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水槽の女性-12 [デジタルクライシス(シンクロ:同調)]

「残念だったな。大人しく、答えてくれていれば良かったのに。あんたが、ああいう連中を引っ張り出したから、こうなったんだ。」
一樹はそう言うと、カルテを持ち、ビルを出た。出口にはすでに、愛知県警の警官が数人いた。
「ご苦労様。・・奥の部屋に、男が二人、のびてる・・・。」
一樹はそう言うと、亜美とカルロスと一緒に、自分たちの車に乗り込んだ。ほどなく、剣崎から連絡がきた。
『データベース照合で、本名、神戸由紀子と確認しました。三年ほど前、一人暮らしの女性殺人と強盗の容疑で指名手配されていました。詳しい事は戻ってからにします。』
トレーラーに戻った一樹たちを前に、生方がモニターに映し出した「神戸由紀子」に関する情報を見ながら、自慢げな顔で報告した。
「本名、神戸由紀子、三十三歳。本籍地は、静岡市。十六歳の時に家出し、東京に居たようです。風営法違反で一度検挙されていました。その後の様子はつかめていませんでしたが、三年前に、長野県駒ケ根市の老女殺害現場で採取された指紋と周辺捜査からの目撃情報から、神戸由紀子による強盗殺人と断定され、指名手配されていました。」
「ということは、長野で犯行後にすぐに名古屋に来て、指名手配から逃れるために整形したということになるな。」と一樹。
「その事件が、彼女が殺された原因かしら?」と亜美。
「いや、そうじゃないだろう。そんな理由なら、警察に通報すれば良い。顔を変えても、指紋が一致すれば、本人と確認できる。それに、あの殺し方は、深い恨みを晴らそうという感じがした。もっと別の理由だろう。」と一樹。
「東京での様子はすでに部下の捜査員が調べています。それと、長野での事件に関しては、生方に捜査資料の分析を指示しました。」と剣崎が言うと、生方が立ち上がって、モニターに資料を映し出した。
「長野の事件ですが、被害者は、武田敏さん、八十五歳。駒ケ根市の郊外で、一人暮らしだったようです。事件のひと月ほど前、若い女性が住み着いて、敏さんの身の回りのお世話をしていたという近所の方の話でした。遠縁の姪が来たのだと話していたそうです。」
「行き場を失くして拾われたか、あるいは、うまく騙して潜り込んだか。」
一樹が言うと、生方が「ええ・・敏さんは少し認知症のところがあったそうで・・きっと、そこに付け込んだのでしょう。」と答える。
「殺害の様子は?」と一樹、
「死因は溺死。遺体は風呂場で沈んでいたとの事でした。当初は、事故と判断されていたようですが、敏さんの預貯金が、事件の前日までに、ほとんど引き出されていた事から、強盗殺人という見方に変わって、再度、指紋採取などを行った結果、前歴者データにあった、神戸由紀子の指紋と一致したため、指名手配したという経過でした。」
生方が捜査資料の該当部分をモニターに映し出しながら報告する。
「恩を仇で返したということか・・。」
苦々しい表情で一樹が言った。
「ただ・・彼女の単独の犯行かどうかは定かではないようです。」と生方。
「共犯者がいた?」と一樹。
「指紋採取で、神戸由紀子以外の指紋が幾つか採取されていました。ただ、それが犯行に関わっていたかは判断できなかった。神戸由紀子の指紋は、敏さんの遺体周辺に多数発見されていたため、確実だったようですが・・・。」
「そのほかの目撃証言とか。物証とかは?」
「いえ・・なにぶん、田舎町で被害者宅の周辺にはあまり人家もなく、これといった証言はなかったようです。神戸由紀子の姿も数回目撃されているだけで、指紋以外には何も出ていません。殺害の状況確認も、溺死とは判明していますが、どのように沈めたのかは判っていません。」
「じゃあ、神戸由紀子が殺害したという確たる証拠はないという事なんだな。」と一樹。
「ええ、そうです。」と生方。
「随分と粗い捜査だな。別に採取された指紋の持ち主が犯人とも考えられるだろう。」
一樹は少し憤りを感じながら言った。
「いずれにしても、我々の目的は、長野の殺人事件ではなく、神戸由紀子の殺害事件の真相究明です。判ったことは、彼女が事件に関与し、顔を変えたという事だけです。まだ、彼女が殺害される動機すら掴めていません。顔を変えた後の彼女が、ここでどんな暮らしをしていたのか、強い恨みを買うような悪事を働いていなかったか、そして、その恨みを持つ人物は誰なのか、もっと調べる必要があります。」
剣崎は厳しい口調で言った。
「サチと名乗って、キャバクラ譲をしていた事は、あの歯科医から聞いた。男に貢がせてややこしくなるとその筋の輩が現れていたらしい。その男たちの恨みの線が強いと思うが・・」
一樹が言うと、
「そのあたりが最も近そうですね。矢澤刑事と紀藤刑事で、強い恨みを抱く人物を突き止めなさい。生方は、例の整形外科医の聴取の情報を入手して、彼女があの病院へ紹介した人物が誰なのかを突き止めなさい。おそらく、あの辺りをシマにしている暴力団関係者でしょう。判明したら、カルロスの出番です。良いですね。」
剣崎はそう言って立ち上がる。
すぐに、一樹と亜美は栄に向かい、歯科医を訪ねた。診療開始前の時間、歯科医院には誰もいなかった。
「ああ・・サチか?・・確か、エメロードというキャバクラだったかな?・・」
受付前の椅子に腰かけて、安西医師はそう答えた。
「確か、男たちに貢がせていたとか・・。」と一樹。
「ああ、他のキャバ嬢から聞いた話さ。整形とはいえ、あれだけの美貌とスタイルだからな。それに、彼女は頭が良かった。ここに来た時も、始めはあどけない顔で大人しそうに見せて、少し馴染むと相手の懐にすっと入ってくるような・・油断ならない感じだったな。・・時々、悲しげに見せる事も忘れていないから、バカな男はコロッといっちゃうんだろう。・・まあ、騙される方も大バカだよ・・」
呆れたような顔で安西医師は言った。

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