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賀正 [苦楽賢人のつぶやき]

あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。
2022年の暮れは慌ただしく過ぎ、いよいよ1月4日は仕事始め。シンクロ(同調)~マニピュレーターと呼ばれた少女~も再開いたします。
思い起こすと、一昨年、2021年の12月は、毎週のように積雪に悩まされ、雪かきに体力を使い果たして、年末年始はとにかく体を休めたい一心で過ごしておりました。
2022年の12月は、天気予報では雪と言われつつも、一切積もる事もなく、穏やかな天候でした。一昨年は殆んど年末のお掃除は出来ずにいましたので、今回は悔いの残らないよう、28日夜に、やるべきことを全て書き出しました。そして29日は朝から、やるべきことを一つ一つ、愚直にこなしてまいりました。台所まわりの汚れ落とし、窓ふき、棚の整理(不用品廃棄)、押し入れの整理、家の周囲のゴミ集め等々、夫婦で分担してこなしました。
2022年夏に、なんと、隣地75坪ほどを買い入れ、庭の総面積が100坪程度に広がりましたので、そちらの整備も行いました。来春には、綺麗な花が咲く様に、苗や樹木も少しずつ植えております。
この歳になって、庭を広げるのは無謀だとは判っていましたが、庭仕事は殆んどスクワット運動の連続で、体力づくりの域を超えてしまっています。ただ、作業をしていると汗をかくほどで、家の戻ると暖房など不要なほどで、環境には大変有効なことだと思います。
なんやかんやで、とにかく、2022年を終えました。
コロナ禍、ウクライナ紛争、歴史的円安と物価高、嫌なニュースばかりが目についた一年でしたね。
2023年も、過大な期待をせず、何とか生きていく道を見つけて、小さな幸せを毎日少しずつ紡いでいきたいと思います。
これ以上、世界の揺るがすような出来事が起きないよう祈りたいと思います。
攻めて、皆様の慰みとして、このブログをお読みいただければ幸いです。
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6-7 筋書 [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

亜美は、橋川に戻る途中で、剣崎にここまでわかったことを報告した。
「そう・・結局、本物の磯村氏は亡くなっていたのね・・。だとすると、神林教授の研究内容は別の誰かによって、F&F財団に伝わったということになるわね・・・。」
「ですが、そういう人物は見当たらないんです。」と亜美。
「神林教授の研究室にいた他の研究員や助手はどうしてるの?」
「一応調べましたが、研究室が閉鎖された後、磯村氏以外は、別の研究機関に移って、それぞれの研究をされていました。」
「そう・・・いや、そうじゃないわ。神林教授の研究内容は、ルイさん自身のことでしょう?それなら、ルイさんの研究こそが、イプシロン研究所やマーキュリー研究所の基になっているということじゃないかしら?」
神崎は冷静に整理して言った。
「まさか・・ルイさんが深く関与しているということですか?だって、ルイさんはイプシロン研究所に研究員として入ったんですから、それ以前からイプシロン研究所は存在して・・」
亜美が、少し反発するように言った。
「もちろん、そうよ。でもね、研究所では様々な研究がされている。イプシロンやマーキュリーはいずれも、人間に備わっている特別な能力について研究していた。世界中から、サイキックの素質がある人間を集めて、実験台にしていた。その中でも、ルイさんの研究、いえ、ルイさんのシンクロ能力は特別なものだと考えられていたんじゃないかしら・・・。」
剣崎が言うと、亜美が思い出したように言った。
「確か、磯村・・いえ、伊尾木氏にも、特別な能力があって、イプシロンで被験者になっていたとルイさんが言ってました。シンクロとも違う・・・人を操る事ができるような・・・。」
「それは、マリアと同じ能力、マニピュレート。マーキュリー学園でも、その能力があるのはマリアだけだったようね。シンクロ能力がさらに高まると、マニピュレート能力へ進化する‥そういうことも考えられるんじゃないかしら?」
「ルイさんに確認してみます。」
亜美は剣崎との連絡を終えた。
運転席でリサは二人の会話を聞きながら、ふと、レイを思い出していた。
「レイさんが拉致されたのも、もしかしたら、それと大きく関係しているんじゃないでしょうか?」
リサが呟いた。
「レイさんが?」と亜美が訊き返す。
「ルイさんから聞いたんですが、ルイさんは神林教授から、能力を高めるための特別な装置に監禁されていたんですよね。」
亜美はあの忌まわしい事件を思い出す。
「でも、レイさんは、母ルイさんから能力を引き継ぎ、自然に使いこなしている。レイさんの能力は、ルイさんよりも進化しているとは考えられませんか?」
リサが亜美に訊く。
「確かに、これまで、様々な事件で彼女の能力は見てきたけど・・・。」
「彼女自身は気付いていないけど、もしかしたら、そういう経験を通じて、マニピュレートできるほど能力が高まっているんじゃないでしょうか?」
「レイさんもマリアちゃんと同じだと言うの?」
「ええ・・。」
二人の会話は途切れる。
仮定に過ぎない話ではあるが、もしそれが事実であれば、「マリアの保護」は一つの口実であり、マニピュレート能力を持つ者を炙り出し集めているということになる。マリア、レイ、そして伊尾木、既に3人がマニピュレート能力を持っている者として、明らかになりつつある。
この先、なにが起こるのか、二人は想像した。
例えば、一国の首相や大統領を意のままに操る。強大な軍事力を統率する者を操る。そうすることで、世界中を支配することも十分に可能である。政治的利用は、最も恐れる事態であることは容易に想像できた。シンクロ能力とは明らかに次元の違う能力であることは間違いない。
二人が橋川に戻ったのは、深夜遅くだった。
翌朝、皆、リビングに集まり、亜美は、ルイと署長にこれまでの経緯を話した。そして、車中で想像したことも話した。
「そんなことが・・・。」
ルイは、亜美とリサから一通りの話を聞いて、困惑している。
「全ての発端は、私・・ということなのね。」
亜美は、落ち込むルイを見て言った。
「いえ、そういうことではありません。むしろ、そういう研究を主導してきたF&F財団にこそ、その根源はあるんです。」
「ああ、そうだよ。君のせいじゃない。」
紀藤署長も、庇う様に言った。
「でも、このままだと、レイはどうなるんでしょう?マリアちゃんも・・。」
「F&F財団やレヴェナントがどういう目的をもって、そういう能力を持つ者を探し集めようとしているのか・・それが問題なんです。人を自在に操るなんて、あってはならないことです。」
リサが厳しい口調で言う。
自ら、MMという組織に拉致され訓練され、暗殺の仕事をさせられてきた経験を持つリサには、今回の事態は、恐ろしい事を引き起こす危険なことであり、能力を持つ者の人生を奪う卑劣な事に繋がることを容易に想像できた。そして、今回はそれを遥かに凌ぐ緊急事態であることも判っていた。
「まずは、伊尾木氏と接触することだな。」
紀藤署長が言う。
何故?という顔で亜美もリサも、紀藤署長を見る。
「彼は、こういう事態を想像していた。いや、それを予見したからこそ、IFF研究所を自ら閉鎖に追い込んだんだろう。」
「自らの保身ではなく、F&F財団の思惑に気付いたということ?」と亜美。
「ああ、そうだ。確かに伊尾木氏は、身分を偽り、身を隠していたんだろう。だが、F&F財団の狙いに気付いて、このままでは危険な事態に向かうと判断したんじゃないだろうか。研究員の死、研究記録一切の消失、自らも精神異常にあることを装うことで、F&F財団の接近を封じたんだとすると、辻褄があう。」
署長が説明すると、
「だから、これ以上捜査するなと警告をしてきた・・。」と亜美が言った。
「でも、我々がマリアちゃん保護のために捜査に入り、レイさんを巻き込んだことで、伊尾木氏の予見したことが現実になってしまった。」
署長が続ける。
それを聞いて、亜美が言う。
「ちょっと待って‥それって、全て剣崎さんの依頼だったんでしょ?それなら、剣崎さんもF&F財団と通じているということになるわ。」
「通じているかどうかは判らないが・・・シナリオに乗せられてしまったのは事実だろうな。」
「この先のシナリオはどうなっているんでしょうか?」
リサが二人に訊く。
「どうなるのか・・・ただ、例のレヴェナントの動きはおそらくF&F財団としては予見していなかったことかもしれない。レヴェナントが、F&F財団に抵抗する組織であれば、今回の目論見は変わってくるだろう。」
紀藤署長が言う。
「そうでなかったら?」と亜美。
「自体は一層深刻だな。」と紀藤署長は言うと、目を閉じた。
「とにかく、伊尾木氏に接触し、事態が深刻になっている事を知らせ、次の手を考えないと・・。」
亜美が立ち上がる。
「私も行きます。彼に接触するには、シンクロ能力が必要ですから。」
ルイも立ち上がる。
亜美、ルイ、リサ、そして紀藤署長は、浜松の磯村氏、いや、伊尾木氏の家へ向かった。

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6-8 犠牲者 [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

4人が磯村家の近くまで来ると、国道や住宅地のあちこちに、警察車両が多数止まっているのが目に入った。車を停め、すぐに紀藤署長が、地元の警察に連絡して、事態を確認する。
「火災のようだな・・。」
磯村家に向かう住宅地内の道路は完全に封鎖され、消防車両が多数集まって消火活動をしていた。
「まさか・・。」と亜美。
「どうやら、そのようです。」
と、リサがスマホを開いて、火災のニュース画面を見せた。
磯村家やその周辺の住宅が火災を起こしていた。
『火元は、この住宅地の磯村勝さんの住宅とのことで、木造家屋が全焼、周辺の住宅3棟も類焼しました。焼け跡から、一人の遺体が発見され、現在、身元を確認しています。磯村勝さんの住宅には、勝さんと息子の健一さんの二人が暮らしており、現在、二人とも連絡が取れないということです。なお、火事の原因は現在消防で調査をしていますが、近所の方の話では、爆発音の様なものが聞こえたとの証言もあり、失火と爆発の両面で詳細に調査がされるものと思われます。』
ネットのニュースアナウンサーが解説する。
「自分で?」
と、亜美が言う。
「その可能性はあるが・・だが、遺体が一人しかないのが不可解だな。」と紀藤署長。
「ひとりは拉致されたということでしょうか?」とリサ。
「おそらく、磯村・・いや・・伊尾木氏は拉致された。そして、それを目撃した磯村健一氏が殺害されたということじゃないか?」
と、紀藤署長が答えた。
「でも、マニピュレート能力を持つ伊尾木氏が、そう簡単に拉致されるでしょうか?拉致しようとする相手を思うように操れるはずです。」
リサが、紀藤署長に訊く。
「レイさんも、拉致されたんだろう?おそらく、伊尾木氏が能力を使う前に、突然襲ったということかも知れない。レヴェナントかもしれないが・・それなら、健一氏を殺害する必要はなかったはずだしな・・。」
紀藤署長は自問自答するように答えた。
「あっ!」と、亜美が叫ぶ。
「どうした?」と紀藤署長。
「磯村氏が、サイキックの伊尾木氏だということは、F&F財団も、レヴェナントも知らなかったことですよね。それを知った人物が関与したことだと言えませんか?」
亜美が言うと、リサもその意味を理解した。
「剣崎さん・・剣崎さんがこの件に関与しているということ?」
リサが、敢えて言葉にする。
「彼女が知ったのは昨夜。それに、彼女はマリア監視のため、十里木高原に釘付けになっている。実際に手を下したのは、別の人物ということになるが・・。」
紀藤署長が整理して訊いた。
「以前、彼女は監視されていると話していました。そもそも彼女は、FBIから、マリアさんの捜索と保護を依頼された。その動きは監視されているはずです。もしかしたら、F&F財団に情報が伝わっているということではないでしょうか?」
リサが答える。
「剣崎さんの背後にいる、F&F財団に繋がる組織か・・・、あるいは、その動きを察知したレヴェナントが匿ったか・・・いずれにしても、伊尾木氏はどこへ連れ去られたか・・だな。」
紀藤署長は、まだ煙が立ちのぼっている火事現場の方角を見ながら言った。
後部座席に座っていたルイは、じっと目を閉じたままだった。
ルイは周囲に、伊尾木氏や拉致に関与した怪しい人物がまだいるのではないかと考え、思念波をキャッチしようとしていた。
「近くに・・何か・・。」
ルイが呟く。それを聞いて、亜美やリサは、火事を見ようと集まった群衆に視線を送る。
「離れていく・・。」
その言葉を聞いて、リサが車から飛び出した。
そして、遠巻きに見ていた人の群れから、遠ざかろうとする男を見つけ、すぐに後を追いかけた。こちらの動きを察知したのか、男は小走りになる。
「待って!」
リサは何とか追いつこうと必死で走った。前を行く男は少し足が悪いようで、もう手が届くくらいまで接近した。
不意に男が振り向くと、突然、リサは動けなくなり、転倒した。まるで、両足をロープで縛られたようになった。
その様子を確認すると、男は近くに止めてあった車に乗り込んで走り去った。
リサのあとを追いかけてきた亜美が、リサを助け起こす。
亜美はリサに肩を貸し、ゆっくりと立ち上がる。
「あれは、伊尾木ね。」
「ええ・・きっとそうです。一瞬、意識の中に、彼が入り込んで、自由が利かなくなりました。」
リサは転倒した時、腕や肩、膝を打撲していた。その時、不思議なことに全く痛みを感じることがなかった。自分の体でありながら、別の人の体のように感じていた。そして、意識が解放されると一気に痛みが襲ってきた。
車に戻ると、亜美が言った。
「伊尾木は生きている。火事の様子を見て驚いていた。火事を起こしたのは彼ではなさそうね。」
「レヴェナントなら、彼を殺害することはないはずだから、彼の命を奪いたい組織、たぶん、F&F財団から送られた者だろう。」
紀藤署長が言った。
『火災現場から見つかった遺体は、磯村健一氏のものと特定されました。』
カーオーディオで、ローカルFMにチューニングしていたのか、急に、ニュースで速報が流れた。
「F&F財団が彼を狙ったのは何故かしら?」
亜美が呟く。
「これまで、IFF研究所は、マーキュリー研究所や学園に子どもたちを送る役割だった。マリアもその一人だった。マリアが施設から逃げ出したことと、今回のことがどこかで繋がっていると考えらえるんだが・・・。」
紀藤署長も呟くように言った。
「富士FF学園にいたマリアをマーキュリー学園に送り出した直後に、富士FF学園は閉鎖され、さらに、IFFでも研究員の自殺と火事、役員の事故や自殺・・。役割を終えたということになったんじゃないでしょうか?」
リサが言う。
「役割を終えた組織を消し去る必要があったということか。」と、紀藤署長。
「彼の思念波には、怯えはなかったわ。」とルイが呟くように言った。
「怯えはなかった?」と紀藤署長が繰り返すように訊く。
「ええ、彼からは強い意志を感じたわ。・・おそらく、後悔から決意した感じ。そして、怒りと戦う意思。きっと、彼は、F&F財団に戦いを挑むつもりじゃないかしら?」
「じゃあ、レヴェナント側の人間ってこと?」と亜美。
「そのつながりまでは判らないわ・・。」
ルイが答えると、リサが口を開いた。
「私もそうでした。MMから逃れることばかりを考えていたけど、彼の存在を知り、彼と再会した時、戦うことを決意しました。・・伊尾木氏もそういう思いなのかもしれません。・・レヴェナントという組織がコンタクトを取ったとしても、彼は、自分の力だけで戦おうとしているのかも・・。まだ、私たちが気付いていない、F&F財団とつながりのある組織が、日本にあるのかもしれません。」
「まだ、ある?」と亜美。
「確かに、伊尾木氏の存在を知った、F&F財団の別の日本の組織がすぐに動き、伊尾木氏の家に放火したということも充分に考えられるな。そして、その組織が、剣崎さんも監視していて、こちらの情報が筒抜けになっているということになる。だが、一つ疑問がある。もし、その組織があるなら、剣崎さんがマリアを発見したのに、なぜ、マリアをすぐに拉致しないのだろう?」
紀藤署長は、首を傾げた。

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7-1 外出 [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

