SSブログ

7-1 外出 [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

マリアを監視し始めて、5日が過ぎていた。
十里木高原に釘付けになっている剣崎はかなり苛立っていた。監視している間に、亜美たちが、IFF研究所や伊尾木という人物の存在などの捜査を進めていたが、目的のマリア保護からは、どんどんと遠くへ向かっているように感じられた。それに、拉致されたレイの行方は依然不明のままだった。須藤夫妻も全く動く気配さえ見せなかった。
監視を始めた翌日、剣崎はアントニオに命じて、須藤の館の動きをもっと明確に掴める場所を探させ、十里木高原の中でも、比較的大きな館を借り受け、3階の屋根裏部屋を使って、須藤の館を監視することにした。
そこからは、須藤の館の庭がよく見え、2階にいるマリアの姿も確認できた。
だが、3日過ぎても、ほぼ、同じ時刻に朝食が始まり、その後、マリアと須藤英治が音楽を楽しみ、庭で遊んだり、本を読んだりして、まるで、孫が遊びに来た老夫婦の家の風景を見せられているようだった。
「戻りました。」
5日目の夕方、亜美とリサが、ルイとともに、剣崎のところへ戻って来た。
亜美とリサは、これまでの捜査の結果を、剣崎や一樹たちへ報告した。
「F&F財団が?・・IFF研究所は、世界中にある財団関連施設の中でも、小さなところのはず。そこまで徹底的に潰すなんてあり得ないわ。」
剣崎は、そう決めつけた。
「しかし・・あの現場で見つけた伊尾木は、火事になったことに本当に驚いていました。彼が火事を起こしたのなら、驚くことはないはずです。・・F&F財団から派遣された者の犯行にちがいありません。」
亜美が反論する。
「レヴェナントという線は?」
と剣崎がやや不満げに言う。
「それも考えました。でも、そういう組織が動いたのなら、伊尾木を拉致することが重要なはず。火事を起こし、証拠を消す必要があったのは、やはりF&F財団なんじゃないでしょうか?」
亜美が強い口調でさらに反論したので、剣崎はそれ以上、答えなかった。
「伊尾木の行方は気になるが、今回の目的は、マリアさんの保護なのだから、まずは、目の前のことに集中した方が良いだろう。」
剣崎と亜美の会話を聞いていた、一樹が口を開いた。もうすっかり回復したようで、以前の一樹に戻ったようだった。
「あれから5日、何の動きもない。このまま、彼女は須藤の家で暮らすつもりかもしれない。まあ、それはそれで、幸せなことかもしれないが・・・。」
一樹は、須藤の家のある方角に視線をやって、独り言のように呟いた。確かに、一樹の言う通りだった。ルイも、忌まわしい事件のあと、穏やかに暮らしてきた。リサも同様だった。穏やかに暮らすことがどれほど幸せなことか、二人は身に染みていた。
剣崎は、一樹の独り言に、苛立ちを覚えて言った。
「このまま穏やかに暮らせる?・・寝ぼけないで!彼女にはコントロールできない恐ろしい能力があるのよ。何か不安なことが起これば、その力で甚大な被害が出るのは間違いない。彼女は、保護して連れ帰るべきなのよ。」
その言葉を聞いて、亜美が更に反発するように言う。
「連れ帰るって、あの施設にまた監禁するということですか?」
「そんなこと、あなたたちだって了承済みのことでしょう?」
剣崎は、亜美や一樹に向かって、強い口調で言う。
「何か、他に方法はないんでしょうか?」
三人の会話を聞いていたリサは、落ち着いた口調で訊いた。
「レイさんが居れば、きっと何か・・。」とリサは続ける。それを聞いて、ルイが剣崎に言う。
「コントロールできない恐ろしい能力があるというなら、こちらを信用していない限り、簡単に保護できないでしょう?今の私たちには、きっと、彼女を保護することは無理ですよ。」
剣崎もそのことは充分に判っていたし、その先は、全く見えていなかった。
「剣崎さん!」
無線から、アントニオの声が響く。
「どうしたの?」と剣崎。
「動きがあるようです。先ほどから、出かける支度をしています。」
「すぐに戻って!」
一樹は、トレーラーの窓から、高倍率のモノスコープを使って、マリアのいる館を監視する。館の隣のガレージのシャッターが上がり、車が出て来た。
「出てきました!」
一樹はそう言うと、ドアを開け、トレーラーの横に停めた車に乗りこんだ。亜美も続く。
アントニオが小走りでトレーラーに戻ってくる。
「矢澤刑事、気づかれないように追跡を!」
十里木高原の別荘地の通りから、須藤英雄が運転する車が大通りに出て来た。後部座席に、栄子とマリアの姿が確認できた。
須藤英雄の車が、大通りに入る交差点で信号待ちをした。すかさず、アントニオが車の横を何気なく歩き、GPS発信機を車の後部バンパーに素早く貼り付けた。
車が走り出した。一樹が車のナビに、GPSの信号を捉える。須藤英雄の車の姿が見えなくなるころ、ゆっくりと発信した。
「何処に向かうのかしら?」
助手席で亜美が一樹に訊く。
「さあな。ここに来て5日目でようやく動いたんだ。・・まあ、単なる買い物かもしれないし、そうじゃないかもしれない。」
マリアの乗った車のGPS信号は、富士市方面に向かっていた。
「やっぱり、買い物かしら?」
亜美が呟く。
「いや。どうも違うようだ。」
一樹がGPS信号の行方を見ながら言った。
マリアの乗った車は県道から国道へ右折し、富士宮方面に向かった。その先には大きな町は無い。ゴルフ場、小さな機械工場、浅間神社を通り過ぎると、更に右折して県道に入る。しばらくは林間を進むことになる。
余り急いではいないようだった。
「マリアはまだ10歳。どこか遊びに行くのかも。」
亜美は少し願望を込めて言った。暫くすると、富士宮道路に出た。更に北上していく。ナビ画面には、牧場が表示された。そして、マリアの乗った車は、牧場の駐車場で停まった。
後を追う一樹達も少し遅れて駐車場に入った。
一方、剣崎たちは、無人になった須藤の館に向かった。アントニオが、ピッキングで器用にドアの鍵を開け、中に入る。
「剣崎さん、何を?」
ルイが尋ねる。
「サイコメトリーで彼らの行き先を見つけるんです。」
娘レイから、話には聞いていたが、目の当たりにするのは初めてだった。
剣崎は室内をゆっくり歩き、須藤栄子が最後に触れたものを探した。しかし、確実なものは見つからない。
「ルイさん、思念波が強く残っているものはありませんか?」
ルイは部屋の中をゆっくり見回した。あちこちに微かな思念波の残骸のようなものは見えるが、はっきりと須藤栄子のものとは思えなかった。
「2階はどうでしょう?」
剣崎が階段を上がる。ルイもついて行く。須藤英治の部屋に入る。長時間、そこにいたことがはっきりと判るほどの思念波があった。
「きっと、マリアさんの思念波だと思います・・。」
音楽を聴くために座った椅子。そこに剣崎がそっと手を触れる。マリアが英治とともに楽しげに音楽を楽しむ光景が広がった。無邪気なマリアの笑顔、そしてそれを慈しむように眺める英治。
だが、それ以外、三人が向かった場所を示すようなヒントは浮かんでこなかった。

nice!(8)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー