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3-4 意識の追跡 [アストラルコントロール]

「わかりました。協力します。でも、何をすればいいんですか?」
零士が訊いた。
「別に特別なことをしてもらうわけじゃないわ。いつも通りに生活してもらえば。ただ、あなたの思念波は常にキャッチされている。それだけは理解しておいてほしい。それと、あなたの周囲で常に私たちが監視しているということも了解してほしいの。」
「了解するほかないようですね。」とあきらめ顔で零士が答えた。
「ありがとう。じゃあ、これで失礼するわ。」
剣崎が一方的に話を決めて、三人は部屋を出て行った。
剣崎とレイ、マリアが署を出ると、そこには例のトレーラーが待っていた。三人が乗り込むとすぐにその場を離れた。
「どう感じた?」
剣崎が訊く。
「近くにアストラルコントロール能力を持つ者がいる。」
そう答えたのは、マリアの中にいる伊尾木だった。
伊尾木は総帥との争いのあと、マリアの体に入っていた。彼こそ、高いレベルのアストラルコントロール能力を持つ者だった。その挙句、自らの肉体を失ったのだった。
「確かに、あの残骸は他人を操った後の思念波のもの。時限爆弾のような感じがしたわ。」
剣崎が推察する。
「しかし、なぜ、そんなことをするのか。結果的に事件解決になっているんだから、ある意味、正義のヒーローを作っているようなものよね。」
剣崎も少し呆れたように言った。
「でも、何度も繰り返すと、射場さんは肉体を失うわ。彼の場合、それは死を意味するでしょ。」
レイが心配そうに言う。
「次は死んじゃうかも。」
マリアも心配そうに言った。
「彼を救う方法を考えなくちゃね。」と、レイがマリアを宥めるように言った
剣崎が言う。
「レイさん、今、射場さんはどこにいる?」
レイは、署を出た後も零士の思念波をキャッチしている。以前は、かなり消耗する行為だったが、マリアや伊尾木が傍にいて、ターゲットの思念波を増幅する役割を担うことができ、今では、特に集中しなくても、キャッチできるようになっていた。
「今から署を出るところね。・・・どうやら、五十嵐さんのマンションに行くみたい。」
「そう。やはり、あの二人はそういう仲だったのね。」
「どうかしら・・五十嵐さんはかなり射場さんにぞっこんのようだけど、射場さんは・・迷ってるみたいね。・・なんだか、一樹と亜美さんみたいだわ。」
レイがそう言うと、みんな可笑しくなって噴き出した。
「トレーラーをマンションへ!」
剣崎が言うと、ゆっくりと動き始めた。都会の道路では、大型トレーラーを容易に駐車できるところは少ない。
「ここね。」
剣崎はセキュリティロックのキーボードにそっと触れた。五十嵐が戻ってきたときの映像が浮かぶ。
「今日はこのままここで過ごすようですね。」
レイが剣崎に言う。思念波を通じて二人の会話がキャッチできる。
「そう。」
剣崎はそう言うと、レイとともにトレーラーに戻った。
「明日からしっかり監視しましょう。どこかできっと、接触して来るはずだから。マリアちゃん、疲れてない?」
剣崎が訊く。
「大丈夫です。・・ああ、おじさんが、ひとつ気になったことがあるって・・。」
そこから声が伊尾木に変わる。
「射場の魂が、今まで何度も、アストラルしたことでかなり弱っている。このままだとかなり危ない。後、何回耐えられるか判らない状態だ。何としても食い止めねばならない。」

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3-5 ふたり [アストラルコントロール]

剣崎たちが出て行って、山崎が口を開いた。
「すまなかった。こんなことになると思ってもいなかったんだ。」
正直な気持ちだった。
零士はどう答えていいのかわからなかった。ただ、剣崎の話はにわかには信じられない内容だったのだが、以前から自分の中にあった大きな疑問であった「なぜ事件現場の夢を見たのか」の入口に立ったことは確かだと思えた。
剣崎の言う通り、誰かに操られているとすれば、気持ちのいいものではない。いや、むしろ、これから犯罪に巻き込まれてしまうかもしれないという不安が湧いてきていた。
「山崎さん、これからどうすれば良いんでしょう?」
五十嵐も率直に訊いた。
「いや・・それは・・剣崎さんが話したように、普段通りで良いだろう。射場さんはともかく、君は直接、剣崎さんの監視下に入るわけではないだろう。」
山崎にそう言われても、先ほど体験した「頭の中に他人がいる」という感覚がまだ残っていて、思い出すと怖くなる気持ちが抑えられなかった。
零士がしばらくそういう感覚を体験するのかと思うと、悲しくなってくる。
「五十嵐さん、大丈夫だ。僕自身もあの”夢の体験”には疑問があった。もやもやとした中で暮らしていたんだ。誰かに操られていると聞けば、より不安になる。一日も早く、僕を操っている人物を突き止めないといけない。そう決めたんだ。」
零士は五十嵐を説得するように話した。
まだ勤務時間内だったが、五十嵐は山崎の許可を取って、早々に帰ることにした。
なんだかずいぶん疲れていた。零士も、とてつもない荷物を背負わされた感じがして、すぐに家に戻りたいと思っていた。
二人そろって、署を出た。周囲を見たが、監視をしているような人物はいない。
「ねえ、零士さん、ちょっと家で話さない?」
五十嵐が言うと、零士は「ああ、そうだね。」と答えた。
零士と五十嵐は、高層マンションの自室へ入る。
「正直、こんなことになると思っていなかったわ。」
五十嵐は、自室に入るとすぐソファにゴロンと横になって天井を見上げた。
「ああ、そうだな。」
零士も、床のラグに横になって答えた。
「監視しているといったけど、こんな高層の部屋をどうやって監視するつもりかしら?」
五十嵐がぼんやりと外を見ながら言った。
「いや、君は監視されていないんだよ。」
「ああ、そうか・・。じゃあ、しばらく、夜はここにいたらいいんじゃない?」
五十嵐はそういってから、ずいぶん大胆なことを言ったと恥ずかしくなった。
零士はそういうことには気づかずに「それも良いね」と軽く答えた。
しばらく沈黙があった。
「いや、それはだめだよ。」「駄目よね。」
二人同時に起き上って、叫ぶように言った。なんだか妙に可笑しくて二人とも吹き出してしまった。
「まあ、監視と言っても、自分が何か悪いことをしているわけじゃないんだから、気にすることもないよな。」
「そうよ。ねえ、お腹空かない?」
「ああ、何か食べに行くか?」
「外に出ると監視が付くでしょ。デリバリーしましょう。」
五十嵐は立ち上がり、スマホを開くと、デリバリーの注文をした。おそらくピザだろう、零士はそう思った。五十嵐はたいていデリバリーはピザだ。特に、こっちに何も聞かなくて勝手に注文するときは必ず。おそらく、そういう習慣なんだろう。
「ピザでいいわよね。」
予想通りだった。
しばらくすると、デリバリーボーイがピザを運んできた。二人は、黙々と食べた。何か話をすればきっとまた同じ話になる。だから、黙って食べるしかなかった。
食べ終わってから、零士が立ち上がり、帰り支度を始めた。

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3-5 監視の目 [アストラルコントロール]

「えっ?帰るの?」と五十嵐が言う。
「ああ、帰る。ここにいるのはだめだってさっき言ったじゃないか。」
「いいのよ。別に。・・いえ、そうじゃない。今日は居てくれない?昼間のことでちょっと心が弱くなってるみたいなの。一人で寝るのはつらいわ。」
今回、五十嵐の言葉には、零士もちゃんと答えなければならないと感じた。
「そうか・・そうだな。あれはちょっときつかったな。・・実は僕もこのまま家に帰るのはちょっと怖かったんだ。アパートの周りに僕を監視する人物がいると思うとやっぱり嫌だし・・。」
零士は五十嵐の提案を受け入れた。
その夜、二人はベッドで一緒に眠った。
翌朝、二人はモーニングサービスのある喫茶店に入った。周囲を見てもお客は数人いるほどだった。
「監視はされていないようだな。」
零士は、周囲の客の様子をつぶさに見て小さな声で言うと、五十嵐も周囲を見ながら頷いた。
「ええ、そうみたいね。」
トレーラーに控えていた剣崎には、その様子をレイがシンクロ能力でハッキリと捉えることができていた。
「監視するというのはちょっときつかったようね。」
剣崎は苦笑いしていた。
しばらくすると、アルバイトだろうか、若い娘が、モーニングサービスを運んできた。トーストとサラダとゆで卵が大き目の皿にのっている。少し遅れて、熱いコーヒーも運ばれてきた。
「ここには、よく来るの?」
トーストを口にしながら五十嵐が訊いた。
「前にも話したと思うけど、仕事で行き詰ったり、疲れたりしたとき、よく寄り道するんだ。コーヒーが絶品なんだ。」
零士はそう言いながら、コーヒーを飲む。
「昨夜は夢は見なかった?」と五十嵐が何気なく訊いた。
夕べ、同じベッドで眠った。お決まりのように、二人はそこで体を重ねた。零士は、急に昨夜のことを思い出して、五十嵐と目を合わせられなくなった。
「どうしたの?」
「あ、いや、昨夜は、よく眠れた・・かな。」
零士の答えに、急に五十嵐も思い出して顔を赤らめた。少し二人は沈黙した。
剣崎たちはじっと様子を見ていた。
「この店に、何か感じる。」
マリアが目を閉じたまま言った。
モーニングセットを食べ終わるころようやく、五十嵐が口を開く。
「アストラルコントロールって言っていたけど、本当にそうなのかしら?」
「幽体離脱だと言われると、何かオカルトめいた感じだが・・アストラルコントロールと聞くと別物に感じるな。」
零士は五十嵐の問いには答えず、まるで他人事のような言い方をした。
「いずれにしても、今までの事件に何か関連のある人物が、アストラルコントロールの能力を持っていて、僕を操っていると言われると、かなり納得できた。ただ、どうしてそんなことをするのかは見当もつかないが・・。」
「剣崎さんは信用できるのかしら?・・彼女たちが実は零士さんを操っているってことはない?」
「まあ、あの体験で彼女たちの能力は本物だった。確かに、やろうと思えばできるだろう。でも、そんなことをして彼女たちにどんなメリットがある?」
零士がちらりと壁にかかっていた時計を見て言った。
「時間は大丈夫か?」
五十嵐が腕時計を見る。
「いけない。私、行かなくちゃ。」
五十嵐は、財布を出そうとした。
「いいよ。」と零士が言うと、五十嵐がちょっとウインクして「ありがとう」と言って出て行った。
零士は、一人、店に残った。
「マスター!ホットのお替り。」
「わかりました。」
カウンターの向こうから、しわがれた声がした。