マリアを監視し始めて、5日が過ぎていた。
十里木高原に釘付けになっている剣崎はかなり苛立っていた。監視している間に、亜美たちが、IFF研究所や伊尾木という人物の存在などの捜査を進めていたが、目的のマリア保護からは、どんどんと遠くへ向かっているように感じられた。それに、拉致されたレイの行方は依然不明のままだった。須藤夫妻も全く動く気配さえ見せなかった。
監視を始めた翌日、剣崎はアントニオに命じて、須藤の館の動きをもっと明確に掴める場所を探させ、十里木高原の中でも、比較的大きな館を借り受け、3階の屋根裏部屋を使って、須藤の館を監視することにした。
そこからは、須藤の館の庭がよく見え、2階にいるマリアの姿も確認できた。
だが、3日過ぎても、ほぼ、同じ時刻に朝食が始まり、その後、マリアと須藤英治が音楽を楽しみ、庭で遊んだり、本を読んだりして、まるで、孫が遊びに来た老夫婦の家の風景を見せられているようだった。
「戻りました。」
5日目の夕方、亜美とリサが、ルイとともに、剣崎のところへ戻って来た。
亜美とリサは、これまでの捜査の結果を、剣崎や一樹たちへ報告した。
「F&F財団が?・・IFF研究所は、世界中にある財団関連施設の中でも、小さなところのはず。そこまで徹底的に潰すなんてあり得ないわ。」
剣崎は、そう決めつけた。
「しかし・・あの現場で見つけた伊尾木は、火事になったことに本当に驚いていました。彼が火事を起こしたのなら、驚くことはないはずです。・・F&F財団から派遣された者の犯行にちがいありません。」
亜美が反論する。
「レヴェナントという線は?」
と剣崎がやや不満げに言う。
「それも考えました。でも、そういう組織が動いたのなら、伊尾木を拉致することが重要なはず。火事を起こし、証拠を消す必要があったのは、やはりF&F財団なんじゃないでしょうか?」
亜美が強い口調でさらに反論したので、剣崎はそれ以上、答えなかった。
「伊尾木の行方は気になるが、今回の目的は、マリアさんの保護なのだから、まずは、目の前のことに集中した方が良いだろう。」
剣崎と亜美の会話を聞いていた、一樹が口を開いた。もうすっかり回復したようで、以前の一樹に戻ったようだった。
「あれから5日、何の動きもない。このまま、彼女は須藤の家で暮らすつもりかもしれない。まあ、それはそれで、幸せなことかもしれないが・・・。」
一樹は、須藤の家のある方角に視線をやって、独り言のように呟いた。確かに、一樹の言う通りだった。ルイも、忌まわしい事件のあと、穏やかに暮らしてきた。リサも同様だった。穏やかに暮らすことがどれほど幸せなことか、二人は身に染みていた。
剣崎は、一樹の独り言に、苛立ちを覚えて言った。
「このまま穏やかに暮らせる?・・寝ぼけないで!彼女にはコントロールできない恐ろしい能力があるのよ。何か不安なことが起これば、その力で甚大な被害が出るのは間違いない。彼女は、保護して連れ帰るべきなのよ。」
その言葉を聞いて、亜美が更に反発するように言う。
「連れ帰るって、あの施設にまた監禁するということですか?」
「そんなこと、あなたたちだって了承済みのことでしょう?」
剣崎は、亜美や一樹に向かって、強い口調で言う。
「何か、他に方法はないんでしょうか?」
三人の会話を聞いていたリサは、落ち着いた口調で訊いた。
「レイさんが居れば、きっと何か・・。」とリサは続ける。それを聞いて、ルイが剣崎に言う。
「コントロールできない恐ろしい能力があるというなら、こちらを信用していない限り、簡単に保護できないでしょう?今の私たちには、きっと、彼女を保護することは無理ですよ。」
剣崎もそのことは充分に判っていたし、その先は、全く見えていなかった。
「剣崎さん!」
無線から、アントニオの声が響く。
「どうしたの?」と剣崎。
「動きがあるようです。先ほどから、出かける支度をしています。」
「すぐに戻って!」
一樹は、トレーラーの窓から、高倍率のモノスコープを使って、マリアのいる館を監視する。館の隣のガレージのシャッターが上がり、車が出て来た。
「出てきました!」
一樹はそう言うと、ドアを開け、トレーラーの横に停めた車に乗りこんだ。亜美も続く。
アントニオが小走りでトレーラーに戻ってくる。
「矢澤刑事、気づかれないように追跡を!」
十里木高原の別荘地の通りから、須藤英雄が運転する車が大通りに出て来た。後部座席に、栄子とマリアの姿が確認できた。
須藤英雄の車が、大通りに入る交差点で信号待ちをした。すかさず、アントニオが車の横を何気なく歩き、GPS発信機を車の後部バンパーに素早く貼り付けた。
車が走り出した。一樹が車のナビに、GPSの信号を捉える。須藤英雄の車の姿が見えなくなるころ、ゆっくりと発信した。
「何処に向かうのかしら?」
助手席で亜美が一樹に訊く。
「さあな。ここに来て5日目でようやく動いたんだ。・・まあ、単なる買い物かもしれないし、そうじゃないかもしれない。」
マリアの乗った車のGPS信号は、富士市方面に向かっていた。
「やっぱり、買い物かしら?」
亜美が呟く。
「いや。どうも違うようだ。」
一樹がGPS信号の行方を見ながら言った。
マリアの乗った車は県道から国道へ右折し、富士宮方面に向かった。その先には大きな町は無い。ゴルフ場、小さな機械工場、浅間神社を通り過ぎると、更に右折して県道に入る。しばらくは林間を進むことになる。
余り急いではいないようだった。
「マリアはまだ10歳。どこか遊びに行くのかも。」
亜美は少し願望を込めて言った。暫くすると、富士宮道路に出た。更に北上していく。ナビ画面には、牧場が表示された。そして、マリアの乗った車は、牧場の駐車場で停まった。
後を追う一樹達も少し遅れて駐車場に入った。
一方、剣崎たちは、無人になった須藤の館に向かった。アントニオが、ピッキングで器用にドアの鍵を開け、中に入る。
「剣崎さん、何を?」
ルイが尋ねる。
「サイコメトリーで彼らの行き先を見つけるんです。」
娘レイから、話には聞いていたが、目の当たりにするのは初めてだった。
剣崎は室内をゆっくり歩き、須藤栄子が最後に触れたものを探した。しかし、確実なものは見つからない。
「ルイさん、思念波が強く残っているものはありませんか?」
ルイは部屋の中をゆっくり見回した。あちこちに微かな思念波の残骸のようなものは見えるが、はっきりと須藤栄子のものとは思えなかった。
「2階はどうでしょう?」
剣崎が階段を上がる。ルイもついて行く。須藤英治の部屋に入る。長時間、そこにいたことがはっきりと判るほどの思念波があった。
「きっと、マリアさんの思念波だと思います・・。」
音楽を聴くために座った椅子。そこに剣崎がそっと手を触れる。マリアが英治とともに楽しげに音楽を楽しむ光景が広がった。無邪気なマリアの笑顔、そしてそれを慈しむように眺める英治。
だが、それ以外、三人が向かった場所を示すようなヒントは浮かんでこなかった。

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7-2 牧場 [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

「ダメだわ・・須藤英治やマリアは何も知らされていないみたい・・。」
剣崎は残念そうにそう言うと、部屋を出て、階下へ戻った。
「剣崎さん、これはどうでしょう?」
ルイが指差したのは電話機だった。
「外部から連絡があるとして、もちろん、携帯電話ということもあるでしょうが・・ただ、これからは思念波がはっきり見えるんです。」
ルイがそう付け加えた。直ぐに、剣崎が受話器を取り上げてサイコメトリーを始める。
確かに、須藤栄子が握っていたことは判った。剣崎は頭の中に広がる映像の時間を巻き戻してみる。受話器を取り上げ、栄子が何か厳しい表情に変わり、「判りました・・これから出かけます。ええ・・判っています・・それより、マリアを本当に保護して守ってくれるんですよね・・はい、ええ・・そうします。」と、会話をしている映像が続いた。
「誰かに呼び出されて出かけたのは間違いないようね。」
サイコメトリーを終えて、剣崎はやや疲れた表情でそう言った。
「どこに向かったかは?」
「判らなかった・・マリアを保護してくれるのかと、訊いていたから・・おそらく、レヴェナントじゃないかしら。しかし、彼らに本当にそんな事ができるかしら・・。」
剣崎が呟く。
「矢澤刑事たちが頼りね。レヴェナントが接触する前に何とかマリアを保護しないと・・。」
剣崎が言うと、ルイが訊いた。
「その・・レヴェナントにレイも捕まっているんでしょう?」
「ええ・・そうよ。」
「それなら、このまま、彼らの計画に乗ってみたらどうなんでしょう?」
剣崎は、ルイの質問に少し戸惑っていた。
マリアを保護する方法も、その後のことも何も明確になっていないままだった。むやみに接触し、刺激すると、自分たちも無傷では済まないだろう。レヴェナントがレイを拉致したのは間違いない。彼女の能力を知って拉致したのだとすると、彼女こそ、マリア保護の切り札であるにちがいない。この先で、マリアがレイと接触する可能性が高いことは容易に想像できた。
「レヴェナントが、レイさんを使ってマリアと接触することは間違いないでしょう。だからと言って、それが本当に良いことかどうか・・・。想像を超えた惨事が起きるかも・・。」
剣崎はようやく頭の中を整理して、ルイに答えた。
剣崎とルイは、トレーラーに戻り、マリアを追うことにした。
大きなモニター画面にマリアの乗った車が進んでいく。
ルイも、剣崎と同じことを考えていた。だが、ルイは、マリアとレイが接触すると想像を超えた恐ろしい事態に向かうのではないかと思えてならない。磯村健一氏とあの店で接触した時、鋼の様な繭に覆われた思念波を感じた。それはおそらく、マリアの能力と共通するのではないか。レイがシンクロする事で、レイ自身が鋼のような繭に閉じ込められてしまうのではないか。そうなった時、解放する術はあるのか・・。悪い想像が膨らんでいく。
一樹から連絡が入る。
「富士樹海牧場で車を降りました。今、亜美とリサが気づかれないように接近しています。」
一樹は、車中に残り、レヴェナントと思しき人物が、ここへ到着するのではないかと目を光らせていた。亜美とリサは、女友達の旅行を装って、牧場の中に入った。
牧場といっても、観光牧場となっていて、入口近くにはバーベキュー広場や子供向けの遊具があり、その先には、羊の毛刈り、乳しぼり、バター作りなどの体験工房が並んでいる。その先に、広々とした緑地に羊や牛が放牧されている、総合レジャー場というようなところだった。
マリアを連れた須藤夫妻は、牧場に入ると、遊具広場や体験工房等を順番に回って遊んでいる。亜美とリサも、少し離れて追っていく。
「孫を連れた老夫婦・・ですね。」
牧場の白い柵越しに、羊に餌をやりながら、リサが呟く。
マリアは、大きめの麦わら帽子を被り、時折、無邪気な笑顔を見せている。それを目を細めて眺めている須藤夫妻。このまま何も起きずに居てくれればと、ふと、亜美も思っていた。
牧場の中には、他にも、家族連れが居て、マリアたち同様愉しんでいる姿があった。
牧場の一番高い所には、牛舎と羊舎が建っている。
何か前方が騒がしい。
「何かあったのかしら?」
そう言って、亜美が小走りに騒ぎの方に向かう。リサも続く。そこは、羊舎の少し下の緑地だった。観光客が徐々に集まってくる。
『さあ、皆さん、牧場名物の羊の行進です!』
場内アナウンスが響き渡る。
突然、わーっという声が響く。すると、羊舎から、百頭以上の羊が出て来て、観光客の前を一気に走り抜けていく。子どもたちが走り抜ける羊を追っていく。それにつられて親たちも走り出す。羊たちが土を蹴る足音、歓声で辺りは騒然となった。
亜美とリサも突然の事に気を取られてしまった。
羊たちは、緑地に入ると静かになって草を食む。観光客も白い柵越しに羊たちを眺め始め、ようやく静寂に戻った。
ふと周囲を見る。須藤夫妻とマリアの姿がない。
「マリアさんたちは?」
亜美がリサに叫ぶ。リサも、柵周辺に並んでいる観光客に視線を送る。だが、そこには須藤夫妻もマリアの姿もなかった。
「一樹!須藤夫妻を見失ったわ!」
亜美が無線で一樹に連絡する。
「なんだって!」
一樹はずっと駐車場を出入りする車に注意を払っていて、牧場の様子を全く知らなかった。すぐに、牧場の入り口に視線を移す。だが、出て来る人影はない。駐車場を出入りしていた車に不審な車両もなかったはずだった。
「きっとまだ中にいるはずだ。探すんだ!」
「判ってるわよ!」
亜美とリサは、手分けして園内を探し回った。
「あっ!あれは?」
リサが、牛舎の前を歩く夫妻の姿を見つけた。須藤英治と栄子に間違いない。英治がマリアを負ぶっているようだった。大きな麦わら帽子が英治の背中にあった。二人はそのままゆっくりと、出入り口の方へ向かっていく。夫妻の姿を見つけ、亜美とリサは少し安堵した。
マリアは歩き回って疲れたのだろう。それで英治の背中で眠っているのかもしれない。そう思いながら、少し離れて、二人のあとを追う。
ちょうど、そのころ、剣崎とルイを乗せたトレーラーが富士樹海牧場へ到着した。
「須藤夫妻は中にいます。亜美とリサが近くで監視しています。」
一樹は、トレーラーの神崎に報告する。
「接触してきた者は?」と剣崎。
「今のところ、ありません。」と一樹。
「そう・・。引き続き、不審な車両が入って来ないか監視して!アントニオ、周囲の様子を探ってみて。カルロスは、牧場の裏手に回って。」
剣崎はそう言うと、トレーラーを降り、牧場入口へ歩いていく。ルイもついて行く。カルロスは、駐車場を走り抜け、山の中へ入って行った。アントニオはドローンを使って、空から周辺の様子を監視し始めた。
「あれね。」
剣崎は、牧場の中に入り、すぐに須藤夫妻の姿を確認した。20mほど離れた位置に、亜美とリサがいた。剣崎は、小さく二人に合図を送る。亜美とリサも応えるようにうなずいた。
ゆっくりと剣崎とルイが、須藤夫妻に近付いていく。
急に、ルイが立ち止まった。
「あれは・・。」とルイが呟く。
「どうしたの?」と剣崎が訊く。
「あれは・・マリアさんじゃない。別人です。思念波が・・違う・・」

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7-3 すり替え [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

