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水槽の女性-6 [デジタルクライシス(シンクロ:同調)]

暫くして、レイが目覚めた。
これまで感じたことがないほどの苦痛だったため、自分では起き上がれなかった。亜美に支えられながら、会議スペースに現れる。
「大丈夫か?」と一樹が労わるように声を掛ける。
「ええ・・もう大丈夫です。ご心配をおかけしました。」
レイはゆっくりと椅子に腰かける。
「シンクロして判ったことは、あまりありませんでした。・・ただ、最初のところで、何か遠くで、音が聞こえたようでした。それと、匂い。特別な匂いでした。油ではなく薬品のような・・うまく言えませんが、工場の中という感じでした。」
「他には?」と剣崎。
「彼女の記憶なのか定かではありませんが・・・大きな橋・・白い橋が幾つか連なっていて・・下の方に船が・・港が見えたんです。」
「港、連なる白い橋。」と剣崎が繰り返すと、作業スペースに居た生方が、パソコンの前で何か始めた。
「候補は、東京、大阪、名古屋あたりでしょう。」
作業スペースから、生方が言う。
「もっと絞り込んで!」と剣崎の厳しい声が飛ぶ。
「これではどうでしょう?」と生方が答える。
会議室スペースにあるモニター画面に、白い橋が連なる風景が映し出された。
「トリトン?」と亜美。
「ええ、そうです。名古屋港にかかる三連のつり橋トリトン。真下が名古屋港。おそらく、聞こえた音は、船の汽笛でしょう。」
生方は得意げだった。
「どう?」と剣崎がレイに尋ねる。レイは画面を見つめ、シンクロした思念波から感じた映像と重ねる。
「ええ・・おそらく・・こんな風景だったと思います。」
「すぐに、名古屋へ。」
剣崎が言うと、いきなりトレーラーが動き始めた。
「これから行くのか?」
一樹は驚いて訊いた。
「時間が経てば、どんどん不確定な情報が増えて、とんでもない方向へ行ってしまうでしょう。レイさんが感じた事をまずは検証するのよ。」

トレーラーは一時間ほどで、名古屋港に着いた。しかし、名古屋港には幾つも埠頭があり、周辺には多数の工場がある。場所を特定するには膨大な時間が必要だと感じた。
「ここから、どうやって場所を特定する?」
一樹はうんざりした表情で剣崎に訊いた。
「もう、手は打ってある。そろそろ答えが届くはず。」と、剣崎は自信満々に答える。
画面には、リストと地図が映し出される。
「愛知県警は意外に動きが良いわね。これは、過去二年間で閉鎖になった工場。現場は廃工場のはず。これだけ絞り込めたのなら、あとは実証検分でしょう?」
剣崎はそう言うと、一樹を見た。
「まさか、これを一つずつ調べるのか?・・まだ、三十カ所以上はある。・・それに、廃工場だけとは限らないんじゃないか?」
一樹は抵抗した。
「確かに、この中に含まれていない可能性もあるわ。でも、トリアージした方が効率良いでしょう。さあ、矢沢刑事、所轄の得意技、足で稼いで情報を精査して!」
「しかし・・」と一樹が言い掛けたところで、ガタイの良いカルロスが矢澤の肩を掴んだ。そして、強引にトレーラーの外へ連れ出した。
「分かったよ!・・まったく・・お前のボスは人使いが荒いな!」
外に出ると、黒いバンが待っていた。一樹はバンに押し込まれるように乗せられ、地図とリストをもとに出かけて行った。

「レイさん、もう少し力を貸して。これから、彼らがリストの工場の映像を送ってくる。それを見て、現場の可能性が高い所を絞り込んでほしいの。」
剣崎の言葉が少しやわらかくなったのに、亜美は違和感を覚えた。
「判りました・・。」
レイは小さく答えた。
「剣崎さん、少しレイさんを休ませてあげてください。シンクロするのはとてもエネルギーが必要なんです。」
亜美はレイの体を気遣い、剣崎に懇願する。
「あなたは警察官なの?それとも単なる付き添い?」
剣崎は、亜美に冷たい視線を向けながら言う。
「大丈夫よ、亜美さん。まだ、疲れていないわ。大丈夫。」
レイが言う。
「でも・・。」
「さあ、始めましょう。」
剣崎はそう言うと、レイの横に座り、身を寄り添うようにして、そっとレイの手を握った。亜美は、その様子に再び違和感を覚えた。そうしている間に、一樹たちが最初の廃工場に着いたようだった。
「映像が届きました。モニターに映します。」
生方が作業スペースから言うと、黒いバンの車載カメラが捉えた、該当の工場周辺の映像が届き、モニターに映し出される。じっとモニターを見つめるレイ。
「ここじゃないわ・・。」
レイが答える。すぐに、次の候補先へ向かう。同じように映像が映され、レイが首を横に振る。十カ所ほど回ったところで、レイが「ちょっと待って。」と叫んだ。まだ、次の候補に到着する前だった。周囲には、更地が広がっている。
「ここか?」
黒いバンのウインドウ越しに一樹は外を見ながら怪訝そうに言った。
「ここは更地だぞ?こそれにリストには載っていないぞ・・。」
映像をじっと見つめ、レイはさらにシンクロする。

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水槽の女性-7 [デジタルクライシス(シンクロ:同調)]

「ここだと思うんです。・・彼女の思念波の欠片が・でも、映像では・・。」
レイは不安な表情を浮かべて答える。
「すぐに、現場へ。」
剣崎が言うと、トレーラーが動き始める。ほんの数分で、一樹たちがいる現場に着いた。周囲には、幾つもの工場が建ち並んでいるが、閉鎖されているところも多く比較的静かだった。レイと剣崎、亜美がトレーラーから降りると、一樹たちが待っていた。更地になっている場所に入ってみると、そこが工場だったことを示すコンクリートの基礎が残っている。一角には、撤去した資材の一部が放置されたままだった。
「何も残っていない。本当にここなのか?」
一樹が言う。
「ええ・・ここ・・この場所・・」
レイがそう言いながら、更地全体を見渡すように視線を動かす。そして、思念波を感じる方向に歩きはじめる。剣崎がレイを支えるように歩く。その様子に、一樹も違和感を覚えた。
「おい・・亜美・・あれ」
一樹は小さな声で亜美に言った。亜美は、一樹が言いたいことが判ったというように小さく頷く。更地の真ん中あたりまで来るとレイが立ち止まる。
「ここ・・ここです。思念波の欠片を感じます。」
皆、周囲を見回し、何か・・被害者の女性と繋がる何かを見つけようとした。だが、工場と思われる建物の基礎コンクリートや鉄筋が転がっている程度だった。
「レイさん、何を感じるの?」
剣崎が、レイの手を取り訊く。レイは目を閉じ、さらに集中して思念波の欠片を捉えようとする。レイの顔が歪む。
「うう・・」
レイが呻くような声を出し、その場に蹲る。亜美は咄嗟にレイに駆け寄り、体を支えようとした。その瞬間、今まで体験した事のない感覚が体を駆け巡る。レイと剣崎の意識のようなものが一気に入り込んできたのだ。特に、剣崎の意識を亜美は強く感じた。レイを支えようと駆け寄ったはずなのに、自分の方が立っていられないほどの衝撃を感じ、レイ、剣崎、亜美の三人とも、その場に蹲ってしまった。
「おい、大丈夫か?」
一樹も駆け寄り、カルロスも剣崎を支えようと駆け寄った。
「そこ・・そこに・・」
蹲りながらレイが、ある場所を指さした。よく見ると、そこには鉄製の板があった。一樹はその板を調べる。錆びついている。どうやら、地下への入り口のようだった。取手を探すと、コンクリートの塊に隠れていた。カルロスが自慢の剛腕を使って、コンクリートの塊をどけ、取手を握り、力任せに引き上げる。
「手伝って!」
剣崎の指示が飛ぶ。周囲に居た部下の掲示隊もカルロスを手伝い、扉を開いた。下に続く階段があった。カルロスが始めに入った。ライトを左手に持ち、ゆっくりと降りて行く。安全を確かめ、合図を送る。一樹や部下の刑事たちが降りると、亜美や剣崎、レイが続く。かなり広い地下室が広がっている。真っ暗で全ての構造は見えないが、いくつか壁や柱があるようだった。レイは、目を閉じ思念波の欠片を探す。そして、思念波を感じる方角を指差す。
「何か、あります!」
先陣を切って暗闇に向かったカルロスが叫ぶ。すぐにその方向へ皆が向かう。ライトで照らし出されたものは、透明樹脂製の大型水槽のようだった。近づくと、鼻の奥を突き刺すような臭気を感じる。そして、水槽の中にはどす黒い溶液が50センチほどの深さで溜まっていた。
「生方を呼んで!」
剣崎の指示が飛ぶ。すぐに、トレーラーに積載している機材が、地下室に運び込まれる。生方が、高揚した表情を浮かべて動き、部下たちとともに、水槽の中を調べ始めた。いくつかの機器で、水槽内の溶液の分析と残留物を収集する。カルロスを現場に残して、剣崎や一樹たちは一旦、トレーラーに戻った。1時間ほどして、生方がトレーラーに戻ってきた。
「かなり変質していますが、この溶液はいくつかの薬品が調合されたもので特定はできませんが、強酸性溶液です。タンパク質や脂質といったものはあっけなく溶解できます。ここは、いわゆる産業廃棄物の処理業を行っていた会社でした。加工食品の材料残渣を溶解する作業も行っていたのでしょう。解体業者もこの薬品のために、手が出せなかったのではないかと思われます。」
生方は分析結果を報告する。
「では、あの女性は・・・。」と亜美。
「ええ・・おそらく、死亡した後、この溶液で完全に溶かされてしまったと考えられます。遺体発見を避けるためでしょう。」と生方が答える。
「そこまで計算して、殺害したということか。それじゃあ、犯人につながる証拠も期待できないな。」
一樹が残念そうに言った。
「いえ、それが水槽の中からこれが出てきました。」
生方が、シャーレに入った「小さな白い欠片」を取り出した。
「それは?」と剣崎。
「セラミック製の義歯だと思われます。被害者の遺留品でしょう。あの薬品では溶解しなかった。女性が全裸だったのは、溶液による遺体消去のためだった。だが、犯人は彼女がセラミック製の義歯をつけていたことは知らなかったということです。もっと分析してみなければいけませんが、セラミック製義歯の中でも、特殊な素材ではないかと思います。」
そう言いながら、義歯の入ったシャーレを剣崎に手渡した。剣崎はその歯を食い入るように見つめ、そして、摘まむように指を伸ばした。剣崎の指が、その義歯に触れた瞬間、剣崎が「ううっ」と呻き、顔を歪める。そして、すぐに指を放し、シャーレを生方に返した。そして、強い口調で生方に指示する。
「あの廃工場の持ち主は誰?他に犯人につながる手掛かりは?現場が特定されたのだから、もっと情報を集めなさい!」
剣崎は、苛立つ感情を抑えきれないような口調だった。生方は驚いて、作業スペースに戻って行った。そして、振り返り、レイの手を取り、「ありがとう。捜査は前進したわ。」と人が変わったような表情で言った。その変貌ぶりに、亜美と一樹は驚きを隠せなかった。


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水槽の女性-8 [デジタルクライシス(シンクロ:同調)]

「剣崎さん、現場が特定されたのなら、レイさんの役目は終わったという事ですよね。」と、一樹が剣崎に確かめるように訊いた。
「ええ、そういうとこになるわね。」
「それなら、レイさんを帰してあげてください。随分疲れているでしょうし、ここからは我々の仕事でしょう。」
「そうね。レイさんには感謝するわ。今後もご協力いただけるかしら?」
剣崎はレイを見て言った。
「ええ・・」と、レイは少し微笑んで答えた。
「あの・・一つ、良いでしょうか?」
亜美が少し躊躇いがちに口を開く。
「何かしら?」と剣崎。
「さっき、現場でレイさんが気を失いかけたのを支えようと、肩を抱こうとしたら、とても不思議な感じがしたんです。」
亜美は剣崎をまっすぐ見つめ言った。
「不思議な感じ?」と一樹は亜美に訊く。
「ええ、あの時、レイさんから、剣崎さんの意識を感じたんです。以前、レイさんがシンクロしている時、同じような感覚があったことがありましたが、その時は、レイさんを通じ、思念波の持ち主の意識だったんです。あの時は、レイさんは水槽の女性にシンクロしていたはず。なのに、剣崎さんの意識を感じるなんて変じゃないですか?」
亜美は話しながら、徐々に自分の考えていることに確信を得たようだった。
「私の意識?」
「ええ、そうです。あれは、剣崎さん自身に間違いありません。そう、剣崎さんがレイさんの中に入ってきている。」
「剣崎さんもレイさんに触れていたんだから、レイさんの能力なんじゃないか?」
亜美が思い込みをしているのではないかと一樹は懸念した。
「いいえ・・あれはそんなんじゃなかった。・・ひょっとしたら、剣崎さんにも何か特殊な能力があるのではないかと思うんです。違いますか?」
剣崎は亜美の言葉を聞いて、ふうと息を吐き、椅子に座るとくるりと背を向けた。
「そうなんですか?」
亜美はしつこく尋ねる。
「おい、亜美・・・お前の思い過ごしじゃないのか?」
一樹は亜美の言い分に少し戸惑い、訊く。
「いいえ・・思い過ごしじゃないわ。きっと・・。」
亜美は食い下がった。
「判ったわ。お話ししましょう。」
剣崎が椅子をくるりと戻して、一樹と亜美に対面した。
「紀藤さんの言う通り、私にも特別な能力があるわ。サイコメトリーとも呼ばれている能力。」
「サイコメトリー?」と亜美が繰り返す。
「まだ、幼い頃、おもちゃを触っていた時、突然、目の前におばあさまが現れた。そのことを両親に話すと気味悪がったわ。それから、同じように、何かに触れると、そこには存在しないものが見えるようになった。そう、その物自体がもつ記憶みたいなものを感じることができるようになった。でも、その頃は、異常者としか思われなかった。触れるものから、持ち主を言い当てたり、見たこともないような景色がみえたり。・・それに、友達と手を繋ぐだけでその子の考えていることが判ったの。仲良くしているように見せて、実は、自分の事を嫌っているとか、両親もそんな私に嫌悪感を抱いていた。だから、ずっとこの能力を秘密にしてきたの。」
剣崎はこれまで見せた事のないほどの悲しい目をしている。
レイは剣崎の話を聞きながら、自分と母の体験を重ねていた。思念波を感じる能力ゆえに、あの忌まわしい事件が起きたわけだし、特に母はそのために長期間監禁されていた。自分自身もこんな能力がなければと幾度も思った事だった。
「でも、ある日、学校帰りに、ある外国人に声を掛けられた。アメリカ大使館員だと名乗り、詳しい経過は判らないけれど、その後、私はアメリカへ連れて行かれ、寄宿舎の様な所に入れられたわ。」

