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8-4 リスク [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

その騒ぎを聞いて、寝室にいたルイが起きてきた。そして、そっと亜美の額に手を当てる。
「強い思念波に貫かれたようね・・。」
「そう・・邪悪な思念波だったわ。」
何とか、自力でトレーラーに戻って来た剣崎が言った。
「あの男は、ケヴィン。レイさんを拉致したレヴェナント。死んでいたわ。途轍もなく強い思念波に殺された様だわ。」
剣崎の言葉に、一樹が反応した。
「チェイサーなのか?」
一樹は、キャンプ場で酷い死に方をした男を見て、チェイサーの恐るべき能力を知った。同じように強い思念波であれば、ここにチェイサーが来たことになる。
剣崎は、先ほどの光景を思い出しながら答える。
「あの車には、その思念波が残されていた。触れただけで意識を失うほどの強い思念波。咄嗟に私は防御したけど、その代わりに亜美さんが全てを受けてしまったみたい。でも、あの思念波は、キャンプ場で感じたものとは違うわ。」
「じゃあ、誰なんだ?まさか、マリアか?それとも、レイ?」
一樹は先程の剣崎の「マリアもレイもチェイサーの能力を凌ぐだけの力を持っている」という言葉を思い出していた。
「いえ・・違うわ。」と、剣崎が答える。
「まさか、レヴェナントやチェイサーとは別に、強大な力を持ったサイキックがいるというのか?」
一樹は驚きを隠せない。その様子を見て、ルイの表情が変わる。
「さあ、判らない。私の知っている限り、あれだけの力を持っているサイキックは居ない。」
剣崎はそう言うと、目を閉じてソファに座り込んだ。
ルイも剣崎の隣に座った。
『剣崎さん!』
それは、ルイの思念波だった。
剣崎は、一瞬、ルイを見たあと、周囲に目配せをして、再び目を閉じた。
『どうしたんですか?』
『この先のことを考えたんです。このままだと大変なことになるのではと・・。』
ルイと剣崎は思念波で会話をしている。もちろん、一樹やカルロスたちには判らない。
『ケヴィンを殺した相手のこと?』
『ええ・・あれだけの強大な力を持つサイキックが、敵だとしたら、矢澤刑事や亜美さんは無事ではすまないでしょう。私たちだってどうなるか・・。』
『しかし、マリアちゃんやレイさんを見つけなければ・・。』
『レイはきっとマリアさんを守るために逃げているはずです。追いかけても無駄だと思います。相手が誰なのか・・』
『ルイさん、あれが誰か、あなたには判っているんでしょう?』
剣崎は目を開けて、ルイを見る。ルイの表情が曇る。
「亜美の様子を見てきます。」
ルイはそう言って席を立ち、隣の寝室へ入った。
剣崎は、この先どうすればよいか思案していたが、なかなか結論が出ずにいた。
「ディナーにしよう!」
アントニオが、その場の雰囲気に似合わないほどの明るい声を出して言った。
すぐに用意され、一樹たちは何とか食事を取って、思い思いのところで休んだ。
翌朝、テレビをつけると、青木ヶ原キャンプ場と本栖湖で、身元不明の変死体が発見されたというニュースが流れていた。警視庁と県警が合同で捜査本部を立ち上げたというアナウンスだけでニュースは終わった。
一樹は、朝食のパンを食べながら、ぼんやりとそのニュースを見ていた。
身元不明の変死体というありきたりの言葉では片付けられないはずだった。おそらく、警視庁辺りから報道規制が掛かっているのだろう。正確な情報を流せば、多くの視聴者が恐怖に陥り、パニックになると考えたのだろう。そして、この事件が、通常の捜査では決して犯人を特定できないことも判っていて、あえて、事件をオブラートで包んでいるに違いない。
一樹は昨日の光景を思い出し、食べていたパンを吐き出しそうになった。
そこへ、ルイが姿を見せた。
「亜美の具合は?」
一樹が訊くと、ルイは少し笑みを浮かべて頷いた。
「もう大丈夫よ。でも、まだ動けるほどではないわ・・。もう少し休ませておいてあげて。」
ルイはそう言って、一樹の隣に座り、朝食に手を付けた。
「剣崎さんは?」
ルイが一樹に訊く。
「ああ、さっき、あの現場をもう一度見てくると言って出て行きました。規制線が張られているので、近くには行けないと思いますが・・・。」
「そう・・。」
ルイは窓の外に視線をやった。
その頃、剣崎は、規制線の貼られた現場が見える高台にいて、現場を見ながら、昨日の光景を思い出していた。
優れたサイキック能力をもっていたはずのケヴィンが、あっさりと殺されていた。
あの死に様から見ると、強烈な思念波で脳細胞が破壊されたくらいの状態に違いない。
チェイサーには、思念波で細胞レベルにまでばらばらにできるほどの能力を持った者はいたが、それとは違う。
昨日、車体に触れただけであれほどの衝撃を感じたのだ。
尋常なレベルではない。だが、近くにいた自分やルイは、その時の異変を察知できなかった。やはり、もう一度、現場に行き、サイコメトリーしなければならない。
剣崎はそう決断すると、急いで、トレーラーへ戻った。
一樹は何とか朝食を終えていて、コーヒーを飲んでいるところだった。
「矢澤刑事、出番です。行きましょう。」
剣崎はドアを開けるなり、強い口調でそう言った。
アントニオが急いで運転席へ戻り、発車させる。本栖湖畔に入ると、入口で警官が制止した。
「この先で事件です。入れません。」
一樹は警察バッジを見せる。
「今、追っている事件と関連がある事件です。捜査本部に許可を取って下さい。」
一樹の言葉に、その警官は不審な表情を浮かべつつ、すぐに無線で捜査本部に連絡した。すぐに返答がきた。
「本部長から、あなた方が追っている事件というのは何かと問われていますが・・。」
一樹と剣崎は顔を見合わせた。
マリア保護は極秘任務である。警察組織の中でもごくわずかの人間にしか知らされていない。おそらく、説明したところで、県警の捜査本部長程度では知り得ないことに違いなく、問答を繰り返した挙句、門前払いを受けることは明らかだった。
「どうします?」
一樹が剣崎に訊く。
『剣崎さん、私が何とかします。』
ルイが思念波で剣崎に話しかけてきた。
『できるんですか?』
『ええ・・実は・・昨夜から、少し新しい力を感じるようになって・・』
『新しい力?』
『ええ、シンクロだけで無く、そこから相手を動かせるようになったようなのです。』
『マニピュレートの能力ですか?』
『ええ、おそらく。』
思念波で二人が会話した後、剣崎が言葉を発する。
「ルイさん、お願いできるかしら?少しの間、皆さんに大人しくしてもらいたいんだけど・・。」
「やってみます。」
ルイは、窓際に立つと、外を見つめて、精神を集中する。すると、集まっていた報道陣が、カメラを置き、次々に座り込んで眠ってしまった。

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