ルイの言葉に剣崎が反応し、真っすぐに須藤夫妻のところに走り出した。その様子を見て、なにが起きたのかと、亜美とリサも慌てて走り寄った。
剣崎は、須藤夫妻の前に立ちはだかるようにした。
「なんですか!」
須藤栄子が声を荒げて言った。
亜美がすぐに警察バッジを見せて言った。
「警視庁です。・・須藤英治さん、栄子さんですね?お聞きしたいことがあります。」
須藤栄子も英治も決してたじろぐことなく、平静な表情を浮かべたままだった。
「おんぶしているのは、どなたですか?」
英治と栄子は、視線を合わせる。
「いや・・これは・・迷子になったお子さんですよ。これから、迷子センターへ連れて行くところなんですが・・。」
英治がゆっくりした口調で答えた。
「迷子?」
「ええ・・そこの・・そうそう、羊の行進が終わった時に、親御さんからはぐれてしまったみたいでね。泣き疲れたのか、歩けないって言うんで、おんぶして連れて行くところです・・それが何か?」
英治は、悪びれる事もなく、穏やかに答えた。
「一緒にいた、マリアさんは?」
亜美が訊くと、栄子が微笑を浮かべて答える。
「マリア?・・だれですか?」
「一緒にここにきたマリアさんです。何処ですか?」
亜美がさらに追及する。
「いえ・・ここには私たち二人で来ましたよ。マリアなんて子は知りません。何かの間違いじゃないんですか?」
栄子は落ち着いて答える。
「とぼけても無駄ですよ。私たちはずっとあなた方を監視していたんですから・・。」
亜美が少し興奮気味に言った。
「監視?どうして私たちが監視されるんですか?人権蹂躙です。訴えますよ。」
「あなた方夫妻は、マリアという少女を匿っていたでしょう。・・少女の拉致監禁で逮捕できるんですよ。正直に答えてください。」
「少女の拉致監禁?・・全く、どうなっているんでしょう、この国の警察は。そんな証拠があるのなら見せてください。・・ああ、そうです、ここへ入場券を払って入ったですから、受付で確認してみてください。私たちは二人でした。そんな少女は連れていませんでしたから・・。」
栄子は自信満々に答えた。すぐにリサが受付に走り確認して、戻って来た。
「残念ですが・・受付の担当者は・・確かに二人だったと証言されました・・。」
リサが言うと、「そんな・・バカな・・。」と亜美。
「そうでしょう?何を根拠にそんな根も葉もない事を・・それより、この子を早く迷子センターへ連れて行かなくちゃ・・。もう良いですか?!」
栄子の口調が勝ち誇ったように聞こえた。
須藤夫妻はそう言うと、迷子センターへ歩き出す。
それを見つけたのか、すぐに、若い夫婦が駆け寄ってきて、おんぶされている子どもを受け取り、何度も何度も頭を下げてから離れて行った。
一部始終を剣崎は無言で見ていた。
「戻りましょう。」
剣崎はそう言うと、トレーラーへ戻って行った。
トレーラーハウスに着くと、皆、思い思いの場所に座り、しばらく無言だった。
トレーラーには、アントニオが残っていて、ドローンで周囲の様子を監視していた。
「ボス!空からは何も・・。」
とアントニオは残念そうに報告した。
「レヴェナントに仕組まれたわ・・。」
剣崎が吐き捨てるように言った。
「一体、どういうことですか?」
悔しい表情を浮かべながら、亜美が剣崎に訊いた。
「人の記憶を入れ替えるなんて、彼らにすれば容易いことなのよ。須藤夫妻も全く動じていなかったし、受付も、恐らく、あの若夫婦も、造られた記憶を植え付けられたのよ。二人でここへ来た。そして、迷子を見つけた・・それは、須藤夫妻にとって、全て事実でしかない。マリアと一緒にいたという記憶すら消されているにちがいない・・。」
「そんな事ができるんですか?」
と、リサも驚いて訊く。
「思念波を捉え、思うように操るということは、そういうやり方もあるのよ・・それができるのは、おそらく・・No051・・ケヴィン・・。」
剣崎が初めて聞く名前を口にした。
「ケヴィン?」
一樹が訊く。
「マーキュリー研究所で、私と一緒にいた被験者の一人。彼には、マニピュレート能力が認められたの。でも、弱々しくて、コントロールできないものだった。でも、ある薬が開発されて、飛躍的に能力を伸ばしたの。その後、彼は、工作員になって世界中を飛び回っていたわ。でも、薬の副作用が出てしまって・・・・。」
薬と副作用と聞いて、ルイが反応した。自らも、父、神林教授によって、様々な薬の実験体として扱われ、生きた屍だった過去を思い出していた。
「副作用というのは?」
ルイが剣崎に尋ねる。
「はじめは幻聴。神の啓示だと口走るようになった。でも次第に彼の中で現実の世界になった。彼は自らをメシアだと思うようになり、自らの能力を神から与えられたものだと信じた。工作員だった彼は、呼び戻されて、一時、研究所は彼を監禁して、暴走が進まないよう、薬を絶った。」
「やはりそういうことなのね。」とルイが頷きながら続ける。
「イプシロン研究所でも同じようなことがあったわ。被験者の能力を引き出すために極限状態に長期間隔離したり、命を落とすことなど構わず薬を投与したり・・。人として扱われることはない。特別な能力を高める以前に、人格崩壊も・・。おそらく、彼もそういう経路をたどったんでしょうね。」
自らの境遇と重ねながら、ルイが言うと、剣崎が応えるように言った。
「研究所には様々な研究員がいる。開発した薬の成果を確認し続けようとする者もいた。その研究者たちが、彼を解放して、何処かに匿ったんでしょう。・・・・だから、組織は、彼らのことをレヴェナントと呼び、警戒したのよ。」
ひとしきり剣崎の話を聞いていた一樹が、少し苛ついた口調で言う。
「剣崎さん!一体、どこまで知っているんですか?知っていることを全て話して下さい。」
一樹は剣崎を睨みつけている。
だが、剣崎は口を閉ざした。答えられずにいた。
そんな様子を見て、今度は亜美が詰め寄る。
「マリアちゃんの保護は、本当に、正しいことなんですか?連れ戻した後、彼女はどうなるんですか?彼女は・・」
亜美はそこまで言って、大粒の涙を流した。
僅か10歳の少女は、特別な能力を持ったゆえに、隔離され生きて来た。そこをようやく抜け出したのだが、再び、怪しい者達の手に落ちた。そこから救い出したとしても、彼女の未来は閉ざされている。そう思うと、怒りと悲しみ、悔しさが一度にあふれだし、涙が止まらなくなった。
「もう少し時間をちょうだい。」
剣崎は険しい表情を浮かべて答えた。
「カルロスが戻ってこない!」
ひとしきり、皆の話を聞いていたアントニオが、思い出したように言った。
「カルロスは?・・カルロス!カルロス!」
一樹が無線で呼びかける。だが、返答はなかった。

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7-4 チェイサー [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

「カルロスは牧場の裏山に入っていったんだったな。」
一樹がアントニオに訊く。
「ええ、まちがいない、そうです。」
アントニオはそう返事をして、ドローンの映像を早送りにしてモニターに映し出した。
山道を登っていくカルロスの姿があった。ドローンは急上昇し、広く周辺の映像に切り替わり、カルロスの姿は確認できなくなった。
「止めて!少し戻して!」
映像を見ていたルイが叫ぶように言った。
カルロスが登った道の先に、映像が切り替わったところまで戻すと、ルイが目を閉じた。
何かの思念波とシンクロしようとしている。
「どうしたんですか?」
心配になってリサが訊ねる。
すると、ルイは目を開けて答えた。
「その大きな木が立っている辺りに、レイがいたようだわ。もう映ってはいないけれど、その木の映像から、とても強烈な思念波を感じるの‥。ドローンを見つけて、思念波を送ってきたのよ。」
すぐに、地図を広げて位置を確認した。
「行きましょう!」
亜美が言うと、一樹とリサも立ち上がった。
一樹と亜美とリサの3人は、カルロスが上った山道を登っていく。周囲が少し開けたところに、車が入れる林道があった。
「こんなところに抜け道があったのか!」
轍がついているところを見ると、ごく最近、車が通過したのは間違いない。
林道はそのまま牧場へ続いているようだった。少し進むと、人影があった。林道脇に立っている大杉にもたれて座っているように見えた。
「カルロスか?」
すぐに、一樹が走り寄る。
だが、そこに居たのは黒いスーツを身につけた見知らぬ男だった。意識がない。
「一樹、こっちにも・・。」
亜美が、林の中に倒れている男を見つけた。こちらも気を失っているようだった。
「おい!起きろ!おい!」
一樹が、杉の木にもたれかかっている男を強く揺さぶって起こした。男は目を開けたが定まらない。何かに精気を吸い取られたように見える。
「ダメだ!亜美、そっちはどうだ?」
「こっちも・・目を開けそうにないわ。」
一樹は周囲を見回す。カルロスがきっと近くにいるはずだ。
「ここです!カルロスさんが!」
リサが、林道の先、牧場の裏手に入場できるゲートの方から叫んだ。一樹と亜美が急いで向かう。
カルロスもさっきの男達と同様に、完全に意識を失っている。その上、肩口から出血しているようだった。
一樹は、大男のカルロスを何とか背負って、トレーラーまで戻って来た。カルロスをすぐにベッドに横にさせた。
「矢澤刑事の時と同じね・・。」
カルロスの様子を見て、剣崎が言った。
「じゃあ、これはマリアが?」
一樹が訊く。
「いえ・・そうじゃないわ。マリアなら、カルロスは死んでいたはず。おそらく、ケヴィン。」
「やっぱり、あそこに、レイが居たのか!」
一樹は悔しそうに言う。
「マリアも、ケヴィンたちが連れて行ったに違いないわ。」
剣崎が言うと、亜美が訊いた。
「マリアは大人しくついて行ったんでしょうか?」
「きっと、レイさんが拉致された時のように、気づかれぬうちに意識を奪ったんでしょう。」
と、剣崎が答える。
「あの男たちは?カルロスさんと闘って、意識を失ったわけじゃなさそうでしたけど。」
今度はリサが剣崎に訊く。
「もしかしたら・・・。」
今度はルイが口を開く。
皆がルイを見ると、少し戸惑った表情を見せて、ルイが続けた。
「もしかしたら、レイかもしれません。」
「どうして?レイさんにそんな力が・・。」と亜美が驚いて訊く。
「先程のドローンの映像にレイが残した思念波から感じた事だけど、レイの中に、恐ろしい能力が覚醒したのかもしれない。・・昔、感じた事のある思念波・・・そう、伊尾木の思念波に近い・・。」
ルイは冷静に答えた。
それを聞いて、剣崎は何かを決断した様子で口を開いた。
「もう、全て話すわ。」
剣崎を取り巻くように座り、皆、話を聞くことにした。
「まず・・倒れていた男はチェイサーの部下。」
「チェイサー?」と亜美。
「ええ、そう。コントロールできなくなったケヴィンが作り出したレヴェナントを壊滅させるため、F&F財団は、強い能力を持った者をチェイサー・・追跡者にして、行方を追っているの。」
剣崎は哀しげな顔で答える。
「私がアメリカを発った時から、ずっと彼らにマークされていた。マリアを保護することだけじゃなく、そこにケヴィンが現れると予測していたの。」
「じゃあ、私たちが捜査協力したことは、結果的に、F&F財団の思惑に沿っているということ?」
亜美が少し憤慨して、剣崎に訊く。
「まあ、結果的にそうなるわね・・。」
「なんてことだ!・・それなら、須藤夫妻のことも、IFF研究所のことも、伊尾木のことも、全て、剣崎さんには判っていたんじゃないんですか?」
亜美はさらに剣崎に詰め寄った。
「いいえ・・私は、知らなかった。本当よ。亜美さんたちの協力がなければ、ここまでは辿り着けなかった。私に判っているのは、全ての根源は、F&F財団にあるということ。チェイサーもレヴェナントも、サイキックの能力を極限に高めるためのもの。」
「サイキックの能力を極限まで高める?まさか・・じゃあ、あのプロジェクトは存在していたっていうことなの・・。」
ルイが怯えるように言った。
「あの計画って?」
亜美がルイに訊く。
「私が・・そう、私が居たイプシロン研究所には、幾つかの研究チームが作られていた。私がいたのは、もっとも初歩的な、特殊能力のメカニズムを解析するチームだった。私自身が実験台でもあったから、遺伝子や脳の構造・・いわゆる生理学的医学的な解析を行っていたわ。他にも、特殊能力を生み出すための薬品の開発・・これが、おそらく、レヴェナントを作り出したケヴィンのような被験者を使った研究チームに引き継がれたはず・・。他にも、動物を使った研究もあったわ。・・その中でも、トップシークレットとされたチームがあった。研究者の中では、エヴァ・プロジェクトというニックネームで噂されていた。」
「エヴァ・プロジェクト?」
苛立ちの表情を見せながら、一樹が訊く。
「真偽のほどは定かではなかった。でも、様々なチームから特に優れた研究者が突然姿を消すのよ。そして、最強のサイキックを創造するプロジェクトに抜擢されたという噂が流れた。」
「最強のサイキック?そんなもの、どうするつもりだ?」
一樹が誰にともなく吐き捨てるように訊く。
「世界を支配するためよ。」
剣崎が口を開く。

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7-5 支配 [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

「世界を支配?・・頭がおかしいんじゃないか?・・・まさか・・それこそが、F&F財団の目的だっていうんじゃないだろうな?」
一樹は、もはやついていけないという顔で言った。
「そう。その通り。F&Fは、国という概念は持たない。優れた者こそが世界を支配すべきだという信念をもっているのよ。」
剣崎は真面目な顔で答える。一樹は、呆れた顔で聞いている。
「財団は、資産を投じて、私やルイさんのように、実際に、特殊な能力を持っている者が存在していることが判ると、世界中から、研究者や被験者を集め、研究を始めた。初めは、小さな、イプシロン研究所だった。その頃はまだ、財団も少数の小さな組織だった。でも、ルイさんが研究所に入った事で大きく変わったのよ。」
剣崎は、言葉を選ぶ様に話を続ける。
「ルイさんは、研究所の中でも特異な存在だった。研究者であり、被験者でもあった。奇妙と思われた研究が、革新的な研究へと変わり、様々な団体や政府組織が支援を始めた。一気に、財団は大きくなったの。でも、大きな事故で研究所は閉鎖され、F&F財団も一時活動を休止した。」
「それは・・伊尾木が姿を消したことと関係があった・・。」
リサがルイから聞いていた話を付け加える。
「ええ、そうね。研究所で火事が起き、伊尾木が行方不明になり、研究資料が無くなった。その時、財団が一番恐れていたのは、伊尾木の能力を飛躍的に高めた薬品のことだった。おそらく、伊尾木が自らのために盗み出したと思われ、財団も彼の行方を追った。でも、結局、見つからなかった。」
伊尾木は研究所から姿を消したあと、生まれ故郷に戻り、磯村氏を殺害したうえで、なりすます事に成功し、結果的にF&F財団の下部組織に身を隠したということは、すでに、亜美たちの捜査で明らかになっていた。
「一度は休止に追い込まれた財団が復活したのはどうしてですか?」
亜美が訊ねる。
「そのきっかけになったのは、ケヴィン。彼は、陸軍の軍人だった。軍は、イプシロン研究所の研究を引き継ぎ、密かに人体実験を行っていたのよ。そこで、ケヴィンが見つかった。本格的に研究を行うため、F&F財団が引き受け、マーキュリー研究所ができたのよ。」
剣崎が答えた。
「そこには・・剣崎さんも?」と亜美。
「ええ、そうよ。財団は以前と同様に、可能性のある被験者を集め始めた。私もその一人だった。」
剣崎の言葉には、少し恨めしさがこもっていた。
「そして、それは、マリアが収容されていたマーキュリー学園へ姿を変えた。でもね、それはあくまで、研究の一部に過ぎなかったの。」
剣崎は、知っていることを洗いざらい話そうとしていた。
「今、私たちの周りで起きている事こそ、エヴァ・プロジェクト・・・そのものなのよ。」
剣崎の声が少し震えている。
「初めから、知っていたわけじゃないわ。ルイさんから聞いた話しと私の知っていることを繋いだ時、判ったの。」
剣崎の話を聞きながらも、何が言いたいのか釈然としない。
「もっと、判りやすく言ってくれないか!」
一樹が剣崎に言う。
「世界を支配するための最強のサイキックを作るには、サイキック同士が戦う必要がある。互いの能力をぶつけることで、新たな能力を生み出し高めることができる。でも、それは容易なことじゃない。ルイさんや私、レイさんも思念波で意思を通じ合う事ができる。思念波の融合は出来ても、戦うという概念はない。だから、無理やりにでもそういう状況を作り出そうというわけ。」
「レヴェナントとチェイサーか・・命を賭けて戦う構図を作り上げたということなんだな。」
一樹が、整理するように言った。
「ええ、そうよ。私は、その餌のようなもの。」
「しかし、マリアは全く無縁じゃないのか?」
「そうじゃない!そうじゃないのよ。・・・マリアはすでに最強のサイキックなのよ。」
そこまで聞いて、リサが口を挟んだ。
「じゃあ、マリアちゃんが収容所から抜け出したのは・・彼女の意思ではなく、仕込まれたことだったということですか?」
それを聞いて、剣崎が悲しげな顔を見せて答える。
「ええ・・おそらく、マリアを解放すれば、当然、レヴェナントが触手を伸ばして動き始める。そうなれば、当然、チェイサーも動く。そして、ルイさんやレイさんのように、F&Fが把握していない者達も集めようと考えた。そうすれば、彼らが目指す最強のサイキックが生まれるに違いないと・・。私は、そんなことも判らず、F&F財団の計画に乗ってしまった・・。本当にごめんなさい。」
暫く、みな沈黙した。
誰もが、マリアの保護とは、もはや次元の違う事態に向かっているという状況を、漠然と理解したものの、自分はこれからどうすれば良いのか、何ができるのか、自問自答していた。
このまま、マリアの居場所を見つけることができたとしても、チェイサーが迫ってくる。そして、レヴェナントとチェイサー、そしてマリア、レイの力がぶつかった時、何が起こるのか想像さえできない。何かしなければならないのは判っている。
「レイさんはどうしているのかしら?」
沈黙を破るように、リサが言った。
ルイは、それを聞いて、シンクロを始める。
目を閉じて意識を集中させる。先ほどの映像からキャッチしたレイの思念波にシンクロする。微かだが、レイの思念波を見つけた。
「北へ・・北へ向かって下さい!」
すぐにアントニオがトレーラーを発車する。左手に富士山を見ながら、トレーラーは北上する。
「この先は、本栖湖・・よね。」
亜美が誰にともなく訊いた。モニターにマップが映し出される。国道139号線をさらに進んでいく。精進湖が見えたところで、ルイが口を開く。
「止まって下さい!」
ルイはずっと目を閉じたまま、レイの思念波を追っていたのだった。
「消えてしまいました・・・ごめんなさい。」
ルイは額に汗を浮かべ、青い顔をしている。今にも倒れそうだった。
「ルイさん、大丈夫ですか?」
リサが、肩を抱くようにして寄り添う。
「ごめんなさい・・限界・・力を使い過ぎたみたい・・・。」
ルイは、弱々しい声でそう言うと、意識を失った。リサがすぐに抱え上げて寝室へ連れて行く。
この先、左へ曲がり国道358号線に入れば、甲府へ抜ける。そのまま直進すれば、西湖、河口湖方面へと向かうことになる。すぐにルイは回復しないだろう。この先、レイを追うのは難しい。
「くそっ!ここまで来て!」と、一樹は悔しがる。
「二手に分かれてみてはどうでしょう?」と、亜美が提案する。
寝室から、リサが戻って来た。
「ルイさんは眠っています。疲れたようです。・・あの・・これは、私の勘違いかもしれないんですが・・さっき、ルイさんを抱えた時、私の頭の中に、ルイさんの声が聞こえたんです・・。」
「いえ、それはきっとルイさんが薄れる意識の中で、あなたに思念波を送ったのよ・・それで?」
剣崎が訊いた。
「レイさんは深い森の中・・と聞こえたようなんです・・。」
リサは確信が持てないまま、自分が聞いた声を思い出しながら答えた。
「深い森?・・まさか・・。」
剣崎はそう言って窓の外を見た。
道路から右手、富士山に向かって、青木ヶ原の樹海が広がっている。
「まさか、この森の中に?・・。」
亜美も驚いて言う。