「そこには、私の様な子供がたくさんいて、学校の勉強と同じくらい、自分の能力を強くする訓練を受けた。そして、その後は、FBIへ入り、特殊捜査員になったの。そこは難解な事件、迷宮入りしそうな事件を主に扱っていたわ。もちろん、正式な捜査手法ではないから、その情報をもとに、捜査員が裏付け捜査で事実を立証するのだけれど・・・警視庁に来たのも、この能力があるからなの。」
剣崎が特別待遇を受けている事を不思議に思っていた一樹と亜美だったが、剣崎の話を聞いて、ようやく納得できた思いだった。
「レイさんはもうご存じよ。彼女のシンクロ能力と私のサイコメトリー能力は、陰と陽の関係ともいえるわね。・・でも、紀藤さん、あの瞬間にそれに気づくなんて・・あなたも何か素養がありそうね。」
そう言われて、亜美は驚いた。
「私の能力は、物証・・遺留品が頼りなの。でも、今回の事件は、遺留品がない、映像だけでしょ。これでは捜査は進展しない。そんな時、レイさんの情報を得たわけ。彼女が事件の現場を特定できれば、何か遺留品が見つかるかもしれない。そうなれば、私の能力で犯人に近づける。そう考えたのよ。」
全てを告白したからなのか、剣崎の表情は驚くほど柔らかくなっていた。
「それと・・もう一つ・・矢澤さんと紀藤さん、あなた方は、レイさんの特別な能力を何の抵抗もなく受け入れている。そんなあなた方なら、今回の事件の捜査に欠かせない人材だとも考えたの。実のところ、警視庁の幹部は私の能力をまだ認めたわけではない、いえ、むしろ不信感さえ抱いている。だから、捜査に当たって、本当に信頼できる捜査員が必要だったわけなの。」
一樹は、始めからレイの能力をそのまま受け入れたわけではなかった。初めの事件、子どもが誘拐された事件の解決、換金事件などいくつかの事件でレイが貴重な情報をもたらしてくれたこと、そして、それが事件の解決に役立ったことを経験したからこその信頼関係だった。そして、今、剣崎のサイコメトリー能力について、一樹はまだそのまま受け入れているわけではなかった。

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水槽の女性-9 [デジタルクライシス(シンクロ:同調)]

「矢澤刑事はまだ不信感を持っているようですね。でも、紀藤刑事は理解されていますね。」
剣崎はそう言うと亜美を見た。
「ええ・・やはりそうだったんですね。」と亜美が微笑みながら答えた。
「このことは、カルロス以外は知りません。秘密にしておいて下さい。」
剣崎が、珍しく頭を下げる。
「カルロスも何か特別な能力を持っているのですか?」と一樹。
「いいえ・・彼は高度に訓練された海兵隊員で、FBIが私の身辺警護のために派遣したのです。おそらく、彼は私が危険な目に遭えば、命をかけて守るはずです。」
ここでようやく、この特殊犯罪対策課の構造が理解できたようだった。
「レイさん、本当にありがとう。」
剣崎は改めて礼を言った。
「紀藤刑事、レイさんをご自宅までお送りして。」
「はい。判りました。」
亜美が立ち上がると、レイは剣崎の横に立ち、手を握った。
『いつでも協力します。無理をしないで。』
『ありがとう。』
二人は思念波で会話した。それから、レイは亜美とともに、黒いバンに乗り込み、橋川へ戻って行った。
「さて、ここからは、矢澤刑事に活躍してもらいます。あの義歯から、被害者を特定してください。」
剣崎は、再び厳しい表情に変わっていた。
「犯人の捜査は?」と一樹。
「それは、私の部下が、すでに、あの廃工場の持ち主や周辺での目撃情報などの捜査に着手しています。あなたとカルロスで、被害者を特定してください。」
「しかし・・・。」と一樹。
「闇サイトに辿り着くにはかなり時間が掛かるでしょう。被害者の遺体すら残さない犯人が、工場の持ち主から、辿れるような痕跡を残しているとは考えられません。犯人は、被害者から足取りが辿れないようにしたという事は、言い換えれば、そこが弱点と言えるでしょう。」
剣崎の捜査方針は間違っていないと一樹も同意できた。だが、義歯だけで被害者を特定する事もかなり難解ではないかとも思っていた。
「さっき、義歯に触れた時、残像が見えました。」
剣崎が、謎めいた微笑を浮かべて言う。
「生方、義歯を持ってきて。」
生方は、驚いた様子で飛び込んでくる。そして、シャーレに入った義歯を剣崎に渡す。
「良いわ、戻って。」
剣崎は、生方が会議スペースを出るのを確認してから、ゆっくりと義歯に指を伸ばすと目を閉じた。
剣崎の眉間に皺が寄る。少し、ロングヘア―が膨らんでいるように見えた。同じスペースに居る一樹にも、何か特別なエネルギーを感じた。10秒ほどその状態が続くと、大きな息を吐いて、剣崎が机に突っ伏した。それから、ゆっくり顔を上げて言った。
「被害者は・・名古屋・・栄駅周辺にいたようね。駅の看板が見えました。」
「名古屋か・・やはり、地元だったか。」
「そして、職業は・・風俗嬢かキャバ嬢。煌びやかなお店、男女の姿が見えました。・・・それと・・何か、白いもの・・覚せい剤かも」
「そんな風景が見えたという事か・・。・・女性の名前は?」
「そこまでは・・サイコメトリーで得られる情報は・・映像みたいなものだけです。見えたものの中には、彼女の名前につながるものはありませんでした。」
「なかなか、手強い仕事になりそうだな・・」
一樹が小さく呟く。
「さあ、早く行きなさい。」
剣崎は一樹とカルロスに命令する。
「あの・・剣崎さん、カルロスの同行は止めた方が良い。彼は巨体で目立ちすぎる。もし、暴力団がらみとなれば、彼の風貌では、余計なトラブルになりかねない。・・亜美が・・いや、紀藤が戻ってきたら、合流させてください。」
一樹の言葉に、剣崎は、カルロスを見る。確かに、カルロスが行けば余計な軋轢を生むかもしれないと思った。
「判りました・・すぐに連絡しておきます。さあ、早く。」
一樹がトレーラーを降りると、外には白いセダンが止めてあった。
「これを使ってください。」
剣崎の部下がキーを渡す。一樹はすぐに名古屋・栄に向かった。

亜美はレイを送り届けるため、黒いバンの後部席にレイに寄り添うように座っていた。
「アンナさん・・いえ、剣崎さんは孤独な人ね。」
レイが呟く。亜美は、剣崎の告白を聞き、出会った頃のレイと重なるように感じていた。初めてレイに会った時、橋川署で、ヒステリックに一樹の名を呼び、周囲の制止など無視するほど尖っていた。そして、事件を解決した後、自分の事は何も語らず、ひっそりと姿を消した。あの頃、レイは、その特殊な能力のために周囲と距離を置き、自分の存在を知らせることを拒むようにしていた。そして、母が監禁された状態にある事を誰にも告げず、一人、苦しみと闘っていた。剣崎も、きっとそういう境遇にあったのだろうと想像できた。
「そうね・・。」と亜美は答える。
「きっとまた、私の能力が必要になるはずなの。その時はすぐに言ってね。」
レイの言葉には、同じように特殊な能力のために、悩み苦しんだ者同士の強いつながりのようなものを感じていた。

一樹が、名古屋・栄に到着した時にはもう日暮れの時間だった。仕事を終えたサラリーマンやOLが家路を急ぐ中、夜の街の住人たちが動き始めていて、大通りはタクシーや自家用車の渋滞が始まっていた。たくさんのネオンサインと雑踏、有象無象の輩がさらに増える、そんな時間だった。一樹は、地下駐車場に車を入れると、地下街に出た。人が溢れている。

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水槽の女性-10 [デジタルクライシス(シンクロ:同調)]

「さて、どこから手をつければいい?」
そう考えていると、携帯電話が鳴った。
「義歯の出所を探してください。生方の分析の結果、あの義歯は特殊な構造だと判りました。ジルコニア・セラミックというもので、通常の義歯に比べ相当高価らしく、美容歯科を専門としているようです。周辺の、美容歯科のリストをデータと、被害女性の顔写真で送ったので、すぐに当たりなさい。」
剣崎の言葉は、指揮官らしく厳しいものだった。一樹が電話を切ると同時に、義歯の画像、美容歯科のリストと地図、そして、被害者の顔写真が送られてきた。
一樹はスマホを手に、手近なところから順に当たっていく。大通り沿いは、デパートが並んでいて、一筋裏手に入ると、飲食店や衣類や雑貨などの入る雑居ビルが並んでいる。リストにある美容歯科はそういうビルの中にあった。3件ほど回ったあたりで、午後8時を回ってしまって、大方の歯科は診療が終わってしまっていた。一樹は仕方なく、その日は、カプセルホテルに泊まった。
翌朝、8時過ぎには、亜美が合流した。二人は地下街にある喫茶店の一番隅の席に座り、モーニングセットを注文した。そして、一樹は、昨日の剣崎の指示を伝え、これまでの成果を伝えた。亜美は、レイの様子を伝えた。その足で、リストにある美容歯科を順番に当たった。だが、目ぼしい情報は得られないまま、時間だけが過ぎて行った。昼は、ハンバーガーショップで済ませ、名古屋駅周辺にまでエリアを広げた美容歯科のリストを送ってもらって、一つ一つ当たった。だが、いずれの美容歯科でも、被害者女性につながる情報は得られないまま、夕方近くになった。
一樹と亜美は、もう一度、前日に当たったところに戻ったところで、少し古めかしいビルの地下にある歯科を見つけた。そこは、「安西歯科」という小さな看板だけが出ているところだった。階段を降りると、ドアの窓ガラスに小さく「安西歯科・美容歯科」と書かれていて、かなり古いものだと感じた。ドアを開けると、角が抉れたようなソファが一つ置かれていて、水商売だと一見してわかるような女性が俯いて座っていた。小さなカウンターの奥にかなり高齢の女性が座っていて、一樹が警察手帳を見せると、面倒くさいと言わんばかりの態度で、奥へ入ると、歯科医を連れてきた。出てきた歯科医は、黒縁メガネで頭髪はほとんどない、不愛想な男だった。
「安西です。何か?」
「これを見ていただけませんか?」
一樹はそう言うと、義歯の画像を見せる。
「これに見覚えは?」
「義歯だけ見て・・見覚えって・・毎日、扱っているんだから同じようなものは腐るほど見ているさ。」
安西は少し乱暴に答える。
その様子を見て、脇から亜美が少し表情を和らげて言った。
「ジルコニア・セラミックという特別な素材のようなんですが・・・」
「それくらいわかるさ、こっちは専門家なんだ。高価だが、色と強度の点で最も優れている。普通の歯科医では、あまり使っていないはずだ。」
会話から、一樹は安西の言う医者はそれほどバカではないと判った。
「ここでは扱っていますか?」と亜美。
「ああ・・羽振りの良い女が居れば使う事もあるが・・。」
「では、この女性はご存じありませんか?」
一樹は、被害女性の画像を見せる。安西という歯科医は、スマホの画像をちらりと見て、「ふん」と何か判っていたかのような表情をした。
「ご存知でしょうか?」と亜美。
「ああ・・その娘は、サチ。二年ほど前に治療した。・・・死んだのか。」
安西の言葉は何か意味深だった。
「どうして死んだと?」と一樹。
「義歯がそこにあるということは、遺体で発見されたのだろう。そうだな、白骨遺体にでもなって見つかったというところだろう?当然の報いかもしれないがな。」
「何か思い当たる事でも?」と一樹。
「思い当たる?・・そんなもんじゃないさ。・・ちょっと昔の人間なら、サチの事は誰でも知っているさ。突然、この街に現れて、キャバ嬢で随分と男たちに貢がせて、金が切れるとすぐに男を乗り換えて・・揉め事になると、その筋の奴が現れる。・・昔で言えば、美人局(つつもたせ)ってやつさ。苦労して頑張っている女の子たちも大勢いるんだがな。」
安西はそう言うと、ソファに座っている女性の方をちらりと見て、「おい、すぐ診てやるから、中に入りな.」と声を掛けた。ふらりと立ち上がった女性を見ると、顔を腫らしている。殴られたような跡だ。
亜美は何か声を掛けなければと思い、近寄ると、その女性は、恨めしそうな眼をして亜美を見た。その目は、哀れみなど不要など言わんばかりに思えて、亜美は何も言えなくなってしまった。
「サチが殺されたというのなら、自業自得だな。・・自殺するような女じゃないからな。もう良いだろ?忙しいんだ。帰ってくれ。」
安西はそう言うと、奥に入ろうとした。すぐに、亜美が訊いた。
「もう一つだけ・・サチさんの本名は判りますか?・・治療したのなら・・そう、保険証とか・・カルテに何か判るものは?」
「・・本名?・さあな。保険診療はやっていないんでね・・ああ、そうだ。サチは、かなり整形している。ここで治療した時、そんなことを言っていたから。歯も抜いて、顎も削っていた。その義歯を入れる時、得意げに言っていた。なんでも、大金を手にしたから整形して、別人になったんだと。」
「どこの病院でしょうか?」
「そんなこと知るか。それを調べるのが、あんたたちの仕事だろ?」
安西はそう言い放つと、奥へ入って行った。
一樹と亜美は、その歯科医を出て、表通りに戻った。
「さあ、どうする?」
一樹は考えあぐねていた。
「サチという名前は判ったわね。でも、本名が・・美容整形を当たってみる?」
亜美もどうしたものかと悩んでいるようだった。一樹は、歯科医を見つけたように、今度は、美容外科に当たることになりそうだなとは考えていたが、果たして、この周辺かどうか。ここに現れる前とすれば、捜査範囲が広すぎる。もっと、効率よく「サチ」という女性に近づけないものか・・。

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水槽の女性-11 [デジタルクライシス(シンクロ:同調)]

「待てよ・・大金を手に入れて整形手術をうけたという事は・・過去に何か犯罪を起こしているのを隠そうとしているとも考えられる。それなら、正規の美容整形ではなく、非合法で、別人に仕立て上げる・・いわば、裏社会専門の美容外科という事も考えられるな・・。」
一樹は、すぐに剣崎に連絡した。
「判りました。すぐにリストアップして送ります。」
剣崎は予測していたような返答だった。
「カルロスも合流させてください。」
一樹が言うと、「そうですね。その方が良いでしょう。」と返答があった。
カルロスが合流した頃には、一樹の手元に、美容外科のリストが届いていた。栄周辺には該当するところはなく、一つは、名古屋駅の西側だった。一樹、亜美、カルロスの三人は、すぐに向かった。
「この辺りのようだが・・。」
パーキングに車を入れ、リストにある住所を探した。栄周辺とは違う、もっと古そうな雑居ビルがいくつもある。ビル名を示す看板さえ取れてしまって、廃墟のように見えるものさえあった。
「ここじゃないかしら?」
亜美が、ビルを見上げながら言った。入口には、特にそれと判る看板は出ていなかったが、郵便ポストに、リストに載っている名前「海東医院」が出ていた。ビルは五階建てで、一階部分は以前に何かの店舗があったのだろうが、今はシャッターが下りたままだった。暗い階段を昇り、三階のフロアに着くと、長い廊下の先に、ドアが一つあった。小さなライトが一つ、ドアには「海東医院」とあった。
ドアを開けると、小さな椅子が二つ置かれていて、カウンターがあった。とても病院の造りではない。
「すみません。どなたかいらっしゃいませんか?」
亜美が声を掛ける。女性の方が相手も油断するのではないかと考えたからだった。カルロスと一樹はドアの外で様子を伺っていた。すぐに、奥から白衣の女性が現れた。年齢は五十代半ばというところか、頭髪のところどころに白髪も見える。黒縁メガネから除く瞳は警戒心をあらわにしているのが判った。
その女医は何も言わず、亜美の顔を何か調べるように見ている。
「どんな顔にするの?」
一通り、亜美の顔を調べ終わったのか、ようやく口を開いた。予期せぬ答えに、亜美は戸惑った。黙っていると、その女医は続けた。
「三百万。キャッシュで。」
「三百万?」
「おや、聞いてなかったの?あんたの顔なら、それくらいで何とかできそうだからね。」
「いえ・・そうじゃなくて・・。」と亜美が言い掛けると、
「誰の紹介?」と更にその女医が訊く。
ここらが限界だと判断して、一樹が中に入った。
「警察です。少し話を伺いたくて。」
警察手帳を見せながら一樹が言うと、女医の顔が引きつった。非合法の医療行為をしているのは明らかだった。女医はすぐに奥の部屋へ駈け込んでいく。
「おい、待て!」
一樹も中へ飛び込む。診察室らしきところには、看護師が二人いたが、突然の事で立ちすくんでいた。その奥は手術室、そこから、一旦廊下に出た。両脇には、術後に過ごすための病室があった。女医は、狭い廊下を走り抜け、ビルの一番奥の部屋に飛び込んだ。
「おい、待て!訊きたいことがあるだけだ!」
そう言って部屋の中に入ると、すぐに暴力団構成員だと判る風体の男が二人立っていた。両腕には入れ墨が入っている。二人とも巨漢だ。こういう事態を想定して、女医の用心棒が置かれていたのだろう。
「訊きたい事?こっちはねえんだ。痛い目に遭わないうちに帰った方が良いぞ。」
一人の男が凄みながら一樹に近づいている。当の女医は男たちの後ろに隠れている。さすがに一樹は後ずさりする。ドアの外まで来た時、迫ってきた男が、うめき声をあげて蹲った。その男を遥かに凌ぐ巨体のカルロスが、右手で男の肩を掴んでいる。掴んでいるというより握りつぶしていると言った方が良いかもしれない。はっきりと右手の指が男の方に食い込んでいるのが判る。
「この野郎!」
もう一人の男は手にパイプを持って、カルロスに殴り掛かろうとした。カルロスは、振り下ろされたパイプを左手でいとも容易くに掴む。男がパイプを引こうとしてもピクリとも動かない。慌てた様子の男の股間を、カルロスは右足で蹴り上げた。男は、その場にのたうち回った。カルロスの右手はまだ、もう一人の男の肩を握ったままだった。見ると、その男は余りの痛みですでに失神していた。カルロスの身体能力は一樹の想像を遥かに凌ぐものだった。
「こんな手荒な真似をしたくなかったんだが・・。」
一樹はそういうと、一部始終を見て、部屋の隅で震えている女医に近づいた。
「この女性の事を訊きに来ただけなんだが。」
一樹が言うと、女医はまだ震えながらも、一樹の差し出した女性の画像を見た。
「見覚えはない?」
亜美が女医に訊く。
「サチ・・ここで手術したわ。」
「本名は?それと手術前の写真は?」
一樹が訊く。女医は、先ほど駆け抜けてきた診察室を指さして「あそこにカルテがあるわ。」と言った。亜美が女医とともに、診察室に行き、カルテを見つけた。
「本名、神戸由紀子。年齢三十三歳。・・それ以外の情報は無し・・か。」
カルテには、それしか記載されていなかった。だが、施術までの写真は残されていた。一樹はすぐに剣崎に報告した。
『判りました。その写真をすぐに送信して。データベースと照合します。』
電話を切ると、遠くからパトカーのサイレンが聞こえてきた。
「手回しが良いな。もう現れたようだな。」
一樹からの連絡を受けて、剣崎がすぐに愛知県警に手配したのだろう。非合法の医療行為をしていた罪で検挙されるのは間違いない。