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3-7 第3の事件 [アストラルコントロール]

剣崎たちが零士を監視し始めて3日ほどが経ち、その間は、何も起こらなかった。
このまま監視を続けておくべきかどうか、剣崎も考え始めていた。こちらの動きを察知して手を引いたかもしれない。別の場所で同様のことが起きているのではないか。剣崎は少しずつ苛立つようになった。
零士は、市内で起きた交通事故について調査を始めていた。
若い母親と幼子がひき逃げにあった事故で、運転していたのは高齢ドライバーだった。もはや珍しくない事故だったのだが、ドライバーが資産家で地元の名士と言われた人物だったため、警察がどこまで罪を問う動きをするかを調べていたのだった。資産家の息子の議員も動くのではないか。そう零士は考えて、前の事件の時のように、加害者の邸宅近くに身を潜めて様子をうかがっていた。
その間も、剣崎たちの監視は続いていた。
その日の夜遅く、自分のアパートに戻った零士は、急に睡魔に襲われた。その時の感覚で、これは事件の現場にアストラルするのではないかという予感がした。
予感は的中した。
零士は、古い邸宅の中にいた。初めての場所だった。
目の前で、高齢の男性と中年の男性が揉めている。
「どういうつもりだ!」
中年の男性が高齢の男性に怒鳴る。
「うるさい!」
高齢の男性も負けてはいない。
「運転するなとあれだけ言っただろうが!」
二人のやり取りを見て、高齢の男性は、今調べている交通事故の加害者、加茂善三だとわかった。そして、中年の男性は加茂善三の息子で、県会議員の加茂正だった。
交通事故を起こしたことで、議員としても道義的責任を問われているのは知っていた。
「お前の力など借りぬわ。」
加茂善三は吐き捨てるように言った。
「そうか、それなら勝手にしろ!親父とはもともと血のつながりなどないんだ。勝手にしろ!」
加茂正はそういって出て行った。
『事件は起きなかったな』
幽体になっている零士が呟く。
加茂善三は憮然とした表情で、広い和室に置かれた座卓に座った。
誰かが背後から近づいてくる。それは、風のような動きだった。
「うう・・。」
うめき声が漏れる。そのまま、加茂善三が倒れた。頭には、鉈が深く食い込んでいた。背後から来た男が一撃で加茂善三を殺害した。そして、身じろぎもせず、すっと部屋を出て行った。
零士が加茂善三に近寄ると、すでにこと切れていた。
『今のは誰だ?』
零士がそう思ったと同時に、目が覚めた。
零士は、すぐ五十嵐に連絡した。
「事件が起きた。加茂善三氏が殺された。」
「わかったわ。近くの駐在に行って確認してもらうわ。」
零士も現場に向かおうと立ち上がったが、眩暈がして起き上がれない。
ベッドの上の天井がグラグラと動いているような感覚。そのうえ、両手両足に力を入れようとしてもどうにもならない。
そのうち、なぜかふわふわした感覚に包まれ、自分の意識だけが体から離れていくように感じた。
「動いたわね。」
零士の監視を続けていた剣崎がトレーラーハウスのソファに座って言った。
「ええ・・やはり、アストラルコントロールを受けていますね。」
レイが答える。
「急がないと、零士さん、危ない。」
マリアが言った。
「大丈夫だ。私が先に行って、肉体に留まるように力を与えよう。」
伊尾木の思念波の塊が、マリアの体から抜け出て、光となって飛んで行った。

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3-8 悲惨な現場 [アストラルコントロール]

五十嵐が現場に着くと、すでに何台かの警察車両が到着していた。周囲を見回してみたが、零士の姿はなかった。
「頭を割られた状態でほぼ即死でした。」
現場検証していた鑑識官が五十嵐に告げた。
「凶器は?」と五十嵐。
「鉈ですね。はじめに現着した警官が、脳天に刺さった状態で発見したようです。そこの土間に有ったものでしょう。それから、玄関も裏口も、廊下もすべて鍵は掛かっていませんでした。日頃から、不用心だったようですね。」
「物色した痕跡は?」と五十嵐。
鑑識官が、周囲にいた者たちに訊いてから答えた。
「今のところ、モノ盗りの線は薄いようです。資産家ではありますが、家の中は金目のものは少ない。強盗というより怨恨ではないでしょうか?」
その話の最中に、山崎と武藤が顔を出した。
「それは我々が調べることだ。」
武藤が、鑑識官をたしなめるように言った。鑑識官はむっとした顔をして、そこを離れた。
「五十嵐、やはり、射場さんからの連絡か?」
山崎が耳元で囁くように訊いた。
五十嵐が頷く。
「やはり、本物か。それで、彼は?」
「いえ、先ほどから探しているんですが、来ていないようなんです。」
「そうか・・。」
山崎はそう言うと、殺害現場となった和室に入った。武藤も後に続いて入る。
「変ね・・。」
五十嵐が小さくつぶやく。すると、急に頭の中で声がする。
『零士さんは、今、動けない状態なんです。』
「なに?」
五十嵐は驚いて蹲った。
『驚かせてごめんなさい、レイです。今、あなたの思念波とシンクロしています。現場の様子は私もあなたと同じように見る事が出来ます。もちろん、剣崎さんも。』
五十嵐は初めての体験でしばらく動けなかった。
『大丈夫です。操ったりしませんから。あなたの視覚や聴覚、思考にシンクロしているだけです。それより、零士さんのことですが、やはりアストラルコントロールをされていました。今、彼の思念波、意識が肉体から離れそうなんです。食い止めるため、剣崎さんたちが零士さんのアパートに向かっています。』
レイから告げられたことに再び驚いていた。
「どうした、五十嵐?」
殺害現場を見終わった山崎が戻ってきて、五十嵐の様子がおかしいことに気づいて声をかけた。青ざめた表情を浮かべ、涙を浮かべている。無残な殺害現場を見たことが原因ではないことは、これまでの現場検証から、山崎には分った。
「すみません・・。射場さんが・・。」
山崎にだけ聞こえるように小さな声で五十嵐が言った。
「何があった?」
「レイさんから・・射場さんが危ないんです。意識が肉体から離れてしまいそうだと・・。」
山崎には五十嵐の話がよく理解できなかった。だが、これまで、彼の力で事件を解決し、五十嵐にとって射場が大切な人になっていることを山崎も理解していた。
「五十嵐、ここはいいから、射場さんのところへ行け。」
「しかし・・。」
「良いんだ。彼が見たものはこの事件を解くカギになる。彼には生きておいてもらわなければならない。すぐに行け。」
山崎はそう言って五十嵐の背中を押す。
「すみません。」
五十嵐はそう言うと、現場を離れて、零士のアパートへ急いだ。

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3-9 間一髪 [アストラルコントロール]

アパートには、伊尾木がすでに到着していた。
小さな光となっている伊尾木は、零士の肉体に入り込む。そして、肉体から離れようとしている零士の意識を捕まえた。
『まだ早い』
意識の塊である伊尾木は、同じように意識の塊になっている零士と繋がる。零士の意識エネルギーがどんどん薄くなっていく。このままでは消えてしまう。
『仕方ない。』
意識の塊である伊尾木が強い光を発し始めた。それは、零士の意識の塊を包み込み、エネルギーを与え始めた。徐々に光を取り戻した零士の意識の塊が、肉体へ入っていく。
「うう・・。」
零士が目を覚ました。
それと同時に、剣崎やレイたちもアパートに到着した。ドアを変えて中に入ると、ベッドに横たわる零士の姿を見つけた。ベッドの上方には伊尾木の意識の塊が光っていて、マリアが部屋に入ると、すっとマリアの中へ入っていった。
「大丈夫ですか?」
レイが零士にやさしく声をかける。
「ええ、大丈夫です。でも、なんだか変な気分です・・自分の姿を天井から見下ろしていた記憶が残っているんです。」
零士は身を起こしながら答えた。
「臨死体験よ。・・あなたの魂が肉体から離れてしまっていた。伊尾木さんがそれを食い止めてくれたのよ。」
剣崎が言うと、零士は周囲を見回す。
「伊尾木さんは私の中。大丈夫?」
マリアが訊いた。
「僕は救われたということでしょうか?」
「ええ、そうね。・・やはり、あなたの近くにアストラルコントロールをしている者がいることがハッキリした。そして、あなたを操っている。また同じことがあれば、今度は助けられないかもしれないわ。」
剣崎が言う。
「もともと、そういう能力のないものが一時的に意識を飛ばされれば、戻る場所が判らなくなり、何度も繰り返すうちに、肉体を失う。・・死ぬということだ。」
マリアの声が急に男の声に変わっていた。
「だが、もう大丈夫だ。私の意識の一部を植え付けた。今度、同じことがあってもそう言うことにはならないだろう。・・いや、相手の能力の強さ次第なんだが・・。知る限り、私以上の能力を持った者はいないはずだ。」
伊尾木がマリアの体を借りて話した。
そうしているうちに、五十嵐がドアを開けて駆け込んできた。
「零士さん!」
そう声を発すると同時に、零士に飛びつき抱きしめた。
「五十嵐さん・・大丈夫だ、この人たちに救われた。」
零士は五十嵐の耳元で話した。
五十嵐は子どものように泣きじゃくっている。
その様子を見て、剣崎は、「きっと正体を突き止めます。」と五十嵐に言った。
「お願いします。このままじゃ、零士さんは・・。」
「ええ、わかっています。」
剣崎はそう言うと、皆を連れて、アパートを出た。
「それほど高い能力ではないけど、どういう意図で彼をコントロールしているのか、判らないわ。近くにいるはずなのに、捉えることができなかった。どういうことかしら?」
アパートの階段を下りながら、レイが呟く。
『彼の体の中に、思念波の残骸を見つけた。あの思念波を持つ人を見つければ止められる。』
マリアの体を借りて、伊尾木が思念波を発する。
「急ぎましょう。次に同じことが起きてしまえば・・。」
剣崎はトレーラーハウスに急いだ。