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8-1 静かな戦い [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

レイは、相変わらず、閉鎖された部屋の中にいた。
食事を運んできた二人の思念波にシンクロして、ここの所在地を掴もうとしたが、ケヴィンに邪魔された。その後、数度同じようなチャンスはあったが、その都度、ケヴィンに阻止されてしまった。
「明日朝、行動を開始します。我々に協力した方が身のためですよ。」
ケヴィンは、珍しく夕食を運んできて、そう告げた。
翌朝、ケヴィンは数人の男とともに、レイの部屋に現れ、レイの顔に黒い布を被せた。
「無駄な抵抗はやめてください。」
ケヴィンはそう言うと、レイの手足も縛り、男達にレイを抱えさせて部屋を出て行った。
レイは大きなワゴン車の中にいた。
ドアを閉める音、エンジン音、時折、サイレンのような音も聞こえた。
レイはひたすら、自分が連れて行かれる先を想像していた。どれくらい車で移動したのか判らないほどの時間だった。
「さあ、着きましたよ。」
ケヴィンはそう言うと、レイの手足の縄を解き、顔にかぶせてあった布を取る。眩しい光で一瞬目の前が真っ白になる。徐々に慣れてくると、周囲には森が広がっていた。
「ここで、マリアと対面します。おかしなことはしないように。」
ケヴィンはそう言って車を降り、森の中を歩いていく。
レイは数人の男達に囲まれた状態で、ケヴィンの後ろを歩いていく。
ケヴィンが、男達に小さく合図をすると、3人の男が森を出て、斜面の下に見える建物に向かっていった。
レイは、その様子をじっと見ていたが、ふと、上空高い所にドローンが飛んでいるのに気付いた。
ケヴィンに気付かれないように、そっと視線を送る。おそらく、あれは、剣崎が送り込んだドローンだと思った。なんとか、自分の存在を知らせたい、そう思ったが、どうして良いか判らなかった。しかし、急がなければ、ケヴィンに気付かれてしまう。レイは、一瞬だけ強い思念波をドローンに向けて飛ばした。
建物の方から大きな音が響いた。何を言っているのか判らないが、歓声が聞こえた。その声で、観光牧場なのだとレイは判った。
レイは、ケヴィンに気付かれないように、思念波を探る。そこには、剣崎や一樹がいることが判った。だが、遠すぎて、自分の存在を伝えることはできなかった。
しばらくすると、建物から先ほどの男達が、大きな袋を抱えて戻って来た。
「よし、予定通りだ!」
ケヴィンはそう言って、レイを連れて、車両に戻ろうとした。
「マリアなの?」
レイが訊くと、ケヴィンは、「ああ」とだけ答えてドアを開ける。
その時、レイは、急に、頭が締め付けられるような痛みに襲われ、その場に座り込んだ。マリアを抱えた男達も、車の直前に来て座り込んでしまった。
「くそっ!チェイサーか!」
ケヴィンは車から降り、周囲を探る。
そして、ポケットから注射器を取り出し、腕に突き立て、体に薬を注入した。それから、目を閉じる。髪の毛が少し逆立ち、顔が紅潮している。まさしく、能力を使っている状態だった。
レイは、強い思念波が頭の中に突き刺さるような感覚に耐え切れず、頭を抱えこんだ。そして、何とか自分を守ろうと念じた。次第に、自分の周囲にバリアを張るような形で思念波の殻ができた。完全に無意識、自己防衛のためにできたことだった。
強く突き刺さる思念波とケヴィンの思念波が、目に見えない矢羽根のように飛び交っている。突き刺さるような思念波は、遥か遠くから飛んできているように感じられた。
男が一人、樹にもたれ掛かるようにして蹲っている。完全に意識を失っている。先ほどの強い矢のような思念波に、意識を貫かれたのだ。
周囲には、敵対意識を持った別の男達が迫ってきていた。
ケヴィンは、その男達に向けて、突き刺さるような思念波を送る。一人がその場で倒れ込んだ。それを見て、他の男達は怯んだ。
銃の乱射とは違い、音のない戦いが5分ほど続く。
その様子を、少し離れた木の陰から、カルロスが見ていた。
カルロスは、ケヴィンたちが車を離れた隙を見て、車体にGPSを貼り付けて、木の陰に隠れていたのだった。
カルロスの視覚では、その光景は異様に映った。
誰ひとり、戦っていない。だが、何かの拍子に男が倒れ込む。男たちの一番後ろで、レイの傍に居る男が恐らく、剣崎から聞いていたNo051、ケヴィンなのだと判った。そして、あの布袋にはきっとマリアが入れられている。マリアとレイを奪還するには、ここで、ケヴィンを殺すしかない。
カルロスは咄嗟に判断した。
ポケットからピストルを取り出し、サイレンサーを取り付けて、木の陰から狙いを定める。
ケヴィンの傍にはレイがいた。仕留め損ねると、レイを傷つけてしまう。じっと、引き金を引くタイミングを計っていた。
「今だ!」と思った時、カルロスはケヴィンの強い視線を感じた。同時に、頭の中にケヴィンの大きな瞳が浮かび、迫ってくる。徐々にカルロス自身の意識を奪われている感覚を憶えた。手足が思うように動かない。そして、手にした銃口が徐々に自分の方へ向いてくる。カルロスは何とか抵抗しようとするが、もはや体は思うように動かない。
「ズキュン」
小さな発射音とともに、カルロスはその場に倒れた。自ら、脇腹に銃を発射したのだった。
チェイサーからの矢のような思念波は徐々に減ってきた。
「よし、行くぞ!」
ケヴィンが、周囲の男達に声をかける。
ケヴィンは、マリアとレイを車に押し込むようにして乗せて、無事だった男達とともに、その場を立ち去った。
車中でケヴィンはじっと目を閉じたまま動かず、苦しそうな表情を浮かべている。思念波の戦いで応力を大幅に消耗したようだった。
ケヴィンたちの車は国道139号線を北上し、途中で林道へ入る。
狭い道だったが、中に入るとキャンプ場があった。既に数年前から休業している様子で、入口の門は閉ざされていた。それを開いて、さらに奥へ入っていくと、大きなロッジが建っていた。
車が止まると、男たちはマリアが入っている袋を担ぎ、ロッジへ入る。
少し遅れて、ケヴィンがレイを連れて、ロッジへ入った。
ケヴィンは、ロッジに入ると、大きなソファに身を沈めた。もはやわずかな体力しか残っていない様な辛い表情を浮かべていた。
レイがロッジに入ってから、しばらくすると、男達が、布袋からマリアを出して、ベッドに寝かした。マリアは静かに眠っているように見えた。
「無事なの?」
レイが訊くと、一人の男が少し笑みを浮かべて答える。
「大丈夫。少し眠ってもらっているだけですよ。あと1時間ほどで目を覚まします。」
男が立ち去ると、レイはマリアの傍に座り、様子を確認する。
手荒な真似はされていないようだった。十歳の少女はあどけない表情を浮かべて眠っている。ケヴィンはかなり疲れていて、少し眠っているようだった。
レイは、マリアの額にそっと手を置いてみた。
微かな思念波を感じる。眠っているはずなのに、少し覚醒し始めているのかもしれない。それならばと、レイはそのままの姿勢で、マリアに思念波を送ってみた。
『私はレイ。あなたのように、特別な力を持っている者です。ケヴィンという男があなたを拉致しました。でも、あなたの味方ではありません。このままでは、きっと、あなたは、悪事に利用されてしまうでしょう。私と一緒に、ここから逃げましょう。私を信じて。』
ピクリと、マリアの手が動いた。
レイの意識の中に、マリアが現れた。
困惑した表情ではあるものの、レイに向かって小さく頷いたように感じた。

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8-2 逃避行 [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

『ケヴィンは今、力を使い果たして疲れて眠っています。・・今なら、手下の男達を操れるかも知れない。』
レイは、姿勢を変えずに思念波で語りかける。
レイの言葉に、マリアがそっと目を開けた。マリアは、レイの顔を見て、安心したような笑顔を見せた。そして、『私に任せて。』そう思念波で伝えてきた。
マリアは再び目を閉じる。
すると、マリアから柔らかい思念波が徐々に広がってくる。
『レイさん、思念波で、自分を守って。』
マリアの思念波が頭の中に広がり始めた。
レイは、すぐに思念波で自分の意識を守る殻のようなもので自分を防御した。ゆっくりと、マリアの思念波が部屋に広がり、そこにいた男たちは徐々に倒れ込んでいく。
マリアは静かにベッドから起き上がる。
レイはマリアを連れて、寝室の脇にあるキッチンの勝手口から外に出た。
そして、二人はそのまま、森の中へ入って行った。
暫くすると、ケヴィンが目を覚ました。部下の男達が倒れているのを見つけ、すぐに寝室へ行く。そこには、マリアもレイの姿もなかった。
「逃げられたか!」
ケヴィンは怒りを抑えきれず、ベッド脇にあった電気スタンドを投げつけた。その音で、男たちが目を覚ます。
「レイとマリアが逃げた。まだ、それほど遠くには行っていないはずだ。探せ!」
ケヴィンが強い口調で命じる。
すぐに男たちは外に出て、手分けして探し始める。
「ボス!林道の先に入っていないようです!」
国道まで出て行った男が戻ってきて、ケヴィンに報告する。
「森へ入ったか!・・行け!探すんだ!」
青木ヶ原の樹海に無暗に立ち入るのは無謀であった。樹海の中に、僅かながら道はあるが、周囲は深い森、自分の方向がすぐに判らなくなる。同じような景色で、同じところを何度も通ることになり、そのうち、体力を消耗して動けなくなり、最後には命を落とすことになる。
男たちはそうなることを知らなかった。
森へ分け入った男たちは、出発点であるキャンプ場を見失うのは確実だった。そう気づいた時、ケヴィンは途轍もない大きな力が迫ってきていることを察知した。
「いけない・・奴らがくる・・。」
ケヴィンは、この強大な力はチェイサーだと察知した。部下たちはまだ戻ってきていないが、このままでは、チェイサーと戦うのは無理だと判断した。
ケヴィンは部下たちを置き去りにして、車に乗り込み、その場を離れた。
ケヴィンがキャンプ場から出て国道を南下し、本栖湖へ向かった頃に、入れ替わるようにして、1台のワゴンがキャンプ場に現れた。
ワゴン車からは男が数人降りてきて、ロッジの中を物色する。
「ボス、誰もいません。」
戻ってきた男が、車中の男に報告する。
それを聞いて、男は目を閉じる。彼こそ、チェイサーの一人で、クロスと呼ばれる男だった。
「おかしい・・この周囲に、強い思念波を感じる・・・樹海の中か・・。」
クロスは、ゆっくりと車を降りると、樹海を睨みつける。
そして、両手を広げると、大きく前に突き出す。この動作と同時に、矢のような思念波が飛んでいく。クロスが発する矢のような思念波が森の中を飛び交う。森の奥でうめき声が響く。
「うむ・・奴はいないようだな・・。何処に行った?」
クロスは、向きを変えて四方に同じように思念波の矢を放つ。
「近くにはいないようだな・・・。」と、残念そうに言う。
「ボス、森の中でこんなものが・・。」
手下の一人が、白い布を持って戻って来た。クロスはそれを手にして、目を閉じる。サイコメトリーをしている。
「ほう・・これは・・マリアの着衣のようだな・・・。そうか、マリアは奴の手を逃れたということか・・おい、マリアを追うぞ。」
クロスは手下を呼び集めると、森の中へ入っていく。
手には、マリアの着衣を持ち、サイコメトリーをしながら進んでいく。着衣から見える光景を一つ一つ探りながら、マリアとレイの後を追っていく。
一方、その場を離れたケヴィンは、まだ充分に体力が回復していなかった。
ケヴィンは、自らの能力を最大限に引き出す薬を常用していた。その結果、体はボロボロになっていた。幻覚も進んでいた。もはや限界に達していた。
なんとか、本栖湖の湖畔まで逃げて来たものの、徐々に意識が薄れ、それ以上動けなくなってしまい、湖畔の駐車場に何とか車を停め、休むしかなかった。
「あのチェイサー・・一体、誰なんだ・・・。あと少しだったのに・・。」
うわごとのように呟き、ケヴィンはそのまま眠ってしまった。
そこに、誰かが近づいてきた。
「ご苦労様・・お前の役目は終わったな。」
そう言うと、窓越しに手を当てた。
掌から一瞬鋭い光が発したように見えた。暫く、そのまま、中の様子を見たあと、静かにその場を離れて行った。

その頃、レイとマリアは、青木ヶ原の樹海の中を歩いていた。
細い林道は時々行先が見えなくなる。その度に、レイは、思念波を使って人の気配を探し、方向を定めていた。同じような景色の中だが、レイとマリアは確実に東へ向っていた。
その先には、富岳風穴があるはずだった。そこまで行けば、何とかなるとレイは考えていた。
そして、クロスたちも、残像を追って、着実に迫ってきていた。
日が傾き、森の中は暗闇が広がり始めていた。
ふと見ると、マリアは相当疲れているようだった。
まだ十歳の少女である。長く、施設に収容され、体力があるとは言い難い。
「マリアさん、まだ歩ける?」
レイが労わるように訊いた。
「大丈夫。まだ・・歩けます。」
マリアは、答える。だが、かなり疲れているのは判った。
「少し休みましょう。」
レイは、そういうと、倒木が重なり、ちょうど屋根になっているような穴を見つけ、そこに入った。
「少し眠る?」
レイが訊くと、マリアは小さく頷き、レイの体に頭をもたげる仕草を見せた。レイは、そっとマリア載せに手を回し、抱き寄せるようにした。
僅かの時間だが、マリアはレイと一緒にいる間に、思念波の波動が、よく似ていることに気付き、レイの事を姉のように感じ始めていた。
レイもうとうとしていた。だが、何か大きな力が近づいてくる事に気付いて、はっと目が覚めた。
「マリアさん、行くわよ。」
レイはそっとマリアを起こした。倒木の間を抜けた先に大きな岩があった。
その大きな岩を越えた時、目の前に、舗装された道が見えた。風穴へ続く観光道路だった。そこに出ると、数人の観光客がいた。
「御免なさい。助けてね。」
レイは、そういうと、女性二人連れの観光客に思念波を送り、彼女たちの思念波とシンクロした。
女性たちは、急に立ち止まると、レイとマリアの方に近付いてきた。それから、二人の手を取り、駐車場へ向かっていく。
そして、そのまま、彼女たちが乗ってきた車に二人を乗せ、その場を離れた。
クロスたちはようやく樹海のはずれまで達していた。レイとマリアが休んでいた倒木の穴の中を覗き込み、その先へ進む。
もう完全に日が暮れて、富岳風穴の辺りには誰ひとりいなかった。
「逃げられたな・・・。」
クロスは、その場で、再び、周囲の思念波の矢を放つ。だが、人の反応はなかった。

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8-3 恐れるべき力 [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

