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2-13 ドライブレコーダー [アストラルコントロール]

五十嵐と零士は、預かったSDカードの中身を確認するため、零士のアパートへ行くことにした。
署に戻って確認してもよいのだが、万が一、2課に何か勘繰られるのも困る。そこで、零士のアパートになった。はじめは、五十嵐のマンションでも良いといったが、昨夜のこともあり、零士のアパートにした。
五十嵐が部屋に来るのは久しぶりだった。
「相変わらず小ぎれいにしてるのね。」
部屋に入るなり、五十嵐が言った。
「君の部屋ほどじゃないけどね。」
「あれは、使っていないからきれいに見えるだけよ。・・さあ、見ましょう。」
五十嵐は、狭いリビングの真ん中に座った。パソコンを開いてSDカードを差し込む。必然的に、二人は身を寄せるような格好になった。
「ちょっと進めるよ。」
零士が、マウスを使おうと手を伸ばした時、五十嵐の体に触れてしまった。もっと正確に言うと、五十嵐の豊満なバストに腕が当たったのだ。
「いやっ」と小さく五十嵐が反応する。
前と一緒だった。こういう時に発する声が、普段の五十嵐とは違って、妙に色っぽい声を発する。
零士は、何事もなかったかのように無反応を装ってマウスを操作する。
「ここだ。」
画面を再生する。
タクシーのドライブレコーダーの画面は、遠くにコンビニの明かりが映っている。徐々に近づくと、バイト店員が教えてくれた、ごみ集積場の壁側が映っていた。
「これだ!」
二人が同時に口にした。
画面の端に、確かに赤い髪の女性が映っていた。何をしているわけでもなさそうだった。静止して画面を拡大する。画質が荒く、拡大すればするほど、ぼんやりとしか見えない。
「顔まではわからないわね。」
画面にはバイト店員がごみ袋を抱えて出てきたところも映っていたが、そのあと、赤い髪の女性は映っていなかった。
「確かにあの時間、あの場所に赤い髪の女性はいた。店員の話通り、すぐにその場を離れ住宅街に向かったとすると、タクシーを降りた桧山氏と出くわしたはずよね。」
五十嵐が推理した。
「続きを見よう。確か、工藤さんの話ではそこでUターンしたと言ったから、コンビニの向こうから走り出てくるところが映っているかもしれない。」
画面を動かす。
零士が言った通り、桧山氏を下ろした後、ハイヤーはUターンした。画面の右端に小さく赤い髪の女性が向かってくるところが映っていた。ハイヤーはそのまま走り出して、画面から赤い髪の女性は居なくなった。
「このあと、赤い髪の女性と出くわした桧山氏は、その女性を連れて自宅へ戻ったということになる。知り合いという可能性が高いな。桧山氏には娘は居なかったよな。」
零士が訊くと五十嵐が、
「ええ、赤い髪の女性の年齢はわからないけど、その類の女性の縁者はどうかしら?姪とか親戚の娘とかかしら。」
「いや、そういう女性なら、誰にも目撃されないような怪しい行動を取ることはないだろうな。」
「そうね。じゃあ、だれなのかしら。」
目撃者や映像で、赤い髪の女性の存在は確実だった。
そして、それは桧山氏がよく知る人物でもあることまではわかったが、その先が一向に見えない。
「進んでいるような・・振出しに戻ったような・・変な感じね。」
「ああ・・。」
次の一手が見つからない。
「お腹空かない?」と五十嵐が零士に訊いた。
昼間、あちこち回っているうちに、昼食を食べ損ねたまま、夕方になっていた。
「ああ、どこか、飯を食いに行くか。」

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2-14 ファミレス [アストラルコントロール]

二人はアパートからほど近いファミレスに入った。
客は少なかったので、一番奥の窓際の席へ座った。
メニューを広げ、ディナーセットを2つ注文した。ドリンクバーから、それぞれ飲み物をもって席に着いた。
次の一手が見えないままで、何をすればよいか、それぞれに考えを巡らせ、しばらく沈黙した。
仕事帰りの人や買い物帰りの主婦たち、塾にでも向かうのか急ぎ足の小学生などが外を歩いている。視線の先に風変わりな人物が歩いてきた。
大きなアフロヘアのかつら、縞模様のシャツと青い半ズボン、そして大きな靴を履いていた。後ろから、大きな看板を掲げた人がついてくる。どこかのパチンコ店の宣伝のためのコスプレだった。
「今時、ああいう宣伝もやっているんだな。」と零士が呟く。
「あれだけ変装していれば、だれだかわからないわね」と五十嵐が答える王に呟いた。
二人はぼんやり、その人物が行き過ぎるのを見ていた。
零士と五十嵐がほぼ同時にハッと立ち上がった。
「そうなんだ。きっとそうだ。」
零士が言うと、五十嵐も
「そう、きっとそうよ。それならあり得る。」
二人は顔を見合わせ、頷いた。二人の考えは同じだった。
「誰かが変装していた。赤い髪や派手な服装は正体をわからないようにしていたんだ。」
零士が言った。
「でも何のために?」と五十嵐。
「殺人を計画した人物なんだよ。殺人のために、架空の人物を作り上げた。目撃情報を集めて行けば、赤い髪の女にたどり着くだろう。だが、そんな女は存在しない。警察は、やっきになって赤い髪の女性を探す。だが見つからず時間ばかりが過ぎて行って、いずれ、迷宮入り。そういう筋書きなんじゃないかな。」
零士が解説する。
「やっぱり、贈収賄事件に関連した殺人?」と五十嵐が言う。
「いや、どうだろう。目撃情報の古いものはふた月も前だった。そのころは、贈収賄の噂さえなかったはずだ。そのころから殺害計画があったとは考えにくい。」
と零士が推理する。
「もう少し、桧山邸を調べてみる必要がありそうね。」
と五十嵐が言う。
「それなら俺に任せてくれ。もともと、贈収賄ネタを追っていたんだ。関係者が出入りしていないか調べてみよう。」
と零士が答えた。
「じゃあ、私はとりあえず、今までの報告を山崎さんに。赤い髪の女性について、他からも情報が出ているかもしれないわ。」
「ああ.それが良い。」
そこに、ディナーセットが運ばれてきたが、二人とも無言で食事をした。
零士は、赤い髪の女性がなぜ桧山を殺したのか、その理由を考えていた。突発的な殺人ではない。計画的に桧山に近づき、自殺に装って完全犯罪をやってのけた。服装と行動が一致しない。
五十嵐は、これまでの経緯を山崎に報告するにあたり、どう話せば理解してもらえるのかを考えていた。桧山は確かに赤い髪の女性とあの日会った。だが、その後、自宅に入った証拠は、わずかなかつらの毛しかない。それが、殺人の証拠になるとは言えない。だが、山崎は殺人事件という見立てをしているのは確かだ。報告してすんなりということはないだろうが、完全否定はされないだろう。
零士も五十嵐も明確な答えを見つけられないまま、食事を終えた。
「それじゃあ、また連絡する。」と零士が言って、桧山邸に向かった。
五十嵐は走り去る零士を見送った。
それから、署へ向かおうとしたが思いとどまり、山崎を呼び出した。
山崎が、近くの喫茶店を指定してきたので、先に行って待っていた。
「どうした、もう何か掴んだのか?」
山崎は、ドアを開けてすぐにマスターにコーヒーを注文して席に着くなり、そう言った。
五十嵐は、赤い髪の女性について、山崎に報告した。

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2-15 山崎の見立て [アストラルコントロール]

「それで、その赤い髪の女が犯人というわけか?」
山崎は少しがっかりしたように返答をした。当然だった。赤い髪の女性が辺りにうろついていた証拠は集まったものの、殺害につながる直接的な証拠はない。まさか、零士が夢で見たのだと言えば、さらにがっかりさせるに違いないと五十嵐は考え、返答に困っていた。
「今までいくつか事件を解決してきた経験から言えば、おそらく、赤い髪の女性は殺害犯だろう。では、今、どこにいる?赤い髪で目立っているのは承知してうろついていたとすると、今は、全く別人になっているに違いない。捜査を混乱させるためのカモフラージュという可能性が高い。」
山崎の反応は予想外だった。
「赤い髪や派手な服装以外の特徴を掴めないと犯人にはたどり着けないだろう。」
山崎が続けた。
「マスクもサングラスもしていて顔を見た者はいません。」
五十嵐が答えると、「ちょっと、そのSDの動画を見せてみろ。」と山崎が言った。すぐにカバンから取り出して、近くにあったパソコンで画像を開いた。
「ここです。」
五十嵐が言うと、山崎がじっと食い入るように見る。
「もう一度。」
と、山崎が言う。何度も何度も同じ場面を見た。
「あ・・。」と五十嵐が言うと、「気が付いたか。」と山崎。
「この歩き方・・右足を少し引きずっている。それと、ハイヒールが歩きにくそう。」
と五十嵐が言う。
「ああ、そうだ。歩き方は特徴がある。まして、この女性は足を引きずっている。けがをしているのか、生まれつきなのかはわからないが、右足が少し不自由だ。それに、ハイヒールも履きなれてはいないんだろう。」
「ええ、そうですね。サイズがあっていないような感じですし。」
「もっとよく見ろ。」と山崎が言う。
五十嵐は、画像をスローにして時々止めながら見た。
「指が・・指が太い。女性らしくない。」
「ああ、そうだ。もしかしたらだが、これは女装した男性の可能性がある。」
大きなヒントだった。男性で、桧山が連れ帰ったとすれば、あの離れに閉じ込められている息子の可能性がある。
「もう一度、桧山邸に行ってみます。」
「ああ、そうしろ。だが、捜査令状が出ているわけじゃない。慎重にな。」
山崎が背中を押すように送り出した。
五十嵐は、まっすぐに桧山邸に向かった。
そのころ、零士は、桧山邸の周囲を探っていた。
赤い髪の女性が目撃された場所に何か意味はないか。目撃証言で示された場所を何度も何度も歩いてみた。いずれも、桧山邸の周囲とコンビニまでの道だった。そこ以外では目撃されていない。
「まさかな・・。」
零士も、五十嵐と山崎がたどり着いた結論に行きついていた。
「確か、閉じ込められているということだったが・・。母親が時々、桧山氏の目を盗んで離れから出していたとは言っていたようだが・・。」
零士は、五十嵐から聞いた話を記録したメモを広げた。
「事件の日は、母親は不在だったか。じゃあ、部屋から出られなかったはずだな。」
そう呟きながら、桧山邸の周囲を歩いた。
桧山邸は豪邸だった。
高級住宅街の中でもひときわ大きく、周囲をぐるりと要の木の生垣が巡り、生け垣の下には石垣もあって、通りから一段高くなった場所に立っていた。だが、豪邸にありがちな監視カメラはなかった。零士は、贈収賄事件ネタを追っていた時、玄関がまっすぐ見える公園の藪の中に身を潜めていたが、車が通り抜けられるほどの大きな門と背の高い門扉に遮られて中の様子を知ることはできなかったのを覚えていた。
「離れにいる、軟禁状態の息子には無理か・・。」
そんなことをつぶやいていると、コンビニの方角から五十嵐がやってくるのが見えた。

