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8-5 メール [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

「まさか!・・こんなことが・・。」
一樹は驚いた。
他人の思念波にシンクロする能力は、知っていたが、相手を操る事ができるなんて初めて見る光景だった。
「これがマニピュレート能力よ。シンクロ能力はその入口、相手の思念波とシンクロするということは、相手の意思を操れることになる。今まで、ルイさんやレイさんはそういう場面に出会わなかっただけ。その気になれば、命を奪うことだってできるでしょう。」
剣崎が落ち着いた声で説明して、一樹を見た。
「しかし・・一度にこれだけの人を?そんな・・。」
一樹はいまだに信じられない様子だった。
「きっと、それは、同じような能力を持つ者と接触したからよ。サイキック同士が接触する事で互いの能力を高める作用があるらしいわ。私は出来損ないだから、とてもそういう領域には達しないけれど・・ルイさんやレイさんのように高い能力を持つ場合、そういうことが起きるのよ。」
剣崎は少し悲し気に説明した。それが何を意味するのか、一樹はその時は気付かなかった。
「さあ、急ぎましょう。」
剣崎はドアを開けて、事件現場の車両へ走り寄る。周囲を見ると、刑事たちも報道陣と同様に、座り込んで眠っている。
剣崎は、車両に近づき、サイコメトリーを始めた。
直接触れるとまた強い思念波に襲われる。ギリギリの場所に立って、手を翳し、そっと目を閉じた。だが、何の映像も浮かんでこない。
「ダメだわ・・やはり、触れないと・・。」
剣崎は迷っていた。
再びあの思念波に触れると、自分が壊れてしまうのではないか・・不安を抱きながらも、やはり、ケヴィンを殺害したサイキックの正体を確かめる必要がある。
ゆっくりと手を伸ばし、車体に触れる。
その瞬間に、全身に強い衝撃が走る。
真っ白な映像。ぼんやりと人のシルエットが浮かんでいる。男の様だと辛うじてわかる程度。そのうち、意識が朦朧としてきた。
後ろから剣崎を観察していた一樹が、思わず駆け寄る。
剣崎は手を伸ばしたまま、大きく瞳を開き、口から泡を噴いて立ちすくんでいた。
「剣崎さん!剣崎さん!」
一樹は剣崎を抱きかかえ、急いで、トレーラーに戻った。
剣崎は意識を失ったままだった。
ルイも、初めてマニピュレートをして異常に体力を消費したために、ソファに倒れ込んでいた。
あまりの状況に、一樹は、アントニオにすぐにその場を離れるように言い、トレーラーを発車させた。トレーラーは、西富士道路を南下する。
周辺に、チェイサーが潜んでいる可能性があると思った一樹は、とにかく、今は、剣崎やルイを守ることが最優先であり、そのためには、その場から離れることが必要だと考えていた。アントニオには、出来るだけ街中、人の多いところへ向かう様に告げた。
西富士道路から、新東名高速道路に入る。
「追いかけて来る車はなさそうだな・・。」
バックミラーを見つけて、一樹が呟く。
「アントニオ、次のサービスエリアに入ろう。」
運転席のアントニオはウインクで答えた。
「カルロス!二人の様子は?」
剣崎とルイはソファーに横たわっていて、カルロスが介抱していた。
「まだ、目が覚めません。」
トレーラーは、新静岡サービスエリアに入り、パーキングの一番奥に停まった。
「さて、これからどうすればいい?」
一樹は小さく呟き、ソファに横たわる剣崎とルイを見ながら考えた。
レヴェナントを抹殺したチェイサーはおそらくマリアとレイを追うはずだ。
いや、チェイサーではない、別のサイキックがレヴェナントのケヴィンを抹殺したのだとしたらどうなる?そのサイキックは、マリアやレイを追うのか、それとも、何か別の目的があって、ケヴィンを抹殺したのか。その目的は?
マリアとレイはどこへ消えたのか。
そう考えながら、一樹の脳裏には、あのキャンプ場の男の遺体の様子が浮かぶ。拳銃やナイフで殺された遺体も酷いものだが、あの遺体はもはや人間のものとは思えないものだった。目に見えない思念波で襲われれば、防御のしようがない。立ち向かう術などない。
改めて、今、自分たちが対峙している相手の恐ろしさを思い知らされたようだった。
しかし、何としてでも、マリアとレイを見つけ保護しなければならない。一体どうすれば良いのか。
一樹は、答えのない問いを続けていた。
「一樹。」
寝室から亜美が起きてきた。足元はまだおぼつかない。
「大丈夫か?」
一樹が、亜美の方を振り向いて訊く。
「ええ・・ここは?何があったの?」
一樹は、亜美に、朝の出来事を話した。
一通り話を聞いた亜美は、剣崎とルイの様子を見た。
「剣崎さんがこんなになるなんて・・。」
亜美も、一樹同様、これからどうすれば良いのか判らず黙ってしまった。
「矢澤さん!ボス・・いや、剣崎さんにメールです。」
カルロスはそう言うと、モニターにメールを映し出した。
送り主は、「U」とだけ記されていた。幾つか、画像データが何点か添付されたメールだった。
「生方さんからだわ。」
亜美はそう言うと、画像データを開く。
画像はフェルメールの絵画のようだった。それを、以前生方から送られたソフトに落とすと、文字が現れ、「L、M、OK」と読み取れた。
「L、M?」と、一樹が呟く。
「レイさんとマリアさんの事じゃないかしら?」と亜美が閃いたように言った。
もう一つの画像を開く。今度は、レンブラントの絵画だった。
同じように、ソフトに落とすと、20桁の数字が浮かび上がった。
「二人の居場所かしら?例えば・・緯度と経度とか・・。」
亜美はそう言うと、すぐにマップソフトを開き、その数字を打ち込んだ。だが、そこは太平洋の真ん中あたりで、とても二人の居場所とは考えられなかった。
「緯度と経度なら、17桁程度だろう。何か別の数字なんだろう。・・もう一つある。それと関係があるかもしれないな。」
そう言って、最後の一つを開く。
それは、幾何学模様が幾つも重なっている画だった。ソフトに落としてみたが、特に数字や文字は現れなかった。
「さっぱりわからないな・・・。」
一樹は、二つ目の数字と、三つ目の文字を交互に睨みながら呟いた。
「最後の一つだけ、どうして、こんな幾何学模様なのかしら?」
亜美も呟く。
「レイさんやマリアさんが無事というのも、推測の範囲だな。生方からのメールとも限らない。もっと、確証がなければ・・・。」
一樹が否定的な言葉を口にした。
「いえ、これは生方さんからのメールよ、だって、あのソフトに落としたら文字が浮かんできたんですもの。間違いないわ。」
「じゃあ、どうして、最後の画像だけ何にも浮かんでこなかったんだ?」
「それは・・。」
亜美はそう言ったものの、反論するだけの考えはなかった。

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