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水槽の女性-6 [デジタルクライシス(シンクロ:同調)]

暫くして、レイが目覚めた。
これまで感じたことがないほどの苦痛だったため、自分では起き上がれなかった。亜美に支えられながら、会議スペースに現れる。
「大丈夫か?」と一樹が労わるように声を掛ける。
「ええ・・もう大丈夫です。ご心配をおかけしました。」
レイはゆっくりと椅子に腰かける。
「シンクロして判ったことは、あまりありませんでした。・・ただ、最初のところで、何か遠くで、音が聞こえたようでした。それと、匂い。特別な匂いでした。油ではなく薬品のような・・うまく言えませんが、工場の中という感じでした。」
「他には?」と剣崎。
「彼女の記憶なのか定かではありませんが・・・大きな橋・・白い橋が幾つか連なっていて・・下の方に船が・・港が見えたんです。」
「港、連なる白い橋。」と剣崎が繰り返すと、作業スペースに居た生方が、パソコンの前で何か始めた。
「候補は、東京、大阪、名古屋あたりでしょう。」
作業スペースから、生方が言う。
「もっと絞り込んで!」と剣崎の厳しい声が飛ぶ。
「これではどうでしょう?」と生方が答える。
会議室スペースにあるモニター画面に、白い橋が連なる風景が映し出された。
「トリトン?」と亜美。
「ええ、そうです。名古屋港にかかる三連のつり橋トリトン。真下が名古屋港。おそらく、聞こえた音は、船の汽笛でしょう。」
生方は得意げだった。
「どう?」と剣崎がレイに尋ねる。レイは画面を見つめ、シンクロした思念波から感じた映像と重ねる。
「ええ・・おそらく・・こんな風景だったと思います。」
「すぐに、名古屋へ。」
剣崎が言うと、いきなりトレーラーが動き始めた。
「これから行くのか?」
一樹は驚いて訊いた。
「時間が経てば、どんどん不確定な情報が増えて、とんでもない方向へ行ってしまうでしょう。レイさんが感じた事をまずは検証するのよ。」

トレーラーは一時間ほどで、名古屋港に着いた。しかし、名古屋港には幾つも埠頭があり、周辺には多数の工場がある。場所を特定するには膨大な時間が必要だと感じた。
「ここから、どうやって場所を特定する?」
一樹はうんざりした表情で剣崎に訊いた。
「もう、手は打ってある。そろそろ答えが届くはず。」と、剣崎は自信満々に答える。
画面には、リストと地図が映し出される。
「愛知県警は意外に動きが良いわね。これは、過去二年間で閉鎖になった工場。現場は廃工場のはず。これだけ絞り込めたのなら、あとは実証検分でしょう?」
剣崎はそう言うと、一樹を見た。
「まさか、これを一つずつ調べるのか?・・まだ、三十カ所以上はある。・・それに、廃工場だけとは限らないんじゃないか?」
一樹は抵抗した。
「確かに、この中に含まれていない可能性もあるわ。でも、トリアージした方が効率良いでしょう。さあ、矢沢刑事、所轄の得意技、足で稼いで情報を精査して!」
「しかし・・」と一樹が言い掛けたところで、ガタイの良いカルロスが矢澤の肩を掴んだ。そして、強引にトレーラーの外へ連れ出した。
「分かったよ!・・まったく・・お前のボスは人使いが荒いな!」
外に出ると、黒いバンが待っていた。一樹はバンに押し込まれるように乗せられ、地図とリストをもとに出かけて行った。

「レイさん、もう少し力を貸して。これから、彼らがリストの工場の映像を送ってくる。それを見て、現場の可能性が高い所を絞り込んでほしいの。」
剣崎の言葉が少しやわらかくなったのに、亜美は違和感を覚えた。
「判りました・・。」
レイは小さく答えた。
「剣崎さん、少しレイさんを休ませてあげてください。シンクロするのはとてもエネルギーが必要なんです。」
亜美はレイの体を気遣い、剣崎に懇願する。
「あなたは警察官なの?それとも単なる付き添い?」
剣崎は、亜美に冷たい視線を向けながら言う。
「大丈夫よ、亜美さん。まだ、疲れていないわ。大丈夫。」
レイが言う。
「でも・・。」
「さあ、始めましょう。」
剣崎はそう言うと、レイの横に座り、身を寄り添うようにして、そっとレイの手を握った。亜美は、その様子に再び違和感を覚えた。そうしている間に、一樹たちが最初の廃工場に着いたようだった。
「映像が届きました。モニターに映します。」
生方が作業スペースから言うと、黒いバンの車載カメラが捉えた、該当の工場周辺の映像が届き、モニターに映し出される。じっとモニターを見つめるレイ。
「ここじゃないわ・・。」
レイが答える。すぐに、次の候補先へ向かう。同じように映像が映され、レイが首を横に振る。十カ所ほど回ったところで、レイが「ちょっと待って。」と叫んだ。まだ、次の候補に到着する前だった。周囲には、更地が広がっている。
「ここか?」
黒いバンのウインドウ越しに一樹は外を見ながら怪訝そうに言った。
「ここは更地だぞ?こそれにリストには載っていないぞ・・。」
映像をじっと見つめ、レイはさらにシンクロする。

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