SSブログ

2-14 葦の原の出来事 [アスカケ(空白の世紀)第6部 望郷]

「とにかく、草香の宿祢と名乗る者を捕まえなければなりません。勝手に国造を名乗るなどヤマト国への反逆です。兵を差し向けて成敗いたしましょう。」
難波比古は立ち上がる。
「しかし、その男の所在はわかるのですか?」とヒカルが訊く。
「太守の杜徳様と、凋将軍を尋問すれば良いでしょう。」
難波比古が言うと、
「素直にいう事を聞くとは限りません。抵抗されれば、傷つくものが出ます。それは避けなければなりません。」とカケルが制止した。
そこに、ソラヒコの使いが入ってきて、ヒカルの耳元で何かを報告した。ヒカルは小声で、その者に確認してから向き直り、口を開く。
「近衛の者からの知らせです。明日、太守杜徳と凋将軍が、男たちを引き連れて、草香の宿祢に会うために小舟で出かけるとのことです。」
「そうですか・・やはり動きましたか。では、我々も明日、草香の江に参りましょう。兵は連れて行かない方が良いでしょう。戦をするわけではない。草香の宿祢と名乗る者を捕えればよいのですから。」
広間にいた者たちはいったん散会し、翌朝に備えた。
翌朝、カケルとカナメ、難波比古、そして杜伯が草香の江に向かった。周囲には近衛方の者たちが護衛をしていた。
草香の江の郷に着くと、ソラヒコの手の者が待っていた。
「どちらへ向かったのでしょう?」と難波比古が訊ねる。
「北へ向かったようです。」とヒカルが答えた。
「草香の江を北へ向かったとすれば、高瀬辺りを目指しているのでしょうか?それなら、こちらから淀川を上れば先回りできます。行きましょう。」
カケルたちは小舟で淀川を上っていった。そして、高瀬と呼ばれる辺りで岸に上がり、太守杜徳たちが現れるのを待っていた。
「この辺りに、草香の宿祢がいるのでしょうか?」
カナメが難波比古に訊いた。
「この辺りは、少しばかり高台ではありますが、淀の流れが幾重にも広がっていて、水量が増えればたちまち水没するような場所も多く、郷を作るのは難しいのです。郷があるのは、あの辺りです。」
難波比古が指さしたあたりは、少し高台になっていて、ところどころの木が切られていて郷があるのが判った。
「ただ、あの郷の者は私も知っていますが、その様な者が潜んでいるとは思えないのです。不可解です。」
難波比古が言うと、カナメが答えるように言った。
「私が近くの郷を回って様子を探ってまいります。太守杜徳と凋将軍の一行が向かうのですから、郷でもそれなりの支度をしているでしょう。そこに、草香の宿祢がいるに違いありません。」
カナメはそう言うと、素早く走っていってしまった。
「まあ、良いでしょう。彼にはこれこそがアスカケ。彼自身、どこまでできるか判らぬままとにかく動いてみる事が今は大事なのです。」
カケルはカナメを見送りながらそう言った。
「太守の一行が向かってきているようです。・・ほら、あそこ。小さな狼煙が上がっています。」
難波比古が指さした。
葦が茂る湿地を小舟が進んできているようだった。だが、急に動きが止まった。そして、葦がざわざわと音を立てて動き、そののちに、水音が響いた。それから、カケルたちのほうに向かっていた小舟は東へ向きを変えた。
「何があった?」
カケルたちは、目を凝らしてみた。しばらくすると、太守の船を追っていた、ソラヒコの手の者が船を進め、水音がした葦の辺りで止まった。何かを引き上げている様子だった。その後、カケルたちの居る岸へ小舟をつけた。
小舟の中には、太守が横たわっていた。背中に大きな刺し傷があった。
「父上!しっかりしてください!」
杜伯が杜徳の胸元を掴み揺り動かすとわずかに反応した。
「何があった?」とカケルが近衛方の男に訊く。
「はい。凋将軍が背後から太守を刺しました。一瞬のことでした。」
「どうしてこんな・・。」
杜伯は泣いていた。
「すぐに治療院へ。まだ息がある。急げ!」
カケルが命じると、小舟は驚くほどの速さで治療院へ向かった。

nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー