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2-22 山の事故 [アストラルコントロール]

五十嵐はまだ帰っていなかったので、マンションの入り口で待っていた。妙な気分だった。高級マンションに住む女性を男が通りで待っている。見方によってはかなり怪しい。できるだけ人目につかない場所にいるほかなかった。
しばらくして、五十嵐が戻ってきた。前回同様、厳しいセキュリティを抜けて彼女の部屋に入った。
「おや?」
零士は、五十嵐の部屋が依然来た時と雰囲気が違うことに気づいた。家具が少し増えている。それに、モノトーンだったはずの部屋がカラフルに変わっている。
「ちょっと気分転換しようと思って・・。」
零士が気づいたことに少し恥ずかしかったのか、言い訳めいた言葉を発した。
「食事しながらでいいかしら?」
五十嵐は、冷蔵庫から何か取り出し電子レンジに入れ温めているようだった。
「どうぞ。」
五十嵐はそういって、缶ビールを差し出した。
「今日の捜査は終了でいいでしょ。」
五十嵐はそう言うと缶ビールを開けて飲んだ。
「ああ、おいしい。さあ、零士さんもどうぞ。」
そう言っているうちに、電子レンジが鳴った。
「テイクアウトしてきたの・・。」
そう言って、彼女はピザをテーブルに持ってきた。とりあえず、零士はビールを飲みピザを食べた。
「それで、何かわかったかい?」
零士が切り出す。
「ええ、もう少し、桧山雄一郎の過去を調べてみたの。大学時代の名簿から、数人にあたったわ。彼は、大学に入学すると、登山サークルに入ったらしいの。高校時代にも経験があったからだそう。興味深いのは、そのサークルには複数の大学の学生が入っていて、中には社会人もいたの。」
「まあ、そう言う時代だったのかもな。」
「興味深いのは、そのメンバー。今、贈収賄事件の噂になっている、市議会議長の息子と、国会議員の息子もいたのよ。」
「その情報はどこで?」と零士。
「署で聞いたわ。本格的に贈収賄事件の立件に向けて動き始めたそうなの。2課だけでは手が回らないからって、1課も動員されて、山崎さんから情報を貰ったところだった。びっくりしたのよ。こんな偶然ってあるんだなって。」
五十嵐はあっけらかんと言った。
「いや、そうじゃないんだ。おそらく、そこに大きなヒントがあるはずだ。」と零士。
「あら、気づいたの?そうなの。彼らの登山サークルで、新入生歓迎のための企画があった。初心者でも安全と言われている、奥多摩の山の縦走企画。毎年恒例行事だった。そこで、事故が起きたのよ。」
「事故?」
「ええ、縦走中に女子学生が滑落する事故。縦走中に濃霧に見舞われ、20人ほどのパーティが動けなくなった。登山経験があった女子学生を含む4人が、救助を求めて引き返した最中に、女子学生が滑落して死亡した。現地の警察や山岳救助隊の捜査では特に不審な点はなかった。でもね、亡くなった女子学生以外の3人というのが、桧山雄一郎、市議会議長の息子で遠山俊、国会議員の息子伊部彰吾だったわけ。ちなみに、亡くなったのは有栖川由香という女学生だったわ。」
零士はそこまで聞いて、全体の構図がぼんやりと見えてきた。
「これは偶然じゃないだろう。それに事故でもない。もちろん、証明できるものでもないが・・。」
「どういうこと?」
零士の意味不明な発言に五十嵐は戸惑った。
「おそらく、贈収賄事件は、その事件が始まりになっているのかもしれない。そして、桧山氏の殺害も・・。もしかしたら、殺人事件は他にも起きているかもしれない。」
「まったく・・何が言いたいのか全く分からない。ちゃんと説明して。」
「その前に、今、遠山俊や伊部彰吾はどうしてる?」と零士。
「遠山俊は、海外にいるらしいわ。伊部彰吾は父の秘書で常に一緒にいるはず。」
五十嵐の言葉を聞いて、零士は、カメラを取り出し、昼間に撮影した写真を確認してみた。国会議員の伊部の写真を開く。
国会議員の伊部の横に、背の高い男が映っている。