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水槽の女性-12 [デジタルクライシス(シンクロ:同調)]

「残念だったな。大人しく、答えてくれていれば良かったのに。あんたが、ああいう連中を引っ張り出したから、こうなったんだ。」
一樹はそう言うと、カルテを持ち、ビルを出た。出口にはすでに、愛知県警の警官が数人いた。
「ご苦労様。・・奥の部屋に、男が二人、のびてる・・・。」
一樹はそう言うと、亜美とカルロスと一緒に、自分たちの車に乗り込んだ。ほどなく、剣崎から連絡がきた。
『データベース照合で、本名、神戸由紀子と確認しました。三年ほど前、一人暮らしの女性殺人と強盗の容疑で指名手配されていました。詳しい事は戻ってからにします。』
トレーラーに戻った一樹たちを前に、生方がモニターに映し出した「神戸由紀子」に関する情報を見ながら、自慢げな顔で報告した。
「本名、神戸由紀子、三十三歳。本籍地は、静岡市。十六歳の時に家出し、東京に居たようです。風営法違反で一度検挙されていました。その後の様子はつかめていませんでしたが、三年前に、長野県駒ケ根市の老女殺害現場で採取された指紋と周辺捜査からの目撃情報から、神戸由紀子による強盗殺人と断定され、指名手配されていました。」
「ということは、長野で犯行後にすぐに名古屋に来て、指名手配から逃れるために整形したということになるな。」と一樹。
「その事件が、彼女が殺された原因かしら?」と亜美。
「いや、そうじゃないだろう。そんな理由なら、警察に通報すれば良い。顔を変えても、指紋が一致すれば、本人と確認できる。それに、あの殺し方は、深い恨みを晴らそうという感じがした。もっと別の理由だろう。」と一樹。
「東京での様子はすでに部下の捜査員が調べています。それと、長野での事件に関しては、生方に捜査資料の分析を指示しました。」と剣崎が言うと、生方が立ち上がって、モニターに資料を映し出した。
「長野の事件ですが、被害者は、武田敏さん、八十五歳。駒ケ根市の郊外で、一人暮らしだったようです。事件のひと月ほど前、若い女性が住み着いて、敏さんの身の回りのお世話をしていたという近所の方の話でした。遠縁の姪が来たのだと話していたそうです。」
「行き場を失くして拾われたか、あるいは、うまく騙して潜り込んだか。」
一樹が言うと、生方が「ええ・・敏さんは少し認知症のところがあったそうで・・きっと、そこに付け込んだのでしょう。」と答える。
「殺害の様子は?」と一樹、
「死因は溺死。遺体は風呂場で沈んでいたとの事でした。当初は、事故と判断されていたようですが、敏さんの預貯金が、事件の前日までに、ほとんど引き出されていた事から、強盗殺人という見方に変わって、再度、指紋採取などを行った結果、前歴者データにあった、神戸由紀子の指紋と一致したため、指名手配したという経過でした。」
生方が捜査資料の該当部分をモニターに映し出しながら報告する。
「恩を仇で返したということか・・。」
苦々しい表情で一樹が言った。
「ただ・・彼女の単独の犯行かどうかは定かではないようです。」と生方。
「共犯者がいた?」と一樹。
「指紋採取で、神戸由紀子以外の指紋が幾つか採取されていました。ただ、それが犯行に関わっていたかは判断できなかった。神戸由紀子の指紋は、敏さんの遺体周辺に多数発見されていたため、確実だったようですが・・・。」
「そのほかの目撃証言とか。物証とかは?」
「いえ・・なにぶん、田舎町で被害者宅の周辺にはあまり人家もなく、これといった証言はなかったようです。神戸由紀子の姿も数回目撃されているだけで、指紋以外には何も出ていません。殺害の状況確認も、溺死とは判明していますが、どのように沈めたのかは判っていません。」
「じゃあ、神戸由紀子が殺害したという確たる証拠はないという事なんだな。」と一樹。
「ええ、そうです。」と生方。
「随分と粗い捜査だな。別に採取された指紋の持ち主が犯人とも考えられるだろう。」
一樹は少し憤りを感じながら言った。
「いずれにしても、我々の目的は、長野の殺人事件ではなく、神戸由紀子の殺害事件の真相究明です。判ったことは、彼女が事件に関与し、顔を変えたという事だけです。まだ、彼女が殺害される動機すら掴めていません。顔を変えた後の彼女が、ここでどんな暮らしをしていたのか、強い恨みを買うような悪事を働いていなかったか、そして、その恨みを持つ人物は誰なのか、もっと調べる必要があります。」
剣崎は厳しい口調で言った。
「サチと名乗って、キャバクラ譲をしていた事は、あの歯科医から聞いた。男に貢がせてややこしくなるとその筋の輩が現れていたらしい。その男たちの恨みの線が強いと思うが・・」
一樹が言うと、
「そのあたりが最も近そうですね。矢澤刑事と紀藤刑事で、強い恨みを抱く人物を突き止めなさい。生方は、例の整形外科医の聴取の情報を入手して、彼女があの病院へ紹介した人物が誰なのかを突き止めなさい。おそらく、あの辺りをシマにしている暴力団関係者でしょう。判明したら、カルロスの出番です。良いですね。」
剣崎はそう言って立ち上がる。
すぐに、一樹と亜美は栄に向かい、歯科医を訪ねた。診療開始前の時間、歯科医院には誰もいなかった。
「ああ・・サチか?・・確か、エメロードというキャバクラだったかな?・・」
受付前の椅子に腰かけて、安西医師はそう答えた。
「確か、男たちに貢がせていたとか・・。」と一樹。
「ああ、他のキャバ嬢から聞いた話さ。整形とはいえ、あれだけの美貌とスタイルだからな。それに、彼女は頭が良かった。ここに来た時も、始めはあどけない顔で大人しそうに見せて、少し馴染むと相手の懐にすっと入ってくるような・・油断ならない感じだったな。・・時々、悲しげに見せる事も忘れていないから、バカな男はコロッといっちゃうんだろう。・・まあ、騙される方も大バカだよ・・」
呆れたような顔で安西医師は言った。

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水槽の女性-13 [デジタルクライシス(シンクロ:同調)]

「その男たちが、誰かというところまでは?」と亜美が訊く。
「そんなことわかるはずはないだろ?噂話の範囲だからな・・まあ、あの店に行けば、真偽のほどははっきりするんじゃないか?」
安西が言うのは至極当然の事だった。一樹と亜美はすぐに「エメロード」という店を探しに向かった。
安西医師に大よその場所は聞いたのだが、実際に、栄の大通りの裏手に入ると、幾つも、その手の店が並んでいて、すぐには見つからなかった。二人は、ビルの壁に、万国旗の様に並んだ店の看板を一つ一つ確認しながら、夕方近くになってようやく、目当ての店に辿り着いた。
「さて、どうするかな。正面突破というのもどうかな・・・」
一樹はそう言うと、亜美を見て、耳元で囁いた。
「そんなこと・・。」
亜美は不満そうな顔を一瞬見せたが、仕方なく受け入れた。
「すみません。あの・・」
亜美が、店の前に出てきたボウイらしい男に声を掛ける。
「はあ?」
咥えタバコで、若い男が顔を上げる。
「あの・・ここで働きたいんですが・・。」
亜美が言うと、その若い男は。亜美の足元から、嘗め回すように視線を上げ、胸元辺りを覗き込んだ。それから、亜美の首元、うなじへと視線を動かしてから、小さな溜息をついてから言った。
「無理だな。」
「えっ?どういうことですか?」
「あんたは無理。色気がない。胸がない。無理、無理。」
若いボウイらしき男が、そう言い放つと店の中に入ろうとした。
「ちょっと!」
亜美が、その男の腕を掴んだ。
「イタタ・・。」
「あっ・・ごめんなさい・・。ちょっと切羽詰まっているんです・・何とかなりませんか?」
異常に強い力で腕を掴まれて、若い男は少し表情を強張らせている。
「お願いします。一日でも良いんです。財布の中が空っぽなんです。」
「チッ。」
その男は舌打ちをして言った。
「裏へ回りな!」
亜美は言われた通り、ビルの間の狭い通路を抜けて、店の裏口へ回った。そこには、中年女性が一人、階段に座って煙草をふかしていた。階段を上がった辺りに、黒服の男が二人ほど立っていた。その女性のボディガードのようだった。亜美が店の裏口へ着いた時、店内を通って、あの若い男が階段に立っていた黒服の男のところに着いたようで、何か耳打ちした。そして、その黒服が階段下でタバコをふかしていた中年女性に耳打ちする。
「働きたいってのはお前か?」
乱暴な口調で、その女性が亜美に声を掛けた。亜美は驚いて、その場に突っ立ってしまった。
「おい、お前かって聞いてるんだ!」
「はい・・そうです。」
「一万」
亜美は、何の事か判らず、ぼんやりしていると
「一日一万円。良いね。ここはキャバクラだからね。せいぜい頑張っておくれ。」
その中年女性はそう言うと階段を昇っていく。亜美が、ぼーっとしていると、黒服の男が階段を駆け降りて来て、亜美の腕を掴む。そして、強引に店の中に連れこんでいった。その様子を、一樹はビルの陰から見ていた。
「かなりやばそうな店だな・・。」

階段を昇り、ドアを開けると、右手に小さな事務所があった。先ほどの中年女性は、エメロードのママのようだった。亜美は、その向かいにある小さな部屋に押し込まれた。
「ここで着替えろ。ドレスはこの中から選べ。着替え終わったら、向かいの事務所へ来い。」
男はそう言うと、ドアを閉めた。壁には幾つもの煌びやかなドレスが吊るされている。どれも、丈の短い、胸元の開いたものばかりだった。亜美はその中から、少しでも丈の長い、胸元が開いていない、紺色のドレスを選んで、着替えた。
「あら、意外に良いじゃない。」
着替えを終えて事務所に行くと、あの中年女性が亜美の姿を見て言った。
「全体にスリムなんだから・・これくらいの方がお殿様たちに受けるかもね。」
突っ立っている亜美をぐるりと回り、
「背中がセクシーね。・・下着は全部取っておきなさい。」
そう言いながら、亜美の背中に触れた。鏡を見ると、ドレスの背中はお尻が見えそうなくらいに開いている。着た時には気づかなかったが、小さなホックを外すと背中が丸出しになるような仕掛けがあった。
「私は、和美。ここのママよ。あなた、名前は?」
亜美はそう聞かれて、咄嗟に本名を言い掛けた。
「きと・・・いえ・・亜美です。」
「そう・・アミちゃん。良いわ。・・頑張ってちょうだい。・・ネックレスとイヤリング、それにお化粧もしてあげるわ・・さあ、いらっしゃい。」
和美ママはそう言うと、事務所の奥にある化粧台に座らせた。開店時間が近づいて、キャバ嬢たちが続々とやってくる。事務所の向かいにある着替え室から、がやがやと声が聞こえた。亜美は、開店前にキャバ嬢のみんなに紹介された。見ると、キャバ嬢たちのほとんどが亜美より年下のようだった。中には、未成年者もいる様だった。並んだキャバ嬢たちも、亜美を「おばさん」という目つきで見ているのがよく解った。
「今日は、結ちゃんのヘルプでお願い。」
ママはそう指示すると、すぐに事務所に戻って行った。ママが指名した結は、居並ぶキャバ嬢の中でも少し年上のようだった。

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水槽の女性-14 [デジタルクライシス(シンクロ:同調)]

「よろしくお願いします。」
亜美が頭を下げると、結は、亜美の耳元で囁くように「早く辞めた方が良いわよ」と言った。亜美が驚いて顔を上げたところで、結は満面の笑みを見せて「結です。よろしくね。助かるわ。」と周囲に聞こえるように言った。その日、客は3人ほどで、それぞれ指名客のようだった。指名のなかったキャバ嬢は、カウンター席やボックス席に思い思いに座って、時間をつぶしている。亜美は、結の傍に座り、どう探りを入れればよいか考えていた。
「お客さん、少ないんですね。」
亜美が口にすると、結が亜美の口を覆うようにして言った。
「駄目よ。ママが怒りだすわ。こんなふうになったのは誰のせいだってね。」
結がまた、耳元で囁くように言う。亜美も、同じように、結の耳元で囁くように訊いた。
「何かあったんですか?」
それには、結が首を横に振って「話せない」という風に答えた。
「いらっしゃいませー。」
出迎えの声が店内に響いた。通路を見ると、一樹とカルロスだった。キャバ嬢たちは、巨漢のカルロスに引き攣った表情を浮かべながら出迎える。
「ご指名は?」とボウイが訊くと、一樹が亜美の方を指さした。
「ああ・・結さんですね。・・結さん、ご指名が入りました。」
一樹とカルロスは、ボックス席に案内され、水割りのセットとフルーツ盛り合わせが運ばれてくる。
「ここはぼったくりのキャバクラのようだな・・。」
と、席に座りながら、一樹が呟く。
カルロスは、このような場所に来るのは初めてのようで、体に似合わず緊張しているようだった。
「結です。ご指名ありがとうございます。・・初めてですよね?」
「ああ・・入口の写真で見てね、気に入ったから・・。」
「まあ、嬉しい。こちら、あみちゃん。今日からの新人さんなの、よろしくね。」
そう言うと結は、一樹の体に密着するように座った。亜美も、結の仕草をまねるように、仕方なく、カルロスに密着するように座った。カルロスの体は硬直したように固まっている。そして、ぎょろりとした目で亜美を見下ろしている。その視線はちょうど網の胸元を見ているように感じて、亜美はカルロスの腕を思い切り抓った。驚いてカルロスは視線を天井に向けた。
「こちら、外国のお方かしら?」と結が訊く、
「ああ、こちらは、カルロス。アメリカから、貿易の仕事で来てるんだ。大丈夫、日本語もちゃんと話せるから。アメリカにはこういう店がないらしくて連れて来てやったんだ。こいつ、大きな会社の社長なんだ。今日は彼のおごりなんだよ。」
「へえ、お金持ちなんだ。じゃあ、一番高いお酒、お願いしてもいいかしら?」
結がちょっと甘えた声を出して、カルロスの太ももに触れる。カルロスは一樹をじろりと睨んだ。
「いやあ、まだ、早いから。もうちょっと飲んでからにしよう。さあ、作って。」
一樹がグラスを差し出す。今まで、水割りなど造ったことはない亜美がぼんやりしていると、結が、手を伸ばしてグラスを受け取り、手際よく水割りを作る。
「お客さん、お名前は?」
と結は水割りのグラスを外差し出しながら、一樹に訊いた。
「ああ・・そうか・・一樹と呼んでくれれば良い。」
「へえ、一樹さん・・なのね。どんなお仕事?」
結は、一樹の太ももに手を置いて、体を密着させながら訊いた。
「ああ、そうだな、カルロスの取引先。今、名古屋を案内しているところさ。」
その後、他愛のない話が続いたが、客の数は一向に増えなかった。
「何だか、客の数が少ないようだな・・。いつもこんな・・」
何の気なしに一樹は訊いたはずだった。だが、結は急に一樹の口を押えた。
「止めて!ママの機嫌が悪くなるわ。」
店の経営者にとって客の入りは重要な問題だとは思うが、何かそれ以上のことがあるように感じられた。
一樹は、それが「サチ」と関係があるのではないかと直感した。
「そう言えば・・確か、この店にサチという女の子が居たと思うんだが」
と、結の耳元で囁くように言った。結の顔色が見る間に変わっていく。
「ごめんなさい。」
結はそう言うと急に席を立ち、事務所の方へ隠れてしまった。
「ごめんなさい。」というと、亜美も結の後をついて奥へ入った。
一樹は、カルロスに店を出るという目配せをし、立ち上がる。すぐに、ボウイがやってきた。
「あの・・女の子は気に入りませんでしたか?良ければチェンジしますが・・。」
「いや、良い。勘定をしてくれ。」
一樹はそう言うと、出口へ向かう。すぐに、黒服の男がやってきて、伝票を見せる。法外な金額が書かれていた。
「ほう・・グラス一杯でこの値段か・・・ぼったくりだな。・・」
「お客さん、何か、文句があるのか?」
黒服の男が二人、三人と集まってくる。ちょっと遅れて席を立ちあがったカルロスが、黒服の男を一人、肩を掴んで持ち上げる。
「うう・・」という呻き声とともに、何かがバキッと折れるような音がした。そして、もう一人の男も同じように肩を掴んだ。その男が反射的にカルロスを蹴ろうとしたが、その足をカルロスは軽々と掴み、強く握りつぶす。「ううう・・」という呻き声をあげて、男はのたうち回った。
「お前ら、ただじゃすまないぞ!」
残った男が息きまく。その言葉を聞いて、一樹が、警察バッジを見せる。
「いいだろう。高くつくだろうな。」
そういうのと同じタイミングで、パトカーのサイレンが聞こえ、店に警官たちが入ってきた。店内の一部始終は、カルロスの胸に付けていた小型のカメラが全て映していて、愛知県警に通じていたのだった。
「さあ、行こうか。」
一樹はカルロスとともに、店の奥へ向かった。裏手にはすでに警官が待ち構えていて、店のママはすでに捕まっていた。亜美と結は、着替え室にいた。

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水槽の女性-15 [デジタルクライシス(シンクロ:同調)]

「ちょっと話を聞きたいんだが・・。」
一樹は、部屋の中に入ると、ドアの外にカルロスを待機させた。
「この店に、サチという女性がいただろう。」
一樹は結に訊いた。結は小さく頷いた。
「サチさんの事を教えてほしいんだ。知っている事を話してくれれば、警察には引き渡さない。」
一樹の言葉に、結は亜美を見た。
「ごめんなさい。私も刑事なの。店の状況を知りたくて潜入したのよ。」
亜美は正直に話した。それを聞いて、結は急につっかえ棒が取れたかのような表情を浮かべ、ぽろぽろと泣き出してしまった。
「どうしたの?」
「ごめんなさい・・・サチさんの事、心配していたの。急に店に来なくなって、心配していたんだけど、ママに訊いても、忘れた方が身のためだと言われたし・・サチさんのアパートに行ってみたら、部屋の中が荒らされていて・・・きっと、殺されたんじゃないかって・・自分もいずれそうなるかもと思っていたの・・。」
どうやら、店のママに脅され、何か悪事に手を染めているようだった。そして、そのバックに良からぬ連中が潜んでいるのだという事が理解できた。ただ、あの「映像」はそういう連中の仕業とは思えなかった。
「場所を変えて話を聞こう。」
一樹はカルロスに言って、すぐに車を用意した。そして、警察が一通り引き上げた頃を見計らって、部屋を出て、誰にも気づかれないよう、結を車に乗せ、例の「トレーラー」へ向かった。
「まあ、紀藤さん、なかなか素敵なドレスだわ。」
トレーラーで出迎えた剣崎が皮肉たっぷりに言った。
「きっと、剣崎さんの方がお似合いですよ。」
亜美は言い返したが、確かに、剣崎の容姿なら、高価なイブニングドレスがモデル並みに似合うだろうと感じて悔しそうな表情をするしかなかった。
「こちら、あの店で働いていた結さん。サチさんの事を知っているようです。」
一樹が言うと、剣崎が「そう」と言って、席に着いた。円卓を囲むようにして、剣崎、一樹、亜美、カルロス、生方が座り、結は亜美の横に座った。
「まず、この映像を見てもらいましょう。」
剣崎が言うと、モニターに、サチ、神戸由紀子が殺害される冒頭の映像が流れた。
「彼女がサチさんに間違いない?」
剣崎の問いに、結が頷きながら訊いた。
「ええ・・随分、痩せたみたいですが・・サチさんです。・・あの、彼女、殺されたんですか?」
「ええ、この後、見るに堪えない、惨い殺され方をしています。映像を止めて。」
映像はまだ、冒頭、僅かなところで止められた。
「やっぱり・・・。」
結はそう言いながら、ガタガタと震え始めた。
「やっぱりとはどういうこと?」
剣崎が厳しい口調で訊く。
「彼女・・あの店ではナンバーワンのキャバ嬢だったんです。お金をたくさん使ってくれるお殿様を・・上客の事をお殿様と呼んでいたんですが・・たくさん持っていました。でも、そこに目を付けたママが、、VIP専用の秘密クラブを作って、サチさんの客をそこに案内し始めたんです。」
「それって、いわゆる売春目的の高級コールガールのクラブという事かしら。」
剣崎はこともなげに訊いた。
「ええ・・そうです。そこは、私たちの様なキャバ嬢じゃなくて、セレブな奥様達がお小遣い稼ぎのためにする秘密のお仕事でした。」
「薬も?」と剣崎。
「ええ、多分。サチさんから一度聞いたことがあります。」
一樹は想像通りの展開だと感じながら、結の話を聞いていた。
「初めのうちは、ママの目論見通り、上手くいっていたようでした。でも・・あるお客さんが・・・。」
「何かあったの?」と亜美。
「そのクラブの事は、お互いのために絶対秘密という約束だったんですが、酔った勢いで話してしまったお客さんが居たんです。私たちも、それまではそんな秘密のクラブがあるとは知らなかったんですが・・サチさんは火のように怒って、そのお客さんを店の奥に連れて行きました。」
「それで?」と剣崎。
「数日して、新聞で見たんです。その方の会社が火事になって、その方が亡くなられたって・・事故という事でしたが・・きっとあれは殺されたんだろうと思います。そう思うと、秘密を知った私たちもいつかそういう目に遭うんじゃないかって思うようになって・・・それに、どこからか、あの店に行くと、殺されるっていう噂が立って・・」
「それで客が少なかったのね。・・・。」
亜美はようやく納得したようだった。
話を聞いていた生方が、急に立ち上がり、隣の作業室へ行った。そしてすぐに戻ってくると、モニターに一人の男の顔写真を映し出した。
「その火事にあって亡くなった方というのは、この人ですか?」
生方が、結に訊いた。
「ええ・・そうです・・でも、なぜ?」
「この方は、あの映像・・サチさんが殺された現場になった工場を所有していた安藤氏です。火事を起こし、会社が倒産し、工場は取り壊されました。そこの地下でサチさんは殺されたんです。」
生方が事前に集めた情報から、推理をし始める。
「秘密のクラブの事を口にしたために殺された安藤氏、そしてその工場跡で殺されたサチさん、ならば、エメロードのママとそのバックに居る連中の仕業と考えても良いのではないでしょうか。」
生方の推理に、一樹が反論する。
「そんな単純なものじゃないだろう。だいたい、そういう事なら、全て秘密裡にするべきだろう。わざわざ、神戸由紀子の殺害をネットに乗せる理由がない。」
「そうね。EXECUTIONERというサイトには違和感がある。」
と剣崎も同調した。

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水槽の女性-16 [デジタルクライシス(シンクロ:同調)]

「ただ、少なくとも、この秘密のクラブの存在や安藤氏殺害の件と闇サイトと何らかの方法で繋がっているのは確かだわ。・・・この件を知っているのは、あの店の女の子たちだけ?」と剣崎が結に訊いた。
「ボウイや黒服もある程度知っているはずです。」と結。
「他には?店の関係者以外では?」
「判りません。・・秘密のクラブに出入りしていた方たちは勘づいているかもしれませんが・・。」
「でも、そういう人達は、明日は我が身と考えているでしょうね。・・きっと口を噤んでいたはず。・・まだ、情報が足りないわ。もっと調べる必要があるわね。」
それを聞いて、亜美が口を開いた。
「あの・・工場の持ち主だった安藤氏の事件は、どうなっているんでしょうか?失火事故と断定されているということでしょうか?」
それを聞いて、生方がパソコンに向かい検索した。
「・・いえ・・事故とも事件とも判定できない状態のようですね。遺体の状況から、自らガソリンを被って自殺、その火が工場の薬品類に引火したという見方です。ただ、遺書がなかった事、安藤氏の妻からも自殺したのではないかと供述があったようです。工場の経営は悪かったにもかかわらず、以前の様に豪遊する夫に対し嫌悪感を抱いていたようですね。結局、多額の借金があったこともあり、捜査本部では、工場経営に失敗した結果の自殺だろうという結論になったようです。」
生方は、パソコンに示された捜査資料を、かいつまんで報告する。
「何とも杜撰な捜査報告だな・・・。仮に自殺だとして、その原因をもっと追究すれば、秘密のクラブの件も明らかになっただろうが・・・。」
一樹が苦々しい表情で、生方の報告に意見した。
「もう一度、安藤氏の死について調べる必要がありそうね。矢沢刑事と紀藤刑事に調べてもらいましょう。生方は、当時の神戸由紀子の様子を詳細に調べて。・・結さんは、エメロードの秘密クラブに関する重要な証人ですから、証人保護プログラムに基づいて、私たちが安全を確保します。カルロス、すぐに手配を。」
剣崎はそう言うと席を立とうとしたが、ふと思い出したように言った。
「矢澤刑事、紀藤刑事、今日はもう捜査は終了にします。隣にあなたたちのトレーラーを用意しましたから、そちらで休息してください。」
一樹と亜美は、剣崎のトレーラーを出ると、まったく同じ形のトレーラーが隣に留まっているのを見つけた。運転席には、カルロスに負けないほどの巨体の男が座っている。
「あの・・。」と一樹が声を掛けると、運転席の男は軽くウインクをして、親指で後ろを指した。
ゆっくりとトレーラーのドアが開き階段が伸びてきた。二人は階段を上がると、目の前の光景に驚いた。そこには、大きなソファやテーブル、デスクやクローゼット等が設えられていて、さながら、高級マンションの一室のようだった。ドアを閉めると、スピーカーから剣崎の声が聞こえた。
「特殊捜査課にいる間は、ここがあなたたちの住まいになります。衣類など、必要なものは、全てこちらで用意しました。今日はもう休んでください。」
一樹と亜美は困惑した表情で互いを見た。
室内の中を見回す。
入口ステップを上がったところは、ソファやテーブル、ミニキッチンなどが置かれ、さながらリビングルームというところだった。
その先に狭い通路があり、ドアが二つ。ドアを開くとベッドと机、ドレッサー、クローゼット等の個室だった。二部屋ある所を見るとそれぞれが使うことになるようだった。リビングから反対側には、バスルームとトイレがあった。
下手なビジネスホテルよりも豪華な設備だったし、何より防音効果が高い。トレーラーが停車している場所は、港湾地区の工場地帯にも拘らず、外の音は全く聞こえなかった。
「まあ、覚悟するしかなさそうだな・・・。」
と一樹が呟く。
「何?覚悟?・・それは私のセリフよ。どうして、こんなところに閉じ込められるわけ?信じられない!」
と、亜美は捲し立てて、奥の部屋へ入っていった。
一樹は仕方なく、手前の部屋に入り、とりあえず、ベッドに横になった。
ここ数日、慣れない街中の捜査が続いていて、随分疲れていた。暫くすると妙に眠気に襲われぐっすりと寝入ってしまっていた。
どれほどの時間が過ぎたか判らぬほど深い眠りについていたが、何かどんどんという音に気付いた。
一樹が目を覚ましドアを開けると、亜美が立っている。
一樹が寝入っている間に、亜美はシャワーでも浴びたのか、白いバスローブに着替えていた。
いつもと違う亜美の姿に一樹は、少し動揺した。
「食事の支度が出来たって・・。」
と、何だか少ししおらしく感じる言い方をする。
「ああ・・そうか・・。」
一樹がぼんやりと答える。
トレーラーハウスに乗り込んだ時、運転席にいた巨体の男が、エプロン姿で笑顔を見せて立っていた。
「どうやら、彼は、私たちの世話係みたいよ。」
亜美はちょっとおどけた表情で言った。
二人が、リビングルームのソファに座ると、幾つもの料理を乗せた大皿が運ばれてくる。
「アントニオと呼んで下さい。お二人のお世話をさせてもらいます。」
体に似合わぬ丁寧な言葉遣いだった。
「さあ、お召し上がりください。冷蔵庫に冷えたビールやワインもありますから、ご自由に。何か足りないものがあれば、いつでも、インターホンで呼び出してください。」
彼はそう言うと、バスルームの脇の狭い通路を通って、運転席の方へ出て行った。二人はとりあえず夕食にした。
二人は向かい合って座るようにしてテーブルを囲んだ。亜美は、いつもは、一つに束ねた髪を今は解いている。まだ少し濡れているように見えた。
白いバスローブからのぞく、首元当たりの白さが一樹には妙に気になっていて、亜美の方をまともに見る事ができない自分がいる事に一樹自身が驚いている。

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水槽の女性-17 [デジタルクライシス(シンクロ:同調)]

