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1-10 次男ケンシ [アスカケ(空白の世紀)第6部 望郷]

郷を一回りしたカケルが館に戻ってきた。
用意された部屋に入ると、アスカがアヤとミンジュ、そして侍女たちが談笑していた。
「おや、皆様、随分と楽しそうですね。」
カケルが部屋に入ると、アヤとミンジュは、さっと立ち上がり、席を空けた。
「そう気づかいせずとも良いのです。これから、長い旅になります。皆、家族のように無理な気遣いなどなく過ごしましょう。」
カケルはそう言うと、ミンジュとアヤの肩をポンと叩き、窓際に行き座った。
アスカは、皆の輪から離れ、カケルの傍に行くと、アヤの治療の様子をカケルに話した。
「ほう、それは素晴らしい。イリ殿にはずいぶんとお世話になりました。まだまだ、働いて貰わねばなりませんからね。私たちに万一の時は、アヤ様に治療をお願いしますね。」
カケルが目を細めて言った。
それから、カケルは郷の様子を見てきたことをアスカに話した。
「実は、道普請の様子を見てまいりました。かなり大掛かりな普請仕事でした。それゆえ、都に支援を願い出るよう、ユキヒコ殿に勧めました。すぐに発ちましたが、都からの返答がどうなるか、それまで、この地に留まることにしましょう。」
カケルの言葉に、アヤが反応した。
「それならば、私も安心です。イリ様の具合を今しばらく診る事ができます。」
その日は、一行の寝所に戻っても、談笑が続いた。

次の日、カケルは、カナメとユキヒコ、そしてミンジュを連れて、再び、郷の様子を見て回った。
勢の郷は、峠を越えたところに農地を持っていた。山崩れの後の土地に、石を積み上げ、階段状の農地にして、水を引き水田としていた。
「この辺りは、平地が少ないので、こうして田畑を作っています。」
昨日、イリの治療の時手伝ったケンシが案内してくれた。
「これだけの石積み、苦労したでしょう。」とカケルが言うと、
「郷の者皆の努力です。もちろん、父も私も、兄も、皆で、汗を流しました。幸い、湧き水もあり、今ではたくさん米がとれるようになりました。苦労した甲斐がありました。」
と、ケンシは誇らしげに答えた。周囲にいる郷の者の顔が昨日と比べて優しい表情をしている。
「ケンシ様は、郷一番の力持ちですから、二人分・・いや、五人分の御働きでした。」
郷の者がケンシを讃えると「いやいや、父には叶わない。まだまだです。」とケンシは、照れながら言った。
「カケル様、ぜひ、川湊もご覧ください。」
一行は、山を下り、川べりまで降りてきた。そこに、大岩があった。
「あの岩ですか?カケル様が神の力で動かされたと聞きました。」
伴をしていた、カナメが唐突に訊いた。
「いや、あの岩ではない。もっと上流の岩であった。それに、川底に沈めたのだから見えなくなっている。それに、大岩を動かしたのは郷の者や春日の杜から来た若者たちの力だ。だが、その光景によく似ている、なんと懐かしいことか・・。」
カケルは、目の前に広がる風景から、あの時の記憶を辿り、懐かしさに浸っていた。
川湊には、いくつかの蔵と館が立ち並んでいた。桟橋には幾つもの船が繋いであった。
「この川湊より下は、難波国です。川沿いにはいくつかの村があります。そこから米や野菜、難波津からは、西国の品々や新鮮な魚なども運ばれてきます。今は、このように穏やかですが、この先、長雨の季節になると、これより上流に船を進めるのは難しく、何日もここに留まることもあります。品物の中には、魚など傷みやすいものもあり、苦労しております。」
ケンシは、郷の者たちの苦労を代弁している。
「そのためにも、道普請が必要なのですね。」
「ええ、ですが、郷の者にはこれ以上苦労を掛けたくないのです。」
ケンシは、兄がやろうとしている道普請に対して思案しているようだった。

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