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3-10 第一の容疑者 [アストラルコントロール]

「凶器になった鉈から、指紋が検出されました。」
事件の捜査は、鑑識班の鑑定結果が出て、一気に動き出した。
また、周辺の聞き込みから、事件当夜、大声で怒鳴りあう様子と加茂善三宅から飛び出してきた男の目撃情報が出た。
指紋照合の結果、息子の加茂正が最有力容疑者として浮上し、重要参考人として任意同行を求める方向で捜査本部は動き始める。
「これほど確実な物証と目撃情報・・鵜呑みにはできないな。」
捜査本部の動きに、山崎は懐疑的だった。
「ええ・・しかし、これだけ確実な証拠が揃った状態で何もしないというのも、警察が議員に忖度していると世間からバッシングにあうでしょう。」
捜査会議の席で、隣に座っていた武藤が小声で応える。
「捜査課長は厳格な男だ。反対すればかえって決着を急ぎかねない。我々は様子を見るとしよう。」
山崎が呟くと同時に、捜査1課長が立ち上がって言った。
「加茂正に任意で事情聴取する!今回は、現場にいち早く到着した山崎班に任せる。ただし、相手は現職議員だ。マスコミに漏れないよう慎重に進める。良いな!」
片桐課長は、山崎の動きをけん制するかのように命令した。
「そう来たか。」
山崎は立ち上がり、「わかりました。」と答えた。
加茂正は現職の市会議員であるため、社会的信用を大きく損ねる恐れがあり、出頭を求める形ではなく、外部に漏れないようにして、秘密裏に事務所へ行く形で事情聴取することになった。
事情聴取には、五十嵐と林田巡査長が向かうことになった。
警察とは悟られぬよう、いつもとは違い、五十嵐は着飾り、林田もカジュアルな服装にして、大きな手土産の袋をカモフラージュにして陳情に伺う形で、事務所へ向かった。前日、事件について伺いたいと申し入れ、外部から悟られぬ形でならという事務所からの要請にこたえる形を取った。
駅前にあるビルの一角にある事務所には、加茂正氏と秘書の結城哲也氏が待っていた。
加茂正氏は、極めて不機嫌であった。
父が殺されたことだけではない、それ以前に父加茂善三氏が起こした交通事故の一件でも、世間から大いにバッシングされ、所属する議員会派から議員としての道義的責任を追及する声も出始めていて、窮地に立っていた。
その上、警察からの事情聴取となり、不本意極まりない状態だった。当初は、拒否姿勢を見せていたが、秘書の結城氏からの説得を了承してようやく今に至っていた。
「あの日は確かに親父と口論になりました。あれだけ運転するなと言っていたのに、あんな事故を起こして・・とにかく自分勝手な人でしたから・・。」
五十嵐と林田が席に着くや否や、正氏は強い口調で話した。
「それで?」と林田が訊く。
「頭にきて、好きにしろと怒鳴って、帰りました。」
「帰りは一人で?」と林田。
「ええ、だが、余りにも腹立たしくて、冷静になろうと、家を出てしばらく歩きました。」
「どれくらいの時間でしたか?」と五十嵐。
「いえ、それほど・・自宅から、公園までですから・・10分ほどでしょうか。」
「それから?」と五十嵐。
「迎えを呼んで・・ああ、そうだ、ここにいる結城に電話をして車で迎えに来させました。」
正氏がそう言うと、隣で結城氏が頷いて言った。
「時間などを確認したいのでしたら、ドライブレコーダーで確認できます。これが、データです。」
事情聴取の申し入れをしていたため、アリバイを証明する準備は完了していた。結城はさっとメモリーカードを差し出した。
「議員が車に乗り込まれた時の様子も映っているはずですから、確認してみてください。」
と、自信に満ちた表情で結城は言った。
「凶器の鉈からあなたの指紋が出たのはどういうことでしょうか?」
今度は五十嵐が、凶器の写真と検出された指紋照合の記録を見せて、訊いた。
正氏はしばらくその写真を見つめた後、戸惑いの表情を見せて答えた。
「確かに、これは私が使っている鉈だ。ただ,自宅に置いていたはずなんだが、どうして凶器に。」
「貴方が持って行ったんじゃないんですか?」と林田が少し強い口調で訊く。


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3-11 崩れた物証 [アストラルコントロール]

「議員、確か、あの時・・持っていかれたんじゃないですか?」
と結城氏が口を挟んだ。
「あの時?・・ああ、そうか・・確かにそうだ。2週間ほど前に、親父から薪割りを頼まれたんです。手足に力が入らないと言い出して、あの屋敷は、親父のこだわりで、風呂や暖房に薪を使うんで、私も実家にいたころにはよくやらされたものです。そのせいか、自宅にも薪ストーブを置いていて、薪割をしている。親父から頼まれて愛用している鉈を持って行ったはずです。」
五十嵐は、零士から夢で見た現場の様子を聞いていたため、加茂正氏が犯人ではないことは確信していた。加茂正氏の供述に矛盾はないと判断できた。
「苦し紛れのウソじゃないですか?二人で口裏を合わせているんじゃないんですか?」
何も聞いていない林田は、正氏の供述を否定的に聞いている。
その言葉を聞いて、正氏は少し苛立ち気味に答えた。
「親父が手足に力が入らないというんで、薪割をした。その時、そんな状態ならすぐに医者に行けと言ったんだ。それと、くれぐれも運転はするなとも。だが、親父は俺の言うことなぞ聞く耳を持たない。そのあとあの事故を起こした。被害に遭われた方には本当に申し訳ないと思っている。まあ、私だって迷惑している。だからと言って親父を殺すなどありえない。」
正氏は、思い出しながら話し、最後は交通事故の犠牲者への謝罪まで口にした。
「では、父親を殺すために鉈を持ち込んだのではないと?」と林田。
「当たり前だ。私が親父を殺すわけはない。確かに、自分勝手であんな事故を起こして許せない気持ちはあったが、今、議員としていられるのも親父の力だ。父親である以上に、議員としても尊敬していた。俺が殺す動機もない。」
正氏は反論する。
「状況と証拠から、今は、あなたが最有力の容疑者になっているんです。あなたではないという新たな証拠が必要になるんです。」
五十嵐が言う。
「とにかく、私じゃない。口論にはなったがすぐに帰った。その後、誰かが俺の鉈を使って親父を殺しんだ。」
「では、あなた以外に、加茂善三氏を殺す動機があるとすれば誰でしょうか?」
五十嵐が単刀直入に訊いた。
「さあ。なにしろ、剛腕でしたから。恨みなどいくらでも買っているでしょう。それに、あの頑固さで苦労させられた人も多いはずです。親父の周りにいた人間で動機のないのはほとんどいないんじゃないですか?・・ああ、そうだ。あの交通事故の被害者の・・。」
「議員!それはいけません。」
正氏が、それを口にした時、隣にいた結城が慌てて止めた。
「交通事故被害者の家族ですか。確か、奥さんと子供を亡くされたんでしたね。」
五十嵐が続けた。
「気持ちはわかります。私だって妻子が轢き殺されれば何をするか判らない。事故の補償はきちんと・・いや、保険の規定以上に支払っているんです。だが・・。」
正氏が口を濁すと、秘書の結城が口を挟む。
「誤解のないようにお話ししますが、事故の当事者は、善三氏です。罰を受けるべき人は議員じゃない。しかし、彼は、何度も事務所に来て、議員に謝罪と誠意を見せろと迫った。はじめは議員も対応していましたが、三度目からは私が対応することにしました。はじめのうちは補償額が少ないと言っていましたが、エスカレートし始めました。警察に相談しようと思いましたが・・実のところ、はじめに要求にこたえて、補償額とは別にお金を渡してしまった。議員の立場としては許されることではありませんから、脅迫を受けているとは通報しづらくて・・申し訳ありません。」
結城は頭を下げる。
「あいつはとんでもない奴だ。確か、無職でギャンブルに溺れているらしい。興信所を使って身元を調べた。亡くなった妻子もかなり辛い暮らしをしていたようだ。」
正氏はそう言うと、机の引き出しから興信所の調査所が入った封筒を取り出して、五十嵐達に見せた。交通事故被害者の家族と聞くと、愛する家族を失い悲痛な思いを抱えているものと思いがちだが、中にはこうした者もいる。
「私との交渉が思うようにいかないから、親父を脅しに行って、殺してしまった・・ということじゃないんですか。調べてみてくださいよ。」
正氏が、五十嵐達に言った。


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3-12 次の容疑者 [アストラルコントロール]