カルロスを救いだした後、レイが残した「森の中にいる」という言葉を聞き、一樹たちは後を追うことにした。
「どうして、こんなところに?」
一樹が呟く。
トレーラーの窓から見える、青木ヶ原の樹海は深く暗く、その奥がどこまで続いているのか見当もつかない。何処を探せば良いのか。
その時、カルロスがようやく目を覚まし、起き上がって来た。
「モニターヲ、ツケテクダサイ。」
カルロスはアントニオに言う。
まだ、完全に回復してはいないようだが、何とか動ける程度だった。
カルロスはアントニオに、二言三言、話をして、アントニオがPCを操作した。すると、モニター画面にマップが表示され、いくつかの光が点滅している。
「これは?」と、剣崎が訊くと、アントニオがカルロスに代わって答えた。
「牧場の裏山で見つけた車両のいくつかにGPSを取り付けたようです。」
それを聞き、皆、食い入るようにモニターを見た。
二つの点滅は、キャンプ場らしきところに停まっている。もう一つの点滅は、本栖湖だった。
「きっと、レイさんはあのキャンプ場の近くにいる。」
すぐにトレーラーはキャンプ場へ向かうが、キャンプ場の入口通路が狭く、奥には入れない。一樹と剣崎が、バイクで奥へ向かった。
「アントニオ!カメラは作動している?」
林道をバイクで疾走しながら、剣崎が無線で話す。
「OK!ボス!」
ヘルメットに取り付けたカメラから映像がトレーラーのモニターに届いている。トレーラーに残っていた、亜美、リサ、カルロスたちは、様子を見守る。
一樹と剣崎が、キャンプ場に着いた。
車が2台放置されている。ロッジの中には誰もいない。
剣崎は、すぐにロッジの中にある様々なものに触れて、サイコメトリーをした。そして、ベッドに触れた時、「ここにマリアがいたのは確実よ。」と言い、一樹に周囲を探すように言った。
だが、日が傾き始めていて、森の中はもはや暗くてよく見えない。
それでも一樹は、必死で二人の姿を探した。森の奥に入ったのだろうが、追いかけるには危険すぎる。じっと森の中を睨みつけていると、木陰からふらふらと男が歩いて出て来た。
男は視点が定まらない様子で、まるで、夢遊病者の足取りで、木の根や石ころに躓きながら、ゆっくりとこちらへやってくる。
「おい!止まれ!」
一樹が拳銃を取り出し、銃口を向けて制止する。
だが、男はそのまま、ふらふらと出てきて、一樹の前でつんのめり、ばたりと倒れた。
「おい!しっかりしろ!」
うつ伏せで倒れた男を起こそうとして肩を掴む。
「うわっ!何だ?」
男の肩は、ぐにゃりとして、コンニャクのように柔らかい。
「いったい、これは・・。」
これまで体験した事の無い感覚で、一樹は思わず手を放す。
その拍子に、男の体が地面にドサッとつくと、そのまま、空気が抜けた風船のようになってしまった。生身の人間では考えられないような変化に一樹は思わず、吐き出してしまった。
「チェイサーの強い思念波にやられた様ね・・。」
一部始終を見ていた剣崎が苦々しく言った。
「こんなことって・・。」
一樹はまだ吐き気が収まらない様子で口を押さえながら言う。
「これが、チェイサーの本当の力なのよ。その気になれば、分子レベルまでばらばらにできるでしょう。この程度で済んだのはまだよかったかも・・。」
さすがの一樹も、剣崎の言葉を聞き、肝を冷やした。
「マリアやレイさんたちは無事だろうか?」
ようやく気持ちが落ち着いた一樹が、剣崎に訊く。
「森の中に入ったようね。マリアちゃんとレイさんは大丈夫よ。チェイサーの能力を凌ぐだけの力を持っているはずだから。」
剣崎の言葉に、一樹はまた驚いた。
マリアの能力がどれほどかは知らないが、レイにはそれほどの能力があるとは思えなかった。もしも、剣崎の言葉が本当なら、自分の知っているレイの力はごく一部にすぎないことになる。だが、それを確かめる勇気はなかった。
「ケヴィンもここに来たんですよね。」
「ええ、間違いないわ。」
剣崎は、放置された2台の車に触れ、1台はケヴィンたちの者、もう1台のワゴン車はチェイサーたちのものだと判別した。
「奴らは、森に入ったのか?」
「おそらく、そうでしょう。ここに、マリアとレイさんが居たのは事実。その先は・・。」
そこまで剣崎が言った時、「剣崎さん!!」と無線からアントニオが叫ぶ声がした。
「どうしたの!」
剣崎は、無線で応答する。
「GPS信号を発している、本栖湖に停まったの車があります。もしかしたら、捕まえられるかもしれません。」
「すぐ戻るわ。」
剣崎と一樹はバイクに乗り、すぐにトレーラーに戻った。
剣崎はアントニオが言ったGPS信号を確かめると、本栖湖へ向かうため、国道を西へ向かう。
途中で、不意に剣崎が空を見上げる。
同じ時、寝室にいたルイも目を開け、「えっ」と呟いた。
二人は何かを察知したようだった。
国道から、本栖湖へ続く道路を降りていく。夕方になり、殆んど観光客は居なかった。
GPSがついた車が湖畔に停まっている。
「あれね・・。誰か乗っているようね。」
剣崎が呟く。
一樹がトレーラーから降りて、気づかれないように、その車にそっと近づく。
運転席に男が一人、眠っているように見えた。窓ガラス越しにじっと顔を見て、一樹は驚いた。運転席に座っている男は、口から泡を噴いてすでに死んでいるようだった。
剣崎もすぐにその車のところへ来た。
「ケヴィンよ、間違いないわ。」
「誰にやられたんでしょう。」と一樹。
剣崎は、車の窓ガラスに手を当てて、サイコメトリーした。
そのとたん、「ううっ」と呻いたかと思うと、剣崎が蹲った。
「剣崎さん!大丈夫ですか!」
驚いて、亜美が駆け寄り、肩を支える。と同時に、亜美の体も電気に触れたように痺れ、二人ともその場に座り込んでしまった。
「一体どうしたんだ?」
一樹が二人を支える。
「判らない…でも、途轍もなく強い思念波だった・・こんなことって・・。」
剣崎も呆然としている。
「亜美!亜美!」
一樹は、亜美の異変に気付き、肩を揺する。亜美は完全に意識を失っていた。一樹は亜美を抱え上げ、トレーラーに運ぶ。
「どうしたんですか?」
リサがトレーラーに運ばれた亜美を見て一樹に訊く。
「判らない、突然、意識を失ったんだ。」

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8-4 リスク [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

その騒ぎを聞いて、寝室にいたルイが起きてきた。そして、そっと亜美の額に手を当てる。
「強い思念波に貫かれたようね・・。」
「そう・・邪悪な思念波だったわ。」
何とか、自力でトレーラーに戻って来た剣崎が言った。
「あの男は、ケヴィン。レイさんを拉致したレヴェナント。死んでいたわ。途轍もなく強い思念波に殺された様だわ。」
剣崎の言葉に、一樹が反応した。
「チェイサーなのか?」
一樹は、キャンプ場で酷い死に方をした男を見て、チェイサーの恐るべき能力を知った。同じように強い思念波であれば、ここにチェイサーが来たことになる。
剣崎は、先ほどの光景を思い出しながら答える。
「あの車には、その思念波が残されていた。触れただけで意識を失うほどの強い思念波。咄嗟に私は防御したけど、その代わりに亜美さんが全てを受けてしまったみたい。でも、あの思念波は、キャンプ場で感じたものとは違うわ。」
「じゃあ、誰なんだ?まさか、マリアか?それとも、レイ?」
一樹は先程の剣崎の「マリアもレイもチェイサーの能力を凌ぐだけの力を持っている」という言葉を思い出していた。
「いえ・・違うわ。」と、剣崎が答える。
「まさか、レヴェナントやチェイサーとは別に、強大な力を持ったサイキックがいるというのか?」
一樹は驚きを隠せない。その様子を見て、ルイの表情が変わる。
「さあ、判らない。私の知っている限り、あれだけの力を持っているサイキックは居ない。」
剣崎はそう言うと、目を閉じてソファに座り込んだ。
ルイも剣崎の隣に座った。
『剣崎さん!』
それは、ルイの思念波だった。
剣崎は、一瞬、ルイを見たあと、周囲に目配せをして、再び目を閉じた。
『どうしたんですか?』
『この先のことを考えたんです。このままだと大変なことになるのではと・・。』
ルイと剣崎は思念波で会話をしている。もちろん、一樹やカルロスたちには判らない。
『ケヴィンを殺した相手のこと?』
『ええ・・あれだけの強大な力を持つサイキックが、敵だとしたら、矢澤刑事や亜美さんは無事ではすまないでしょう。私たちだってどうなるか・・。』
『しかし、マリアちゃんやレイさんを見つけなければ・・。』
『レイはきっとマリアさんを守るために逃げているはずです。追いかけても無駄だと思います。相手が誰なのか・・』
『ルイさん、あれが誰か、あなたには判っているんでしょう?』
剣崎は目を開けて、ルイを見る。ルイの表情が曇る。
「亜美の様子を見てきます。」
ルイはそう言って席を立ち、隣の寝室へ入った。
剣崎は、この先どうすればよいか思案していたが、なかなか結論が出ずにいた。
「ディナーにしよう!」
アントニオが、その場の雰囲気に似合わないほどの明るい声を出して言った。
すぐに用意され、一樹たちは何とか食事を取って、思い思いのところで休んだ。
翌朝、テレビをつけると、青木ヶ原キャンプ場と本栖湖で、身元不明の変死体が発見されたというニュースが流れていた。警視庁と県警が合同で捜査本部を立ち上げたというアナウンスだけでニュースは終わった。
一樹は、朝食のパンを食べながら、ぼんやりとそのニュースを見ていた。
身元不明の変死体というありきたりの言葉では片付けられないはずだった。おそらく、警視庁辺りから報道規制が掛かっているのだろう。正確な情報を流せば、多くの視聴者が恐怖に陥り、パニックになると考えたのだろう。そして、この事件が、通常の捜査では決して犯人を特定できないことも判っていて、あえて、事件をオブラートで包んでいるに違いない。
一樹は昨日の光景を思い出し、食べていたパンを吐き出しそうになった。
そこへ、ルイが姿を見せた。
「亜美の具合は?」
一樹が訊くと、ルイは少し笑みを浮かべて頷いた。
「もう大丈夫よ。でも、まだ動けるほどではないわ・・。もう少し休ませておいてあげて。」
ルイはそう言って、一樹の隣に座り、朝食に手を付けた。
「剣崎さんは?」
ルイが一樹に訊く。
「ああ、さっき、あの現場をもう一度見てくると言って出て行きました。規制線が張られているので、近くには行けないと思いますが・・・。」
「そう・・。」
ルイは窓の外に視線をやった。
その頃、剣崎は、規制線の貼られた現場が見える高台にいて、現場を見ながら、昨日の光景を思い出していた。
優れたサイキック能力をもっていたはずのケヴィンが、あっさりと殺されていた。
あの死に様から見ると、強烈な思念波で脳細胞が破壊されたくらいの状態に違いない。
チェイサーには、思念波で細胞レベルにまでばらばらにできるほどの能力を持った者はいたが、それとは違う。
昨日、車体に触れただけであれほどの衝撃を感じたのだ。
尋常なレベルではない。だが、近くにいた自分やルイは、その時の異変を察知できなかった。やはり、もう一度、現場に行き、サイコメトリーしなければならない。
剣崎はそう決断すると、急いで、トレーラーへ戻った。
一樹は何とか朝食を終えていて、コーヒーを飲んでいるところだった。
「矢澤刑事、出番です。行きましょう。」
剣崎はドアを開けるなり、強い口調でそう言った。
アントニオが急いで運転席へ戻り、発車させる。本栖湖畔に入ると、入口で警官が制止した。
「この先で事件です。入れません。」
一樹は警察バッジを見せる。
「今、追っている事件と関連がある事件です。捜査本部に許可を取って下さい。」
一樹の言葉に、その警官は不審な表情を浮かべつつ、すぐに無線で捜査本部に連絡した。すぐに返答がきた。
「本部長から、あなた方が追っている事件というのは何かと問われていますが・・。」
一樹と剣崎は顔を見合わせた。
マリア保護は極秘任務である。警察組織の中でもごくわずかの人間にしか知らされていない。おそらく、説明したところで、県警の捜査本部長程度では知り得ないことに違いなく、問答を繰り返した挙句、門前払いを受けることは明らかだった。
「どうします?」
一樹が剣崎に訊く。
『剣崎さん、私が何とかします。』
ルイが思念波で剣崎に話しかけてきた。
『できるんですか?』
『ええ・・実は・・昨夜から、少し新しい力を感じるようになって・・』
『新しい力?』
『ええ、シンクロだけで無く、そこから相手を動かせるようになったようなのです。』
『マニピュレートの能力ですか?』
『ええ、おそらく。』
思念波で二人が会話した後、剣崎が言葉を発する。
「ルイさん、お願いできるかしら?少しの間、皆さんに大人しくしてもらいたいんだけど・・。」
「やってみます。」
ルイは、窓際に立つと、外を見つめて、精神を集中する。すると、集まっていた報道陣が、カメラを置き、次々に座り込んで眠ってしまった。

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8-5 メール [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

「まさか!・・こんなことが・・。」
一樹は驚いた。
他人の思念波にシンクロする能力は、知っていたが、相手を操る事ができるなんて初めて見る光景だった。
「これがマニピュレート能力よ。シンクロ能力はその入口、相手の思念波とシンクロするということは、相手の意思を操れることになる。今まで、ルイさんやレイさんはそういう場面に出会わなかっただけ。その気になれば、命を奪うことだってできるでしょう。」
剣崎が落ち着いた声で説明して、一樹を見た。
「しかし・・一度にこれだけの人を?そんな・・。」
一樹はいまだに信じられない様子だった。
「きっと、それは、同じような能力を持つ者と接触したからよ。サイキック同士が接触する事で互いの能力を高める作用があるらしいわ。私は出来損ないだから、とてもそういう領域には達しないけれど・・ルイさんやレイさんのように高い能力を持つ場合、そういうことが起きるのよ。」
剣崎は少し悲し気に説明した。それが何を意味するのか、一樹はその時は気付かなかった。
「さあ、急ぎましょう。」
剣崎はドアを開けて、事件現場の車両へ走り寄る。周囲を見ると、刑事たちも報道陣と同様に、座り込んで眠っている。
剣崎は、車両に近づき、サイコメトリーを始めた。
直接触れるとまた強い思念波に襲われる。ギリギリの場所に立って、手を翳し、そっと目を閉じた。だが、何の映像も浮かんでこない。
「ダメだわ・・やはり、触れないと・・。」
剣崎は迷っていた。
再びあの思念波に触れると、自分が壊れてしまうのではないか・・不安を抱きながらも、やはり、ケヴィンを殺害したサイキックの正体を確かめる必要がある。
ゆっくりと手を伸ばし、車体に触れる。
その瞬間に、全身に強い衝撃が走る。
真っ白な映像。ぼんやりと人のシルエットが浮かんでいる。男の様だと辛うじてわかる程度。そのうち、意識が朦朧としてきた。
後ろから剣崎を観察していた一樹が、思わず駆け寄る。
剣崎は手を伸ばしたまま、大きく瞳を開き、口から泡を噴いて立ちすくんでいた。
「剣崎さん!剣崎さん!」
一樹は剣崎を抱きかかえ、急いで、トレーラーに戻った。
剣崎は意識を失ったままだった。
ルイも、初めてマニピュレートをして異常に体力を消費したために、ソファに倒れ込んでいた。
あまりの状況に、一樹は、アントニオにすぐにその場を離れるように言い、トレーラーを発車させた。トレーラーは、西富士道路を南下する。
周辺に、チェイサーが潜んでいる可能性があると思った一樹は、とにかく、今は、剣崎やルイを守ることが最優先であり、そのためには、その場から離れることが必要だと考えていた。アントニオには、出来るだけ街中、人の多いところへ向かう様に告げた。
西富士道路から、新東名高速道路に入る。
「追いかけて来る車はなさそうだな・・。」
バックミラーを見つけて、一樹が呟く。
「アントニオ、次のサービスエリアに入ろう。」
運転席のアントニオはウインクで答えた。
「カルロス!二人の様子は?」
剣崎とルイはソファーに横たわっていて、カルロスが介抱していた。
「まだ、目が覚めません。」
トレーラーは、新静岡サービスエリアに入り、パーキングの一番奥に停まった。
「さて、これからどうすればいい?」
一樹は小さく呟き、ソファに横たわる剣崎とルイを見ながら考えた。
レヴェナントを抹殺したチェイサーはおそらくマリアとレイを追うはずだ。
いや、チェイサーではない、別のサイキックがレヴェナントのケヴィンを抹殺したのだとしたらどうなる?そのサイキックは、マリアやレイを追うのか、それとも、何か別の目的があって、ケヴィンを抹殺したのか。その目的は?
マリアとレイはどこへ消えたのか。
そう考えながら、一樹の脳裏には、あのキャンプ場の男の遺体の様子が浮かぶ。拳銃やナイフで殺された遺体も酷いものだが、あの遺体はもはや人間のものとは思えないものだった。目に見えない思念波で襲われれば、防御のしようがない。立ち向かう術などない。
改めて、今、自分たちが対峙している相手の恐ろしさを思い知らされたようだった。
しかし、何としてでも、マリアとレイを見つけ保護しなければならない。一体どうすれば良いのか。
一樹は、答えのない問いを続けていた。
「一樹。」
寝室から亜美が起きてきた。足元はまだおぼつかない。
「大丈夫か?」
一樹が、亜美の方を振り向いて訊く。
「ええ・・ここは?何があったの?」
一樹は、亜美に、朝の出来事を話した。
一通り話を聞いた亜美は、剣崎とルイの様子を見た。
「剣崎さんがこんなになるなんて・・。」
亜美も、一樹同様、これからどうすれば良いのか判らず黙ってしまった。
「矢澤さん!ボス・・いや、剣崎さんにメールです。」
カルロスはそう言うと、モニターにメールを映し出した。
送り主は、「U」とだけ記されていた。幾つか、画像データが何点か添付されたメールだった。
「生方さんからだわ。」
亜美はそう言うと、画像データを開く。
画像はフェルメールの絵画のようだった。それを、以前生方から送られたソフトに落とすと、文字が現れ、「L、M、OK」と読み取れた。
「L、M?」と、一樹が呟く。
「レイさんとマリアさんの事じゃないかしら?」と亜美が閃いたように言った。
もう一つの画像を開く。今度は、レンブラントの絵画だった。
同じように、ソフトに落とすと、20桁の数字が浮かび上がった。
「二人の居場所かしら?例えば・・緯度と経度とか・・。」
亜美はそう言うと、すぐにマップソフトを開き、その数字を打ち込んだ。だが、そこは太平洋の真ん中あたりで、とても二人の居場所とは考えられなかった。
「緯度と経度なら、17桁程度だろう。何か別の数字なんだろう。・・もう一つある。それと関係があるかもしれないな。」
そう言って、最後の一つを開く。
それは、幾何学模様が幾つも重なっている画だった。ソフトに落としてみたが、特に数字や文字は現れなかった。
「さっぱりわからないな・・・。」
一樹は、二つ目の数字と、三つ目の文字を交互に睨みながら呟いた。
「最後の一つだけ、どうして、こんな幾何学模様なのかしら?」
亜美も呟く。
「レイさんやマリアさんが無事というのも、推測の範囲だな。生方からのメールとも限らない。もっと、確証がなければ・・・。」
一樹が否定的な言葉を口にした。
「いえ、これは生方さんからのメールよ、だって、あのソフトに落としたら文字が浮かんできたんですもの。間違いないわ。」
「じゃあ、どうして、最後の画像だけ何にも浮かんでこなかったんだ?」
「それは・・。」
亜美はそう言ったものの、反論するだけの考えはなかった。

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8-6 暗号 [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

二人が頭を抱えているのを見て、リサが、MMにいた時に訓練を受けた「暗号」を思い出した。
「あの・・いいでしょうか?」
リサの言葉に二人がぼんやりと反応する。二人の頭の中は、数字と文字で一杯になっていて、他の情報はもうは入らない様子だった。それでも、一樹が「何か、思いついたのか?」と訊く。
「一つ一つバラバラじゃなくて、重ねてみたらどうでしょう。・・何か、あの幾何学模様の絵はそんなふうに使うんじゃないかと思うんです。」
そう言われて、亜美がゆっくりと画像を重ねてみた。
「これは・・。」
モニター画面には、人物の写真の入ったデータが浮かび上がっている。
その時、剣崎が意識を取り戻した。
一樹と亜美、そしてリサはモニター画面を消して、剣崎を見る。
剣崎はカルロスに支えられながら起き上がった。
「大丈夫ですか?」
リサがいたわるように訊くと、剣崎は「大丈夫」というように手を少し上げて答えた。
「ケヴィン殺害の犯人の顔は判らなかったわ・・。」
剣崎は、強い衝撃で意識を失ってしまったことで、残像をサイコメトリーできなかったことを強く悔しがっていた。
そのうち、ルイも目を覚ました。
ルイは起き上がると、すぐに、剣崎の手を取った。そして、目を閉じる。
「どうしたんですか?大丈夫ですか?」
心配する亜美が声を掛けたが、既に、ルイは剣崎の思念波にシンクロしているようだった。ほんの数秒の事だった。
ルイは、大きく溜息をついた。
「やはり・・彼なのね・・。」
予想していた通りだとルイは哀しい表情を見せた。
「判ったんですか?」と亜美が訊く。
「ええ、剣崎さんの思念波に残っていた映像にシンクロしました。かなり強い思念波が、剣崎さんの中に残っていました。そして、そこには、彼の・・伊尾木の姿が見えました。」
ルイの言葉に皆驚いた。
「どういうこと?彼にそれ程の力が?」
剣崎がルイを質すように訊いた。
ルイは、小さく頷き、何から話すべきかと頭の中を整理する様子を見せた後、口を開いた。
「彼は、イプシロン研究所の被験者だったという話はしましたね。」
亜美も一樹も、頷いた。
「イプシロン研究所には、未熟な研究者が多かったんです。その上、特別な能力の存在を証明することに研究の大半を費やし、特別な能力が起こす現象を捉えることに熱心だったんです。被験者がどのような能力を持っているかよりも、サイコキネシスとか透視とか、素人でも理解できる現象を追い求めていました。・・私自身も、シンクロ能力がどういうものかというより、それで何ができるのか、例えば、相手の心を読むとか、特定の人の所在を思念波で見つけるといった、そういう実験ばかりに明け暮れていたんです。だから、私や伊尾木が持っている能力の可能性について・・いえ、その能力がレベルアップするとどうなるのかまで、研究のテーマにしていなかった。」
「つまりどういうこと?」と剣崎が聞き直す。
ルイは少し間を置いてから答える。
「特別な能力は、それ一つではないんです。人間が成長するように、能力も成長する。父も、そこに着目し、私を実験台にしていた。伊尾木もおそらくそのことに気付いていたんでしょう。イプシロン研究所の事故は、彼が、あそこから逃げ出すために仕組んだものだったんです。」
「ルイさんはそのことを知っていたんですね?」
と、剣崎が再度訊く。
「ええ・・でも、そのことは黙っていました。イプシロン研究所で行われていた非人道的実験を知り、研究所は存続すべきではないと思っていたからです。おそらく、伊尾木が事件を起こさなければ、私が起こしていたかもしれません。それ程に酷い実験を繰り返していたんです。」
ルイは、イプシロン研究所の事を思い出し、少し震えていた。
「でも、伊尾木は、磯村氏になりすまして、IFF研究所を作った。矛盾していませんか?」
亜美が訊く。
「ええ、身を隠すためという方法としては賢い方法ではない。むしろ矛盾しているように見えるかもしれませんね。」
ルイが答える。
「矛盾しているように見える?」と、亜美が訊く。
「おそらく、彼は、イプシロン研究所のバックにいるF&F財団に立ち向かうために、敵の懐に入ったのだと思います。内情を探るには、格好の場所ですから。」
剣崎が、ルイの話を聞いてハッと閃いた。
「きっと彼は、F&F財団の情報を得る中で、エヴァ・プロジェクトを知ったのかも・・。」
「おそらく、そうでしょう。」とルイ。
「ちょっと待ってください。・・確か、マリアが施設を抜け出たのは、エヴァ・プロジェクトの第一歩だったと言ってましたよね。でも、その・・うまく言えませんが・・・マリアをマーキュリー学園に入れたのも、伊尾木だったんでしょう?・・彼は、マリアの能力を知らなかったはずはないと思うんです。マリアをマーキュリー学園に入れなければ、エヴァ・プロジェクトも始まらなかったんじゃないんですか?」
亜美は、混乱する頭を整理するように言葉を綴り、質問する。
「知っていたけれど、抵抗する事ができなかったのでしょう。」
ルイが言う。
「それで、富士FF学園やIFF研究所を閉鎖したのでしょう。これ以上、F&F財団に加担することは自分自身許せなかったのかもしれません。」
剣崎も、ルイの言葉を続けるように言った。
「じゃあ、伊尾木は、マリアさんやレイさんを守るために、ケヴィンを殺害した・・私たちの味方ということでしょうか?」
リサも訊く。
「そんな簡単なものじゃないだろうな・・。」
話を聞いていた一樹が口を開く。
「浜松で、彼を見た時、探すなと言ったんだろ?きっと何か別の思惑があるはずだ。」
一樹はそう言うと、先ほどのモニター画面を起動した。
そこには、生方から送られたデータから見つかった文書が映っている。
「え?これは何?」
剣崎が画面を食い入るように見る。ルイも同じように画面を見た。
「これ・・伊尾木の・・被験者だったころの記録です。なぜこんなものが?」
ルイが訊く。
「生方さんから送られてきたんです。どういう意味か判らないんですけど・・。」
亜美が答えると、剣崎が訊く。
「これはどんな形で送られてきたの?」
そう訊かれて、元データを映し出した。
「これには、L/M/OK、の文字と20桁の数字が隠されていました。L/M/OKというのは、きっとレイさんとマリアさんが無事だという報せではないかと…もう一つの数字は全くわかりません。」
亜美が説明すると、剣崎は、すぐにパソコンのキーボードを叩く。
どうやったのかは判らないが、文字と数字を打ち込んだ後、何か別の文字を入れたようだった。
すると、画面には意味不明なアドレスが表示された。さらに、剣崎は、何か文字を打ち込んでいく。そこにはIFFとかEvaの文字が並んでいた。
「何が書いてあるんですか?・・というか、これは何ですか?」
一樹が剣崎に訊く。
剣崎は、一樹の質問に答えず、じっと画面を食い入るように見つめている。

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8-7 トップシークレット [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

「やはり・・そうなんだわ・・。」
剣崎はそう呟くと、画面から目を離し、一樹たちの方を向いた。
「すべて判ったわ。さっきの画面はF&Fについて、アメリカ政府が独自に調査していた記録にちがいない。生方はそれのありかを見つけたのよ。」
剣崎は続ける。
「さっきの文字と数字は、昔、私が彼に教えた暗号だったの。教えてくれたのは、トップシークレットを保存しているサイトのアドレスよ。Lというのは左から、そしてMというのは真ん中から、OKは、ゼロをKに置き換えろと言う意味。暗号化されたサイトへの入り口を教えてくれたのよ。」
意味が判るような判らない様な説明だったが、とにかく、トップシークレットとされた情報を入手したのは間違いなかった。
生方は、剣崎が特別な能力を持つとは知らない。ただ、今回の事件から、彼なりに調べた結果のようだった。
「それで何が判ったんだ?」
一樹が訊く。
「エヴァ・プロジェクトの発端は、やはり、伊尾木だったようね。」
「伊尾木が発端?そんなはずは。彼は、イプシロン研究所の被験者の一人に過ぎなかったはず。」
ルイが驚いて反論する。
「伊尾木自身が始めたというわけじゃないわ。被験者の一人だった´伊尾木’の能力がある条件で飛躍的に高まることを発見した研究者がいたのよ。そして、それは、財団トップに報告された。そこから、エヴァ・プロジェクトが始まったのよ。」
「その研究者は?」とルイ。
「あなたも知っているはずよ。報告したことを知った伊尾木がその研究者を殺し、研究所を閉鎖に追いやるほどの事件を起こして逃げた。そのあと、彼は、じっと身を潜め、この計画を潰す機会を待っていたようね。」
剣崎が言うと、一樹が言う。
「だが、彼自身、IFF研究所から、マリアをマーキュリー学園に送り込んだ張本人。自ら、エヴァ・プロジェクトの片棒を担いでいる・・矛盾している。」
「ええ、そう。彼もおそらく、マリアにそれ程の能力があったとは知らなかった。でも、組織にいて、マリアの事を知った。それでエヴァ・プロジェクトが始動した事も知ったはず。」
「自分で蒔いた種じゃないか!」
一樹は腹立たしさを隠さず強い口調で言った。
「だから、彼は、富士FF学園を廃止し、IFF研究所も閉鎖した。おそらく、自宅に放火したのも彼自身かもしれないわね。・・そうやって、エヴァ・プロジェクトを潰すことを最後の目的にしているのでしょうね。」
剣崎が言うと。亜美が驚いて訊いた。
「まさか、計画を潰すというのは?」
剣崎は哀しげな顔で答える。
「マリアさんを抹殺するということでしょうね。すでにマリアさんには、伊尾木を凌ぐほどのマニピュレーターとしての能力がある。このまま、レイさんと一緒にいれば、それは一層高まっていくでしょう。そうなる前に、伊尾木はきっとマリアさんの居場所を突き止め、殺すつもりでしょう。」
剣崎は、生方から送られたメッセージを確実に読み解き、冷静に分析して確信をもって言った。
「そんな・・彼女は何も知らない少女なのに・・」
ルイが涙を流しながら言う。
それは、娘レイの歩んできた道と重なると感じたからだった。ルイに備わっていた能力は、確実に、娘レイに引き継がれた。そして、それが、彼女の人生を大きく左右してきた。娘レイには、受け入れがたい運命(さだめ)だったはずである。
「一刻も早く・・いや、伊尾木よりも早く、レイさんとマリアさんを見つけなければ・・。」
一樹が言う。
「でも、どうやって・・。」
亜美が言う。
ルイが、まだ濡れた瞳のままで、そっと言った。
「探さない方が良いわ。」
一樹も亜美も、信じられないという表情を浮かべてルイを見た。
ルイは涙を拭い、一呼吸おいてから言った。
「昨日、富士山の中を走っていた時、一瞬だけど、独特の波長をもった思念波を感じたの。おそらく、あれは、伊尾木のもの。伊尾木は、ケヴィンを殺害した後、キャンプ場へ向かったはず。私たちは、すれ違ったのよ。剣崎さんも感じたんじゃありませんか?」
ルイに問われ、剣崎も小さく頷いた。
「彼も私たちの存在に気付いたはず。・・あの思念波は、近くにいるサイキックを見つけるための・・言わば、レーダーのようなものだったんじゃないかと思うんです。」
「レーダー?」と一樹。
「ええ、そうやって、彼はきっとケヴィンの居場所を突き止めて殺害した。もしかしたら、次はチェイサーを仕留めようとしていたのかもしれません。伊尾木の力は、想像を超えた領域にあるはず。」
ルイが説明を続ける。
一樹は、あのキャンプ場で無残に殺された男たちの姿を思い出していた。思念波で人を殺すというのは、銃やナイフで殺害するのとは次元が違うことを目の当たりにして、そんな相手を殺害しようと考えている伊尾木の能力はもはや想像すら届かない者だろうと感じていた。
「でも、それなら、なおさらレイさんやマリアさんを早く見つけないと・・。」
亜美が重ねて訊く。
ルイが答える。
「私たちがレイの居場所を突き止めようとしている事は、恐らく伊尾木も気づいている。私たちが気付かないところで、彼は私たちの動きを監視しているように思うんです。」
「そんな・・じゃあ、私たちはどうすれば・・。」
と亜美が言うと、剣崎がルイに代わって答えた。
「きっと、彼はマリアさんだけでなく、マリアを守ろうとするレイさんも殺害するはず。そして、ルイさんもターゲットにしている可能性があるのよ。一堂に会したところで一気に仕留めるということだって考えられるわ。もし、レイさんがマリアさんとともに、安全な場所に身を隠しているのなら、少しそっとしておいてみたらどうかしら?・・その間に、伊尾木とどう戦うかを考えなければ・・今の私たちには勝ち目はないでしょう?」
剣崎の真意は判った。
確かに、今、伊尾木と対峙しても圧倒的な能力の違いに為す術はないだろう。伊尾木という人物をもっと知らなければならない。そのうえで、彼と対峙するのではなく、彼とともにエヴァ・プロジェクトを潰すためにできることを見つけることが最善だと言えるだろう。
「一度、橋川へ戻りましょう。」
剣崎が皆に訊く。亜美やルイ、リサが頷いた。
「俺はもうしばらく、ここに残る。伊尾木がチェイサーを狙っているなら、まだ、近くにいるはずだ。伊尾木が俺たちの動きを監視していると言っても、おそらく、剣崎さんやルイさんたちのようなサイキックだけかもしれない。俺は対象外だという可能性は高い。それなら、こちらから伊尾木の居場所を掴むこともできるかもしれない。」
一樹の提案は判ったが、命の危険が高い事も事実だった。
「亜美、橋川に戻って、レイさんが身を潜めていそうなところを探してくれ。きっと何か手掛かりがあるはずだ。」
一樹は、皆の了解を取るまでもなく、カルロスから乗用車のキーを奪う様にして取り上げ、さっさとトレーラーを降りて行った。
「まあ、良いわ・・カルロス、矢澤刑事と一緒に行って!」
カルロスがすぐに一樹の後を追って出て行った。
「アントニオ、橋川へ戻るわよ。」
トレーラーはゆっくりと動き始める。それとは反対の方向に、一樹とカルロスの乗った乗用車は走り出した。

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8-8 疑惑 [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

