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9-10 マリア [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

「F&F財団は、設立されて既に200年を超えている古い組織だ。時代に合わせて名前や形を変えて来た。そして、世界中に様々な機関をもっている。君らが知っているのはごく一部に過ぎない。おそらく、全貌を知る者はただ一人、総帥だけだろう。」
「総帥?」と亜美が訊く。
「ああ、全てを把握している人物。そして、おそらく、最強のサイキック。」
「サイキック?」
と、一樹が呟き、更に訊く。
「最強のサイキックということは、あなたと同じように、思念波だけで存在する事ができるということですか?」
「ああ、そうだ。総帥はすでに10人近くの人の体を移りながら、存在し続けている。」
「化け物か・・」と一樹。
「それだけではない。彼の能力はこの地球上のサイキックの存在をすぐに突き止める事ができるほどの強力な力にある。隠れ住んでいたとしても、能力を使えば、彼にすぐに見つかってしまうのだ。おそらく、すでに私やマリアの居場所は知られているだろう。」
伊尾木の言葉が少し弱々しく感じられた。
「それだけ強力な力があるなら、エヴァプロジェクトなど不要じゃなかったのか?」
と一樹が伊尾木に訊く。
「強大な力を持っていても、やはり、限界はある。彼も寿命を悟っているはず。だから、F&F財団を維持するために、次の総帥となり得るサイキックを作ろうとしていた。それこそが、エヴァプロジェクトだった。」
「そのために、マリアちゃんを送り込んだということ?」と亜美が訊く。
「ああ、そうだ・・。」
伊尾木は、急に声が小さくなって、表情が険しくなった。
「マリアを送り込まなければ、F&F財団は、その・・総帥の死で全て終わるんじゃないのか?」
一樹が訊き返した。
「もちろん、そうだ。だが、総帥の力は侮れない。私の正体が見破られるのも時間の問題だった。あの頃の私ではとても総帥に立ち向かう事などできなかった。だから、マリアを送り込み、時間を稼いだのだ。」
伊尾木が答える。
「それじゃあ、マリアは囮・・いや、生贄の様なものだ。なんて奴だ!」
一樹が憤慨しながら言った。
「でも、マリアにそれ程の能力があるというのを、どうやって見つけ出したの?」
今度は剣崎が訊いた。
伊尾木は少し答えに戸惑う様子を見せた。
「まさか・・マリアはあなたが作り出したんじゃ?」と、ルイが訊く。
「そうだ。ようやく理解したようだね。」と伊尾木が答えた。
「初めから説明しておいた方が良さそうだ。マリアに辛い生き方を強いたのは弁解の余地はない。だが、彼女を守るために事でもあったのだ。」
伊尾木はそう切り出してから、マリアとの出会いから話し始めた。
「私が研究所を設立した場所の近くに、マリアの家族が住んでいた。小さなアパートだった。私は、マリアの家族の隣の部屋を仮住まいに借りていた。マリアがまだ、生後間もないころだった。わたしは、研究所設立に奔走し、ほとんどアパートに戻るのは深夜だった。ある夜、隣の部屋から赤ん坊の泣き声が聞こえた。ただそれは尋常な泣き方ではなかった。心配になって、外から様子を探ってみると、両親の姿はなかった。私にはどうしようもなかった。ただ、心配するほかない状態だった。翌朝、両親は戻って来た。そこカニ遊びに行っていた様子だった。」
伊尾木の話を聞きながら、亜美が「ネグレクト?」と呟く。
「ああ、そうだ。育児放棄だった。一歳になる頃まで、そんな状態が続いていた。私は時折思念波で、マリアの様子を見ていた。おそらく、その頃の彼女は、成長遅滞に陥っていただろう。それでも、なんとか生きていた。その後、彼女の両親は、マリアに暴力を振るうようになった。虐待だ。おそらく、彼女にはその頃の記憶はないだろうが、私はどうしても彼女を救いたかった。児童相談所にも何度か通報した。その度に、彼女への虐待はエスカレートしていった。・・何か、自分にできることはないか考えるようになっていた。・・ちょうど、研究所設立のめどが立った頃だった。その研究所は、磯村勝の論文をもとにした研究に着手していた。そこで、彼女にある実験をしたのだ。」
伊尾木の話を聞いて、ルイが驚いた表情を浮かべている。
「まさか、彼女に・・。」
ルイはそこまで口にしたものの、それ以上を言葉にしたくなかった。
「ああ、そうだ。サイキックの特別な能力は、遺伝ではない。脳のある部分が活性化することで、特別な能力を得る事ができる。そのきっかけを彼女に与えた。」
伊尾木の説明は少し判りづらかった。
「もう少し判りやすく言ってもらえませんか?」と亜美。
「人間の脳は大半が使われていない。特に、脳の深部は未解明な領域なのだ。そこが活性化する事で、特別な能力を得る事ができる。私は、幼いマリアの、その部分へ私の思念波を送り込んだ。私の思念波の一部を植え付けたのだ。予想通り、彼女は覚醒した。まだ発達途中の彼女の脳内には、予想以上に大きな力を放つ思念波が生まれた。そして、その波長は私と全く同じだった。」
伊尾木はそう言うと、マリアの顔を見る。
マリアはあどけない笑顔を浮かべて伊尾木を見ている。
「だから、マリアは私の分身なのだよ。」
伊尾木の告白に、みな、どう反応してよいか判らず押し黙っていた。
「マリアは、自らの命を守るため、幼いながらも能力を発揮した。両親の死は、彼女自身が行った結果だ。おそらく、彼女は覚えていないだろうが・・。」
「まさか・・そんなことが・・。」
亜美は涙を流していた。無意識とは言えども、両親を殺害するというのは考えられないことだ。
「彼女は、父親に思念波を送り、母親を殺害した後、自ら命を絶つようにマニピュレートした。」
伊尾木は敢えて言葉にした。
「その結果、彼女は僅か2歳で児童保護施設に入ることになった。私は、彼女のために、富士FF学園を作り、引き取った。その後は、皆の知っている通りだ。」
「なんてひどい事を!」
一樹が怒りを抑えきれずに言った。
「では、隣室で命が危うい赤子を見て、何もするなというのか?それこそ、人間として赦される事ではないのでは?」
伊尾木が一樹に反論する。
「しかし、別の方法もあったんじゃないのか?」
「児童相談所には何度も通報した。だが、何の進展もなかった。私は出来ることをやっただけだ。」
「いや、違う。お前は、自分の目的のためにマリアに特別な力を与えただけだ。そのために彼女は、10歳まで収容所に入れられた。ごく普通に生きる道を絶ったのはお前だ。」
一樹は、怒りが収まらず、さらに語気を強めて伊尾木に言った。
「そうかも知れない。だが、私には・・。」
伊尾木はそこまで言うと急に言葉を詰まらせて、身を屈めるようにした。
「伊尾木さん、どうしたんですか?」
真っ先に異変に気付いたのは、レイだった。レイはすぐに駆け寄り、脈を取る。
「いけない。・・すぐに病院へ。」
病院から、すぐに看護士が数人やってきて、ストレッチャーで伊尾木を病院へ運んでいく。
「心筋梗塞かもしれない。すぐに治療します。」
レイはそう言うと、伊尾木を乗せたストレッチャーと一緒にすぐに病院へ向かった。
「体から離れることができるのだから、問題ないんじゃないのか?」
と、一樹が言うと、傍に居たマリアが急に、赤子のように声を上げて泣き始めた。
「どうしたんだ?」
一樹は、マリアの様子に驚いて、傍に居た亜美に訊くが、亜美にも判らなかった。

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