五十嵐達は、いったん署に戻り、加茂正氏への事情聴取について報告した。
「念のため、預かったメモリーカードを見てみます。」
林田はそう言って、メモリーカードを五十嵐から預かり、パソコンを開いた。
「正氏の話からすると、犯人は正氏を犯人に仕立てるために、あの鉈を使ったということですね。」
五十嵐が山崎に言う。
「まあ、そういう小細工をしたと言えるんだが・・。」
山崎は何かこの事件にはもっと深い闇があるように感じていた。
「加茂氏親子に恨みを持つ人間ということでしょうか?」と五十嵐。
「その可能性が高い。もう少し、加茂親子の近況を調べておく必要があるな。」
「ええ、射場さんが夢で見た男はためらいもなく一撃で善三氏を殺していました。かなり計画的に事を進めたのは間違いないでしょうね。加茂氏親子に関する情報を集めてみます。」
五十嵐がそう答えたとき、パソコンを睨みつけるように見ていた林田が声を上げた。
「山崎さん、これを見てください!」
林田はパソコンを抱えて、山崎のところに来た。
「正氏は、確かに、迎えに来た結城の車に特に慌てる様子もなく乗り込んでいました。しかし、その後です。」
林田はそう言うと、映像を少し進めた。
「ここです。」
ドライブレコーダーが映している画面の中に人影が動いているように見えた。
「誰かいるようだな。」と山崎。
「ええ・・ちょっと映像を拡大します。」
林田が起用にマウスを使って問題の映像を拡大し、フィルターをかけて映っている人影を際立たせたあと、映像を再生する。
確かに、暗闇の中、ぼんやりと照らす月明りに浮かんで、人影があった。そして、その人物はひょいと通りを渡り、加茂氏の邸宅の門前に立った。それから、周囲を何度も見回してから、門の中に入っていった。その後、結城氏の運転する車は発進し、該当の場所は映っていなかった。
「加茂正氏が帰った後、誰かが忍び込んでいる・・ということでしょうか?」
林田が山崎に確認する。山崎はチラッと五十嵐を見た。その視線は、この人物は犯人ではないと聞きたげだった。
「正氏が善三氏と口論になり怒って家を出たというのを信用するなら、この男が、善三氏を殺害した可能性が高い。・・そうですよね。」
林田は、犯人を見つけたと躍起になって話す。
「誰なんでしょう?」
林田が訊いた。
すると、武藤が事件の詳細が書かれたホワイトボードに視線を向けて、関係者の写真を見る。
「たぶん、こいつだろう。」
指さしたのは、交通事故の被害者の夫、伊藤順次だった。
「正氏も、結城氏も、こいつに脅迫されていたと話していたんだろ?きっと、金をせびりに言って相手にされず、鉈で殺した。そういうことじゃないか?」
「まあ、物証的にはそういう可能性も考えられるが・・。」と山崎が答える。
「どうしたんです?山崎さんらしくないですね。いつもなら、すぐにこいつを引っ張ってこいっていうところでしょう。」
武藤は少し釈然としない様子で山崎に言った。
「ここに映っているからと殺した証拠にはならないということだ。」と山崎。
「そうですが・・とりあえず、こいつを調べてみましょう。」
すぐに、武藤と林田が、交通事故被害者の夫、伊藤順次のアパートに向かった。
自宅であるアパートは留守だった。
隣の住人から、近くの雀荘ではないかと聞き、向かうと、情報の通り、伊藤順次は麻雀荘の一番奥の席にいた。羽振りのよさそうな男たちと卓を囲んで上機嫌だった。
林田が先に入り、伊藤に声をかける。
「伊藤順次さんですね。」
「はあ?お前、誰だ?」

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3-13 取調室 [アストラルコントロール]

「警察です。少しお話を伺いたいんですが・・。」
林田がそう切り出すと、伊藤順次はいきなり、卓を押し倒して走り出した。
そして、狭い店内のいくつかの卓を囲んだ男たちを押し倒すようにしながら、出口へ走った。
「はい、公務執行妨害の現行犯だ!」
出口で待っていた武藤が伊藤を壁に突き飛ばして逮捕した。
署に戻ると、取調室で武藤と林田が伊藤に向き合っていた。
「あれだけ派手に騒いだんだ。今日は留置場に泊まってもらうほかないな。」
林田はあきれ顔をして言った。
伊藤は、返答もせずに、椅子に座り天井を見上げていた。
「おとといの夜はどこにいた?」と林田が訊いた。
「おととい?多分、雀荘だ。オーナーに訊いてもらえばわかるさ。」
吐き捨てるように伊藤は答える。
「加茂善三氏が亡くなったのは知っているか?」
武藤が試すように訊く。
「ああ、ニュースで見た。頭を割られて殺されたってなあ。自業自得だろう?あんな事故を起こしておいて、補償さえすれば済むなんて言ってる奴だったから、天罰だ。」
伊藤は笑みを浮かべて答えた。
「お前じゃないのか?」
林田がきつい口調で訊いた。
「なんで俺が?妻や子を殺されたって恨んではいるが、殺すほど愚かじゃない。」
「殺してしまえば、金が手に入らないからか?」
「関係ないだろ!」
伊藤は明らかに動揺していた。
「補償額では満足できず、善三氏や息子の正氏にも金をせびりに行ったんだろう?」と武藤が訊く。
「人聞きが悪いことを言うな。誠意を見せてくれと言っただけだ。そしたら、金をくれた。ああいう金持ちの誠意というのは金だけなんだ。謝罪の言葉さえないんだぞ。腐ってる奴らさ。」
「そうじゃないだろ?金をせびりに行って断られ、かっとして殺したんじゃないのか?」
武藤がさらに追及する。
「おいおい、こっちは被害者なんだ。妻や子を殺され、これから俺は一人で生きなきゃならん。それなりに補償があったってなあ。一生困らないくらいじゃなくちゃ。」
「お前は無職でギャンブル狂い、奥さんが必死に働いて何とか生活をしていたのはわかってるんだ。お前からすれば金づるを無くして、加茂氏を脅迫したんだろうが、それもれっきとした犯罪なんだ。じっくり調べてやるからな。」
武藤は、ネクタイを緩めて、椅子に座りなおした。
「もう一度訊く。おとといの夜はどこにいた?」
「だから、雀荘だって。」
「ほう・・じゃあ、これは誰だ?」
林田は自分が発見したドライブレコーダーの映像を伊藤に見せる。
伊藤の顔色がみるみる変わっていく。
「これはお前だな。加茂善三氏の家に入っていったよな。」
武藤が訊く。伊藤はしばらく目を伏せ口を噤んでいた。
「なんとか言えよ!」
武藤が机を叩いて脅すように言う。
「俺じゃない!俺じゃないんだ!」
悲痛な叫びのような声が取調室に響く。武藤と林田は反応せずじっと伊藤を睨みつけていた。
「確かに、あの日、加茂の家には行った。金を受け取る約束だった。だが、一向に連絡をよこさないんで、尋ねて行った。」
「金を払わないのに頭にきて殺したんだな。」と武藤が言う。
「そうじゃない。俺が部屋に入った時、もう死んでいた。鉈で頭を割られて・・。そしたら、外でパトカーのサイレンが響いた。このままじゃ、犯人にされると思ってすぐに逃げたんだ。何も触っちゃいない。信じてくれ。俺じゃない。」
伊藤はそう言いながら涙を流している。
山崎が隣室から一部始終を見ていた。そしてぼそりと呟いた。
「奴はホンボシじゃないな。」

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3-14 アストラルの能力 [アストラルコントロール]

「射場さんの中にあった残骸の思念波にようやくシンクロできました。」
レイは、伊尾木が見つけた思念波の残骸に何度もシンクロして、ようやく手がかりを掴んでいた。
「やはり、この近くで同じ思念波を感じます。・・でも、かなり弱くなってる。」
レイは目を閉じたまま、すっと立ち上がり、思念波を感じる方角に向いて立った。
「とにかく、感じる方向へ向かいましょう。」
剣崎がレイに言うと、トレーラーを出た。
マリアもレイが感じている思念波が判るようになってきた。
『この先だ』
伊尾木が思念波で皆に伝える。
『ここだ』
そこは、零士が立ち寄る喫茶店だった。皆、店の中に入る。店内に客はいなかった。
「いらっしゃいませ。」
カウンターの向こうに、白髪交じりのマスターらしき人物が座って迎えた。
「ようやく、いらっしゃいましたね。」
マスターは剣崎たちが来ることを予見していた。
「さあ、どうぞ。私に訊きたいことがたくさんあるでしょう。まあ、座ってください。今、おいしいコーヒーを淹れますから。」
アストラルコントロールをして、零士を命の危機にさらした人物とは思えない柔らかい物腰だった。
マスターは、コーヒーを運んでくると隣の席に座った。
その間、レイは、シンクロしているマスターの思念波の中に入り込もうとしたが、バリアされていて入れなかった。
「さて、どこから話しましょうかね。」
マスターに焦りは感じられない。
「あなたが射場さんを操っていたのは間違いないですね。」
はじめに、剣崎が訊いた。
「ええ、そうです。彼の思念波はシンクロしやすかった。」
事も無げにマスターは答えた。
「何のためにあんなことを。射場さんの命を奪うかもしれないとわかっていたんでしょう?」
今度はレイが訊いた。これにはマスタは少し考えていたが、
「簡単に言えば、正義のためです。射場さんの命を危険にさらすことはわかっていましたが、彼もある意味では罪人です。殺人や不倫、不正不祥事、そういうのをネタに人のプライベートに入り込み、知られたくないことも容赦なく暴いていた。結果、随分多くの人を傷つけ、中には精神を病んでしまった人もいる。」
「正義?殺人事件を起こして、それを射場さんに解かせて・・全く意味が分からない。」
剣崎が、腹立たしさを言葉にした。
「殺人事件を起こしたのは私じゃない。殺人犯を見つけるために協力しているだけですよ。」
マスターが答える。
「あなたが、彼らを操って殺人事件を起こしたんじゃないの?」
レイが訊いた。
「当たり前でしょう。殺人事件を起こす側なら、なぜ、その犯人を暴く必要があるんです。そちら側にいるのなら、徹底的に隠し通す。いや、完全犯罪にすることだってできるんですよ。」
「しかし、射場さんは必ず殺人現場にアストラルされていたじゃないですか?殺人事件を企てる者にしかわからないはず。あなたが彼らを操っているんじゃないの?」
予想していた答えとは真逆の内容に、剣崎も驚いて訊いた。
「剣崎さん、そんな単純なことじゃないんですよ。これは、日本の闇に関わることなんです。事件などは単なる事象に過ぎない。だからこそ、あなたたちがここへ来るように仕向けたんです。これ以上は、私の能力ではどうしようもないんです。」
マスターが答える。
「ここへ来るように仕向けた?」
「ええ、そのために、射場さんを使い、五十嵐さんや山崎さんに繋いだ。そして、その情報を特殊犯罪対策課がキャッチできるようにもしたんです。もっと早く来ると思っていたんですが・・最初の殺人事件の直後には会えると思っていたんですが・・。」
一連の話を、マリアの体の中にいる伊尾木はじっと聞いていた。

