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水槽の女性-7 [デジタルクライシス(シンクロ:同調)]

「ここだと思うんです。・・彼女の思念波の欠片が・でも、映像では・・。」
レイは不安な表情を浮かべて答える。
「すぐに、現場へ。」
剣崎が言うと、トレーラーが動き始める。ほんの数分で、一樹たちがいる現場に着いた。周囲には、幾つもの工場が建ち並んでいるが、閉鎖されているところも多く比較的静かだった。レイと剣崎、亜美がトレーラーから降りると、一樹たちが待っていた。更地になっている場所に入ってみると、そこが工場だったことを示すコンクリートの基礎が残っている。一角には、撤去した資材の一部が放置されたままだった。
「何も残っていない。本当にここなのか?」
一樹が言う。
「ええ・・ここ・・この場所・・」
レイがそう言いながら、更地全体を見渡すように視線を動かす。そして、思念波を感じる方向に歩きはじめる。剣崎がレイを支えるように歩く。その様子に、一樹も違和感を覚えた。
「おい・・亜美・・あれ」
一樹は小さな声で亜美に言った。亜美は、一樹が言いたいことが判ったというように小さく頷く。更地の真ん中あたりまで来るとレイが立ち止まる。
「ここ・・ここです。思念波の欠片を感じます。」
皆、周囲を見回し、何か・・被害者の女性と繋がる何かを見つけようとした。だが、工場と思われる建物の基礎コンクリートや鉄筋が転がっている程度だった。
「レイさん、何を感じるの?」
剣崎が、レイの手を取り訊く。レイは目を閉じ、さらに集中して思念波の欠片を捉えようとする。レイの顔が歪む。
「うう・・」
レイが呻くような声を出し、その場に蹲る。亜美は咄嗟にレイに駆け寄り、体を支えようとした。その瞬間、今まで体験した事のない感覚が体を駆け巡る。レイと剣崎の意識のようなものが一気に入り込んできたのだ。特に、剣崎の意識を亜美は強く感じた。レイを支えようと駆け寄ったはずなのに、自分の方が立っていられないほどの衝撃を感じ、レイ、剣崎、亜美の三人とも、その場に蹲ってしまった。
「おい、大丈夫か?」
一樹も駆け寄り、カルロスも剣崎を支えようと駆け寄った。
「そこ・・そこに・・」
蹲りながらレイが、ある場所を指さした。よく見ると、そこには鉄製の板があった。一樹はその板を調べる。錆びついている。どうやら、地下への入り口のようだった。取手を探すと、コンクリートの塊に隠れていた。カルロスが自慢の剛腕を使って、コンクリートの塊をどけ、取手を握り、力任せに引き上げる。
「手伝って!」
剣崎の指示が飛ぶ。周囲に居た部下の掲示隊もカルロスを手伝い、扉を開いた。下に続く階段があった。カルロスが始めに入った。ライトを左手に持ち、ゆっくりと降りて行く。安全を確かめ、合図を送る。一樹や部下の刑事たちが降りると、亜美や剣崎、レイが続く。かなり広い地下室が広がっている。真っ暗で全ての構造は見えないが、いくつか壁や柱があるようだった。レイは、目を閉じ思念波の欠片を探す。そして、思念波を感じる方角を指差す。
「何か、あります!」
先陣を切って暗闇に向かったカルロスが叫ぶ。すぐにその方向へ皆が向かう。ライトで照らし出されたものは、透明樹脂製の大型水槽のようだった。近づくと、鼻の奥を突き刺すような臭気を感じる。そして、水槽の中にはどす黒い溶液が50センチほどの深さで溜まっていた。
「生方を呼んで!」
剣崎の指示が飛ぶ。すぐに、トレーラーに積載している機材が、地下室に運び込まれる。生方が、高揚した表情を浮かべて動き、部下たちとともに、水槽の中を調べ始めた。いくつかの機器で、水槽内の溶液の分析と残留物を収集する。カルロスを現場に残して、剣崎や一樹たちは一旦、トレーラーに戻った。1時間ほどして、生方がトレーラーに戻ってきた。
「かなり変質していますが、この溶液はいくつかの薬品が調合されたもので特定はできませんが、強酸性溶液です。タンパク質や脂質といったものはあっけなく溶解できます。ここは、いわゆる産業廃棄物の処理業を行っていた会社でした。加工食品の材料残渣を溶解する作業も行っていたのでしょう。解体業者もこの薬品のために、手が出せなかったのではないかと思われます。」
生方は分析結果を報告する。
「では、あの女性は・・・。」と亜美。
「ええ・・おそらく、死亡した後、この溶液で完全に溶かされてしまったと考えられます。遺体発見を避けるためでしょう。」と生方が答える。
「そこまで計算して、殺害したということか。それじゃあ、犯人につながる証拠も期待できないな。」
一樹が残念そうに言った。
「いえ、それが水槽の中からこれが出てきました。」
生方が、シャーレに入った「小さな白い欠片」を取り出した。
「それは?」と剣崎。
「セラミック製の義歯だと思われます。被害者の遺留品でしょう。あの薬品では溶解しなかった。女性が全裸だったのは、溶液による遺体消去のためだった。だが、犯人は彼女がセラミック製の義歯をつけていたことは知らなかったということです。もっと分析してみなければいけませんが、セラミック製義歯の中でも、特殊な素材ではないかと思います。」
そう言いながら、義歯の入ったシャーレを剣崎に手渡した。剣崎はその歯を食い入るように見つめ、そして、摘まむように指を伸ばした。剣崎の指が、その義歯に触れた瞬間、剣崎が「ううっ」と呻き、顔を歪める。そして、すぐに指を放し、シャーレを生方に返した。そして、強い口調で生方に指示する。
「あの廃工場の持ち主は誰?他に犯人につながる手掛かりは?現場が特定されたのだから、もっと情報を集めなさい!」
剣崎は、苛立つ感情を抑えきれないような口調だった。生方は驚いて、作業スペースに戻って行った。そして、振り返り、レイの手を取り、「ありがとう。捜査は前進したわ。」と人が変わったような表情で言った。その変貌ぶりに、亜美と一樹は驚きを隠せなかった。


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