亜美たち一行は、橋川に戻ると、新道家へ向かった。
ルイは、ほんの数日、離れていただけなのに、随分と長く離れていたように感じていた。家に着くと、紀藤署長が待っていた。
ルイは、リサに支えられるようにしてトレーラーから降りて来る。すると、紀藤署長がすぐに駆け寄った。
「ルイさん、疲れていないかい?」
「ええ・・少し・・。少し横にならせて・・。」
そう会話すると、リサがルイを支えて、早々に家の中へ入って行った。ルイを見送ってから、トレーラーが動き始めようとしたところに、玄関から一人の女性が飛び出してきて、トレーラーに駆け寄った。
「あの・・紀藤さん・・紀藤亜美さんはいらっしゃいますか?」
白髪交じりではあるがしっかりした姿勢と明瞭な声をもった女性だった。
その女性を追いかけるようにして、リサも出てきた。
「安川さん・・どうされました?」
そう言ったのは、リサだった。
「ああ、リサさん・・・あの、紀藤亜美さんにお伝えしたいことがあるんです。」
その女性は何か切羽詰まった表情で言った。
「この方は、昔から病院で働いておられた安川さん、昨年まで総看護師長をされていたんです。私もここへきてからずっとお世話になっていました。確か、先代の神林院長のころからいらしたんですよね。神林院長の事件も、その後の病院内の事件も、何もかもご存じの方です。もちろん、レイさんやルイさんの特別な能力の事も・・。」
と、リサは、皆に安川を紹介した。
「私が、紀藤亜美です。何かありましたか?」
トレーラーを降りてきた亜美が訊く。
「ああ・・良かった。実は、レイさんからメールを貰ったんです。」
安川はそう言って、スマホのメールを開いて見せた。
そこには、短い文章が書かれていた。
『紀藤亜美さんに、無事と伝えて。』
「どうして、安川さんにメールを?」
と亜美が不思議に思って訊いた。
「いえ、これは私宛ではないんです。病院連絡用のメールで、レイさんと医師、看護師の間で、緊急時に情報のやり取りするためのものなんですが、私が退職した時、別のアドレスに代わったので、使われていなくて・・・偶然、気づいたんです。何か、特別なものだろうと思って、何とかお伝えしようと、お待ちしていました。」
「これは、いつごろ?」
「二日ほど前でした。」
二日前は、レイとマリアが青木ヶ原の樹海に姿を消した日だった。
「無事のようね・・。」
と、剣崎が、何とか息を吐き出すように言った。冷静に振舞っていたが、剣崎はルイとマリアの安否を誰よりも気にしていたようだった。
「二人はどこにいるんでしょう?」と亜美。
「これだけでは何も判らないけど、とにかく、チェイサーから逃れて身を潜めているということでしょうね。」
「でも、どうして、安川さんのところに?」とリサが訊く。
「レイさんたちは、まだ、ケヴィンが追跡していると思っているのでしょう。私たちは今までも彼らに監視されていた。だから、私たちに直接メールを送れば、所在が突き止められると考えたのでしょう。まさか、今は使われていない様なアドレスまでは監視していないでしょうから。とにかく、無事ということが判ったんだから、私たちも、出来ることをやりましょう。」
トレーラーは、港湾地区の空き地へ向かう。剣崎がアメリカから戻るまで常時駐車していた場所。
亜美は一度自宅へ戻ることにした。
トレーラーは、剣崎とアントニオだけになった。
簡単に食事を済ませると、剣崎は、生方が送ってきた情報を検証した。
まだ読み取っていない情報があるのではないかと考えたのだった。
モニターに、絵画の画像を広げる。以前に生方から入手した解読ソフトで暗号を解読する。3枚の絵画の重なりを変えて何度も読み取っているうちに、剣崎の脳裏に違和感が浮かんだ。
「これ、ほんとうに生方からの情報かしら?」
剣崎は呟く。
メールには「U」に文字があっただけで、生方からだと信じていたが、彼にここまで詳細の情報を入手することが本当に出来たのだろうか?だいたい、彼がF&F財団の事をどこまで正確に理解しているのかも不明なのだった。
捜査の初期に、生方は姿を消した。身の危険を感じたと言っていたが、その後、「ケヴィン」の情報を知らせて来た。だが、それ自体、不思議だった。自分たちがサイキックであることを生方は知らないはず。だが、暗号画像の手法を生方に教えたのは自分であり、この方法を知っている者が他に…と考えていくうちに、或る仮説が頭に浮かんだ。そして、以前、亜美が持ち込んできた資料の束を開き始めた。
同じころ、亜美は自宅へ戻っていた。あのメールが本物であるなら、レイとマリアは無事に追ってから逃れたということになる。少し安堵した。
久しぶりに自分の部屋に戻ると、一気に緊張が解けた。亜美はベッドに身を投げるようにして深く眠った。
翌朝、亜美は、病院へ向かい、昨日メールを見せてくれた安川に会いに行った。
受付で、安川の所在を聞くと、3階のリラックスルームだと教えられた。
安川は、リラックスルームの隅に座っていた。入口で彼女の様子を見ていると、時折、どこかを凝視しては、近くにいる看護師に合図する。看護師が安川のところに来ると、安川は看護師に何か耳打ちしている。すると、看護師は、すぐに近くにいる患者に駆け寄り、何か処置をした。
「あの、安川さん、昨日はありがとうございました。」
亜美が近寄り、挨拶をする。
「あら、紀藤さん。」
安川は、柔らかな笑顔で答えた。
「安川さん、先ほどから拝見していると、看護師の方へ何か指示されていたようでしたけど・。」
亜美が訊くと、安川は少し戸惑った顔を見せてから、答えた。
「いいえ、指示というわけではないの。もう看護師長ではないのですから・・ただ、先ほどの患者さんの点滴が少し具合が悪そうだったので、確認してほしいと伝えたんです。看護師長を退職した後、ここで患者さんの話し相手になってみようと思ったんです。ボランティアなんですけど・・昔の癖がつい出てしまって・・お恥ずかしい限りです・・。」
安川は、根っからの看護師だった。
亜美が安川と会話している最中も、彼女の眼は周囲にいる患者に向いていた。何か気になると、近くにいる看護師に小さく合図を送っている。
「あの・・安川さん、レイさんの隠れていそうなところに心当たりはありませんか?」
亜美は何とかレイたちの居場所を突き止めたかった。
「レイさんが身を潜めていそうなところですか・・・。私もあのメールを見て気になっていたんですけど・・・。」
安川はそう言いながらも、リラックスルームを出入りする患者を気にしていた。ある患者が入って来た。車椅子に乗せられているが、見るからに衰弱が進んでいるようだった。
車椅子を押す看護士が何か話しかけるが、ほとんど反応できない様子だった。それを見て安川がハッと思い出した。
「もしかしたら・あそこかも。・・院長がまだこちらに来られた間もない頃、末期癌の患者の方を診られて、臨終まで・・それは丁寧に対応されたんです。その後も、その方の奥様が事あるごとに病院に来られて、ご家族のようにお付き合いされていた方がありました。最近は御顔を見なくなりましたが・・もしかしたらその方のところかもしれません。・・何かあったら御力になっていただけるからと私にも話されていましたから・・。」
安川の言葉を聞き、亜美は藁をも縋る思いで、その人の住所を調べてもらうことにした。

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8-9 末路 [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

マリアとレイを追って、青木ヶ原樹海に入ったチェイサーたちは、富士風穴まで追っていった。
「急げ!」
チェイサーは部下に強い口調で命じる。部下たちは、生い茂る木々の間を走り抜けてついに、風穴へ続く道路に辿り着く。
チェイサーたちが着いた時、富士風穴は既に門を閉ざし、誰ひとり居なかった。
チェイサーは、周囲にマリアたちが潜んでいるのではないかと思念波を使って探ってみた。だが、周囲には居なかった。
部下たちも周囲を探してみたが、これといった手掛かりは得られなかった。次の日に、キャンプ場へ戻ることにした。
先に戻っていた部下の一人から連絡が入った。
「レヴェナントの首謀、ケヴィンが死にました。」
ケヴィンの死は予想していなかった事だった。
「ケヴィンが?どういう死に様だった?」
チェイサーが部下に訊いた。
「湖のほとりの駐車場の車中で死んだという報道でした。薬物中毒ではないかと・・」
「そんな馬鹿な・・おそらく、薬物中毒に見せかけて殺したか、警察も原因を特定できずにいるかだな・・。」
チェイサーはそう言うと、考え込んだ。もしかして、マリアたちか?・・いや、マリアとレイは確かに森へ逃れた。他にも、サイキックがいるというのか?ケヴィンを殺す事ができるとは、かなりハイレベルなサイキックのはず。そんな存在は本部からの情報にはなかった。やはり、マリアとレイが関与しているというのか。だが、彼女たちが青木ヶ原を抜けて逃れたのは間違いない。
「それと、キャンプ場周に多数の警察車両が集まっています。」
ケヴィンの部下たちの遺体は、剣崎たちが通報していたため、すぐに警察が現場に集まってきていたのだった。
「判った。だが心配は要らない。」
チェイサーはそう言って、部下たちに森の中に身を潜ませた。
キャンプ場を見下ろせる場所に来ると、眼下に予想以上に多くの警察車両が集まっているのが見えた。警官の数も多い。
「心配ない。」
チェイサーはそう言って目を閉じる。
そして、警官たちに思念波の矢を放った。ケヴィンの手下たちを殺害した強い殺傷力を持った思念波であった。チェイサーは警官も殺害するつもりだった。
だが、一人の警官も変化はない。
「いったい、どういうことだ?」
再びチェイサーが、思念波の矢を放つ。
先ほどよりもさらに強い思念波だった。だが、警官たちに、到達しているようには見えなかった。
「なぜだ・・・まさか・・」
チェイサーはそう呟くと、今度は、弱い思念波の波を周囲に送り始め様子を探った。チェイサーの脳裏には、キャンプ場を取り巻く思念波のバリアが見えた。
「・・誰かがバリアを作っている!・・一体・・誰だ!」
キャンプ場一体に大きな思念波の壁でできたドームが覆っている。それは、チェイサーの強い思念波の矢をいとも簡単に弾き返すものだった。ドームの中心に不審な人影はない。中心から発せられた思念波のバリアではなく、外から覆いのように掛けられたものだった。
「ケヴィンは死んだ。一体、だれが・・まさか、マリアか?」
チェイサーは周囲に思念波の波を更に広い範囲に送り、探った。
近くに、サイキックがいるのなら反応が返ってくるはずだった。
だが、放った思念波は何かに吸い取られていくように消えていく。そして、それと同時に、恐ろしく強い思念波の矢が向かってきているのが判った。
「いかん!」
チェイサーは咄嗟にバリアを作った。
そして、対峙するサイキックがこれまで出会った事もない最強の能力を持っていることを悟った。このままでは、自らの命が危うい。
普通の人間の眼には見えない、棘のように強い思念波の矢が向かっている。それは、一方向から真っ直ぐに飛んでくるのではなく、まるで、チェイサーを取り囲むようにして、生き物が獲物を捕らえるかの如く、向かってきている。
周囲に居たチェイサーの部下は、全くその存在に気付かず、ただ、為す術なく、次々に、頭部を射抜かれて倒れていく。
チェイサーは、自らの身を守るのが精いっぱいだった。とにかく、強く分厚い思念波のバリアを張り、身を守っている。
チェイサーは、しばらく、思念波の矢に耐えて過ごした。これだけ強力な思念波の矢を放ち続けるには膨大なエネルギーが必要なはず。暫くすると、矢はパタリと止まった。
周囲には、部下たちが倒れている。おそらく、みな頭部を射抜かれ、脳はぐちゃぐちゃになっているに違いなかった。
矢が止まった隙をみて、チェイサーが反撃に出た。
今まで以上に強いエネルギーを使って、周囲に向けて、思念波の矢を放った。相手がどこにいるのか判らず、無差別に矢を放つ。
だが、放った思念波の矢は吸い取られているように感じられた。
あれだけ強力な思念波を発した相手が誰なのか、見当もつかない。だが、相手を探るよりも我が身を守ることが優先だと判断し、チェイサーは、青木ヶ原の樹海深くに身を隠すことにした。

一連の様子を、一樹が目撃していた。
一樹は、キャンプ場の遺体発見者として、警察の臨場に同行し、警察車両の中に居たのだ。
一樹は高台に人影があるのを偶然に見つけ、高精度スコープで様子を見た。
数人の男達、中央の男がこちらを睨みつけている。暫くすると、その男は驚いた表情を浮かべ、再度、こちらを睨み付けた。その後、男は、蹲り身構える。と同時に、周囲に居た男たちが次々に倒れていく。
一樹はその一部始終を見ながら、サイキック同士の戦いが起きているのだと直感した。
高台に居る男が戦っている相手は誰なのか、一樹も周囲の様子を、スコープを使って探った。だが、それらしき人物は見当たらない。
警官の中に紛れているのかと考え、キャンプ場にいる警官の様子も探った。
相変わらず、警官たちが手分けをして、現場検証を行っている。発見した遺体を一つ一つ検分して、写真に納め、遺体袋に入れ運び出していく作業が粛々と進められていた。だが、それらしき人物は見つからない。
「いったい、どこにいる!」
再び、高台に目を向けると、残った男が樹海の中に入っていくのが見えた。おそらく、あの男は、剣崎が話していたチェイサーに違いない。マリアとレイの安全を確保するためには、チェイサーを捉えなければならない。
「おい、あそこの高台にも遺体があるぞ。」
一樹は、車から降りると、近くにいた警官に声をかけ、自ら、高台を目指して走り出した。
一樹のあとを数人の警官が追ってくる。
一樹が言った通り、高台の周囲には十人程の男が倒れている。一樹はそっと駆け寄り、首筋に手を当てる。脈はない。
「皆、死んでいるな・・。」
追って来た警官は、すぐにキャンプ場に居る指揮官に連絡を入れる。現場で何かどよめきのような声が聞こえ、大勢の警官が高台にやってくる。
一樹は、その様子を確認すると、そっとその場を離れて、男の後を追って樹海に入って行った。

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8-10 マニピュレート [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

「ここまでくれば大丈夫だろう。」
何とか逃れてきたチェイサーは、樹海の大きな岩に腰掛け体を休める。思念波の戦いで、精神的に疲弊し、さらにここまで逃げてきて体力的にも限界に近かった。先ほどの高台からはかなり離れたはずだった。
「あれほどの力・・尋常じゃない。」
チェイサーは、F&F財団の研究所の中で育成されたトップクラスのサイキックであると自負していた。思念波を使った戦いで後れを取ったことはなかった。だが、到底かなう相手ではないことを体感し、逃れるのが精いっぱいだった。
「まさか、エヴァ・プロジェクトはすでに怪物を生み出したというのか?」
ふと、自分は、エヴァ・プロジェクトの単なる囮にされたのではないかと疑念がわいた。
急に、周囲の音がピタリと止んだ。
ただ静けさが訪れたのとは違う。周囲を大きな力が包み込んでいるようだった。

そして、それは明らかに、思念波で造られた巨大なボールの様なものだった。完全にチェイサーは思念波の中に捕らえられてしまった。そして、それは徐々に縮まっていく。
チェイサーの中に恐怖が広がる。
抵抗する為に、最後の力を振り絞って、強い思念波の矢を放った。だが、それはただ吸収されてしまうだけだった。
そのうちに、腰かけていた岩が動き始める。
そのまま、少しずつ浮かび始めて、完全に宙に浮いてしまった。

一樹は少し離れた場所から、その先で起きている異変に気付き、足を速めた。
目の前に、巨大なボール状のものが浮かんでいる。
よく見ると、地面ごと切り取られた形になっていて、その中に、先ほど見た男がいる。
周囲の異変に狼狽えた表情を見せている。暫くすると、その巨大なボール状のものが徐々に小さくなっていく。その中にいる男は、切り取られた地面の土や岩に押しつぶされそうになって、もがき苦しんでいる。
そして、ついに、それは手のひらほどの大きさにまで小さくなり、パチンと弾けて消えてしまった。
一樹は、目の前で起きた事が信じられなかった。
どういうふうにすれば、あれだけの物体が消えてしまうのか。マジックを見ているようだった。
だが、それは次に自分の身にも起きることかもしれない。一刻も早くこの場から離れなければならない。慌ててきた道に戻ろうとした。
だが、振り返ると、道が無くなっていた。周囲のどこを見ても深く暗い森が続いている。抗う事が無意味なのは先ほどの出来事を目の当たりにして、理解していた。
一樹は、ジタバタするのはやめた。そして、その場に座り込んだ。
一瞬、体の中に何かが入って来たのを感じた。
『私は敵ではない』
そう、頭の中で声が響く。
『誰だ?』
一樹は、声ではなく頭の中で会話を試みた。
『正体など、意味のないことだろう。既に君は私の一部になっているのだから』
そう言われて、確かに、意識はあるが自分の意思では自分の体を動かす事ができなかった。
『どうするつもりだ?』
『命を奪うつもりはない。ただ、しばらく、その体を借りることにする。』
そこまでの会話を最後に、一樹は自らの意識を失ってしまった。
夕刻になり、一樹はようやく樹海から出てきた。
「心配しましたよ。」
県警の警察官の一人が、樹海から出てきた一樹を見つけて駆け寄ってきた。
「大丈夫だ・・残念ながら、犯人らしき男は逃してしまった。」
一樹は答えた。
「樹海の中に逃げたんですか?」
「いや、確証はない。人影らしきものを見たので追っていったんだが、途中で見失った。」
それを聞いた警官が現場の指揮官に報告した。
「樹海の中に夜間に入るのは危険だ。捜査は明日にするぞ!」
現場の指揮官の声が響き渡る。
キャンプ場と森の高台にあった男たちの遺体は収容され、近くの公民館に運ばれた。一樹は、一通りの事情聴取を終え、夜遅くにようやく解放された。
一樹は、カルロスと合流して、橋川へ向けて車を走らせる。橋川に着いたのは明け方近くだった。
「あら、もう戻ったの?」
早朝、一樹とカルロスが、トレーラーが置いてある駐車場に戻ったのを、偶然、剣崎が窓越しに見つけて、出てきた。
「はい。あそこにいても手掛かりは得られないので。」
一樹が、そう返答したのを聞いて、剣崎は少し違和感を覚えた。
「なにかあった・」と言おうとした時、亜美が顔を見せた。亜美は自宅に戻って、英気を養ったようで、何か活き活きした表情で現れた。
「あら、一樹、もう戻ったんだ・・。その様子だと何の収穫もなかったみたいね・・。」
亜美は少し嫌味を込めて言った。
「はい。何もありませんでした。」
一樹の反応に亜美も違和感を覚えた。
「ちょっと、一樹、変よ?何かあった?」
亜美は遠慮なしに訊いた。
「・・いや、何も・・。」
一樹はそう言うと、トレーラーの中に入る。剣崎と亜美は目を合わせ、首を傾げた。そして、一樹に続いてトレーラーに入った。
トレーラーではアントニオが朝食を作っていた。突然、一樹とカルロスが戻ったので、慌てて朝食を増やして、テーブルに並べた。
食事を終えて、剣崎が口を開いた。
「ちょっと聞いてもらいたいことがあるの。・・例の、暗号絵画のメールの事だけど・・ちょっと気になることがあるの。」
「何か新しい情報でも見つかったんですか?」
と、亜美が訊く。
「いえ、そうじゃないの。あれは生方が送ってきたのは間違いないのだけど、なにか、ちょっと違和感があって・・それでいろいろ考えた結論として、生方ではない人物からではと思ったの。」
「どういうことかよく判りませんが。」
一樹が言うと、剣崎は少し顔をしかめて、答えた。
「生方は、サイキックの存在を前の事件の時に知ったの。彼はあの事件のあとでもまだ半信半疑だった。それなのに、F&F財団のトップシークレットをいとも簡単に見つけた。あまりにも唐突な感じでしょ?勿論、彼のリサーチ力は私が誰よりも判っている。だけど、あの情報は余りに荒唐無稽、エヴァプロジェクトなんて、財団の中でも限られた人間しか知らない。実態があるかどうかも判らない。・・あの情報は、それをよく知る人物が彼に送らせたんじゃないかと思ったのよ。」
「わざとトップシークレットを?何のためにそんなことを?・・まさか、伊尾木?」と亜美。
「ええ、そう。そうすることで、マリア保護で動いている私たちを誘導しているんじゃないかと思うのよ。」
剣崎はそう言いながら、一樹の顔を見た。
「伊尾木だとして、その目的は?」
と、一樹が訊く。
「エヴァプロジェクトを潰すのが彼の目的。マリアさんは、プロジェクトの対象者。彼女が存在しなければ、プロジェクトは無くなる。彼女の抹殺が彼の当面の目標になっているんじゃないかしら?」
剣崎が答えると、一樹は押し黙った。
「じゃあ、やっぱり、マリアさんとレイさんの所在を掴もうとしているということですね。」
亜美が言うと、剣崎は強く頷いた。

