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8-1 静かな戦い [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

レイは、相変わらず、閉鎖された部屋の中にいた。
食事を運んできた二人の思念波にシンクロして、ここの所在地を掴もうとしたが、ケヴィンに邪魔された。その後、数度同じようなチャンスはあったが、その都度、ケヴィンに阻止されてしまった。
「明日朝、行動を開始します。我々に協力した方が身のためですよ。」
ケヴィンは、珍しく夕食を運んできて、そう告げた。
翌朝、ケヴィンは数人の男とともに、レイの部屋に現れ、レイの顔に黒い布を被せた。
「無駄な抵抗はやめてください。」
ケヴィンはそう言うと、レイの手足も縛り、男達にレイを抱えさせて部屋を出て行った。
レイは大きなワゴン車の中にいた。
ドアを閉める音、エンジン音、時折、サイレンのような音も聞こえた。
レイはひたすら、自分が連れて行かれる先を想像していた。どれくらい車で移動したのか判らないほどの時間だった。
「さあ、着きましたよ。」
ケヴィンはそう言うと、レイの手足の縄を解き、顔にかぶせてあった布を取る。眩しい光で一瞬目の前が真っ白になる。徐々に慣れてくると、周囲には森が広がっていた。
「ここで、マリアと対面します。おかしなことはしないように。」
ケヴィンはそう言って車を降り、森の中を歩いていく。
レイは数人の男達に囲まれた状態で、ケヴィンの後ろを歩いていく。
ケヴィンが、男達に小さく合図をすると、3人の男が森を出て、斜面の下に見える建物に向かっていった。
レイは、その様子をじっと見ていたが、ふと、上空高い所にドローンが飛んでいるのに気付いた。
ケヴィンに気付かれないように、そっと視線を送る。おそらく、あれは、剣崎が送り込んだドローンだと思った。なんとか、自分の存在を知らせたい、そう思ったが、どうして良いか判らなかった。しかし、急がなければ、ケヴィンに気付かれてしまう。レイは、一瞬だけ強い思念波をドローンに向けて飛ばした。
建物の方から大きな音が響いた。何を言っているのか判らないが、歓声が聞こえた。その声で、観光牧場なのだとレイは判った。
レイは、ケヴィンに気付かれないように、思念波を探る。そこには、剣崎や一樹がいることが判った。だが、遠すぎて、自分の存在を伝えることはできなかった。
しばらくすると、建物から先ほどの男達が、大きな袋を抱えて戻って来た。
「よし、予定通りだ!」
ケヴィンはそう言って、レイを連れて、車両に戻ろうとした。
「マリアなの?」
レイが訊くと、ケヴィンは、「ああ」とだけ答えてドアを開ける。
その時、レイは、急に、頭が締め付けられるような痛みに襲われ、その場に座り込んだ。マリアを抱えた男達も、車の直前に来て座り込んでしまった。
「くそっ!チェイサーか!」
ケヴィンは車から降り、周囲を探る。
そして、ポケットから注射器を取り出し、腕に突き立て、体に薬を注入した。それから、目を閉じる。髪の毛が少し逆立ち、顔が紅潮している。まさしく、能力を使っている状態だった。
レイは、強い思念波が頭の中に突き刺さるような感覚に耐え切れず、頭を抱えこんだ。そして、何とか自分を守ろうと念じた。次第に、自分の周囲にバリアを張るような形で思念波の殻ができた。完全に無意識、自己防衛のためにできたことだった。
強く突き刺さる思念波とケヴィンの思念波が、目に見えない矢羽根のように飛び交っている。突き刺さるような思念波は、遥か遠くから飛んできているように感じられた。
男が一人、樹にもたれ掛かるようにして蹲っている。完全に意識を失っている。先ほどの強い矢のような思念波に、意識を貫かれたのだ。
周囲には、敵対意識を持った別の男達が迫ってきていた。