何口か、料理を口に運びながら、一樹が少し落ち着きを取り戻して、口を開いた。
「なあ、亜美。どう思う? この事件?」
「よく判らないわ。今までのところ、エメロードのママがやっていた秘密クラブが鍵の様に思うけど・・」
「ああ・・」
「でも、あんな残忍な殺し方と映像。核心にはほど遠いような感じがするわ。」
亜美も、大皿に盛られたフルーツを口にして言った。
「たしかに、裏社会の見せしめというには、手が込んでいて不自然だな。」
「ええ・・」
「見せしめなら、遺体を残した方がメッセージになる。遺体を完全に無くしたのなら、殺害の事実すべてを消すはずだからな。」
「それに、EXECUTIONERというサイトも気になるわ。処刑執行人だったっけ?」
「ああ・・神戸由紀子は重大な罪を犯し、そいつに処刑されたという事なんだろう。でも、その罪は、秘密クラブという事でも無さそうだな。なにかもっと・・」
「そうね、彼女が殺害された本当の理由はもっと別のところにあるわね。」
「ああ・・おそらく・・だが、それが何なのか・・。恨みを晴らしたという程度のものじゃない・・」
「もっと彼女の事を調べる必要がありそうね。」
「ああ、だが、剣崎さんは、安藤氏を調べるようにと指示したからな。」
一樹は立ち上がり、冷蔵庫から冷えたビールを取り出し、外が見えるソファ席に移動した。
「自殺した安藤、その工場跡地で殺された神戸由紀子、秘密クラブ・・・」
一樹はぼんやりと外を眺めながら呟いた。
亜美も一樹と同じようにビールを手にして、ソファ席に移動すると、一樹の隣に座った。
「何か関連があるはず・・。」
亜美の言葉を聞いて、一樹がふと思いついた。
「これまでの捜査では、そういう関連性の中にヒントがあると考えてきたよな?」
「ええ、まあ、大抵はそうだけど?」
「だが、もしも、それらがまったく関連性がなく偶然だったとしたらどうだ?いや、この犯人が意図的に関連付けようとしてるとしたら・・。」
「何のために?」
「もっと単純な・・そう・・神戸由紀子を殺す事さえも衝動的な・・そう・・誰でも良かったとしたら・・。」
「快楽殺人・・ってこと?」
「ああ・・そうさ。変質者による猟奇的な殺人事件・・その標的になったのが神戸由紀子だった。偶然、そこには秘密クラブという闇があった。そして、殺害場所も、偶然に、その秘密クラブの客の持ち物だった・・。関連性に着目するからややこしくなっているだけなんじゃないかな・・。」
「そんな事あるかしら?」
「EXECUTIONERなんてもっともらしい名前だって・・敢えて混乱させるためだったのかもしれないじゃないか。」
「そうかしら?」
「いや・・そういう見方をした場合、何か見落としている事が見つかるんじゃないかって・・。」
一樹はそう言って、亜美を見た。
いつもと違う見方、まさに今、自分が、仕事のパートナーとは違う目で亜美を見ている。いつもなら、すぐ横に亜美がいても、それほど意識はしていない。
だが、今、ソファの横に居る亜美を、一人の女性として意識してしまっていた。
「じゃあ、例えば、神戸由紀子という女性の事はどうかしら?」
「老女殺害、逃亡、整形、秘密クラブ、覚せい剤、殺害というところだが。・・若い割には、随分と危ない道を歩いてきたことになる。」
「老女殺害の前はどこにいたのかしら?そして、なぜ、彼女は老女殺人事件を起こしたの?」
「流れ着いた先に、親切そうな老婆がいて、上手くだまして取り入って、世話になった。そのうちに、老婆の隠し金を見つけ、奪いとるために、殺害したという筋立てにはなるが・・。」
「ありがちな筋立てよね。きっと、老女殺害事件を扱った長野県警でも、きっとそういう筋読みで、神戸由紀子を指名手配したんでしょうね。でも、それが真実とは限らないんじゃない?」
「じゃあ、どんな筋立てになる?」
と、一樹が訊く。
「例えば・・そうね、神戸由紀子は、もともと、老女殺害が目的だった。何か、恨みを抱えていて、それを晴らすために殺した。」
「おいおい、それじゃあ、老女が何か悪に手を染めていたという事になるぞ?」
「そうじゃないって言い切るだけの情報はないわ。」
「確かに、田舎の一人暮らしの老女というだけでは、善人とは言えないだろうが、だからといって、殺されるほどの悪女というのも腑に落ちない。」
「例えば、その老女が誰かの秘密を握っていて、都合の悪い人間に消されたというのはどうかしら?」
「消されたって・・じゃあ、神戸由紀子は殺人を請け負ったというのか?じゃあ、なぜ、その後、名古屋で秘密クラブなんてものを作ったんだ?」
「それも何か、裏があるんじゃないかしら?」
「そうなると、神戸由紀子も、死刑執行人ということになるぞ。」
「そういう見方もできるっていうことよ。」
亜美は少し酔っているようだった。
「だが、彼女自身、殺されたんだ。死刑執行人という線は薄いように思うが。」
「そうね・・。指紋も大量に残っていたと言っていたから、殺人のプロでも無さそうだし、そういう筋立てには、無理があるわね。やっぱり、金銭目的の衝動的な殺人事件の線が・・濃い・・わね。」
「そうだな。しかし・。」
一樹は、そう言ったところで、亜美を見ると、目がとろんとして眠そうだった。
「・・もう、休もう・・。」
一樹は立ち上がり、飲みかけのビールを置いたまま、自分の部屋に戻って行った。

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水槽の女性-18 [デジタルクライシス(シンクロ:同調)]

翌朝、すぐに剣崎に呼び出された。
「これまでの捜査を整理し、これからの捜査方針を決めます。」
剣崎は、厳しい表情を浮かべ、生方に指示して、これまでの経緯を確認させた。
「殺害されたのは、神戸由紀子。エメロードのキャバ嬢で、店のママと結託し、秘密クラブに男を誘いこんでいた。殺害された現場は、その客の一人、安藤氏の所有していた工場の地下室。特殊な薬品で遺体は損壊され、身元特定は、残っていた義歯のみ。現状では、秘密クラブに関するトラブルから殺害されたと考えられるが、エメロードのママの関与は低いと推察される。ただし、裏社会による可能性は否定されない。」
「まあ、そんなところでしょう。どう?」
生方の説明の後、剣崎が訊く。
「秘密クラブのトラブルが原因というなら、エメロードのママが最重要人物になるはずですが、なぜ可能性が低いと?」と一樹。
「県警の取り調べで、彼女自身も命の危険を感じていたということだったわ。神戸由紀子が行方不明になった後、秘密クラブに関与していたボウイたちも、次は我が身と考えていたようなの。」
「自分たちの秘密を守るために神戸由紀子を殺害したというわけではないという結論ですか?しかし、それなら、秘密クラブの本当の仕掛人がどこかにいるという事じゃないんですか?」
「どうも、秘密クラブを作ったのは、神戸由紀子自身の様なの。エメロードのママの供述だから、どこまで信用できるか判らないけれど、裏社会ではそういう場合、上納金を納める約束があるのを、神戸由紀子は無視した、だから、あの辺りを仕切っている組に狙われたというところが、県警の筋読みらしいけれど、」
「じゃあ、そこへのガサ入れは?」と一樹。
「無理。殺人を示すものは、あの動画と義歯一つ。暴力団の関与を示す証拠は何もでていないでしょう。」
「確かに・・・それに、あの殺し方は、そこらの暴力団じゃない・・ネットで動画配信するのも、あまり考えられない。もっと・・知的な奴のはずだ。県警としても、動けないってところか・・・」
そう言うと一樹は天井を見上げた。
「まあ、そんなところかしら。他には?」
「あの廃工場は客の安藤氏の持ち物だったようですが、その関係者の線はどうでしょう?」と一樹。
「火災の後、競売にかけられているけど、まだ、買い手はついていないようね。現在は、裁判所の管理下にあるようね。関係者といっても、確か、奥さんだけだったはず。社員や取引先まで広げれば対象は少なくないけど、神戸由紀子の存在を知っていたとは考えられない。」
「安藤氏の奥さんか・・・確かに、一番恨んでいるのは確かだが・・・。」
「ほかには?」
「神戸由紀子は整形し別人になっていたわけですが、あの整形外科に神戸由紀子を紹介したのは誰なんでしょう?」と亜美が訊いた。
「そこは重要かしら?」と剣崎。
「誰かの紹介なしには手術は出来ないようでした。彼女の過去を知っている人物がいたはずですし、裏社会にも通じている重要な人物ではないかと思うんですが。」と亜美。
「なるほど、秘密クラブを作った本当のボスとも考えられるということかしら。」
それを聞いて、生方が答えた。
「神戸由紀子が行方不明になって、すぐに秘密クラブは閉めたようです。店のママの証言ですが、証拠は全て廃棄したようです。今のところ、ママの証言だけで実態解明は出来ていない。まあ、県警としては、風営法違反の範囲で捜査しているようですから。」
「殺人事件との関連での捜査はしないという事か・・。」と一樹。
「こちらの捜査に対して、一応、協力の姿勢はあるようですが、何か、反応が鈍いんです。・・まあ、特殊捜査班自体、組織の中では実験的なものなのでしょうから、様子を伺っているというところじゃないでしょうか。」
生方が愚痴めいた事を口にしたところで、一樹が言った。
「おそらく、これまでの捜査から、秘密クラブと神戸由紀子の殺害の関連性は否定できないでしょう。影のボスの存在も考えられる。身を守るために神戸由紀子を殺した、あるいは見せしめのために殺したという線は濃いでしょう・・ですが、・・もっと別の可能性についても考えてみてはどうでしょうか?」
「別の可能性?」と剣崎。
「例えば、単純な快楽殺人・・変質者による猟奇的な快楽殺人という事です。」
そして、一樹は昨夜、亜美と話し合ったことについても報告した。
「そうね・・そういう可能性も否定できないわね。もし、これが単なる快楽殺人だとすると、捜査手法がガラッと変わることになるわね。偶然性、突発的に、神戸由紀子がターゲットにされただけということね?」
剣崎はそう言うと、腕組みをしたまま、少し沈黙した。
おそらく、剣崎の頭の中でこれまでの情報パズルを組み替えているのだろう。しきりにモニター画面のあちこちに視線が飛ぶ。一樹や亜美、生方が、剣崎の様子を伺っている。
「矢澤刑事が言ったように、これが単なる快楽殺人だと仮定しても、やはり、殺された神戸由紀子の行動が事件の鍵になることは間違いないわね。そして、その行動に、今回の犯人との接点があるはず。神戸由紀子の殺害までの行動とその周囲に猟奇的な犯人に近い人物がいなかったか、もう一度捜査しましょう。」
剣崎の結論を皆、了解した。
「あの・・」と亜美が口を開く。「何?」と剣崎。
「長野の事件も調べてみた方が良いんじゃないでしょうか?」
「長野の老女殺害事件?」
「はい。別の可能性の一つとして、あの事件は、単なる強盗殺人ではなく、神戸由紀子が誰かに頼まれて、老女を殺したという見方です。もし、そうなら、神戸由紀子は、殺人を請け負っている組織の一員となります。長野の殺人事件も、安藤氏の事件も、そういう組織が・・そう、例の死刑執行人というのが何よりの証拠。そこが全てを仕組んだのではないかと考えてみてもいいんじゃないかと思うんです。」
と、亜美が続けた。
「なかなか、大胆な推理ね。神戸由紀子は、その組織を裏切ったか、しくじったことで、組織によって処刑された・・とも言えるわね。」

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駒ヶ根の老女-1 [デジタルクライシス(シンクロ:同調)]

「判ったわ。・・・名古屋の行動については、県警と生方、カルロスで調べて。矢沢刑事と紀藤刑事は、一度、長野へ行って、事件をもう一度調べてみてちょうだい。彼女の行動の背後に何か気になる情報があればすぐに報告してください。」
会議が終わるとすぐに、一樹と亜美を乗せたトレーラーは長野に向かった。
『到着までに、長野事件の詳細を送っておきます。』
生方はそう言って二人を見送った。
一樹と亜美を乗せたトレーラーが中央自動車道駒ケ根インターに到着したのは、午後になってからだった。長野県警駒ヶ根署に到着すると、すぐに、現地の警察車両を借りて、殺人事件現場に向かった。
一人暮らしで身寄りがなく、すでに家屋は解体され更地になってしまっていた。
一樹と亜美は、生方から送られてきた当時の調書と写真を、タブレットに表示させながら、現場に立った。周囲の風景はほとんど変わっていなかった。
「彼女が目撃されているのは、近くのバス停だったな。」
一樹はそう言うと、最寄りのバス停に向かい、その周囲の家を回って、目撃者を探した。平日の昼間、在宅者は全くなく、二人はバス停に戻った。
「このバス停、駅までの1本の路線しかないようだな。」
時刻表を見ながら一樹が言った。
そこへ路線バスがやってきた。二人はバスに乗り込む。
「あの、この女性の目撃者を探しているんですが、御存じありませんか?」
亜美が、乗車ドアの階段に上がって尋ねると、運転手が驚いた表情を浮かべた。
「あ・・ああ、その子なら、見たことがある。」
運転手の話では、神戸由紀子は、二度乗車してきて、駅の二つほど手前にある「センター前」という停留所で降りたという事だった。
二人はそのままバスに乗り、「センター前」で降車した。「センター前」というのは、おそらく、駅前にあった複合店舗施設「ショッピングセンター」を示しているのだろう。今ではすっかり寂れていて、シャッターが下りたままの店舗も多い。とりあえず、神戸由紀子がここを利用していた可能性を考え、開いている店舗を片っ端から当たってみた。しかし、有力な情報を得ることはできなかった。
「ここには来ていないのか?」
と一樹が諦めかけた時、亜美が通路の端の方で手を振っている。
「この方が一度目撃したそうよ。」
亜美がそう紹介したのは、薬局の店主だった。黒い縁取りの眼鏡に白髪、相当高齢に見える店主は、亜美が見せた写真を指さしながら言った。
「この娘なら、向かいのビルに入っていくところを見かけたよ。」
長野県警の調書にはそういう目撃証言はなかった。
「間違いありませんか?」と一樹。
「ああ・・着ている服が・・少し派手だったのと・・何か切羽詰まった表情だったのを覚えている。」
店主の案内で、その雑居ビルに向かう。入口に、店舗や事務所の案内板があった。
「そいつは、随分古いままだ。今ではほとんど空いている。・・そうだ、あの頃、ここらじゃ見かけない男が出入りしていたようだな。いや、見たわけじゃないが、少し、怪しい奴だったとも、いわゆる、チンピラって奴だろうがな。空いている所を勝手に使っていたのかもしれない。その娘と関係あるかどうか知らんが・・」
店主はそう言って、薬局へ戻って行った。一樹と亜美は雑居ビルの階段を昇って行った。階段は、一つだけで四階まで続いているようだった。その両側にドアがあり、看板らしきものがある所もあれば、ないところもあった。最上階まで上がって、一つ一つドアをノックする。四階の二部屋は、会計事務所と商社の支所として使用されていた。三階は両方とも空き部屋だった。その一つはドアに施錠されていない。二人はそっと室内に入ってみた。室内には、以前の使用者が残していったらしい、机や椅子やラックが少しあった。
「これ・・」
亜美が室内のトイレ脇にある流し台を見て言った。そこには、カップラーメンや弁当などのゴミ屑が放置されていて、たばこの吸い殻も入っていた。
「ここをその怪しい男が使っていたのは間違いなさそうだな・・。」
一樹はそう言うと、ポケットからビニール袋を取り出し、吸い殻を幾つか拾い上げた。
「他には何か・・・。」
辺りを見回すと、レシートが数枚落ちている。弁当やたばこ、飲料などを買ったようだった。駒ヶ根駅前のコンビニ店のもので、日付を見ると、駒ケ根の殺人事件が起きた前日だった。すぐに、そのコンビニ店へ向かう。しかし、当時働いていたアルバイトは居らず、これといった情報は得られなかった。
二人は、駅前の喫茶店に入った。
「長野県警の調書にはそういう男の存在を示すものはなかったみたいだけど。」
亜美がコーヒーを飲みながら、言う。
「犯人を特定するためだけの捜査をしたんだろう。容疑者が判れば良い程度の扱いだったんだ。結局、神戸亜希子には辿り着かなかったんだが。」
一樹は少し呆れ顔で言った。
「ここに居た男と神戸亜希子に関係があったと考えた場合、どういう間柄なんだろうな?」
一樹もコーヒーを飲みながら言った。
「東京に居た時からの関係だと仮定すると、神戸亜希子を追いかけてきたということになるけど。」と亜美が言う。
「追いかけてきた・・か・・、それなら、そいつが、名古屋にも居た可能性は考えられるな・・・。しかし、どんな奴なのか・・・。」
一樹はぼんやりと喫茶店の窓の外を眺めていた。そして、ふと思いついたように席を立ち、喫茶店の外へ出て行った。亜美は慌てて会計を済ませて店の外へ出た。一樹は、先ほどの雑居ビルの前に立って、向かい側の建物に視線を遣り、何かを探しているようだった。

