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駒ヶ根の老女-3 [デジタルクライシス(シンクロ:同調)]

すっかり夜遅くになって、トレーラーハウスへ戻ると、生方からの駅前監視カメラの映像が届いていた。すぐに映像を確認すると、黄色い長髪の男が雑居ビルに入っていく場面が映っていた。
「こいつだろうな。・・だが、顔が判別できないな・・。」
「もう一度ゆっくり再生して!」
と、亜美が言う。すぐに再生し直す。
「あの首筋のところ・・あれってタトゥーかしら?」
何かのマークか、十字の模様を草の弦のようなものが囲んだ形に見える。
『気づきましたか』と生方が画面越しに応答した。
『あのタトゥーを手掛かりに、前科者リストと照合したところ、水野裕也と言う人物を特定しました。』
「水野裕也?」
一樹が反応すると同時に、モニターに顔写真と経歴が映し出された。
『水野裕也30歳、婦女暴行の前科がありました。暴力団の準構成員で、2年ほど前から所在は不明です。神戸由紀子が東京で働いていた風俗店のボーイで、一時、一緒に暮らしていたようです。』
生方が説明する。
「一時?」と亜美。
『ええ・・水野裕也は神戸由紀子の・・いわゆるヒモだったようですね。ボーイの仕事もほとんどしなかったようで、嫌気がさして追い出したんでしょう。』
「あのタトゥーは?」
一樹が質問する。
『まだ、特定できていませんが、婦女暴行で逮捕された時の写真にもありましたから、若い頃に入れたものでしょう。』
「名古屋にいたかどうかは?」
と、再び一樹が質問する。
『今のところ、判明していません。もう少し調べる必要がありそうです。神戸由紀子殺害に関わっている可能性は判りません。』
生方とのやり取りを終えた後、夕食を済ませて、一旦休むことにした。
翌日、二人は再び、駒ヶ根駅前に向かった。
雑居ビルの男の素性が判った事で、もっと具体的な男の動きが掴めるかもしれないと考えたからだった。
まずは、レシートにあったコンビニへ向かう。
昼間とは違うアルバイト店員がいて、事件当時も店に居た事が判った。すぐに「水野裕也」の写真を見せながら、何か覚えていることはないかを尋ねた。
「二度ほど来店したと思います。夜遅い時間だったと思います。マスクにサングラスで見た目に怪しそうな男だったので・・いえ・・万引き犯が多いので、見覚えのない顔には特に注意しているんです。初めての時は、ゆっくり店内を回って、カップラーメンとタバコと雑誌だったかな・・それくらいを買って行ったと思います。」
アルバイトの証言は、手元にあるレシートに記載されているものとほぼ一致していた。
「二度目は、確か、あの事件が起きた日の早朝6時くらいだったはずです。早朝のバイトに入ったばかりの時間帯です。その時は、タバコとビール、それと弁当を2個だったかな?ちょっとせかせかした感じでしたね。おそらく、朝一番の電車に乗るつもりだったんじゃないでしょうか。ああ、それと、誰かと待ち合わせでもしていたんじゃないでしょうか?しきりに外を見ていましたから。」
アルバイトはかなりの観察眼を持っているようだった。
「何だか、妙によく覚えているんですね?」
亜美が素直に思ったことを言った。
何せ、事件から3年も経過している。それまでにどれほどの客と会っているかを考えると、確かに不思議だった。
「ええ、実は、その時、その男が他の客とちょっとしたトラブルを起こしたんです。・・後で、店長に随分叱られました。」
そのアルバイト店員の話では、早朝、『水野裕也』が買い物に立ち寄った時、暴力団員ふうの男が女を連れて店に入ってきた。朝まで飲んでいたのか、かなり酔っていて、通路で『水野裕也』とぶつかって、転倒してしまった。女の前で恥をかかせたと逆上して、殴り掛かったが、『水野裕也』は、軽くかわして、その男をねじ伏せ、店の外へ放り出してしまったというのだ。
「何故、店長に叱られたんですか?」
と、素朴な疑問を亜美が訊く。
「いや・・そういう輩とうまくやって行かないと、後でどんな仕返しがあるか判らないでしょう?・・だから、よく覚えていたんですよ。」
「その後、水野裕也は?」と、一樹。
「駅へ向かいました。」と、店員は答え、「もう良いですか?」と言って、仕事に戻った。
「電車に乗った・・か・・。」
一樹と亜美は、店員の話を聞いてすぐに駒ヶ根駅へ向かった。
駒ケ根駅の駅員は、その男の事をぼんやりと覚えていた。
「松本まで乗車されたはずです。黄色い頭髪が印象的だったので覚えています。」
「女性と待ち合わせをしていた様子は?」
「いえ、一人でした。一番列車で、その時、ホームには、彼以外には乗客はなかったはずです。」
「電車の行き先は?」と一樹。
「松本行きです。そこから先はちょっと・・。」
駅員はそう答えると、慌ててホームへ向かった。ちょうど、下りの列車が入ってくる時間だったのだ。
「黄色の頭髪の男の行方を追いかけるのはちょっと難しいかもな・・。」
一樹は、北へ向かう線路を見ながら呟いた。
「ねえ、もう少し、武田敏さんについて調べてみましょう。殺された理由は、金銭ではなく、その道場みたいなものに関係しているような気がするの。」
「ああ、そうだな。神戸由紀子が犯人じゃないと考えると、これまで集めた情報ももう一度検証しなければならなくなるからな。水野裕也が実行犯という事も考えられるし。」
一樹と亜美は、再び、武田敏の自宅のあった場所へ戻ることにした。

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