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9-9 本物 [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

トレーラーは橋川に近付いた。
四人はソファのところへ戻って来た。
「もう密談はおわりかな?」
伊尾木はとっくに目覚めていて、マリアは伊尾木の膝で眠っていた。
「今の話・・どこまで?」と剣崎が訊く。
「皆さんの推察は実に素晴らしい。その結論はかなり的を射ている。だが、まだまだだな。続きは、是非、ルイさんと一緒に考えると良いだろう。そうすれば、きっと、マリアと私の関係も判るはずだ。」
伊尾木は少し挑戦的な言い方をした。
トレーラーはルイが待つ新道邸に到着した。トレーラーには、アントニオとカルロスが残った。
大きなリビングに一同が会した。相変わらず、マリアは伊尾木の傍に居る。
「ルイさん、お久しぶりです。」
伊尾木がルイに挨拶をした。
「伊尾木・・さん?」
ルイは怪訝な表情を浮かべている。
「ルイさん、どうしたんですか?」と、ルイの様子に気付いた亜美が訊いた。
「いえ・・本当に・・彼が伊尾木さんなの。ごめんなさい。火事の現場で見かけた時は、遠めで判らなかったんです。ただ、思念波から彼が伊尾木さんだと思っていたんだけど・・。」
ルイは少し意味不明な答え方をした。
「どういうこと、判るように話して。」
今度はレイが訊いた。
「昔、研究所に居た伊尾木さんには、はっきりとした特徴があったの。・・酷い話だけれど、当時、伊尾木さんは被験者で、人体実験の対象でもあった。特に、脳の機能について詳しく調べられていて、・・そう、コメカミ辺りにセンサーが埋め込まれていた時があって・・外したあとも、その部分はケロイド状に残っていたのよ。でも、彼にはその跡がない。だから、彼は伊尾木さんじゃないではと思ったの。」
イプシロン研究所の酷い実態が、垣間見えるエピソードである。
ルイの話を聞いて、皆が、伊尾木を見た。
そして、車中での密談を思い出していた。
「さすが、ルイさんだ。すぐに判るとは・・。ルイさんの言われた通り、伊尾木の体には、フランケンシュタインの様な電極跡があったんだよ。」
伊尾木は少し笑みを浮かべている。
「じゃあ・・。」
と剣崎が口にしたところで、伊尾木が解説するように話を始めた。
「イプシロン研究所から脱走した後、日本に戻った。だが、そんな異形な人間を見れば、みな、驚き、中には警察へ通報する者もいるかもしれない。そこで、隠れて生きることにした。もちろん、F&F財団の追っても心配だった。そこで思いついたのが、生家だった。伊尾木の家はすでに他人の手に渡っていたのだが、磯村の家は、何とか住める状態だった。わたしはそこで息を殺すように生きることにした。」
「ちょっと待って、確か、磯村勝氏が生家に戻り、そこに、伊尾木が戻って来たんじゃなかったの?磯村氏は伊尾木に殺害され、伊尾木は磯村氏になりすましていたんじゃないの?」
と、亜美が確認するように訊いた。
「蔵の中で遺体が見つかっただろ?あれは、伊尾木の体だよ。」
伊尾木の答えを待つ前に、一樹が言った。
「伊尾木は、磯村氏になりすましたんじゃない、磯村氏の体を乗っ取ったんだ。そうだろ?」
伊尾木は、ニヤリと笑みを浮かべて頷いた。
「私の体は、イプシロン研究所の人体実験でボロボロになっていて、そう長くは持たないと判っていた。そのまま死んでしまうことに未練はなかった。いや、むしろ、早く死にたかった。サイキックでなければ、ごく普通の人生を送っていたはず。・・そんな頃に、ふいに、勝が戻って来た。」
「どうして?」と亜美。
「そんなことは知らない。実家に私がいたのを見つけ、やつはたいそう驚いていた。やつは、自分の弟を実験台にする、異常な人間だ。再び、自分の研究のために、俺を利用しようと考えたようだった。ボロボロになっている俺を、あの蔵の中へ閉じ込めたのさ。」
「じゃあ、やっぱり、あの遺体は・・。」と亜美。
「ああ、そうだ。俺の体だ。このまま、実験台にされるくらいなら、やつを殺そうと考えた。思念波を研ぎ澄ませて、やつが現れるのを待ち、その時は来た。蔵の厚い扉が開いた時、ありったけの力を使って奴に思念波をぶつけた。奴を殺して、自分も死のうと思ったんだ・・だが・・その時、奴の体に俺は入っていた。」
「そんなことがあるの?」
と、亜美が改めて驚いて訊いた。
「きっと、それは、ルイさんも知っているだろう?」
と伊尾木がルイを見て言った。ルイは戸惑った表情を見せている。
「どうなの?」とレイが訊いた。
ルイは小さな溜息をついてから口を開いた。
「父の研究の中に、そのことが記されていたわ。磯村氏が導き出した、特別な能力を生むメカニズムの究極の形・・最終形・・。体が無くなっても、思念波だけは残り続ける。でも、それはあり得ないことだと、父の研究所でも誰からも取りあって貰えないものだった。彼が父の研究所から追放されたのは、情報漏えいではなく、その研究内容からだったの。」
「磯村氏はどうしてそんな・・。」とレイが訊く。
「わからない。彼は、イプシロン研究所にやってきて、その研究を続けたの。伊尾木氏の人体実験を指揮していたのも、磯村氏だった。結局、彼は自分の研究成果を自らの身で証明したということになるわ。」
「体を乗っ取られた、磯村氏はどうなったの?」と剣崎が訊く。
「彼の思念波は破壊した。死んだということになる。」と伊尾木が答えた。
「すり替わったというんじゃなかったんですね。」
と亜美が確認するように言う。
「魂は存在する・・そういうことか・・。」
初めからじっと話を聞く側に居た紀藤署長がようやく口を開いた。
「研究所や富士FF学園を開いたのは何故だ?」と一樹が訊く。
「勝は、アメリカから戻る際に、F&F財団から日本で研究所を開く計画を取り付けていた。日本に居る子どもの中から特別な能力を持つ者を探しだし、研究所に送るための機関だった。私はこれを利用しようと考えた。自分を実験台にしたF&F財団への復讐だ。」
伊尾木が答えた。
「復讐?・・それは、彼らに加担しているということになるんじゃ?」
一樹が疑問を投げる。
「いや、待って。」
と、剣崎が会話を遮り、続けた。
「確か、富士FF学園は、マリアを送り出したあとすぐに閉鎖された。そして、研究所も・・・。もしかして、マリアを使ってF&F財団に何か仕掛けたということなの?」
「剣崎さん、確か、エヴァ・プロジェクトは、マリアの存在がきっかけになって再起動したって。」
と、一樹が言う。
「マリアを送り込んで、エヴァ・プロジェクトを始めるよう仕向けたということ?」
改めて、剣崎が伊尾木に訊く。
皆の会話を聞きながら、亜美が混乱し始めていた。もはや、だれが何のために、マリアを追い、その結果、なにが得られるというのか全くわからなくなっていた。
「ちょっと、整理してくれませんか?」
亜美が少し苛立って少し大きな声を出した。
それを聞いて、伊尾木が、姿勢を正して、言った。
「全てを理解するには、F&F財団をもっと知る必要がある。」

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