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2-16 藪の中 [アストラルコントロール]

零士は公園の藪の中から飛び出して、五十嵐に合図した。
「そんなところにいたの?」
五十嵐が公園に飛び込んできた。
「ここから玄関を見張っていたんだ。贈収賄事件の手掛かりは、意外にこういうところで見つかったりするんだよ。」
零士はそう言うと、隠れていた藪の中に五十嵐を案内した。
「へえ、ここからだとこんなふうに見えるのね。」
しばらく、五十嵐は玄関のほうを見ている。出入りする者はいなかった。
不意に、五十嵐は零士の顔に自分の顔を近づけた。
「赤い髪の女は、桧山の息子かもしれないわ。」
五十嵐は、零士の耳元で囁いた。五十嵐の息が零士の耳にかかる。
零士はドキドキしていたが悟られぬよう表情を厳しくした。そして、「その可能性を考えていたんだ。」と素っ気なく答えた。
零士が驚かなかったことに五十嵐は逆に驚いた。
「いつ、そう思ったの?」
「いや、SDの記録動画を見たとき、何か不自然さを感じて、あのあと、ここを回ってみて、赤い髪の女が目撃されたのが、この桧山邸周辺に限られていること。桧山邸に住んでいるか、近しい者、あるいは強い恨みを持った人間だと思うんだが、外から来た者が赤い髪の女性に変装する場所がないんだ。そうなると、中から出てきたと考えるのが自然だろう。」
五十嵐は、山崎から教えられたことを零士はすでに判っていたのが少し悔しかった。
「奥さんやお手伝いさんがそんなことをする理由はないし、代替体格が違う。」
「じゃあ、軟禁されている息子?」
「ああ、その可能性が高い。会ったことがないんで確証はないけど。」
「でも、彼は外に出ることは難しい・・。そうよね。」と五十嵐。
「ああ、そうなんだ。そこが判らない。外に出る手引きをしている者がいるはずなんだが・・。」
「あの日は母親は不在だった。お手伝いさんはいるけど、夜には引き上げるから、その時間に離れから抜け出すのは不可能ね。」
「そうだ。それにしても、彼はなぜ離れに軟禁されているんだ?」
零士が素朴な疑問を口にした。
「母親の話では、20年ほど前、学生時代に精神を病んで、父親が閉じ込めたらしいわ。」
「母親は抵抗しなかったのか?」
「あの感じでは、夫には逆らえないというところね。それに、精神を病んでいたというから、母親も周囲に知られることを恐れていたのかもしれないわね。」
零士は五十嵐の言葉を聞き、しばらく、何かを考えていた。
「桧山の息子が精神を病んでいたのは本当なんだろうか?彼の過去を調べてみてくれないか?」
「ええ、そうしましょう。」
五十嵐はそう返事をすると藪の中から出ていった。
零士はそのままその場に留まった。
しばらくすると、門が開いて、お手伝いの女性が、ごみ袋を抱えて出てきた。門の中の様子がちらりと見えた。零士は望遠レンズのついたカメラで何枚も写真を撮った。そして、すぐに、藪の中から出て、お手伝いさんの後を追った。
閑静な住宅街の一角にごみ集積場がある。幸い、周囲に人はいない。気づかれないよう後を追い、ごみが投入されるのを見届け、お手伝いが立ち去るまで待った。ごみの中に何か事件につながるヒントはないかと考えた。本来、出されたごみをあさるのは違法行為だ。だが、ゴシップネタを追うライターにとっては宝の山である。
零士は周囲に気を配り、出されたごみの袋を引っ張り出して、先ほど潜んでいた公園の藪の中へ持ち込んだ。生ごみの臭いなど気にならない。一緒に入っている紙類を取り出す。コンビニのレシートは特に情報源になる。いつ何を買ったか。それは行動記録なのだ。他にも、ダイレクトメールや包み紙なども丹念に見ていく。
「ふむ。これは・・なかなか・・。」
零士は独り言をつぶやきながら、取り出した紙片を取り分けてから、ごみ袋を先ほどの集積場へ戻しておいた。それから、その日はいったんアパートへ戻ることにした。

