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シンクロ(同調)デジタルクライシス 序1 [デジタルクライシス(シンクロ:同調)]

「さあ、始めなさい。」
感情のない女性の声が響く。
廃工場の地下室には、巨大なモニターが置かれ、助手と思しき男が、ゆっくりとスイッチを入れると、画面には女性の幼気な姿が映し出された。
ショートカットの髪は黄色く、おそらく脱色しているのだろう。スリムというよりも栄養不足に近いのかもしれないと思えるほど、痩せ細っていて、目の周りにはくっきりとクマができている。左腕には痛々しい注射の跡が見える。覚せい剤でも使っているのだろうか。肩口に小さなタトゥーが見えるが、細部までは判別できない。年は、20代半ばあるいは30代前半というところだろう。一見して、随分、危ない世界を生きてきた、そんなところだった。
その女性は、全裸で、後ろ手に縛られ、足首にも太いロープが巻かれていて、身動きが取れない状態で椅子に座らされている。それだけで十分に恐怖を感じる状態にあるはずだが、その女性の目はカメラを睨み付けたままで微動さえしない。
画面には、彼女以外の周囲の様子はうつっていない。ただ、画面の端には、温度計の数字が浮かんでいる。やがて、水が流れる音が聞こえ、女性の足元に広がってきた。
「ヒャッ!」
女性は小さく声を上げる。水音は次第に大きくなり、すぐに、女性の膝辺りにまで達した。水の冷たさに耐えきれなくなったのか、しきりに体を動かそうとする。画面の隅の温度計は10℃を示していた。
しばらくすると、今度は、熱湯が入り始めた。画面からも、それが熱湯だと判るほど、白い湯気が立ち上がる。それまで冷水だったところが徐々にお湯に変わる。女性の胸辺りまで湯は達した。そこで一旦、熱湯が止まったようだった。温度は40℃を示している。女性の表情が少し緩んだように見えた。
暫くすると、胸辺りまであった湯が徐々に減り、へその辺りが見えるほどになった。そして、再び、熱湯が注ぎ込まれてきた。
「熱い!熱い!止めて!」
女性は金切り声を上げて訴える。だが、モニター画面を見つめる男も、それを指示した女性も無表情のままだった。
縛られた女性の顔が熱さで歪む。顔面が真っ赤になり、視点も定まらない様子が見て取れる。明らかに高温の湯で意識を失いかけている。温度は60℃に達している。
しかし、さらに熱湯は注ぎ込まれる。
女性の胸元や肩口の皮膚は火ぶくれになり、一部は捲れ始めている。女性は、口元や耳から血を吹き出し、ぐったりしている。既に死亡しているのではないかと思えた。しかし、さらに熱湯が注ぎ込まれ、頭部まで熱湯に沈み、完全に水没した。
「もう良い。」
先ほどの女性の声が響くと、画面が消された。
部屋の灯りは消え、数人の足音が響き、やがて、静かになった。

新道レイは、遅い夕食を終えたところだった。突然、頭が痛くなり、その場に蹲った。頭の中にこれまで感じた事のないほどの尖った思念波が頭を貫く。
「また・・だわ・・。」
レイは姿勢を正すと、今度は自分からその思念波を捉えようと、じっと目を閉じ神経を集中させる。
『女の子?・・苦しんでる・・熱い?・・』
頭の中に、女性の姿がぼんやりと浮かんだが、かなり歪んでいる。
『もう少し・・』
彼女の姿を捉えようと精神を集中しようとしたところで、突然、キャッチしていた思念波が消えた。
『何だったのかしら?・・今までとは違う・・・』
レイのシンクロの能力は、母を救出した事件以降、一旦消失したと思っていたが、病院内の自殺事件をきっかけに、再び覚醒していた。以前は、母の能力の中で、否、母の能力に操られた状態でシンクロをしていたのだが、今では、自らの意思で思念波へのシンクロができるようになっている。しかし、ここ半年は特にその能力を使うことはなかった。だから、レイは、今回の思念波をすぐには信じる事は出来ずにいた。しかし、今回、この思念波は3日連続でキャッチした。だが、それ自体、何かこれまで感じた思念波とは違うように感じていた。

「お母さん。良い?」
レイは、母の寝室のドアの前に立っていた。ドアをゆっくりと開いて部屋の中に入る。母ルイはベッドから起き上がっていた。母の顔は少し困惑しているように見えた。
「やっぱり・・お母さんも感じた?」
レイはそっと母に寄り添い、訊いてみた。
「ええ・・女性のようね・・・でも何か・・・」
母ルイは少し戸惑っているようだった。
「ええ・・私も・・今までとは違うような感覚なの。」
レイも戸惑っている。
「本当に思念波なのかしら。・・・私たちの能力(ちから)は本来のものではなくなっているはずだし・・。」
母ルイは、自分の能力に自信はなかった。だが、同じ時刻に娘レイも感じたということは、思念波でなくとも、何かの知らせなのかもしれないとは考えていた。
「・でも、これで3日・・同じ時間・・・やはり何か犯罪が起きているという事かしら?」
レイは母に確認するように訊く。
「わからないわ・・でも・・このままにしておけない・・紀藤さんに相談した方が良いわ。」
紀藤というのは、橋川署の署長である。若い頃、ルイと恋仲であったのだが、「シンクロ能力」のせいで共に生きることはできなかった。ルイが父に実験台として監禁された忌まわしい事件から解放されて以降、何かと頼りにしている相手だった。
「明日、橋川署へ行ってみます。」
「そうね・・そうした方が良いわ。事件かどうかは判らないけれど・・。」
短い会話を交わし、レイは母の寝室を後にした。

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johncomeback

拙ブログへのご訪問&nice ありがとうございます。
by johncomeback (2022-05-23 21:01) 

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