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3-15 スパイダー [アストラルコントロール]

『そうか・・思い出した・・・お前は・・。』
伊尾木が思念波を発して言った。
「ようやく気付いたようですね。伊尾木さん・・いや、ナンバー12。」
マスターが、伊尾木に向かって言った。
『お前はナンバー5、通称、スパイダーだな。たしか、シンクロとアストラルの能力を持っていた。だが、死んだと聞いていたが。』
「ええ、死んだことにしました。ちょうど、中東の紛争に送り出されて、作戦を遂行する前に、姿を消したんです。たしか、レヴェナントとか呼ばれていると聞きましたが・・。」
レヴェナントという言葉に、剣崎が体をビクッとさせた。
サイキックソルジャーとして、各国に派遣された者が様々な作戦に派遣され、失敗すれば存在を消される。ただ、それを逃れた者たちが、F&F財団の壊滅のための抵抗組織を結成した。それをレヴェナントと呼び、剣崎は、レヴェナントを追うチェイサーであった。だが、レヴェナント組織は壊滅したはずだった。剣崎の記憶からもほとんど消し去ろうとしていた名前だった。
「まだ残党がいたっていうこと?」
剣崎は動揺を抑えきれないままマスターに訊いた。
「いえ、私はレヴェナントにはなりませんでした。そもそも、こんな能力を持ったことを後悔しているんです。平凡な人生を送りたかった。姿を消して、しばらくは、シリア国境近くで、現地の人たちに紛れ、息をひそめて生きていました。・・しかし、組織はチェイサーを送ってきました。」
剣崎は鼓動が高まる。
「それでも何とか逃げ延びて、インド、中国を経て日本へ着いたのは、まだ2年ほど前です。」
いろんな苦労があったことは想像できた。
じっと話を聞いていた伊尾木が不意に言った。
『まさか、君も・・。』
「ええ、そうです。すでに自分の体は失くしました。チェイサーとの闘いで体はボロボロになり、捨てたんです。そこからは、伊尾木さんと同じ。今は、このマスターの体を借りているところです。」
マスターはそう言った。
「私たちのことはどこで?」と剣崎が訊く。
マスターは、小さく笑みを浮かべて答えた。
「ここにいるといろんな客が来ます。特殊犯罪捜査室の方もここへ来られたんです。私にはシンクロ能力がある。ちょっとその人の意識とシンクロしたら、剣崎さんやレイさんの情報を知ることができた。その時は、嬉しさと驚きと恐怖が混ざったような複雑な感じでしたね。」
「その時から今回のことを?」と剣崎。
「いえいえ、今回のことは偶発的なことです。客の一人が何とも言えない恐ろしい思念波を発していました。レイさんならわかると思いますが、悪事を働く人間には固有の思念波ができる。それを感じたんです。」
レイは、マスターの言葉を聞いて小さく頷いた。
「そいつは何度かここへ来ました。いつもパソコンを開いていて、時々、気味の悪い笑みを浮かべていました。ずいぶん気になったので、一度シンクロして意識を覗いたんです。意識の中で見つけたのは、本田幸子さんが起こした事件でした。正確に言うと、本田幸子さんに事件を起こさせるシナリオだったんです。」
皆、マスターの話に引き込まれていく。
「あの事件はそいつが描いたシナリオに沿って実行されたということなの?」と剣崎が訊いた。
「ええ、そうです。」とマスターは答えた。
「本田幸子がシナリオを彼に依頼したということなの?」
剣崎がさらに訊いた。
「いえ、違います。本田幸子さんがあの事件を起こすように巧妙に仕組まれていたんです。だから、射場さんをアストラルして現場の様子を見させた。事件の真相にたどり着けるようリード役をやれにやってもらったというわけです。」
「しかし、シナリオを描いた人間も、書かせた人間も結局捕まらなかった。」
レイが言う。
「ええ、その通りです。警察もそのことには気づいているようですが、確たる証拠がない。何より、本田幸子さんが、片岡優香さんを殺したいという思いは真実だからです。誘導されたとは思っていない。それほど巧妙なシナリオだったんです。」
一連の事件の深部がようやく見えてきた気がしていた。

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3-16 意識世界 [アストラルコントロール]

五十嵐は、零士のアパートにいた。
零士は一時の危険な状態は脱したものの、まだ完全な状態ではなく、ベッドに横になって眠っているようだった。
「大丈夫?」
五十嵐は、零士の顔を覗き込み、囁く。
ふっと零士が目を開け、「ああ」と吐き出すように呟いた。
「事件は?」と零士が訊いた。
「捜査本部は、残された凶器から指紋が検出されて、殺された加茂善三氏の息子、正氏を第一の容疑者にしたの。私が聴取したわ。それから、善三氏が交通事故を起こした相手の夫、伊藤順次を次の容疑者として事情聴取をしたの。どちらも殺害は可能で動機もある程度はあるけれど、決め手がないまま。振出しに戻ったというところかしら。」
五十嵐は、零士が見た夢のことを考えれば当然の結果だとわかっていて、少しげんなりしたように言った。
零士はそれを聞いていて、ふと思い出したことがあった。
「犯人は、正氏から出て行った直後に、迷いもなく鉈を振り下ろした。突発的なことじゃない。かなり周到に計画していたはずだ。凶器の鉈を使ったのも、正氏を犯人にするつもりだったはずだ。加茂親子に恨みがある人物だと思うんだが・・。」
「捜査本部も、同じような考えで、加茂善三氏の周囲を再捜査しているわ。」
「鉈で頭を割るのはそれ程容易いことじゃない。かなり使い慣れた人物じゃないだろうか?」
「そうなると、やはり、正氏が疑わしくなるわ。あの鉈は、正氏が日ごろから使っていたものらしいから。数日前に、善三氏に頼まれて、薪割りをしたと供述しているのよ。」
「そうか・・。」
零士は、横になったまま、天井を見つめていた。
「伊藤順次が容疑者になったのはなぜ?」と零士が訊く。
「ドライブレコーダーの映像に、伊藤順次が加茂邸に入っていくのが映っていたの。時間的には、殺された時間と一致するらしいわ。脅迫していてお金をもらう約束だったと供述しているわ。」
「いや、彼は犯人じゃないだろう。殺されたのは正氏が部屋を出てすぐだった。伊藤順次が家に入ってくれば正氏と鉢合わせになるはずだし、時間のずれがある。」
「もう一人、誰かがいたということよね。」
「ああ、おそらく、犯人は、正氏が家に来る前から潜んでいた。そしてタイミングを見計らって殺害した。そして、次に、伊藤順次が来ることも知っていたのかもしれない。」
「二人の行動を知っていたということ?」
「ああそうだ。いや、そうなるように二人に仕組んだのかもしれない。」
「そんなことできる人間がいるのかしら?」
二人はそこで沈黙した。
零士は、五十嵐との会話を頭の中で整理していたが、徐々に疲れを感じ始めていた。
「少し休んで・・私は、捜査本部に戻るわ。」
五十嵐がそう言って立ち上がる。
「無理しないでね。」
「ああ・・。」
五十嵐がドアを出ていくと、零士は少し眠った。
不意に、頭の中に何かいるような感覚がした。あの夢の世界へ入り込む感覚とは違う。意識の中で、零士はその何者かを探り当てようとした。脳の中ではなく自分の意識世界の中。夢とは違う、広く真っ白な空間で、小さな光のようなものが遠くにいる。異質ではあるが、決して敵対するものではなく、自分の存在を支えてくれているような感覚だった。
「なんだ?」
意識世界の中で零士が言葉を発した。
小さな光が点滅して返事をしたような気がした。
「アストラルコントロールの正体か?」
再び零士が言葉を発する。小さな光は、それには反応しなかった。
しばらくすると光は徐々に大きくなり、零士の意識世界を満たしていく。何か、安心感のようなものが広がり、零士は深い眠りについた。

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3-17 痕跡 [アストラルコントロール]

捜査は難航していた。捜査本部の片桐課長は机を叩く。
「加茂正、伊藤順次、いずれかが犯人に違いない。もっと、確実な証拠を見つけるんだ!」
居並ぶ捜査員は、大半が犯人は別にいると思い始めていた。課長の声に比べて、反応は鈍い。
山崎、武藤、林田、五十嵐の四人は、そっと捜査本部の会議室を出て、自分たちの部屋に戻った。
「片桐は、一度言い出したら他の人間の意見を聞かないからな。」
部屋に入るなり、山崎が言った。
片桐は山崎と同期だったが、昇進試験を突破して今の地位に就いた。もちろん、これまでにいくつもの難事件を解決してきた実績もあり、皆、当然だと思っていたが、時折、独善的になるところがあった。今回の事件では、それが悪い方向に出ていると山崎は思っていた。
「どうします?」と武藤が山崎に訊いた。
「犯人は別にいる。そうだな、五十嵐!」
山崎が不意に言った。
「ええ、あの二人ではないと思います。正氏はあえて自分の指紋の残る鉈を凶器に使う意味がありません。それに、伊藤順次も、殺すことで何の利益もありません。・・加茂善三氏を殺し、正氏を容疑者に仕立て、さらに、伊藤順次にまで疑いが向くように仕向けた人物がいるはずです。」
五十嵐はきっぱりと言った。
「第三の人物がいたとすると、きっと何か痕跡を残しているはずだ。もう一度、現場を調べる。武藤と林田は現場へ行け。五十嵐は、加茂善三氏と正氏の人間関係をもう一度洗いなおせ。」
山崎が言うと、武藤や林田、五十嵐がさっと部屋を出て行った。
加茂邸に着くと、武藤と林田が事件現場以外の場所もくまなく調べ始めた。
「例えば、身を潜めるならどこだ?」
武藤は屋敷の中を見回して呟く。加茂邸は豪邸だった。幾つも部屋があり、長い廊下、土間、昔ながらの台所があり、どこにでも隠れられそうだった。
「正氏が帰ってから、伊藤純次がここへ来るわずかな間に、善三氏を殺して、気づかれずに逃げる出すことができるだろうか?」
林田は土間や外へ続く出入口辺りを調べながら呟いた。
二人はいろんなシチュエーションを想定しながら、真犯人の行動を考え、怪しいと思うところを丁寧に調べた。
邸宅の裏口に二人が行くと、何か不自然さを感じた。
「なんだ、これ?」
それは、裏口の戸口だった。一か所だけ妙に光っている。ライトを照らしてみると、他と色合いが違う。武藤が鼻を近づけて臭いをかいでみると、かすかだが血の匂いを感じた。
「すぐに鑑識を呼ぼう。」
武藤がそう言って戸口を開ける。
そこには、竹藪が茂っていた。戸口を左に出れば、表通りに出られる。竹林の中に人が歩いたような形跡を見つけた。その先を見ると、裏道がわずかに見えた。
「ここから逃走したのかも。」
林田が足を踏み入れようとしたが、武藤が止めた。
「鑑識が来るまで触れない方がいい。それより、あの裏道へ回るぞ。」
武藤と林田は、一度邸宅の裏口から表通りに出て、竹林を目印にぐるりと屋敷を回った。真裏にやや狭い道路が走っていた。
「ここに車を止めていて、逃走したようだな。」
周囲をくまなく調べてみると、道路の中央あたりに、ぽつりと黒いシミのようなものがあった。
「これは・・。」
「おそらく犯人の衣服に付着していた血液だ。鉈で頭を割ったのだから、返り血を浴びていても不思議じゃない。やはり、真犯人は別にいるようだな。」
武藤が言う。しばらくすると鑑識班がやってきた。すぐに、裏口や竹藪の中から、被害者、善三氏の血液型と一致する血痕だと判明した。
「凶器の指紋、ドライブレコーダーの映像に、囚われすぎていたようだな。もう少し、慎重に事件現場を見なくちゃいけない・・。」
武藤が呟く。