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駒ヶ根の老女-2 [デジタルクライシス(シンクロ:同調)]

「おい、あそこ・・・ひょっとしたら何か判るかもしれないぞ。」
一樹が指差したのは、駅前に設置されている防犯カメラだった。
民間の防犯カメラは数週間でデータは消去されてしまうが、駅前の防犯カメラは警察本部に繋がっている。県警のオンラインを通じて、警視庁にデータが蓄積されているのだった。
一樹はすぐに携帯電話で生方に連絡し、長野の事件発生前後の防犯カメラ映像から、怪しげな人物をピックアップするように依頼した。
二人は、先ほど乗車したバス路線を使って、殺害現場だった場所へ戻ってきた。それから、周囲の家を周り、当時の様子を聞き込んだ。殺害された女性は、あまり付き合いは良い方ではなかったらしく、隣人たちも、日常の様子を知らないようだった。だが、神戸由紀子と思われる若い女性が来た時には、周囲の者にも、遠縁の娘がきているとわざわざ知らせた様子で、日ごろの付き合いと比べ、違和感を覚えるものだった。
「怪しくないことをわざわざ知らせているのは・・やはり変だな。」
「脅されていたのかしら?」と亜美。
「そうかも知れないが、見知らぬ女が出入りしている事で、変な噂が立つのを嫌がったんじゃないか。殺された女性も何か隠していたのかもしれないな。」
夕暮れが近づいていた。二人が、一通り聞き込みを終えて、一旦、トレーラーハウスへ戻ろうとした時、一人の女性が近づいてきた。
「あの・・警察の方ですか?あの事件の事を調べているんですよね。」
薄暗くなってきていて、女性の顔立ちははっきりとはわからないが、まだ若い女性のようだった。一樹と亜美は少し答えるのを躊躇った。すると、その女性は、一樹の顔を覗き込むようにして小さく呟いた。
「お話したいことがあるんです。」
その女性はそう言うと、すぐに向きを変えて歩き出す。一樹と亜美はその女性についていくことにした。
事件の現場から、さらに山道を登る。もう辺りは、闇に包まれつつあった。坂を上ったところに、小さなログハウスが建っていた。女性は門を開け、中に入ると、周囲を見回して、二人を招き入れた。
その家は、リビングとキッチン、それにロフトくらいのこじんまりした家だった。明かりが灯る部屋の中で、初めてはっきりと女性の顔を確認した。まだ30代くらいのようだった。ショートカットで化粧はしていない。
「伊東悠里といいます。5年ほど前にここへ移住してきました。」
どうやら女性の一人暮らしらしい。
「矢澤といいます。こっちは紀藤。刑事です。」
一樹はそう言って、警察手帳を見せた。
「どうぞ、そこへ。」
小さな薪ストーブの前に置かれた木製の椅子に二人は座り、話を聞くことにした。
「あの事件を再捜査されているのですよね?」
伊東悠里は、キッチンでコーヒーを淹れながら、再び聞いた。一樹と亜美は目を合わせ、『話を聞くのだから答えるしかないな』と確認して、亜美が答える。
「ええ、ちょっと別の事件との関係を調べているんです。」
「そうですか・・。」
伊東悠里は、コーヒーを運んでくると、二人に勧め、椅子に座る。
「実は、あの時、警察の方がいろいろと調べていらっしゃるのは知っていました。ご近所の方へも話を聞かれているようでした。でも、うちへは来られなかったので、お話しできていないんです。」
伊東悠里は、少し残念そうな口ぶりだった。
「あの事件、新聞では、神戸由紀子という若い娘さんが起こした強盗殺人というような報道でしたが、何だか、私が感じた事と違い過ぎているようで・・。」
伊東悠里はそう言いながら、コーヒーを一口飲んだ。
「違うってどういうことですか?」と、亜美は尋ねる。
「亡くなった武田さんが若い女性に殺されたというのが納得できなくて。」
「神戸由紀子をご存じなのですか?」
「いえ、そうじゃなくて・・武田さんは、矍鑠とされた方で、足腰もしっかりされていて・・そう、そう、あのお家は、以前には、何人かの女性が暮らしていたんです。武田さんが、躾をしているような・・時々、厳しい口調で叱っているのを見ました。・・道場っていうのかしら、そういう感じのところだったんです。」
伊東悠里の話を聞きながら、一樹も亜美も少し不思議に感じていた。武田敏の家から、この家まではかなり距離がある。だから、県警も捜査の対象とはしなかったのだろう。それなのに、随分と詳しい。
伊東悠里は、一樹も亜美も何も訊き返してこない事で不審に思われているのを察知した。不意に立ち上がり、カーテンを開ける。
「今は暗くて判りませんが、ここから、武田さんのお宅の庭が良く見えるんです。私は、ここから外の風景を楽しむのが習慣で、武田さんのお宅の様子がどうしても目に入ってしまうんです。」
伊東悠里の言葉を確かめるように、一樹は立ち上がり外を見る。暗がりではっきりとは確認できなかったが、窓の下は崖になっていて、下の町まで見下ろせた。彼女の話は信用できそうだった。一樹は亜美に頷いてみせた。
「道場というのは?」と、亜美が訊く。
「朝早く、女の子たちは庭に並んで、武田さんから何か話を聞いた後、すぐに、庭掃除とか家の掃除に入るのが見えました。昼も夕方も同じように・・家の中の様子は判りませんでしたが、それは何か訓練をしているように見えたんです。」
伊東悠里は、再びコーヒーを口にすると、そう答えた。
「事件のあった頃は?」と一樹が訊く。
「その頃は、ほとんど一人だったと思います。犯人にされている女の子が一人いたのを見かけました。彼女も訓練を受けていたように思います。」
「ふむ・・訓練か・・。」と、一樹。
「あ、それから・・女の子たちは、決まって、黒い高級車に乗ってきていました。何だか、連れて来られたというようで・・少し、沈んだ表情で・・どこか、訳アリというような印象でした。」
伊東悠里の話を聞けば聞くほど、老女強盗殺人事件の構図が全く違ったものに見えてくる。
それから、一樹と亜美は、彼女から判る範囲で、さらに詳しい話を聞いた。

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駒ヶ根の老女-3 [デジタルクライシス(シンクロ:同調)]

すっかり夜遅くになって、トレーラーハウスへ戻ると、生方からの駅前監視カメラの映像が届いていた。すぐに映像を確認すると、黄色い長髪の男が雑居ビルに入っていく場面が映っていた。
「こいつだろうな。・・だが、顔が判別できないな・・。」
「もう一度ゆっくり再生して!」
と、亜美が言う。すぐに再生し直す。
「あの首筋のところ・・あれってタトゥーかしら?」
何かのマークか、十字の模様を草の弦のようなものが囲んだ形に見える。
『気づきましたか』と生方が画面越しに応答した。
『あのタトゥーを手掛かりに、前科者リストと照合したところ、水野裕也と言う人物を特定しました。』
「水野裕也?」
一樹が反応すると同時に、モニターに顔写真と経歴が映し出された。
『水野裕也30歳、婦女暴行の前科がありました。暴力団の準構成員で、2年ほど前から所在は不明です。神戸由紀子が東京で働いていた風俗店のボーイで、一時、一緒に暮らしていたようです。』
生方が説明する。
「一時?」と亜美。
『ええ・・水野裕也は神戸由紀子の・・いわゆるヒモだったようですね。ボーイの仕事もほとんどしなかったようで、嫌気がさして追い出したんでしょう。』
「あのタトゥーは?」
一樹が質問する。
『まだ、特定できていませんが、婦女暴行で逮捕された時の写真にもありましたから、若い頃に入れたものでしょう。』
「名古屋にいたかどうかは?」
と、再び一樹が質問する。
『今のところ、判明していません。もう少し調べる必要がありそうです。神戸由紀子殺害に関わっている可能性は判りません。』
生方とのやり取りを終えた後、夕食を済ませて、一旦休むことにした。
翌日、二人は再び、駒ヶ根駅前に向かった。
雑居ビルの男の素性が判った事で、もっと具体的な男の動きが掴めるかもしれないと考えたからだった。
まずは、レシートにあったコンビニへ向かう。
昼間とは違うアルバイト店員がいて、事件当時も店に居た事が判った。すぐに「水野裕也」の写真を見せながら、何か覚えていることはないかを尋ねた。
「二度ほど来店したと思います。夜遅い時間だったと思います。マスクにサングラスで見た目に怪しそうな男だったので・・いえ・・万引き犯が多いので、見覚えのない顔には特に注意しているんです。初めての時は、ゆっくり店内を回って、カップラーメンとタバコと雑誌だったかな・・それくらいを買って行ったと思います。」
アルバイトの証言は、手元にあるレシートに記載されているものとほぼ一致していた。
「二度目は、確か、あの事件が起きた日の早朝6時くらいだったはずです。早朝のバイトに入ったばかりの時間帯です。その時は、タバコとビール、それと弁当を2個だったかな?ちょっとせかせかした感じでしたね。おそらく、朝一番の電車に乗るつもりだったんじゃないでしょうか。ああ、それと、誰かと待ち合わせでもしていたんじゃないでしょうか?しきりに外を見ていましたから。」
アルバイトはかなりの観察眼を持っているようだった。
「何だか、妙によく覚えているんですね?」
亜美が素直に思ったことを言った。
何せ、事件から3年も経過している。それまでにどれほどの客と会っているかを考えると、確かに不思議だった。
「ええ、実は、その時、その男が他の客とちょっとしたトラブルを起こしたんです。・・後で、店長に随分叱られました。」
そのアルバイト店員の話では、早朝、『水野裕也』が買い物に立ち寄った時、暴力団員ふうの男が女を連れて店に入ってきた。朝まで飲んでいたのか、かなり酔っていて、通路で『水野裕也』とぶつかって、転倒してしまった。女の前で恥をかかせたと逆上して、殴り掛かったが、『水野裕也』は、軽くかわして、その男をねじ伏せ、店の外へ放り出してしまったというのだ。
「何故、店長に叱られたんですか?」
と、素朴な疑問を亜美が訊く。
「いや・・そういう輩とうまくやって行かないと、後でどんな仕返しがあるか判らないでしょう?・・だから、よく覚えていたんですよ。」
「その後、水野裕也は?」と、一樹。
「駅へ向かいました。」と、店員は答え、「もう良いですか?」と言って、仕事に戻った。
「電車に乗った・・か・・。」
一樹と亜美は、店員の話を聞いてすぐに駒ヶ根駅へ向かった。
駒ケ根駅の駅員は、その男の事をぼんやりと覚えていた。
「松本まで乗車されたはずです。黄色い頭髪が印象的だったので覚えています。」
「女性と待ち合わせをしていた様子は?」
「いえ、一人でした。一番列車で、その時、ホームには、彼以外には乗客はなかったはずです。」
「電車の行き先は?」と一樹。
「松本行きです。そこから先はちょっと・・。」
駅員はそう答えると、慌ててホームへ向かった。ちょうど、下りの列車が入ってくる時間だったのだ。
「黄色の頭髪の男の行方を追いかけるのはちょっと難しいかもな・・。」
一樹は、北へ向かう線路を見ながら呟いた。
「ねえ、もう少し、武田敏さんについて調べてみましょう。殺された理由は、金銭ではなく、その道場みたいなものに関係しているような気がするの。」
「ああ、そうだな。神戸由紀子が犯人じゃないと考えると、これまで集めた情報ももう一度検証しなければならなくなるからな。水野裕也が実行犯という事も考えられるし。」
一樹と亜美は、再び、武田敏の自宅のあった場所へ戻ることにした。

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駒ヶ根の老女-4 [デジタルクライシス(シンクロ:同調)]

一樹と亜美はそれから二日ほどかけて、武田敏の家の周辺で、住民から再度話を聞いて回った。
だが、ほとんどの住民が、武田敏の事を話そうとしなかった。それは、殺人事件が起きたからではなく、元々、周囲の住民と付き合いがなかったためだった。
諦めかけた頃、武田敏と中学生のころ付き合いのあったという老婆に会えた。そこは、集落から少し離れた場所にある雑貨店だった。
「ああ、敏さんは、ここの生まれだよ。でもね、中学を卒業せず、家を飛び出したっきりでね。特別、仲が良かったわけじゃないし、家も遠かったから、あまり付き合いはなかったんだがね。」
と、その老婆が話を始めた。
「あの時代、中学校を出ると、集団就職、ってので、みんな、都会へ働きに出ていたんだ。私のところは、店をやってるんで、そのままここにいたんだが、敏さんの家は貧乏でね、働きに出るのが定め、みたいなもんだった。」
「敏さんは、集団就職を嫌がって家を飛び出したんですか?」
と、亜美が訊いた。
「詳しくは知らないが、卒業式にはもういなかったから、家出したんだろうって同級生の中では噂になったのを覚えているくらいだよ。」
「家出した後の事は?」
と、一樹が訊く。
「一度、武田さんのお母さんが、ここへ買い物に来た時、母と話しているのを聞いたんだけどね・・家出して、名古屋にいるらしいって、言ってたと思うがね・。」
「名古屋に?」
と、一樹が確認するように言った。
「ああ、だが、それ以上は知らないよ。」
「ここへ戻って来られた時の事で何か覚えていませんか?」
と、亜美が尋ねる。
「あの家は暫く空き家でね、随分傷んでいたんだが、十年くらい前だったかな・・突然取り壊されて、新築の家を建てたんだ。そして、敏さんが戻ってきた。まあ、そんなに親しくなかったから、特に、顔を見に行くことはなかったけど・・そうそう、一度、ここへ買い物に来たことがあった。まあ、何十年も経ってるからね。」
「何か話をされましたか?」
「いや、ああ、そうそう、うちの店は宅配の取次をしてるから、敏さんが荷物を持ってきた。その時、名前を見て、敏さんだと判ったくらいさ。」
「荷物を・・どこに送ったかは覚えていませんよね。」
と、亜美が尋ねる。
「いや・・・確か、名古屋の会社だったと思うよ。郵便番号が書いてなかったから、その場で調べなくちゃならなくてね。だから覚えていたんだ。なんていう会社かまでは覚えていないけどね。もう十年近く前だからねえ。」
「武田さんの家に、時々、黒い高級車が来ていたというのはご存知ですか?」
今度は一樹が訊く。
「いや・・ここらには別荘もあるから、前の道をいろんな車が通るんだ。黒い高級車って言われても、みんな高級車に見えるからね。」
「そうですか。」
その老婆から得た情報は大きかった。武田敏と名古屋のつながりが浮かんだことで、駒ケ根の事件が、単なる強盗殺人ではないという見方が強くなった。住民には知られる事なく、ここで何かが行われていた。そして、それは名古屋と何か関係がある。単に、田舎の老婆が金銭目的で殺されたわけではなさそうだということははっきりしてきた。だが、肝心の事は何もわかっていなかった。
「ここで何があったのか・・何故、彼女は殺されたのか・・。」
事件の後、更地になっていて、事件の痕跡さえもない。
一樹と亜美には、武田敏という女性が、何か深い闇の中に隠れてしまい、捜査は大きな壁に突き当たってしまったと感じていた。
二人がトレーラーハウスに戻ると、そこには、剣崎とレイの姿があった。
「レイさん!」
亜美は驚いて、レイに駆け寄り、剣崎を睨み付けた。
「彼女から申し出を受けたのよ。」
剣崎は、亜美が言わんとする事を制するように言った。
「さあ、これまでの成果を報告して!」
トレーラーの後部にある、小さな会議スペースで、一樹と亜美は、捜査で得た情報を詳しく剣崎に報告した。
「そう・・。」
剣崎は一樹の話を一通り聞いた後、溜息の様に一言呟いた。それは、剣崎が期待していたレベルのものではないことを物語っていた。
「ただ、武田敏という被害者には、何か殺される理由があったんです。そこに、神戸由紀子が関係しているはずです。神戸由紀子が、秘密クラブを作り、覚醒剤の売買に手を染め、無残に殺されたことを考えると、きっと、武田敏も、死刑執行人によって殺されたと考えてもいいのではないかと・・。」
剣崎の反応が薄い事に少し苛立った様子で亜美が捲し立てる。
「死刑執行人がやったのなら、武田敏殺害の映像は、どうして無いのかしら?」
と、剣崎は冷静に返した。
確かに、水槽で殺された神戸由紀子の映像はネットにアップされていて、死刑執行を誰かに見せていると考えられた。だた、武田敏の事件は、強盗殺人と警察が判断した範囲で、終結していて、死刑執行人との関係は示されていない。
「まあ、いいわ。一度、現場に行きましょう。」
剣崎はそう言って席を立ち、トレーラーから乗用車に乗り換え、現場に向かった。更地になった現場に、剣崎、一樹、亜美、そして、レイが立った。
「ここで、なにを?」と、亜美が訊く。
剣崎は、小さく笑みを浮かべる。
「まさか・・。」と亜美が驚いて、レイを見る。
剣崎が、レイに向かって、何か促すような仕草をみせると、レイが現場に立って目を閉じた。剣崎もそっとレイの後ろに立ち、レイの背中に手を当て、目を閉じる。
その様子を一樹と亜美は、見守るしかなかった。
ここで、二人は、事件の痕跡を見つけようとしているにちがいない。
しかし、事件からかなりの年月が経っている。シンクロとサイコメトリーの能力でどこまで過去の事が判るのか、一樹と亜美はじっと二人の様子を見つめていた。

