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8-8 疑惑 [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

亜美たち一行は、橋川に戻ると、新道家へ向かった。
ルイは、ほんの数日、離れていただけなのに、随分と長く離れていたように感じていた。家に着くと、紀藤署長が待っていた。
ルイは、リサに支えられるようにしてトレーラーから降りて来る。すると、紀藤署長がすぐに駆け寄った。
「ルイさん、疲れていないかい?」
「ええ・・少し・・。少し横にならせて・・。」
そう会話すると、リサがルイを支えて、早々に家の中へ入って行った。ルイを見送ってから、トレーラーが動き始めようとしたところに、玄関から一人の女性が飛び出してきて、トレーラーに駆け寄った。
「あの・・紀藤さん・・紀藤亜美さんはいらっしゃいますか?」
白髪交じりではあるがしっかりした姿勢と明瞭な声をもった女性だった。
その女性を追いかけるようにして、リサも出てきた。
「安川さん・・どうされました?」
そう言ったのは、リサだった。
「ああ、リサさん・・・あの、紀藤亜美さんにお伝えしたいことがあるんです。」
その女性は何か切羽詰まった表情で言った。
「この方は、昔から病院で働いておられた安川さん、昨年まで総看護師長をされていたんです。私もここへきてからずっとお世話になっていました。確か、先代の神林院長のころからいらしたんですよね。神林院長の事件も、その後の病院内の事件も、何もかもご存じの方です。もちろん、レイさんやルイさんの特別な能力の事も・・。」
と、リサは、皆に安川を紹介した。
「私が、紀藤亜美です。何かありましたか?」
トレーラーを降りてきた亜美が訊く。
「ああ・・良かった。実は、レイさんからメールを貰ったんです。」
安川はそう言って、スマホのメールを開いて見せた。
そこには、短い文章が書かれていた。
『紀藤亜美さんに、無事と伝えて。』
「どうして、安川さんにメールを?」
と亜美が不思議に思って訊いた。
「いえ、これは私宛ではないんです。病院連絡用のメールで、レイさんと医師、看護師の間で、緊急時に情報のやり取りするためのものなんですが、私が退職した時、別のアドレスに代わったので、使われていなくて・・・偶然、気づいたんです。何か、特別なものだろうと思って、何とかお伝えしようと、お待ちしていました。」
「これは、いつごろ?」
「二日ほど前でした。」
二日前は、レイとマリアが青木ヶ原の樹海に姿を消した日だった。
「無事のようね・・。」
と、剣崎が、何とか息を吐き出すように言った。冷静に振舞っていたが、剣崎はルイとマリアの安否を誰よりも気にしていたようだった。
「二人はどこにいるんでしょう?」と亜美。
「これだけでは何も判らないけど、とにかく、チェイサーから逃れて身を潜めているということでしょうね。」
「でも、どうして、安川さんのところに?」とリサが訊く。
「レイさんたちは、まだ、ケヴィンが追跡していると思っているのでしょう。私たちは今までも彼らに監視されていた。だから、私たちに直接メールを送れば、所在が突き止められると考えたのでしょう。まさか、今は使われていない様なアドレスまでは監視していないでしょうから。とにかく、無事ということが判ったんだから、私たちも、出来ることをやりましょう。」
トレーラーは、港湾地区の空き地へ向かう。剣崎がアメリカから戻るまで常時駐車していた場所。
亜美は一度自宅へ戻ることにした。
トレーラーは、剣崎とアントニオだけになった。
簡単に食事を済ませると、剣崎は、生方が送ってきた情報を検証した。
まだ読み取っていない情報があるのではないかと考えたのだった。
モニターに、絵画の画像を広げる。以前に生方から入手した解読ソフトで暗号を解読する。3枚の絵画の重なりを変えて何度も読み取っているうちに、剣崎の脳裏に違和感が浮かんだ。
「これ、ほんとうに生方からの情報かしら?」
剣崎は呟く。
メールには「U」に文字があっただけで、生方からだと信じていたが、彼にここまで詳細の情報を入手することが本当に出来たのだろうか?だいたい、彼がF&F財団の事をどこまで正確に理解しているのかも不明なのだった。
捜査の初期に、生方は姿を消した。身の危険を感じたと言っていたが、その後、「ケヴィン」の情報を知らせて来た。だが、それ自体、不思議だった。自分たちがサイキックであることを生方は知らないはず。だが、暗号画像の手法を生方に教えたのは自分であり、この方法を知っている者が他に…と考えていくうちに、或る仮説が頭に浮かんだ。そして、以前、亜美が持ち込んできた資料の束を開き始めた。
同じころ、亜美は自宅へ戻っていた。あのメールが本物であるなら、レイとマリアは無事に追ってから逃れたということになる。少し安堵した。
久しぶりに自分の部屋に戻ると、一気に緊張が解けた。亜美はベッドに身を投げるようにして深く眠った。
翌朝、亜美は、病院へ向かい、昨日メールを見せてくれた安川に会いに行った。
受付で、安川の所在を聞くと、3階のリラックスルームだと教えられた。
安川は、リラックスルームの隅に座っていた。入口で彼女の様子を見ていると、時折、どこかを凝視しては、近くにいる看護師に合図する。看護師が安川のところに来ると、安川は看護師に何か耳打ちしている。すると、看護師は、すぐに近くにいる患者に駆け寄り、何か処置をした。
「あの、安川さん、昨日はありがとうございました。」
亜美が近寄り、挨拶をする。
「あら、紀藤さん。」
安川は、柔らかな笑顔で答えた。
「安川さん、先ほどから拝見していると、看護師の方へ何か指示されていたようでしたけど・。」
亜美が訊くと、安川は少し戸惑った顔を見せてから、答えた。
「いいえ、指示というわけではないの。もう看護師長ではないのですから・・ただ、先ほどの患者さんの点滴が少し具合が悪そうだったので、確認してほしいと伝えたんです。看護師長を退職した後、ここで患者さんの話し相手になってみようと思ったんです。ボランティアなんですけど・・昔の癖がつい出てしまって・・お恥ずかしい限りです・・。」
安川は、根っからの看護師だった。
亜美が安川と会話している最中も、彼女の眼は周囲にいる患者に向いていた。何か気になると、近くにいる看護師に小さく合図を送っている。
「あの・・安川さん、レイさんの隠れていそうなところに心当たりはありませんか?」
亜美は何とかレイたちの居場所を突き止めたかった。
「レイさんが身を潜めていそうなところですか・・・。私もあのメールを見て気になっていたんですけど・・・。」
安川はそう言いながらも、リラックスルームを出入りする患者を気にしていた。ある患者が入って来た。車椅子に乗せられているが、見るからに衰弱が進んでいるようだった。
車椅子を押す看護士が何か話しかけるが、ほとんど反応できない様子だった。それを見て安川がハッと思い出した。
「もしかしたら・あそこかも。・・院長がまだこちらに来られた間もない頃、末期癌の患者の方を診られて、臨終まで・・それは丁寧に対応されたんです。その後も、その方の奥様が事あるごとに病院に来られて、ご家族のようにお付き合いされていた方がありました。最近は御顔を見なくなりましたが・・もしかしたらその方のところかもしれません。・・何かあったら御力になっていただけるからと私にも話されていましたから・・。」
安川の言葉を聞き、亜美は藁をも縋る思いで、その人の住所を調べてもらうことにした。

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