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2-16 藪の中 [アストラルコントロール]

零士は公園の藪の中から飛び出して、五十嵐に合図した。
「そんなところにいたの?」
五十嵐が公園に飛び込んできた。
「ここから玄関を見張っていたんだ。贈収賄事件の手掛かりは、意外にこういうところで見つかったりするんだよ。」
零士はそう言うと、隠れていた藪の中に五十嵐を案内した。
「へえ、ここからだとこんなふうに見えるのね。」
しばらく、五十嵐は玄関のほうを見ている。出入りする者はいなかった。
不意に、五十嵐は零士の顔に自分の顔を近づけた。
「赤い髪の女は、桧山の息子かもしれないわ。」
五十嵐は、零士の耳元で囁いた。五十嵐の息が零士の耳にかかる。
零士はドキドキしていたが悟られぬよう表情を厳しくした。そして、「その可能性を考えていたんだ。」と素っ気なく答えた。
零士が驚かなかったことに五十嵐は逆に驚いた。
「いつ、そう思ったの?」
「いや、SDの記録動画を見たとき、何か不自然さを感じて、あのあと、ここを回ってみて、赤い髪の女が目撃されたのが、この桧山邸周辺に限られていること。桧山邸に住んでいるか、近しい者、あるいは強い恨みを持った人間だと思うんだが、外から来た者が赤い髪の女性に変装する場所がないんだ。そうなると、中から出てきたと考えるのが自然だろう。」
五十嵐は、山崎から教えられたことを零士はすでに判っていたのが少し悔しかった。
「奥さんやお手伝いさんがそんなことをする理由はないし、代替体格が違う。」
「じゃあ、軟禁されている息子?」
「ああ、その可能性が高い。会ったことがないんで確証はないけど。」
「でも、彼は外に出ることは難しい・・。そうよね。」と五十嵐。
「ああ、そうなんだ。そこが判らない。外に出る手引きをしている者がいるはずなんだが・・。」
「あの日は母親は不在だった。お手伝いさんはいるけど、夜には引き上げるから、その時間に離れから抜け出すのは不可能ね。」
「そうだ。それにしても、彼はなぜ離れに軟禁されているんだ?」
零士が素朴な疑問を口にした。
「母親の話では、20年ほど前、学生時代に精神を病んで、父親が閉じ込めたらしいわ。」
「母親は抵抗しなかったのか?」
「あの感じでは、夫には逆らえないというところね。それに、精神を病んでいたというから、母親も周囲に知られることを恐れていたのかもしれないわね。」
零士は五十嵐の言葉を聞き、しばらく、何かを考えていた。
「桧山の息子が精神を病んでいたのは本当なんだろうか?彼の過去を調べてみてくれないか?」
「ええ、そうしましょう。」
五十嵐はそう返事をすると藪の中から出ていった。
零士はそのままその場に留まった。
しばらくすると、門が開いて、お手伝いの女性が、ごみ袋を抱えて出てきた。門の中の様子がちらりと見えた。零士は望遠レンズのついたカメラで何枚も写真を撮った。そして、すぐに、藪の中から出て、お手伝いさんの後を追った。
閑静な住宅街の一角にごみ集積場がある。幸い、周囲に人はいない。気づかれないよう後を追い、ごみが投入されるのを見届け、お手伝いが立ち去るまで待った。ごみの中に何か事件につながるヒントはないかと考えた。本来、出されたごみをあさるのは違法行為だ。だが、ゴシップネタを追うライターにとっては宝の山である。
零士は周囲に気を配り、出されたごみの袋を引っ張り出して、先ほど潜んでいた公園の藪の中へ持ち込んだ。生ごみの臭いなど気にならない。一緒に入っている紙類を取り出す。コンビニのレシートは特に情報源になる。いつ何を買ったか。それは行動記録なのだ。他にも、ダイレクトメールや包み紙なども丹念に見ていく。
「ふむ。これは・・なかなか・・。」
零士は独り言をつぶやきながら、取り出した紙片を取り分けてから、ごみ袋を先ほどの集積場へ戻しておいた。それから、その日はいったんアパートへ戻ることにした。

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2-17 深夜の訪問 [アストラルコントロール]

零士は持ち帰ったごみの中の紙片をテーブルに広げた。コンビニのレシートは日付順に並べてみた。これはきっと、軟禁されているはずの息子の行動に違いない。ほぼ1か月前のものから週2回程度、買い物をしている。買ったものはたばこで、銘柄はマールボロだった。ただ、目撃された日とは一致していない。それに、コンビニ店員も、それほど頻繁に赤い髪の女性を目撃していない。とすれば、変装せずに買い物をしている碑があるということになる。
零士の考えは甘かった。
軟禁されている息子が、外に出るときは変装せざるを得ないのではないかと考えていたが、どうやらそういうことではなさそうだった。
「やはり別人なのか?」
夜も更けてきたので、とりあえず休もうかと思ったところで、スマホが鳴った。
「零士さん?今、どこ?」
五十嵐だった。
「アパートに戻ったんだが・・。」
「そう。桧山の息子のことでわかったことがあるからお話ししようと思ったんだけど。」
「もう、遅いから、明日にしよう。」
「そう?」
五十嵐が少し残念そうな返事をした。
「まあ、君が構わないなら良いけど・・。」
零士はそういって見たものの、これから着替えて出て行くのはちょっと面倒だなと感じていた。
「いいわ、これから部屋に行くわ。」
五十嵐はそういって電話を切った。
零士はもう休むつもりだったが、彼女が来るなら着替えなければと思いながら立ち上がると、インターホンが鳴った。
「ちょっと待って!」という間もなく、ドアを開けて五十嵐が入ってきた。
零士は、就寝時にはパンツ一丁になる習慣がある。思いっきり、五十嵐に裸体を見られてしまった。ドアに鍵をかけ忘れていたことを後悔した。
「あら・・。」
五十嵐は恥じらいを見せることなく、零士を直視していた。慌てて、短パンとTシャツを着た。
「勘弁してくれよ。」
「気にしないで。裸なんて慣れてるから。」
彼女は刑事だった。事件現場では、もっと悲惨な状態の遺体を見ることもあるに違いない。普通の人間の裸体などなんとも思わないのだろう。
零士は、五十嵐を部屋の中に入れ、自分は、コーヒーでも淹れようとキッチンに立った。
「それで、何かわかったのか?」
「ええ、そうね・・その・・。」
零士が訊くと、五十嵐の返答がおかしい。近づいてみると、五十嵐はリビングのソファに座り込んでうとうとしている。
「おいおい、何だよ。話があるから来たんじゃないのか?」
そう呼びかけるが、かなり疲れているのか、そのまま、ソファに座ったまま眠ってしまった。
そのままにしておくのも忍びなくて、零士は、五十嵐を抱え上げて、ベッドに運んだ。
零士は仕方なく、ソファで眠ることになった。
不意に、夢を見た。
大きな屋敷、桧山邸の中だった。時計は午前1時を回っている。
辺りはしんと静まり返っていたが、庭のほうでごぞごそと音がした。零士はスーッと庭に出た。広い庭。半月の明かりでなんとか様子が見える。
塀際にはいくつも大木がある。その陰から男性が現れた。黒いTシャツとジーンズ姿で髪は短く切っている。その男性は周囲に気を配りながら、塀を乗り越えて外に出て行った。
「どこから出てきた?」
零士は、先ほどまで男がいたあたりに行ってみた。木々の間に井戸があった。本物の井戸ではなく、90㎝四方の庭のオブジェのようなものらしかった。竹で蓋がされている。零士は、それを持ち上げることはできない。その中がどうなっているのか見ることはできなかった。だが、おそらく男はここから出てきたに違いない。
「ここが離れと繋がっているのか?」
そこで夢が終わった。

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2-18 朝食をともに [アストラルコントロール]