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駒ヶ根の老女-5 [デジタルクライシス(シンクロ:同調)]

「うう・・。」
レイのうめき声が漏れる。
背中に手を当てたまま、剣崎も、顔を歪めた。事件現場にシンクロしたのだろうか、二人とも苦痛な表情を続けている。
そして、その場に二人とも蹲った。
「レイさん!剣崎さん!」
亜美が駆け寄ると、剣崎がゆっくりと立ち上がり、レイを労わるようにして、立ち上がらせた。
「トレーラーに戻りましょう。少し、休ませて・・。」
すぐに、トレーラーに戻り、レイと剣崎は、横になった。1時間ほどで、二人は起き上がり、会議スペースへ顔を見せた。
「レイさん、シンクロで見た情景を、矢澤刑事や紀藤刑事に話してください。」
剣崎が言うと、レイは頷いて話し始めた。
「シンクロできたのは、女性が風呂場の浴槽に顔を沈められている場面でした。意識を失う直前の強い思念波が残っていたようです。何度も、何度も、浴槽の水に、頭を押さえられて沈められて・・」
「やはり、神戸由紀子が武田敏を殺害したのか・・。」
と、一樹が言うと、レイが首を横に振った。
「頭を押さえているのは、男だと思います。首筋からの感触では、皮手袋をした大きな手でした。顔を上げた時、一瞬だけ、鏡に映った姿が見えたんですが・・黄色い髪だったように思います。」
レイの言葉に、一樹も亜美も驚きを隠せなかった。
「じゃあ、水野裕也が殺人者?神戸由紀子じゃないの?。」
亜美が口にした言葉に、剣崎が言った。
「そういう事になるわね。神戸由紀子は、その目撃者の可能性がある。次は自分が殺される。そう考えて、名古屋へ逃げ、顔を変えた。」
「いえ、そうなると、神戸由紀子が駒ケ根の雑居ビルで、水野裕也に逢っていたことが不自然です。そもそも、二人は旧知の仲。二人が共謀して、武田敏を殺害したと考えるのが合理的でしょう。」
一樹が反論するように言った。
「じゃあ、駒ヶ根駅から水野裕也が列車に乗った時、一人だったのは?共犯なら、共に逃げるのが自然でしょう?」
と、剣崎が言う。
「ともに逃げるはずだったが、何らの事情でそうできなくなった。現に、水野裕也は、コンビニで弁当を2個買っています。神戸由紀子の分も買ったと考えるのが妥当でしょう。」
と、一樹が反論する。
「何らかの事情って言うのは何かしら?」
と、剣崎が再び一樹に迫る。
その時、「あの・・」と、レイが二人の会話を遮るように言った。
「シンクロしていた時、女性の思念波とは別に、もう一つ思念波を捕らえていました。それは、底知れぬ恐怖に包まれた感情の思念波でした。風呂場の女性とは少し離れた場所で、自分も殺されると確信したような思念波でした。どこか、身を潜めているような・・たぶん、神戸由紀子さんの思念波ではないかと感じたんです。」
レイの言葉に、二人は黙った。
「実際、神戸由紀子は名古屋で無残に殺されています。水野裕也が、神戸由紀子の居場所を突き止めて、殺害したと考えれば筋は通ります。」
と、亜美が言った。
「水野裕也は、どうやって、神戸由紀子の居場所を突き止めたのかしら?顔を変え、夜の街にいる彼女を探し当てるというのは、かなりの凄腕だわ。神戸由紀子のヒモだった男にそんな能力があるとは思えないけれど・・。」
剣崎が言うと、一樹も亜美も、首をひねった。
「では、剣崎警部補は、どう考えていらっしゃるのですか?」
と、亜美がいつもとは違う、丁寧な口調で訊く。
「水野裕也を動かしている人間がいるのではないかという事です。確かに、武田敏の家では、怪しげな事が行われていた。そして、それを憎んでいる人間が、武田敏を殺害するため、水野裕也を使った。水野裕也は、東京で神戸由紀子に捨てられて恨みを抱いていたのでしょう。それを利用したのではないかと・・。」
「怪しげな事とは何でしょう?」
と、亜美が訊く。
「私は、あの場所に立ってレイさんの背に手を当て、シンクロした映像を見ていました。そこには、日常の暮らしとは違う、異様な道具が置かれていました。鞭とか鋸とか、SMクラブか、あるいは人体実験か・・そういう怪しげな事を仕込んでいる場所ではなかったかと思います。」
「まさか、名古屋の秘密クラブの為に作られた場所と?しかし、秘密クラブは神戸由紀子が顔を変えてから始めたんじゃ?」
と一樹が言う。
「いえ、きっと、もっと以前からあったのでしょう。神戸由紀子がどこまで関わっているかは判りませんが、駒ケ根の事件のあと、整形して、エメロードで、秘密クラブの客を見つける役割を果たしていたのかもしれません。もしかすると、東京にいた頃から関与していた可能性もあります。」
剣崎が言うと、一樹が応えるように言った。
「そうなると、名古屋だけでなく、東京にも同様の秘密クラブがあり、それらを取り仕切る大きな組織があるという事になる。武田敏も神戸由紀子もその一員で、駒ケ根の事件の後、組織の人間を消そうとする存在に気付いて、名古屋に逃げ、その組織に助けを求めたという事でしょうか?」
「そう考えると、つじつまが合うでしょう?」
と、剣崎が言うと、レイも亜美も概ね納得したようだった。
「じゃあ、例のEXCUTIONER(死刑執行人)は、その組織をつぶそうとしているという事でしょうか?そのために、水野裕也を利用した。だが、それほどの組織の情報をどうやって入手したんだろう?」
一樹は少し疑問が残っていた。だが、自分たちの目の前にある事件が、単に猟奇的な女性殺害事件ではなく、連続殺人事件であることは確実だった。そして、この先も、EXCUTIONER(死刑執行人)は、この組織をつぶすために、殺人を続ける可能性があることも確実に思えた。

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黄色い髪の男-1 [デジタルクライシス(シンクロ:同調)]

「水野裕也を追いましょう。その先に、EXCUTIONER(死刑執行人)がいるはずです。松本から先の足取りを掴めば、何か接点を発見できるかもしれません。」
「そうね。・・先日、防犯カメラの映像から水野裕也が割り出されたから、生方に調べさせていたの。そろそろ、何か判るんじゃないかしら?生方、水野裕也の足取りはどうなってる?」
会議スペースから、名古屋に居る生方に向けて、剣崎が呼びかけると、モニターに生方の姿が映し出された。
『・・残念なお知らせです。水野裕也はすでに、死んでいました。』
生方は、少しもったいつけるような言い方をした。
「どういうこと?」
剣崎の厳しい声が飛ぶ。生方は顔を引きつらせて答える。
『はい。本庁から、水野裕也の死亡報告書が送られてきました。松本市内の廃ビルの一室で、遺体で発見されていました。DNAサンプルから、水野裕也だと特定された様です。死亡推定時期は、駒ケ根事件のあった頃です。』
「死因は?殺害されたの?」
剣崎の厳しい声はさらに続く。
『ええっと・・死因は自然死。外傷などはなく、衰弱死との鑑定です。』
「事件の後、廃ビルで自殺?」と、一樹が呟く。
「いえ、自殺とは限らないでしょう。衰弱死ということは、餓死という事もあり得る。誰かに長期的に監禁され、何も与えられなければ、三日もあれば死に至ることもある。」
剣崎が一樹のつぶやきに応えるように言った。
「その廃ビルの出入の記録は?」と、剣崎。
『駅裏の廃墟同然のビルで、監視カメラなどありません。ただ、駅前のカメラで、水野裕也らしき、黄色い髪の男を発見しました。その男が、廃ビルの方角へ歩いていくのは、確認できたのですが、そこまででした。』
生方はできる限りの捜査はしているようだった。
「水野裕也と思われる男が確認できた日付けは?」と剣崎。
『駒ケ根の事件の翌日の昼前11時。事件の後、ここへ向かったという矢澤さんたちの捜査結果と一致します。事件を起こしてここまで来て、罪の意識で自殺という事もあるんじゃないでしょうか?』
と、生方が安直に答えると、剣崎が
「殺害して、松本まで来て自殺なんてあり得ないわ。それに、あの時感じた・。」
と、言いかけて、止めた。そして、レイを見た。
 レイは小さく頷いた。
それは、武田敏にシンクロした時、首筋に感じた皮手袋の手からは、罪の意識など微塵も感じなかったからだった。むしろ、悪への制裁、正義の鉄槌を降ろしているという、プライドのようなものさえ感じたからだった。
「水野裕也の遺体が見つかったのはいつ頃なの?」
と剣崎が訊く。
『それが・・我々が名古屋に向かった頃なんです。』
「発見のきっかけは?」
『住民からの通報でした。異臭がするから調べてほしいという匿名の電話のようです。現場に向かった警官が、ビル内を探しまわって、地下室で、ようやく見つけたようです。』
生方が言うと、剣崎が訊く。
「変ね。・・住民が異臭がするという電話をするくらいなら、現場に入った警官もそれほど苦労することなく遺体を発見できたでしょう?」
『ええ、そうなんです。遺体は殆んどミイラ化していて、臭気などはすっかり消えていたはずなんですが・・・。』
生方のあやふやな答えに、剣崎は黙り込んで、何か考えているようだった。
水野裕也が死んだことで、EXCUTIONER(死刑執行人)との繋がりの糸が切れてしまった。これも、EXCUTIONER(死刑執行人)が仕組んだ事ではないかと考えていたのだった。
「現場に行きましょう。生方、発見した警官に立ち会うよう、手配して!」
剣崎が言うと、すぐにトレーラーが動き始めた。駒ケ根インターから松本インターまで中央道でほんの1時間程度だった。
その間も、剣崎は一樹や亜美と事件について話し合っていた。
「剣崎さん、これ、駒ケ根の雑居ビルで回収したたばこの吸い殻なんです。水野裕也が潜伏していた部屋にあったので、剣崎さんのサイコメトリーの能力で、なにかみえるんじゃないかと・・。」
一樹は、剣崎にビニール袋に入ったタバコの吸い殻を手渡した。
「吸い殻?」
剣崎は、袋の中から吸い殻を一つ摘まみだして、そっと掌に載せた。
剣崎は、暫くそれを見つめた後、静かに目を閉じ、何かを念じるようなポーズを取った。レイは剣崎の手を握る。こうする事で、剣崎の能力がより研ぎ澄まされる事が判ったからだった。
剣崎の髪の毛が少し膨らんでいるように見える。
5分ほどの沈黙の後、剣崎は掌のたばこの吸い殻をぽとりと机の上に落とし、気を失った。しばらくして、剣崎が顔を上げる。
「少しだけ・・見えたわ・・。神戸由紀子に向かって罵倒していた。そして、神戸由紀子は何度も何度も頭を下げていた。詫びているのか、あるいは、脅されて許しを請うているのかは判らなかったけど。」
剣崎と手を繋いでいたレイが、付け加える。
「神戸由紀子からは悲しみの思念波が感じられました。後悔なのかも知れません。過去にあった何かを悔いている、そんな感じです。」
「水野裕也は、神戸由紀子のヒモのような存在だったはず。脅されるような関係とは思えないが・・。」
一樹が言うと、亜美も口を開く。
「水野裕也が謝罪するというなら判りますけど・・もっと以前に、神戸由紀子の秘密か何かを握っていて、その頃から脅していたんでしょうか?」
「弱みを握って脅していた。それから逃れて、駒ケ根に隠れていたのを見つけ、再び脅された?だいたい、神戸由紀子の居場所をどうやって突き止めたんだろう。ますますわからない事が増えてようだな。」
一樹が愚痴めいた言葉を口にしたころ、トレーラーは松本市内に入っていた。

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黄色い髪の男-2 [デジタルクライシス(シンクロ:同調)]

