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1-2 皇子マナブ [アスカケ(空白の世紀)第6部 望郷]

そんなある日、平城宮に、タケルの弟、先皇アスカの第2皇子の”マナブ”が訪ねてきた。
マナブは、タケルとは10歳も年が離れていて、タケルが東国・北國・出雲と遠征していたころにようやく物心ついたほどで、兄弟として過ごした時間は少なく、どこか皇タケルを兄とは感じられなかった。
「皇タケル様、お願いがあります。」
「願いとは?」
皇タケルは、玉座から降りて、マナブの隣に立ち優しく訊いた。
タケルもマナブと過ごした時間が足りず、兄弟としての絆を作れなかったことをどこか悔いていて、久しぶりに顔を見た弟にやさしく接した。
「父、母が九重へ向かわれると伺い、どうか、私を従者の一人にしていただけぬかとお願いに参りました。」
マナブは神妙な顔をしている。
「お前は、皇の弟だぞ。それに、今は、飛鳥宮の近衛を束ねる長でもある。九重行きには、従者ではなく、先皇の第二の皇子、そして、皇の弟として供をすればよいではないか。」
「いえ・・それでは、きっと父や母がお許しにならぬのです。」
「なぜ、そう思う?」
「私はこれまで皇タケル様のような大きな働きをしておりません。父や母のような偉業などとてもできません。姉上のような知識も器量もありません。このまま、近衛の長として勤めるには力不足。おそらく、父も母も私の行く末を気に病んでおられましょう。そういうものが、皇の弟であると言って、九重へ向かいのは許されぬことだと・・。」
マナブは自らの力のなさを十分に理解していた。そして、皇子に生まれたことすら嘆いているほどであった。
タケルとマナブの間には皇女ヒカルがいた。
ヒカルは利発で決断力もあり、皆が皇アスカと並ぶほどと賞賛し、十五歳で、難波宮へ行き、今は、難波の宮様と呼ばれて、西国や遠く海の向こうの諸国との外交の要として働いていて、西国との絆を一層強くしていたのだった。
「だが、そなたの身分は皆が知っておるところである。父や母とて、従者として扱うのはできぬと思うが・。」
タケルはそう言うと、考え込んだ。
カケルとアスカは、仰々しい行幸は望んでいない。供はわずかでよいと念を押されていた。西国へ使者は送ったものの、不安は拭えない。マナブが付き従うことは心強いことでもあるが、おそらく、父、母は許さぬだろう。
タケルは、内裏の皇の間を何度か歩き回って思案した。
「そなた、馬は使えるか?」
タケルはマナブに訊いた。
マナブは、即座に「はい」と答えた。
マナブは、ひときわ体格がよく、周囲の男たちより頭一つ背丈が高く、がっしりとした体格をしている。近衛の長として、兵たちを束ねる姿は都の娘たちからもあこがれの的になるほどだった。
ただ、そのことを、マナブは自覚していなかった。体格とは裏腹に、やさしい性格で、剣や弓の腕前は父譲りなのだが、殺生はできないほどであった。もちろん、今のヤマトには戦もなくなり、近衛兵も小さないざこざを解決するくらいで、活躍できる場所などなかった。このままでは、万一の時に力を発揮することはできないだろう。
皇タケルは、この機会に、マナブを西国へ行かせて、厳しい経験をすることも必要だろうとも考え始めていた。
「ならば、父や母とともに九重へ向かうのではなく、騎馬隊をもって、父や母よりも先に西国、九重へ向かうのはいかがか。父や母の船は、中津海を潮と風に任せて進み、幾度も港へ立ち寄るだろう。その先に良からぬものがおらぬか、騎馬隊で先々の様子を見ながら、港の支度を整えるというのはどうか。」
すでに使者は送っているものの、それだけで万事無事とは言えない。
タケルの提案を聞き、マナブも納得した。
「では、腕利きの者を選び、騎馬隊の支度を整えます。山陽道を進めば、父や母より先に進めましょう。」
「一つ、父が行なったように、ヤマト国の者であるという証を持たせる。黒水晶の玉を持っていくが良かろう。先々できっと役に立つ。」
マナブはそう言うと、黒水晶の玉の入った桐箱を受け取り、内裏を出て行った。

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