朝日が顔に当たり目が覚めた。そうだ、五十嵐がベッドにいる。そう思って立ち上がると、五十嵐も目が覚めたのか、むくりと起き上がった。まだ寝ぼけているのか、いきなり、着衣を脱ぎ始めた。パジャマでも脱いでいるつもりか、わからない。あっという間に、ほぼ、下着姿になってしまった。声をかけるとおそらく彼女は赤面するに違いない。気づかぬふりをして寝ていたほうがいいんじゃないかと考え、零士は、そのままソファに座って眠ったふりをした。五十嵐はまだ寝ぼけているのか、下着も脱ぎ捨てて、ふらふらと洗面所のほうへ行く。零士は彼女の行動があまりにも自然なので、しばらくそのままにしておこうと決めた。しばらくすると、バスルームからシャワーの音がした。
「なんだよ、シャワーか?」
この部屋で、シャワーを使ったことはないはずだった。だが、あまりにも自然にそれをこなしているのがおかしくてたまらなかった。
シャワーの音が止んだ。
「ねえ、零士さん!バスタオルある?」
五十嵐が極めて冷静にバスルームから零士を呼んだ。
「棚の中だ。」と、零士が答えると「ありがとう。」と帰ってきた。なんだか、おかしな気分だ。しばらくして、五十嵐がバスタオルを体に巻いたまま洗面所から出てきた。
「ありがとう。さっぱりしたわ。」
あまりにも平静な言い方に、零士も変な反応をするのがバカバカしいほどに感じた。
「ベッド、ありがとう。一日歩き回って疲れてて。でもね、零士さん、ベッドに運んでくれたのはいいけど、そのまま、放置はないでしょ?せめて上着だけでも脱がせてくれてもよかったんじゃない?」
なんだか勝手な言い分だった。
「気づいていたのか?」
「ええ、どうしてくれるかなって、ちょっと楽しみだったんだけど、素っ気ないんだから。」
まるで小悪魔だ。
「じゃあ、服を脱いで全裸になってシャワーを浴びたのも・・。」と零士が少しむっとして言う。
「え?見てたの?私の裸を見たの?へえ・・零士さんもそう言う人なんだ。そうかそうか・・」
さらに、五十嵐はいたずらっぽく言う。
「いい加減にしろ!」
零士は怒ってソファから立ち上がった。その拍子に、五十嵐にぶつかって、よろめいた。そして、体に巻き付けていたバスタオルがはだけた。
「いやあ。」
何度か聞いた、あの艶っぽい声をだし、慌てて、バスタオルで隠した。
「おじさんをからかうんじゃない!」
そのまま、零士はキッチンへ行った。五十嵐も立ち上がり、ベッドのある部屋へ行き、ショーツを身につけた。
「ねえ、零士さん、何かシャツを貸してくれない?昨日の服、汗まみれなのよ。」
『どこまで勝手なんだ』と零士は思いながら、「そこのクローゼットになにかあるだろう。」とだけ答えた。五十嵐はまだ下着姿なので、その部屋に行くのは止めた。
「ありがとう。・・へえ、・・あ、これが良いわ。」
五十嵐はクローゼットを物色して、白いシャツを着た。
零士は朝食を準備した。
「パンとコーヒーくらいでいいか?」と先ほどのことはなかったことにして訊いた。
「ええ」とだけ五十嵐が答えた。
「昨日調べたことだけど。」
零士の白シャツ1枚羽織った状態で、ソファに座った五十嵐が手帳を広げて話始める。
「息子の名前は、雄一郎。年齢45歳。東京の建築系の大学へ通っていた時、うつ病になったらしいわ。しばらく休学して、そのまま退学。大学では特に問題はなかったようだけど。精神科にも一度かかっていて、うつ病診断は受けているようだけど、異常行動とかそういうことはなかった。父親が言うような、他人に危害を加えるような精神的な病気とは言えないらしいわ。」
「そうなのか。」と零士は返答をして、キッチンから顔を上げて五十嵐を見た。
「おい、ちょっと、そんな恰好で・・。」
大き目の白いシャツを羽織った状態の彼女は、胸元も開いているし、下半身も・・いや、ショーツも丸見えに近い状態だったのだ。
「いいの、気にしないで。」

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2-19 雄一郎 [アストラルコントロール]

「いや、君は構わなくても僕は気になる。」
「どう気になるの?」
「僕も男だ。女性のあられもない恰好を見せられて、平静でいることはかなりストレスだ。」
「へえ、そんなふうに見てくれるんだ。・・署ではほとんど女扱いされていないから。事件捜査になれば、宿直室に何日も泊まることもあるし、女刑事というだけで、男の人は寄ってこないのよ。」
「もう、いいから。判った。君は女性ではなく、刑事だ。そうだ。そういうことだな。さあ、事件の話に戻ろう。」
零士はこういう会話を続けること自体苦手だった。
コーヒーとパンをもってテーブルに置いた。
「桧山の奥さんに聞いた、息子を閉じ込めておけという桧山氏に到底納得できるとは思えないが。」
「ええ、そうなの。心の病で、自分からひきこもるということは聞くことはあるけど、軟禁状態にするって、例えば、人に危害を与えるようなことがなければありえないでしょうね。」
「ということは、そうではなく、他人に知られたくないというメンツのほうが大きかったということになるな。」
零士がパンにジャムを塗る。それを五十嵐が手に取って食べる。
不思議なほどに自然な動きだった。
「知られたくないといっても、うつ病を知られたくないというのはあまりにも行き過ぎてるわ。他に何かあるはず。」
五十嵐がコーヒーを口にする。
「わあ、おいしい!零士さん、コーヒー淹れるの上手いわね。お店でもやれば?」
「馬鹿にするな。いつも行く喫茶店のマスターが勧めてくれた豆を使ってるだけだ。」
「へえ、そうなの。そのお店、今度連れて行ってよ。」
「ああ、かまわないけど・・さあ、それより、話を戻そう。実は、昨日、夢を見たんだ。」
「夢?」
五十嵐は驚いて言った。
零士の夢に自分が出てきたのかとちょっと期待して訊く。
「ああ、昨夜見た夢は、桧山艇の中だった。しんと静まり返った家の中に一人でいた。そしたら、外で物音がした。庭を見ると男の人影があった。その男は、塀を乗り越えて外に出て行った。」
「えっ?それってまさか・・。」
「ああ、おそらく、軟禁されているはずの雄一郎だろう。」
事件に関連した夢と分かって、五十嵐はちょっと残念な顔をしながら言った。
「でも、軟禁状態じゃ出られないはずじゃ?」
「ああ、だが、外にいた。離れのドアには鍵が掛ったままだった。それで、彼が出て行ってから、周囲を見たところ、庭の隅に小さな井戸みたいなものがあったんだ。きっと、そこから出入りしているのだろう。」
「離れから井戸まで抜け穴があるの?」
「おそらくそうだろう。昔からあったのか、彼が部屋に軟禁されて作ったのか、定かではないが、おそらく外へ出たいという強い思いがあるのは間違いない。」
五十嵐はパンを口にしながら、零士の話を聞いて、考えていた。
「彼が犯人だという証拠があればいいんだけど・・令状なしに桧山邸を調べるわけにはいかないし、抜け穴があったとしても、赤い髪の女性が桧山氏を殺したことを証明することには程遠いわね。」
零士は、五十嵐の言葉を聞きながら、もう一つ何か必要だと感じていたが、すぐには思い当たらなかった。
「赤い髪の女性が彼だと証明できればいいかもな。写真はないのか?」
「若いころの写真は見つかったんだけど、最近のものはないわ。」
「赤い髪の女性と彼が同一人物である証拠が欲しいな・・。」
もちろん、今までの捜査では、そうした証拠になるものは何一つ出ていない。
「もう、赤い髪の女性は出没しないだろうし・・。」
分析が行き詰まってきた。なんだか同じところをぐるぐると回っているようでじれったい。
「母親はどうだろう?彼について話は聞けないだろうか?」
「表立って話を聞くのは難しいわね。何しろ、ご主人を無くしたばかりだから。」
「お手伝いさんはどうだろう?」
「何か知ってるはずよね。身の回りの世話をしているのはお手伝いさんのはずだから。
「そうだな。

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2-20 コントロール [アストラルコントロール]

「でも、零士さん、どうして、そんな夢を見るのかしら?ある意味、都合のいい夢よね。」
五十嵐が言う通りだった。
自分の意思ではなく、大事な場面で、夢を見る。深層心理がなせる業とも思い難い。それは、はじめの事件の時から解き明かせない問題だった。
「ふーん。」
突然、五十嵐が、両腕を大きく伸ばして寝そべった。寛ぐにもほどがある。今の自分の恰好で寝そべるということは大胆すぎる。零士にまるで男を感じていないということなのか。
「おいおい。」
零士は、呆れてそう言うほかなかった。
寝そべった五十嵐を見ると、薄手のシャツ1枚にショーツだけ。ブラをつけていないようで、なんとなく透けて見えるように思えた。
零士は、「こいつは妹なんだ」と思うことにした。おそらく、五十嵐も自分のことを兄、あるいは、父親と思っているのだろう。出なければ、ここまで挑発的な態度は取れないはずだった。何といっても相手は刑事、警察官なのだ。そう言う道徳心はきっとはっきりしていて、何か手を出そうものなら、現行犯逮捕されかねない。
「零士さん、私って、そんなに魅力ない?」
零士の覚悟?とは裏腹に、五十嵐が切り出した。
「いや、それは・・。」零士はどぎまぎして何も言葉が出なかった。
五十嵐は身を起こした。
「正直に言うわ。私、零士さんが好き。自分でもわからない。見た目がいいとかお金持ちとか、背が高いとか、そういうことじゃなくて・・初めて会った時、・・そう、あの事件で被疑者扱いして取り調べをした後、事件解決まで一緒に動いたでしょ。零士さんと事件を推理することで、なんだかどんどん零士さんに引き込まれていく感じがして・・。」
刑事らしく、自分の感情を分析しているようだった。
「刑事だから、そんな感情はもうすっかり捨てたつもりだったんだけど・・自分でもわからない・・でも・・零士さんが好きなの。」
五十嵐は話しながら感情のコントロールができなくなったようで、涙を流している。
「落ち着いて。」
と、零士が五十嵐の肩に手を置いた。五十嵐がそれと同時に零士に抱き着いた。
「私のこと、嫌い?」
抱き着いたまま、五十嵐は零士の耳元で囁いた。
「自分のことをもっと大事にしなくちゃ。こんなことをしなくても良いんだ。」
零士はそういって、抱き着いていた五十嵐を離すと、じっと目を見た。
「僕も君のことが好きだ。どうしてだかはわからない。歳も10歳も違うし、おそらく、僕のことはおじさんだと思っているんじゃないかって思っていた。だか、知らず知らずのうちに、仕事じゃなく、これからも一緒にいたいと思うようになった。だが、これはいけない。こんなことで君を汚してしまうことはできない。さあ・・。」
五十嵐の目には未だ涙が残っていた。だが、想いが通じたと判り、笑顔を見せた。
「さあ、続きを話そう。・・その前に、服を着て。」
五十嵐は促されて、昨日来ていたスーツ姿になった。そして、テーブルの上にあったコーヒーを飲み干した。
「お手伝いさんに話を聞くとしても、いきなりはどうだろう?」
「警察ですと言って聴取するのはちょっと無理かも・・。」
「じゃあ、僕が話を聞くか・・・例の贈収賄事件の取材と称して、聞きだしてみよう。」
「お願い。私はもう少し、雄一郎の経歴や情報を集めるわ」
二人は朝食を終えて、アパートを出ることにした。
アパートの玄関口で、五十嵐は急に立ち止まる。
「どうした?」
と零士が近づくと、五十嵐が急に振り向いて、零士にキスをした。
「これくらいなら、良いでしょ?」
五十嵐は、困惑した表情の零士を見て、いたずらをした子供のような笑顔を見せた。
零士は、アパートを出ると、まっすぐに桧山邸に向かった。五十嵐は、署に向かって行った。