水野裕也の遺体発見現場の廃ビルに着くと、すでに警官が二人待機していた。剣崎たちが車から降りると、さっと、現場に案内する。遺体発見からずいぶん時間が過ぎていて、あらかた片付いてしまっていて、部屋の隅には壊れた机や椅子などが積み上がっていた。
「遺体はどこに?」
剣崎が訊くと、警官の一人が、部屋の隅を指さして話した。
「部屋に入った時は、薄暗くてすぐには遺体があるとは思えませんでした。遺体の周囲には机や椅子が積み上がっていて、壁のようになっていたので、そこの奥に何かあるような気がして覗いたら、段ボールが積んでありました。何か、布団のような感じだったので、持ち上げたところ、ミイラ化した遺体を発見しました。遺体搬出のため、周囲の机や椅子は撤去してしまいました。」
周囲から見つからないよう、隠れ家の様にしていたのか、段ボールは寒さ避けのためか、布団代わりに使っていたのか、やはり、自然死なのだろうか、と警官の話を聞きながら、一樹は考えていた。
「通報した住民は?」と剣崎。
「それが・・、匿名で廃ビルに遺体があるようだと告げただけでした。初めは悪戯ではないかと考えましたが、一応、調査だけはした方が良いだろうと、駅前派出所から我々が出向いたというところです。」
と、もう一人の警官が答える。
「良く、こんな部屋まで調べたな。」
と、一樹が言うと、先ほどの警官が答える。
「ほかの部屋は、ほとんど空っぽでしたから、手間はかかりませんでした。この地下室だけ机や椅子、ゴミが散乱していて、遺体があるとすれば、ここしかないと考え、丹念に調べました。」
「ほかに何か気になるような事はありませんでしたか?」
と、亜美が訊いた。
警官の二人は、顔を見合わせる。そして、先に遺体の場所を説明した警官が口を開いた。
「実は、この部屋には、鍵が掛かっていたんです。」
「鍵?」と、亜美。
「ええ、それで、ドアノブを壊して、中に入りました。あの遺体は自ら部屋の鍵をかけ、衰弱死したのだろうと考えました。」
「やはり、自殺かしら?」と、亜美。
「判りました。暫く、部屋の状態を確認します。もう、結構です。」
剣崎がやや冷たく警官に向かって言った。警官たちは少し機嫌を悪くして、現場を離れた。
警官たちが去った後、レイが部屋に入ってきた。
「じゃあ、レイさん、お願い。」
剣崎が言うと、レイは遺体があったと思われる場所に立ち、目を閉じ、水野裕也が残した、かすかな思念波を捉えようとした。5分ほどの時間が流れた。
「駄目です。・・何も感じません。」
レイはすまなそうな顔で言う。
「やはり、自殺という事かしら?」
と、レイを労りながら、剣崎が言った。
ふと、足元に小さな紐状の物が落ちているのを見つけた。
「何かしら?」
と、呟きながら剣崎が拾い上げた時、剣崎の脳裏に、いきなり、男の映像が浮かんだ。剣崎は驚いて、紐状のものを落としてしまった。
「どうしたんですか?」と、亜美が訊く。
剣崎は何も答えず、足元に落ちている紐状のものをゆっくりと拾い上げ、今度は慎重にサイコメトリーした。
黄色い髪の男が、手首と足首を結束ヒモで縛られて、横たわっている。既に、死んでいる様子だった。ヒモで縛られた箇所には血が滲み紫色に変色している。口元にも、猿轡がされていて、声は出せない様子だった。
「水野裕也が、殺されたのは間違いないわ。ここではなく別の場所で。そして、遺体がここへ運び込まれた。」
剣崎はそう言うと、サイコメトリーで見た様子を一樹たちに話した。
「水野裕也も、EXCUTIONER(死刑執行人)に殺されたのか・・。」
剣崎たちは、遺体発見の現場を離れ、トレーラーハウスへ戻った。
「生方、水野裕也の動きを正確に説明して!」
剣崎は、生方に命令した。
「最初の発見映像は、駒ケ根の事件の前日。そして、矢澤刑事たちが調べた事から、事件の翌日の早朝に、駅前のコンビニに立ちより、駅から松本へ向けて電車に乗る所が駅員に目撃されていました。そして、その日の午後2時には松本駅前で監視カメラで捉えられています。」
「一応、時間軸はあっているようね。」と、剣崎。
「じゃあ、2時以降に殺されてここへ?何だか、殺されるためにここへ来たみたい。どういうことなのかしら?」
亜美は混乱しているようだった。
「全て、EXCUTIONER(死刑執行人)の指示に従っていたんじゃないか?武田敏を殺害したという報告のために、松本へ来た。そして、殺された。・・だが、そいつがどこの誰なのか、全くわからない。」
一樹が言うと、亜美が一樹に訊く。
「どうして、水野裕也が殺されたの?自分の手下だったんじゃないの?指示通り、武田敏を殺害したのなら、殺される理由がないでしょう?」
「いや、そうじゃないだろう。元々、水野裕也には殺される理由があった。それを見逃す代わりに、武田敏を殺せと命じたとは言えないか?そして、成功し、用なしになったから結局殺された。」
「じゃあ、水野裕也が殺されるような理由って何?恨み?大罪?神戸由紀子のヒモで、風俗店のボーイだったんでしょ?」
亜美は食い下がるように言う。確かに、明らかな理由が見つからない。
「でも、あの映像発見から、すでに3人の殺害事件が繋がったのは事実。必ず、手掛かりはあるはずよ。二人はもう少し、ここに残って捜査を続けてください。」
剣崎はそう言うと、レイを連れてトレーラーを降り、迎えに来ていた黒いバンに乗って、名古屋方面へ戻って行った。

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黄色い髪の男-3 [デジタルクライシス(シンクロ:同調)]

松本に残された一樹と亜美は、翌朝から、廃ビル周辺で聞き込みをして、事件前後に廃ビルへの出入りがなかったかを調べた。聞き込みをしている刑事がいると聞いて、松本駅前の不動産屋が話があると連絡してきた。すぐに、二人は不動産屋に向かった。
駅前の小さなテナントビルの1階の事務所で、二人は担当者から話を聞いた。
現れた担当者は、猫背で少し俯きがちの気の弱そうな30代の男だった。何故か、彼は、二人を前に、周囲に聞こえないように小声で話した。
「あの廃ビル、うちで売却を頼まれているんですが・・・・なかなか買い手がつかず。近々、取り壊しになる予定だったんです。・・死体が発見されたとなると、売れないのは確実。取り壊しを急ぐつもりなんですが・・宜しいでしょうか?」
不動産屋の担当者に訊いた。
「まあ、仕方ないでしょう。殺人事件かどうか定かではありませんし、もう、これといって現場証拠も残っていませんから・・。」
「そうですか。では、すぐに取り掛かります。」
担当者は少し安心したような表情を浮かべた。
「ところで、あの廃ビルはどなたかの持ち物なのですか?」
亜美が訊いた。
「ええ、以前は、ヤマキ商事という会社が所有していたんですが、倒産してしまって、差し押さえ物件となったので、わが社で売却を委託されているんです。」
「倒産ということなら、差し押えた銀行か、裁判所の競売に掛かるんじゃないんですか?」
と、一樹が訊く。
「はい、銀行からの連絡で、所有権はMMコーポレーションという会社に移っていると聞いています。そこからの指示で、取り壊しにする事になったんです。」
不動産屋の担当者から一通り話を聞いて店を出た。
一樹と亜美は、駅前のファミレスに入り、昼食をとることにした。亜美は、待っている間、スマホを捜査している。
「ねえ、一樹。MMコーポレーションって、この近くみたいよ。」
「何をやってる会社なんだ?」
「さあ・・後で、行ってみる?」
「そうだな。何も手掛かりがないんだ。とりあえず行ってみるか。」
食事を済ませると、そこからタクシーでMMコーポレーションへ向かった。
「この辺りみたいね。」
亜美がスマホのマップで場所を探す。だが、そこは街の郊外で、周囲にはこれといった建物はない。街道沿いに古い町並みはあるが、MMコーポレーションの場所は、小さな小屋がぽつんと建っているだけだった。明らかに、空き家のようだった。
「ペーパーカンパニーか。」
一樹は、少し予想がついていたような口ぶりだった。
「じゃあ、本当の所有者は別にいて、身分がばれないようにしているってこと?」
「おそらく・・そいつがこの事件の鍵になる人物かもしれないな。」
一樹はそう言うと、ふいに思いついたように言った。
「なあ、確か、武田敏の家も更地になっていたが、誰か相続人はいたんだろうか?ひょっとして、あの家も、MMコーポレーションの所有ってことはないかな。」
「え?・・じゃあ、生方さんに調べてもらったら?」
すぐに、生方に連絡を取り、武田敏の家のあった土地所有者を調べてもらう事にした。すぐに、生方から返答が返ってきた。
『たしかに、武田敏には身内がなく、事件の後、競売に掛かって、KN企画という会社が購入したようです。今、KN企画という会社を調べているんですが、つい最近、解散したようです。今は、誰も所有していない土地という事になりますね。』
「KN企画という会社は何をしていたか判りますか?」
『いえ、実態は不明です。登記簿では代表者名はあるんですが、すでに亡くなっていました。やはり、ペーパーカンパニーじゃないでしょうか?それと、MMコーポレーションも調べてみましたが、代表になっている人物は、名古屋市在住でした。電話で確認しましたが、そんな会社は知らないと話していました。たぶん、勝手に名義を使ったようです。・・まあ、こうした事はよくある事ですが・・』
やはり、松本の廃ビルと同様、ペーパーカンパニーが存在していた。二つとも、おそらく、バックには同じ人物、あるいは組織が存在している可能性が考えられた。
「生方さん、もう少し、二つの会社の事を調べてもらえませんか?何か、共通項が見つかれば、そこから、事件の糸口がつかめるかも知れません。」
『了解しました。・・それで、御二人はこの後は?』
一樹は、生方から、「御二人」と呼ばれて少し居心地の悪い感覚を覚えた。
「水野裕也を殺した男がEXCUTIONER(死刑執行人)の可能性があります。もう少し、ここで水野裕也の目撃情報を集めてみます。」
生方には、そう言ったものの、一樹には、当てがなかった。殺害して、あの場所に遺体を運んだのは間違いない。だが、あれほどの猟奇的な殺害をやって画像をネット上にアップする大胆な相手が、簡単に、水野裕也の殺害の証拠を残しているとは思えなかった。おそらく、深夜から早朝の人通りの少ない時間帯に、廃ビルに入り遺体を放置したはず。目撃者はいないだろう。実際、ここ数日の聞き込みでも何の情報もつかめていない。じっと、一樹は押し黙っていた。こんな時、たいていは亜美が突拍子もないことを言い出して、壁を突破していけたのだが、今回だけは亜美にも良いアイデアはなさそうだった。二人は沈黙したまま、松本駅前に戻り、駅前のベンチでぼんやりと周囲を見ていた。
駅前にはコンビニがあった。そこから、レジ袋に入った弁当を持った買い物客が出て来る。
「ねえ、確か、水野裕也は弁当を二つ買ったって言ってたわよね?」
不意に、亜美が言った。
「ああ・・。」
「どうして、二つ買ったんでしょう?早朝から、一人で二つは食べないでしょう?最初は、神戸由紀子と待ち合わせのためだと考えていたけど、そうじゃなかった。じゃあ、いったい、誰と食べたのかしら?電車の中で、誰かと会っていたんじゃないかしら?」
「そうか・・駒ヶ根駅で落ち合うんじゃなくて、電車で落ち合う相手がいた。そいつのために弁当を買った・・。松下行きの電車か・・。」
一樹と亜美は、生方に連絡し、長野県警鉄道警察隊の協力を得られるよう手配して、松本駅の係員室へ向かった。

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黄色い髪の男-4 [デジタルクライシス(シンクロ:同調)]

一樹と亜美が、松本駅の係員室で待っていると、鉄道警察隊の担当官が現れた。一樹が、捜査している事件のあらましを話すと、担当官は、厳しい顔を見せた。
「そんな昔の事を覚えている駅員が見つかりますかね?」
「いや、水野裕也は黄色い髪で目立つはずです。殺人事件を起こした直後で、挙動不審になっていたかもしれない。些細な事でも良いんです。手掛かりになれば。」
一樹が、何とか説得して協力を求めた。
「判りました。情報を集めてみましょう。」
担当官はそう言うと、駅員とともに、当日の日誌などを探し出し、勤務していた駅員から情報を集め始めた。
「亜美、俺たちは、駅周辺のコンビニや店舗を回ろう。当日だけでなく、その前後とか、深夜や早朝に怪しい人物を目撃しなかったか聞いて回るんだ。」
一樹と亜美は駅を出て周辺にもう一度聞き込みを始めた。
二日ほど経って、鉄道警察隊の担当官から連絡が来て、その日の列車の車掌を連れて来た。ぼんやりと「黄色い頭髪の男」の事を覚えていたというのだ。その男は、3両目の客車の最後尾の席に座っていた。サングラスとマスクで顔は判らなかったが、黄色い頭髪だけは覚えていた。
「誰かと一緒だったのでは?」と一樹が訊く。
「いえ・・駒ヶ根から乗車して、松本まで独りだったと思います。」と、車掌。
「しかし、ずいぶん以前の事なのに、よく覚えていましたね。」
と、一樹が訊くと、その車掌は少しばつの悪い顔を見せた。
「実は、その人とちょっとトラブルがありまして・・。」
「何があったんですか?」
「いえ・・それは・・。」
車掌は話すのを少し躊躇っている。
それを見た、鉄道警察隊の担当官が、車掌に正直に話すように促す。
「他のお客様から、ちょっとしたクレームがあったんです。車内に不気味な男がいると・・私は、咄嗟にその黄色い頭髪の方だと思い、声をかけたんですが・・実は、全く別のお客様のことだったのです。軽率に見た目だけで決めつけてしまって・・車掌として恥ずかしいことをしたと今でも心に残っているんです。」
「それで覚えていたというわけですか・・ちなみに、不気味な客というのは?」
と、一樹が訊く。
「ええ、大きな籠を大事に抱えて、近くの客を睨みつけていらっしゃる方が隣の車両に居られました。不気味だったのは、何かその籠から聞こえてくる唸り声のような音だったんです。聞いてみると、飼い猫を連れておられたんです。周りに迷惑になるのではと本人は気を使って周囲を見ていたようですが・・それが、睨み付けているように見えただけでした。」
「ほかに、何か気付いたことはありませんか?」と亜美。
「窓のところに、コンビニ弁当を二つ置いていました。しかし、手を付けていない様子で、そのまま、降車の際に持って行ったはずです。席には何も残っていませんでしたから・・。」
「切符は?」と一樹。
「松本まででした。」
車掌の話は信用できるものだと、一樹も亜美も確認した。やはり、一人で松本に到着したのは間違いない。では、松本駅の周辺で誰かと会ったという事になる。監視カメラで確認できたのは一人で街中に消えていくところだけだった。廃ビル周辺での目撃情報はなかった。
「松本駅に着いてから、一体どこへ行ったんだろう?」
松本市内で誰かと会い、殺され、あの廃ビルに運ばれたに違いないが、廃ビルへ出入りした者の目撃情報は拾えなかった。
「大きなカバンか箱に入れられて、廃ビルへ運ばれたはずなんだが・・。」
一樹は独り言をつぶやいている。
目の前の商店街の入り口に、軽トラックが止まっていた。後部に積まれた段ボール箱を男二人で重そうに運び降ろしている。何とか台車に乗せると、商店街に入っていく。何気なく、段ボールを目で追っていくと、店主らしき男が配送票にサインをして、何か奥を指さした。すると、男二人が再び重そうに中に運び入れた。暫くすると、配送の男二人が汗をぬぐいながら、店から出て来て軽く頭を下げて、軽トラックに戻ってきた。
「そうか・・殺した犯人が自分で遺体を運ぶとは限らない。もし、EXCUTIONER(死刑執行人)が複数人の組織だとしたら、殺して遺体を箱に詰める者と、遺体を遺棄した者とに分担していれば、廃ビルの出入は、配送業者の類かもしれない。それだと、周囲に不審に思われることなく、遺体を運ぶことができる。運んでいる業者も、まさか遺体だとは思っていないから、周囲に怪しまれるなんてことはないだろう。確か、遺体の上には段ボールがかぶせてあったはず。遺体はその段ボールに詰めて運ばれたんじゃないか?」
一樹は、頭の中で組み立てた考えをそのまま口にした。
「じゃあ、配送業者を当たってみましょう。」
一樹の独り言を聞いていた亜美が、応えるように言い、すぐに、地元の配送業者に当たり始めた。数時間で、廃ビルに段ボールを運んだ業者は、個人で営業をしている平木運送と判明した。
「ええ、大きな段ボール箱で、中身は書類だと聞いて、届けました。」
平木運送の社長、といっても社員は二人ほどの小さな会社の社長で、軽貨物を使って、自ら配達もしている人物だった。
社長はそう言って、その日の配達伝票の記録を探し出してきた。届け先は確かに、あの廃ビルの名前だった。
「受け渡しは?」と一樹が訊く。
「それが・・指定の場所に段ボールを取りに行って、そのビルの入り口に運ぶだけで良いって言われて。ええ、全て、電話でした。男の声だったと思います。代金は、段ボールに貼り付けた封筒にちゃんと入っていましたし、そういう注文はよくある事なので、特に、不審には感じませんでした。ちょっと重かったので、アルバイトと二人で運びました。」
「じゃあ、送り主も受け取り主の顔は見ていないんですね。」
「はい。伝票もこちらで聞き取って書いたものですし、名前は山田と名乗っていましたが、本名かどうかは判りませんね。」
一樹と亜美は伝票を確認した。それは、水野裕也が松本駅の監視カメラで確認された翌日だった。

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