ケヴィンは、その男達に向けて、突き刺さるような思念波を送る。一人がその場で倒れ込んだ。それを見て、他の男達は怯んだ。
銃の乱射とは違い、音のない戦いが5分ほど続く。
その様子を、少し離れた木の陰から、カルロスが見ていた。
カルロスは、ケヴィンたちが車を離れた隙を見て、車体にGPSを貼り付けて、木の陰に隠れていたのだった。
カルロスの視覚では、その光景は異様に映った。
誰ひとり、戦っていない。だが、何かの拍子に男が倒れ込む。男たちの一番後ろで、レイの傍に居る男が恐らく、剣崎から聞いていたNo051、ケヴィンなのだと判った。そして、あの布袋にはきっとマリアが入れられている。マリアとレイを奪還するには、ここで、ケヴィンを殺すしかない。
カルロスは咄嗟に判断した。
ポケットからピストルを取り出し、サイレンサーを取り付けて、木の陰から狙いを定める。
ケヴィンの傍にはレイがいた。仕留め損ねると、レイを傷つけてしまう。じっと、引き金を引くタイミングを計っていた。
「今だ!」と思った時、カルロスはケヴィンの強い視線を感じた。同時に、頭の中にケヴィンの大きな瞳が浮かび、迫ってくる。徐々にカルロス自身の意識を奪われている感覚を憶えた。手足が思うように動かない。そして、手にした銃口が徐々に自分の方へ向いてくる。カルロスは何とか抵抗しようとするが、もはや体は思うように動かない。
「ズキュン」
小さな発射音とともに、カルロスはその場に倒れた。自ら、脇腹に銃を発射したのだった。
チェイサーからの矢のような思念波は徐々に減ってきた。
「よし、行くぞ!」
ケヴィンが、周囲の男達に声をかける。
ケヴィンは、マリアとレイを車に押し込むようにして乗せて、無事だった男達とともに、その場を立ち去った。
車中でケヴィンはじっと目を閉じたまま動かず、苦しそうな表情を浮かべている。思念波の戦いで応力を大幅に消耗したようだった。
ケヴィンたちの車は国道139号線を北上し、途中で林道へ入る。
狭い道だったが、中に入るとキャンプ場があった。既に数年前から休業している様子で、入口の門は閉ざされていた。それを開いて、さらに奥へ入っていくと、大きなロッジが建っていた。
車が止まると、男たちはマリアが入っている袋を担ぎ、ロッジへ入る。
少し遅れて、ケヴィンがレイを連れて、ロッジへ入った。
ケヴィンは、ロッジに入ると、大きなソファに身を沈めた。もはやわずかな体力しか残っていない様な辛い表情を浮かべていた。
レイがロッジに入ってから、しばらくすると、男達が、布袋からマリアを出して、ベッドに寝かした。マリアは静かに眠っているように見えた。
「無事なの?」
レイが訊くと、一人の男が少し笑みを浮かべて答える。
「大丈夫。少し眠ってもらっているだけですよ。あと1時間ほどで目を覚まします。」
男が立ち去ると、レイはマリアの傍に座り、様子を確認する。
手荒な真似はされていないようだった。十歳の少女はあどけない表情を浮かべて眠っている。ケヴィンはかなり疲れていて、少し眠っているようだった。
レイは、マリアの額にそっと手を置いてみた。
微かな思念波を感じる。眠っているはずなのに、少し覚醒し始めているのかもしれない。それならばと、レイはそのままの姿勢で、マリアに思念波を送ってみた。
『私はレイ。あなたのように、特別な力を持っている者です。ケヴィンという男があなたを拉致しました。でも、あなたの味方ではありません。このままでは、きっと、あなたは、悪事に利用されてしまうでしょう。私と一緒に、ここから逃げましょう。私を信じて。』
ピクリと、マリアの手が動いた。
レイの意識の中に、マリアが現れた。
困惑した表情ではあるものの、レイに向かって小さく頷いたように感じた。

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