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2-15 山崎の見立て [アストラルコントロール]

「それで、その赤い髪の女が犯人というわけか?」
山崎は少しがっかりしたように返答をした。当然だった。赤い髪の女性が辺りにうろついていた証拠は集まったものの、殺害につながる直接的な証拠はない。まさか、零士が夢で見たのだと言えば、さらにがっかりさせるに違いないと五十嵐は考え、返答に困っていた。
「今までいくつか事件を解決してきた経験から言えば、おそらく、赤い髪の女性は殺害犯だろう。では、今、どこにいる?赤い髪で目立っているのは承知してうろついていたとすると、今は、全く別人になっているに違いない。捜査を混乱させるためのカモフラージュという可能性が高い。」
山崎の反応は予想外だった。
「赤い髪や派手な服装以外の特徴を掴めないと犯人にはたどり着けないだろう。」
山崎が続けた。
「マスクもサングラスもしていて顔を見た者はいません。」
五十嵐が答えると、「ちょっと、そのSDの動画を見せてみろ。」と山崎が言った。すぐにカバンから取り出して、近くにあったパソコンで画像を開いた。
「ここです。」
五十嵐が言うと、山崎がじっと食い入るように見る。
「もう一度。」
と、山崎が言う。何度も何度も同じ場面を見た。
「あ・・。」と五十嵐が言うと、「気が付いたか。」と山崎。
「この歩き方・・右足を少し引きずっている。それと、ハイヒールが歩きにくそう。」
と五十嵐が言う。
「ああ、そうだ。歩き方は特徴がある。まして、この女性は足を引きずっている。けがをしているのか、生まれつきなのかはわからないが、右足が少し不自由だ。それに、ハイヒールも履きなれてはいないんだろう。」
「ええ、そうですね。サイズがあっていないような感じですし。」
「もっとよく見ろ。」と山崎が言う。
五十嵐は、画像をスローにして時々止めながら見た。
「指が・・指が太い。女性らしくない。」
「ああ、そうだ。もしかしたらだが、これは女装した男性の可能性がある。」
大きなヒントだった。男性で、桧山が連れ帰ったとすれば、あの離れに閉じ込められている息子の可能性がある。
「もう一度、桧山邸に行ってみます。」
「ああ、そうしろ。だが、捜査令状が出ているわけじゃない。慎重にな。」
山崎が背中を押すように送り出した。
五十嵐は、まっすぐに桧山邸に向かった。
そのころ、零士は、桧山邸の周囲を探っていた。
赤い髪の女性が目撃された場所に何か意味はないか。目撃証言で示された場所を何度も何度も歩いてみた。いずれも、桧山邸の周囲とコンビニまでの道だった。そこ以外では目撃されていない。
「まさかな・・。」
零士も、五十嵐と山崎がたどり着いた結論に行きついていた。
「確か、閉じ込められているということだったが・・。母親が時々、桧山氏の目を盗んで離れから出していたとは言っていたようだが・・。」
零士は、五十嵐から聞いた話を記録したメモを広げた。
「事件の日は、母親は不在だったか。じゃあ、部屋から出られなかったはずだな。」
そう呟きながら、桧山邸の周囲を歩いた。
桧山邸は豪邸だった。
高級住宅街の中でもひときわ大きく、周囲をぐるりと要の木の生垣が巡り、生け垣の下には石垣もあって、通りから一段高くなった場所に立っていた。だが、豪邸にありがちな監視カメラはなかった。零士は、贈収賄事件ネタを追っていた時、玄関がまっすぐ見える公園の藪の中に身を潜めていたが、車が通り抜けられるほどの大きな門と背の高い門扉に遮られて中の様子を知ることはできなかったのを覚えていた。
「離れにいる、軟禁状態の息子には無理か・・。」
そんなことをつぶやいていると、コンビニの方角から五十嵐がやってくるのが見えた。

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