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3-18 情報拡散 [アストラルコントロール]

そのころ、捜査本部が急に慌ただしくなっていた。
「本部長、大変です。SNSで、加茂正氏が父親を殺したという記事が拡散しています!。」
「どういうことだ?慎重に捜査をしたんじゃないのか?山崎を呼べ!」
捜査本部の片桐課長は顔を真っ赤にして怒鳴った。
すぐに山崎が来て、事情を確認した。
「私の知る限り、五十嵐たちの捜査は外部から気づかれるようなものではありませんでした。」
「じゃあ、なぜ、こんな記事が出るんだ!」
片桐課長は怒りが収まらない。こうした記事が出ないよう、事情聴取を訪問客のようにカモフラージュして行うと加茂正氏と約束を取り付けたのが片桐課長だった。自分の面目をつぶされたことに怒りが沸いているだけだった。
「判りませんね。ですが、こんな情報で我々警察を煽ったところで、捜査に影響はしませんよね。」
「もちろんだ。」
「これはきっと、何か別の意図があって・・例えば、真犯人が捜査を混乱させようとか、正氏を陥れようと狙ってやったことじゃないんでしょうか?むしろ、こうした情報の出元を探っていけば真犯人にたどり着けるのかもしれません。まあ、これで、加茂正氏が犯人ではないことが証明されたようなものですが・・。」
山崎は、片桐の怒りの矛先を別の方向に向けるように回答した。
片桐課長は返す言葉を失い、椅子にドカッと座り込んだ。
その時、捜査本部にいたほかの捜査員たちの空気が変わった。
「おい、すぐこの記事の発端になった投稿を調べるぞ。」
「ああ、おそらく、裏アカだろうから、特殊犯罪捜査室にも連絡して協力してもらおう。」
「新聞社や週刊誌あたりにも、情報提供を頼んだらどうだろうか。」
片桐課長の指示とは違う方向に動き始める。
同じころ、五十嵐は、駅前のビルの1階にある、正氏の事務所に向かっていた。
事務所に近づくと、人だかりがしている。テレビカメラを抱えたクルーも見えた。
五十嵐は、スマホを開いてみた。こういう時は必ず、速報記事が出ている。
「どういうこと?だれがこんな・・。」
表は報道陣が集まりとても近づけそうもない。
五十嵐は、正氏の事務所の隣の雑貨店に入った。表の騒ぎのせいで雑貨店には客の姿はなく、店主が呆然と通りを見ていた。
「すみません。」
五十嵐はそう言って、店主に警察バッジを見せる。
「やはり、正さんが犯人なんですか?」
正氏と同じくらいの年齢の店主が不安げに訊いた。
「捜査中なので、ハッキリしたことは言えませんが、おそらく、誰かの陰謀で犯人に仕立てられただけだと思います。それより、裏口は?」
「そこですが・・。」
「隣の事務所に行きたいんですが、通じていますか?」
「ええ、裏口から出ると、隣の裏口があります。改装の下限らしいんですが、ここと隣だけが行き来できるようになっています。」
「ご協力、ありがとうございます。・・ああ、このことは、くれぐれも内密にお願いします。正氏を逮捕に来たわけじゃなくて、彼の無実を証明するためですから・・」
「わかりました。」
五十嵐は店主に礼を言い、裏口から隣の事務所に入った。
裏口から入るとそこは倉庫になっていた。狭い通路を通り抜けると、事務所だった。外部から見られぬように、厚いカーテンで窓が塞がれ、室内は薄暗かった。
その中で、事務員らしき若い女性が席に座っていた。事務員の女性は、外の喧騒には無関心といった様子で、ぼんやりとパソコン画面を眺めていた。
「失礼します。」
五十嵐がドアを開けて入る。
がらんとした事務所に彼女一人、机は4台、田の字に並んでいた。少し離れた場所に大きな机。隣室が議員の部屋。以前に聴取に訪れたとき、すぐに議員の部屋に通されたため、事務所内をじっくり見ていなかったが、それでも、あれから数日でなんだかずいぶん変わった印象を受けた。

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3-19 事務所 [アストラルコントロール]

「あの、五十嵐と申します。」
そう言って、警察バッジを見せる。女性は一瞬戸惑いの表情を見せた。
「加茂議員は?」と聞くと「父は不在です。」と素っ気なく女性は答えた。
「えっ、父って、あなたは娘さんなの?」
「ええ、加茂静香です。大学を出てもなかなか就職が決まらなかったんで、ふらふらしてるなら手伝えと言われて・・ほとんど電話番くらいですけど。」
「そう、・・で、どちらに?」
「自宅も事務所も大変な騒ぎになったようで、早朝には、別荘へ行きました。」
「他の方々は?」
「秘書の結城さんも一緒に、別荘に行かれました。」
「この事務所は議員と結城さんとあなただけですか?」
「いえ、ほかにも二人・・いえ、一人。結城さんから自宅待機と命じられたので、来ていません。」
「そう・・。」
加茂静香が、言い換えたことがちょっと気になった。
「二人じゃなく、一人って、以前はもう一人いたんですか?」
加茂静香は少しためらいがちに答える。
「ええ・・そうなんですけど・・・少し前に辞めました。」
その言い方がまた引っかかった。
「辞めた理由をお聞きしてもいいかしら?」
「結城さんとちょっと揉めて・・詳しくは聞いていませんが、何か深刻そうでした。」
こうした議員事務所で秘書や事務員が揉めるというのは、大抵の場合、金に絡んだ問題だ。
「それで、辞めた方は?」
「そのあとすぐに連絡が取れなくなって・・行方不明。」
「大変ね。」
「その話はしないようにと、結城さんから厳しく言われています。」
秘書の結城とは、聴取の時に初めて会った。
実直そうで、正氏よりも頭が切れるという印象だった。正氏は2世議員である。父、善三氏が長く市議を務めた後、引退に際して地盤を受け継いでいた。正氏は、父善三氏以上に、議員として活躍し、次の選挙では県議にという勢いだった。当然、市議の地盤は、子息へ引き継がれるはずだが、正氏には娘しかおらず、結城氏が後継者と目されていた。
今回の事件はもしかしたら、事務所内の揉め事と関連しているのかもと、五十嵐は考えた。
「結城さんはどんな方?」
「あの人は、父の友人で、前の選挙の時から事務所に入って秘書になった方です。以前は、東京にいらした様ですが・・私はあまり詳しく知りません。頭は良いんでしょうけど、ちょっと冷たい感じで、あまり好きではありませんでした。」
個人的な感情を聞いているつもりはなかった。だが、確かに事情聴取の時、五十嵐も同じような印象を持っていた。
「あの・・父が本当に祖父を殺したんでしょうか?」
心配するはずの言葉なのだが、そんなふうに感じられない。
「おそらく真犯人は別にいるわ。」
「そうなんですか・・でも、あの二人ならそういうことがあってもおかしくないって思っていたから。まあ、これで、気楽に生きていけそうで、ちょっとほっとしていたんですけど・・。」
加茂静香の言葉が妙に気になって、五十嵐がどう答えてよいか戸惑っていると、
「気にしないでください。祖父も父も大嫌いでしたから。私も、いずれ父の跡を継ぐように言われていて、このままだと、次の選挙に立候補させられそうだったんで・・ほっとしているんです。」
「殺人者の家族という問題のほうが大きいとは思いますけど・・。」
「そうですか?政治家の家に育ったことも、大して変わらないように思いますけど・・。」
加茂静香は政治家の家系に生まれたことを随分恨んでいるような口ぶりだった。
「あの、別荘の場所を教えていただけるかしら?」
五十嵐が訊くと、加茂静香は、メモ用紙に住所をさらさらと書いて渡してくれた。
事務所からさほど遠くない場所だった。
「ありがとう。あなたもこんなところにいない方がいいんじゃないかしら?」
「そうですね。ここにいてもどうしようもないですね。」
五十嵐は、加茂静香とともに、裏口を出て雑貨店に戻り、気づかれぬようにその場を後にした。

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3-20 自殺偽装 [アストラルコントロール]

