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9-7 病院 [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

「裾野にある総合病院に行ってください。」
マリアが剣崎に言う。
「病院?」と剣崎が訊き返す。
「はい。そこにおじさんの体があるんです。助けなくちゃ・・。」
剣崎たちはトレーラーに乗り込み、すぐに、マリアの言う総合病院へ向かうことにした。
トレーラーの中では、皆、無言だった。
マリアの体の中に入った光る物体、おじさんと呼ぶマリア、様々疑問がわいてくるがそれをマリアに質問すべきかどうか迷った挙句、亜美も剣崎も無言になってしまっていたのだった。
一樹の意識は戻っていない。
「少し長い時間、マニピュレートしていたから、意識が戻るのも時間が掛かるって・・。」
マリアが皆に説明する。
「ちゃんと意識は戻るの?」
亜美がマリアに訊く。
「ええ・・大丈夫よ。」とマリアは笑みを浮かべて答えた。
車内の会話はそれだけだった。
マリアが指定した病院に到着した。
「ここなの?」
剣崎が訊く。マリアが頷く。
「確認してきます。」
亜美がトレーラーを降りて病院に入っていく。
病院内には、警官の姿があった。亜美は警察バッジを見せて、警官に訊ねる。
「何かあったんですか?」
「樹海で大量殺人事件があったんですが、そこで意識不明の男性が見つかって、事件関係者あるいは容疑者かもしれないので保護しています。」
警官はあっさりと答えてくれた。
亜美はすぐにトレーラーに戻り、警官から聞いた話を皆に伝えた。
「意識不明の男性が・・その・・おじさんの体なの?」
マリアは頷き、答えた。
「早く、私をそこに連れて行って。」
亜美は、剣崎とともに、マリアを連れて病院へ入った。
「彼女たちが、意識不明の男性の関係者かも知れないんです。会わせてください。」
亜美は、病室前に立っている警官に言う。
「・・何か、証明できるものはありますか?」
大量殺人事件の容疑者と目されている男である。そう簡単に面会させるわけにはいかない。その警官の判断は正しかった。証明できるものと言われても、何もない。亜美と剣崎が戸惑う様子を見せたのを感じて、マリアが目を閉じる。マリアから思念波が伸びて、その警官に入り込む。警官は直立したまま、動かなくなった。それを確認して、亜美と剣崎、マリアが病室に入った。
ベッドに横たわっていたのは、伊尾木だった。呼吸器が繋がれている。
マリアが近づき、そっと伊尾木の手を握った。
すると、繋いだ手を通じて、あの光る物体が伊尾木の体に入っていく。
伊尾木が目を開けた。そして、起き上がると呼吸器を外して、三人を見た。
「間に合ったようだな。」
そう言うと、ベッドから降りようとした。だが、体がふらつき転倒しそうになる。
「無理をしないで。」
マリアが言うと、伊尾木は優しい笑みを返した。
「早くここから抜け出さなくちゃ。」
マリアが言う。
「ああ、そうだな。」
とはいっても、伊尾木は容疑者とされている。外にも警察車両があった。おそらく、病院各所に警官が居るに違いない。
伊尾木は剣崎に支えられながら立ち上がると、ふっと目を閉じる。普通の人には見えないが、病院内に伊尾木の思念波が広がっていく。
「これで大丈夫だ。さあ、行こう。」
病室を出ると、先ほどの警官だけではなく、看護師も患者も全ての動作が止まった状態になっていた。まるで、時間が止まっているように見えた。
「大丈夫。少しの間、意識が止まっているだけ。すぐにもとに戻る。」
伊尾木を連れて、亜美たちは病院を抜け出し、トレーラに乗り込んだ。
「もう良いだろう。」
伊尾木はそう言うと、再び目を閉じる。
玄関先で立ちすくんでいる人が、何事もなく動き始めた。少しすると、警官たちが慌てた様子で出てきた。容疑者の姿が消えた事で騒ぎになっているようだった。
「さあ、行きましょう。」
外の様子を確認して、剣崎はアントニオに言った。
ゆっくりとトレーラーは動き始めた。
病院を出て暫くすると、ようやく、一樹の意識が戻った。
一樹は自分の身に何が起きたのか、全くわからず、どうして自分がトレーラーのベッドに横たわっていたのかもわからなかった。
そして、目の前には、マリアや伊尾木がいる。
「ここは?」と一樹が口を開いた。
「一樹、大丈夫?」
亜美が労わるように訊く。
「ああ、大丈夫だ。だが、何があったのか、さっぱりだ。確か、青木ヶ原の樹海にいたのは憶えているんだが・・その後は・・全く、一体どういうことだ?」
亜美は、一樹が青木ヶ原から橋川に戻って来たところから説明する。
「確かにあの時、急に体が動かなくなって、意識が途切れた。あの時、彼に体を乗っ取られたということか・・。」
「その間の事は全く?」と亜美が訊く。
「ああ、眠っているのとは違うような・・。」と一樹が言うと、伊尾木が応えるように言った。
「彼の意識を包み込んでいた。おそらく、その間は真っ暗な空間にぽつんと置かれた状態だろう。長時間そういう中に置かれると精神に異常をきたすものだが、彼はかなり強靭な精神力を持っているようだな。回復も早いな。」
「じゃあ、俺は、しばらく、彼に操られていたってことか?」
一樹は、悔しさをにじませて、強い口調で訊いた。
「済まなかった。だが、マリアの居場所を突き止めるには好都合だった。」
伊尾木が答える。
「だいたい、お前は・・・。」と、一樹が食って掛かろうとした時、剣崎が制止するタイミングで口を開いた。
「マリアちゃんを守ろうとしていると言ったけど、どういうことなのか、説明してください。」
剣崎は少し不満げな表情で伊尾木を睨みつけている。
「ああ、順を追って説明しなければならないと思っている。だが、それには、ルイさんが居た方が良いだろう。」
伊尾木が答える。
「ルイさん?」と亜美が訊く。
「ああ、神林ルイさん。彼女に会わなければ、今、私はここに居ないだろう。」
更に謎が深まった。
今回の事件はF&F財団のエヴァプロジェクトが深く関与しているのは皆知っているところだったが、ルイは直接エヴァプロジェクトには関与していない。一体どういうことなのか判らないままだが、伊
尾木の言う通りに、橋川へ戻ることにした。

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