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水槽の女性-16 [デジタルクライシス(シンクロ:同調)]

「ただ、少なくとも、この秘密のクラブの存在や安藤氏殺害の件と闇サイトと何らかの方法で繋がっているのは確かだわ。・・・この件を知っているのは、あの店の女の子たちだけ?」と剣崎が結に訊いた。
「ボウイや黒服もある程度知っているはずです。」と結。
「他には?店の関係者以外では?」
「判りません。・・秘密のクラブに出入りしていた方たちは勘づいているかもしれませんが・・。」
「でも、そういう人達は、明日は我が身と考えているでしょうね。・・きっと口を噤んでいたはず。・・まだ、情報が足りないわ。もっと調べる必要があるわね。」
それを聞いて、亜美が口を開いた。
「あの・・工場の持ち主だった安藤氏の事件は、どうなっているんでしょうか?失火事故と断定されているということでしょうか?」
それを聞いて、生方がパソコンに向かい検索した。
「・・いえ・・事故とも事件とも判定できない状態のようですね。遺体の状況から、自らガソリンを被って自殺、その火が工場の薬品類に引火したという見方です。ただ、遺書がなかった事、安藤氏の妻からも自殺したのではないかと供述があったようです。工場の経営は悪かったにもかかわらず、以前の様に豪遊する夫に対し嫌悪感を抱いていたようですね。結局、多額の借金があったこともあり、捜査本部では、工場経営に失敗した結果の自殺だろうという結論になったようです。」
生方は、パソコンに示された捜査資料を、かいつまんで報告する。
「何とも杜撰な捜査報告だな・・・。仮に自殺だとして、その原因をもっと追究すれば、秘密のクラブの件も明らかになっただろうが・・・。」
一樹が苦々しい表情で、生方の報告に意見した。
「もう一度、安藤氏の死について調べる必要がありそうね。矢沢刑事と紀藤刑事に調べてもらいましょう。生方は、当時の神戸由紀子の様子を詳細に調べて。・・結さんは、エメロードの秘密クラブに関する重要な証人ですから、証人保護プログラムに基づいて、私たちが安全を確保します。カルロス、すぐに手配を。」
剣崎はそう言うと席を立とうとしたが、ふと思い出したように言った。
「矢澤刑事、紀藤刑事、今日はもう捜査は終了にします。隣にあなたたちのトレーラーを用意しましたから、そちらで休息してください。」
一樹と亜美は、剣崎のトレーラーを出ると、まったく同じ形のトレーラーが隣に留まっているのを見つけた。運転席には、カルロスに負けないほどの巨体の男が座っている。
「あの・・。」と一樹が声を掛けると、運転席の男は軽くウインクをして、親指で後ろを指した。
ゆっくりとトレーラーのドアが開き階段が伸びてきた。二人は階段を上がると、目の前の光景に驚いた。そこには、大きなソファやテーブル、デスクやクローゼット等が設えられていて、さながら、高級マンションの一室のようだった。ドアを閉めると、スピーカーから剣崎の声が聞こえた。
「特殊捜査課にいる間は、ここがあなたたちの住まいになります。衣類など、必要なものは、全てこちらで用意しました。今日はもう休んでください。」
一樹と亜美は困惑した表情で互いを見た。
室内の中を見回す。
入口ステップを上がったところは、ソファやテーブル、ミニキッチンなどが置かれ、さながらリビングルームというところだった。
その先に狭い通路があり、ドアが二つ。ドアを開くとベッドと机、ドレッサー、クローゼット等の個室だった。二部屋ある所を見るとそれぞれが使うことになるようだった。リビングから反対側には、バスルームとトイレがあった。
下手なビジネスホテルよりも豪華な設備だったし、何より防音効果が高い。トレーラーが停車している場所は、港湾地区の工場地帯にも拘らず、外の音は全く聞こえなかった。
「まあ、覚悟するしかなさそうだな・・・。」
と一樹が呟く。
「何?覚悟?・・それは私のセリフよ。どうして、こんなところに閉じ込められるわけ?信じられない!」
と、亜美は捲し立てて、奥の部屋へ入っていった。
一樹は仕方なく、手前の部屋に入り、とりあえず、ベッドに横になった。
ここ数日、慣れない街中の捜査が続いていて、随分疲れていた。暫くすると妙に眠気に襲われぐっすりと寝入ってしまっていた。
どれほどの時間が過ぎたか判らぬほど深い眠りについていたが、何かどんどんという音に気付いた。
一樹が目を覚ましドアを開けると、亜美が立っている。
一樹が寝入っている間に、亜美はシャワーでも浴びたのか、白いバスローブに着替えていた。
いつもと違う亜美の姿に一樹は、少し動揺した。
「食事の支度が出来たって・・。」
と、何だか少ししおらしく感じる言い方をする。
「ああ・・そうか・・。」
一樹がぼんやりと答える。
トレーラーハウスに乗り込んだ時、運転席にいた巨体の男が、エプロン姿で笑顔を見せて立っていた。
「どうやら、彼は、私たちの世話係みたいよ。」
亜美はちょっとおどけた表情で言った。
二人が、リビングルームのソファに座ると、幾つもの料理を乗せた大皿が運ばれてくる。
「アントニオと呼んで下さい。お二人のお世話をさせてもらいます。」
体に似合わぬ丁寧な言葉遣いだった。
「さあ、お召し上がりください。冷蔵庫に冷えたビールやワインもありますから、ご自由に。何か足りないものがあれば、いつでも、インターホンで呼び出してください。」
彼はそう言うと、バスルームの脇の狭い通路を通って、運転席の方へ出て行った。二人はとりあえず夕食にした。
二人は向かい合って座るようにしてテーブルを囲んだ。亜美は、いつもは、一つに束ねた髪を今は解いている。まだ少し濡れているように見えた。
白いバスローブからのぞく、首元当たりの白さが一樹には妙に気になっていて、亜美の方をまともに見る事ができない自分がいる事に一樹自身が驚いている。

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