薬品庫などが無残に押しつぶされ、壁にも大きなひび割れが入った。
ルイ、レイ、剣崎、一樹や紀藤署長たちも、その衝撃で吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
周囲が少し静まると、総帥の光は、自らの体へ戻って行った。
伊尾木の光の塊はもはや存在していないようだった。
そして、彼を守るように取り囲んでいたルイ、レイ、剣崎の思念波も完全に吹き飛ばされてしまっていた。
そこへ、マリアが姿を見せた。
亜美とリサが、ようやく泣き止んだマリアを病院へ連れて来たのだった。
「これは一体・・どういうこと?!」
目の前の惨劇に三人は立ちすくんだ。
皆、倒れている。生きているのか、死んでいるのか判らない。
ただ一人、総帥と思しき男が立っていた。
「マリア!」
総帥がマリアを呼ぶ。その声にマリアが身震いする。
その声は、あの収容所のような施設で何度も聞いた悍ましい声だった。
マリアは、その瞬間、ここで起きた事を全て理解した。本能的に、この男を抹殺しなければならないと感じた。

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エピローグ [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

マリアは、亜美やリサと繋いでいた手を離すと、一歩二歩、前に出た。
「マリアちゃん?」
亜美が心配そうに訊く。
マリアは亜美の声には反応せず、目の前に立つ総帥を睨みつけていた。
マリアの髪の毛が少し逆立ったように見えた。
すると、周囲に転がっている机や椅子などが徐々に浮き上がった。そしてそれらは、マリアを取り囲むように回転を始めた。
「赦せない!」
マリアはそう叫ぶと、目の前に立つ総帥に向けて、机や椅子を飛ばしていく。
「私と戦おうというのか?」
総帥は少し戸惑い、薄ら笑いを浮かべて訊いた。
飛んでくる机や椅子は、総帥の体には触れる事もなく、弾き飛ばされていく。
「赦さない!」
マリアは再び叫ぶ。
すると今度は、マリアの体から光の束が伸びていく。そして、総帥の体を包み込もうとする。勿論、亜美やリサには、その光自体ぼんやりとしか見えていない。
総帥は、その光の束をことごとく切り刻み、逆に、徐々にマリアの体をより大きな光の束で包み込もうとしている。
そして、ついに、総帥の放つ光の束が、マリアの体を包み込み、自由を奪った。
「私に逆らうなどあり得ないことだ。観念するがいい。お前は私の僕なのだ。」
総帥は勝ち誇ったような言葉を発した。だが、同時に、中心からさらに強い光が発せられ、総帥の光の束はパッと消えた。
「何と・・それほどの力を・・・。」
総帥は、マリアが得た強大な能力に驚くとともに喜んでいるように見えた。
「我が意思を継ぐのは、マリア、お前に違いない。お前こそ、待ちわびた、エヴァなのだ。さあ、私とともに行こう。世界を支配するのだ。」
総帥は、攻撃の手を止めて、マリアに近付く。
「嫌!来ないで!」
マリアが叫ぶ。同時に、強い思念波の矢が総帥の足を貫いた。
総帥が初めて狼狽えた姿を見せた。
「お前を傷つけたくはないが、止むをえない。これでどうだ!」
総帥の手から、思念波の矢がマリアを目掛けて飛んでくる。
だが、全て、マリアに吸収されていく。
「なんと、私の思念波の矢を吸収するとは・・・。」
総帥は、予想外のマリアの力に驚きを隠せない。
マリアは、両腕を大きく広げる。手指の先から無数の光の糸が伸びていく。
「そんなもの、私には効かぬぞ。」
総帥は、その思念波の糸を簡単に払いのける。だが、それは、払いのけられたのではなく、同時に、総帥の思念波に絡みついていく。抵抗すればするほど、絡みつき、どうにも動けなくなっていく。そして、圧倒的な数に抗いきれなくなり、少しずつ、総帥の体を包み込んでいく。
総帥の体を完全に包み込むと、マリアは、広げた両手を徐々に小さく閉じていく。
