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2-13 杜伯の話 [アスカケ(空白の世紀)第6部 望郷]

「私は、太守杜徳の息子、杜伯と申します。」
杜伯の最初の一言に、皆、驚いた。
「お話しされていた通り、我らは、魏国、章安に暮らしておりましたが、魏国が敗れたため、海を渡りヤマトへ向かいました。しかし、長門に着く前に、船が大破し、なんとか生き延びることができた者で、長門の山中に潜んで暮らしておりました。食べ物も乏しく、周囲の村から施しを受けながらなんとか生き繋いでいました。そのころ、ふらりと我らのところへ男が来て、難波津へ向かえば、穏やかに暮らせる場所があるというのです。父はすぐにそこへ向かう決断をしました。道案内は、その男がしてくれました。」
「その男の名は?」とカケルが訊いた。
「難波のエンと名乗っておりました。華国の言葉を流暢に使い、道中も何かと世話をしてくれました。父も将軍もすっかり信用しておりましたし、悪人とは思えませんでした。」
トハクはそう言うとさらに話をつづけた。
「何とか難波津へ辿り着いた時、エンの紹介で、国造 草香の宿祢と名乗る者が現れました。我らの事情を察し、あの場所を与えてくれたのです。父は、かの地を魏国章安の新しき領地と定めました。しかし、そののち、草香の宿祢から租を治めるよう命じられました。初めはわずかでしたが、徐々に増え、治められない時は労役を命じられました。逆らえば村を焼き払うと脅され、やむなく従ったのです。」
杜伯の話を聞きながら、皆、考え込んでしまった。
「草香の宿祢を名乗る者はいったい何者なのでしょう?」
難波比古が言う。
「杜伯様は、その、草香の宿祢なる者に会ったことはあるのですか?」
カケルが訊く。
「いえ、一族で面会したのは、父杜徳と、凋将軍の二人でした。」
「凋・・将軍?」とカケル。
「はい、太守を守る役。盲目の父を長く支えております。あの館にいた大男です。草香の宿祢の名も、凋から聞きました。」
「ところで、どうして杜伯様は堀江の庄に居られたのですか?」
とカケルが改めて訊いた。
「ここへきてまもなく、草香の宿祢の横暴を止めるため、難波宮へ直訴しようと父に進言しました。しかし、父や凋将軍は反対しました。直訴すれば、村が焼き払われることになりかねない。それに、草香の宿祢を国造に任じたのは難波宮であり、直訴して無駄だと言いました。」
「なるほど、それで杜伯様はどうされたのですか?」とカケル。
「私はそれでも村の惨状をそのままにできず、数人の者とこっそり郷を抜け、難波宮へ向かいました。しかし、途中、何者かに襲われ、草香の江に落ちてしまいました。・・その後、堀江の庄のヤス様に救われました。その後、難波津の様子を知って、われらは騙されていると判りました。ですが、私一人ではどうしようもなく、時を待っていたのです。」
一通り杜伯の話を聞き、皆はまた考え込んだ。
「腑に落ちないのは、人が増えているという事です。」
そう言ったのは、難波比古だった。
「戦火を逃れた章安の一族、途中で命を落とされた方もいると聞き、ならば、難波津にたどり着いたのはわずかであったはず。しかし、人が増えている。魏国、章安から来た者ばかりではないということでしょうか?」
杜伯が答える。
「ええ、初めに着いたのは百人にも満たないはずです。しかし、その後、魏国から逃れてきた者が集まってきました。章安の者だけではありません。」
「誰かが手引きをしているということでしょうか?」とカケル。
「おそらく。住み着く者はおそらく、難波のエンと名乗る男のような者たちの手引きによるものでしょう。」
難波比古が言うと、カケルが杜伯に尋ねた。
「難波のエンと名乗る者はどのような男でしたか?」
杜伯はしばらく考えた後、
「ヤマトの言葉も華国の言葉も流暢に話しました。まだ若いような感じでした。体はさほど大きくなく、髪を後ろで束ね、いつも、大袋を背負い、短剣を腰につけていました。我らが山中を行く時、必ず道案内をし、休む場所も手配し、近隣の郷に行き食べ物を手配してくれました。我らには神のような存在でした。」
杜伯の話を聞くと、その男が、魏国の者を騙すような悪事を働いているようには感じられなかった。


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