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2-19 反逆者の烙印 [アスカケ外伝 第3部]

翌日、小舟を借りて、タケルとヒョウゴ、クジの三人が、郷長に挨拶に行くことにした。郷長は、細川の港から、上流に広がる湖沼の一番奥に館を構えていた。
「これはようお越しくださいました。」
湖を進み、館のたもとへ船を着けると、この地の郷長イヨナガが出迎えた。
タケルは、挨拶の後、トキヒコノミコトについてイヨナガに訊ねた。
「はい。トキヒコノミコト様をお迎えしたのは私でございます。海部の郷の開削の話を聞き、ぜひとも、我が地にもお力添えいただこうと考え、お迎えに上がった次第です。」
トキオはここに居たのは間違いなかった。
「この地は、かつてはほとんどが沼地でした。館のあるこの場所も、かつては沼地になっていたのです。さらに、海岸も砂山に覆われてしまい、とても人が生きていけるような場所ではありませんでした。トキヒコノミコト様は、難波津で治水の技を身につけておられるとお聞きし、この地も何とかならぬものかとご相談いたしました。それで、今、港となっている場所を開削し排水することに取り組んだのです。」
ここでもトキオは、精力的に、自らの知識と経験を使い、郷を救っていた。
イヨナガの話は続く。
「開削はことのほか順調に進みました。ここらの岩は意外に脆く掘りやすかった。ですが、難儀だったのは砂でした。せっかく開削しても、すぐに砂に埋まってしまうのです。」
確か、難波津の開削した辺りは砂地だった。砂は山から川を通じて海へ流れ出て、潮の流れに乗って積もっていく。
「トキヒコノミコト様は、川を上って行かれました。初めはどうされたかと思いましたが、訳が判りました。山から運ばれる砂をいかに減らせるかを考えておられたのです。」
「どうされたのですか?」
興味深く話を聞いていたヒョウゴが口を開く。
「山裾に田畑を開くことにされたのです。」と、イヨナガが答えた。
「田畑を開く?」と、ヒョウゴが訊き返した。
「田畑を作り、山から流れ出る水を一度田畑に取り入れ、山から流れ出る土砂を減らしたという事でしょうね。」
タケルが、イヨナガの代わりに答えた。
「おや、タケル様はご存じなのですか?」
イヨナガが驚いて訊いた。
「ええ、それはヤマトの都で大連様から教わったことです。アスカ宮の近くにも沼地があり、周囲から流れ込む土砂に埋まり、苦労しています。山から流れ出る水を一度田畑に引き込めば、田畑が土砂を受け止めてくれるのです。古くからの知恵だと教わりました。」
タケルが答えると、イヨナガは驚いた表情で言った。
「トキヒコノミコト様も全く同じことをお話されておりました。」
「それから、トキヒコノミコト様はどうされたのでしょう。」とタケル。
「山を越えた西に、ここと似たような場所があります。そこは川も大きく沼地も広い。そこを拓くことができれば、因幡の国はきっと豊かになれるはずと申され、向かわれました。そこで、あの大蛇一族と出会われたのです。」
「やはり、ここから大蛇一族との闘いが始まったのですね。・・それで?」
と、タケルが尋ねる。
「大蛇一族は、すでに伯耆の国を荒らし回っており、次に目をつけたのが因幡の国でした。」
いつかの年儀の会で、山城のムロヤが話していた出雲国での異変は、予想以上のものだった。
大蛇一族は、大陸から隠岐を通り、伯耆の国へ入ってきた。一族は、長のもとに八人の将がいて、総勢三十人程のようだったが、襲った郷の民を、兵に仕立て、それぞれの将が次々に郷を襲った。伯耆の国を我が物にした大蛇一族は、二手に分かれた。一方は、出雲へ向かい、そしてもう一方は因幡へ向かったようだった。
因幡へ入った大蛇の軍は、福部の手前、千代川の河口を入り、湖山池の畔で休んでいた。この周囲には郷はなく、見渡す限りの湖沼が広がっている。
「トキヒコノミコト様は、大池を越えたところ、浜坂で大蛇一族の軍を見つけられ、時を伺っておられました。我らは兵ではありません。まともに戦っても勝ち目はない。大蛇一族の軍は、そこから山手へ向かいました。我らも後を追い、宇部の郷まで様子を伺いました。」
宇部の郷は千代川の支流である袋川が合流する場所である。ここより奥は、軍船では行けず、大蛇の軍は軍船を降りることになる。将以下の兵は、伯耆から強制的に連れて来られた者である。統制も充分されておらず、船を降りた途端に逃げ出す者も出た。
「トキヒコノミコト様は、この混乱に乗じて、軍の深くに入り込み、将を弓矢で射貫かれたのです。それは見事は腕前でございました。」
イヨナガは、その時の光景を思い出しながら、歓喜の表情を浮かべている。
「その後は、敵の軍船を奪い、伯耆から連れて来られた兵を連れて、伯耆の国へ向かわれました。・・大蛇一族を討たぬ限り、因幡の国も安寧ではいられない、郷づくりどころではないと申されておりました。」
トキオの弓矢の腕は、タケルにも負けないほどだった。
「それからは、次々に、大蛇の軍を破り、終には伯耆の国を大蛇一族から解放されたと伺いました。」
ひとしきり、イヨナガの話を聞き、トキオの活躍は充分に判った。
「暫くして、出雲国の王から諸国へ、伯耆の国が出雲国の安寧を脅かしておる故、軍を整えるようご命令が下されました。トキヒコノミコトは、伯耆の国を武力で手中に収めた反逆者であり、諸国が合力してトキヒコノミコト追討せよとも宣下されたのです。」

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