五十嵐は、加茂静香と駅前で別れて、すぐに、加茂の別荘に向かった。
「父の別荘じゃなく、結城さんの別荘なので、たぶん、報道陣は来ていないと思います。」
別れ際に、加茂静香が教えてくれた。
いったん署に戻り、山崎に事務所の様子を報告し、すぐに、山崎と五十嵐が別荘へ向かった。
「無事だと良いんだが・・。」
山崎が運転しながらぼそりと呟いた。
「どういうことですか?」と五十嵐が訊く。
「どうやら、あのSNSの発信元は、秘書の結城のようだ。」
「結城?」と五十嵐が言った。
「ああ、捜査本部の連中が情報を集めた。特殊犯罪対策室の協力もあって、色々と判った。ああ、剣崎さんたちも探ってくれたんだが・・。」
剣崎の名を聞いて、五十嵐は、ふっと零士のことを思い出していた。あれから回復したのだろうか、また、アストラルコントロールをされていないのかと心配になった。
山崎がハンドルを握りながら話をつづけた。
「結城は、どうやら、彼は加茂善三氏の子ども・・いわゆる妾の子だったようだ。その縁で、善三氏が議員時代に、事務所に入ったようだ。」
「結城が、善三氏の?」
「ああ、当初は、結城が善三氏の後継者と目されていたようだが、正氏が地盤を継いで議員になった。それに、次の選挙で正氏は、県会議員に出る予定で、市議は結城へという目論見で動いていたんだが、善三氏が反対した。孫娘に市議にしろと言っていたようだ。」
「じゃあ、結城氏は、秘書のままということに?」
「そうなるんだが・・どうもそのあたりがよくわからん。もう少し何かあるようなんだが。」
山崎は短期間のうちに結城についてかなり調べたようだった。
「あの事務所には、ほかにも職員がいたようなんですが・・何か、結城と揉めていたらしいんです。お金に関わることじゃないかと・・。」
「やはりそうか・・。SNSで正氏の件が拡散したと同時に、結城が事務所の金を横領し暴力団に流しているという書き込みも出回っていた。」
「事務所を辞めた職員かもしれません。」
山崎の運転する車が結城の別荘に近づいた。
「結城はどうするつもりでしょうか?」
「わからないが、正氏をマスコミから匿うことが目的ではなさそうだな。もしかしたら、正氏を殺害するつもりかもしれない。急ごう。」
同じころ、射場零士は、また夢を見ていた。
見たことのない風景だった。そこには、男が一人、ソファに座っていた。
「一体どうなっているんだ!」
そう叫んだのは、加茂正氏だった。
零士は、あの殺人事件で、殺された加茂善三と言い合いになっていた男だったことを思い出した。
苛立ちは半端ない。目の前にある灰皿を壁に投げつける。そこらにあるものに当たり散らし、部屋の中はまるで嵐が通過したような状態になっていた。
リビングの扉が開いて、男が一人入ってくる。
「結城!どうしてあんな記事が出た?手を打っていたんじゃないのか。」
怒鳴り散らす声に、入ってきた男は何の反応も見せず、すっと正氏に近づくと、持っていた太いロープを正氏の首に巻き付けた。
「な・に・・を・・」
正氏は抵抗しようともがいたが、男は背後に回り背負い投げの要領で力いっぱいロープを引く。グキッという鈍い音がして、正の体の力が抜けた。絶命していた。男は、そのまま正氏を背負って、隣室へ入る。大きなログ風の別荘。隣室には、自然木を使った太い梁がある。すでに、そこに太いロープをかけてから、正氏の体を持ち上げると首を入れた。それから、男は静かに部屋を出て行った。
一部始終を、零士は見ていたが、急に、意識が遠のいていく感じがした。そして、目の前の光景がぼんやりとしはじめ、周囲が暗くなってきた。
『しっかりしろ!』と、どこかで声が響いた。
『誰だ?』と零士も、意識の中で訊くと、『大丈夫だ。さあ、戻ろう。』と聞こえたような気がした。その声で、零士は目を覚ました。

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3-21 踏み込む [アストラルコントロール]

山崎と五十嵐は、結城の別荘に到着した。インターホンを鳴らしたが返答はない。大きなガレージには車はなかった。山崎が門を開けて、中に入る。玄関には鍵が掛かっている。仕方なく、ガレージを抜けて、庭に入ってみた。部屋の明かりはついている。山崎と五十嵐は、中の様子を確認しようと、窓に近づいてみた。
「あっ!」
五十嵐が、リビングの大きなガラスサッシ越しに、加茂正氏を見つけた。
「山崎さん、あれを!」
五十嵐に促され、山崎もリビングの大きなガラスサッシから中を見る。首を吊っている加茂正氏の姿を確認した。
「五十嵐救急車だ!」
山崎はそう言ってから、周囲を見回し、大きめの石を見つけてガラスサッシに投げつける。ガラスが割れて飛び散り、鍵を開けて中へ入る。加茂正氏の体に近づき、状態を確認する。
「亡くなっている・・。」
山崎はそう言うと、スマホを取り出し、首を吊った状態の加茂正氏を写真に収めた。それから、椅子を持ってきて、ゆっくりと正氏の遺体を床に降ろした。ほんの数分で救急車が到着し、救急隊員が状態を確認した。
「首を吊ってから、かなり時間が経っているようですね・・。鑑識を呼んでください。」
救急隊員はそう言うと、すぐに引き上げて行った。
鑑識班が到着するまで、山崎と五十嵐は外に出た。現場を荒らさないようにするためだった。
そこへ、結城が戻ってきた。
「何かあったんですか?」
「加茂正氏が亡くなっていました・・。」
「亡くなったって・・どういうことですか?誰かに殺されたんですか?」
結城はそう言って別荘の中へ入ろうとするが、山崎が制止した。
「現場を荒らしたくないので・・亡くなってから随分時間が経っています。あなたはどちらに?」
山崎が訊いた。
「ここに、議員を送ってから、先ほどまで、党の県本部へ行っていました。事情を説明し、除名を取り下げてもらうようお願いにあがっておりました。」
結城は中の様子が気になるようで、視線はずっと別荘の中に向いていた。
ほどなく、鑑識が到着し、別荘には規制線が貼られた。1時間程で、ようやく、加茂正氏の遺体が運び出された。
「念のため、解剖に回しますが宜しいでしょうか?」
山崎が結城に訊く。
「ええ、お願いします。」
結城氏はそう答えた。正氏の遺体が車に乗せられると、結城は思わず蹲り、「どうしてこんなことに・・。」と小さくつぶやいた。
鑑識による検証が終わってから、ようやく、結城や山崎たちが別荘の中に入った。結城はリビングに入ると、部屋の荒れように驚いた。
「あの部屋で首を吊って亡くなっていました。」
五十嵐が発見した状況を説明した。
「自殺のようですが・・。」と五十嵐が言うと、結城は頭を抱えて、ソファに座り込んだ。
「議員は、例のSNS情報でずいぶん悩んでいました。まさか、情報が洩れるとは・・あれだけ、慎重にとお願いしたじゃないですか。これは警察の落ち度ですよね。」
結城は五十嵐に向かって強い口調で言った。五十嵐は、山崎を見た。
「妙ですね・・。」と山崎が切り返し、言葉をつづけた。
「あのSNSの情報は、あなたが流したことは、私たちの捜査で、すでに判っているんですよ。どういうことか説明してもらいましょう。」
「私が?そんなわけないでしょう。どうして私がそんなことを。」
結城は全く身に覚えのないことを言われて反論する。
「やっていないと?」と五十嵐が訊いた。
「やるはずないでしょう。私の使命は議員を守ることです。それは先代からも厳しく言われていましたから。仮に、議員が罪を犯したとしたら、代わりに罪をかぶる覚悟です。そんな私がどうして。」
結城は真剣な顔で答えた。
「署で詳しく話を伺います。ご同行願います。」

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3-22 思い違い [アストラルコントロール]

結城は、山崎や五十嵐とともに、署に入った。
「議員は・・自殺だったんでしょうか?」
取調室に入るなり、結城は山崎に訊いた。
「それは、こちらが訊きたい。状況からみれば自殺のように見えるが、善三氏の殺害を考えると、そうとは思えない。我々は、あなたがやったのではないかと考えているんですよ。」
「馬鹿な!どうして私が」
結城は机を叩いて抗議した。
「善三氏殺害の際、あなたが提出したドライブレコーダーの映像で、正氏や伊藤順次氏に疑いが向くようにし、さらに、正氏が父親を殺したというSNS情報を流し、正氏を失脚させて、自殺に見せかけて殺した。そういう一連の行動を起こす動機があなたにはあるはずだ。」
山崎が詰め寄る。
「動機?私が善三氏の子ども・・妾の子だったからですか?それを恨んでいるとでも?」
「違いますか?」
「恨むどころか・・私は善三氏にはお返しできないほどの恩を受けています。」
「恩?」と隣にいた五十嵐が言った。
「ええ、実は私は、善三氏の実の子どもではないんです。善三氏は、身重な母と出会い、援助をしてくださっていた。母は暴漢に襲われ妊娠し私を産んだ。そんな身の上を哀れに感じ、ずっと援助してくださったんです。善三氏は私の母を妾だとは思われていなかった。確かに、善三氏の奥様から見れば同じことだったのかもしれませんが、そういう関係ではなかった。働き口のない私を事務所に入れてくださって、多くのことを教わりました。」
「じゃあ、なぜ、SNSで情報を流したんですか?」と五十嵐。
「私じゃない。そんなことするはずもない。」
結城の発言は信用するに値するものだと山崎は感じていた。
「次の選挙では、あなたが正氏の地盤を継いで議員になると目されていたのを善三氏が反対し、孫娘を市議にという話もあるようですが・・。」
「そんなことはありません。善三氏は私を市議に通してくださいましたが、私が辞退を申し上げました。そういう身分ではないし、私は表舞台より秘書として働く方が良いと思っています。いえ、正直に言えば、事務所に入る前、良からぬ世界に関わっていたこともあり、過去の経歴を思えば、市議になんて慣れるはずもないんです。」
当初想像していた結城氏の人物像とは真逆だと五十嵐も感じていた。
「昨日、事務所に伺った時、加茂静香さんにお会いして、事務所で揉め事があったと伺いましたが、揉め事とはどんなことですか?」
五十嵐が唐突に質問した。
「お嬢様に会った?」と、一瞬、結城が驚いた表情を見せた。そして、頭をかしげた。
「ええ、マスコミが騒いでいたので、隣の雑貨店の裏口から事務所へ伺って・・電話番蔵しか仕事がないと話されていましたが・・。」
五十嵐が答えると、さらに、結城は不思議な表情を浮かべた。
「どうしました?」
「いえ・・確か、お嬢様は、まだアメリカにいらっしゃるはずです。次の選挙に出るために、見聞を広げたいと言われ、もう半年近く行かれたままです。それに、先代が亡くなったことを電話でお伝えしましたが、すぐには戻れないという返事があって、確か、帰国は明後日のはずですが・・。」
結城はそう言いながら、スマホを取り出して、フォトを開く。
「この方でしたか?」と、結城が見せた写真を五十嵐が覗き込む。事務所で会った女性とは全く別人だった。五十嵐が首を横に振ると、結城はさらに写真を見せる。
「これは事務所の職員です。この中にいますか?」
映っていたのは、結城のほかに男性と女性が一人ずつ。
「この人です。」と五十嵐が答える。
「やはり、そうですか・・・。彼女は、ふた月ほど前に雇った女性で、石塚麗華といいます。議員・・いえ、正氏からの推薦があって事務員として雇ったんですが・・実は、彼女が事務所の金を横領していることが判り、2週間ほど前に解雇したんです。事務所の合鍵を作っていたんでしょう。」
「しかし、あなたが議員と別荘に隠れていることを知っていましたよ。」
「きっと正氏が連絡したんでしょう。私も雇った後に知ったんですが、彼女は正氏と男女の仲だったようなんです。そのことを知った善三氏は激怒されていました。そういうことには厳しい方でしたから。そのうえ、横領ですから・・・。」