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9-1 つかの間の休息 [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

レイとマリアは、太平洋を見下ろす高台に建つ家の前に居た。
富士の風穴で、女性観光客の二人組をマニピュレートして、三島駅まで出て、そこから、東海道本線に乗り、菊川駅に着いたところで、レイは、公衆電話からどこかに電話をしていた。
駅からはバスに乗った。1時間半ほど乗ったところでバスを降りる。
御前崎海洋センター前のバス停で、一人の老婦人が待っていた。
「レイさん、お久しぶり。」
「しばらくお世話になります。」
レイは深々と頭を下げる。老婦人はにこやかな笑顔で家まで案内してくれた。
「さあ、どうぞ。いつ来てくれるのかって首を長くして待っていたんですよ。」
その老婦人は、笑顔をほころばせて、レイとマリアをリビングに招き入れる。
「すみません、山下さん。突然お邪魔してしまって・・。」
「いえ、良いんですよ。どうせ、独り身ですし、特に用もなくのんびり暮らしているんですから。さあ、お座りになって・・。ええと、そちらは・・。」
「マリアさんです。ちょっと訳があって、一緒にいるんです。」
レイの口振りを察したのか、老婦人は、それ以上は訊かず、
「マリアさんていうの。可愛い名前ね。ゆっくりしてくださいね。自分の家だと思って。」
この老婦人は、山下玲子。
かつて、レイの病院に夫が入院していた。山下玲子の夫は、建設会社を経営する傍ら、生きづらさを抱える人達の居場所となるシェアハウス開設やフリースクールの運営、社会貢献活動に奮闘するNPOへの支援等の慈善活動に熱心だった。レイの病院再建の際にも協力してくれた人物であった。だが、検診でがんが見つかり、公立病院に入院したものの癌の進行を止める事ができず、末期の状態でレイの病院へ転院してきたのだった。
レイは、ターミナルケアに全力を注いだ。最後まで、本人の尊厳を守り、妻である玲子に寄り添った。夫が亡くなると、山下玲子は、資産を整理し、レイの病院に多額の寄付をしていた。
今は、御前崎の高台に小さな・・と言っても充分に立派な家を建て、単身で住んでいる。
「マリアちゃん、ここは私が大変お世話になった山下さんのお宅なの。しばらく、ここで過ごさせてもらいましょう。」
レイは、笑顔を見せてマリアに話す。マリアの表情は硬い。
大きなガラス窓越しに、海原が見える。マリアの視線が向いているのを見て、レイが言う。
「海へ行ってみる?」
マリアは小さく頷く。
「海岸に出るのなら、その先に道があるから・・ちょっと急だから気をつけてね。」
山下玲子は、明るい声で二人に言った。
二人は、玲子の教えてくれた道を下って、海岸に出た。
通称、御前崎サンロード。目の前には太平洋が広がっている。
比較的、風は穏やかだったが、太平洋からの波は高い。
「これが海?」
ようやくマリアが口を開いた。
マリアは、幼い時に両親と別れ、施設で過ごし、アメリカの収容所の様な所に隔離されていた。海を間近で見るのは初めてだった。
「ええ、太平洋よ。」
マリアの視線は、ずっと水平線に向いている。
「この海の遥か向こうに、アメリカ大陸があるわ。」
レイの言葉にマリアがピクッと反応する。
あの忌まわしい収容所のような場所が連想されたようだった。
まだ十歳の少女。記憶の大半は、マーキュリー学園の独房で過ごした時間だけ。何故、そこに入れられているか理解する前に、すでのあの場所に居た。外の世界の記憶は、富士FF学園の須藤夫妻とすごした僅かの時間しかない。
レイとマリアは、少し海岸を散歩することにした。
「あれは何?」とマリア。
視線の先には、灯台があった。岬の先に立つ御前崎灯台だった。
「灯台・・御前崎灯台ね。行ってみる?」
二人は一旦、山下邸まで戻ると、灯台を視界に入れながら、歩いていく。徐々に近づいていくと、遠目で見る以上の迫力を持つ、真っ白に塗られた灯台が現れた。
「大きい!」
マリアが思わず声を上げた。
灯台に入り、螺旋階段を登ると展望台があった。
そこから海を見下ろすと、水平線が少し丸く感じられた。
マリアは目を閉じる。
そして、波の音、風の音、鳥の声に耳を澄ます。どこまでも広い空間。この世にただひとり存在しているような感覚。何か、今まで心の中にあった大きな壁の様なものが壊れていくような感覚があった。なぜか涙が零れていた。
レイは、そっとマリアの肩を抱く。
「もう一人じゃないからね。」
レイが、耳元で囁く。
暫く、そこで過ごしたあと、一旦、山下家へ戻った。
「レイさん、街へ行ってみたい。」
マリアは灯台から戻ってから、表情が明るくなった。そして、自らの意思を示すようになっていた。
「じゃあ、港に行ってみる?」
レイは山下玲子から車を借りて、出かけることにした。
車でほんの数分、北へ走ったところに、マリンパークというモニュメントが建つ観光施設があった。隣接する市場に入る。平日の昼間のため、入場者はパラパラという感じだったが、それがかえって安心できた。
マリアは、そこにあるすべて、初めて見るものばかりだった。海産物や農産物、土産物、嬉々として見て回った。水産物のお店では、丸ごとの魚が並んでいて、マリアは驚き、目を輝かせた。
「そろそろ、お腹が空いたよね。」
レイがマリアに訊くと、強く頷いた。
食堂に入り、メニューを広げると、マリアは食い入るように見つめ、レイに訊いた。
「これ、さっきの魚?」
少女らしい言葉だった。
「ええ、そうよ。マグロっていう大きな魚。美味しいのよ。」
レイが言うと、マリアはそれを注文すると言った。すぐにマグロの丼が運ばれてきた。
マリアは、きょとんした顔を見せる。
マリアは、箸を使う事を知らなかった。レイが器用に箸を使って食べているのが不思議だったのだ。自分もマネするがうまくいかない。
「マリアちゃん、スプーンで良いわよ。」
そう言われても、何とか箸を使いたいと悪戦苦闘している。
レイはそっと手を添えて箸の使い方を教える。何とか、様になった頃には、丼は空になっていた。
「少し、お買い物をしましょう。」
レイはそう言って、少し車を走らせて、大型ショッピングモールに入った。
マリアは、様々な商品が並ぶショップを見て、目を輝かせる。
子供服のショップで、レイはマリアのためにいくつか洋服を見繕った。マリアは収容所のようなところで、いつも同じ白い服を着ていた。それが当たり前だと思っていた。だが、そこに並ぶ洋服はカラフルであり、様々なスタイルで、どれも個性を放っていて魅力的だった。試着するたびに、別の人間になれるように感じて、夢見心地になった。
今まで抑圧されていた感情が一気に爆発してしまいそうで、嬉しいのか楽しいのか判らず、気づかぬうちに涙が零れていた。
「大丈夫?」
レイがそっと声をかける。
マリアは満面の笑みを返した。

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9-2 守るべきもの [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

山下邸に来て数日、マリアは夢の中にいるような気分で過ごしていた。
レイと一緒にいることはもちろん、山下夫人との会話も楽しかった。
山下夫人は判らない事を尋ねると、柔らかい口調で、丁寧に、何度も何度も、優しく教えてくれた。全てを受け入れてもらえる事が何よりも幸せだった。
一方、レイは、山下夫人にどこまでの事を話せばよいか悩んでいた。
おそらく、早晩、追手がここも突き止めるに違いない。そして、それは、山下夫人も危険にさらすことになるだろう。そうなる前に、ここを去る必要があった。だが、今のところ、行く当てがない。何より、この先、マリアが安心して生きていくためには、逃避行を続けていくわけにはいかない。何としても、追ってくる敵と対峙し、勝利して自由を手に入れるほか道はない。自分はマリアを守り切れるのか。
そうした事情を山下夫人に話して、どこまで理解してもらえるのだろうという不安が大きかった。
マリアがベッドに入った後、山下夫人とレイはリビングでコーヒーを飲みながら寛いでいた。
「レイさん、何でも話してね。言えないこともあるかもしれないけれど、私に気を遣わないで。あなたにはお返しできないほどの御恩があるのだから・・。」
山下夫人は、笑顔でレイに言った。
「ありがとうございます・・。」
レイはそう答えるのが、やっとだった。
「マリアちゃんは良い子ね・・。私には子どもは居ないから、小さな子どもとお話できるのが嬉しくて・・。子どもの好奇心というのは素敵なのね。思いもしない質問が飛び出してきて、まるで、びっくり箱みたい。ずっと一緒に居られたらいいのにって思うわ。」
山下夫人の言葉に、レイは思わず目頭が熱くなった。そして、山下夫人には全てを打ち明けても良いかもしれないと思った。
「玲子さん、聞いて貰えますか?信じていただけないような話に思われるかもしれませんが・・今、マリアちゃんと私に起きている真実をお話します。」
そう前置きして、レイは、山下玲子に、マリアの生い立ちや特別な能力の事、そして、自分にもそういう能力があること、なにより、それが原因で命を狙われているということを一つ一つ順を追って話した。
ひとしきり話を終えたところで、山下夫人が、「コーヒー、冷めてしまったでしょ。淹れ直すわ。」と言って、席を立ちキッチンへ行った。
山下夫人は、レイから聞いた話しを自分なりに整理しながら理解しているようだった。そして、入れ直したコーヒーをもって戻って来た。
「私にできることは何かしら?」
そう、笑顔でレイに訊いた。
暫くここに身を隠しておくということだけしか、レイの頭にはなかった。
「できれば、暫くここに居させてください。」
「勿論、いつまでいてもらっても構わないわ。」
夫人は笑顔で答えた。
「レイさん、あの子は、私の孫だと思ってもいいかしら?もう、勝手にそう思っているんだけど。」
「ええ・・そう思っていただけるなら・・。」
「それなら、話はシンプルね。」
夫人の言葉にレイは少し戸惑った。シンプルとはどういうことなのか、すぐには思いつかなかった。
「だって、身内の人間が誰かに危害を加えられそうだとしたら、あなたならどうする?」
「守ります。命に代えて。」
「そうでしょう?可愛い孫が見知らぬ誰かに命を狙われているのよ。”ばあば”は、自分の命に代えても守るわ。それが例え意味の無い事だと言われてもね。ましてや、娘と孫の両方が危ういというなら、なおさらでしょう。残りの命、全て、あなたたちに捧げるわよ。」
山下夫人の眼は真剣だった。
「どんな敵なのか判らない。命を差し出しても守れないかもしれない。そんなこと関係ないわ。目の前であなたたちが傷つくなんて、許せない。私は覚悟を決めたわ。」
もはや、レイは返す言葉が浮かばず、ただ、夫人に縋って涙を流した。その夜、レイは久しぶりにぐっすりと眠る事ができた。
翌朝、レイが目覚めた時、夫人とマリアの姿が無かった。ガレージに車がないのを確認すると、二人で出かけたのは明らかだった。だが、どこに行ったのか判らず、レイは不安を抱えて、ずっと外の様子を気にしていた。
目覚めて1時間ほど過ぎた頃、玲子の車が戻って来た。助手席にはマリアが乗っていた。
「あら、御寝坊さんね。」
玲子は、少し意地悪な言い方をする。
すると、マリアもそれを真似て「レイさん、御寝坊さんですね。」と言って笑った。
二人は大きなショッピングバッグとクーラーバックをトランクから取り出して家の中に運び込んだ。
「マリアちゃんが、魚が食べたいっていうから、朝市に出かけたのよ。」
玲子はそう言いながら、バッグの中から食材を取り出し、冷蔵庫に仕舞う。マリアも、クーラーバッグから、魚を取り出して、玲子に渡す。
「朝市に久しぶりに行ったわ。以前は主人と行った事があったんだけど、一人じゃ・・ね。楽しかったわね。」
玲子が言うと、マリアも笑顔で頷いた。
「お昼は海鮮丼を作りましょう。・・レイさんは、朝ご飯、どうする?」
「いえ、コーヒーだけで良いです。」
大きなカップでコーヒーを淹れて、マリアがレイのもとへ運んできた。
「ばあば、凄いの。店の人に、ニギ、ナギ、いや、なんだっけ・・そうそう、値切って随分安くしてもらって、たくさん買ったの。店の人がもう勘弁してくださいって・・面白かった・・。」
マリアは、無邪気な笑顔で楽しそうに話した。
なにより、玲子の事を、「ばあば」と呼んでいることにレイは驚いた。レイはすぐに玲子の顔を見た。玲子は少し顔を赤らめて、「まあ、良いじゃない」というような表情を見せている。
その後も、マリアは玲子といろんな話をしたり、玲子の夫が残したクラシック音楽のCDを聞いたりして過ごしている。
レイは、富士の麓で、レヴェナントのケヴィンが拉致したマリアと初めて対面した時、マリアに喜怒哀楽の表情を全く感じなかったことを思い出していた。
十歳になるまで、感情を抑圧されて生きてきた少女が、今、ごく普通の少女の表情を浮かべている。
他人と交わることがなかったにも拘らず、今は、玲子とこれほどまでに親しく過ごせるようになっている。
あの場から、逃げ出してきた事は間違っていなかった。そして、これからも、ごく普通の少女として生きていくことが何より大切なことなのだと考えていた。
そして、それを守り続けることが、最も難しい事も判っていた。それでも、一日も長く、こんな日が続くことを祈るほかなかった。
レイは、あのメールが亜美のもとに届いたのか、ふいに思い出した。そして、ケヴィンはまだ自分たちを追ってきているのかも知りたかった。
「玲子さん、ここ、インターネットは使えますか?」
「ええ、2階にあるパソコンなら使えるわ。どうぞ。」
マリアの相手をしながら、玲子はそう答えた。
レイは2階の部屋に行き、パソコンを開いた。あのメールに返信は来ていないか。
「あったわ。」
安川から返信が入っていた。
『亜美さんに伝えました。レヴェナントは死亡。新たな敵が近づいています。所在は不明。今、亜美さんたちが調べています。気を付けて下さい。』
「どういうことかしら・・他にも私たちを狙っている人がいるの?」
レイは、新たな不安を抱えた。あのケヴィンを殺したとすると、新たな敵は大きな脅威だった。既に近づいているのかもしれない。レイは自分たちの居場所を伝えるべきか悩んだ。居場所を知らせれば、亜美たちは安心するだろう。だが、新たな敵に知られる可能性もある。
レイは結局、返信はせず、パソコンを閉じた。

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