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駒ヶ根の老女-2 [デジタルクライシス(シンクロ:同調)]

「おい、あそこ・・・ひょっとしたら何か判るかもしれないぞ。」
一樹が指差したのは、駅前に設置されている防犯カメラだった。
民間の防犯カメラは数週間でデータは消去されてしまうが、駅前の防犯カメラは警察本部に繋がっている。県警のオンラインを通じて、警視庁にデータが蓄積されているのだった。
一樹はすぐに携帯電話で生方に連絡し、長野の事件発生前後の防犯カメラ映像から、怪しげな人物をピックアップするように依頼した。
二人は、先ほど乗車したバス路線を使って、殺害現場だった場所へ戻ってきた。それから、周囲の家を周り、当時の様子を聞き込んだ。殺害された女性は、あまり付き合いは良い方ではなかったらしく、隣人たちも、日常の様子を知らないようだった。だが、神戸由紀子と思われる若い女性が来た時には、周囲の者にも、遠縁の娘がきているとわざわざ知らせた様子で、日ごろの付き合いと比べ、違和感を覚えるものだった。
「怪しくないことをわざわざ知らせているのは・・やはり変だな。」
「脅されていたのかしら?」と亜美。
「そうかも知れないが、見知らぬ女が出入りしている事で、変な噂が立つのを嫌がったんじゃないか。殺された女性も何か隠していたのかもしれないな。」
夕暮れが近づいていた。二人が、一通り聞き込みを終えて、一旦、トレーラーハウスへ戻ろうとした時、一人の女性が近づいてきた。
「あの・・警察の方ですか?あの事件の事を調べているんですよね。」
薄暗くなってきていて、女性の顔立ちははっきりとはわからないが、まだ若い女性のようだった。一樹と亜美は少し答えるのを躊躇った。すると、その女性は、一樹の顔を覗き込むようにして小さく呟いた。
「お話したいことがあるんです。」
その女性はそう言うと、すぐに向きを変えて歩き出す。一樹と亜美はその女性についていくことにした。
事件の現場から、さらに山道を登る。もう辺りは、闇に包まれつつあった。坂を上ったところに、小さなログハウスが建っていた。女性は門を開け、中に入ると、周囲を見回して、二人を招き入れた。
その家は、リビングとキッチン、それにロフトくらいのこじんまりした家だった。明かりが灯る部屋の中で、初めてはっきりと女性の顔を確認した。まだ30代くらいのようだった。ショートカットで化粧はしていない。
「伊東悠里といいます。5年ほど前にここへ移住してきました。」
どうやら女性の一人暮らしらしい。
「矢澤といいます。こっちは紀藤。刑事です。」
一樹はそう言って、警察手帳を見せた。
「どうぞ、そこへ。」
小さな薪ストーブの前に置かれた木製の椅子に二人は座り、話を聞くことにした。
「あの事件を再捜査されているのですよね?」
伊東悠里は、キッチンでコーヒーを淹れながら、再び聞いた。一樹と亜美は目を合わせ、『話を聞くのだから答えるしかないな』と確認して、亜美が答える。
「ええ、ちょっと別の事件との関係を調べているんです。」
「そうですか・・。」
伊東悠里は、コーヒーを運んでくると、二人に勧め、椅子に座る。
「実は、あの時、警察の方がいろいろと調べていらっしゃるのは知っていました。ご近所の方へも話を聞かれているようでした。でも、うちへは来られなかったので、お話しできていないんです。」
伊東悠里は、少し残念そうな口ぶりだった。
「あの事件、新聞では、神戸由紀子という若い娘さんが起こした強盗殺人というような報道でしたが、何だか、私が感じた事と違い過ぎているようで・・。」
伊東悠里はそう言いながら、コーヒーを一口飲んだ。
「違うってどういうことですか?」と、亜美は尋ねる。
「亡くなった武田さんが若い女性に殺されたというのが納得できなくて。」
「神戸由紀子をご存じなのですか?」
「いえ、そうじゃなくて・・武田さんは、矍鑠とされた方で、足腰もしっかりされていて・・そう、そう、あのお家は、以前には、何人かの女性が暮らしていたんです。武田さんが、躾をしているような・・時々、厳しい口調で叱っているのを見ました。・・道場っていうのかしら、そういう感じのところだったんです。」
伊東悠里の話を聞きながら、一樹も亜美も少し不思議に感じていた。武田敏の家から、この家まではかなり距離がある。だから、県警も捜査の対象とはしなかったのだろう。それなのに、随分と詳しい。
伊東悠里は、一樹も亜美も何も訊き返してこない事で不審に思われているのを察知した。不意に立ち上がり、カーテンを開ける。
「今は暗くて判りませんが、ここから、武田さんのお宅の庭が良く見えるんです。私は、ここから外の風景を楽しむのが習慣で、武田さんのお宅の様子がどうしても目に入ってしまうんです。」
伊東悠里の言葉を確かめるように、一樹は立ち上がり外を見る。暗がりではっきりとは確認できなかったが、窓の下は崖になっていて、下の町まで見下ろせた。彼女の話は信用できそうだった。一樹は亜美に頷いてみせた。
「道場というのは?」と、亜美が訊く。
「朝早く、女の子たちは庭に並んで、武田さんから何か話を聞いた後、すぐに、庭掃除とか家の掃除に入るのが見えました。昼も夕方も同じように・・家の中の様子は判りませんでしたが、それは何か訓練をしているように見えたんです。」
伊東悠里は、再びコーヒーを口にすると、そう答えた。
「事件のあった頃は?」と一樹が訊く。
「その頃は、ほとんど一人だったと思います。犯人にされている女の子が一人いたのを見かけました。彼女も訓練を受けていたように思います。」
「ふむ・・訓練か・・。」と、一樹。
「あ、それから・・女の子たちは、決まって、黒い高級車に乗ってきていました。何だか、連れて来られたというようで・・少し、沈んだ表情で・・どこか、訳アリというような印象でした。」
伊東悠里の話を聞けば聞くほど、老女強盗殺人事件の構図が全く違ったものに見えてくる。
それから、一樹と亜美は、彼女から判る範囲で、さらに詳しい話を聞いた。

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