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3-23 一歩 [アストラルコントロール]

思いも寄らぬ方向に動き始める。
だが、五十嵐が事務所で会った女性が石塚麗華なら、到底、鉈を使って頭を割るような殺害や、正氏を首吊り自殺に見せかけて殺すなど、できるとは思えなかった。
射場零士の夢でも、鉈を振るったのは男性だと言っていた。おそらく正氏を殺したのも同じ男性だろう。石塚麗華とその男性がぐるになって行ったと考えれば辻褄があう。
だが、これまでの現場検証では、そうした人物の存在さえ掴めないくらい、証拠が少なかった。
SNSの解析で、正氏の容疑者情報が発信されたのは、結城氏のPCからだと判ったが、それは、石塚麗華が結城氏が不在の際に使用したものだということはわかった。
結城氏は解放された。
彼の話を全面的に信用したわけではないが、加茂静香を名乗った、石塚麗華は今回の一連の事件に深くかかわっているのは間違いないだろうと、山崎も確信していた。
五十嵐は、零士の様子が気になって、署を早々に出て、零士のアパートへ向かった。
零士のアパートには、剣崎たちも来ていた。
アストラルコントロールを受けたために、零士はかなり危険な状態だったが、伊尾木の力で何とかつなぎとめることができていた。
「零士さん!」
五十嵐は、ベッドに横たわる零士を見て、思わず抱きついた。
「大丈夫だよ。彼女たちが助けてくれた。それより、正氏を殺した犯人のことなんだが・・。」
「犯人のこと?」
「ああ、夢を見た。正氏が梁にロープでつるされた現場を。・・・その時、男の腕に傷跡を見つけた。古い傷のようだった。火傷かもしれないが、右腕に大きな傷跡があったんだ。犯人を特定する証拠なんだが。もちろん、夢で見たことは証拠にはならないが、特定のヒントにはなるだろう。」
「古い傷ね。判ったわ。」
五十嵐は立ち上がり、部屋の外に出て、今の話を山崎に伝えた。
「石塚麗華の周辺にそういう男はいないか、調べてみよう。」
山崎からの返答を聞き、五十嵐は再び部屋に戻る。
「零士さんをアストラルコントロールしているのが誰か、突き止めたんですか?」
五十嵐は少しきつい口調で剣崎に訊いた。
「零士さんの命が危ういんですよ。もしかしたら、これまでの事件に深く関与しているかもしれないんです。どうなんですか!」
一層トーンを強めて五十嵐が訊く。
剣崎は、その様子が、紀藤亜美に似ているような気がして、わずかに笑みを浮かべた。
「ええ、見つかったわ。でも、彼は事件を防ごうとしていたのよ。いわば、私たちの側の人間だった。射場さんをコントロールしたのは、彼と射場さんの思念波がシンクロしやすかったからなの。」
剣崎の話した内容に、五十嵐は混乱した。
「意味が分からない。どうして?死ぬかもしれないってわかってやったというのなら、れっきとした殺人者でしょ?私たちの側って・・いったいどういうこと?」
五十嵐はかなり興奮している。
「五十嵐さん、落ち着いて。はじめからちゃんと説明するわ。」
そう言ってから、喫茶DREAMのマスターがアストラルコントロールをしていたこと、それは一連の事件を暴くために行ったことだと説明した。
「ここからが重要なの。実は、日本には、私たちのような特別な能力を持つ人間が他にもいるのよ。あなたが想像している以上にたくさんいるの。そういう能力を隠して生きている人間はほとんどなんだけど、中には力を悪用しようと思うものもいる。そしてそれをさらに操ろうとしている人間もいる。そして、残念ながら、それは、政治の世界ともつながっているのよ。」
一通り話を聞いて、五十嵐はある程度納得したものの、腑に落ちないことがあった。
「その・・DREAMのマスターは、今回の事件の黒幕を知っているんでしょ?なら、警察に通報して事件を止める方が正しいはず。どうして、零士さんの命を危うくしてまで、そんなことを?」
その点は五十嵐に言われるまでもなく剣崎も最初はそう思っていた。
「事件の黒幕もまた特別な力を持っている人間だからなの。DREAMのマスターではとても太刀打ちできないほどの力を持っている。だから、私たちを呼び寄せる必要があった。そのために、射場さんをアストラルコントロールしたという訳なのよ。」
「だからって・・。」
五十嵐はやはり納得できなかった。

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3-24 石塚麗華 [アストラルコントロール]

五十嵐のスマホが鳴った。山崎からだった。
「石塚麗華の居場所が判った。すぐに向かってくれ!」
話は途中だったが、まずは今回の事件の犯人逮捕が優先だった。
結城氏が、石塚麗華のスマホの番号を知っていて、彼女の居場所(正確にはスマホのありか)を見つけたのだった。
石塚麗華は、相模湖畔に停めた車の中にいた。
「結城が逮捕されるはずだったんじゃないの!」
石塚麗華は強い口調でスマホでしゃべっている。相手が何かを言ったようだが取り合おうとはしなかった。
「何とかしなさいよ!」とさらに語気が強まる。
相手が何か言ったようで、すぐにスマホを切った。
「どうしよう・・このままじゃ捕まるのは時間の問題・・。」
「逃げよう!」
運転席にいた若い男が言う。
「逃げるって言っても、どこへ?」
「わからないけど・・とにかく、遠くへ・・。」
「馬鹿じゃないの。逃げれば、自分が犯人ですって言ってるのと同じでしょ?」
「じゃあ、どうする?俺、もう二人も殺したんだ・・捕まったら死刑になる・・いやだよ。」
「そうね・・あなたは二人殺したのよね・・。」
石塚麗華はわずかに笑みを浮かべている。
「おい、お前が結城に罪を被せられるからっていうからやったんだぞ。」
「そうよ。誰かが罪を被れば良いのよ。」とさらに不敵な笑みを浮かべている。
遠くでパトカーのサイレンが聞こえた。
石塚麗華は、車のダッシュボードを開ける。そこに小さなナイフが入っていた。それを取り出す。
「どうするつもりだ?」と、男は不審そうに見た。
石塚麗華は、それを男に手渡した。そして、いきなり自分の腕をそのナイフに突き刺す。
赤い血が飛び散る。
「やめろ!」と男は叫ぶ。
だが、石塚麗華はさらにナイフに身を当てる。来ていたワンピースが赤く染まる。
そして、ドアを開けて走り出した。何度も転び、泥だらけになる。靴も脱げ、ぼろぼろの状態で、湖の周回道路に出て倒れた。
そこに、パトカーが到着した。
山崎から連絡を受けた地元の駐在所から来た警官だった。道路に倒れている女性を発見すると、すぐに駆け寄った。
「大丈夫ですか!」
警官が倒れた石塚麗華を抱えて起き上がらせる。血に染まったワンピースを見て、警官も慌てた。
「本部、本部!女性を発見。出血しています。」
すぐに救急車が出動する。もう一人の警官が周囲を確認し、駐車場に止まっている不審車両を発見した。その車両から、血痕が点々と続いている。
「女性を刺した犯人の車両を発見しました!男性が乗車している模様です。」
そこへ、五十嵐が到着した。その後を、剣崎たちのトレーラーが続いた。
警官と五十嵐が、駐車している車両へゆっくりと近づく。逃走する様子はない。
そっと、窓から中を確認する。男性が首筋から血を流していた。手元にはナイフが握られていた。
救急車が到着し、石塚麗華を病院へ連れて行った。
すぐに鑑識がやってきて現場検証を始めた。
山崎や武藤たちも鑑識班と一緒にやってきた。
「鑑識の調べた範囲では、自殺の可能性が高いということです。握っていたナイフから彼女の血が検出されたため、石塚麗華を刺した後に自ら首筋を切って自殺したと思われます。」
五十嵐が山崎に報告した。
「事件の発覚を覚悟し、無理心中を図ったというところか?彼女はどうした?」
「さっき、運ばれた病院に行った林田から、命に別状はないとのことでした。腕と胸の2か所に傷があったそうです。まだ、話は聞けない様子でした。」
武藤が報告した。

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