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2-21 張り込み [アストラルコントロール]

桧山邸の近くまで来た零士は、通りに警察車両が止まっているのを見つけた。
「見たことないな。・・例の贈収賄事件を調べている、2課の捜査員か?」
零士は気づかれないように、回り道をして公園の藪の中に潜んだ。
しばらくすると、お手伝いさんが出てきた。玄関前を掃除するのか、箒を持っている。じっと様子をうかがっていると、掃除をするふうではなく、周囲を観察しているようだった。警察が張り込んでいることを確認しているようだった。
「贈収賄に関する動きがあったのか?」
零士はスマホを出して検索してみた。特に新しい記事は出ていない。
「関係者から連絡でもあったということかな。だが、桧山氏はすでに亡くなっているのだから、今更、見張っていたって意味ないんじゃないか?」
この状態で、玄関先にいるお手伝いに近づくのはちょっと難しい。捜査員がやってきて妨害されるのは確実だった。しばらく様子を見る事にした。
しばらくすると、黒塗りのベンツが現れた。玄関前に止まると、車から、見たことのある人物が降りてきた。すぐに玄関の門が開いて、中から、お手伝いが出てきて、その男と付き人らしき人物を中に入れた。警察車両を見ると、大型の望遠レンズをつけたカメラでしきりに写真を撮っている。零士も構えていたカメラのシャッターを切った。
「確か、あれは、市議会議長の遠山茂、それに、付き添いはきっと秘書だな。何とも迂闊だな。贈収賄事件に関与していると証明しているようなものじゃないか。」
また、少し時間が経った頃、同じような高級外車が門の前に止まった。中から、先ほどと同じような恰幅のいい御仁が降りてきた。
「あれは、確か、国会議員の伊部信三。なんだか、かなりの大物が絡んだ事件のようだな。」
こちらも、すぐに写真を撮った。おそらく警察車両からより、零士のいるところのほうが仲が良く見える。特ダネとしての価値は高いだろう。
「殺人事件より、こっちのネタのほうがおもしろそうだな。」
零士は、週刊誌のフリーライターになる前、いっぱしの政治ジャーナリストを目指した時期があった。政界に渦巻く闇を暴き正義の鉄槌を・・という気概にあふれ、かなり危険な目にあったこともあった。
だが、そうした事件ネタには、必ず裏があって、情報をリークする側の意図に操られていることに気づいたとき、一気に、やる気を失った。
以降は、下世話なネタを追いかけるようになっていった。そのころからジャーナリストの肩書きは捨てた。
1時間ほど経過すると、高級外車が迎えに来て、先ほどの御仁は帰って行った。
「後の始末をどうするかを話したんだろう。警察にマークされていることを承知できたに決まっている。この後、事情聴取を受けたとしても、古くからの友人の死を知り、見舞いに来たのだと開き直って、会見を開いて釈明すれば、何もなかったことになるだけだろうな。伊部が絡んでいるのなら、警察だって簡単に逮捕というわけにはいかないだろう。噂にごちゃごちゃするなら先制して世間の見方を固定させればいい、とでも思っているに違いない。」
零士はこの先を読み落胆していた。
手元のカメラから、先ほどの画像を消去しようと画面を見た。
「おや、これは?」
画面の端、出迎えに出たお手伝いの後方に、男の姿がある。ほっそりとした体系で色白。
「雄一郎だな。昨日、夢で見たあの男だ。間違いない。・・そうか、父親が亡くなって、軟禁状態が解かれたんで、屋敷内をうろついているってところか。」
そこに、五十嵐から連絡が入った。
「雄一郎氏の経歴でわかったことがあるんだけど・・。」
「そうか、こっちも収穫があった。」
「じゃあ、どこかで・・・私の部屋に来て。」
五十嵐が電話を切った。零士はちょっと戸惑っていた。朝の出来事について、どう処理してよいか、何もなかったことにはならないし、触れないのもおかしい。だからと言って、急になれなれしくするのもちょっと違うのではないか。
そんなことを考えながら、五十嵐のマンションへ向かった。

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2-22 山の事故 [アストラルコントロール]

五十嵐はまだ帰っていなかったので、マンションの入り口で待っていた。妙な気分だった。高級マンションに住む女性を男が通りで待っている。見方によってはかなり怪しい。できるだけ人目につかない場所にいるほかなかった。
しばらくして、五十嵐が戻ってきた。前回同様、厳しいセキュリティを抜けて彼女の部屋に入った。
「おや?」
零士は、五十嵐の部屋が依然来た時と雰囲気が違うことに気づいた。家具が少し増えている。それに、モノトーンだったはずの部屋がカラフルに変わっている。
「ちょっと気分転換しようと思って・・。」
零士が気づいたことに少し恥ずかしかったのか、言い訳めいた言葉を発した。
「食事しながらでいいかしら?」
五十嵐は、冷蔵庫から何か取り出し電子レンジに入れ温めているようだった。
「どうぞ。」
五十嵐はそういって、缶ビールを差し出した。
「今日の捜査は終了でいいでしょ。」
五十嵐はそう言うと缶ビールを開けて飲んだ。
「ああ、おいしい。さあ、零士さんもどうぞ。」
そう言っているうちに、電子レンジが鳴った。
「テイクアウトしてきたの・・。」
そう言って、彼女はピザをテーブルに持ってきた。とりあえず、零士はビールを飲みピザを食べた。
「それで、何かわかったかい?」
零士が切り出す。
「ええ、もう少し、桧山雄一郎の過去を調べてみたの。大学時代の名簿から、数人にあたったわ。彼は、大学に入学すると、登山サークルに入ったらしいの。高校時代にも経験があったからだそう。興味深いのは、そのサークルには複数の大学の学生が入っていて、中には社会人もいたの。」
「まあ、そう言う時代だったのかもな。」
「興味深いのは、そのメンバー。今、贈収賄事件の噂になっている、市議会議長の息子と、国会議員の息子もいたのよ。」
「その情報はどこで?」と零士。
「署で聞いたわ。本格的に贈収賄事件の立件に向けて動き始めたそうなの。2課だけでは手が回らないからって、1課も動員されて、山崎さんから情報を貰ったところだった。びっくりしたのよ。こんな偶然ってあるんだなって。」
五十嵐はあっけらかんと言った。
「いや、そうじゃないんだ。おそらく、そこに大きなヒントがあるはずだ。」と零士。
「あら、気づいたの?そうなの。彼らの登山サークルで、新入生歓迎のための企画があった。初心者でも安全と言われている、奥多摩の山の縦走企画。毎年恒例行事だった。そこで、事故が起きたのよ。」
「事故?」
「ええ、縦走中に女子学生が滑落する事故。縦走中に濃霧に見舞われ、20人ほどのパーティが動けなくなった。登山経験があった女子学生を含む4人が、救助を求めて引き返した最中に、女子学生が滑落して死亡した。現地の警察や山岳救助隊の捜査では特に不審な点はなかった。でもね、亡くなった女子学生以外の3人というのが、桧山雄一郎、市議会議長の息子で遠山俊、国会議員の息子伊部彰吾だったわけ。ちなみに、亡くなったのは有栖川由香という女学生だったわ。」
零士はそこまで聞いて、全体の構図がぼんやりと見えてきた。
「これは偶然じゃないだろう。それに事故でもない。もちろん、証明できるものでもないが・・。」
「どういうこと?」
零士の意味不明な発言に五十嵐は戸惑った。
「おそらく、贈収賄事件は、その事件が始まりになっているのかもしれない。そして、桧山氏の殺害も・・。もしかしたら、殺人事件は他にも起きているかもしれない。」
「まったく・・何が言いたいのか全く分からない。ちゃんと説明して。」
「その前に、今、遠山俊や伊部彰吾はどうしてる?」と零士。
「遠山俊は、海外にいるらしいわ。伊部彰吾は父の秘書で常に一緒にいるはず。」
五十嵐の言葉を聞いて、零士は、カメラを取り出し、昼間に撮影した写真を確認してみた。国会議員の伊部の写真を開く。
国会議員の伊部の横に、背の高い男が映っている。

