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2-20 遣い [アスカケ外伝 第3部]

「それで、越の国へヤマカが来たのですね。・・ここには?」
と、タケルが訊く。
「因幡の国主様は、湖山湖のほとりに館を構えて居られますが、因幡の国は、貧しい郷が多く、国主へ遣えるほどの結束はなく、国主としての実権はありませんでした。出雲国王の宣下も、国主には届いていないでしょう。だからこそ、因幡や伯耆で大蛇一族がしてきた悪行も、出雲国王の耳に入ってはいない。出雲国に入った大蛇一族が、うまく国王に取り入り、トキヒコノミコト様を反逆者に仕立て上げ、宣下を引き出したに違いありません。」
タケルは、すぐにも、トキオのいる伯耆の国へ向かいたかった。だが、天候は一向に回復しない。
「我らは、すぐにも、トキヒコノミコト様に御加勢したいと考えております。しかし、この天候では船も出せず、困っております。何か、お知恵を課していただけませんか?」
タケルはイヨナガに訊く。イヨナガは暫く考えてから口を開く。
「トキヒコノミコト様のご様子が心配で、使者を何人か遣わしております。先ごろ戻ってきた者によれば、まだ、戦には至っておらぬようです。」
イヨナガの言葉にタケルは少し安堵した。
「今はどちらに居られるのでしょう?」
「中海を望む飯山に砦を築かれ、そちらにおいでとの事。出雲の軍船が伯耆へ攻め入るのを見張るには、格好の場所のようです。」
「攻め込まれる最前線でもあるという事ですね。」
トキオが、伯耆の国を守るため、もっとも危うい場所にいるという。やはり、このままではいられない。
「馬はありませんか?」
タケルは唐突にイヨナガに訊いた。
「馬?」
「ええ、すぐにもトキヒコノミコト様のところへ向かいたい。船では天候が回復するのを待つほかなく、陸路で行くには馬が好都合なのです。」
「確かに、馬を駆れば早く着けるでしょうが・・ですが、ここには、多くの馬は居りません。一、二頭くらいなら都合もつけられますが、果たして・・幾つもの川を越えねばなりませんし、街道も整っては居りません。」
イヨナガの答えは、ヒョウゴと同様であった。
「ヤマトのタケル様が加勢に参られると、使いを出しましょう。それだけでもご安心いただけるのではないでしょうか。」
イヨナガはタケルを安心させるためにそう言った。
傍に居た、ヒョウゴやクジも賛成した。
「ミヤ姫様の体調も万全ではございません。無理をして、御命に関わるような事にでもなれば、我らも赦されぬ事。ここは、ご容赦いただきたい。」
ヒョウゴがタケルを説得する。
すぐに、イヨナガの遣いが伯耆の国へ陸路で出発することになった。
「これをトキヒコノミコト様へお渡しいただきたい。」
タケルは、懐から小さな麻袋を取り出す。中には黒水晶の玉が入っている。
「これを見せれば、トキヒコノミコト様もきっと私からの使いだと納得されるはず。そして、あと数日で、加勢に参る故、戦にならぬよう、時を待つようお伝えください。」
遣いに立つのは、伯耆の国、妻木の郷のイカヤという若者だった。イカヤはこの地のものにしては珍しく、馬を駆ることが出来た。その腕を買われて、これまでも幾度となく、伯耆の国と因幡の国を行き来している。
「承知いたしました。必ずや、お届けいたします。」
イカヤは、麻袋を恭しく受け取ると、懐にしまい、勢いよく走り出した。
「イカヤは、ここから山越えの道を進み、宝木の郷を経て海岸に出るはずです。そこからは暫く海岸を進み、青谷、宇谷、宇野、橋津の郷を抜けると、そこからはひたすら海岸ぞいに行くはずです。私も一度、青谷辺りまでともをしたことがありますが、なかなか骨が折れることです。」
イヨナガは、遠のいていくイカヤの後ろ姿を見送りながら、労わるように言った。
タケルたちは、宿にしている館へ戻ることにした。
館には、兵として供をしてきた者達が、弓や剣の訓練に励んでいた。タケルたちが戻ると、皆、集まってきた。タケルが、皆に、イヨナガから聞いた話や、遣いを向かわせたことを伝えると、「大蛇一族、退治すべし!」と叫んで、再び、訓練に戻った。
館に入ると、ミヤ姫が起きていて、外を眺めていた。
「体の具合はどうですか?」と、タケルが声を掛けると、ミヤ姫は、小さく微笑を返したが、余り良さそうには見えなかった。
この先、戦場が近づくのは確実だった。こんな具合のミヤ姫を連れて行くのは難しい。だが、頼れる人のいない、ここへ置いていく事をミヤ姫も本意ではない。どうすべきか、タケルは迷っていた。
「ここは穏やかなところですね。暫くここで養生していたいわ。」
ミヤ姫の口から思わぬ言葉が出た。
タケルの迷いを察知したのか、あるいはそれほどまで体が弱っているのか、判らない。ただ、ミヤ姫が望むのであれば、ここで養生すべきだとタケルは思った。
「そうしますか。それなら、身の回りの世話をする者を探してきます。」
タケルは、ミヤ姫の真意を確かめる事を敢えてしなかった。そして、ヒョウゴを通じて、侍女となる女人を探してもらう事にした。
幸い、下働きをしてくれる女人が三人ほど、すぐに見つかった。
いずれも、ミヤ姫より少し年上で三姉妹。サガ、トモ、カズと名乗った。
ミヤ姫もすぐに受け入れ、宿にしていた館をそのまま使えるよう、郷長のイヨナガが取り計ってくれた。

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johncomeback

拙ブログへのご訪問・nice ありがとうございます。
by johncomeback (2022-03-14 21:13) 

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