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2-21 張り込み [アストラルコントロール]

桧山邸の近くまで来た零士は、通りに警察車両が止まっているのを見つけた。
「見たことないな。・・例の贈収賄事件を調べている、2課の捜査員か?」
零士は気づかれないように、回り道をして公園の藪の中に潜んだ。
しばらくすると、お手伝いさんが出てきた。玄関前を掃除するのか、箒を持っている。じっと様子をうかがっていると、掃除をするふうではなく、周囲を観察しているようだった。警察が張り込んでいることを確認しているようだった。
「贈収賄に関する動きがあったのか?」
零士はスマホを出して検索してみた。特に新しい記事は出ていない。
「関係者から連絡でもあったということかな。だが、桧山氏はすでに亡くなっているのだから、今更、見張っていたって意味ないんじゃないか?」
この状態で、玄関先にいるお手伝いに近づくのはちょっと難しい。捜査員がやってきて妨害されるのは確実だった。しばらく様子を見る事にした。
しばらくすると、黒塗りのベンツが現れた。玄関前に止まると、車から、見たことのある人物が降りてきた。すぐに玄関の門が開いて、中から、お手伝いが出てきて、その男と付き人らしき人物を中に入れた。警察車両を見ると、大型の望遠レンズをつけたカメラでしきりに写真を撮っている。零士も構えていたカメラのシャッターを切った。
「確か、あれは、市議会議長の遠山茂、それに、付き添いはきっと秘書だな。何とも迂闊だな。贈収賄事件に関与していると証明しているようなものじゃないか。」
また、少し時間が経った頃、同じような高級外車が門の前に止まった。中から、先ほどと同じような恰幅のいい御仁が降りてきた。
「あれは、確か、国会議員の伊部信三。なんだか、かなりの大物が絡んだ事件のようだな。」
こちらも、すぐに写真を撮った。おそらく警察車両からより、零士のいるところのほうが仲が良く見える。特ダネとしての価値は高いだろう。
「殺人事件より、こっちのネタのほうがおもしろそうだな。」
零士は、週刊誌のフリーライターになる前、いっぱしの政治ジャーナリストを目指した時期があった。政界に渦巻く闇を暴き正義の鉄槌を・・という気概にあふれ、かなり危険な目にあったこともあった。
だが、そうした事件ネタには、必ず裏があって、情報をリークする側の意図に操られていることに気づいたとき、一気に、やる気を失った。
以降は、下世話なネタを追いかけるようになっていった。そのころからジャーナリストの肩書きは捨てた。
1時間ほど経過すると、高級外車が迎えに来て、先ほどの御仁は帰って行った。
「後の始末をどうするかを話したんだろう。警察にマークされていることを承知できたに決まっている。この後、事情聴取を受けたとしても、古くからの友人の死を知り、見舞いに来たのだと開き直って、会見を開いて釈明すれば、何もなかったことになるだけだろうな。伊部が絡んでいるのなら、警察だって簡単に逮捕というわけにはいかないだろう。噂にごちゃごちゃするなら先制して世間の見方を固定させればいい、とでも思っているに違いない。」
零士はこの先を読み落胆していた。
手元のカメラから、先ほどの画像を消去しようと画面を見た。
「おや、これは?」
画面の端、出迎えに出たお手伝いの後方に、男の姿がある。ほっそりとした体系で色白。
「雄一郎だな。昨日、夢で見たあの男だ。間違いない。・・そうか、父親が亡くなって、軟禁状態が解かれたんで、屋敷内をうろついているってところか。」
そこに、五十嵐から連絡が入った。
「雄一郎氏の経歴でわかったことがあるんだけど・・。」
「そうか、こっちも収穫があった。」
「じゃあ、どこかで・・・私の部屋に来て。」
五十嵐が電話を切った。零士はちょっと戸惑っていた。朝の出来事について、どう処理してよいか、何もなかったことにはならないし、触れないのもおかしい。だからと言って、急になれなれしくするのもちょっと違うのではないか。
そんなことを考えながら、五十嵐のマンションへ向かった。

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