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2-23 離れの部屋 [アストラルコントロール]

「こいつか?」
零士は五十嵐に写真を見せた。
「ええ、そう。大柄で陽に焼けている。手首に金色のブレスレッドをしているって聞いたから、間違いないわ。」
写真の奥には、小さく雄一郎の姿も映っていた。
次の写真では、先ほどより雄一郎の姿が大きくなっていて、それを見て驚いている伊部彰吾の表情もはっきりと分かった。写真を撮った時は、父親の伊部信三にばかり気を取られて気づかなかった。そこから数枚飛ばして、帰りがけの伊部の写真を開いた。
伊部彰吾の姿がない。ということは、あのまま、桧山邸に残ったということか。
零士は考えた。写真をじっと睨みつけ、五十嵐から聞いた話も頭の中に放り込んで、頭の中でかき回すようにして考えた。
「どうしたの、零士さん?」
零士はふっと意識を失ってしまった。
気づくと、桧山邸の庭にいた。また、夢を見ている。
庭には誰もいない。家の中も静まり返っている。伊部彰吾は帰宅しただろうか。そんなことを思いながらふと離れの部屋を見た。塞がれた窓の隙間から明かりが見えた。零士は、すーっと離れに近づく。そして、鍵のかかったドアをすり抜けて中に入った。
部屋の中には誰もいなかったが、明かりがついていて、先ほどまで誰かがいたという空気を感じた。
「この部屋のどこかにきっと抜け道があるはずなんだが・・。」
零士は部屋の中を探したが、モノに触れることはできない。外観を見るしか判断のしようがない。
いたずらに時間が過ぎていく。
窓の下に机が置かれていた。机の上には、登山の装備を身に着けた、若い男女が映った写真が置かれていた。そして、その中の数人の顔は切り取られて抜けていた。
「登山サークルの写真だな。切り抜かれたのは、例の男たちだろう。やはり、単なる事故ではなさそうだな。」
そこでぱっと夢から覚めた。
「大丈夫?」
眼を開けると、五十嵐の顔が間近にあった。
「ああ、大丈夫だ・・。」
零士は起き上がり、コーヒーを飲んだ。
「夢を見ていた。例の離れの中にいた。やはり、登山サークルの出来事は単なる事故じゃなさそうだ。桧山雄一郎は、一緒にいたという伊部と遠山をかなり恨んでいるようだった。だが、理由まではわからなかった。それと、部屋には鍵が掛っていたんだが、雄一郎は居なかった。やはり、あの部屋からの抜け道があるようだ。」
「どうする?」と五十嵐が訊く。
「桧山邸の前には、捜査員がいる。正面から入るのは難しいだろうな。」
「ねえ、部屋には雄一郎は居なかったって言ったわね。」
「ああ、いなかった。」
「家のほうには?」
「さあ、わからない。だが、ずいぶん静かだったのは確かだ。」
「なら、外にいるとは考えられない?」
「ちょっと待て。」
レジはそう言うと手帳を広げた。
そこにはこれまで調べたことがびっしりと書き込まれていた。
「ああ、これだ・・。これは、桧山邸のごみ袋から拾い出したレシートの記録だ。並べてみると、ほら、火曜日と金曜日の深夜にコンビニに行っている。ほとんど習慣のようになっているだろう。今日は火曜日だ。もしかしたら、コンビニに行ったのかもしれない。」
「そうね、きっとそうよ。」
五十嵐がそう言って時計を見る。夜11時を回ったところだった。
「行こう。」
すぐに二人は、桧山邸近くのコンビニへ向かった。
真っ暗な中に、コンビニ店の明かりが浮かんでいる。

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2-24 有栖川 [アストラルコントロール]

五十嵐と零士は、コンビニ店に入り、雄一郎の写真を見せて来店したかを尋ねた。
「いえ、見たことはありません。」
「この人が定期的に買い物に来ているはずなんだけど、覚えていない?」
と五十嵐が、再度確認する。
「いえ、見たことはないと思います。」と店員は答える。
そのやり取りを聞いていた零士が口を開く。
「この中で、赤い髪の女性を知っている人はいないかい?」
一瞬、店員みんなの顔が強張り、口を噤む。
「どうした?」と零士が、一番近くにいた女性店員に訊く。
「赤い髪の女性って、毎週二度ほど来られるお客様のことですよね。」
女性店員は、確認するように言った。
「毎週来ている?知ってることを話して!」と五十嵐は詰め寄る。
横で聞いていた店員が間に入る。
「すみません。彼女は被害者なんです。」
「被害者?」と五十嵐。
「ええ、赤い髪の女性は彼がシフトに入っている時だけ来店されて、しばらく、店の外からじっと彼女を見ているんです。そして、レジに彼女一人になったところで、店内に入って、たばこを一つ買っていくんです。」
と店員が話した。
「前に事情を聴きに来た時はそんな話は出なかったと思うが・。」と零士。
「特に何かをするわけでもないし、定期的に来店されるお客様は多いんです。毎日、同じ時間に来て缶コーヒー一つ買って、レジが見える場所でゆっくりと飲んでいるという方もいらっしゃいます。気概があるわけでもないし、同じような行動を取られる方がいる中で、赤い髪の女性が異常だとはいいづらくて・・。でも、彼女にはそれがストレスだったんです。じっと見つめて・・いや、睨みつけるような視線を感じて、レジ前でじっと見ている。声も出さず、たばこを指さして、お金を払って帰っていく。タバコは目的というより、彼女に会いに来るという感じで。とにかく、薄気味悪くて。先日、そのこともお話しすべきか考えましたが、止めておきました。」
先ほどの店員は震えているように見えた。
それを先輩らしき店員が宥めるしぐさを見せた。
「もう一度、訊くが、この男性を知らないか?」と零士。
雄一郎の写真を見せて訊いた。震えていた店員は首を横に振る。
零士はふと、店員が付けている名札を見た。
「君、名前は?」
「有栖川です。」
それを聞いて五十嵐が反応する。
「有栖川?・・ねえ、あなたの親戚で、登山中に亡くなった女性はいない?」
突然訊かれて、有栖川という女性店員は驚いた。
「どうして、それを?・・私の叔母にあたる人が、学生のころ山で事故にあって亡くなったと聞いたことがあります。まだ、私が生まれたばかりだったはず。母が教えてくれたんですが・・そんな昔のこと、どうして?」
有栖川はただ驚いていた。
「ありがとう。また話を聞かせてください。」
五十嵐は、そう告げて、零士とともに店の外に出た。
「なんとなくつながってきたわね。」
五十嵐は徐々に核心に近づいている実感があった。しばらく、五十嵐と零士は、雄一郎が現れるかもしれないと考えて、店外の暗がりで待つことにした。1時間が過ぎて、日付が変わっても雄一郎は現れなかった。
目の前を赤色灯をつけたパトカーが何台も走っていく。同時に、五十嵐のスマホが鳴った。
「山崎さんからだわ。」
すぐに出ると、「わかりました。近くにいるのですぐに向かいます。」と返答した。
「どうした?」
「公園の茂みの中で遺体が見つかったの。行かなくちゃ。」
「僕も行く。」
二人は急いで現場に向かった。

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2-25 藪の中 [アストラルコントロール]

現場に着くと、公園の入り口に規制線が張られ始めていて、多数の警官が警戒に当たっていた。
五十嵐は現場のバッジを見せて中に入った。
「遺体は、伊部彰吾氏でした。免許証で確認しました。今、現場の保全をしていますが、遺体が見つかった藪の中には、以前から誰かが入り込んでいたようで、別の捜査員が男を目撃したとの報告もありました。遺留品を調べていますが、現場の状況を知る人物の犯行の可能性が高いと思われます。」
先に駆けつけていた1課の林田が五十嵐に報告した。
あの藪の中には、零士が潜んでいたのを五十嵐も知っている。
一度、五十嵐自身も入ったことがある。遺留品を調べれば、零士や自分がいたことも判るだろう。被疑者となる可能性は容易に想像できた。
そこに、山崎と武藤も駆け付けた。二人は現場を一通り確認した後、林田から報告を受けた。
「伊部氏の死因は?」と山崎が訊く。
「首筋をナイフで切られたことが要因です。ただ、ナイフは伊部氏の手に握られていましたから、自殺の可能性もあると思います。」
と、林田が答えた。
「自殺?こんなところで深夜に。伊部彰吾に自殺する明確な理由があれば別だが・・。」
と山崎が反応した。
「国会議員秘書で、ゆくゆくは父親の地盤を継いで自身も国会議員になる身分だぞ。自殺する理由なんてないだろう?」と武藤も続けた。
「しかし、首を切ったナイフは彼の所持品ですし、状況からは他殺を疑うようなことは・・。」と林田が反論した。
「ここに誰かが潜んでいたという情報もあるんだろう?」
山崎が訊いた。
それを聞いて、五十嵐が口を開いた。
「ここに潜んでいたのは、射場零士さんです。私も一度ここに入ったことがあります。」
皆、五十嵐の言葉に意味が分からないという反応をした。
「先日の、桧山氏の事件を調べるため、射場さんに協力をお願いしていたんです。」
山崎は頷いた。
武藤はむっとした表情を浮かべて「どうしてまだ調べてるんだ!」と言った。
「まあ、武藤、良いんだ。俺が指示した。あの事件は単なる自殺とは思えなくてな、同じころ贈収賄事件の捜査が始まって、桧山邸に我々が出入りするのを上から止められたんで、五十嵐に隠密で捜査を続けさせていたんだ。」
武藤はまだ納得いかない様子だった。
「桧山氏と伊部彰吾氏の死はきっとつながっています。まだ、確証は得られていませんが、犯人はあの屋敷の中にいます。」
五十嵐が言った。
「息子の雄一郎・・か。」と山崎。五十嵐が頷いた。
「桧山氏の事件捜査では、息子は離れの部屋に軟禁状態のため、外には出られないはずですが。」
と、林田が言った。
「それも含めて、今回の事件の大きな筋立てはできています。ただ、全て推論に過ぎません。おそらく、証拠になるものは、あの離れの部屋の中。そして、すべてをやった雄一郎本人に話を聞く必要があります。」
「わかった。だが、一度で、確実に、自供を引き出さなければならない。どうだ。」
と山崎は五十嵐に訊く。
「判りました。そのために、射場さんに同席してもらっていいでしょうか?」
五十嵐が山崎に訊く。林田も武藤も、反対した。
「皆の考えはわかった。ここの現場検証と伊部彰吾の死因が特定された段階で、皆と一緒に、雄一郎から話を聞く。射場にも同席してもらうのを特別に許可しよう。」
山崎の決定で、みないったん現場を離れた。
公園の外で、五十嵐を待っていた零士のもとへ、五十嵐が帰ってきた。
「雄一郎氏から事情聴取することが決まったわ。零士さんも同席してね。」
五十嵐は、本田幸子の自供を引き出した射場をはっきりと覚えている。再び、彼が、雄一郎の自供を引き出してくれる。そう信じていた。

