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1‐9 道普請 [アスカケ(空白の世紀)第6部 望郷]

そのころ、カケルは郷の者たちの案内で勢の郷を見て回っていた。
初めてここへ来た頃は小さな集落だった。カシコの村長ヨンジが、幾度も繰り返す地崩れに苦労をしていた。その後も、大和川の洪水の時にも立ち寄っていた。
そのころと比べて、郷は大きく変わっていた。難波津と大和国をつなぐ交通の要衝として、川湊が整備され、大きな郷になっていた。今も、船着き場には多くの船が付き、人夫も数多く働き、活気にみちている。
カケルを案内している郷の者の先頭には、イリの息子の一人、ヤスヒコがいた。
「カケル様、あちらをご覧いただきたいのです。」
ヤスヒコは、館を出て川湊に降りていく途中で、山の手を指さした。
示した先の木々が切り倒されている。
「あれは?」とカケルが訊く。
「今、大和へ続く街道を広げております。」
「街道を?」
「ええ、もちろん、都に物資を運ぶのは船のほうが便利です。しかし、季節によっては船が出せない時もあり、ここに何日も足留めされることになることもあります。そのため、都までの道を普請しているのです。」
ヤスヒコの目は輝いている。
山一つ越えるための街道普請となると、かなりの人夫が必要になるはずだった。いくら賑わいのある郷とはいっても、それほどの人手を確保するのは容易いことではないはずだ。
「しかし、かなり大掛かりな普請になりそうだが・・。」
カケルが訊くと、周囲にいた郷の者たちが苦い表情を浮かべた。カケルの考え通り、このために郷の者にはかなり重荷になっている様子だった。
「この普請は私の夢なのです。父は、地崩れと水害を防ぐことを成し遂げました。私もこの地で大きな仕事をしてみたいのです。」
若者らしい発想だった。
「ヤスヒコ殿、この普請にどれ程の人手と時が掛かると考えているのですか?」とカケルが訊く。
「向こう二年ほど、郷の者が働けばできるでしょう。」
ヤスヒコは屈託のない表情で答える。
「なるほど、ならば、倍の人手であれば一年でできるのですね?」
「ええ・・まあ・・そういうことになりますか・・。」
「都や難波津から人夫が集えば、早くできるということでしょう?」
「ええ・・。」
「この街道は、難波津と都の往来のために作るのでしょう。いや、それどころか、西国と都を繋ぐ大事な道になるはずです。それなら、都の力を借りてはどうでしょう。」
「しかし、・・・」
「いずれ、貴方は郷を治める役を果たすべき者、郷の者たちが何を求めているかしっかり捉え、その為に力を尽くさねばなりません。今、郷の者たちはどう思っているでしょう。」
カケルの言葉を聞き、ヤスヒコは周囲にいた郷の者たちの顔を見た。
皆、厳しい顔をしている。
ヤスヒコは、今まで郷の者たちに強いてきた普請が、予想以上に郷の者たちを苦しめていることにようやく気付いた様子だった。
「わかりました。すぐに都に行き、道普請を奏上して参ります。」
ヤスヒコの言葉に郷の者たちの顔に笑顔が浮かんだ。
しかし、ヤスヒコの顔には不安が浮かんでいる。
今まで、都に行ったことがない。誰にどのように奏上するのかさえ判らない。
「それならば、供をつけましょう。・・おそらく、そのあたりに控えているはずです。」
カケルがそう言うと、郷の者に紛れていた、濃い藍色の衣服を着た近衛方が前に進み出た。
「ヤスヒコ様を都に案内し、道普請の件は、民部の長を務めるモリヒコに相談するのがよいでしょう。すぐに行きなさい。」
カケルの言葉に、近衛方の男は「はい」と返事をした。
「私たちは五日ほど、ここに滞在することにします。その間に手はずを整えてください。」
ヤスヒコは、近衛方の男とともに、船を出してすぐに都に向かった。

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