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3-19 事務所 [アストラルコントロール]

「あの、五十嵐と申します。」
そう言って、警察バッジを見せる。女性は一瞬戸惑いの表情を見せた。
「加茂議員は?」と聞くと「父は不在です。」と素っ気なく女性は答えた。
「えっ、父って、あなたは娘さんなの?」
「ええ、加茂静香です。大学を出てもなかなか就職が決まらなかったんで、ふらふらしてるなら手伝えと言われて・・ほとんど電話番くらいですけど。」
「そう、・・で、どちらに?」
「自宅も事務所も大変な騒ぎになったようで、早朝には、別荘へ行きました。」
「他の方々は?」
「秘書の結城さんも一緒に、別荘に行かれました。」
「この事務所は議員と結城さんとあなただけですか?」
「いえ、ほかにも二人・・いえ、一人。結城さんから自宅待機と命じられたので、来ていません。」
「そう・・。」
加茂静香が、言い換えたことがちょっと気になった。
「二人じゃなく、一人って、以前はもう一人いたんですか?」
加茂静香は少しためらいがちに答える。
「ええ・・そうなんですけど・・・少し前に辞めました。」
その言い方がまた引っかかった。
「辞めた理由をお聞きしてもいいかしら?」
「結城さんとちょっと揉めて・・詳しくは聞いていませんが、何か深刻そうでした。」
こうした議員事務所で秘書や事務員が揉めるというのは、大抵の場合、金に絡んだ問題だ。
「それで、辞めた方は?」
「そのあとすぐに連絡が取れなくなって・・行方不明。」
「大変ね。」
「その話はしないようにと、結城さんから厳しく言われています。」
秘書の結城とは、聴取の時に初めて会った。
実直そうで、正氏よりも頭が切れるという印象だった。正氏は2世議員である。父、善三氏が長く市議を務めた後、引退に際して地盤を受け継いでいた。正氏は、父善三氏以上に、議員として活躍し、次の選挙では県議にという勢いだった。当然、市議の地盤は、子息へ引き継がれるはずだが、正氏には娘しかおらず、結城氏が後継者と目されていた。
今回の事件はもしかしたら、事務所内の揉め事と関連しているのかもと、五十嵐は考えた。
「結城さんはどんな方?」
「あの人は、父の友人で、前の選挙の時から事務所に入って秘書になった方です。以前は、東京にいらした様ですが・・私はあまり詳しく知りません。頭は良いんでしょうけど、ちょっと冷たい感じで、あまり好きではありませんでした。」
個人的な感情を聞いているつもりはなかった。だが、確かに事情聴取の時、五十嵐も同じような印象を持っていた。
「あの・・父が本当に祖父を殺したんでしょうか?」
心配するはずの言葉なのだが、そんなふうに感じられない。
「おそらく真犯人は別にいるわ。」
「そうなんですか・・でも、あの二人ならそういうことがあってもおかしくないって思っていたから。まあ、これで、気楽に生きていけそうで、ちょっとほっとしていたんですけど・・。」
加茂静香の言葉が妙に気になって、五十嵐がどう答えてよいか戸惑っていると、
「気にしないでください。祖父も父も大嫌いでしたから。私も、いずれ父の跡を継ぐように言われていて、このままだと、次の選挙に立候補させられそうだったんで・・ほっとしているんです。」
「殺人者の家族という問題のほうが大きいとは思いますけど・・。」
「そうですか?政治家の家に育ったことも、大して変わらないように思いますけど・・。」
加茂静香は政治家の家系に生まれたことを随分恨んでいるような口ぶりだった。
「あの、別荘の場所を教えていただけるかしら?」
五十嵐が訊くと、加茂静香は、メモ用紙に住所をさらさらと書いて渡してくれた。
事務所からさほど遠くない場所だった。
「ありがとう。あなたもこんなところにいない方がいいんじゃないかしら?」
「そうですね。ここにいてもどうしようもないですね。」
五十嵐は、加茂静香とともに、裏口を出て雑貨店に戻り、気づかれぬようにその場を後にした。

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