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駒ヶ根の老女-4 [デジタルクライシス(シンクロ:同調)]

一樹と亜美はそれから二日ほどかけて、武田敏の家の周辺で、住民から再度話を聞いて回った。
だが、ほとんどの住民が、武田敏の事を話そうとしなかった。それは、殺人事件が起きたからではなく、元々、周囲の住民と付き合いがなかったためだった。
諦めかけた頃、武田敏と中学生のころ付き合いのあったという老婆に会えた。そこは、集落から少し離れた場所にある雑貨店だった。
「ああ、敏さんは、ここの生まれだよ。でもね、中学を卒業せず、家を飛び出したっきりでね。特別、仲が良かったわけじゃないし、家も遠かったから、あまり付き合いはなかったんだがね。」
と、その老婆が話を始めた。
「あの時代、中学校を出ると、集団就職、ってので、みんな、都会へ働きに出ていたんだ。私のところは、店をやってるんで、そのままここにいたんだが、敏さんの家は貧乏でね、働きに出るのが定め、みたいなもんだった。」
「敏さんは、集団就職を嫌がって家を飛び出したんですか?」
と、亜美が訊いた。
「詳しくは知らないが、卒業式にはもういなかったから、家出したんだろうって同級生の中では噂になったのを覚えているくらいだよ。」
「家出した後の事は?」
と、一樹が訊く。
「一度、武田さんのお母さんが、ここへ買い物に来た時、母と話しているのを聞いたんだけどね・・家出して、名古屋にいるらしいって、言ってたと思うがね・。」
「名古屋に?」
と、一樹が確認するように言った。
「ああ、だが、それ以上は知らないよ。」
「ここへ戻って来られた時の事で何か覚えていませんか?」
と、亜美が尋ねる。
「あの家は暫く空き家でね、随分傷んでいたんだが、十年くらい前だったかな・・突然取り壊されて、新築の家を建てたんだ。そして、敏さんが戻ってきた。まあ、そんなに親しくなかったから、特に、顔を見に行くことはなかったけど・・そうそう、一度、ここへ買い物に来たことがあった。まあ、何十年も経ってるからね。」
「何か話をされましたか?」
「いや、ああ、そうそう、うちの店は宅配の取次をしてるから、敏さんが荷物を持ってきた。その時、名前を見て、敏さんだと判ったくらいさ。」
「荷物を・・どこに送ったかは覚えていませんよね。」
と、亜美が尋ねる。
「いや・・・確か、名古屋の会社だったと思うよ。郵便番号が書いてなかったから、その場で調べなくちゃならなくてね。だから覚えていたんだ。なんていう会社かまでは覚えていないけどね。もう十年近く前だからねえ。」
「武田さんの家に、時々、黒い高級車が来ていたというのはご存知ですか?」
今度は一樹が訊く。
「いや・・ここらには別荘もあるから、前の道をいろんな車が通るんだ。黒い高級車って言われても、みんな高級車に見えるからね。」
「そうですか。」
その老婆から得た情報は大きかった。武田敏と名古屋のつながりが浮かんだことで、駒ケ根の事件が、単なる強盗殺人ではないという見方が強くなった。住民には知られる事なく、ここで何かが行われていた。そして、それは名古屋と何か関係がある。単に、田舎の老婆が金銭目的で殺されたわけではなさそうだということははっきりしてきた。だが、肝心の事は何もわかっていなかった。
「ここで何があったのか・・何故、彼女は殺されたのか・・。」
事件の後、更地になっていて、事件の痕跡さえもない。
一樹と亜美には、武田敏という女性が、何か深い闇の中に隠れてしまい、捜査は大きな壁に突き当たってしまったと感じていた。
二人がトレーラーハウスに戻ると、そこには、剣崎とレイの姿があった。
「レイさん!」
亜美は驚いて、レイに駆け寄り、剣崎を睨み付けた。
「彼女から申し出を受けたのよ。」
剣崎は、亜美が言わんとする事を制するように言った。
「さあ、これまでの成果を報告して!」
トレーラーの後部にある、小さな会議スペースで、一樹と亜美は、捜査で得た情報を詳しく剣崎に報告した。
「そう・・。」
剣崎は一樹の話を一通り聞いた後、溜息の様に一言呟いた。それは、剣崎が期待していたレベルのものではないことを物語っていた。
「ただ、武田敏という被害者には、何か殺される理由があったんです。そこに、神戸由紀子が関係しているはずです。神戸由紀子が、秘密クラブを作り、覚醒剤の売買に手を染め、無残に殺されたことを考えると、きっと、武田敏も、死刑執行人によって殺されたと考えてもいいのではないかと・・。」
剣崎の反応が薄い事に少し苛立った様子で亜美が捲し立てる。
「死刑執行人がやったのなら、武田敏殺害の映像は、どうして無いのかしら?」
と、剣崎は冷静に返した。
確かに、水槽で殺された神戸由紀子の映像はネットにアップされていて、死刑執行を誰かに見せていると考えられた。だた、武田敏の事件は、強盗殺人と警察が判断した範囲で、終結していて、死刑執行人との関係は示されていない。
「まあ、いいわ。一度、現場に行きましょう。」
剣崎はそう言って席を立ち、トレーラーから乗用車に乗り換え、現場に向かった。更地になった現場に、剣崎、一樹、亜美、そして、レイが立った。
「ここで、なにを?」と、亜美が訊く。
剣崎は、小さく笑みを浮かべる。
「まさか・・。」と亜美が驚いて、レイを見る。
剣崎が、レイに向かって、何か促すような仕草をみせると、レイが現場に立って目を閉じた。剣崎もそっとレイの後ろに立ち、レイの背中に手を当て、目を閉じる。
その様子を一樹と亜美は、見守るしかなかった。
ここで、二人は、事件の痕跡を見つけようとしているにちがいない。
しかし、事件からかなりの年月が経っている。シンクロとサイコメトリーの能力でどこまで過去の事が判るのか、一樹と亜美はじっと二人の様子を見つめていた。

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