同時に、総帥の体を包み込んでいる光の糸が徐々に小さくなっていく。
無数の糸は、総帥の体を繭のごとく包み込み、徐々に徐々に、縮んでいく。
「止めろ!止めろ!止めてくれ!」
総帥の悲鳴が響く。
全身が押しつぶされ、光の繭のあちこちから血飛沫が上がる。
そして、最後にマリアは両手を目の前でぱちんと合わせた。
光の繭は一気に小さくなり、ついに、真っ黒な小さな塊となってぱちんと弾けて消えた。
同時に、マリアがその場に倒れ込んだ。
「マリアちゃん、しっかりして!」
亜美とリサが駆け寄る。
総帥の姿が消えると、医師や看護師、患者の姿が戻って来た。総帥の思念波で、全てが消されていたのだった。
皆、院内の荒れ果てた状態に驚き、なにが起きたのか判らない様子だった。
紀藤署長や一樹が目を覚まし、すぐに、紀藤署長は、警察と消防に応援要請の連絡を入れた。
ほんの数分で、警官や救急隊が駆けつけ、皆を誘導して安全を確保した。
レイやルイ、剣崎は、なかなか意識が戻らず、けがの程度も酷かったため、病院内で治療を受け、最上階の病室へ運ばれた。
一樹と紀藤署長、亜美とリサは一旦、新道邸へ戻り、休むことにした。
翌日になり、みな、意識が戻り、動けるようになったため、一旦、新道邸に戻って来た。
リビングルームには、皆が顔を揃えた。
マリアが皆の真ん中に座っていて、あれほどの惨事に居合わせた事すら感じさせないあどけない表情を浮かべていた。
「これで全て終わったのだろうか?」
一樹が、まず口を開いた。
「さっき、アメリカから連絡があり、F&F財団が当局の捜査を受けることになったらしいわ。おそらく、総帥が消え、思念波が無くなり、政府高官も呪縛から解放されたんでしょう。秘密裏にしてきた事が全て暴露され、解体されるのは時間の問題でしょう。各国にあるF&F財団も次々に摘発されているみたいだから。」
剣崎が言った。
「日本はそんな簡単にはいかないようだな。富士山中の大量の遺体、新道病院の事故、かつてない事件だから、暫くは大変だな。」
一樹はそう言うと、紀藤署長が口を開いた。
「富士の大量の遺体は、有毒ガスの発生による事故。新道病院の一件は、院内のガス管の腐食による爆発事故で処理されることになった。そういうことだから大丈夫だ。警察組織は臭い物に蓋をするのは、昔から得意なんだよ。」
紀藤署長の話を聞いて、一樹は呆れた顔を見せる。
「じゃあ、マリアちゃんはこれから自由に生きていけるのね。」
亜美が嬉しそうに言う。
「でも、どこで?」と、リサが訊く。
「しばらくは、ここに居ると良いわ。ね、マリアちゃん。」
レイがマリアに訊く。
「うん、そうする。」
マリアが笑顔で答えた。
「それより、伊尾木さんはやっぱりもう居なくなったんでしょうか?」
リサが訊いた。
「総帥との闘いで消滅したってことなんじゃないか?」
と一樹が言うと、マリアがすっと立ち上がった。
「おじさんは、私の中に居るわ。」
そう言って、マリアは自分の体を指さして見せた。
「マリアちゃんの心の中で生きてるってことね。」
亜美が言うと、マリアの体の中から、小さな光の粒が浮かび上がった。
「ほら、ここ。」
マリアは、小さな光の粒を両手でそっと包み込んだ。そして、みんなの前で開いて見せる。
『私は常にマリアと共に居る。』


ーEND-

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ちょっとお休みいたします! [苦楽賢人のつぶやき]

ここまでお読みいただきありがとうございました。
シンクロ(同調)シリーズ「マニピュレーターと呼ばれた少女」も一応完結できました。
11月から始めて約4か月ほど掛かってしまいました。もう少しダイナミックな話になるはずでしたが、才能の限界を感じました。
次の物語が浮かぶまで、暫く充電いたします。
春が来る頃には、何か書けると良いんですが・・・。
ありがとうございました。
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