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1-11 難波津から [アスカケ(空白の世紀)第6部 望郷]

二日目には、難波宮に向かった近衛方の男が乗った早馬が戻ってきた。後ろには女人を乗せている。
「戻りました。」
近衛の男が、カケルとアスカのいる部屋の入口で傅いた。
「明日には難波津から薬草が届くことになっております。それと、治療院からも女官が向かっております。この者は、先行して参った治療院の女官です。」
男の横で傅く女官がすっと顔を上げた。
「あら、シズさまではありませんか?」
そう言ったのは、アヤであった。
「治療院では、わが姉と思い、暮らしておりました。薬草のこと、治療のこと、多くを教えていただいたお方です。」
アヤは、カケルとアスカに、シズを紹介した。
「はじめてお目にかかります。シズと申します。治療院のナツ様から命じられてまいりました。先の皇アスカ様、摂政カケル様にお会いできて光栄に存じます。」
シズは慎ましやかに挨拶をした。
「ご苦労でした。一休みされてから、イリ殿の具合を診てください。」
アスカが言うと、シズが答える。
「ありがとうございます。ですが、私は疲れておりません。すぐにも、イリ様の具合を診させていただきます。」
そう言うとすっと立ち上がった。
「では、私がご案内いたします。」
アヤがそう言って、シズとともに部屋を出て行った。
アヤとともにシズは、イリが寝ている部屋に入った。
部屋には、ケンシがいて、イリと話をしていた。
「シズと申します。難波宮の治療院から参りました。傷の具合を見せていただきます。」
「ああ、よろしく頼む。」
シズは、すっとイリの寝床の脇へ座ると、足の布をゆっくりと解いていき、傷の具合を診た。
「痛みはいかがですか?」
「いや、傷のほかには痛みはない。」
シズはじっと傷口を見た後、足全体もくまなく調べた。
紫色の腫れ上がっていた足はすっかり腫れも引いている。
「アヤ様、良い仕事をしましたね。傷も小さくこれなら治りも早いでしょう。」
シズはアヤを褒めた。アヤは少し顔を赤らめた。
それから、シズは、持参した姫帯を開く。
それは、アヤの姫帯よりも大きく、薬草もかなりの数があった。シズは、その中から、いくつかの薬草を取り出し、小さな器に移して少量の水を加えてから、捏ね始めた。その手際は美しかった。
ケンシは、シズの指先の動きにすっかり魅了されていた。
出来上がった薬を匙で掬い上げると、イリの傷口に塗り始めた。
「この薬は、傷の治りを早くする効用がございます。痛みも少なくなるはずです。」
塗り終えると白布を当てた。
「すまない。手間をかけた。」
イリがシズに礼を言った。
「七日ほどすればこの白布も不要になるでしょう。傷口も癒え、普段と変わらぬほど動けるようになります。ですが、ご無理をなさらないように。傷はいえても、足首辺りを強く痛めておられます。力仕事はしばらくお控えください。痛みがぶり返すかもしれません。」
シズはそう言うと、姫帯を仕舞った。
「かたじけない。言われた通り養生いたします。」
イリは答えた。
その間、ケンシは、シズの顔をじっと見つめていた。シズもその視線に気づいた。
「私に何かございますか?先ほどからじっと私を睨んでおいでですが・・。」
シズがケンシに訊いた。
そう言われて、ケンシは慌てて、
「いや・・その。なんと美しいのかと・・見惚れておりました。」
と言い、はっと言葉を間違えたと感じて、顔を赤らめていた。

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