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水槽の女性-8 [デジタルクライシス(シンクロ:同調)]

「剣崎さん、現場が特定されたのなら、レイさんの役目は終わったという事ですよね。」と、一樹が剣崎に確かめるように訊いた。
「ええ、そういうとこになるわね。」
「それなら、レイさんを帰してあげてください。随分疲れているでしょうし、ここからは我々の仕事でしょう。」
「そうね。レイさんには感謝するわ。今後もご協力いただけるかしら?」
剣崎はレイを見て言った。
「ええ・・」と、レイは少し微笑んで答えた。
「あの・・一つ、良いでしょうか?」
亜美が少し躊躇いがちに口を開く。
「何かしら?」と剣崎。
「さっき、現場でレイさんが気を失いかけたのを支えようと、肩を抱こうとしたら、とても不思議な感じがしたんです。」
亜美は剣崎をまっすぐ見つめ言った。
「不思議な感じ?」と一樹は亜美に訊く。
「ええ、あの時、レイさんから、剣崎さんの意識を感じたんです。以前、レイさんがシンクロしている時、同じような感覚があったことがありましたが、その時は、レイさんを通じ、思念波の持ち主の意識だったんです。あの時は、レイさんは水槽の女性にシンクロしていたはず。なのに、剣崎さんの意識を感じるなんて変じゃないですか?」
亜美は話しながら、徐々に自分の考えていることに確信を得たようだった。
「私の意識?」
「ええ、そうです。あれは、剣崎さん自身に間違いありません。そう、剣崎さんがレイさんの中に入ってきている。」
「剣崎さんもレイさんに触れていたんだから、レイさんの能力なんじゃないか?」
亜美が思い込みをしているのではないかと一樹は懸念した。
「いいえ・・あれはそんなんじゃなかった。・・ひょっとしたら、剣崎さんにも何か特殊な能力があるのではないかと思うんです。違いますか?」
剣崎は亜美の言葉を聞いて、ふうと息を吐き、椅子に座るとくるりと背を向けた。
「そうなんですか?」
亜美はしつこく尋ねる。
「おい、亜美・・・お前の思い過ごしじゃないのか?」
一樹は亜美の言い分に少し戸惑い、訊く。
「いいえ・・思い過ごしじゃないわ。きっと・・。」
亜美は食い下がった。
「判ったわ。お話ししましょう。」
剣崎が椅子をくるりと戻して、一樹と亜美に対面した。
「紀藤さんの言う通り、私にも特別な能力があるわ。サイコメトリーとも呼ばれている能力。」
「サイコメトリー?」と亜美が繰り返す。
「まだ、幼い頃、おもちゃを触っていた時、突然、目の前におばあさまが現れた。そのことを両親に話すと気味悪がったわ。それから、同じように、何かに触れると、そこには存在しないものが見えるようになった。そう、その物自体がもつ記憶みたいなものを感じることができるようになった。でも、その頃は、異常者としか思われなかった。触れるものから、持ち主を言い当てたり、見たこともないような景色がみえたり。・・それに、友達と手を繋ぐだけでその子の考えていることが判ったの。仲良くしているように見せて、実は、自分の事を嫌っているとか、両親もそんな私に嫌悪感を抱いていた。だから、ずっとこの能力を秘密にしてきたの。」
剣崎はこれまで見せた事のないほどの悲しい目をしている。
レイは剣崎の話を聞きながら、自分と母の体験を重ねていた。思念波を感じる能力ゆえに、あの忌まわしい事件が起きたわけだし、特に母はそのために長期間監禁されていた。自分自身もこんな能力がなければと幾度も思った事だった。
「でも、ある日、学校帰りに、ある外国人に声を掛けられた。アメリカ大使館員だと名乗り、詳しい経過は判らないけれど、その後、私はアメリカへ連れて行かれ、寄宿舎の様な所に入れられたわ。」

「そこには、私の様な子供がたくさんいて、学校の勉強と同じくらい、自分の能力を強くする訓練を受けた。そして、その後は、FBIへ入り、特殊捜査員になったの。そこは難解な事件、迷宮入りしそうな事件を主に扱っていたわ。もちろん、正式な捜査手法ではないから、その情報をもとに、捜査員が裏付け捜査で事実を立証するのだけれど・・・警視庁に来たのも、この能力があるからなの。」
剣崎が特別待遇を受けている事を不思議に思っていた一樹と亜美だったが、剣崎の話を聞いて、ようやく納得できた思いだった。
「レイさんはもうご存じよ。彼女のシンクロ能力と私のサイコメトリー能力は、陰と陽の関係ともいえるわね。・・でも、紀藤さん、あの瞬間にそれに気づくなんて・・あなたも何か素養がありそうね。」
そう言われて、亜美は驚いた。
「私の能力は、物証・・遺留品が頼りなの。でも、今回の事件は、遺留品がない、映像だけでしょ。これでは捜査は進展しない。そんな時、レイさんの情報を得たわけ。彼女が事件の現場を特定できれば、何か遺留品が見つかるかもしれない。そうなれば、私の能力で犯人に近づける。そう考えたのよ。」
全てを告白したからなのか、剣崎の表情は驚くほど柔らかくなっていた。
「それと・・もう一つ・・矢澤さんと紀藤さん、あなた方は、レイさんの特別な能力を何の抵抗もなく受け入れている。そんなあなた方なら、今回の事件の捜査に欠かせない人材だとも考えたの。実のところ、警視庁の幹部は私の能力をまだ認めたわけではない、いえ、むしろ不信感さえ抱いている。だから、捜査に当たって、本当に信頼できる捜査員が必要だったわけなの。」
一樹は、始めからレイの能力をそのまま受け入れたわけではなかった。初めの事件、子どもが誘拐された事件の解決、換金事件などいくつかの事件でレイが貴重な情報をもたらしてくれたこと、そして、それが事件の解決に役立ったことを経験したからこその信頼関係だった。そして、今、剣崎のサイコメトリー能力について、一樹はまだそのまま受け入れているわけではなかった。

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