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2-26 足りないもの [アストラルコントロール]

「判った。だが、まだ、足りないんだ。20年前の事故の真相、その後の、3人の男の関係。それに贈収賄事件の真実。伊部彰吾を殺害したのは雄一郎に違いないが、それを裏付ける証拠がないんだ。雄一郎がすんなり自供するとは思えない。」
零士の意外な答えに五十嵐は戸惑った。
「3日ほど時間が欲しい。その間に、足りないピースを集める。それがないと、彼の自供は引き出せない。」
零士はそう言うと、現場を後にした。
「なんなの?」
五十嵐は半ば呆れて呟いた。
それから3日が経過した。途中、五十嵐は何度か零士のスマホに電話をかけたが留守番サービスにつながるだけだった。
「すまん。ようやく、繋がったよ。」
零士から電話があった。繋がったのは電話なの?それとも事件の真相なの?と訊き返したかったが止めた。
「じゃあ、事情聴取に。」
五十嵐はそういって電話を切ると、山崎に事情聴取の許可を確認した。
「良いだろう。俺たちも同席する。」
すぐに、五十嵐は、山崎と武藤、林田とともに、桧山邸に向かった。
門の前には、零士が待っていた。
山崎の顔を見て、零士はしかめっ面になった。過去の因縁がふつふつと浮かんできてしまって、感情が顔に出てしまった。
五十嵐はそんな様子を無視するように零士に向かって言った。
「大丈夫なのね?」
「ああ、すべてのピースは揃った。さあ、行こう。」
インターホンを押すとお手伝いさんが出てきた。五十嵐が雄一郎の事情聴取に来たことを告げると、お手伝いさんは、静かに家の中へ皆を入れた。
「離れの鍵を開けてください。雄一郎氏に事情聴取します。」
嫌とは言わせない物言いで五十嵐が迫る。
奥から、桧山の奥様が姿を見せた。
「承知しました。すぐに。」
奥様の反応は何か諦めのような、それと安堵感のようなものを感じさせた。
離れのドアの鍵が開けられた。そして、ドアを開く。
部屋の中には、椅子に座った雄一郎の姿があった。狭い部屋の中に、大勢の人が入ったためか、息苦しかった。
「先日、伊部彰吾さんが亡くなったわ。」
五十嵐が切り出した。雄一郎は表情一つ変えなかった。
「貴方が殺したのね。」
五十嵐が言うが、雄一郎氏は無表情のままだった。五十嵐はさらに続ける。
「父親を自殺に見せかけて殺したのもあなたね。」
雄一郎は全く表情を変えなかった。
後ろで聞いていた山崎は、黙秘を続ける雄一郎を見ていて、無表情こそ自白と同じだと感じていた。
「おい、大丈夫か?」
武藤が小声で五十嵐に言う。五十嵐がちらりと零士を見た。
零士が一歩前に出て口を開く。
「先日、遠山俊さんと連絡が取れました。彼が今どうしているか知っていますか?」
雄一郎の表情が一瞬変わった。
「彼はアメリカで弁護士をやっているそうです。結婚もして、幸せそうです。ああ、そうそう。彼に、伊部彰吾さんが殺されたことを伝えたら、ずいぶんと驚いていました。それから、君のことを話したんだが、遠山さんは君のことを知らないようでした。一緒に登山サークルにいたのに、覚えていないらしいです。」
雄一郎が膝の上に置いた手をぎゅっと握りしめた。
「そんなはずは・・そんなはずはない!」
雄一郎はそういって机を握りこぶしで叩いた。明らかに怒りと憎悪が感じられた。

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2-27 事故の真相 [アストラルコントロール]

「どうしてそう思うんですか?」
と、零士が訊く。
雄一郎は零士を睨みつけた。
「登山サークルで起きた痛ましい事故が関係しているんですよね。」
零士が少し試すように訊く。
雄一郎は「あれは事故じゃない。」と吐き捨てるように言った。
「ええ、事故じゃない。だが、真実は、君と遠山俊さんしか知らない。話してくれませんか?」
雄一郎は口を噤んだ。
それを見て零士が続けた。
「わかりました。では、私が、何が起こったかを話しましょう。ほとんど想像の範囲なので、間違っていたら言ってください。」
零士はそう言うと、登山中の事故について話し始めた。
「20年前、あなたはまだ学生だった。入学後、あなたは登山サークルに入った。ほとんど未経験だったが、友人たちに勧められ、そこには、伊部彰吾さんと遠山俊さん、そして、事故にあった有栖川レミさんがいた。事故のあった日、20人ほどのパーティで登山をした。途中で、濃霧に遭い、動けなくなった。有栖川レミさんは登山経験があり、その山も何度も登っていた。皆のために、有栖川さんは救助を呼ぶために下山することにした。」
雄一郎はじっと零士の話を聞いている。
ここまでのところで特に表情は変わらない。
「それを知って、伊部彰吾さんと遠山俊さん、そしてあなたも一緒に行くことにした。下山を始めてすぐに、濃霧から豪雨へと変わり、あなたたちも動けなくなってしまった。そのため、尾根筋にあった岩陰に一時避難することにした。岩陰は狭く、二人が入れる程度。道案内できる有栖川さんと伊部彰吾さんがそこに入った。そして、少し離れたところにあった岩陰に、遠山俊さんとあなたが入った。・・そこで事件が起きたんですよね。」
零士の話は、まるでそこに居合わせたような内容だった。
沈黙していた雄一郎が、零士に言う。
「どうして、そんなことを・・俊が話したのか?」
「いえ、違います。実は、あの事故を知り合いの記者が取材をしていたんです。警察や山岳救助隊は、滑落事故という結論を出したんですが、その記者は、偶然にも遺体発見者の一人でした。彼は登山経験が豊富で、山の事故は幾度も取材していたんです。彼は、遺体の状態に不自然さを感じて、時間をかけて取材をしました。今まで話したのは、彼の取材の断片をつなげたものです。」
零士が足りないものがあると言ったのは、あの事故が今回の事件の根底にあると確信し、その事故の詳細を知るためだった。
「いかがです?当時の状況にあっていますか?」
レジは雄一郎に訊く。雄一郎は小さく頷いた。
「問題は、その後ですね。もう、この先は、雄一郎さん、あなたの口から聞きたい。」
零士が言うと、雄一郎は観念した様子で少しずつ話し始めた。
「雨が止むまで二人ずつに分かれて岩陰に避難した。30分ほどが経った頃、悲鳴が聞こえた。レミの声だった。僕と俊は雨の中、二人が身を隠していた岩陰に行った。そこには、レミが・・血を流して・・倒れていた。」
「伊部彰吾が有栖川さんを殺した?」と五十嵐が訊く。
「ええ・・あいつは以前から女にだらしなかった。岩陰に避難している間に、彼女に迫った。彼女が抵抗したんで、殴りつけた。倒れた彼女は岩に頭を打ち付けて・・。」
雄一郎はそう言いながら涙を流している。
「どうして、伊部と彼女を二人にしたんですか。」
五十嵐は腹立たしく詰め寄った。
「あいつの親父は、当時、市会議員で町の有力者だった。俊の親父さんは、伊部の事務所で働いていたし、僕の親父も、仕事上逆らえない関係だった。あいつは親たちの力関係を知っていて、大学に入った時から、あいつの手下のように扱われていた。あの時も、彰吾が・・。」
雄一郎の答えのおおよそはわかっていたが、聞いた五十嵐はがっかりしてそれ以上は聞かない。

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2-28 連鎖 [アストラルコントロール]

「その後、どうしたんですか?」と零士。
「彰吾が、事故に見せようと言い出し、僕と俊で彼女を運んで、尾根道から・・落としたんです。」
「警察や山岳救助隊には?」
「その後、道案内役がいないので、その場に留まり、救助を待ちました。彼女が滑落したと彰吾が説明して・・彼女の遺体が見つかった。僕たちは口を噤むしかなかったんです。」
そこまで聞いていた山崎が口を開いた。
「しかし、妙な話だな・・。いくら、滑落したと話しても通常なら事故かどうか見極めるために綿密に現場検証するはずだが・・。」
「ええ、そうなんです。知り合いの記者はそこに違和感を感じていた。遺体が発見され、驚くべき速さで滑落事故と判断された。現場検証もほとんどされていなかったそうです。」
零士は、山崎に向かって言った。
「知り合いの記者は丹念に現場を調べて、事故現場の近くの岩陰に、血痕が見つかり、事故ではないと確信を持った。そのことを地元の警察に知らせたものの、取り合ってもらえなかったそうです。」
「まあ、血痕だけでは・・」と武藤が言う。
「知り合いの記者は、その前に、遺体の損傷状態に違和感があったそうなんです。滑落すれば、あちこちに擦り傷ができるし、衣服も破れる。だが、彼女の遺体は比較的綺麗だった。滑落した現場にも、転がり落ちた痕跡がなかった。それで投げ落とされたのではないかと考えた。」
零士が説明をつづけた。
「彼は、事故の状況を調べるために大学にも行ったそうですが、学校も学生のプライバシーにかかわることだと言って拒否したそうです。事故について調べようとすると何か強い抵抗にあう。これは事故ではなく事件だとますます確信を持った。」
零士が説明すると、山崎が言った。
「伊部信三から圧力がかかっていたということか?」
山崎の顔が曇っている
「もう20年前のことですから、それを確かめることもできませんが・・。」
零士も残念そうに答えた。
「君が定期的に行くコンビニに、有栖川というバイト店員がいるのを知っていますね。」
零士は、雄一郎に訊いた。雄一郎の顔色が変わった。
「今回の事件は、君が彼女の存在を知ったことから始まったんだろう?」
零士が訊く。雄一郎は顔を伏せる。
「彼女は、亡くなった有栖川レミさんの姪御さんだね。大学当時のレミさんによく似ていた。」
零士はそういって、大学時代の登山サークルの写真と、バイト店員の有栖川の写真を並べた。
「20年、沈黙を守ってきた君に、あの子の存在が火をつけた。彼女のための復讐計画だ。」
雄一郎の顔が引きつっている。
「だが、判らなかったのは、どうして、君自身の父親を殺害する必要があったのか。復讐するのであれば、伊部彰吾だけで良かったんじゃないか?」
零士にそう言われて、雄一郎は顔を上げた。
「親父は・・親父は、あの事件の秘密を守るためと言って、僕を閉じ込めた挙句、伊部や遠山を脅迫していたんだ。親父たちの力関係が引き起こした事件なのに、自分だけ蚊帳の外にいて、それをネタに甘い汁を吸って・・親父の全てが許せなかった。」
雄一郎の目には憎悪が浮かんでいた。
「贈収賄に関する情報をリークしたのも君かい?」
山崎が訊いた。
「ええそうです。でも警察の動きは鈍かった。何度も何度も、メールを送って贈収賄の証拠も送り付けたのに、一向に動く気配がない。やはり、国会議員であることで、あの時と同じように圧力がかかっているんだと・・それなら、自分で復讐するしかないでしょう。」
雄一郎の言葉に、山崎は反論できなかった。
山崎は、捜査2課が贈収賄事件に着手すると決断したのは、桧山氏が死亡したタイミングだった。それまで内部では何度か浮上したことはあったが、そのたびに、署長の判断で未着手となっていたのを知っていた。彼の指摘は間違いないと感じたのだ。
「赤い髪の女性がたびたびコンビニに行き、桧山氏が亡くなった日にも、ドライブレコーダーに映っていた。あれは、君だね。」
零士が訊いた。雄一郎は頷いた。

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2-29 雄一郎の自白 [アストラルコントロール]

「軟禁されていたのにどうして抜け出せた?」
二人のやり取りを聞いていた林田が唐突に訊いた。
「抜け穴があるんですよ。そうだよね。」
零士が雄一郎に言った。
雄一郎は、「それもわかっているんですか?」と驚いた。
「ああ、赤い髪の女性が、桧山邸周辺とコンビニで定期的に目撃されていた。僕も、この家の周辺を回っていた時、人影を見た。きっとどこかに抜け穴があって、君がそこから外に出ているんだと確認を持った。おそらく、庭にある井戸のようなもの。あそことこの部屋をつなぐ・・」
零士はそういって部屋の中を見回し、押し入れを開いた。
押し入れに刃物が置かれていなくて、床には扉のようなものがついていた。それを上げると、床下に続く穴があった。
「ここから外へ出ていた。それも、赤い髪の女性に変装した状態で・・。」
観念した雄一郎は、押し入れの上の棚の奥から、赤い髪のかつらとドレス、ハイヒールなどが入った袋をだした。
「なぜ、変装したの?目立つ格好をして捜査をかく乱するため?」と五十嵐が訊く。
雄一郎は答えなかった。
「コンビニ店員が気味悪がっていたよ。有栖川さんは、そのせいでしばらくシフトに入れないこともあったようだ。あんな格好をしなくてもよかったんじゃないか?」
零士も訊いたが、雄一郎は答えなかった。
「父親を殺した時、自殺に見せかけたのは、伊部彰吾を殺害するまでの時間稼ぎだったのかい?」
雄一郎は首を横に振り否定した。
「あの日、コンビニに女装していったのを親父に見つかった。親父は女装している僕を遠目で息子と判ったようだった。家に連れて帰られ、ひどく罵られ、殴られた。あいつ、あの事故を隠ぺいすることで利権を得ているハイエナだ。いつか殺してやろうと思っていた。チャンスだった。」
「自殺に見せかけたのは、やはり、贈収賄事件の捜査のため?」
五十嵐が訊いた。
「ええ、そうです。贈収賄疑惑の当事者が自殺となれば、マスコミも動き、警察も動かざるを得ないでしょう。・・でも、なかなか捜査は始まらない・・警察にはがっかりしました。」
雄一郎が答える。
「伊部彰吾の殺害は?」と武藤が訊いた。
「あいつは、僕の親父が死んだと聞いて、伊部信三と一緒にここへ来た。伊部信三は、親父が死んだことで今後脅迫されることはないと安堵した様子だった。だが、僕が生きている。伊部信三は、彰吾に僕を殺すよう命じたんです。僕が死ねば、あの事件は闇の中。あいつがこの部屋に来た時、僕は部屋から抜け出した。身を隠すため、公園のあの茂みを使ったんです。」
雄一郎はちらりと零士を見た。
「あそこに人が潜んでいるのを見たんです。あそこにいたのは、射場さんですよね。」
雄一郎が訊く。伊部信三の写真を撮った時、画面の奥に雄一郎が映りこんでいた。その時、雄一郎は、零士が潜んでいることを知っていたことになる。外からは簡単に見つかる場所ではないと考えていた。不思議だった。
「彰吾は僕を探していました。僕は、あの場所に誘い込むことにして、彰吾を殺しました。ナイフは彰吾が持っていました。それを奪って、首を刺しました。」
「もう良いだろう。あとは、署で詳しく聞かせてもらう。」
山崎はそういって、雄一郎を逮捕した。
離れから出てくると、泣きはらした目をした雄一郎の母親がいた。
「母親は全く関係ありませんから。」
雄一郎が山崎に言った。山崎は、何も言わず、小さく頭を下げて母親の前を通り過ぎた。
雄一郎は、武藤とや林田が署に連行した。入れ替わりに、鑑識班が到着して離れの部屋を調べ始めた。
「一応、一件落着ね。」
五十嵐が零士に言った。
「ああ・・確かに、今回の事件の全体像は判った。でも、これから、山での事件、伊部信三も含む贈収賄事件や警察などへの圧力と言ったすべてを解明し罰するには相当手間がかかるだろうな。どこまで、警察が本気で取り掛かるか・・あまり期待はしていないが・・。」
零士はそういって空を見上げた。

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3-1 零士と山崎 [アストラルコントロール]

「射場零士さん、君に訊きたいことがあるんだが・・。」
鑑識班への指示を一通り出した後、山崎が近寄ってきて零士に言った。
「五十嵐、君にも確認したいことがある。」
五十嵐と零士は顔を見合わせた。
「今回の事件を解決できたのは二人の功績だ。特に、射場さんは我々警察では捜査が及ばなかったところまで調べてくれたのには正直驚いている。・・だが、いくつか不思議に思うことがあって・・これは、刑事としてではなく、一個人として、君に話を聞きたいと思ったんだ。どうだろう、話を聞かせてくれないか。」
山崎は丁寧な言葉で率直な思いをぶつけてきた。零士は承諾した。
翌日、零士は署に行き、山崎と面会した。
署内は、大きな事件として総力を挙げて捜査が始まっていた。署長も事件関係者と認定され、謹慎処分を受けることになった。
「ご足労をかけてしまって申し訳ない。」
刑事課の部屋の隣室にある会議室で、零士は山崎と面会することになった。五十嵐も同席している。
「さて、今回の事件でのご協力に、改めてお礼を言いたい。ありがとう。前回の難解な事件も、君の推理で無事自白を得ることができた。つくづく、君の能力には感服する。フリーライターの経験が能力を引き出したのか、そういう能力があったからフリーライターだったのか、わからないが、おそらく、我々、捜査員を超える力には間違いない。」
山崎の言葉に五十嵐はその真意がわからずにいた。
「山崎さん、僕のこと、覚えていませんか?」
零士が唐突に訊いた。
「ああ、はっきりと覚えている。被疑者として厳しい尋問をしたのは私の過ちだと今でも心に刻まれている。あれ以来、確証を得るまで、何人たりとも被疑者扱いしないと誓った。すまなかった。」
山崎は改めて謝罪した。
「本題に入ろう。前回の事件では、心中事件だと見抜き、今回は、離れに軟禁されている息子が犯人だと確信をもっていた。特に、抜け穴のことはさすがに驚いた。何か、君はその一部始終を見ているかのようで、もしかしたらそういう特殊能力を持っているのではないかと考えるんだが、どうだろうか?」
山崎はいきなり核心をついてきた。
零士は五十嵐を見た。五十嵐が山崎に「夢」の話をしているのではないかと確認した。五十嵐は零士の視線の意味を理解し、小さく首を横に振った。
「それに、二つの事件に偶然かかわったとも思えない。君を罪に問おうとは思っていない。むしろ、今後も捜査協力をお願いしたいと思うくらいだ。だが、その本当のことが判らなければ、それも難しい。驚くべきことなのかもしれないが、是非教えてもらいたい。」
山崎は頭を下げる。
零士は五十嵐に「話してもいいか?」と訊いた。五十嵐も、山崎の態度を見て小さく頷いた。
「わかりました。お話しします。ただ、荒唐無稽な内容ですから、信じていただけるかどうか自信はありませんが・・。」
零士はそう前置きして、「夢を見る」話をした。前回の事件の時も今回も現場に居合わせ一部始終を見ていたこと。そしてそれは、実際に起きていること。山崎はじっと聞いていた。
一通り零士が話し終わると、「そうか」と山崎は納得したように頷いた。
「だが、どうして、そんなふうに現場の夢を見るのだろうか?」
と山崎が訊いた。
「それはわかりません。一度だけならまだしも、二度続いています。いえ、正確に言うと、その後も、重要な場面を夢で見るんです。いや、正確に言うと、夢ではなく、自分の意思みたいなものがそこに飛んでいくという感じなんです。」
零士が言うと、山崎が答えるように言った。
「一種の幽体離脱のようなものなのかもしれないな。無論、そんなことが存在するとは信じていなかったんだが・・君の話を聞いて、もしかしたら、そういう現象も存在するのかもしれないと思うようになったよ。君は、その夢を見ている間はどんな感じなんだ?」
「完全に夢と同じなんです。気が付くとちゃんとベッドで寝ている。それに、現場にいても何一つ触れないし、声を出しても相手には聞こえません。ただ。見ているだけなのです。」
「そうか・・。」

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3-2 予期せぬ人 [アストラルコントロール]

山崎と五十嵐、零士が話している会議室のドアが開いた。
「すみません。お邪魔します。」
零士と五十嵐は予期せぬ来所者に驚いた。
山崎が立ち上がり、その人物と握手をする。
「すみません。ご足労をおかけします。彼がお話ししていた射場零士さんです。」
山崎は、いきなり登場した人物に零士を紹介した。
入ってきたのは、一人ではなかった。女性が二人、そしてもう一人は幼い少女だった。
「驚かせてすみません。私は、剣崎と申します。警視庁特殊犯罪捜査室アドバイザー、FBI特別捜査員、CIA上級捜査員、それから・・まあ、肩書はいくつもありますが、ちょっと不思議な事件の捜査をしています。・・それから、こちらは、新道レイさん。それと、彼女はマリア。私の仕事を手伝ってもらっています。実は、特殊犯罪捜査室に、山崎さんから連絡をいただいたので話を聞きに来たんです。」
剣崎はそう言うと、そっと手を差し出した。握手を求められていると思い、零士が握手をする。剣崎が目を閉じる。レイもマリアも新道からの思念波を受け取った。
剣崎は、触れたものに残る思念波を読み取る能力がある。零士が持つ特別な能力を探るために握手をしたのだった。
剣崎たちは椅子に座り、零士をじっと見つめた。零士と五十嵐は、突然、見知らぬ女性が現れたことに驚き、呆然としている。
「はっきり言いますが、零士さんが夢と呼んでいることは、アストラルコントロールと呼ばれる特殊能力です。世間でいう幽体離脱、超能力の一つです。ただ、その能力はあなたのものではないようです。誰かが、あなたを操っている。」
剣崎は、ストレートに話した。
「ちょっと待ってください。いったい何なんです。いきなり表れて、アストラルコントロールとか、零士さんの能力じゃないとか、あなたたち、いったい何者なんですか?」
五十嵐が興奮して言った。
「すまない、五十嵐。実は前回の事件を解決した時、特殊犯罪捜査室に一部始終を訊かれたんだ。私もどういうことか理解できなかったんだが、世の中には、我々の捜査では解き明かせないような不可解な事件が起きているそうで、前回の事件の解決手法について訊かれた。そして、今回の事件。何か、不可解さがあったんで、彼女たちに相談に乗ってもらうことにした。」
「特殊犯罪捜査室には、優秀な部下がいるんです。彼は、日本で起きている様々な事件を分析し、射場零士さんのような、特殊な能力を使う人間を見つけることができるんです。今回、山崎さんから話を聞いて、ぜひとも話を聞かせてもらいたいとお願いしました。その矢先に二つ目の事件が起きた。我々は、事件発生からずっと射場零士さんの動向を把握していました。それで、今日、直接お話を聞くためにここへ来ました。」
「彼女たちは?」と五十嵐が、レイとマリアを見る。
「ああ、彼女たちは私のアシスタントです。気になさらなくて結構です。」
剣崎は淡々と答えた。
「でも、あんな幼い少女がアシスタントなんて変でしょ?」
五十嵐が食い下がる。
「彼女、亜美さんに似てるわね。」
剣崎はちょっと笑顔を見せて、レイとマリアに言った。二人は頷いた。
「秘密は守れるかしら?これからお話しすることは国家機密なの。いえ、それ以上かもしれないわね。もし口外したら命はないと覚悟してもらわなければいけないんだけど・・。」
剣崎は急に真剣な表情を見せて、五十嵐や零士、山崎に向かって言った。
「すみません。その前にさっき、僕は操られていると言いましたが・・どういうことなんですか?」
零士は剣崎の話の前に確かめたかった。
「アストラルコントロールは、意識を遠くに飛ばして透視する能力。その能力を持っている人間は限られている。あなたにその能力がないことはさっきわかりました。」
剣崎の答えは不十分だった。
「だから、それがどうして僕の能力じゃないと判ったんですか?」
零士は少し苛立ちを覚えて強い言葉で訊いた。
「仕方ないわね。それを説明するには、すべてをお話ししなければならないの。さっきの国家機密を漏らさないって約束できるかしら?」
もはや堂々巡りになるのは明らかだった。

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3-3 初めての経験 [アストラルコントロール]

「いいでしょう。この3人はその覚悟で話を聞きます。良いな、五十嵐!射場さんも良いね。」
山崎が答える。二人は山崎の言葉に頷くしかなかった。
「では、お話しします。私たち3人は、特別な能力を持っています。私はサイコメトリー。触れることで様々な事象を知ることができる。そして、レイさんは思念波・・人が持っている思考を我々は思念波と呼んでいて、それを遠くでもキャッチできる能力を持っている。そして、マリア。彼女は人をを自在に操ることができる能力。マニピュレーターと呼ばれているわ。」
零士たちは初めて聞く話に、もはや思考が停止している状態に近い。
「ただ、私たち3人の力なんて小さいものなの。それらを凌ぐ能力を持つ人がいる。思念だけの存在。判りやすく言えば、魂だけで永遠の存在。今は、彼女の体の中にいるわ。」
剣崎は手短に話した。
「先ほど、零士さんと握手をしたとき、私のサイコメトリーとレイさんのシンクロで、あなたの中を見たのよ。でも、アストラル能力は見つからなかった。でも、その残骸のようなものを感じたわ。」
「残骸?」と零士。
「ええ、残りかすみたいなものね。誰かが一時的にあなたの中に入り込んで、あなたの意識を飛ばしたみたいね。」
剣崎はこともなげに話す。
「そんな馬鹿な・・。」
零士には意味が分からなかった。
「問題は、その能力を持つ人間がどうしてあなたに入り込んで、事件現場につれていったのか。それ以前に、事件が起こることをどうして予見できたのかなのよ。」
「ちょっと待ってくれ。いきなりいろんな事を聞いて理解が追い付かない。大体、そんな特殊な能力というのは本当にあるのか?」
山崎が口をはさんだ。
「仕方ないわね。じゃあ、ちょっと体験してもらおうかしら。・・今から、あなたたちの意識の中に入り込むわね。覚悟して。」
剣崎はそう言うと、山崎の手を握る。山崎の頭の中に剣崎がいる。話をする声ではなくダイレクトに頭の中で剣崎が『判る?』と告げている。
同時に、レイが五十嵐の頭の中に入り込む。思考を乗っ取られたような感覚だった。
零士には、マリアが入り込む。マリアは零士の体を乗っ取り、立ち上がり、逆立ちをして歩いた。零士はそんなことができるはずもなく、自分が動いているという感覚さえなかった。
「わかったかしら?」
剣崎の声で3人は意識が戻った。
五十嵐は震えている。今まで経験したことのない感覚。彼女たちの能力に対して急に恐怖がわいてきたのだった。
「わかったでしょ?こんな力を悪に使えば恐ろしいことが起きる。だから、私たちの存在は知られてはいけないの。」
零士たちは頷いた。
「話を戻すわね。こんな特殊な能力を持つ者を特殊犯罪捜査課では絶えず発見し監視している。それが、最近になって、急に活発に動くようになってきたの。」
「活発に?」と山崎が訊く。
「ええ、詳しくは話せないけど、アメリカの特殊機関が世界中に私たちのような人間を派遣していた。その組織は壊滅したんだけど、残党がいるの。日本にもいる。今回の射場さんはそのひとつではないかと考えているわけ。」
「一体何をしようとしているんですか?」と零士が訊く。
「今はまだわからない。大きな事件になる前に何としても食い止めなければならないわ。だから、協力してほしいの。あなたがどういう行動をしてアストラルコントロールされているか。きっとあなたの身近にいる人間の仕業にちがいないのよ。」
剣崎は零士の目を見て言った。
「協力しないと言っても、あなたたちの力があれば僕を操ることは簡単じゃないですか?」
零士はやや批判的な口調で答えた。
剣崎はにこりとして言った。
「貴方はかなり優秀ね。そう、拒否すれば我々があなたを操る。そして、真相を見つけるだけなんだけど・・それじゃあ、あなたの尊厳は守れないでしょ?」
もうすべての筋書きが決まっているような口ぶりだった。

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